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~第21話 衝撃~

 城砦都市『嶺斬泊』の二大繁華街である『サードテンプル』と『ゴッドドア』のちょうど中間地点に存在する『ルーツタウン』。


 『害獣』が出現する以前に、東方で一大帝国を築いていた『シャンファ』の人達が流れつき、コミュニティとして作り上げ今では一大観光地になっている『シャンファ街』を中心に、『サードテンプル』側には、『S-王号』と対を成す二大百貨店の一つ、『ビッグサークル』の大型店舗があり、その裏通りは城塞都市『嶺斬泊』最大の流行発信地となっているブティックストリートになっている。


 逆に『ゴッドドア』側には学生が立ち寄るのは厳禁な一大歓楽街となっており、昼は『サードテンプル』側で、夜は『ゴッドドア』側に人が集中して賑わうことになる。


 そして、今はその挟間の時間。


 昼が終わりを告げ、夜がはじまろうとしているちょうど挟間の時間にあって、早乙女 リン、改め、リン・シャーウッドは疲労困憊した身体を鞭うちながらふらふらと家路へと向かっているところだった。


「うう・・ま、まさかあんなとんでもないブービートラップが待ちうけていようとは・・」


 まるで思わぬところで待ち伏せされて重傷を負ってしまったベテラン特殊部隊兵士のような表情で、リンはつい先程自分達に襲いかかった恐るべき出来事を回想した。


 その出来事の始まりは、今から三時間ほど前、六時間目の授業終了後の放課後まで遡る。


 転校してきて間もないリンではあったが、中学時代からの友人である連夜と、晴れて恋人となったロスタムがいてくれるおかげで不思議と寂しくはなかったが、親しい女友達がいないというのは少々問題がある気がしていた。


 リンは、性別を変えることが可能な種族で、元々は男だったという過去を持つ。


 当時親友で、現在恋人のロスタムと一生連れ添うために一大決心の果てに女になったわけであるが、すぐに男だったときのちょっとした癖や仕草が女らしくなるわけではなく、このまま男友達とばかりつるんでいると、女らしさを磨くことができないと感じていたわけである。


 気持は焦るが、女友達を積極的に作ったことのないリンにとって、女友達を作るということは非常に難解な問題であった。


 そんなときに、リンは自分の二つ隣に座る、超絶な美少女に声を掛けられる。


 龍乃宮 姫子。


 親友である連夜の幼馴染で、このクラスの委員長。


 リンの恋人であるロスタムが関わる事件で、お互い思いもかけぬところでつながりがあることを知り、交流を深めることになった人物。


 今日はこの学校で初めてできた女友達である姫子から、カラオケに行かないかと誘われてしまった。


 正直に言えば、恋人のロスタムのことが気にかかっている・・というよりも、違うクラスになってしまった分、放課後以降はずっと一緒にいたいので断ろうと思っていた。


 今日は特に何やらロスタムは新しくできた友人の一人であるクリスと一緒にどこかに出かけるとか言っていて、あのロスタムの性格から考えて浮気とかしないとはわかっていても心穏やかではいられなかったのである。


 しかし、その心の天秤を反対側に覆して傾けたのは、いまだリンの心の中に残っている男としての部分であったのは皮肉としかいいようがない。


 断って帰ろうとしたリンだったが、別のクラスからカラオケに行くために合流しに来たメンツを見て即座に返答を否から是に変更する。


 姫子の交友関係は非常に幅が広いようで参加メンバーは、姫子と、いつものお付き二人組は当然として、隣のクラスである弐-Bの双子のグラスピクシー族の姉妹、さらにその隣のクラスである弐-Cの半人半蛇のラミア族の少女。


 ここまでならリンの気持も動かなかったのだが、ロスタムと同じ弐-Jからやってきたのは、リンのタイプで密かにチェックしていた豹型獣人の美少女である小蘭(シャオラン)とフェレット型獣人の美少女のマーガレット、さらにさらに、リンが一番お友達になりたい、というかすでにお友達なのだが、一番モロタイプであるクリスの奥さんアルテミスまでも参加するとあっては、いくらロスタム至上主義のリンといえども、抗いがたい誘惑に否と告げることはできなかったのである。


