~第2話 昼休み~ おまけつき
「剣児くんはあんたみたいな貧乳とは付き合わないのよ!!」
「はん、その大きな乳に全部養分吸い取られて、頭くるくるぱ〜のおまえとはもっと釣り合わないっての」
「・・とりあえずこの二人はほっといて、私とお昼ご飯にしましょう、剣児くん」
「「ちょっとまてい!!」」
「み、みんなお願いだからやめてくれよ・・」
昼休みの休憩時間。
もうすっかり恒例となってしまったのが、弐-Aの教室のど真ん中で繰り広げられている、クラスメイトの少女3人と1人の少年の痴話喧嘩。
それを、毎日大変だな〜としばらくぼんやりと見つめていた連夜だったが、やがて昼ご飯を食べるために、鞄からバスケットケースを取り出して広げる。
パカっと蓋をあけると何度見ても芸術的でおいしそうなサンドイッチとクラブサンドが整然と並ぶ光景が。
さすが、お父さんです・・と心の中絶賛しつつ、その中の一つを取って口に運ぼうとする。
「・・」
「・・」
「・・」
なんだか無視できない視線を感じて、その視線を感じる右横に顔を向けると、自分の見知った顔が3つそろってこちらを見つめていた。
「あ、あの・・姫子ちゃん、はるかちゃん、ミナホちゃん、そんな見つめられると食べづらいんだけど・・」
「いや、気にするでない。ちょっとそのお主が手にしておるタンドリーチキン入りクラブサンドが壮絶に美味しそうで、どんな味がするのか気になって気になって仕方ないが、それは連夜のものであるし、しかし、諦めきれずに見つめていただけなのだ。さあ、我々の悲哀と落胆など気にせず食してくれ」
と、美人に見慣れた連夜からみても、かなりの美人に入る美しく端正な東洋系の顔をうらやましいそうに、あまつさえ涎すら流しながら呟くこの少女は、連夜の幼稚園時代からの友人 龍乃宮 姫子。
龍族の中でも特に名門中の名門である龍乃宮家のご息女であり、文字どおりの姫君である。
幼いころからの英才教育で浮世離れした話し方をするが、本人はいたって至ってきさくな人柄であり、貴族にあるがちな庶民に対する偏見や傲慢な態度など微塵に存在しない。
と、いうか、あまりにも奔放すぎて、大丈夫なのだろうかと逆に心配にすらしてしまう程であるのだが。
きらきらと光に反射するつややかな黒髪は背中くらいまであるロングヘアーで、頭からは上級龍族の証である長く伸びた2本の角、切れ長の眼はあくまでも涼やかで、鼻はすっと高く、その唇は桜のような淡いピンク色。
身長は連夜と同じくらいだが、学生服の上からでもわかる絶妙なプロポーションの持ち主で、このまま大人になったら凄まじい美人になることはもう間違いない人物だった。
・・ただし、いまは涎をたらして人の弁当を狙う子供そのものであったが。
「あのね、姫子ちゃん・・そこまで言われて食べられるほど、僕の心は強くできてないから」
深々とため息を一つつくと、連夜はバスケットケースを姫子の前に差し出す。
「どうぞ。いいよ、食べて」
「え、いいのか!?」
「うん、まあ僕はいつでも食べられるしね」
「そ、そうか、わるいな・・じゃあ・・あ!!」
「(ひょい ぱく!!)・・・おいしいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「「はるかぁぁぁぁぁ!!」」
連夜の許可を得て、嬉しさを隠そうともせずに目当てのタンドリーチキン入りクラブサンドに手を伸ばそうとした姫子だったが、横から伸びてきた手があっさりとそれ先に奪ってその手の持ち主の口に運んでしまった。
もう幸せいっぱいという表情でクラブサンドをもぐもぐさせている少女は、同じクラスメイトの水池 はるか。
実ははるかは龍乃宮家に代々仕えている中級龍族の一族の娘で、姫子の友達兼軍師兼お付き世話役をしている人物。
ふわふわとした女の子らしいウェーブのかかった肩まである茶色の髪に、中級龍族の証であるちょっと短い角、愛嬌のある満丸の顔、人畜無害と書いてありそうなほどいつも絶えされることのない笑顔。
身長は連夜や姫子よりも弱冠低いが、その体はどこもかしこもボリューム満点。
まあ、太っているというほど太っているわけではないが、まあ、平均的な女子高生の体型ではないことは確かだ。
とにかく普段からおっとりとしており、3人組の中ではもっとものんびりしている陽だまりの中の乳牛のような人物なのだが。
いざトラブルが起こったときあるいは巻き込まれたときと飯のときだけは、恐ろしい運動能力と情報収集力と、そしてなによりも悪知恵を発揮する。
「おいしい・・ってか、物凄いおいしい・・っていうか、壮絶に今まで食べたことないくらい美味しい!!」
「えええええぇぇぇぇい、あほかおのれわぁぁぁぁぁぁ!!」
クラブサンドを頬張るはるかの頭を、目にもとまらぬ速さで手にしたスリッパで、すぱぱ〜んとはたいてツッコミをいれるのは、やはり同じクラスメイトの東雲 ミナホ。
