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~番外編 小さな勇気~

 『害獣』がこの世に姿を現してから五百年。


 この世界に住む『人』々のほとんどは『害獣』の影に常に怯え震えながら暮らしている。


 しかし、その中にあって『害獣』の出現によって一時ではあるが、栄華を掴んだ種族がたった一つだけ存在している。


 彼らは『害獣』がこの世に出現するはるか以前より、他のほとんどの種族との交流を拒み戦い続けてきた。


 他の種族を自分達と同じ『人』とみなさず、『神』、『妖精』、『悪魔』、『怪物』などと勝手に己らの中で種族を区分けし、自分達の意に沿わぬ種族を侵略し滅ぼしていった。


 勿論、常に勝ち続けていたわけではない。


 その歴史は勝利だけではなく、大きな幾多の敗北の歴史も持ってはいたが、彼らは決して滅びることはなかった。


 他の種族を圧倒する繁殖力で、蹴散らされても蹴散らされてもすぐにその勢力を回復し、自分達の領土を広げていった。


 やがて、世界に『害獣』が姿を現す。


 異界の力を駆使するものを片っ端から食らい滅ぼしていくこの世界の恐るべき新しい支配者。


 この支配者の登場を、他の種族は絶望の色を瞳に映す中、彼らだけは歓喜と共に『害獣』を迎え入れた。


 『害獣』が姿を現した当初は、彼らも異界の力を少なからず使用していたが、すぐにその力を捨てることによって種族としての安全を確保すると、精力的に『害獣』を呼び寄せることのない新しいエネルギーの開発に着手。


 やがて、彼らは電気と鋼の力を手に入れる。


 その力を利用して彼らは『害獣』達を自分達のテリトリーから追い出し、瞬く間に西の大陸を掌握。


 『フロンティア合衆国』という一大帝国を築き上げる。


 しかも彼らの栄華はそれで留まらない。


 急激に成長を遂げたその技術力はやがて、恐るべき力を彼らに与える。


 原初の『害獣』である『竜』を模してその膨張しきった技術の結晶として産み出されたるは恐るべき力持つ機械の『竜』


 彼らはその力を利用し、この世界に住むどの種族でも成し遂げることができなかった打倒『竜』の悲願を果たしてしまう。


 それによって自らが住まう大陸から全ての『害獣』を追い出すことに成功した彼らは西の大陸での地盤を固め、完全な鎖国政策を作り出し、以後百年に及ぶ栄華を誇り続けた。


 これだけの栄華を誇っても彼らの増長は止まらなかった。


 自分達以外の種族を狙い滅ぼし続ける『害獣』を彼らは利用することを考えた。


 彼らが手を汚さずとも『害獣』達が自分達以外の種族をいずれは葬り去ってくれる。


 そう考えた彼らは、『機械竜』の力を得ていたにも関わらず、『竜』を殺すことをしなかった。


 『竜』ばかりではない、他の『害獣』達も殺そうとせず、逆に他の大陸に追い出すことによって、自分達以外の種族抹殺のために使役しようとしたのだ。


 この事実を知った東の大陸や中央大陸に住む『人』々は衝撃を受ける。


 まさか自分達と同じこの世界に生きるものの中からそんな裏切りの種族が現れようとは夢にも思わなかったからだ。


 しかし、事実は事実、そんな大陸一つ分もの『害獣』に大挙して押し寄せられたら、ただでさえ現状に存在している『害獣』だけでも持て余しているというのに、ひとたまりもないことは明らかだ。


 かといって何か有効な対策を立てることができるわけもなく、『人』々ができることといえば恐怖に震えることだけであった。


 『人』々は審判の日が来るのを覚悟した。


 そして、唐突にその日は訪れる。


 西の大陸から追い出されたはずの『害獣』達が突如として彼らの前に現れた。


 東や中央の大陸に住む『人』々の前にではない。


 『フロンティア合衆国』全土にわたってである。


 復活を果たした原初の『竜』に率いられた『害獣』達は次々と『フロンティア合衆国』の各都市に襲い掛かっていき、それを情け容赦なく滅ぼしていった。


 『害獣』に襲われることのないエネルギーを使用していた彼らは、自分達が襲われるはずがないと完全に油断していたため、何の対策を打つこともできず、あっというまに首都まで追い詰められてしまった。


 そこまできてようやく事態の深刻さを悟った彼らは切り札である『機械竜』を起動させて『害獣』を殲滅させようと図ったが、今回は『竜』以外にも何匹かの『王』が『竜』に付き従っていたために、流石の『機械竜』もこれに対抗することができずにあえなくその身を朽ち果てさせた。