 こうして、女の子としては完全に失格な理由で参加することになったリンではあったが、男の子としては幸せ絶頂な一時を過ごすことができた。


 男の子の姿で参加して実践しようものなら即セクハラ扱いで下手すれば殺されかねない過剰なスキンシップも、女の子の今となってはかわいらしいいたずら程度で済まされてしまい、また、携帯念話で堂々ときわどい画像を取っても怪しまれることもない。


 カラオケ終盤までリンは、男の子の時には決してできなかった男の夢を実行しまくった。


 もしこの現状をロスタムが知れば、流石のロスタムも速効で今すぐ男にもどれと言って、リンを部屋から叩きだしたかもしれないほど、リンは暴走しまくっていた。


 しかし、悪いことはできないものである。


 もし、平素のリンであれば、もう少し周囲のある一定の緊張感に気がついてそれについては触れようとしなかったかもしれない。


 だが、暴走中のリンは完全にその空気を見逃してしまった。


 見逃してしまった上に、ほぼ全員が決してやらなかった、いや、やらせようとしなかった行為に踏み切ってしまったのである。


 これについては、後にはるかもミナホも述懐しているが、リンについては完全にノーマークだったらしい。


 他のメンバーがみなそのことについてよく知るメンバーばかりで行っていたため、誰かがリンにちゃんと説明しているだろうと思ってあえて説明してなかったのだと、述べている。


 おかげで、みなそのリンのあまりに自然な行為に気がつかず、それを止めることができなかったのだ。

リンは、カラオケをぼちぼち終わろうかという時間が近づいてきたときに、自然と主催者が歌っていないことに気がついた。


 そのときリンは、きっとこの高潔な精神の持ち主はみんなを楽しませるためにあえて自分はマイクを持たなかったのだと解釈した。


 いや、それはいかん。


 折角、みんなのために主催してくれている人物が全く歌えないというのはあまりにも不公平すぎる。


 リンは自分が歌うために握ったマイクを、ごく自然に横に座っていた姫子に渡していた。


 そして、言ったのだ。


『姫子ちゃんも歌ってよ。私、姫子ちゃんの歌声が聴きたい』


 一瞬で部屋の空気が凍った。


 しかし、当の本人であるリンは、みなが気を利かせて姫子の歌をよく聴けるように静かにしたんだなと思い、完全にスルー。


 姫子は、自分の歌声が聴きたいといってくれたリンに感激して目を潤ませていて、さらにその場の空気を完全スルー。


 そして、さらにリンは、みなが姫子に悟られぬように一斉に行ったある行為についても見逃してしまっていた。


 ミュージックマシンから選曲していた曲の前奏が流れ始め、部屋の中に異様な緊張が走る。


 前奏が終わった瞬間、姫子は己の魂を乗せて全力で歌い始めた。


『ヴぉゑ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!』


 リンの頭を誰かがハンマーで力いっぱい殴った。


 いや、殴ったではない、殴り続けている。


 半端な力ではない、脳味噌が揺れているのがはっきりわかる。


『だめだ、ちぬ。このままだと、おれさま、ちぬ』


 失いつつある意識の中で、リンの脳裏にロスタムと駆け抜けた短くも楽しい思い出が流れていく。


『これが走馬灯か・・ロスタム、ごめん、おれ、もうだめみたい・・』


 薄れ行く意識の中で、リンが最愛の人に別れを告げようとしていたそのとき、誰かがリンの両耳の中に何かを突っ込んだ。


 その途端、ハンマーの威力が次第に弱まっていくのを感じ、徐々に意識がはっきりしてくると、心配そうな顔をしたアルテミスがこちらをみているのに気がついた。


 そして、リンの目に光がもどってくるのを確認したアルテミスは、無言で両手を耳にあてるように指示してくる。


 リンが驚いて周りを見渡すと、一名以外の全員が必死になって両手を耳にあて、何かに耐えている。


 リンも慌ててそれに倣うと、頭を殴っていたと思われるハンマーの威力をほぼ感じなくなっていた。


 そこで流石のリンもようやく気がついた。


 この目に見えない殺人ハンマーの正体を。


 自分の目の前では、自分の歌声に酔いまくって、周囲が全然見えていない人物が約一名、どうやったらここまで音程をはずしリズムをはずし無意味に音を反響させまくって歌うことができるのかというレベルの殺人音波をまき散らしていた。


