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~第24話 姉妹~

 晴美の初陣は、思ったよりもうまくいったと思う。


 連夜が思っていたよりも晴美の包丁捌きは様になっていた。


 後から聞いてみると丸薬作りの時に包丁やナイフを使うときも少なくないということで、包丁を握ったのは初めてというわけではなかったらしい。


 そのため、連夜が少しコツを教えただけで危なげなく食材を切ることができるようになり、基本的な切り方はそこそこできるようになっていた。


 とはいえ、料理そのものを作ったことは皆無だったようで、米を洗うのに洗剤をいれようとしたり、砂糖と塩を間違えたり、生魚の死んだ目を見ておびえたりと、ちょっと目を離すととんでもない事態に陥りそうになるため、まだまだしばらくは連夜がつきっきりで教えないといけないのは間違いないらしい。


 しかし、宿難家の他の兄姉妹に比べればはるかにマシなレベル・・というか、ちゃんと教えれば上達するくらいのまともなレベルであるため、連夜としては十分嬉しかったりする。


 晴美に教えている最中に、張り合って手伝おうとしたスカサハなど、格好つけて振り回したのはいいものの、いきなり包丁で指を切って大げさに泣きわめきながら右往左往。


 結局、連夜に治療だけしてもらって体よく追い出されてしまった。


『ちょっと調子が悪かっただけですのに・・ぐすん』


 などと言っていたが、生まれてから調子が良かったときの姿を一度も見たことのない連夜に信用されるわけもなかったわけだが。


 とにかく、なんとか無事晩御飯は失敗することなく作り上げることができ、味も悪くなく記念すべき晴美の調理第一回は無事終了したのだった。


 『外区』にハンター稼業をしに行っている長兄、大治郎と、同じく『外区』でのバイトに土曜の夜から出かけている長姉、ミネルヴァ以外の五人で賑やかに食事を取り、今、連夜は晴美と食事後の食器洗いの最中だった。


「晴美ちゃん、今日は御苦労さま。初めてで疲れたと思うけど、これが終わればとりあえず今日の仕事はおしまいだから、もうちょっとがんばってくださいね」


 と、蛇口からちょろちょろと出した水で手際よく汚れた食器を洗いながら、横で洗い終わった食器を白い奇麗な食器拭き専用の布巾で拭いている晴美に笑いかける。


 晴美はそんな連夜の優しい笑みを見て、ほわっとした笑みを自分も浮かべる。


「はい、ありがとうございます。でも、難しいですね・・料理・・」


「慣れたらそうでもないと思いますけどね。そもそも一から教えないといけないと思っていたから、僕としては晴美ちゃんが包丁をある程度使えたのが嬉しい誤算というか。あれくらい使えるなら、食材を切るということに関しては、ほとんど問題ないですしね」


「丸薬作るにあたって、薬草や霊草を切ったり刻んだりしなくてはいけないことが多かったですからね。

でも千切りとかできるわけじゃなくて、ただほんとに持って切るだけだったので、ほんとにそれしかできないんですけど」


 恥ずかしそうにちょっと顔を伏せて、上目づかいに横にいる連夜を見つめる晴美に、連夜は笑いながら首を横に振る。


「別に無理してすぐに千切りや他の高度な切り方ができるようになる必要はないと思いますよ。普通に食材を切れたらそれでいいと思うし、それよりも指とか切らないようにまずはなってくださいね。意外とね、包丁って刃のところだけが危ないわけじゃないんですよね。新品の包丁や、元々よく切れる包丁なんかによくありがちなんだけど、峰の部分で角になってるところとかでも切れちゃったりするんです。『害獣』退治で使うような太刀ではない、ただの家庭用の調理器具といっても甘くみちゃだめですよ。って、何回も言ってるのに、お父さんを除くうちの人達はそれがわからないんだよなぁ・・スカサハなんか小さい頃から教えていたのに結局なおらなくて、料理教えるの諦めましたもん。あの娘、ちゃんとお嫁さんに行けるのかなぁ・・とほほ」