 こうして『害獣』が出現してより、歴史上で初めて建国された唯一の国として、百年もの間繁栄と栄華を誇った『フロンティア合衆国』はたった数週間で滅亡することになった。


 後になって生き残った者達の証言によってわかったことだが、彼らが使っていた電気エネルギーそのものを『害獣』は狙っていたわけではなかった。


 その電気エネルギーを生み出していた技術そのものが問題だったのだ。


 その技術は異界から召喚された技術者から持ち込まれたものだったという。


 『原子力』と呼ばれる力だったそうだが、今となってはその力を行使していた施設、研究所、あるいはその技術を伝えたもの全てが『害獣』の手にかかり、詳細を知るものはもはやこの世には存在しない。


 こうして一種族によって引き起こされた大事件は終息したわけであるが、『人』々の記憶の中に、この種族は裏切りの種族として刻み込まれることになる。


 その種族の名は『人間』という。



~~~番外編 小さな勇気~~~



 マリーは彼の机の上にでかでかと書かれた『裏切り者』の文字を見て、深く溜息をついた。


 これを行った者が誰かはわからないが、これをやらせた人物については検討がついている。


 マリーは、クラスの男子生徒達に自分の部活動での活躍を自慢げに大声で話す魔族の少年の姿を軽蔑しきった目で見た。


(こんな低俗なことしかできない奴が副委員長って、うちのクラスってどれだけ質が悪いんだろ)


 情けないやら悲しいやらいろいろと言いたいことはたくさんあったが、ともかく、マリーは持ってきた雑巾で彼の机の上をきれいに拭き取る。


 彼女は差別主義者ではない。


 それどころか、このクラスのほとんどの生徒がそうではないと思っている。


 しかし、どこにでも煽動する奴というものはいるもので、しかもそれがある程度力や地位がある者であると尚更性質が悪かったりする。


 今回差別的な理由で停学に追い込まれた彼のことをマリーは嫌いではなかった。


 いや、そうではない、嫌いではなく好きだし、あえていうならそこに大がついても全然違和感がない。


 しかし、自分もいじめられるかもしれない、クラスから阻害されてしまうかもしれないと思うと、進んで彼を弁護することはできなかった。


(情けない・・ほんと駄目だ私)


 いつも綺麗だった彼の机の上をこんなにも汚されてしまったというのに、それを守ることができなかった自分が非常に腹立たしい。


 恐らくこの気持ちを伝えても彼はあっけらかんと、『いや、それで正解だよ。僕とあまり親しい様子を見せないほうがいい。僕のせいで君がいじめられるほうがショックだよ』と言ってくれるだろう。


 実際、常々彼は、親しくしようとする自分に、決して教室では親しい様子を見せてはいけないといい含めていた。


 種族が全く違うので、彼に恋愛感情を抱くことはないが、それでも彼が自分に見せてくれる屈託のない笑顔は大好きだった。


 彼と親しく話ができるのは、あの広い図書館の中。


 流石にあの広い図書館であれば人も少なく、じろじろと見てくるものもいない。


 自分と同じように教室では親しく見せていないものの、ここでは遠慮なく彼に話しかけるものは少なくなかった。


 いや、そうではない、大半以上のクラスメイトが彼のことを好きで、よく図書館を訪れていたのだ。


 なのに・・


 再びマリーは視線を教室の窓際で物凄く鼻につく態度でいるこのクラスの副委員長を見た。


(あいつさえいなければ)


 ヘイゼル・カミオ


 この世界に存在する全種族中でも特に大きな勢力をもつ一大種族魔族の中にあり、上位貴族の名門カミオ家の七男坊。


 勉強も、スポーツも、武術も突出してできるわけではないが、それなりにできる程度。


 しかし、本人は才能がまだ開花していないだけと固く信じており、周囲にもそう豪語している。(マリーやその友人達の個人的な見解としては、一生そのときはこないと思っているが)


 とにかく根拠のない自信の塊のような人物のうえに、山のように高い自尊心と、海よりも深い差別意識の持ち主で、種族と見た目だけで相手を判断し、自分よりも格が下だと判断するとはなっから見下してかかる、非常に嫌な性格の持ち主。


 今回停学になった彼に対しては、彼が学力もスポーツも対して優秀でなかったことから眼中になかったのだが、ヘイゼルがご執心である人物と非常に懇意であることがわかってからは、やたら敵視していた。


