~第31話 休息~
ナイトハルトの名前が玉藻から出たとき、連夜は猛烈に嫌な予感がしていた。
愛する恋人の問い掛けにいつもなら即答する連夜だったが、今回ばかりは躊躇いを見せる。
嘘をつくつもりはないが、どういう答えを返そうか。
一瞬迷っていた連夜だったが、それよりも早く答えを返す者の存在により、選択肢が極端に少なくなってしまうことに。
「ナイトハルトさんですか? その方だったら、私、昨日連夜さんと一緒に会ったばかりよ」
「え、そうなの? 晴美」
意外な人物からの返答に思わず今日再会を果たしたばかりの妹の方を見つめる玉藻。
そんな姉の反応にきょとんとしながらも、晴美は頷いて横にいる連夜のほうを見た。
「私のお友達のジークくんのお兄さんなの。それで連夜さんの幼馴染なんですって。ですよね、連夜さん?」
「う、うん、そうだね」
なんだか苦笑気味な笑みを浮かべている連夜の様子には気が付かず、連夜に確認を取ったあと再び玉藻のほうに振り向く晴美。
「それで、そのナイトハルトさんがどうかしたの、お姉ちゃん?」
無邪気な晴美の問い掛けに、しばらく考え込んでいた玉藻だったが、ここまできてしまった以上聞かないわけにもいかず、覚悟を決めて思い切って聞いてみることに。
玉藻は連夜の方をじっと見つめて口を開いた。
「連夜くん、今更誤魔化してもしょうがないから、ズバリ聞くけど、ナイトハルトくんの病気のこと知ってる?」
玉藻の言葉に、連夜はやっぱりそのことかという表情を浮かべた。
そして、正座をした状態でしばらく腕組をし、顔を伏せて考え続ける。
すぐに答えを返せずにいたのは、玉藻がなぜそんなことを聞きたがっているかわからないからである。
今の問答だけでも玉藻とナイトハルトが知己でないことはまず間違いないとわかる。
なのに、ナイトハルトのことを聞きたがるというのは何の理由があってのことか。
ただ興味があってというにはあまりにも内容が内容である。
もし、玉藻が言っている病気がつい昨日までナイトハルトが自分でかかっていたと思い込んでいた『人面瘤』のことであるならば、まず間違いなく第三者から聞いたことになる。
それをしゃべったと思われる容疑者は二人いるが、連夜はほぼ間違いなく自分が思い描く片方の人物であると思っている。
どういうつながりがあるかわからないが、連夜の返答次第では幼馴染にとっての一波乱巻き起こる気配が濃厚だ。
正直姫子の一件から、どちらにも肩入れする気がなくなった連夜としては、知らぬ存ぜぬで通しても一向に構わないのだが、問題はこれを聞いてきている人物が自分の愛しい恋人であるという点である。
正直この人を誤魔化すのだけは避けたい。
誤魔化したくないけど、幼馴染への義理もある。
困った。
本当に困った。
と、うんうん唸り声をあげて考え込む連夜。
そんな連夜を心配そうに横に座る晴美が見つめている。
(正直、これだけ悩んでいる時点で病気のことは知ってますって言ってるようなものなんだけどなあ・・)
と、心の中で溜息をつく連夜。
ふと、人の気配を感じて顔をあげると、すぐ目の前に玉藻が正座して座っていた。
怪訝そうに見つめ返すと、そっとその白い両手を自分の顔に近づけてきて挟み込む。
しかも顔を近づけているのに気付き思わずのけぞりそうになるが、思いもかけぬほどがっちりと掴まれてしまっているので、思うように身動きが取れない。
「た、玉藻さん、あの、ちょっと・・」
焦った表情で抗議するが、玉藻は真剣な表情に潤んだ瞳をまっすぐに連夜にぶつけてくる。
その柔らかい桜色の唇をことさらにゆっくりと開き、連夜に一語一句逃さず聞かせるように紡いでくる。
「もう連夜くんの今の態度で、連夜くんが相当深いところまで事情を知ってることはわかったわ。これは私の勝手な推測だけど、お友達のナイトハルトくんと連夜くんしか知らない何かもあるんじゃない?そして、それが連夜くんの口を閉ざしているんじゃない? だけど、お願い、お願いよ、連夜くん。答えてほしいの、どうしても、教えてほしいの、なんとしても。だから連夜くん、今は・・今だけは私を見て、私だけを見つめて答えて」
もうその表情から、玉藻がどういう想いを込めて言っているのかいやという程わかっている連夜は、かなりの窮地に立たされていた。
(くっ、その表情は卑怯ですよ、玉藻さん!!)
