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~第27話 万華鏡~

「お騒がせしました。失礼します」


 ガラガラと生徒指導室から出た連夜は、ふうと一つ溜息を吐き出すと、どこかサバサバした表情で廊下を教室に向かって歩きだそうとしたが、すぐ斜め前の階段の踊り場に親友の一人である白髪の少女が心配そうにこちらを見つめているのに気づいて、苦笑を浮かべる。


 連夜が親友のリンに手を振ってみせると、たたたと小走りにこちらによってきた。


「大丈夫だったの?」


「いや、まいったまいった。一週間の停学くらっちゃった」


 てへへとかわいらしく笑ってみせる連夜に、リンはみるみるその表情を変える。


「うそ!? なんで!? なんで連夜が停学なの!? 先に手を出したのは姫子ちゃんなのに!?」


「まあ、わかるでしょ、リンには。僕は人間、あっちは龍の王族、中学時代にはよくあったじゃない」


 そういうと、どこか明るい表情で連夜はリンを見つめ、教室に行こうと促して歩き出す。


「しかし、懐かしいなあ・・中学時代はしょっちゅうだったけど、高校に入ってからは無傷だったのに」


「連夜、あなた、よく平気ね? 親しい友人にこんなことされたのに」


 妙に明るい連夜を心配するように覗き込んでくるリンに、連夜は影のない笑顔を向ける。


「いや、結構へこんでるんだけど・・でもね、いや、やっぱり友人はありがたいねぇ、君とロムがいるからだろうけど、あまりショックはないかな。君たちに裏切られていたらこんな風ではいられなかっただろうけどさ。自分の中のどこかで、幼馴染と親友とがちゃんと区別できていたみたい」


 ほっとしたような表情でリンのほうを見た連夜だったが、すぐに表情を改めて真剣な色を瞳に浮かべる。


「それよりもさ、ロムに気をつけるように言ってあげて。僕のことが呼び水になって、変な差別の風が吹き出すとも限らないから」


「大丈夫よ。私もロムもあなたも、こことは比べ物にならないようなひどいところでやってきたじゃない。もし、そうなったとしても、今のロムなら大丈夫だと思うわ」


 心から心配して言ってくる連夜に、力強く笑って見せるリン。


 そんなリンの姿を見て、連夜は笑顔で肩をすくめて見せるのだった


「あ〜、なんかそんな風に惚気られるとは思ってなかったから、正直すごいショック」


「何言ってるのよ、もう」


 と、横を歩く連夜を軽くぶつ真似をするリンだったが、何かを思い出したのか、ニヤリと不敵な表情を浮かべて連夜を見た。


「でも、久々に見たわね、『道具使い(アイテムマスター)』連夜の真骨頂。あなたのあれに何度救われたことか。あまりにも平和な羊の真似事ばかりしてるから、すっかり牙は抜け落ちたのかと思っていたわ」


「失礼な。君達と違って僕は正真正銘の平和で無害な羊です。だけど、襲いかかってくる獣が多いので、牙を持ってるふりをしないと食べられちゃうんですよ。非常に不本意なことではありますが」


 腕組みをしながら沈痛な表情を浮かべ、いけしゃあしゃあと言ってのける連夜を心底呆れたように見つめるリン。


「よくもまあそれだけ嘘が言えるわねぇ・・中学時代にあなたがやってきたことを知らない人間ならともかく、よりによって私にそんなこと言っても意味ないでしょ」


「あっはっは、中学時代はほんといろいろあったよね。あの時があったから、こうして修羅場も乗り越えることができるわけだけど」


「そうね、ひどいめにいろいろあったけど、楽しかったわね」


 共通の思い出を持つ者同士にしかわからないなんともいえない温かい気持ちに包まれて、二人はどちらともなく顔を見合せて心からの笑顔を浮かべた。


 そのとき連夜は、目の前の人物がやはり自分の親友であることを確認し、男性のリンを失った寂寥感が大分軽くなったのを感じていた。


「ところで、ちょっと気になっていたことがあるんだけど。聞いてもいい?」


「ん? 何?」


 なんだか言いにくそうにしているリンだったが、連夜は目線で遠慮なく聞いてくれと促し、口を開かせる。


「聞きたいことは二つ。二つとも姫子ちゃんのことだけど。一つ目はどうしてあんな上から目線で連夜に聞いていたのかってこと? と、いうか、何を連夜に頼んでいたの? 尋常じゃないくらい焦っていたみたいだけど」



