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~第25話 光明一筋~

 燭台の上の蝋燭のか細い火の光が、闇が支配する空間をわずかながら照らし出している。


 その中にたった一人正座して座るエルフ族の少年は、清めの白装束に身を包み、左手に持つ象牙色に輝く棒のような何かを、右手に持った小刀で一心不乱に黙々と削り続けている。


 蝋燭の火に照らし出された顔には、玉のような汗がびっしり浮かんではいくつも流れ落ちているが、それには全く頓着する様子をみせることもなくただひたすらに作業を繰り返す。


 急ぐわけでもなく、無意味に遅いわけでもなく、一定のリズムで正確に棒を削り続ける。

己の手に握る棒と小刀を見つめる目には強い意思が宿っており、既にかなりの時間削り続けているというのに、全くその集中は途切れることはない。


 少年の脳裏に映るのは、今日見た一本の包丁。


 現代の名匠百八代目『備前正宗』が鍛え上げたというそれは、包丁といえども馬鹿にすることは決してできない美しい造りをしていた。


 あれを見せてもらってから、久々に職人魂が燃えてきて、帰宅するなり作業場にこもったのである。


 エルフ族の少年クリスは、様々な職業に対するスキルを身につけているが、中でも刀鍛冶に対する思い入れはかなり強いものを持っている。


 そのためカワラザキ重工には足しげく通っているわけであるが、どちらかといえばそれは技術を盗むというよりも創作意欲というか、闘争心を沸き立たせるために行っているといっても過言ではない。


 なぜなら、クリスが会得している刀造りの技術は従来の製法である『害獣』の血肉や鱗などと念素石とを掛け合わせて作り出される特殊鉄鋼の魂鋼(たまはがね)を鍛え上げて作りだすものとは違い、『削り出し』といわれる『害獣』の骨を文字通り削りだして作り出す製法。


 従来の製法よりもはるかに手間隙がかかるため、今ではこの製法使って刀を作るものはほとんどいない。


 クリスがこの製法を会得し使うようになった理由には、彼の過去が深く関わっており、そのためこれにかける情熱が他のものよりも若干熱くなっているのは致し方ないことかもしれなかった。


 どれくらいの時間、ただ一人この闇の中でこうして削り出していただろうか。


 いつも彼の側には誰かがいて一人となることはほとんどないが、それでも彼は一人でいることが嫌いではなった。


 クリスは一旦削り出すのを中断して小刀を脇に置くと、左手に持った未だ刀の形にすらなっていないそれを目の前にかざして、注意深く観察する。


 そこには学校や級友達に見せる陽気で豪胆な顔ではなく、繊細で厳格な顔と刀匠としての鋭い視線があった。


 くまなく自分の手の中にあるものに視線を走らせたあと、そこに大きな失敗はなくそのまま続けていけそうだと判断したクリスは安堵のため息とともに大きく頷くと再び小刀を取って削り出しを行おうとした。


 が


『べろり』


 生暖かいなんだか自分がよく知っている非常に気持ちのいいような鳥肌が立つような感触が自分の頬を撫ぜる様に駆け抜けていき、クリスは思わず素っ頓狂な声をあげる。


「うひゃうっ!!」


 自分の頬をおさえながら横を見ると、悲しそうな不満そうな表情をした恋人の顔が真横にあって思わずのけぞる。


「おおう、アルテミス!! なんで、ここに!?」


 吃驚仰天している恋人を呆れ果てた表情で見ていた白銀の毛並みを持つ狼獣人の少女は、溜息を吐き出しながら呟く。


「クリス、今何時だと思っているのだ? もう夜中の二十三時だぞ。いつになったら、夕飯を食べに来るのだ?」


「え、もうそんな時間になってたか!? う〜〜〜ん、今日は久しぶりに集中していたからなぁ・・」


 と、腕組みをして顔をしかめながら反省しきりのクリス。


 そんなクリスを焦れったそうに見つめながら、アルテミスはしきりに鼻をクリスの顔にこすりつける。


「クリス、それよりもお帰りの挨拶は、いつになったらしてくれるのだ。それすらもしてくれないのか?」


「ああ、そっか、そういえば今日は別々に帰って来たんだよな・・ここのところずっといつも一緒に帰って来ていたから忘れていたよ。おかえり、アルテミス」


 そういうと、クリスはアルテミスの顔に自分の顔を近づけて、アルテミスの顔を優しくなめていく。


 狼族に限らず、犬系の獣人族の間でポピュラーな親愛の挨拶が、お互いの顔をなめあうというものである。


 と、言っても勿論それは自分のごく親しいものに限られ、夫婦や親兄弟のような関係のみであるが。


 また厳密に言うとクリスはエルフ族で本来ならそういう風習とは無縁の種族であるのだが、幼き頃に狼獣人の夫婦に引き取られて育てられてきたため、その風習もばっちり教え込まれており、実践することになんの違和感も感じておらず、当り前の行為として行っている。