「どこの世界に主の食べるものを横取りして食べるお付きがおるねん!!」
「やぁねぇ、ミナホったら、ここにいるじゃない」
「笑顔で断言すな!! ってか、取りあえず食べるのやめ!!」
「もう怒りっぽいんだから、はい、はしっこでよければあげる」
「いらんわ!!! ってか、パンだけやないか!! 中身入ってないやん!! 何、気付かれたみたいな顔して、舌打ちしてるねん!!」
悪魔のような笑顔でクラブサンドのはしっこ(しかもパンだけ)を手渡して来るはるかの手をバシッと叩くミナホ。
はるかと同じく龍乃宮家に代々仕えている下級龍族の一族の娘で、姫子の友達兼秘書兼ボディガードをしている人物。
ベリーショートの赤毛に、他の二人と違い角はないものの、耳が魚の鰭のような形で伸びていて、銀ぶち眼鏡、見るからに委員長か風紀委員みたいな雰囲気を持つ。
身長は連夜や姫子よりも高く、クラスの男子と比べても高いほうに入ると思われる。
細見だが、引き締まった身体をしており古流武術の使い手で、学内でも屈指の実力者。
頭も非常に良くて成績優秀な優等生なのだが、いつもはるかのツッコミ役になってるせいか、周囲の友人達からはそういうふうには見られていない非常に損な役回りの少女である。
「タンドリーチキンはないけど、まだいろいろあるから・・もうちょっと静かに食べようよ、ね」
もう慣れてしまったせいか、ミナホのツッコミが一段落したところで連夜が仲裁に入り、少女達はおとなしく席につく。
「それにしても、ほんとに連夜の持ってくる弁当はいつも美味しいなあ。連夜、本気で龍乃宮家お抱えの、いや、わらわ直属の料理番になる気はないかえ?」
「そうですねえ、そうしてもらえたら、毎日美味しいお弁当食べられるのになあ・・」
「せやなあ・・ってか、はるか、あんた世話役なんやから、もうちょっと修行せえよ」
「いやよ、私は食べる専門よ」
「なんでやねん!!」
「いや、今日の弁当はお父さんが作ってくれたんだ。流石に僕はお父さんのレベルには達してないからね・・まだまだ修行が足りないってことだね」
「そうか、そういえば、連夜の家事スキル全般の師匠は、お父上殿であったな。確か、薬草栽培の達人で、薬剤師としても超一流であったと記憶しているが。」
「そうそう、僕の憧れで目標なんだよねえ」
自分の弁当を美味しそうに食べる3人娘を眺めながら、しみじみと頷く連夜。
4人の間に静かで穏やかな時間が流れていく。
「だから、あんたもいい加減あきらめなって、どうせ色気以外に特技なんてないんだろ・・」
「し、失礼な、あなただって、喧嘩しか能がないじゃない、この不良!」
「剣児くん、今日のお弁当は特製カニクリームコロッケですよ〜」
「「って、抜け駆けすな!!」」
「もう、みんなほんとに喧嘩やめて昼ご飯食べようぜ〜」
「「「剣児くんはだまってて!!」」」
「・・はい、ごめんなさい・・」
まだ続いていたらしい教室中央で繰り広げられている痴話喧嘩というバトルロイヤルを、なんということはなしに眺める連夜。
「連夜、目が腐るからあんなゴミのことは見てはならん」
「ですねえ・・あれが姫子様の血のつながった兄上様だっていう事実が納得できませんよねえ・・」
「ほんまヘタレやな、あいつ」
まるでゴミための中でも特に汚らしいものを見るかの如き一瞥を教室中央に向けた3人は、吐き捨てるようにその様子を切り捨てた。
ほんの少し・・いや、ほんとはかなり同情のこもった視線で3人のクラスメイト達の喧嘩に巻き込まれている友人を見つめた連夜だったが、目の前にいる友人達の非難の目が怖くて早々に視線を中央からはずすことにする。
しょうがなく黙って彼女たちの食事が終わるのを待っていた連夜だったが、気がついたらバスケットの中は空になってしまっていた。
いくらなんでも全部食べてしまうようなひどい真似はしないだろうと思っていただけに、結構ショックはでかかったりする。
姫子達もおそらくここまで平らげてしまうつもりはなかったのだろうが、プロの料理人ですら太刀打ちできないといわれる父親の料理を前に、完全に理性がとんでしまったものと思われる。
まさにやめられない止まらない状態だったのだろう。
そう考えるとこれはもう不可抗力としかいいようがあるまいと、どこまでも人のいい連夜は自分を納得させてしまうのだった。
そういう内心の葛藤とともに悲しそうにバスケットの中身を見つめていた連夜だったが、どこか達観した様子で溜息を一つつくと、空のバスケットケースを鞄にもどすのだった。
「・・ちょっと、学食いってくるね・・」
「・・」
「・・」
「・・・す、すまん、連夜・・つい・・」
自分達がしてしまったことの重大さに気付き絶句している3人を置いて、連夜は席を立つと学食へと向かうのだった。
「あ〜・・いつになったら俺は昼飯が食べられるのだろう・・」
教室を出る間際、教室の中央からそんな声が聞こえてきて、おもわず激しく同意したくなった連夜であった。