〜〜〜第27話 万華鏡〜〜〜



 聞かれるだろうなとは思っていた連夜だったが、すぐには返答できずに片手で顔を覆って考え込む。


「答えられないの?」


「いや、結構難しいことになっていてね、話せることと話せないことがあるから、ちょっと待って。頭の中で整理して話せることは話すから。とりあえず、もう一つの質問があるんでしょ、そっち先に言ってみてよ」


「うん、じゃあ、そうする。もう一つはあの姫子ちゃんの暴走のこと、みんなあんなキレ方するの?龍族って」


 恐る恐る聞いてくるリンに、真剣な表情で迷うことなく即うなずく連夜。


「うん、まあ、どの程度でキレるかはかなり個人差があるけどね、リンも見たでしょ、キレたら最後もう徹底的に暴走する。僕と違ってリンはあの三人とこれからも仲良くしていくのかもしれないから、一応言っておくけど、これから話す龍族がキレる原因となるトリガーのことは絶対に忘れないで。龍族がキレる原因は二つ。一つは、自分達の弱点である身体のどこかにある逆鱗に触られること。命に関わることだから、もしこれに触ってしまうと本気で殺そうとしてくるから気をつけて。相手を完全に殺したってわかるまで攻撃をやめないはずだから。でもまあこれは普段直接触られないように何かしら衣服を厚めにするとかしてるはずだから、多少スキンシップを派手に取っても大丈夫なはずなんだけどね。二つ目、これが今回姫子ちゃんがキレた原因なんだけど、龍族って異様にプライドが高い一族なんだ。それはまあ、元々大陸の東の地域で『神』として君臨していたことに起因するんだけど、馬鹿にされたり、見下されたり・・そして、侮られたりしたりするとキレる。そのキレる原因となるプライドの場所は『人』によって様々に違うんだけど、姫子ちゃんの場合は・・」


 と、そこで一旦言葉を切った連夜は、眉間にしわを寄せつつも、真剣な表情でリンのほうを見つめる。


「当事者の僕がこれを言うのは本当はフェアじゃないんだけど、リンにだけは僕の感じた通りに話すね。

ロムには言ってもいいけど、他の人には絶対言わないで。」


「わかった。言わないから続けて」


 連夜の真剣なまなざしを、同じくらい真摯に受け止めてリンが頷くのを確認した連夜は再び口を開いた。


「僕が思うに、姫子ちゃんは自分よりも弱者であるはずの僕が強者である姫子ちゃんに逆らおうとしたことが気に入らなくて、それが彼女のプライドに傷をつけることになった原因と思っている。と、いうのも、姫子ちゃんて物凄い武術の達人なんだよね。おそらく素面の時の姫子ちゃんなら、なっちゃんやロムよりも間違いなく強いよ、普段はそれを隠しているけどね。それを僕が知ってる筈なのに、あえて姫子ちゃんの手を払いのけるような真似をしようとしたことが、物凄く面白くなかったんだろうね。多分、僕を『龍爪小手返し(りゅうそうこてがえし)』で投げた時にはもうスイッチが完全に入っていたと思う。そうでなかったら、あんな流れるような連携技を叩きこめないでしょ」


「だからって、あそこまでやる? 他の誰かではなく相手は連夜だよ? 彼女って連夜の幼馴染でかなり親しい友人なんでしょ?」


 どうしても自分が見たことが信じられないでいるリンに、連夜はすっかり冷めきった表情で首を横に振った。


「いや、姫子ちゃんならやるよ。姫子ちゃんは確かに幼馴染だけど、君やロムとは全然違う。僕もね、今日さっきまでは、彼女が僕に対する評価は『出来の悪い弟』くらいなのかなって思っていたからリンのこと言えないんだけど、僕の考えは相当に甘かったみたい。多分もっと低かったんだねぇ・・どうも僕は高校に入ってから危機感が薄れてしまって駄目だね」