 ただ、副委員長という立場から今まではおおっぴらにそういう行動にはでていなかったのだが、今回のことで彼が非常に不利な立場に追い込まれたことに気をよくして、彼がいないことをいいことに、自分の取り巻きたちにやりたい放題させはじめたのだ。


 彼が学校を去ることになった日、真っ先に彼のロッカーに嫌がらせを仕掛けさせたのは紛れもなくこのヘイゼルであった。


 マリーはヘイゼルが取り巻きたちにはっきりとそう命じていたのをこの耳で聞いて知っている。


 今このときも自分の自慢話の中にことさらに彼の名前を出し、所詮裏切り種族のあいつはどうのこうのと周囲に聞こえるようにわざとふれまくっている。


 悔しくてたまらないが、面と向かってそれを指摘してやる勇気もない自分が情けなくなってくる。


 だからせめて彼が帰ってくるまでの間に、心無く汚されてしまった彼の机やロッカーは綺麗にしておいてあげたかった。


 所詮気弱な自分にできることなんてこのくらいだけと思うと、さらに落ち込むがそれでも何もしないよりはマシだ。


 そう思って一生懸命雑巾で拭いていると、いつのまにか、その件のヘイゼルが取り巻きを連れて自分の目の前に立っていた。


 相変わらず人を見下しきった嫌な目でこちらを見つめている。


 こっちを見るなと強く言ってやりたいが、どうしても怖くて口を開くことができず、ただ様子を伺うように見つめることしかできない。


 そのマリーの怯えきった心の内を見透かしているのか、ヘイゼルは益々蔑む色をにじませてマリーを見下ろし口を開いた。


「そんな裏切り種族の机を一生懸命拭いてどうするんだね、マリー君。放って置けばいいんだよ。委員長に怪我をさせるような輩が同じクラスメイトだと思うと虫唾が走ると思わんかね?」


 その言葉に周りにいる取り巻き達も同調するように、にやにや笑いながら肯定の声を上げる。


 容赦なく浴びせかけられる悪意の雨にしばらく唇を噛み締めて黙って耐えていたマリーだったが、精一杯の反抗の意味をこめてポツリと呟いた。


「わ、私は美化委員だから、綺麗に掃除するのは当然だもん」


 だが、その精一杯の虚勢もヘイゼルには通用しなかった。


 ヘイゼルは鬼の首でも取ったかのようにマリーの言葉を嬉しそうに聞くと、取り巻き達を振り返りながらマリーに傲然と言い放つ。


「そうかい、それは失礼した。じゃあ、綺麗好きな美化委員君、是非我々の机もよろしく頼むよ。まさか、裏切り種族の机は拭けて、我々の机が拭けないとは言わないよね?」


 あまりの侮辱に満ちた言葉にマリーの視界がにじんでくる。


 どうしてこれほどまでに蔑まされなければならないのか。


 机を拭いていただけで、ここまで言われなくてはならないのか。


 なぜ良い事が良い事と認められないのか。


 自分は差別されるような種族ではないのに・・


 そう考えた自分に気づき、マリーははっとする。


 結局、自分も同じなのだ。


 この目の前にいるどうしようもない連中と大して変わらないのだ。


 ただ態度や口に出しているか出していないかだけの違いなのだ。


 きっと彼には全てわかっていたに違いない。


 だから、踏み込ませないようにしていたのだ。


 だから、ロッカーや机から自分の荷物となるものを全て持って帰ってしまったのだ。


 だから、いつも教室にはおらず、休み時間になると図書室にいたのだ。


 彼にとってこのクラスには真に友達と言える『人』はきっと一人もいなかったに違いない。


 彼にとってこのクラスに居場所というものはどこにもなかったに違いない。


 彼にとってこのクラスそのものが敵であったに違いないのだ。


 今、綺麗に拭いたこの机も、彼にとってはどうでもいい場所なのかもしれなかった。


 汚れていようが壊されていようが、元々敵地の物であるから恐らく心を動かされることもない。


 いつものようにやってきて、いつものように笑顔の仮面をかぶり、いつものように無害な生き物に擬態して周囲の敵から身を守り続けるだろう。


 自分達はそれをいつも通り距離を置いて彼と付き合い続ければいいのだ、そうすれば、自分達のほうにとばっちりもこない、いじめの対象にもならない、みんな笑顔でいられるのだ。


 彼以外は。


 それでいいのか?


 嫌なことは全部彼に押し付けて一年過ごすのか?