〜〜〜第2話「昼休み」〜〜〜
連夜は弁当派であるが、御稜高校の学生食堂が嫌いなわけではない。
校舎の北、大きな体育館のすぐ隣にある大型の食堂施設では、思った以上にバラエティに富んだ食事が楽しめるようになっている。
それというのも、単品メニューではなくバイキング方式となっており、実に様々な料理を好きなだけ選択できるようなシステムになっているからだ。
ただし、それだけの品を作るためか、味はそれなりであり質よりも量という感じはどうしても否めないところではあったが、料金が国立だけあって全額国が負担してくれているため、お金に困っている学生達にとっては実にありがたい場所となっていた。
そのため、朝昼晩すべてここで食べてしまう学生も決して少なくはない。
とはいえ、流石に連夜がここを利用したことがあるのは昼間だけであるのだが。
とてとてと食堂に入ってきた連夜は入口近くに山積みでおいてある四角いお盆と朱塗りの箸を取ると、料理が並べてある壁際へ移動し、紫の振りかけられた並盛のごはん、トン汁、茄子の味噌炒め、サラダを次々と取ってお盆に載せて窓際のあいている席に移動した。
もう半分以上昼休みの時間が終わってるせいか、食堂に残っている人もまばらで、連夜が座った長テーブルには他に誰も座ってる人もおらず、ゆっくりと食べることができそうな雰囲気であった。
「やれやれ、まあ、たまには食堂もいいよね」
と、苦笑しながら茶碗を持ち、茄子の味噌炒めに箸をつける。
やはり、思った通りの平凡な味であったが、まあ、普通においしいレベルなのでとりたてて文句を言うこともなく食べていく。
そうして半分以上食べ終わったとき、不意に複数の人影が目の前に現れたことに気づいた。
目線を前に移すと、明らかに優等生と真逆に位置するだらしない姿格好の方々が、にやにやと見るに堪えない嘲笑を浮かべながら連夜を見下ろしているのが見える。
「おい、みんな、くせえくせえと思ったら、ここに人間がいるぜ」
この集団のリーダーと思われる牛頭人身のミノタウロス族の巨漢が、連夜の対面側から片手をテーブルについて、その牛顔を近づけてきた。
「力も、魔力も、地位も、名声もねえ人間がよお・・何、俺たちに交じって堂々と飯食ってるのかねえ・・ええ?」
気の弱い学生だったら、気絶しそうな凶悪なオーラを纏わせて恫喝してくるミノタウロス。
しかし、連夜はむしろきょとんとした表情で見つめるだけで、もぐもぐと食べることをやめようとしない。
「おい、てめえ、聞いてるのかよ!!」
その姿に苛立ったミノタウロスは、その大きな掌をテーブルに叩きつける。
ところが、その掌が叩きつけられる瞬間、絶妙なタイミングで連夜はひょいとご飯の乗った自分のお盆を持ち上げて衝撃をやりすごすと、またお盆を元に戻し何事もなかったかのように昼御飯を再開する。
自分の行動が不発に終わったことが一瞬わからず、『へっ!?』 みたいな間抜けな表情を浮かべたミノタウロスだったが、すぐにその意味を知ってぶるぶると震えだした。
「な、なめてんだろ・・人間のくせに、俺達のことなめてるよな、おまえ・・」
「えっと・・念のために聞きたいんだけど・・僕に言ってるんだよね?」
怒りのボルテージをどんどん上げていくミノタウロスとその仲間達の様子に、むしろ困惑したかのような表情で見つめる連夜。
「てめぇ以外に人間なんて、いねぇだろうがよ!!ふざけてんじゃねぇぞ、こらぁっ!!」
「う〜ん、やっぱりそうかあ・・こういうシチュエーションて実に久し振りだったから、間違ってたらいけないと思って、ごめんごめん」
てへへと、笑ってミノタウロスを見たあと、連夜はいつの間にかきれいに平らげたお盆の空の食器にむかって手を合わせて御馳走様でしたというと、お盆を持って立ち上がった。
「に、逃げる気か!?」
「へ? いや、ここだと食堂のおじさんやおばさん達に迷惑かかっちゃうでしょ。すぐそこに誰も来ない体育館裏があるわけだし、そこで話しようよ。ちょっとお盆返してくるから」
そうにこやかに告げると、連夜は食堂の食器返却口に向かってお盆を返しに行く。
ミノタウロス達は、そのまま連夜がとんずらするのではないかと、注意して連夜の行方を追っていたが、そんな気配は微塵もみせずにとっとここちらにもどってきた。
「さ、行こう行こう。もう昼休みあんまり残ってないし」
「・・あ、ああ、きっちり話させてもらうぜ」
物凄く釈然しないながらも、連夜の後に続いて食堂を出ていくミノタウロス御一行。
しかし、もしこのとき食堂にいる他の生徒達の様子をミノタウロス達が見ていたら、ここから出ていくという選択をためらったかもしれない。
連夜に絡むミノタウロス達を見つめる生徒達の視線には、これから起こる事態に対して明らかに同情と嘲笑がこめられていたのだから。
午後の授業が始まる5分くらい前に、連夜は教室に駆け込むことに成功した。
「あ〜、間に合った・・セーフ!」