愛する恋人からこんなお願いのされ方をされて、恋愛経験がほぼ0に近い連夜に抵抗する術などあろうはずもなかった。
(ごめん、なっちゃん、僕もうだめ・・玉藻さんにだけは逆らえないの・・)
心の中で幼馴染に土下座しつつ、覚悟を決めて全てを話そうとしたとき、自分と玉藻の間にぐいぐいと身体を割り込ませてくる小さな人影が。
「え、ちょ、は、晴美?あんた、いったい何してんの?」
思いもかけない人物の手によって無理矢理連夜から手を放させられた玉藻は、唖然としてその人物である自分の妹を見た。
そこには壮絶に膨れっ面をした妹の姿が。
「べ、別になんでもないもん!! ただちょっとお姉ちゃんと連夜さんが、普通に話をするには近すぎる距離だったのが気になっただけだもん!!」
(ありがとう、晴美ちゃん、ありがとう、ありがとう)
と、心の中で何度もお礼を繰り返す連夜。
しかし、どうもそれが態度に出てしまっていたようで、対面に座る恋人から異様に鋭い視線が突き刺さる。
「連夜くん?」
「いやあ、あはははははは」
今度は玉藻が壮絶な脹れっ面を表情に浮かべる。
姉妹だけあって、本当に異様なまでにそっくりな脹れっ面だった。
流石に折角の再会を果たした姉妹がこれ以上不和になってはいけないと思った連夜は、場を改めて玉藻と話をしようと決意する。
「玉藻さん、わかりました、僕もその件については玉藻さんに聞きたいこともありますので、後日改めて話をしましょう。晴美ちゃん、心配かけさせちゃってごめんね、僕も玉藻さんもね、お互いにちょっと今微妙な立場の人達の側に立ってるものだから、神経質になってるところがあるんだ。玉藻さんも無理強いして僕から聞き出そうとしていたわけじゃないってことはわかってあげて。晴美ちゃんを心配していたように、ちょっと別の人のことで心配していることがあるんだ・・ね、玉藻さん」
いたずらっこのように微笑んでこちらを見つめてくる連夜を呆れたようにしばらく見返していた玉藻だったが、結局最後には諦めたように苦笑を浮かべる。
なんだかんだ言っても、玉藻も最愛の連夜には勝てないのである。
「もう〜〜、やっぱり全部わかってるんじゃない。あ〜あ、もう、なんだかなあ・・まあいいわ、私も焦り過ぎてたし、でもその後日にちゃんと聞かせてね」
と、言ったあと、連夜にだけ見えるように(あ・し・た)と口を動かして見せると、連夜は力強く頷いてみせる。
それを見て、何とも言えない微笑を浮かべたあと、玉藻は晴美のほうに向きなおった。
「晴美も、変な気を使わせちゃってごめんね」
そう謝ると、晴美ははっと気がついたように赤くなって俯いて、ぼそぼそと恥ずかしそうに答えるのだった。
「う、うん、私も余計なことしちゃってごめんね。お姉ちゃん」
なんとか気まずい雰囲気を免れることができてほっとする、連夜と玉藻。
しかし、連夜と違い、玉藻は晴美の態度に嫌な予感を覚えずにいられなかった。
まさか、そんなわけはないと思うのだが・・しかし、相手は自分の妹である、自分と同じ感性であったとしてもなんら不思議ではない、ましてや相手はあの連夜なのだ。
晴美は自分を救ってくれた連夜のことを非常に尊敬してると言っていたが、果たして本当に尊敬しているだけなのだろうか・・
それだけならいいのだが。
「お姉ちゃんどうかしたの?」
じっと自分を見つめている姉に気がついた晴美が、心配そうに聞いてくる。