 クリスは丁寧に優しく自分の妻同然の立場にいる恋人の顔をなめていたが、彼女の口のあたりをなめている時に、不意に顔をしかめて止めた。


「む・・」


「ん? どうした、クリス?」


「・・いや、なんでもない」


「?」


 おとなしくなめられていたアルテミスだったが、自分の夫同然の恋人が不意に動きを止めたことを怪訝そうに見返してみたが、恋人はすぐに表情をもどし、また動きを再開した。


 しっかり愛情をこめて恋人が自分の顔をなめ終わるのを待って、今度はアルテミスが恋人の顔をなめ始める。


 額から始まって、しっかり丁寧になめとっていく。


 エルフ族の恋人と違い、本物の獣人であるアルテミスがなめると、ただの愛情表現ではなく相手の顔の汚れを取る効果もある。


 汗で汚れていたクリスの顔がみるみる奇麗になっていく。


 クリスはおとなしく恋人になめられるままになっていたが、恋人の獣人族特有の長い舌が自分の口の周りに来た瞬間、いきなりぱくりと恋人の舌を自分の口の中にキャッチした。


 まさか、(くわ)えられてしまうとは思っていなかったため、完全に油断していたアルテミスは、目を白黒させて恋人を見るしかできない。


「は、はひをしゅる、くぅりふ」


 舌を銜えられてしまっているため、うまく発音できないアルテミスの言うことをスルーしたクリスは、口の中にあるアルテミスの舌をなにやらもごもごと味わって何か調べている。


 決して歯を立てたりして痛くするような真似はしていないが、クリス自身の舌でなにやら自分の舌をなめられていると妖しい気分になってきてどうにも困ってしまうアルテミス。


 だんだんちょっと気持ちよくなってきて顔が上気してきた頃、ようやくクリスは舌を放してくれたが、なにやら厳しい表情でこちらを見ている。


 こちらはそれほど怒っているわけではないが、とりあえずすねた表情を浮かべて顔を伏せ、上目遣いで恋人の出方を見てみる。


「ひどいではないか、クリス。なんでそんなことをするのだ」


 そう先手を打ってみるが、肝心のクリスはそんなアルテミスのほうを見たあと、なんともいえない困った表情を浮かべて口を開いた。


「あのなぁ、アルテミス。俺は別に甘い物を食べるなとは言わん。お前にはずいぶん苦労かけているし、ストレスも貯まるだろうと思う。ストレス発散に甘い物を食べたくなる気持ちはわからなくもない。しかしな・・」


 ふ〜〜っと、顔を下に向けて一つ溜息をつくと、もう一度アルテミスを見るクリス。


 その目には憐れみというか呆れたというか疲れたというかそういう色が絡み合って浮かんでいる。


 クリスはしばらくそうしてアルテミスを見続けていたが、いつまでもそうしているわけにはいかず、結局核心に迫る言葉を続けた。


「おまえ・・・ジャンボチョコレートパフェ三杯は食べすぎだろう!?」


「!!!!」


 クリスの言葉を聞いた瞬間、ばばっと顔を横に背けるアルテミス。


 そして、目だけを動かしてちらちらとクリスの顔を盗み見るアルテミスだったが、クリスのすっかり呆れ果てた表情を確認すると今度はくるっと背を向けてしまった。


「そ、そんなことないもん!! 腹八分だもん!!」


「・・その言い訳はいくらなんでも苦しすぎるぞ」


 自分以外の者にはほとんど見せることのない乙女モードに切り替わったアルテミスにも、容赦ないツッコミを入れるクリス。


「あのな、アルテミス、俺はおまえの手足がなくなろうが、猫族にかわろうが、エルフにかわろうが、あるいは百貫デブになろうが、おまえを愛し続けると誓えるけどさ。しかしな、結果が出た後で、慌てて俺を巻き込んでダイエットにつき合わせるような真似だけはやめてくれよ、頼むから」


「そ、そんなことないもん!! 運動だってしてるから、そんなすぐ太ったりしないもん!! と、いうか、クリスひどい!! なんで、人の舌をなめただけで食べたものがわかるのよ!? 私、しっかり歯も磨いたのに、なんでそんなあっさり、わかっちゃうの!?」


「その程度の小細工で俺を誤魔化そうとしても無駄だ。ついでに言っておくと、おまえが今日食べた種類だけなら口の周りをなめただけでわかる。流石に食べた量まで把握しようと思うと舌を直接なめないとわからないけどな」


「く、クリスって、ほんとにエルフ族なの!? 同族でもそんな能力もった人いないよ!?」


「俺のおまえに対する愛ゆえにだ。ちなみにおまえが今日食べた食べ物の種類は、チョコレートペーストをたっぷり塗った食パンに、サラダ、ハムエッグ、鳥そぼろ弁当、ココア、ルーン文字チョコレート、ポテチ、板チョコ、ジャンボチョコレートパフェ、プリンアラモード、ババロア、チョコレート&バニラミックスソフトクリーム・・って、ちょっと待て、おまえ、一日でどんだけチョコレート摂取しとるんだ!?」