 姫子だった。


 伝説では、人間種が作った東方の果ての島国にこういう凄まじいまでの力を持つ音痴のガキ大将がいたという記述が残っているが、まさにそれに匹敵する、あるいは勝るとも劣らぬ音痴ではなかろうか。


 恐らくリン以外の全員がそれに気がついていて、姫子に歌わせないようにさりげなくずっとマイクをまわさなかったに違いない。


 しかし、その作戦もリンという不確定要素の思わぬ行動によりふいになってしまい、やむなくメンバーは己を守るために用意していた耳栓をすばやく装着することで難を逃れたらしい。


 とはいえ、そんなこととは露知らぬリンはそういう自己防衛行動を取ることもできず、あやうく殺人音波で廃人になるところであった。


 いくらなんでもこんなあほな理由で廃人にされてしまっては洒落にならない。


 自分を助けてくれたアルテミスに、改めてリンは目線で感謝の念を送る。


 それに気がついたアルテミスは、苦笑しながらも頷いてくれた。


 やがて、姫子は歌い切り、全員ほっとした表情で冷汗を流しながらも笑顔を無理矢理作って姫子に悟らせないように全力で、姫子の歌声を称える。


 その様子に全然気がついてないのか、姫子はてへへと照れくさそうに笑いながらマイクを置き、一同は内心で胸をなでおろしつつ、カラオケを終了させたのだった。


 リンは、先程の殺人音波のダメージが抜けきっていない震える足をなんとかごまかしながら、カラオケボックスを出て、姫子達を一足先に見送ると、残ったメンバーに今日の失態を平謝りに謝るのだった。


 幸いみんな快く許してくれ、それどころかあれは最初は騙されても仕方ないと慰められる始末。


 その後、ふらふらになりながら家路につくリンであったが、カラオケ終盤までの絶頂気分から奈落の底に突き落とされたショックはかなりのもので、心も体もぼろぼろの状態となっていた。


「もう、絶対姫子ちゃんにマイク持たせちゃだめだ・・ちぬ・・あれをもう一回聞いたら、ちんでしまう」


 震える足を無理矢理動かしながら、リンは『ゴッドドア』から『サードテンプル』まで続く『サードテンプル中央街』の大通りを『サードテンプル』駅に向かって歩いていく。


 この時間になると会社帰りのサラリーマンや学生達の姿でごった返し、なかなか歩きづらいものがあるが、この道が一番駅に近い道なので仕方ない。


 我慢して人の波をかき分けながら進んでいく。


 城砦都市『嶺斬泊』最大の商店街というだけあって、大通りの両脇をずらりと並ぶ店はどれも個性的で賑やかである。


 そんな店を何気なく見ながら歩いていたリンは、ふとこちらに向かって歩いてくる二人連れの女性に目がいった。


 二人づれの内の一人、狐耳狐尾の二十代前後と思われる美しい女性には全く見覚えがなかったが、もう一人には見覚えがあった。


「あれ、俺のクラス担任だよな。ティターニア・アルフヘイム先生だっけ・・」


 美しい妙齢のエルフ族の女教師は、隣にいる狐耳の女性と楽しげに談笑しながらこちらに歩いてきて、リンに気づくこともなく、目の前のお洒落な喫茶店に入って行った。


 なんとなく気になったリンだったが、気にしたところでどうすることもできないと自分自身を納得させ、家に向かってまたよろよろと歩き去って行った。



〜〜〜第21話 衝撃〜〜〜



 子供でも知っていることだが中級以上の『兵士』クラスの『害獣』には、ほとんどの攻撃が通用しない。


 異界の力を使った魔法の類は勿論のこと、普通の鉄鋼で作った武器もその皮膚を通ることはなく、飛び道具に至ってはほぼ全てはじき返されてしまう。


 爆弾のようなもので吹っ飛ばすというのは、そこそこ使える戦法ではあるが、それが通用するのも『騎士』クラスまでで、『貴族』以上のクラスの『害獣』になるとほとんど通じないといっても過言ではない。