 彼女は気弱な一生徒でしかない、一族の中でもかなりひっこみ思案なほうであることは自他共に認めている。


 しかし、彼女の一族はどんな種族でも受け入れることができるということを誇りにしている種族である。


 草原に生きるグラスピクシーである彼女の一族は、『害獣』がこの世界に姿を現すまで、世界のあちこちに集落を作り旅人達のためにその里を開放し、たとえどのような種族であろうともその門戸を閉ざすことはせず、誠実に付き合ってきた歴史がある。


 そのため、どんな凶暴凶悪な種族であっても暗黙の了解でグラスピクシーの集落だけは襲ってはいけないという不文律ができていたものなのだ。


 それは裏切りの種族である人間ですら例外ではなく、むしろ人間達は特に親しくしていたくらいである。


 マリーはその誇り高き種族の歴史を祖父や父達からこんこんと教えられて育ってきたものである。


 この現状はもう我慢ならない。


 少なくとも、この目の前にいる奴らと彼に同列にみられるのだけは絶対に嫌だ。


 自分達の一族は上位の種族と違ってそれほど際立った能力はもたない下位の種族だ。


 しかし、相手がその手を跳ね除けたわけでもないのに、自らその手を引っ込めるような真似だけはしたことがない、そんなことはしない種族であるという誇りがある。


 自分一人がどうこうしたから彼の心が変わるとは思えない。


 でも、何もしない、しなかったまま一年をずるずると終わるよりはよっぽどましだ。


 マリーは決然と顔を上げて、涙目になりながらも目の前のヘイゼルを睨みつける。


 両手の拳を強く握り締め、今にも崩れ落ちそうな震える足に力をこめて、負けるもんかとお腹に力を入れる。


「あ、あんた達の机なんか拭かない。私は友達の机は拭くけど、『人』を下僕か奴隷みたいに見る奴の机は絶対に拭かない。そんな奴は友達じゃない。あんた達は友達じゃない」


 マリーは言い切った、というか、自分でここまでの啖呵を切った自分自身に驚いた。


 しかし、驚いたのはマリーだけではない。


 マリーに啖呵を切られたヘイゼルとその取り巻き達はもっと驚いた表情を浮かべていた。


 まさかクラス随一の気弱なマリーにここまで抵抗されるとは思ってもみなかったのだ。


 面目を丸つぶれにされた副委員長は、引きつった笑いを浮かべながらマリーの腕を掴む。


「マリーくん、どうも我々の間には不幸な行き違いがあるような気がするんだよ。どうだろう、これから別のところでゆっくりと話し合おうじゃないか。何、時間は取らせない。すぐに終わることだよ」


 マリーはこれから自分に起こるであろう身の毛もよだつ展開を想像し、卒倒しそうであったが、それでも後悔だけはしていなかった。


 やれるものならやってみろという気合をこめてヘイゼルを黙って睨みつける。


 ヘイゼルはその生意気な視線に気圧されながらも強く乱暴にマリーの小さな腕を引っ張ろうとした。


 だが、横から伸びてきた別の腕がヘイゼルの腕を鷲掴みにする。


 その腕は丸太のように太い腕で、その掴む掌はグローブのように逞しい。


 一瞬その腕を振りほどこうとするヘイゼルであったが、徐々にその手に力が込められていき、ついには万力の如き力で締め上げられ、とうとう、あまりの痛みに悲鳴をあげながらマリーを掴んでいた手を放した。


「ぎゃ、ぎゃああああ、何をする放さんか、きさまあああああ!!」


「さっさとマリーから手を放さないおのれが悪い。そうすれば痛い目をみずともすんだものを」


 野太い声の主は焦げ茶色の髪と髭で覆われた中に鋭く光る二つの双眸をヘイゼルに向けて、その腕を放してやった。


 身長は150cmもないが、見ただけで筋肉の鎧に覆われているとわかるずんぐりとした体格のドワーフ族の少年は、敵意を隠そうともせずに副委員長とその取り巻き達を睨みつける。


「マリー大丈夫? 痛くなかった?」


 そう言ってマリーをヘイゼルから遠ざけるのは緑の髪に、茶色い肌のドライアード(樹人)族の少女。


 マリーはその頼もしい二人の友人の姿を見て安堵の表情を浮かべる。


「クロくん、さっちゃん、ありがとう!!」


 安心して気が緩んだのか涙をこぼすマリーに優しい表情を浮かべるドワーフの少年とドライアードの少女。


「き、貴様ら、この私にそんな真似をしてただで済むと思っているのか? この低俗な下位・・」