 目を閉じて瞑想したような状態で、つぎつぎとアルテミスが今日食べた種類の食べ物を列挙してみせたクリスだったが、ある固有のお菓子の名前のついた食べ物が異様に出てくることに気づいて思わず吃驚した表情でアルテミスのほうを見直す。


 その肝心のアルテミスはというと、頭から飛び出てる長く美しい耳をぺたりと伏せてしまい、聞こえないとばかりにクリスに完全に背を向けていやいやと身体を振っている。


「く、クリスが悪いんだもん!! 浮気ばっかりするから、チョコレート食べてないと落ち着かないんだもん!! ほんとは私だってそんなに食べようと思っていたんじゃないけど、クリスがいつまた浮気するかって考えたら不安でしょがなくて、止まらなくなっちゃったんだもん!! クリスのバカ!! 浮気者!! うわあああああぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 とうとう床に突っ伏して泣きだすアルテミス。


 それを見ていたクリスは、困り果ててぽりぽりと頭をかいていたが、やがてゆっくりと近づいてアルテミスの横に座ると優しく背中をなぜてやる。


「俺のせいかよ・・って、まあ、確かに俺が悪いな。すまん、アルテミス、あんまりいい夫じゃなくて本当に申し訳ないと思っている。しかしな、だからってそんな明らかに身体に悪いことしていいわけじゃないだろ? 太ることも問題だが、そんな栄養のバランスの悪い食べ方していたらいつか身体を壊してしまう。頼むからもうちょっと自分の身体に気をつけてくれ」


 クリスの本当に自分を心配してくれているとわかる声を聞いて、ちょっと機嫌を直したアルテミスは、くるっと身体を反転させて自分の頭をクリスの正座したふとももの上に載せる。


「ほんとにクリスは反省してよね。いっつも他の獣人の女の子の身体ばっかり目で追いかけているんだから、もう!!」


「はい、すいません、スケベなもので・・」


 自分の膝の上でブツブツと文句を言っている恋人の頭を、手なれた様子で撫ぜ続けるクリス。


 そうして、しばらくひとしきり恋人に甘えて気がすんだのか、アルテミスは表情を和らげて、自分を撫ぜ続けてくれているクリスを上目づかいで見た。


「まあ、いいわ。確かにチョコレート多すぎると思っていたし、ちょっと控えることにする。その代り、クリスも浮気しないこと!!」


「うんうん、俺も気をつけます」


「ねえ・・クリス・・」


「ん?」


「・・ううん・・やっぱりいいわ・・」


「なんだよ?・・ああ、そうか・・馬鹿だなぁ、あれはもう終わったことじゃないか。」


 心配そうな不安そうな顔をする恋人が何を気にしているのかわかったクリスは、苦笑しながら恋人の首筋を撫ぜてやる。


「もう、どこにも行かないよ。俺の復讐はあのとき終わったんだ、そして、エルフ族のクリスもあそこで死んだ。今ここにいる俺は、狼獣人(フェンリル)族のクリス。あのとき・・おまえが命をかけて俺を救いだしてくれたあのときから、俺は自分の残った人生をおまえの為に使うと誓ったんだ。だから、あのときからずっと、そして、これからもずっとお前の側にいるし、離れるつもりはないよ」


「ほんとに? ほんとに信じていいの?」


 それでもまだ不安そうな色を消さないアルテミス。


 自分が過去、どんな無茶をやり、そのときどれだけ目の前の恋人に辛い思いをさせたかわかっているクリスは、しばらく考え込んでいたがやがて、照れくさそうにアルテミスから顔をそむけて口を開いた。


「あのさ、アルテミス。ロボ父さんとブランカ母さんが俺達の婚約のこと結構あっさり許してくれただろ。あれさ、俺がおまえを決して裏切らない、必ず幸せにするって『大神の誓いチュルズバインドチェーン』をしたからなのさ」


「え・・ええええええええ!?」


「『我が生涯の全て、肉体と魂の例外なく、我が妻、アルテミスの為に捧げることを誓う』ってな。他の族長達も集まっているなかではっきり宣言して大神に捧げたから、すでに『誓い』はばっちり発動してる。この一年何回かおまえ以外の女に色目を使って確かめてみたが、いや、その効果の絶大なこと。おまえに全部バレルか、それ相応の罰を受けるかしたからな、まあ、おまえを裏切ることはできんだろうよ。

それを父さんや母さんも知ってるからあれだけオープンでいられるのさ。父さんなんて、『そこまで覚悟を決めているなら、文句を言う筋合いはない、我が娘のことくれぐれも頼む』って。」


「ちょ、わ、私聞いてない!! 聞いてないよ!? わかってるのクリス!? あれはただの誓いじゃなくて、呪いなのよ!? どんな形であれ下手に破ると命がないの!? あなた、もし私があなたを選ばず他の男を選んでいたら、あるいは選ぶようなことになったらどうするつもりなの!?」