 では『人』は完全に『害獣』からの攻撃に対してなんのアドバンテージも取ることができないのかというと、そうではない。


 いや、勿論全くアドバンテージを取れない相手もいることはいる。


 『王』と呼ばれる十匹の『害獣』と、その頂点に君臨する『帝王』と呼ばれる原初の『竜』に関しては『人』はいまのところ全く打つ手がない。


 ただ、彼らがいる場所はほぼ決まっており(ごくまれにそのテリトリーから外れて行動することもあるが)、そこに近づきさえしなければいいわけなので、とりあえず、これについては除外して話を進めることにする。


 ほぼ無敵と思われている『害獣』であるが、唯一その強固な防御を突き破りダメージを与えることができる物質が存在する。


 それは、『害獣』自身。


 『害獣』の死骸から採れる、鱗、皮膚、爪、牙、角、骨。


 『人』は『害獣』の死骸から採れるこれらの物質が、『害獣』の強固な皮膚を突き破ることができるとわかると、これらの材料を使って武器を作り出していった。


 そればかりではない、『害獣』の死骸から採れる毛皮や、皮膚、血肉を使って強固な防具も同時に作りだしていき、『人』はこれらを使って一方的だった『害獣』との戦いにかろうじて一筋の光を見出すことができた。


 こうして世界各地の城砦都市で、『外区』にて『害獣』達と戦う『害獣』ハンター達のために武具を作る武具企業がいくつも設立されていったわけであるが、その中の一つに、この『カワラザキ重工』もあったというわけである。


 武器には実に様々な種類がある。


 同じ種類の中にも派生されて、全く違う形態を取るものもあり、一概にひとくくりにできないものも数多く存在するが、とりあえずここでは大雑把に分類しておく。


 だいたい、武器の種類としては八種類。


 大剣、太刀、片手剣、片手刀、槍、戦鎚、斧、弓の八種類。


 この中で、カワラザキ重工が特に力を入れて開発生産しているのが太刀である。


 太刀は、八種類の中で最も攻撃力とその斬撃スピードのバランスが優れているとされている武器である。


 また両手武器であるにも関わらず、非常に軽量で、あまり腕力に自信のない種族であっても使うことが可能、使い方次第では絶大な威力を発揮することでも人気が高い。


 しかし、それらの高性能を維持するために刃を極限まで研ぎ澄まし削ぎ落としているため、耐久力は両手武器であるにも関わらずかなり低く、連戦には向かない武器である。


 そのため、これを使いこなすためには相当な技量が必要となり、逆にいえば太刀を使いこなすことができる『害獣』ハンターは相当な腕前であるといえる。


 そんなデリケートな武器である太刀であるが、有名ハンターが使用していることも多いため、自分の会社の太刀を使ってもらえるとかなりの宣伝効果にもつながる。


 そういう理由から太刀を製造している企業は思ったよりも多いわけだが、その中にあって常にトップ3の人気に入り続け使用者達から支持されているメーカーが『カワラザキ重工』なのである。

太刀の三大メーカー


 『トライアングルステーク重工』の『大典太』シリーズ


 『ノクボテック』の『井上真改』シリーズ


 そして、『カワラザキ重工』の『備前正宗』シリーズ


 いずれ劣らぬ性能を誇り甲乙つけがたいものがあるが、とにかく三社が作る太刀は使用者達に圧倒的な人気を誇っている。


 その『備前正宗』シリーズのデザインを手がけている百八代目継承者ラブレスのいる開発室から移動した連夜達は、いま、その横にある生産工場内に足を踏み入れていた。


 生産工場といっても、念動自立自動行動型ゴーレムに判で押したように製品を作らせる工場ではない。

一人一人の刀匠達が己の技術を駆使して一本一本手作業で太刀を打ち鍛え作り出している昔ながらの工場なのである。


 そんな太刀を実際に作っている伝説の職人の一人が、いま連夜達の目の前にいた。


「まあ、くどくどと説明するよりも、見てもらったほうがはやいっちゃぁ早いんだがよ」


 大きな葉巻を口にくわえ、鼻からもくもくと煙を吐きながらロスタム達を見下ろしているのは、メンバーの中で一番背の高いナイトハルトよりも頭二つ分以上背の高い、一匹の大きな灰色熊(グリズリー)だった。