安堵の吐息を吐きだしながら、自分の席をに戻った連夜は鞄から教科書とノートを取り出して次の授業の準備を始めた。
すると、その途中横に座っている姫子がちょんちょんと連夜の肩をつつく。
何事かと思って横を向くと、もう泣き出しそうなくらい表情を曇らせた姫子の姿。
「すまぬ、連夜。本当に私は申し訳ないことをした・・人の弁当を全部奪ってしまうとは・・」
どうやら、あのあとずっと落ち込んでいたらしい。
「いや、いいよいいよ。姫子ちゃんがわざとしたことじゃないってわかってるし。もう気にしないで、ね」
「謝って済むことではないが、この借りは必ず・・む、どうした連夜」
「え、なにが?」
涙目でくしゃくしゃになっていた姫子の表情が一変し、非常に厳しい表情で連夜の服を見つめる。
「なぜ、連夜の服のあちこちに泥がついておるのだ・・」
「あ!!」
姫子の問いかけに、まるで悪戯をみつけられたしまった子供のようなバツの悪い表情で明後日の方向を見つめる連夜。
「あ、あ〜・・ええと・・あの、ほら、1年生の子たちと昼食後の軽いレクレーションを・・」
「ほほお・・軽いレクレーションか・・」
冷汗を流して苦しい言い訳をする連夜の横顔をしばらく見つめていた姫子だったが、急にその視線を自分の右隣の座席にいるはるかに向けた。
「はるか、連夜とレクレーションを楽しんだという1年坊主どもを調べておいてくれ」
「は〜い、了解です」
「ちょ!!」
その言葉の意味をわかりすぎているくらいわかっている連夜が慌てて止めようとするのを尻目に、姫子は自分の後ろの座席のミナホのほうに顔を向ける。
「ミナホ、我が幼馴染と遊んでくれたその素晴らしい1年生達に是非ともお礼がしたい。放課後、少し時間を取ろうと思うが・・よいな?」
「勿論ですがな・・それはもう念いりにお礼せなあきませんからな」
「いやいやいや、3人ともちょっと待って待って、ストップストップ!!」
3人の尋常ならざる気配に、放課後吹き荒れるであろう暴力の嵐を想像して戦慄する連夜。
連夜は、不良に絡まれることを一種の修行と自らに課している。
この世界の中で最も非力な人間という種族に生まれてしまった自分。
別にそのことについて両親を恨んだり、他の種族と比べて卑屈になったりということはない。
しかし、だからといって弱いままで許されるとは思っておらず、日常生活を送っていく上で、それなりの強さは身につけなければならないと思っている。
とはいえ、武術を身に着けたところで圧倒的な種族としての筋力、体力、防御力といった基本能力の差はどうしようもないし、魔術といっても、魔力、霊力がほとんどない連夜にはこれもむいていない。
となると、それ以外の方法で身を守る技術を身につける以外にない。
幸い、そういう戦い方に熟練した人物が本当にすぐ側にいたので、師事してもらうことに問題はなかった。
連夜はその分野をめきめきと習得していったが、いかんせんこの分野は武術や魔術と違って試合などによる実戦さながらに己の技術を磨くということがおいそれとできないため、実戦での経験が圧倒的に不足気味であった。
そんなとき、転機が訪れる。
中学生に進級するとき、ある事情により、自分が住んでいる都市とは違う都市の中学校に行くことになってしまったのだ。
そうして、他の地域の子供たちと触れ合う機会が増えてから、不良に絡まれることが激増した。
現在連夜が住んでいる地域は、ほとんど人種差別がない地域であるが、ちょっとでもその地域を離れると、途端にその様子を一変させる。
特に特別な力を持たない人間種に対する差別は根強く、そういった地方で大人たちからそういうことを教えられて育ってきた子供たちは、なんの躊躇いもなく差別的行動を実行に移した。
連夜は基本的に平和主義者で、争いごとをとことん好まない性格であるが、自分がいじめられることで家族を心配させることは絶対にできないと、その持てる技術のすべてを使って抵抗した。
ところが、最初の頃は実戦を経験したことがないせいで、相当な犠牲を出すこととなってしまった。
勿論それは自分がではなく、相手にである。
手加減しようにも加減がわからず、大概の場合相手を半殺し以上の目にあわせてしまい、一時期学校で知らないものはいないほどの悪名を轟かせてしまったこともある。
とはいえ、実戦を経験していくことにより、急速にその腕をあげていってからは、相手を怪我させる度合いも減り、高校に進学するころにはほとんど相手を怪我させることなく鎮圧できるほどにまで成長していた。
これで家族や友達に心配させることなく生活することができる。
そう思って油断していたのがいけなかった。
高校生になってからすぐ、ゴールデンウィーク前のある日、当時、高校で最大勢力であった不良集団のリーダーに呼び出された。
さすがの連夜も30人を越える集団を相手にするのは無謀であったため、今回は鎮圧をあきらめて逃走を謀ったのであるが、予想以上に腕のある人物達が多く、無傷で返してもらうことはできなかった。