 流石のアルテミスも聞き捨てならない告白に、がばっと起き上がり怒ったような表情でクリスを見つめる。


 しかし、クリスは穏やかな笑みを浮かべたままそれを真正面から受け止めてひるまない。


「どうもしない。俺の命はあのとき拾ってくれたおまえのものだ。おまえがどう使おうとおまえの好きにしたらいい。それに俺はこの命をおまえに返す方法をこれ以外に知らんからなあ・・なあ、アルテミス、俺にどうしてほしい?」


 いたずら小僧の表情を浮かべてこちらを見てくる最愛の恋人の姿に、アルテミスは怒って視線をはずす。


「知らない!! もう、勝手なことばかりするクリスなんか知らない!! あ〜〜、もう、なんでそんなことするのかな、この宿六は!?」


「ごめんな、アルテミス。でも、おまえを束縛するために誓ったんじゃないよ、おまえはおまえの道を歩いていけばいい。例えおまえが俺を選ばず、他の男を選んだとしても、俺がおまえの為にしてやれることはあるはずだ。ただ、それだけのことだ」


 困ったような笑みを浮かべてアルテミスを見つめるクリスだったが、その目は依然としてまっすぐにアルテミスを見つめており、そこに一点の曇りもなかった。


 アルテミスはそんなクリスの姿を見たあと、溜息を大きく一つ吐き出して肩の力を抜くと、クリスのほうに向きなおる。


「もういいわ、今更どうしようもないものね・・しかし、父さんも母さんも、私に黙ってるなんて、ひどい!!」


「そう言わないでやってくれよ。俺の口からいつか必ず説明するから言わないでくれって言ったから、二人とも言わなかったんだって。本当は二人ともまっさきにアルテミスには言わないといかんって言っていたんだけどな・・俺がどうにも照れくさくてだめだった」


 見たこともないくらい真っ赤になって照れているクリスを生まれて初めて見たアルテミスは、それだけで何も言えなくなってしまった。


 そっと近付いて、自分の胸くらいのところに来るクリスの小さな頭を抱きしめる。


「ありがとう・・でも、もっと早く言って欲しかったわ。私も近いうちに誓いをたてるからね。あ、だめよ、止めようとしても。絶対、それだけは誓うから、私もあなただけを見て生きていく」


「・・わかった。もう止めねえよ。アルテミス・・」


「ん?」


「愛してるぜ・・なんか俺が言っても軽薄そうで嘘くさく聞こえるだろうけどさ」


 自分の腕の中で苦笑しながらそんな風に言う恋人を優しくみつめ、アルテミスは首を横にふった。


「そんなことないわ。あなたが私を愛していることはわかってる。ちゃんとわかってるから。私もあなたを愛してる、これからもずっと」


「うん、これからもずっとな」


 二人は顔を見合せて幸せそうに心から笑いあった。


 が、しかし。


 アルテミスの腕の中のクリスは、今更になって何かに気づき冷汗をだらだらと流し始めた。


 実は蝋燭の火がほとんど消えていて部屋の中はさらに薄暗くなっており、いままで気がつかなかったのだ。


「あ、アルテミスちょっといいか・・」


「なに?」


「あ、あのさ・・」


「うん」


「おまえ・・なんで素っ裸なの?」


 いやな予感がしてだらだらと冷や汗を流し続けるクリスを、艶やかな笑みを浮かべて見つめ返すアルテミス。


 さっきよりも一層力を込めてクリスを抱きしめる腕に力を込める。


「なんだ、そんなことなの。聞きたい?」


「い、いや、微妙に聞きたくない。それとできれば放してほしい」


「だめよ・・だって、わたし・・」


 愛おしくて仕方ないという表情を浮かべ、べろりと恋人の顔をなめたアルテミスは妖艶な笑みを浮かべて言うのだった。


「発情期にはいったから」


「待て待て待て待て〜〜〜〜〜〜!! アルテミス、ストップ、お座り!!」


 必死に逃げだそうとするクリスだが、その身体の大きさがいかんともしがたいくらいに違っていてどうにもすることができず、腕の中でばたばたするくらいしかできない。


 そんなクリスのはだけた胸にはやくも顔を突っ込み身体のそこらじゅうを、鼻息も荒くなめまわしはじめているアルテミス。


「ごめん、もう止まらない・・はぁはぁ・・さっきから限界だったの・・あふん・・」


「ちょ、やめ、服を脱がすな!! 俺、まだ飯も食ってないし、シャワーも浴びてない・・ってか、聞け! 人の話を!! は、発情期を止める薬があっただろ!? なんで飲んでないんだよ!!」


「こ、こんなに早く周期がまわってくるとは思わなかったの・・月齢のせいかも・・ああん、クリスはやくぅ・・」


「お、おまえここはダメだろ!! せめて部屋まで我慢しろ!! おまえただでさえ声がでかいのに、また父さんと母さんに声が聞こえちゃうって!! おい、こら、ちょ、ちょっとそこは・・ら、らめぇぇぇえぇぇぇぇぇえ!」