玉藻は一つ頭を振ってその考えを振り払うと、ううん、なんでもないわよと優しくほほ笑んで見せる。
「ごめんね、晴美があんまりにも大きく立派になったものだから、ちょっと感慨にふけっていたの。 私のスカートをつかんでよちよち歩いてついてきていた晴美が、もう中学生なんだもの・・月日が流れるのって早いのね・・」
「ふふふ、でもお姉ちゃんもすごい変わったよね。昔から奇麗だったけど、なんだか今はもっと奇麗になった気がする。私が知ってるお姉ちゃんて、なんだか儚げな感じがしてて、いつ消えてもおかしくない幻みたいな感じがしてたけど、今のお姉ちゃんて、全然そんな感じしない。すごい輝いているっていうか・・うまく言えないけど、とにかく活き活きしてる」
晴美の口からそんな言葉が出てきたことに意外そうな表情を浮かべる玉藻。
自分から見ても確実にいい方向に変わっている晴美、そして、晴美から見た自分はいい方向に変わっているように見えているという事実。
ふと横をみると連夜がそんな二人の会話を優しく見つめているのが見えた。
自分達がこうしてこんな他愛のない会話ができるようになったのはこの彼のおかげなのだ。
なんだか物凄く幸せな気持ちになって、この気持のいい空間がいつまでも続けばいいのにと思う。
が、しかし。
「ちょっと、たまちゃんも晴美ちゃんもだべってないで手伝ってよね!!」
キッチンから怒りの声をあげるのは、皿洗いをやらされているミネルヴァ。
「いいから、お姉様は早く食器を洗ってしまってください!! だいたい、今日は玉藻さんと晴美さんが姉妹水入らずで感動の再会を楽しむはずだったところを我々が勝手に乱入しているんですからね!! 今日の我々はお客様じゃなくて、乱入者、邪魔者ですのよ!! 最後の片づけくらい我々だけでしっかりやらなくてどうしますか!!」
と、姉の横で食器を拭きながら説教を垂れるスカサハに、ミネルヴァは恨めしそうな視線を送る。
「じ、じゃあ、せめて連夜は手伝ってよ〜〜」
「お兄様に全部給仕も料理もさせておいて、後片付けの手伝いまでさせる気ですか!? もう、お母様に全部報告しますね」
「うわわわわわわ!! ちょ、ま、待って待ってスカサハ!! わかった、わかりました、一人でやりますってば!!」
賑やかなキッチンの様子を聞いていた連夜、玉藻、晴美の三人は顔を見合わせると、誰ともなく噴き出して笑いだしていた。
キッチンからは相変わらずスカサハの怒声と、ミネルヴァの悲鳴が聞こえてきていて、それを聞いている三人の間から笑いが途絶えることはなかった。
~~~第31話 休息~~~
「れ、連夜くん・・わ、私初めてだから・・や、優しくしてね」
身体を震わせて怯えるように言う玉藻に、連夜は優しい笑顔を向ける。
「大丈夫ですよ。最初はちょっと痛いかもしれないですけど、すぐ慣れて気持ちよくなるはずだから」
「あ、あまり深く入れないでね・・」
「ええ、そこは任せてください、それよりももっと肩の力を抜いて楽にしてください。本当に大丈夫ですから、ね」
「う、うん、わかった・・連夜くんがそういうなら」
玉藻はそういう恋人の言葉に従い、横になった体から力を抜く。
自分が見下ろしている玉藻の身体から十分力が抜けたと判断した連夜は、玉藻の美しい金色の毛で覆われたそこに、慣れた手つきでそっと入れていく。