勿論、このまますませるつもりはなかった。
きちんとケジメをつけておかないと、いつまでも尾を引くことを、経験上よくわかっていたからだ。
そう思って不良撃退の計画を練り始めた連夜だったが、しかし、この連夜の計画はもろくも崩れ去ることになる。
それも一番とんでもない、最悪の方向に。
高校生になって一番連夜を喜ばせたのは、幼稚園、小学校と一緒に通った幼馴染の友人達との再会であったが、この友人達が連夜の頭を悩ませ続ける原因となった。
不良集団に絡まれて少なからず怪我を負った状態で高校に登校した連夜を待っていたのは、阿修羅のような顔をした友人達であった。
困惑する連夜から事情を聴きだした友人達のその後の恐怖の行動については、連夜はできるだけ思い出さないようにしている。
事実だけを言えば、その日のうちに、連夜を襲った不良グループは解散した。
勿論自発的に解散したわけではない。
力づくで解散させられたのだ。
その様子について見ていた一部の目撃者により、学校中に瞬く間にその衝撃の事実は伝わってしまっていた。
しかも直接的に連夜がやったわけではないのに『宿難 連夜とその仲間達による血の制裁』という連夜の名前だけが思いきりアピールされるような形で。
そういうことがあったせいで、それから進級によるクラス変えが行われるまでの1年弱、不良に絡まれることが一切なくなったとはいえ、それと同時に一般生徒達からも恐れられてしまい、幼馴染の友人達以外に友達が作れないという最悪の事態に陥ってしまったのだ。
しかしそれも1年という月日がたち、友人達の手で生涯忘れられないような悪夢を刻み込まれた3年生の不良達が卒業していき、新しい新1年生が入ってきて、連夜の人となりである実際は温厚な人畜無害な性格を知る人も多くなり、やっとこれから新しい友達を作れそうというこの大事な時期に・・
いや、これでも悟られない自信はあったのだ。
ブランクがあったとはいえ、自分はほぼ無傷でミノタウロス達にも怪我を負わせることなく、尚且つ精神的にダメージを与えながら戦闘不能に持っていくことができた。
多少追っかけられて、そのときに地面を転げまわったので泥はついてしまったが、それだってきれいにはたいて落としたはずなのに・・
(むしろ、そんな状態でなんでなにがあったか察知できるんだろう、この幼馴染は・・)
今までの経験上こうなってしまった幼馴染達を止めることはほとんど不可能とわかってはいるが、あきらめきれずに説得してみる。
「ね、ねえ、姫子ちゃん、僕の気のせいかもしれないけど、何か僕と姫子ちゃんの今の一連の会話の中には若干の祖語というかズレというか誤解というか、そういうものがあるような気がするんですよ」
「ほうほう、それはあれか、連夜、1年生とのただのレクレーションでなんでもなかったとごまかしたかったのに、不良にからまれてひと騒動あったことを勘付かれてしまいなんとかなかったものにできないものだろうかと思って言ってるわけではないのだな?」
「あー、うー」
まるで満開の桜の花のような笑顔を連夜に向けてくる姫子だったが、その瞳は異様に冷たくギラギラと光っている。
「心配するな連夜。ちょっとお話をするだけだ」
「ほ、ほんとに?」
「ただし、相手次第によってはちょっと・・ほんのちょっと死んだほうがマシ、むしろひと思いに殺してくれと涙ながらに懇願せずにはいられないような生き地獄を味わうことになるが・・」
うふふ、楽しみよのう・・楽しみですねえ・・楽しみやなあ・・と不気味に微笑み合う友人達の姿を見て、机に突っ伏す連夜。
「ぼ、僕の平和で普通な学園生活が・・」
再び、一般生徒達から避けられる日々を送らなければならなくなるのか、と机の上に涙の池を作る連夜。
そのとき、誰かが連夜の肩を叩いた。
「連夜、心配するな!大丈夫だ!俺も一緒に行って姫子がやりすぎないように監視しとくからよ」
力強く頼もしい声が聞こえ、後ろを振り向くとそこには、爽やかな笑顔を浮かべた連夜の幼馴染の龍族の少年が立っていた。
「け、剣児・・」
彼の名前は龍乃宮 剣児。
名前からしてわかるように、姫子の兄にあたる少年。
ただし、姫子とは母親が違い、正妻の娘である姫子と違ってごく普通の下級龍族の娘との間に生まれた彼は、龍乃宮の姓は名乗ってはいるものの、事実上龍乃宮家とほとんど接点はなく、母子家庭で育った一般庶民である。
しかし、本人は堅苦しいお貴族様の生活を送らないですんだことと、これからもしないですむことをむしろ喜んでいる。
非常に正義感が強く、見た通りの熱血漢で御人好し。
姫子とよく似た容姿をしていて、美男子の部類に入る人物ではあるのだが、むしろ、彼の魅力はその起伏の激しい性格にあり、くるくると変わる表情は見る人を惹きつけてやまない。