 自分で口に出しておいてがっくりと肩を落とす連夜。


 そんな連夜の姿にあわわと慌てる晴美。


「いや、でも生徒会長は成績優秀で、スポーツ万能の方ですから、いつかはご習得されるのでは?」


「残念ながらね、晴美ちゃん。うちの女性陣は一人の例外もなく家庭的なことは壊滅的にダメなんだってことは、もう覆しようのない事実なんですよね・・」


「あは・・あはははは・・そう・・ですか」


「まあ、晴美さんは幸いそういうことはなさそうですから、それを反面教師にしていただいて、是非がんばってくださいね」


「あ、は、はい、がんばります!」


 生真面目に返事をするかわいらしい弟子の姿に、満足そうな目を浮かべて見た連夜。


 その後もくもくと作業をこなし、もう少しで洗い物が終わるというときになって、連夜はきれいに拭いた食器を食器棚にもどしていっている晴美のほうをちらりと見る。


 そして、その様子を見て何か一瞬躊躇いを見せたが、すぐにそれを消して口を開く。


「晴美ちゃん・・」


「はい?」


 聞く人が聞けば何気なさを装うっているとわかる連夜の声に、晴美は気がつくこともなく普通に振り返って返事をする。


 呼ばれて振り返ったものの、すぐに言葉が続いてこないので何事かときょとんとして黙って待っていると、連夜が洗い物を続けたまま口を開いた。


「ちょっと・・・聞いてもいいですか?」


「え、えっと、なんでしょう?」


「僕と会ったあの日、あの公園で・・・晴美ちゃん、ほんとはどこに行こうとしていたんですかね?」


 連夜の問いかけに咄嗟に言葉が出ない晴美。


 そんな晴美を焦ることもなく、ただ、洗い物を続けながら待つ連夜。


 実は、連夜はいまの問いかけのそのものについての答えはわかっていた、わかってるつもりだった。


 しかし、ただ、確認がしたかったわけではない。


 なぜ、そのままそこに行かなかったのかがわからず、非常にひっかかっていたからだ。


 それだけは、どうしても晴美の口からきちんと聞いておかねばならないことだった。


 なぜなら、晴美が行こうとしていたと思われる場所は、連夜の愛する恋人の家であり、そして、彼女はその恋人に会いに行こうとしていたに違いないと連夜は確信していたからだ。


 だが、それならばなぜそれをやめてしまったのか。


 マンションの目の前まで来ておきながら、訪ねようとしなかったのか。


 愛する恋人のためにも、そこのところだけははっきり確かめておきたかった。


 連夜のそういう想いを勿論知る由もなく、晴美はしばらくの間、考え続けている。


 しかし、連夜は急かすことなく、晴美が必ず自分からしゃべってくれると信じて、待ち続ける。


 やがて、意を決したのか、晴美はついに重い口を開いた。


「わ、私・・姉のところに行くつもりでした」


「・・そうですか」


 やはり、という思いが連夜の表情に現れていたが、晴美には表情がわからないように洗い物を続けて背中を向けているの気づかれることはなかった。


 そんな連夜に気づくこともなく晴美は言葉をつづけていく。


「姉は、私と同じでした。幼い頃から丸薬作りの修行を課せられて、虐待同然の扱いを受けていました。しかし、中学校に進学するときに全寮制の学校に入ることで里から自力で抜け出し、そのまま修行をやめてしまって一人で生活するようになったんです。姉は私と違って成績優秀、スポーツ万能、まるでスカサハ生徒会長のような人だったので、奨学金とかも余裕で受けられたようですし、流石の里も口出しできなかったようで。そんな姉は私の憧れの人で、最初は姉を頼るつもりでした。・・でも、できませんでした」


「どうしてですか? お姉さんは、あなたが頼っていっても追い返すような方だったんですか?」


 何か苦しそうに言いよどむ晴美に、連夜はわざと驚いたような声をあげて、大げさに聞いてみる。


 自分でも演技が下手だなぁと思う連夜であったが、幸い晴美は気がつかなかったようで、やがて物凄い苦い笑みを浮かべながら再び口を開いた。


「いえ、きっと姉は優しい人なので、訪ねていれば私を受け入れてくれたと思います。でも、私自身が自分を許せなかったから・・」


「許せなかった?」


「はい・・私、小さい頃、ほんとに姉によくしてもらったんです。祖父母両親は仕事が忙しかったですし、他の兄弟姉妹とは祖父母の教育方針もあってあまり仲がよくなくて・・ただ、姉さんの玉藻だけは、私をほんとによくかわいがってくれました。私にとっては姉と言うよりも母であったのかもしれません。