「低俗ななんだ? あ? はっきり言ってみろよ、上位種族の副委員長さんよ」


 ヒステリックに叫びかけたヘイゼルであったが、ドワーフの少年の激烈な怒りの視線に気がついて危うく口からでそうになった失言を飲み込む。


 しかし、目の前の少年達はごまかせなかった。


「おい、もういい加減うんざりなんだよ、おまえの口から垂れ流される聞くに堪えないくそみたいな言葉は」


 ドワーフの少年だけではない、マリーやドライアードの少女からも向けられる心からの怒りの視線に、ヘイゼルと取り巻き達は口を開くことができずに少しずつ後ずさる。


「おまえは気づかれていないと思っているのかもしれないがな、あいつをこき下ろしているのと同じくらい、俺達下位種族のことも見下してくれているよな。あいつは、黙って耐えていたかもしらんがな、俺達は違うぞ」


 そう言って後ろを振り返ったドワーフの少年はちょっと振り返り、同じように決然とヘイゼル達を見詰めている小さな友人を眩しそうにみつめたあと、自分自身決意をこめた表情を浮かべ、もう一度ヘイゼル達を睨みつけた。


「この小さなマリーが我慢の限界を越えたとはいえ、とてつもない勇気を出してそれを口にしたんだ。それを聞いた以上、もう俺も黙っておれん。もう今後、おまえの言葉は一切信用しない、そして、あいつを無視することもしない。俺達に手を出すというなら・・」


 ギロリと闘志をこめた瞳がヘイゼルを射抜く。


「容赦しない!!」


 その言葉に猛烈に反発しようとしたヘイゼルだったが、ふと気がつくと、クラスの大半を占める下位種族のクラスメイト達が立ち上がったこちらを見ている。


 明らかな敵意を抱いた瞳で。


 ヘイゼルはそれを見てしばらくぱくぱくと口を見苦しく開け閉めしていたが、やがて取り巻き達を振り返ると、何かもごもご言いながら教室から出て行った。


 その姿が見えなくなって、マリーは緊張の糸が切れたのか、くたくたと床の上に座り込んでしまった。


「こ、怖かった・・」


 その姿を見たドライアードの少女、サイサリス・ドーンガーデンは自身もしゃがみこんで、マリーの120cmない小さな身体をそっと抱きしめる。


「よくがんばったね、マリー。あんなに勇気があるなんて知らなかったわ」


「全くだ、本当に勇敢だったぞ、マリー。おまえの友達であることが今日ほど誇らしいことはない」


 そういってドワーフ族の少年クロムオックス・アイアンハンドもしゃがみこみ、マリーの肩にそのごつい手を乗せる。


「しかし、それにしても不甲斐無いのは俺達だ、お前があの馬鹿に啖呵を切るまで俺は無干渉を貫こうとしいていた。自分自身が恥ずかしい。あの馬鹿はあいつのことを裏切りの種族と言いやがったが、あいつ自身は何も俺達を裏切ったことなんかない。それどころか俺達の中にはあいつからいろいろと世話になった奴だっているってのに、そのあいつを俺達は締め出そうとしていたわけだからな。自分が恥ずかしいよ」


 クロムの独白を近くで聞いていたクラスメイトの何人かは、思い当たる節があるのか、気まずそうに顔を俯かせる。


 そんなクラスメイト達を見渡したサイサリスは、静かで決して大きくはないがよく響くその声でみなに呼びかける。


「とりあえず、彼が帰ってくるまでに、この机とロッカーを綺麗にしておきましょう。それで彼に私達のしたことを許してもらえるとは思えないけど、それでも誠意だけは伝えるべきだと思う。このままだと私達もそうだけど、私達が所属している種族そのものも排他的な種族だと思われてしまうわ。それがそうではないってことは私達全員が知ってるはずよ」


 全員がその言葉に同意したわけではない。


 しかし、同意しない者は圧倒的に少なく、クラスメイト達のほとんどが、バケツと雑巾を持ってきて、理不尽な理由で停学になってしまったクラスメイトの机やロッカーを清掃しはじめた。


 それを見ていたマリーも慌てて立ち上がりその輪の中に加わる。


 これでも彼は許してくれないかもしれないと思ったが、彼の姿を思い出し、すぐにそれを否定する。


 きっと彼はいつもの笑顔を浮かべてこういうに違いない。


『そんなに気にしなくていいのに、でも、ありがとうね』


 と。


 マリーはその笑顔が早く帰ってくるといいなと思いつつ、一生懸命彼の机を拭き続けた。

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