 とうとう最後の蝋燭の火が消えて、真の闇が空間を支配し、恋人たちを優しく包んでその姿を隠した。



〜〜〜第25話 光明一筋〜〜〜



「もしも・・もしも恋人にこう言われたら・・玉藻ちゃんならどうする?」


 尋常でなく真剣な口調で、しかも哀しげな表情を浮かべて聞いてくるティターニアに、玉藻は何事かという視線を向ける。


 しかし、それを気にする風もなくティターニアは自分の質問を言葉にして紡ぎ出す。


「『俺の命は早ければ半年、もって一年しかない・・俺を忘れて新しい恋人をみつけ、そいつと幸せになってくれ。』って」


「断ります」


 ティターニアの言葉が終わった瞬間、答える玉藻。


 全く迷うこともない、間髪いれることのない完璧な即答に、ティターニアは一瞬玉藻が答えたという認識ができず、目を丸く見開いて玉藻を見つめるばかり。


 しかし、やがて苦笑めいた表情を浮かべた顔で玉藻を見つめたティターニアは、ありありと半信半疑とわかる口調で聞いてくる。


「本当に? 本当にそういいきれる?」


「はい。と、いうか、その質問はちょっと私達にはあまり意味ないというか・・」


 今度はむしろ玉藻の方が苦笑を浮かべてティターニアを見つめる。


 ティターニアは、眉間にしわを寄せて小首をかしげ玉藻を見返す。


「どういうこと?」


「彼が私と付き合う条件として提示してきた内容がね、『自分が生きるだけ生きて一歩も動けなくなるそのときまで側にいてほしい』だったんですよね。そういうこと言う彼ですから自分が死ぬとわかっても、絶対そんなことは言わないですもの。むしろ最後の瞬間まで私と一緒に生きるためにあがき続けることを望みますよ、私が逆の立場だったとしてもそうしてほしいです。というか、絶対逃がさないです、最後まで付き合ってもらいますから」


 なんともいえない艶めかしい、しかしどこか誇らしげな笑顔を浮かべて笑う目の前の後輩を呆気に取られてみつめるティターニアだったが、やがて、羨ましそうな表情を隠そうともせずに口を開いた。


「いいなあ、玉藻ちゃんは、そんなこと言ってもらえて。しかも、携帯とかでもちゃんと『好き』とか『愛してる』とか言ってくれるのね・・もう、その彼、私にちょうだい。大事にするから」


「い、いやです、絶対あげません!! そんなもの欲しそうな顔でこっち見てもだめですからね!!」


 目の前の先輩が半ば本気で言っているとわかって、全身の毛を逆立てて威嚇する玉藻。


 しばらく未練たらしくそれを見ていたティターニアだったが、諦めて溜息を吐きだすとともに肩の力を抜いた。


「あ〜あ、残念だなぁ・・玉藻ちゃんのケチ」


「冗談じゃありませんよ。今目の前にある人の幸せ横取りしようとするんじゃなくて、元々あった自分の幸せを取り戻す方向にベクトルを戻してください、お願いですから」


「ちぇ・・」


「ちぇっじゃありません!! あ〜、もう、つまりあれですね、それが元カレと別れることになった原因なわけですね」


 なんとか話を元に戻し、自分の恋人に関する話題から矛先をそらしたい玉藻の言葉に、ティターニアは自分の目の前に置かれた赤ワインの入ったグラスを取って一口口につけたあと、玉藻のほうではなくそのワインのほうを見つめたまま頷いた。


「・・うん」


 ティターニアの様子から、かなりしゃべりたくない話題になってきたとわかった玉藻だったが、しゃべらせないことにはお話にならないのでとにかく水を向け続ける。


「ご病気だったんですか?」


「うん、かなり珍しい病気だったみたい」


「どんな?」


「彼の体中のあちこちにドス黒い瘤がいくつもできていたの」


「ドス黒い瘤?」


 玉藻は自分の頭の記憶に入ってる病気の中で、瘤やあざ、あるいは腫れ物でき物ができる病気をいくつか思い返してみるが、それらしいもので該当するものは思い出せない。


 本当に珍しいもののようであるが。


 とりあえず、恐らく目の前の人物は知ってるはずなので、てっとり早く聞くことにする。


「病名とかわかります?」


「『人面瘤』とかいう病気なんだそうよ」


「『人面瘤』?・・じんめん・・あれ? どっかで聞いたことあるなぁ・・」


 ティターニアから聞きだした病名が、玉藻の頭の記憶の箪笥をノックし、玉藻は腕組みしながら小首をかしげてうんうん唸り始めた。


「え〜〜っと、どこだっただろ・・ラファエル教授の講義じゃないなぁ・・かといってBJ教授でもないし・・カズヤさんでもないしなぁ・・待てよ、ブエル教授かな!? そういえば一年前に『世界のおもしろい病気』とかって夏休みの特別セミナーでやってたな・・」