 身体には何かの動物の皮でできていると思われるセピア色の大きなエプロンと、腕にはそれとお揃いと思われる手袋をはめている。


 そんな灰色熊を見上げながら、連夜は丁寧に頭を下げた。


「いえ、グランドマスターであるギムおじさんのご説明を拝聴できる機会は滅多にありませんから、僕としてはありがたいです」


「レン坊はほんとにいい子じゃなあ・・なのに、なんでわしの弟子じゃなくて、セガレの弟子なんじゃろ・・なあ、レン坊、今からでも遅くないからわしの方に鞍替えせんか? おまえならわしの技術の全てを伝授してやってもいいぞ」


「ありがたいお申し出ですが、僕には向いていませんよ。グランドマスターや、マスター程の腕も力も体力もありませんもの。それに僕にはマスタータスクの教えてくださる技術のほうが性に合ってます」


「残念だ・・ほんとに残念だ・・」


 と、連夜の言葉に溜息をつくと同時に煙草の白い煙を一緒にもうもうと吐き出す灰色熊。


 連夜はそんな自分の師匠とそっくりの老灰色熊を穏やかな表情で見つめるのだった。


 老灰色熊の名はギムロード・セイバーファング。


 『守の熊(もりのくま)』と呼ばれる一族で、高位の熊型獣人、そして、『備前正宗』を実際に打ち鍛える刀匠達の長。


 カワラザキ重工の生ける伝説にして鬼の専属刀鍛冶長、それが彼だった。


 そんな灰色熊をいたずらっぽく見つめるのは、連夜の横にいるクリス。


「なあ、爺さん、俺でよかったら、弟子になってやってもいいぜ」


 そういうクリスを、連夜を見る目とは全く違う厳しい目でギロリと睨んだギムロードは、ふんと鼻から煙草の煙を噴出させてクリスの顔面に噴射する。


 予想外の攻撃をかわすことができず、もろに煙を吸い込んでしまったクリスはげほごほと涙目でむせて自分のはるか頭上にあるギムロードの顔を恨めしそうに睨んだ。


「な、なにすんだよ、爺さん!!」


「いやになるほど目上を大事にしようとしないセガレにそっくりのおまえをなんで弟子にせにゃならんのだ。おまえはセガレの弟子が一番あっとるわい」


「ひ、ひでぇ」


 ふんとそっぽを向くギムロードと、涙目で睨みつけるクリスの間に割って入って、連夜はまぁまぁとなだめるとギムロードに向きなおりそろそろ太刀の製造を見せてくださいと丁寧にお願いするのだった。


 年長者を敬う連夜の言うことは素直に聞くことにしているのか、ギムロードはすぐに機嫌を直して連夜達を促して、工場の中を案内していく。


 工場の中は実に様々なブロックに分かれて様々な作業が行われている。


 氷漬けにされた『害獣』の死骸を運んできたスタッフ達がそれを慎重に解凍解体し、部品となる貴重な部位をそれぞれのパーツ毎に正確にならべて分類して箱におさめていく作業場。


 それらをまた別の場所に運ばれていき、骨や鱗、牙や爪などは洗浄コーナーにて、一つ一つきれいに洗浄する作業場


 また血肉などは、塗料や各種の接着剤などに加工するために、別の化学工場のほうに運ばれていくし、皮などは、骨などとは別の場所で念入りになめされて、防具を作っている別の防具工場へと運びだされていく。