そんな姉に、ある日祖父母がこう言えと言ったのです」


『白面の狐はクズで醜い』


「・・と。幼き頃の私はその意味もわかりませんでしたが、祖父母の言うことは絶対でしたので言われるままに姉に言ってしまったのです」


 そこで一つ大きな溜息を吐きだした晴美は、悲しみに満ちた表情を浮かべた。


「今でもそのときのことを夢に見ます。私にその言葉を投げかけられた姉は、泣いていました。他の親兄弟や、ましてや祖父母に何を言われても無表情に無感動に受け流していた姉が、私の残酷な一言に傷ついて泣いていました。その後すぐです、姉が里から去って行ったのは。そして、私は姉の身代わりとなることになったのです」


「そうだったんですか・・しかし、白面の狐とはいったい?」


「白面九尾の狐は狐族に伝わる伝説の悪狐です。白面の狐は悪に染まると言われていまして・・もちろんそんなの迷信なんですが、姉さんはその白面だったんです。昔は相当な迫害を受けたそうですが、姉さんは不幸中の幸いというべきか、祖父母に才能を認められていましたから表立ってはそのことについての差別はなかったようですが・・裏では兄弟姉妹達から相当な嫌がらせを受けていたようです」


「そんなことがあったのですか・・人間やバグベアやコボルト(犬型小鬼族)だけでも十分なのに、同じ上級霊狐族の仲間の中にまでそんな差別を作ってどうするんだろ?」


 晴美の話を聞いて、連夜はやれやれと首を横に振って肩をすくめる。


 どうして自分の親しい人達の周りで差別が絶えないのか、まさか自分の愛しい人にまでそんな過去があったとは思いもよらなかった連夜であった。


「私、学校から逃げ出して姉のマンションまで一度は行きました。でも、その呼び鈴を押すことはできませんでした。何度も何度も押そうとしたんですけど・・できませんでした」


「晴美さん」


「あんなひどいこと言った私が、どの面下げて会うことができるでしょう? 幼くて意味がわからなかったからって自分のしたことが許されるとは思っていません」


「う〜〜ん、それはどうですかね?」


「え?」


 だんだん気持ちが昂ぶってきたのか声が高くなっていく晴美に、連夜の意外に冷静な言葉が割り込む。

そのことに一瞬きょとんとする晴美。


 いつの間にか洗い物を終えていた連夜は、壁にかけてあるかわいい犬の絵がついたタオルで手を拭くと、洗ったばかりの食器を拭きながら優しい表情で晴美のほうを見た。


「だって許すのは晴美さんじゃないわけですよね? それにまだお姉さんに会ったわけじゃないですし。

結論出すのが早すぎませんか?」


「え、で、でも・・」


「晴美ちゃん、結局どうしたいんですか? このまま会わずに済ませます? 許されないだろうから、一生顔を合わせないままにしますか? まあ、それでもいいでしょうけど」


 と、素気ない口調で淡々と語る連夜。


 しかし、その口調とは裏腹に、連夜の目は非常に優しく温かく晴美を見ているし、表情は非常に穏やかだ。


 出会ったときからそうだった。


 晴美の心の中に土足で踏み込んでくるようにみせかけて、決してそうはせずに、実は自分から出てくるように仕向けてくるのだ。


(連夜さんはズルイ!!)


 という気持ちと。


(連夜さんは優しい)