 はぁ、と多分に自嘲めいた溜息を吐きだした連夜は、しばらく俯いていたが再び顔を上げると話を続けた。


「話がそれたから元にもどすけど、どちらかというとあのキレた状態の姫子ちゃんのほうが地だよ」


「はあ!? うそでしょ?」


「まあ信じられないよね、それについてはわかるよ。あれだけ完璧に優等生を演じているんだもん、最初から彼女のことを知ってる人間でもなければ看破するのは難しいよねぇ。でもね、小学校時代の彼女って、それはもう凄まじいばかりのいじめっこだったよ。腕力にも財力にもモノを言わせて、上から目線で自分のいいように人を動かして、動かないものには遠慮なく制裁を加える。そりゃもう、暴君なんて生易しいものじゃない、先生達ですら手が出せないほどのひどい人物だったよ」


「今と正反対じゃない・・」


「正反対か・・それはどうかな、まあ、今でもちらちらとはあのときの性格を見せてはいるんだけどね。ともかく、そういう性格だったんだけど、ある日を境にして急におとなしくなった。それどころか、君のよく知る優等生になっちゃったのさ」


「何か・・あったのね。劇的に性格を変えざるを得ないような何かが」


 リンの言葉にうなずく連夜。


「君の言う通りあった。その要因についてはそれこそ詳しくは話せないけど・・ある上級生二人組に喧嘩を売って、ぼっこぼこのギッタギタのメッタメタにやられた。もう小学三年生にして学校の頂点に立っていた姫子ちゃんの鼻は天狗の鼻どころじゃない、天にも到達しそうなくらい高く高く長く長く伸びていたというのに、その二人はあっさりぽっきり根本から容赦なく折ってしまったというわけ。勿論、姫子ちゃんは親に言って、その生意気な上級生二人組をどうにかしてもらおうとした。でもねぇ、そのときばかりは相手が悪かったんだなぁ。その上級生の親は片方は龍族もおいそれとは手が出せない上級高位種族、もう片方は中央庁の役人で結構高い地位の人だったものだから逆に口出しした親のほうも徹底的にやられた。流石の姫子ちゃんもそれで諦めたかと思ったけど、まだしつこくその二人組を狙って何度も何度も襲撃を繰り返したんだよねえ・・まあ全部返り討ちにあったけど。で、その後、どうもその上級生二人組になにやら言われたことが、相当堪えたみたいで、少なくとも姫子ちゃんは表面上はああいう風に変わったというわけ」


「何、言われたんだろ。ところで連夜、なんでそんな嬉しそうな顔してるの?」


「へ?」


 リンは、隣で見たこともないような顔面土砂崩れ状態の連夜の姿を、物凄い複雑な表情を浮かべ怪訝そうに見つめた。


 見ていた限りでは、連夜は姫子の転落の話をしている途中からずいぶんと顔がにやけ始め、最後のほうはなぜかうっとりした顔になっていたのだが。


 そのことを指摘されると連夜は慌てて表情を元にもどし、こほんと一つ咳払いをして前を見直す。


「い、いやなんでもないよ。気にしないでね」


「なんか、あやしい・・まるで恋人のことを話しているみたいな感じだったのが、物凄い気になるんだけど」


「ごほ、げほっ!! な、なにいっちゃってるのさ、そんなわけないでしょ!!」


「ひょっとしてその上級生の二人組のどちらかが、連夜の初恋の人だったりする?」


「!!」


 リンの思いもかけない言葉に思わず顔を横に背ける連夜。


 自分がやってしまった行為に、しまった〜と心の中で壮絶に舌打ちするが、横で意味ありげに生暖かく微笑む親友の表情を見ると最早バレタのは間違いなかった。


 心の中が読めるのか!? と、さっき自分が同じようにカマをかけて相手の反応を引き出していたことも忘れて慄く連夜。


 しかし、すぐに表情をあらため、努めてさりげなく動揺を隠し、その話題にこれ以上触れられないように別の話題を持ってくることにする。


「さてと、一つの疑問には答えられたはずだから、もう一つの疑問に答えることにするね」


「あからさまに誤魔化しているってわかってるけど、いいわ、とりあえず、今は誤魔化されておいてあげる。たしかにもう一つの疑問も気になっていたしね」


 とりあえず追及を諦めてくれたことに、ちょっと安堵しながら連夜は言葉を続けた。


「姫子ちゃんがどうして焦っていたかってことなんだけど。ズバリ言うと、僕が頼まれていたことって、姫子ちゃんが付き合っていた元彼氏が、どうして姫子ちゃんと別れる気になったのか、何があったのかってことを本人に聞いてほしいってことだったんだよね」