前述したように血筋からいえば、姫子のほうが龍族としての能力は高いはずなのだが、突然変異なのか歴代龍王に匹敵する武力と魔力をこの歳ですでに身につけており、御稜高校の竜虎と呼ばれる2大実力者の一人でもある。
おさまりの悪いばさばさの黒髪に、頭から生えた2本の角は大きすぎず小さすぎず見るからに立派、太いまゆげに、らんらんと光る黒眼、180cm近くある身長に引き締まった肉体。
とにかく目立つ、そして、モテる、異様にモテる。
歴代の男性龍王は色好みで有名であるが、どうやら彼もその血をばっちり受け継いでしまっているらしい。
「おう、ちらっと話が耳に入ってな・・おまえもほんと運が悪いよなあ・・でもよ、俺が行くからにはもう安心しろ。ダチの喧嘩は俺の喧嘩だ」
漢くさい笑顔を浮かべてそう頼もしく断言する剣児。
が、しかし、肝心の連夜は物凄い珍妙な表情を浮かべて剣児を見つめている。
「な、なんだ?どうかしたのか?」
「いや、あのさ・・剣児・・」
「お、おう」
「僕のこと心配してくれるのは嬉しいんだけど・・」
「あ、ああ、なんだ?」
「僕のことよりも先に、『あれ』どうにかしたほうがいいんじゃない?そろそろ昼休み終わって先生来ると思うんだけど・・」
「え、『あれ』?」
連夜がくいくいと、親指で指さす方向を見ると、教室の中央でまだ言い争う3人の少女達の姿が。
「ええい、もういいわ、こうなったら、勝負よ!!」
「おお、勝った奴が剣児と付き合うってことだな・・おもしれぇ、やってやろうじゃねぇか!!」
「くすくすくす・・お二人とも身の程知らずさんですねえ・・」
一触即発、爆発寸前の3人。
そして、その飛び火は当然の如く。
「「「剣児くん、審判お願いね!!」」」
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
そして、なんという絶妙のタイミングだろうか。
昼休みが終了し、いままさに戦闘の火蓋が切って落とされようとした瞬間、測ったようなタイミングで扉をあけて入ってくる先生。
3人の少女達を止めようとした剣児が、もろに同時に3人の攻撃を受けた状態で時が止まっていた。
その様子を見て、瞬時に状況を理解する先生。
「・・龍乃宮、クロムウェル、ボナパルト、黄。4人とも放課後生徒指導室にくるように。」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
額に青筋を浮かべたエルフ族の先生の宣告を受けた剣児は、がっくりと膝をついて涙するのだった。
「・・ゴミめ・・」
「・・姫子ちゃん、きついよ・・」
※ここより掲載しているのは本編のメインヒロインである霊狐族の女性 玉藻を主人公とした番外編で、本編の第1話から2年後のお話となります。
特に読み飛ばしてもらっても作品を読んで頂く上で支障は全くございません。
あくまでも『おまけ』ということで一つよろしくお願いいたします。
おまけ劇場
【恋する狐の華麗なる日常】
その3
久しぶりの祝日、私が普段通っている都市立大学も今日は休校日で、当然私もお休み。
朝起きて、遅い朝食を取ってまったりしていた私は、ふと思いついてリビングのサッシを開けてお家の小さな庭に出てみる。
外に出て空を見上げると、そこには雲ひとつない青空がひろがっていて、東にある太陽がぽかぽかと暖かい日差しを浴びせかけてきてとても気持ちいい。
私のお家の小さな庭は、普段からうちの旦那様が、仕事の合間に小まめに手入れをしているおかげで、非常にすっきりしているだけでなく、小さな花壇が作られていて、小さな花がこじんまりとしてはいるもののなかなか美しい白い花を咲かせている。
その花からはりんごのような甘い香りがほのかに漂っていて、旦那様いわく、精神を非常にリラックスさせて安定化させる効き目があるらしい。
確かにこの匂いを嗅いでいると心が非常に落ち着くなあ、うんうん、などと大してわかっていないくせにわかったふりで頷いてみていると、私の前をゆっくりと柔らかい風が通り過ぎていくのを感じた。
そのときに白い花の香りとはまた違う、私が普段からよく知っているいい香りが風に運ばれて流れてきたことに気づく。
それは洗剤の香り。
庭の端っこにある物干し台に干された洗濯物から漂ってきている香りだった。
私はこの匂いを嫌というほどよく知っている。
だって、大好きな旦那様の匂いだから。
白い花の香りも好きだけど、この香りはもっと好き。
当たり前だけど自分が着ている衣服には必ずといっていいほどこの香りが染み付いていて、衣服からほのかに漂ってくるこの香りを嗅いでいるといつも旦那様がすぐ側にいるような気がしてとても安心した気分になるのよね。
まるですぐ側に旦那様いて、いつもと同じように忙しく家事をしながら優しい瞳で私を見守ってくれているような・・そんな気持ちにさせてくれる。
しばしその匂いに意識を集中していた私は、なんとなく振り返って家の中に視線を移す。