入れ過ぎると痛いし最悪破ってしまう事態も考えられるので、できるだけ慎重にいれていく。
そして、ある程度まで入れたところで痛くならない程度にそれを中の内壁に当てるようにあてて抜き差しを繰り返す。
「ああ・・うぅん・・」
「痛くないですか?」
「ううん、大丈夫・・あふん・・あっ、あっ・・き、気持ちいい・・」
今まで感じたこともなかった感覚に、物凄い色っぽい声を上げて気持ちよさそうに目を細める玉藻。
「ちょっとでも痛かったら、すぐに言ってくださいね」
「う、うん、大丈夫・・ああん・・連夜くん、上手・・」
そういってしばらく抜き差しを繰り返していた連夜は、しばらくしてから一度それを玉藻のそこからそっと取り出すと横に置いてある柔らかい紙代わりのティッシュリーフを取り出してきて奇麗に拭き取る。
そして、ティッシュリーフについた慣れの果てを見て、顔をしかめると、自分が見下ろしている恋人の顔に目を向ける。
「あ~、思った通りだ、玉藻さん、相当たまってましたね。全然掃除してなかったって本当だったんですね、すごい耳垢ですよ」
「いや~~ん」
玉藻は恋人の膝の上に頭を乗せたまま、両手で顔を覆って恥ずかしそうに身体をくねらせる。
妹、晴美との感動の再会を果たしたその翌日の朝、玉藻は再び恋人の連夜を自宅に招き入れていた。
恋人の連夜は現役の高校生、本来であれば平日の今日も学校に行かなければならないはずだったが、現在彼は停学中の身なので、こうして家に呼び出すことができたというわけである。
呼び出した要件は二つの話を聞きだすため。
一つは他でもない、彼が停学になってしまったその理由について。
温和で人と争うことやもめ事を起こすことを極端に嫌う彼女の恋人が、自分からそういう事態を引き起こすとは到底考えられなかった。
で、あるということは、彼以外に問題があったということに他ならない。
昨日それを聞き出そうとしたときは、非常に言いにくそうにしていて、結局聞き出せずに終わってしまったが、今日は必ず聞きだすつもりである。
もう一つの話は、自分の先輩ティターニアの恋人ナイトハルトという少年のことについて。
ティターニアの話では、彼はもう余命いくばくもない死病にかかっているということだったが、昨日、連夜から聞き出そうとしたときに見た様子では、どうもそれだけではない何かを知ってるようだった。
それについても聞きださなければならない。
そう思い厳しい決意と覚悟の元に迎え入れたのに・・ああ、それなのに。
連夜を待っている間に、二人っきりになれるという邪悪な心がじわじわと玉藻の心を侵食していき、連夜を迎え入れたときには完全に邪悪な心に支配されてしまっていた玉藻である。
話をする前に、昨日の後片付けと掃除と洗濯物をしてしまいますね、という連夜の後ろを飼い犬のようにべったりとついてまわる。
ああ、私すっげえ邪魔・・
と、頭ではわかっているのだ、頭ではわかっているのに身体が言うことを聞いてくれない。
そんな玉藻を怒ることもせず、にこにこと笑いながら仕事を済ませていく優しい恋人にうっとりしてますますドキドキなんかしちゃってりして、このまま押し倒して最後までいっちゃってもいいんじゃなかろうかなどとあほな考えに取りつかれそうになる自分と必死に戦う玉藻。
(だめ、だめよ、玉藻。連夜くんが一生懸命に私のために掃除や洗濯してくれているのに、そんなことでどうするの!?)