 という気持ちと。


 もう一つ何かある気がするのだが、なぜかそれとは面と向きあうことができないので、今はそっとしておく。


 晴美は連夜が差し伸べてくれる手に、今度も甘えるように声を出した。


「連夜さん・・私、姉に・・玉藻姉さんに会いたい・・会って・・謝りたいです・・ごめんなさいって・・謝りたいです」


 それ以上は声にならず、晴美は両手で顔を覆ってしまう。


 そんな晴美の小さい身体をそっと抱きしめると、連夜は優しい、しかし頼もしい声ではっきりと言うのだった。


「じゃあ、そうしましょう」


「へ?・・・・・え、えええっ!?」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をあげて自分を見つめる晴美に、連夜は無邪気な笑顔を向けるのだった。



~~~第24話 姉妹~~~



『もしもし、こんばんは、玉藻さん。連夜です、いま、いいですか?』


 三日も会っていない恋人の、甘く優しい声が玉藻の耳朶を震わせ、ここがどこだかも忘れて踊り出しそうになるところだがなんとか寸前で理性を保ち、平静を装って念話の向こうの恋人に返事を返す。


「う、うん、大丈夫よ。それよりも、昨日はごめんね、こっちがかけていたのに。ちょっと念波の悪い所にいってたもんだから、切れちゃってその後、もうアンテナたたなかったのよ」


『あらら、『特別指定地域』にでもいっていらしたんですか?』


「そそ、いまだに駅にアンテナ立ててないようなド田舎なもんだから・・あ、ひょっとして、何回も念話かけてきてくれてた!? ご、ごめん、ほんとにごめんね!!」


 何かにつけて卒のない恋人が、あんな念話の切り方をしておいて何もアクションを起こさなかったわけがないのだ。


 今更ながらにそれに気がついて、猛烈に反省する玉藻。


 しかし、優しい恋人はそんな玉藻を決して怒ったりせずに、逆に自分を戒めるようなことを言い出すのだった。


『いえ、いいんですよ、玉藻さんに何かあったのかなって思って最初かなり焦りましたけど、よくよく考えたら玉藻さんにもプライベートなことあるだろうし。すいません、嫉妬深い彼氏で。これからもうちょっと考えて行動します』


「う〜〜ん、そんなこと言わないでよ〜〜〜。心配してくれなきゃ、いやだ〜〜〜〜〜!! 私のプライベートも束縛していいから〜〜!!」


 あまりにも大人な態度を取ろうとする恋人の言葉に、本気で焦る玉藻。


 なんせ生真面目な彼のことだから、このままこれを流すと本気で無干渉気味になりかねない。


 玉藻としては、嫉妬してもらってまとわりついてきてくれるくらいがちょうどいいのだ。


『いいんですか? そんなこと言って? 僕、相当しつこいですよ?』


「いいよ、いいよ〜〜、全然いいよ。放置されるくらいなら、そのほうがいいってば」


『あはは、じゃあ、そうします、覚悟しておいてくださいね』


 恋人のいたずらっぽい声が聞こえてくる。


 この場にいたら抱きついてそのまま押し倒すのにな〜、寂しいなぁ〜と、思った玉藻はせめて年下の恋人をからかってその反応を楽しむことにした。


「うんうん、そうしてそうして。というか、それくらい言っても、どうせ、私の都合考えちゃうんでしょけど、あなたは。もっとわがまま言ってくれてもいいのに・・そうだ!! 今度わたし、裸エプロンしようか!?」


『あ、あばばばば!! な、何言ってるんですか、玉藻さん!!』


「見たくないの?」


『いや、見たい見たくないで言えば、是非見たいですし、玉藻さんがするならどんな格好でも素敵だと思いますけど、その、いろいろと男としての・・問題が・・その・・』


 もう、予想通りの初々しくもかわいらしい恋人の反応に悶絶しそうになる玉藻。


 あまりにもツボにはまる反応ぶりにもうちょっとからかってみようとする玉藻だったが、残念ながら先に恋人のほうが別の話題を振ってきた。


『あの、ところで玉藻さん、明日の夕方以降って空いています?』


「明日って・・え、会いに来てくれるの!?」


『はい、玉藻さんのご都合さえよければ』


「やった〜〜〜!!」


 もう土日までお預けだろうなぁと思っていただけに、恋人の意外な申し出が嬉しくてたまらない玉藻。


「やったやった〜、土日まで会えないと思っていたから、もうこっちから学校に押し掛けるしかないかなぁって思っていたのよね」


『あ、あははは、。た、玉藻さん、校門で待って頂くくらいならいいですけど、学校の中にまで押し掛けるのはどうか自重してくださいね、お願いですから』


「うん・・がんばる。というか、私がそういう精神状態にならないように、ちゃんと手間暇と愛情かけて飼育してください。もっとかまってください。いつか私、寂しくて死にます」