きちんと整理整頓され掃除されたリビングの向こうに台所が見えて、そこに旦那様の姿を探す。
が、そこに旦那様の姿をみつけることはできない。
私は祝日だけど、旦那様は違う。
今日も日が昇る前に私を起こさないようにそっと布団から抜け出し、『外区』にある畑へと出かけて行った。
お義父様と一緒に今この時間も忙しく働いているはずだ。
ちなみに畑仕事だけではない、畑仕事に出かける前には洗濯をきっちり済ませ、私の朝食までばっちり作ってくれていたりする。
今日の朝のメニューはツナサンドとタマゴサンドに、小皿に入ったポテトサラダ。
おいしかったです。
いや、本当に旦那様は凄い、凄すぎる。
私なんかには本当に本当にもったいない、申し訳ないくらいにもったいない夫。
どうして私と結婚してくれたのか未だに謎だ。
そんな旦那様を私が愛せないわけがない、いやむしろ愛しすぎてあまり長時間離れていると寂しくて死にそうになる。
なので、友達だけで旅行とかは無理。
よく大学の友人達や、普段親しくしているプライベートの知人達から小旅行などに誘われることはあるのだが、旦那様と一緒でなければ絶対にいきたくない。
たった一日離れているのだけでも苦痛。
半日ならなんとか耐えられる。
昔はこうじゃなかったんだけどねえ・・旦那様にこれでもかとかわいがられ大事に大事にされすぎた結果、自他共に認める『旦那様中毒』になってしまった私。
いや、別に全然後悔してないけど、こういうとき本当に寂しさを感じちゃうのよね。
旦那様のいないお家にぽつんと1人。
え、じゃあ、友達でも知人のところにでも出かければいいじゃないかって?
う~~ん、そうなんだけどさ、私が出かけている間にひょっとしたら旦那様がひょっこり途中で帰ってくるかもしれないじゃない。
そうなったときに家にいなくて一緒にすごす時間が減ることになったら無茶苦茶悔しいもん。
まあ、帰ってきてくださらない可能性もあるわけだけどね。
あ~、それにしても寂しい。
なんだか寂しすぎてほんとに悲しくなってきてしまったので、不貞寝してしまうことにする。
庭からリビングに戻った私はソファの上に横になる。
側には旦那様の匂いの染み付いた丸いふかふかのクッション。
それを抱きしめて目をつぶった私は、いつの間にか眠りの世界に誘われてしまっていた。
それからどれくらいの時間がたったのだろうか。
ふと自分の耳にとても心地よい感触を感じた私がぼんやりと目を開けてみると、自分の頭が眠る前よりも若干高い位置にあることを確認する。
意識が次第にはっきりしてくると、どうやら自分が誰かの太ももの上に頭を乗せていることを自覚する。
ああ、この感触は・・
「旦那様?」
自分でも甘ったれた声とわかる柔らかな声で問い掛けてみると、自分の耳にいつもの優しい声が響き渡る。
「もうちょっとで終わりますから、じっとしててくださいね」
私の頭を自分の膝枕の上に置いて、綿棒よりも柔らかい特殊な医薬術用棒で、耳用に特別に調合された『回復薬』や『治療薬』を丁寧に私の耳に塗りこんでくれているのは、私の予想通りやっぱり旦那様だった。
今の態勢では声が聞こえるだけで姿は見えないけど、でもその独特の気配、手つき、そして、忘れるはずのない石鹸の匂いではっきりとわかる。
間違いなく私の愛する旦那様だ。
うちの旦那様はなぜか『人』の耳掃除をするのがとても好きで、暇をみつけては私の頭をこうして自分の膝枕に乗せて耳掃除してくれる。
しかも耳の病気にかかったりしないようにいろいろな予防薬も塗りこんでくれたりするので、私の耳はいつも快調である。
まあ、なによりもめちゃくちゃうまいのでやってもらっていると、気持ち良くて気持ち良くて。
そんなわけで愛する旦那様の膝枕の上で、うっとりとされるがままになっている私に旦那様がいつもの優しい口調で話しかけてきてくださる。
「折角の祝日ですし、お昼からお出かけしようかと思いまして、今日は昼までということにして畑仕事を切り上げてきたんです。と、いうことでどこかにお出かけしませんか?」
「行きます、行きます!! どこでも行きます!! やった~!! お出かけお出かけ、久しぶりに旦那様とお出かけだ!!」
嬉しさのあまり耳掃除してもらっていることを忘れて飛び起きそうになった私だったけど、それを見越していたのか、旦那様がやんわりと私の身体を押さえて耳を傷つけたりしないようにしてくれる。
そして、耳掃除用の道具を片付けて脇に置いた旦那様は、改めて私の身体を抑えていた腕をどけちょいちょいと私の髪形を直してくださってから、ソファの上に起き上がらせてくれる。
「じゃあ、どこにいきましょうか。準備していたらお昼過ぎるからあまり遠くにはいけないですけど」
そう言って立ち上がり私のほうを穏やかな表情で見つめて尋ねてくる旦那様。
正直、旦那様と一緒ならどこでもいいのよね。