「あ、あの、玉藻さん?」
必死に心の中で葛藤する玉藻に困ったような表情を浮かべて視線を送ってくる連夜。
心の葛藤を隠すかのように努めて平静を装って真面目な顔を浮かべる。
「な、なに連夜くん?」
「いや、あの、ちょっと念動掃除機かけている間だけソファに座っててもらっていいですか・・その、ちょっとその態勢では掃除機かけにくいので」
「え?・・・ああっ!!」
気がつくと、連夜の背後から思いきり抱きしめていた玉藻。
慌てて身体を離すと、連夜はもうちょっとだけ待っててくださいね、と言って優しくほほ笑み部屋の中を丁寧に掃除機をかけていく。
(あぶない!! 心の中で葛藤している間に完全に身体が裏切っていた!! 馬鹿バカ、私のバカ!! ダメじゃん、私!!)
ソファに座った状態で、ぽかぽかと自分の頭を殴る玉藻。
そして、置いてあるクッションを抱きしめてごろんと横になり、不貞腐れたような顔で目をつぶる。
掃除機をかけ終わったあと、そんな玉藻をじっとみつめていた連夜は、何かを思い出したような顔になる。
一旦掃除機を片づけてからもどってきた連夜は、よっこいしょと玉藻の横に座り、不貞腐れて動かないでいる玉藻の頭をそっと持ち上げて自分の膝の上に載せる。
「え、なになに!? なんなのなんなの!?」
恋人の思わぬ行動に驚いた玉藻が慌てて頭を上げようとするが、連夜が優しくそれを押しとどめる。
「あ、そのままでいてください」
「ちょ、連夜くん、なんなの? 何する気?」
「いや、以前から気になってはいたんですけど、玉藻さんの耳掃除もやってしまいましょう。うちの兄がそうだからわかるんですけど、獣耳の人って、自分で耳の掃除するの大変でしょ? 玉藻さん、この前いつ耳掃除しました?」
「えっと・・・っていうか、したことないかな・・てへへ。」
と、舌を出して赤くなって照れる恋人を上から覗き込む連夜は、困ったような表情を浮かべて見下ろした。
「いや、耳垢ってね、ほったらかしにしておいても自然と外に排出されるもので、本当はあまり耳の深いところはいじらないほうがいいんです。。ですが、中には粘着質な耳垢の方もいらっしゃいましてね、そういう方の場合、運動した後の汗と一緒に中にちょっとずつ流れて溜まってしまう場合があるんですよね。それが結構たまってくると大変なことになるんですよ。あまりにもたまりすぎると、鼓膜の前につもって固まってしまって、耳が聞こえなくなってしまうんです」
「えええええ、そうなの!?」
恋人の意外な言葉に少なからず驚愕する玉藻。
「もしそうなってしまったら、薬を耳の中に流し込んで垢を溶かさないといけなくなりますからねえ。溶かしたあと耳の中に極細になってる筒状の掃除機を入れて、薬ごと吸い出すんです・・あれは痛いみたいですよ~。あの豪胆な兄が泣いていましたから」
「ひ~~~~~~~!!」
本気で怯える玉藻に、連夜は苦笑気味な微笑みを浮かべる。
「だから、ちょっと今日は中を見せてくださいね。深いところは触らないようにしますから。まあそういうわけで、これから耳掃除します」
と、いうことで冒頭の耳掃除シーンへとつながったわけである。
玉藻にとっては耳掃除は初体験であったわけだが、まあとにかく連夜が巧い。
痛くないように、玉藻の耳の中を傷をつけないように慎重に耳垢を削ってくれるので、全然苦痛ではなかったし、むしろ気持ちよすぎて眠たくなってくる。
漫画とかで恋人に膝枕してもらって耳掃除してもらうシーンとかをよく見かけるが、あれはこういうことか~と、一人納得する玉藻であった。
たしかにこれは気持ちいい。
足つぼマッサージもいいが、これはこれでまた別の気持ちよさがある。
頭を乗せてる連夜の太ももは、華奢とはいえ男性の足なのでそれほど柔らかくはなかったが、固いというほどでもなかった。
あ~、これは極楽じゃ~と、うっとりとしていた玉藻だったが、はたと何かに気づく。
(あれ? これって、普通逆じゃね?)