「えええええええっ!? 姫子ちゃんて誰かと付き合っていたことがあるんだ!? 意外だ・・あんな完璧超人と付き合えた人っているんだ」


「外側はね・・たしかに外側は完璧だよね」


「そうか、あの焦りは恋する乙女故の暴走か〜・・う〜〜ん、やっぱりちょっと同情しちゃうな〜」


 片手を顎に当てて思案するリンをしばらく見ていた連夜だったが、どうもそのリンとは違う想いを抱いているらしく苦笑気味な表情を浮かべる。


「女の子としてのリンからすれば、そうかもね。でも、僕としてはもう手を引くことにするよ。最初は姫子ちゃんとその相手をなんとか修復させようと思っていたんだ。僕が知る彼なら、姫子ちゃんの暴走をうまく止めていい方向に導いていけるんじゃないかって思っていたんだけど、今日のあれを実際に見て、この身体で確認しちゃうと。僕の中でそれがいいことだと思えなくなってきたから、この件はもうなかったことにしようと思うよ、姫子ちゃんには悪いけどね」


 そう言いきった連夜の顔は妙にサバサバとしており、まるで背負っていた重い荷物から解放されたような感じさえした。


 しかし、リンはどうしてもその親友の言葉に合点がいかなかった。


 確かに連夜は相当にひどいことをされていると思うが、どうしてもあの優しい瞳の姫子と今の連夜の話でつながらないところがある気がするのだ。


「連夜には悪いけど、私はやっぱり姫子ちゃんがそこまでとはどうしても思えないのよね。確かに無理はしてるとは思うけど、根っ子の部分はそこまでじゃないと思うわ。むしろね、今にも倒れそうで誰かに支えてほしくて仕方ないんじゃないかなって」


 その言葉を聞いて、一瞬何かを考えていた連夜だったが、何か感じたことがあったのか再びリンのほうを見た。


「わかった。リンがそう言うならそうかもしれない。僕は当事者で、結構今視野が狭くなっているからね、客観的な見方はできてないと思う。ねえ、リン、僕の停学中もしよかったら姫子ちゃんの相談に乗ってあげてほしい。それで全てをもし姫子ちゃんが君に打ち明けたなら、僕に言って。そのときは姫子ちゃんが知りたがっている情報を全て君に託すよ」


 連夜はリンの目をまっすぐに見つめ、リンはその視線をそらすことなく受け止めていたが、やがてこっくりとうなずいて見せた。


「わかった。私にどれだけできるかわからないけど、やってみる」


「頼むよ、もう姫子ちゃんは僕に協力を求めようとはしないだろうしね。あ〜、それにしても、参ったな、いずれはこうなるだろうと覚悟していたけど、これでクラス中を敵に廻すことになっちゃった。たははは」


 あまり困った風でもなく爽やかに笑う連夜だったが、その言葉の内容はとても笑い飛ばせるものではなく心配そうに見つめるリン。


「どうして?姫子ちゃんと仲がちょっとぎくしゃくしたくらいで、クラス全部が敵にまわるの?」


「僕って元々クラスの中に友達っていなかったんだよね。ほら、いくら差別意識が薄いといってもやっぱり僕って人間なわけじゃない。その僕と友達になろうという酔狂な人間というのは、非常に少ないわけですよ。まあ、手も出さないけど、友達にもならないっていうスタンスかな、うちのクラスメイト達の考えは。こちらから話しかければ答えるけど、できれば話しかけてこないでくれっていう感じ。ほら、中学校の時のロムと僕がそうだったでしょ? まあ、あのときはそれだけじゃなくて、がんがん手も出されて来ていたわけだから、それに比べればまだずっとマシなんだけどね。そんな状態の僕と、外側は完璧な姫子ちゃんなわけですよ。いくら喧嘩の現場を見ていたとしても、全く信頼されてない僕と、クラス中の信望を集めている学級委員長の姫子ちゃんでは見る目も変わってくるのはわかるでしょ? 多分、あの姫子ちゃんが何もなしでキレることはないから、僕が何かしたんだろうってことになってると思う。とりあえず、何かアクション起こされる前に、学校に置いてある私物は全部持って帰らないとね。ってことで、リン、ちょっと手伝ってね」