それにしても、私の心情を察してちゃんと帰って来て下さる旦那様、ほんとにほんとに大好き。
こうして私の旦那様依存症(あるいは旦那様中毒)はますます強くなっていくのだけど、いいのよ別に、だって、私は幸せだもん。
私もソファから立ち上がると、旦那様の側に近寄っていってその身体をぎゅっと抱きしめる。
私の身体のほうがちょっとばかり大きいものだから、旦那様の頭がちょうど私の胸の上のあたりにくるんだけど、旦那様は陽だまりで眠っている子犬みたいに目を細めるだけで、何も文句を言わずに私にその身を預けてくれる。
あ~、かわいい、ほんとかわいくて愛おしい。
19歳になったばかりの旦那様に言う言葉じゃないんだけど、こういうときの旦那様はほんとにかわいくてかわいくて仕方ないのよ。
いや、いざというときは男らしいところを見せてくれるし、喧嘩だって私に負けないくらい強い。
むしろ本気で戦うことになったら、多分私じゃ旦那様には勝てない。
旦那様を本当によく知る者はみんな、どれだけ旦那様が実際に強いかを知っている。
かわいらしい外見とは裏腹に、その正体は鋼の意思と覚悟を持った正真正銘の本物の戦士、どんな逆境においても決して諦めることを知らず、最後の最後の最後まで望みを捨てずに勝利への道を探し続ける。
・・けど、そんな旦那様も、私の前では完全に無防備で、ありのままの姿をさらしてくれる。
それは私だけに与えられた特権。
旦那様が、私だけは絶対に傷つけないし、例え私に傷つけられても決して恨んだり憎んだりしないという無言の意思表示。
それがわかるから余計に愛おしいの、いじらしくて切なくて愛おしくて、胸がぎゅっと締め付けられるようになるの。
「あ、あの玉藻さん、キスしてくださるのは嬉しいんですけど、そろそろ行き先を決めていただけるとありがたいんですけど・・」
あ、やばい、愛おしさが溢れてまた無意識にキスの雨を降らせてしまっていたみたい。
胸の中の旦那様の顔を改めて見直して見ると私のキスマークだらけになってる。
口紅塗ってなかったのが不幸中の幸いだったけど、決して旦那様をおもちゃにしているわけじゃないのよ、本当よ!!
慌てて旦那様のほっぺに自分のほっぺをくっつけて謝る私。
「ご、ごめんなさい、旦那様。あの、私、旦那様と一緒ならどこでもいいので、行先は旦那様が決めてください、ついていきますから!!」
すると旦那様はちょっとくすぐったそうにしていたけど、少し小首をかしげて考えるとにっこりと笑って私のほうを見た。
「じゃあ、『シックスアーマーハーブ園』に行きませんか? 実はあそこで展示栽培されているハーブの中に南方で最近発見されたばかりの新種のハーブがあるんですよ。なんでも南方では有名な美容液の原材料に使われているらしくて、一度見てみたくて」
「いいですね、私もあそこ大好きです。園内の空気がすごく奇麗でいい匂いするし、静かだし・・」
それに『人』少ないから旦那様と多少いちゃいちゃしても問題ないし。
え? どうせ場所なんか関係なくいちゃいちゃするんだろって?
まあ、確かにそうなんだけどさ、ちょっとね、旦那様は種族的にちょっとハンデが多い種族だから、油断しているとそれに目をつけていらんちょっかいをかけてくるバカがいるのよ。
絶対に許さないけどね。
旦那様と付き合うようになって、同棲し、結婚し、そして現在に至るまで、その手の輩には嫌というほどからまれてきたのよ。
そいつらをどうしたのかって?
うふふふ・・そんなの決まってるじゃない。
旦那様を傷つけようとする奴は私が絶対に絶対に、ぜ~~~~ったいに許さない。
今まで私はそういう輩をただの1人も見逃したことがないし、これからも絶対に見逃さない。
愛する夫に手を出す奴は、『狐』に蹴られて地獄に落ちるのよ。
「玉藻さん、どうしました? なんか僕気に入らないこと言いました?」
あ、やばい、完全にダークモードに入っていた。
心配そうに私の顔を見上げてくる旦那様に、私は慌てて笑顔を向ける。
「え、ああ、ご、ごめんなさい。ちょっとぼ~~っとしてました。それよりも早く行きましょ、旦那様。今から出かけたらハーブ園の横の『シックスアーマー牧場』でお昼のスペシャルランチタイムサービスに間に合いますよね!? 私、あそこのお昼限定の『バイソンステーキランチ』食べたいなあ・・」
「あはは、そうですね。僕もあれ大好きです。じゃあ、すぐ用意して出かけましょう。僕、車の用意してきますね」
そう言って私から身体を離した旦那様は、ついばむような軽いキスを私にしておいてパタパタと玄関のほうに走って行った。
もうほんとにかわいいわあ。
あのほっそりとした身体といい、引き締まって小さいお尻といい・・よし、決めた、今日も夜は寝かせない。
私はぐっと握り拳を作り、メラメラと闘志を燃やしながら固く決意する。
って、とりあえず用意しなきゃ。
お昼はお昼でデートを楽しまないと。
ってことで、今日のところはこれで失礼するわ、またね。