 と、ブツブツと一人呟いたあと、自分の持って来ていた高級ブランド『刃連IQ』の黒いバッグの中から青い一冊に手帳を取り出すと、びっしりと何か書き込まれた内容をひたすらめくって何か探し始めた。


 そして、ティターニアが呆気に取られている中、ようやく自分の探し求めていた項目がみつかったのか、玉藻は顔をあげてうれしそうにティターニアのほうを見た。


「あ〜、これか、『人面瘤』。あったあった、確かにこういう病気についての講義あったわ、でも、これって五百年前になくなって今では発症する人はいない絶滅した病気の一つとして聞いたはずなんだけどな・・」


 小首をかしげながらも詳しい内容をさらに読み進める。


「なになに・・体中のあちこちに発症したあざが、やがて人の顔の形へと変化し、最後には死の絶叫を放ってその宿主と周囲にいるものを全てを巻き込み死にいたる。か・・なるほどねえ、宿主だけでなく周囲にいる人間まで巻き込むのか、まるで自爆テロですね、あははは。って、最悪じゃないですか!! これほんとに間違いないんですか!?」


 自分のノートに記述していた病気の内容を確認した玉藻が真っ青になってティターニアのほうを見ると、沈痛な面持ちでうなずいているのが見えた。


 その様子から少なくともティターニアが嘘をついていないと思った玉藻は、絶望的な表情で頭を抱える。


「なるほど、そういうことか〜。確かにこんな病気だったら、別れてくれって言うわよね〜。むしろほんとに好きな相手だったらどっちかにするわよね、『別れて別の人と幸せになってくれ』か『俺と一緒に死んでくれ』か」


「うん、だからナイトは・・彼は前者を選んだの。武士のような人で、意地っ張りで見栄っ張りだからね・・自分の弱みを見せたまま死にたくなかったのね」


 寂しそうにつぶやくティターニアに、玉藻は何とも言えない複雑な表情を浮かべた。


「弱みをみせたくなかったか・・うちはどうだろ? 私はバンバンみせちゃってるけど・・甘えてくれているのかな?」


 脳裏に愛しい連夜の姿を思い浮かべた玉藻は、うっとりと自分のいちゃくらラブラブ妄想世界に突入していこうとする。


 しかし、それに気がついたティターニアが素早く、フォークで玉藻の手を突きさして、現実に引き戻すのだった。


「いたっ!! な、なにするんですか、先輩!! ひどいじゃないですか!!」


「あのね、玉藻ちゃん、人が真剣に話しているときに、恋人との甘い幻想に浸ろうとするのはどうなのよ?」


「え、う、うそ!? なんで、わかるんですか!? 先輩って、まさか超能力者!?」


「あんた、いま口から思いっきり出てたわよ。『うへへへ〜、あのお尻はわたしのものよ〜、私だけが好きにしていいのよ〜』って、どこの中年エロおやぢよ! しかも、涎たれてるたれてる!!」


「ふ、ふえぇぇ・・あわわわ」


 急いでおしぼりでぐしぐしと自分の口を拭く玉藻を、あきれ果てた様子で見つめるティターニア。


「ほんとに、玉藻ちゃん、幸せなのね・・無茶苦茶羨ましい、というか、本気でその彼氏を私にちょうだい」


「いやです、断固拒否します。彼に近づくものは誰であろうと敵です、力づくでも排除します。そして、彼の命ある限り、彼の命は私のものなのです、誰にも邪魔はさせないのです」


 きっぱりはっきりとてつもない堅い意思を感じさせる声で断言する玉藻を呆れた表情で見ていたティターニアだったが、やがてそれは苦笑にかわる。


「あれだけ恋愛に冷めてたあなたをここまで変える玉藻ちゃんの彼氏さんって、いったいどんな人なんだろ。取らないから一回会わせてよね」


「え〜〜〜・・まあ、先輩の好みとは大分かけ離れているからなあ・・見せるだけならいいんですけどねぇ・・」


「何よ、私の好みって?」


「先輩って、背の高いがっちりした強い男が好きでしょ? しかも性格が男前的な」


「う、まあ、そうかも・・」


「うちの彼はそういう強さの人じゃないんですよね。むしろ普段の優しさの中に強さが含まれているタイプの人なので」


「へ〜〜・・ますます会ってみたくなった」


 と、楽しそうにこちらを見つめてくるティターニアの姿に、そろそろ本気で照れくさくなってきた玉藻はあわわわと慌てて話を元に戻しにかかる。


「それにしても、この病気の特効薬って今の世界じゃ作ることできないですねぇ。魔王も鳳凰種もほぼ絶滅しちゃってるしなあ・・困りましたね」


「うん、それについては彼も言っていたわ・・直すことはできないって」


「う〜〜ん、そうかぁ、もしこの病気で間違いないなら手の打ちようがないなぁ・・」


「そうよね・・そうなるわね・・」


 一気にず〜んと暗くなる二人。


 折角、ちょっとでも力になれるかもと意気込んで相談に乗っては見たものの、想像以上に絶望的状況に玉藻は不貞腐れてテーブルの上に突っ伏す。


 そして、なんか他にないのかなとこの病気についてメモしているノートの内容を読み直していると、何やら一年前の自分がどくろマークをつけて赤ペンで書いている箇所があることに気がついた。