『玉藻さんは、うさぎですか・・』


 結構本気で言い切る玉藻に、疲れたような声を返す連夜。


「あ、そうだ、明日私研究室に行かないといけないから、帰宅が十九時くらいになるけど、いい? っていうか、先に入って待ってて。このまえミネルヴァから奪い取ったあの合いカギそのまま使って入ってくれていいから」


『わかりました、じゃあ、そうします。御飯作っておきますから、夕飯食べてこないでくださいね』


「うんうん、一緒に食べようね」


 もう明日のことを想像して幸せでとろけそうになるくらい、顔面土砂崩れの玉藻。


 しかも、最後に追い打ちが。


『じゃあ、また明日』


「うん、また明日ね」


『あの、玉藻さん』


「ん? 何?」


『・・大好きです』


 玉藻の思考回路が一瞬止まり、その後急速に回復したあと脳内をいま恋人が発した言葉が何度も何度も反響していく。


 そして、瞬間湯沸かし器よりも早く玉藻の顔面は沸騰し、幸せのあまりふらふらになった状態で昇天しかけるが、なんとか理性という自分が幽体離脱しそうになっている自分をひっぱりもどす。


 くるくると表情を変化させて何かを言おうとするが、数回それを繰り返してやっと口から言葉が出た。


「ほんと・・人の気持ちの一番喜びそうな急所の部分を的確についてくるんだから・・絶対たらしだ・・間違いなくたらしなんだからね!」


『え? え?』


「ほんとに絶対私以外の女にそんなこといっちゃだめよ!! 絶対、絶対だめなんだからね!! うわ〜〜、だめ、もう心配で眠れない・・ほんとにお願いだから、そのスキルは私限定にしてね!!」


『いや、あの、まずかったですか?』


 不安そうに聞いてくる連夜の声に、ちょっと頭を抱える玉藻。


 自分がどれだけ女殺しなのかわかっていないようで、かなり不安を覚える。


「嬉しかったわよ!! いま、自分が人生の中でも経験したことがないくらい相当舞い上がってしまってたくらい嬉しかったわよ!! と、いうか、いま私あなたに捨てられたら絶対自殺するか廃人になる自信があるわ」


 ふふふふ・・と相当ダークな声で笑う玉藻に、念話の向こうで明らかに動揺している恋人の気配が伝わってくる。


『絶対、捨てませんて、もう。じゃあ、言わないことにします、これから』


「いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!! それはダメっ!! 他の女には言っちゃだめだけど、私には言って!!」


『もう〜〜、どっちなんですか!? それじゃあ、玉藻さんも同じこと言ってください。それなら僕だけじゃないんですから、いいでしょ?』


「え?」


 恋人の思わぬ逆襲に、ちょっと顔を赤らめ一瞬躊躇う様子を見せる玉藻だったが、顔を伏せながらも心からその言葉を口にするのだった。


「大好きよ・・ううん、愛してる。私、あなたのことが好きなだけじゃない、愛してるわ」


『・・』


「・・」


『・・玉藻さんのほうが男殺しじゃないですか・・』


「わ、私は自分の心に正直なだけだもん」


『ぼ、僕だってそうですよ』


 その後しばらく沈黙していた二人だったが、結局最後にはえへへという声を出してしまうのだった。


『この決着は明日つけますから』


「望むところだから、にげちゃだめよ」


『逃げませんよ。大事な用もありますし。じゃあ、おやすみなさい、玉藻さん。あまり飲み過ぎちゃだめですよ』


「え、な、なんで私が飲んでるってわかるの!?」


『念話に、雰囲気のいい曲が聞こえてきます。いま、どこかのお店にいるんでしょ?』


 くすくすと笑う抜け目ない連夜の声に、顔を真赤にしてバツの悪そうな顔で言い訳する玉藻。


「ちゅ、中学時代の先輩と来てるのよ・・あ、相手は女だからね」


『信じてますよ。と、いうか、玉藻さんを取られたら取り返すだけです。じゃあ、明日』


「う、うん、明日ね」


 と、大人びた落ち着いた声で言い切られて、ちょっと複雑な表情の玉藻。


 もっと嫉妬してくれてもいいのになぁ〜、なんて思いながら溜息を一つついて自分も念話を切る。


 でも・・


『取られたら取り返すだけです』


 そっか〜、取り返しに来てくれるんだ〜・・


 と、思うと自然と頬が緩むのを止められない止まらない。


 もう、連夜くん好き好き大好き! ほんとに愛してる! と、身をよじらせて自分の世界に入っていた玉藻だったが、自分の前方からかつてないほどの強大な殺気を感じて我に返る。