 話しながら進んでいたので、結構ゆっくり目に歩いて来た連夜だったが、思ったよりも教室につくのは早かった。


 ガラガラと教室の引き戸を開けて中に入ると、なにやら騒ぎが起こっている。


 連夜がその騒ぎの中心であるほうに目を向けると、教室の後ろ壁際、ロッカーが置いてあるところで龍族の少年が、何人かの級友達を激しく威嚇している姿が目に映った。


「てめえら、連夜の私物に何しようとしやがった!! ド汚ねぇ手で、連夜の物に触るんじゃねぇ!!」


「あちゃ〜〜」


 どうやら、連夜の想像よりも早く事態は悪化していたようだ。


 幸い、それを察知した友人の剣児が連夜の持ち物を守ってくれていたようだが。


 それにしても、クラスの中に淀んで沈んでいた自分を差別する気持は想像以上にクラスメイト達の心に深くたまっていたようで、そのことを考えると暗澹たる気持ちになる。


 しかし、ここで沈んでいても何の解決にもならない。


 連夜は一歩進むと、剣児のところまで歩いていく。


 すると、それに気がついたクラスメイト達は一斉に連夜から顔を背け、剣児に相対していた、明らかになんらかの嫌がらせをしようとしていたと思われる男子女子の生徒達が蜘蛛の子を散らすように席に帰っていった。


 連夜は、頼もしい幼馴染の前まで行くとにっこりと笑って見せる。


「ありがと、剣児、助かったよ」


 だが、そんな連夜の礼の言葉を聞いても、剣児の表情は晴れない。


 むしろ、悲痛に歪む。


「すまねぇ、連夜・・姫子の奴がとんでもないことを。あの震脚のあと、あれ落鵬破通背拳らくほうはつうはいけんだろ、あいつ、お前を本気で殺すつもりだったんだな」


 連夜は、必死で何かを耐えている幼馴染の肩をぽんぽんと叩くと自分のロッカーに向かい、中に入っている私物を取り出して、一緒にいれていた大きな頭陀袋に次々と入れ始めた。


 剣児が守ってくれていたおかげで、ロッカーの中は特に荒らされた様子もなく、貴重な物は何一つ取られてはいなかった。


 とりあえず、現状で何かされても別段痛くもかゆくもないが、復学したときにこのロッカーを使うことは二度とないだろう。


 学校内でどこかに安全な預かり所を確保しなければならない。


 いくつか思い当たる場所はあるので、できるだけ早く当たっておいたほうがいいだろう。


 そう思って黙々と作業を続けていた連夜だったが、不意にその手を剣児につかまれた。


 怪訝そうに剣児のほうを見つめると、剣児は何か悲痛とも怖れとも思える表情を浮かべてこちらを見ている。


「ちょっと待て、連夜・・なんで、おまえ荷物をまとめている?」


「あ〜、僕、停学一週間だから。荷物置いておくわけにはいかないでしょ」


 努めて呆気らかんと明るく言いきった連夜の姿を直視した剣児の表情はますます苦悩に歪む。


「な、な、なんで、お前が停学なんだ!? 先に手を出したのは、姫子なんだろ!? ここのくそったれなクラスメイトどもがどう言うか知らんがな、俺には俺に嘘を言わない奴が三人いて、そいつらから事の次第をはっきり聞いて知っているんだ!! それなのに、なんでおまえが罰を食らわないといけない!?

それとも姫子はもっとひどい罰を受けるのか?」


「姫子ちゃん達はおとがめなし。今まで通りだよ」


「ふざけんな!!なんだそりゃ!! 納得できるか!! くっそ、俺、ティターニアのところに行ってくる。絶対取り消させてやる」


 と、鼻息も荒く出ていこうとする剣児の腕を連夜はそっと掴んで止める。


「待った待った。アルフヘイム先生に言ってもしょうがないよ。むしろアルフヘイム先生は僕を擁護してくれたんだけどね、教頭先生の直々のお達しだから、仕方ないよ」


「教頭!? あの差別主義者のヨランドか!? そうか、あいつ、いま校長が出張中だから今のうちに龍族に恩を売って後ろ盾になってもらおうとしてやがるな。ほんと小悪党で気に入らないぜ」


「まあ、とにかくそういうことだからさ。剣児が僕の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、ここはこらえてよ。ね」