 なんだこりゃと、あまり興味なく流し読みしていた玉藻だったが、読み進むにつれて顔色が変わり、今度は起き上がって最初から何度も自分の書いた記述を確認するように読み直す。


 そして、その作業を終えてティターニアのほうに顔をあげた玉藻の目は完全にすわっており、表情は非常にひきつった笑みを浮かべていた。


 そんな玉藻の様子に気がついたティターニアが慄いて恐る恐る聞く。


「ど、どうしたの? 何かわかったの?」


「先輩」


「は、はい?」


「この病気で絶対完璧に間違いないんですね?」


「う、うん、多分。彼が言っていたから、間違いないと思うけど」


 ティターニアがおずおずと肯定の返事を返すと、玉藻はひきつった笑みをさらに強張らせて、ティターニアを驚愕させる言葉を口に上らせる。


「先輩、ご結婚おめでとうございます。そして、中央庁舎で会ったあの方と幸せな家庭を築き上げてください、そんな腐った病気にかかった鬼畜あほ彼氏のことは忘れて」


「え、ええええええええええええええっ!?」


 あまりの急展開についていけないティターニアは悲鳴をあげると、身を乗り出して玉藻のほうを見る。


「ちょ、ちょっと待って、玉藻ちゃん!? 元々あった私の幸せを取り戻すために力を貸してくれるんじゃなかったの!?」


「先輩・・もうその彼氏さんのことは忘れましょう。ほんとにこの病気にかかっていたとするなら間違いなくロクでなしじゃないですか」


「ちょ、待って待って!! 私、彼のこと全然話してないじゃない!? それなのになんでロクでもない男だって決めてかかってるの!?」


「さっきから気になっていたんですが、先輩はこの病気の発症原因・・ご存知ではないんですね?」


 自分が考えていたのとは大分かけ離れたティターニアの反応に気づき、怪訝そうな表情を浮かべる玉藻。


 そんな玉藻の心境がわからず、きょとんとするティターニア。


「え、発症原因て・・?」


「あ〜〜、やっぱりご存知なかったのですね・・」


 ティターニアの様子を見て、気の毒そうな視線を向ける玉藻。


 このまま誤魔化してもよかったが、未練を断ち切るためにも教えておいたほうがいいと、覚悟を決めてその内容を口にする。


「つまりその・・簡単にご説明するとこうです。男性と肉体関係を百人以上もち、尚且つそれらを一方的に捨てる行為を続けた果てに、その捨てられた男性達の呪いを一身に受けた結果発病すると・・」


「・・は!?」


 うわ、びっくりした、この宇宙人日本語しゃべったよ、みたいな表情を浮かべて玉藻を見るティターニア。


 ティターニアは最初、玉藻の言葉が理解できずしばらく自分の脳の中で言われた内容を整理してみる。


 しかし、話の内容は理解できたものの、本気でそんなこと言ってるのかどうかの判断がつかず、玉藻を何度も見返してみたが、その気の毒そうな表情から放たれている視線は完全に真剣であることを示しており、聞いて頭の中で理解した内容が完全に事実であることを確認してしまうのだった。


 そして、それを受け入れることができず絶叫するティターニア。


「そ、そんなバカな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


「いや、でも間違いないですって。この病気についての講義をしてくださったブエル教授って、医学界では大変有名な人ですもの。その人がウソを教えるとは到底思えません」


「で、でも他のケースとかもあるのでは?」


「ないですよ。そもそも、この病気は五百年も前に絶滅してますし、何よりも発症した記録が残っているのは単一種族のみなんですよ。むしろ私が聞きたいのは、先輩のその彼氏さんのことです。本当にそういう人ではなかったんですか?」