これって普通は女性が男性にしてあげるものなのでは・・と、玉藻は自分の背中に『恋人失格』の烙印を押されているような気分になって一気に落ち込んできたが、なんせ連夜の耳掃除が巧すぎて、その気持ちよさが玉藻の心をダメにしていく。
(あ~、ダメ、もっと反省しなくちゃいけないのに、この快感に溺れていく自分が怖い・・連夜くん、ごめん、こんな私を許してね)
と、ちらっと上目づかいで恋人の顔を覗き込んでみると、それに気づいた連夜が、いいんですよ、そんなこと気にしなくてと、言いたげな優しくて温かい視線を浴びせかけてくるものだから、悶絶しそうになる玉藻。
(あ~ん、もう、連夜くん、大好き!! 絶対、私が幸せにしてあげるからね!!)
明らかに男性が誓いそうな言葉であるということに気がつくこともなく心に刻み込む玉藻。
そうこうしてい間に、今度は反対の耳掃除をするということで頭を連夜の体側に向けていたのをひっくり返し、今度は外側を向いて横になる玉藻。
またも襲う連夜の絶妙な耳掃除テクニックにうとうとし始めていた、玉藻だったが、そのとき、聞きなれた着信音が響いてくる。
うるさいな~と思いつつ、タイトスカートのポケットの中から携帯念話を取り出すと、着信名が『先輩』になっていた。
慌てて連夜に、耳掃除を中断させると横になったまま念話を取る。
「もしもし、先輩ですか?」
『あ、玉藻ちゃん? 今いい?』
「ええ、いいですけど、いま先輩高校でしょ? 仕事中なんじゃ?」
『うん、いま休み時間なんだけど・・その、彼、今日学校に来てなかったの・・それで、今日の放課後彼に会いに行こうかと思って』
「ああ、そうなんですか。そうですね、一度直に会って確かめたほうがいいですよ、絶対」
『それでね・・その・・玉藻ちゃん、一緒に付いて来てくれない?』
「ああ、わかり・・って、えええええ!! 私が一緒に付いて行くんですか!?」
ティターニアのいきなりの頼みごとに、びっくりして起き上がる玉藻。
『だ、だって、私一人じゃ心細いんだもん・・』
「先輩、私より年上のくせになに言ってるんですか!! ・・あ、ちょっと待ってくださいね」
なにやら一旦保留しろとジェスチャーで伝えてくる連夜に気づいて、話を切って保留ボタンを押す玉藻。
すると、何やら腕組みをして考え込んでいた連夜が、おもむろに顔をあげて玉藻の方を見る。
「今行っても、会えませんよ、恐らく」
「え?」
「なっちゃん達、今放課後は城砦都市のあちこちを見て回ってる最中なんです。恐らく何時に帰ってくるかわかりませんし、なっちゃんの場合、そのまま向こうに泊まることもありえますからね。無計画に行っても無駄足になるだけです。本気で行くつもりなら、早朝を狙っていったほうがいいですよ。なっちゃん、必ず武術の鍛練のために近くの公園で朝稽古してますからね、朝の5時くらいですけど、そのときを狙っていけば確実に会えます」
「え、いいの? そんなこと教えちゃって?」
怪訝そうに尋ねてくる玉藻に、連夜は苦笑を浮かべて答える。
「僕の口からあれやこれや言うよりも、本人の口から聞くのが一番いいでしょ? それにそれなら僕も、何も言わずに済みますしね」
「わかった、じゃあ、そう伝えるわ。ありがとうね、連夜くん」
感謝の言葉を口にしておいて、すぐに保留ボタンを解除し念話の向こうのティターニアと話をし始める玉藻の姿を複雑そうに見つめる連夜。
さて、この事実を幼馴染に伝えるかいなか・・連夜の苦悩はまだ終わりそうにない。