 流石の剣児もここまで連夜に言われてしまっては折れざるを得ない。


 直談判に行くことは諦めるかわりに、連夜の後片づけを手伝う。


 にしても。


 連夜が何気なく顔をあげて教室内を見渡すと、恐る恐るこちらの様子を見守っていたクラスメイト達が、一斉にまた顔を背けるのが見えた。


 たかが人間相手に何をおびえているのかわからないが、とにかくもう、今まで通りの平穏は期待しないほうがいいだろう。


 まあ、それでも中学時代に比べれば全然マシなので、それほど堪えているわけではないのだが。


 ちょっと、視線を姫子達の机のほうに向けてみると、三つとも席はあいたままで、まだ三人は保健室にいるようだった。


 あのときクラス担任のティターニア・アルフヘイムは連夜だけでなく、はるか、ミナホも生徒指導室に呼んでいたのだが、二人は姫子の病状が落ち着くまでは絶対に行かないと頑として担任の言うことを聞かず、姫子を連れて保健室に行ってしまったのだった。


 まだもどって来ていないところを見ると、姫子に連れ添って保健室にいるのだろう。


 まあ、顔を合わせないですんだのは、不幸中の幸いだったと言えるのだろうが。


 やがて、ロッカーの中の荷物全てを頭陀袋に入れた連夜のところに、リンが連夜の机からカバンを持ってきて手渡してくれる。


 連夜は荷物を背負うと、リンと剣児に挨拶をして教室を出ていくことにする。


「じゃあ、二人ともまたね。ずっと自習ってわけじゃないだろうし、そろそろ先生来ると思うから、二人とも席にもどっておいて。片付け手伝ってくれて、ありがとね」


 と、ガラガラと教室の引き戸を開けて出ていく連夜。


 しばらくそれを見送っていた二人だったが、リンはやがて自分の席にもどったものの、剣児は何か考えていたが、すぐに教室を飛び出して連夜のあとを追った。


 大きな荷物を抱えて帰る連夜は、当然ながら歩みが遅くなっており、すぐに追いつくことができた。


「あれ? 剣児どうしたの?」


 やってきた剣児の姿に気づいてきょとんとして見つめる連夜。


 剣児は、そんな連夜に何度も口を開きかけるが、うまく言葉にできないのか、なかなかしゃべり出すことができないでいた。


 しかし、やがてじっと見つめて待っている連夜の姿を見て絞り出すように言葉を紡ぎ出す。


「謝って・・謝って済む問題じゃないことはわかってる、わかってるんだ。殺されそうになったおまえからしたら、怒るのは当然だし、許せないのも当然だ。だけどよ・・」


「剣児、それは君が言うべきことじゃないと思う。気持はわかるけどね」


 困ったような笑顔を浮かべて自分を見る連夜の姿を見た剣児は、バツが悪そうに顔を背けた。


「わかってるよ、わかってるけどさ。かわいそうな妹をみていられないんだよ。友達って名乗る取り巻きと下僕志願者ばっかり増えていってよ、本当の友達は全然増えてねぇんだ。これじゃ、また同じことの繰り返しなんだよ」


 苦しそうに胸の内をさらけ出す幼馴染を、何とも言えない表情で見つめていた連夜だったが、結局、またその肩をぽんぽんと叩いてその横をすり抜けていった。


 剣児は去っていく連夜を振り返り、呼び止めるように叫ぶが、連夜はひらひらと手を振って見せて去って行った。


 しばし、茫然とその姿を見送っていた剣児だったが、諦めて教室に戻ろうとする。


 そのとき、不意に振り返った連夜が剣児に声をかけた。


「ああ、そうそう、無駄かもしれないけど、一応布石はうっておいた。それを掴むのも、掴まないのも姫子ちゃん次第だけどね。僕なんかよりもよほど頼りになるはずだから、掴むことさえできれば、姫子ちゃんはほんとに変われるかもね。まあ、結局、姫子ちゃんがほんとにそれを望んでいるかどうか、僕にはまだ疑問なんだけど。じゃあ、また来週」


 と、今度こそ連夜は、剣児の視界から去って行った。


 しかし、剣児はさっきとは違い今はどこかほっとしたような表情を浮かべていた。


 あの幼馴染はああいったが、そのうつ布石はほとんど無駄になったことがないことを、剣児は知っていた。


 剣児は安堵の微笑みを浮かべると、今度こそ教室に入っていった。


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