「違うわよ、私がいたのに、なんでそんなことしてるのよ!!」


「いや、でも、四六時中一緒にいるわけじゃないんですから、ひょっとしたら別のところで・・」


「四六時中一緒にいたの!! 朝から次の日の朝までほとんど毎日一緒にいたのに、なんでそんなことになるのよ、おかしいでしょうが!!」


「そうですか、四六時中、それなら間違いを起こしようがないですよねえ・・って、あれ?」


 白熱するやりとりの果てに、どうやらティターニアの彼氏はそういうことができる状況ではなかったということはわかったが、玉藻の脳裏に二つの疑問が浮かび上がる。


 とりあえず一つはすぐに解決できる内容ではなかったので、もう一つの疑問を解消するため、玉藻は真剣な表情でティターニアに向きなおった。


「先輩」


「なに?」


「先輩っていま高校で教師しているんですよね?」


「そうよ、それが何か?」


 突然そんなことを聞かれたティターニアは玉藻の質問の意味がわからず怪訝そうに見つめ返す。


 すると、玉藻は非常に複雑な表情を浮かべたあと、まるで犯人を追いつめた名探偵のような瞳でティターニアを見つめ、思いもよらなかった必殺の一言を繰り出す。


「少なくとも昼間は高校に行ってる筈の先輩と、どうやって彼氏さんは四六時中一緒にいたんでしょうか?」


「!!!!!!!!」


 玉藻の言葉に、ティターニアは思わず顔を背けると、不自然に目を泳がせ始めた。


 そんなティターニアを逃さないという風に、細められた鋭い視線で見つめる玉藻。


「先輩」


「・・」


「教え子に手を出しましたね・・」


「・・」


「・・」


「・・・てへ」


 とうとう沈黙に耐えきれなくなったのか、照れくさそうに舌をだして可愛らしく笑って誤魔化そうとするティターニア。


 そんなティターニアの姿にがっくりと肩を落とした玉藻だったが、確かめておかなければならないことがあり、再び真剣な表情に戻る。


「先輩、学校には絶対言いません。言いませんが、そのかわりに、その彼氏さんの名前を教えてください。私にとっても無関係ではないかもしれないので」


「拒否権はないわよね、私には・・は〜あ、しまったなぁ。まぁ、いいか、玉藻ちゃんなら言いふらしたりするとしてもミネちゃんくらいだろうしね」


「いや、むしろあいつには絶対話しませんが・・」


 嫌そうに顔を歪ませる玉藻を優しい表情で見つめていたティターニアだったが、やがて疲れたような表情になってぽつりとつぶやいた。


「ナイトハルト・フォン・アルトティーゲル。それが彼の名前。白虎族の次期総領でフォンの爵位を名乗っていたけど、弟に譲って死ぬって言っていたから、もうフォンはついてないかもしれないけど」


 その名前をしっかりと記憶した玉藻は、ある人物に聞いてみようと思っていた。


 女の勘にすぎないが、ひょっとすると何かを知っているかもしれないから。


 しばらくそうして何かを考え込んでいた玉藻だったが、不意に顔をあげてティターニアを見つめた。


「先輩、私思うのですが、もう一度その彼氏さんと縁りを戻したいと考えていらっしゃるのでしたら、会って話をすべきだと思います」


「え、でも・・」


「いや、と、いうかですよ・・どうも私が考えるに、彼氏さんの病気は『人面瘤』じゃないような気がするんですよ。どんな病気も原因があって発病するものだと思うのですよ。ところがこの場合、彼氏さんに原因らしいものが見当たらないんですよね。と、なると、考えられることは二つ。一つ目、今までの原因とは違う新しい発症原因によって『人面瘤』になってしまった。この場合はもう回避のしようがないんですけど・・もう一方の場合。私はこっちが本命だと思っています。実は『人面瘤』と症状が似ている別の病気だった場合。病院側の誤診か、あるいは、彼氏さん自身が先輩と別れるために一芝居うった狂言だったか、とにかくいろいろと可能性は考えられると思いますが・・」


 玉藻は強い視線でもう一度ティターニアを見た。


「まず、もう一度会って話し合ってください。私も、もう一度そういう症状を持つ別の病気について知らべてみますし・・ほんの少しだけですけど、心当たりがあるので聞いてみてみます。女の勘なんですけどね」


 そういう玉藻をしばらく見つめていたティターニアだったが、やがて肩の力を抜いて自嘲めいた笑みを浮かべる。


「そうよね、やっぱり話し合わないとだめよね・・わかってはいたんだけど、避けていたのよね。結局、絶望的な現実をさらに直視することになるだけだったらどうしょうって・・」


 そこで一旦言葉を切ったティターニアの目に、強い意思を感じさせる何かが浮かんできていることを玉藻は確認する。


 そして、次に紡ぎだされたティターニアの言葉に、玉藻は自分の目の前の人物が再び闘志を燃え上がらせていることを確信して大きく頷くのだった。


「私、もう一度彼に会ってくるわ。例え絶望的な状況を確認することになったとしても、うじうじと悩んでいるよりはマシだわ」


「それでこそ、私が知っているティターニア・アルフヘイム先輩です」


「あ〜〜、でもここにいきつくまでに半年以上もかけちゃった・・間に合うといいけど」


「先輩、間に合うじゃなくて、間に合わせるんです。先輩の高校の生徒だっていうなら、もしすでに亡くなっていたり病院に運び込まれていたりしていれば通知がまっさきに先輩の耳に入っているでしょうから、それがないってことはまだ大丈夫のはず」


「そうね・・ありがとう玉藻ちゃん」


「いえいえ。あとで携帯の念話番号教えておいてください。病気のことで何かわかったらすぐに連絡しますから」


 そういうと、玉藻は赤ワインの入ったグラスを掲げてみせ、目の前のティターニアにも同じようにするように促す。


「先輩の最終的な勝利を願って」


「うん、必ず勝つね」


 ちんとグラスを合わせて一気にそれを飲み干した二人の女性は、これから始まる騒動について予感しながらもなぜか愉快そうに笑い合うのだった。


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