 はっと自分の前方に目をやると、そこには自分がかつて今まで見た事がないほど、強大な怒りと憎しみと恨みと悲しみの入り混じった感情を溢れさせた状態で笑顔を作るというとんでもない荒業を成し遂げたティターニアが、ぶるぶると拳を握りしめてこちらを全然笑ってない眼で睨みつけるように見ているのを確認する。


 一応念の為に自分の後ろの誰かに向けて視線を飛ばしてるのかもしれないので、振り返って確認しておく。


 しかし、誰もいなかった。


 どうやらティターニアが睨みつけているのは自分で間違いないようだ。


 玉藻は恐る恐るティターニアに声をかける。


「あ、あの、先輩? 何か怒っていらっしゃいます?」


 玉藻の言葉にティターニアの笑みの中にある闇がより一層深くなり、額に浮かんだ青筋がびきびきと不気味な音を立てて聞こえてくる。


「ううん、別に怒ってるわけじゃないのよ。ただね、物凄い傷心の私の相談を引き受けてくれると言った人が、まさかその私の目の前でラブラブバカップル全開のいちゃくらうふふきゃっきゃ念話をみせびらかすなんて・・しかもまさか、人前で言うのも恥ずかしいはずの『大好き』だの、『愛してる』だのを臆面もなく言ってのけるなんて・・とてもとても到底信じられない思いで見ていただけなの。気にしないでちょうだいね。ふふ・・ふふふふふ・・」


「ひ〜〜〜〜〜〜〜っ!! めちゃくちゃ怒ってるじゃないですか!!」


「・・世の中のバカップルみんな、呪われてしまえばいいんだわ・・」


 ダークなオーラを全く隠す様子もなく撒き散らし続けるティターニアに、玉藻ばかりかたまたま通りがかったケットシー(猫型獣人)族のウェイターさんまでもがひいっと悲鳴をあげてのけぞる。


 流石の玉藻も自分の失態に反省する。


 本当ならもうティターニアの悩み事を聞いていたはずだったのだが・・


 そもそも、最初は『サードテンプル中央街』の喫茶店『トレント』で話をしていたのだが、どうもティターニアの話は長くなりそうだったので、ならばいっそついでに夕御飯も食べてしまおうということになり、二人は喫茶店をあとにした。


 その後、ティターニアの行きつけの店でハンバーグステーキがおいしい店があるというので、そこに行くことに。


 『サードテンプル中央街』から少し北に外れ、市営念車が上を通る高架下を通り抜けて進んだところにあるいかにも洋食店というモダンな外観をした『守屋(もりや)』という店に入ってティターニアがお勧めするハンバーグステーキのコースを注文し、いよいよティターニアの話を腰を据えて聞こう・・としたときに、絶妙というか、最悪というか、とにかく話の腰を見事なシュミット式バックブリーカー並みに折るようにかかってきたのが、連夜の念話だったのだ。


 ここはあとで掛け直すと言ってすぐ切るべきだったのだろうが、三日も会ってない愛しい恋人との甘い会話の誘惑には勝つことができず、このような事態に陥ってしまったというわけである。


「先輩、本当にごめんなさい!! 実はここのところ彼と会ってなくて久しぶりに会話できたものだから、つい誘惑に負けてしまったんです。決して、先輩をないがしろにしようとしていたわけでは!!」


 とにかく機嫌を直してもらうべく平謝りに謝る玉藻の姿に、ティターニアはかなり憮然とした表情だったが、やはり最後にはかわいい後輩の必死の謝罪を受け入れてため息交じりに許してくれたのだった。


「ほんとにもう・・彼氏が大事なのはわかるけど、玉藻ちゃん自身が相談に乗ってくれるって言ったんだから、ちゃんと責任とって相談に乗りなさいよね」


「すいません、ちゃんと聞きますから、ほら、携帯念話の念源も切りましたし」


 と、自分の携帯の念源を切っていることを見せて、話を聞く態度であることを示した玉藻の姿にようやく納得したのか、ティターニアは話を始めようとした。


「どこから話したものかしら・・そもそもの始まりは・・」


「失礼します、オードブルの生ハムの盛り合わせでございます。味噌をベースにして作りましたこちらの特製ソースにつけて、添えてある玉ねぎのスライスを包んでお召し上がりください」


「・・あ、はい、ありがとう・・」


 三十代前後と思われるダンディーなダークエルフ族のウェイターが、二人の目の前においしそうな生ハムが盛りつけられた皿を置き、優雅に一礼して去っていく。


「・・」


「・・」


 話をしようとしたティターニアも、話を聞こうとしていた玉藻も、完全に視線が目の前の前菜料理に集中する。


 何度か二人は示し合わせたように、お互いの顔と前菜の皿とを交互に見て口を開きかけるが、やがて、ティターニアのほうが溜息をついて苦笑しながら呟いた。


「・・食べてからにしよっか・・」


「そうですね・・」


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