 勿論『害獣』解体に係る作業ばかりではない。


 太刀の握り手である柄の部分を作る、柄匠の人達が出来上がった太刀に、勇壮な意匠の柄を取りつける作業場もあれば、太刀を収める鞘を作ってる作業場もある。


 そして、一番重要な刀そのものを打ち鍛えている作業場も当然のことながらある。


 とにかく、どこの作業場も活気に満ちあふれており、誰一人さぼっているものはいない。


 みな必死に汗水たらして働いている。


 それを見ていたロスタムは、なにやら感じ入ったように呟いた。


「これに『害獣』ハンター達は命を守られているんだな」


「守られている? ロスタム先輩、ハンターのみなさんが守ってくださっているんじゃないんですか、我々を?」


 ロスタムの呟きを耳にしたブリュンヒルデが不思議そうに、横に立つ包帯男を見る。


 すると、包帯男はブリュンヒルデの頭をその大きな手でくしゃりと優しく撫ぜた。


「うむ、お主の言う通り、ハンターは我々の生活を守ってくれている。彼らが日夜働いて、他の城砦都市と我々の住む『嶺斬泊』を結ぶ生命線ともいうべき交易路に『害獣』が近寄らないよう命がけで戦ってくれているおかげで、我々は何不自由なく生活を行うことができているわけだからな。しかしな、ではそのハンター達は誰が守ってくれるというのだろう。勿論、それはハンター達自身に他ならないのは当然だが、いくらハンター達と言えど、あの『害獣』相手に丸腰では生き残ることはできん。生き残るためにはより良質な武器や防具が必要になる。では、良質な武器や防具とはなんだろう?」


 包帯で表情は読めないまでも、声は優しく、自分の頭を撫でる手は温かい。


 そんなロスタムを見上げながら、ブリュンヒルデはまるで難しい算数の問題を考えている小学生のように考え込んだ。


「えっと・・え〜〜〜っと・・そうだ!! 性能がいいことではないでしょうか!?」


 ぱっと表情を輝かせてロスタムをブリュンヒルデは見るが、ロスタムはおもしろそうにブリュンヒルデを見返して首を横に振った。


 ふとブリュンヒルデが周囲を見ると、年長者と年少者ではっきり表情がわかれている。


 今の意見を聞いていたジークや晴美は明らかに『え、ちがうの?』という顔をしている。


 しかし、ナイトハルトやクリスは『まあ、まだおまえらにはわからないよな』というような苦笑を浮かべている。


 そのどちらとも言えない、まるで子供達の成長を暖かく見守る父親と母親のような表情を浮かべているギムロードと連夜は除外することにして、とりあえずブリュンヒルデはロスタムに答えをせがむ。


「ち、ちがいますの?」


「はっはっは、いや確かにそれもある。性能がいまいちの武器では『害獣』に傷をつけることはできず、性能がいまいちの防具では『害獣』の攻撃は防げないだろうからな。しかしな、性能のよしあしは恐らくハンター自身が用意した時点でよ〜くわかっているはずだ。わかった上で購入しているはずだからな。

であれば、もし自分の思ったような性能がなかったとしても人は責められん。ちゃんと見て購入しなかったそのハンターが悪い」


 ロスタムの言葉に、灰色熊が深く頷いているのがブリュンヒルデの視界に入った。


「じゃ、じゃあ、なんですの? 良質な武器や防具っていうのは?」


 ますますわからなくなってきたブリュンヒルデがロスタムを見ると、ロスタムは『害獣』の骨と思われる部品を一心不乱に集中して打ち叩いて太刀に鍛え上げている目の前の職人達を指さした。


「きちんとその武器、あるいは防具の本来の役目を果たす力を持っているということかな。見ての通り、全ての武器はゴーレム達が判で押したように同じものができるというわけではない。一つ一つ、違う職人によって作られ仕上げられる。勿論図面通りに作るはずであるから、ほとんど同じものが出来上がるはずだが、しかしな、やはりそこには職人一人一人の個性が出る。例えば、あの右端で太刀を打っている若いドワーフの刀匠と、我々のすぐ横にいるマスターギムロードが打ったものでは、同じものを作ってもかなり違うものが出来上がるに違いない。しかしだ。問題はそこではない。どれだけ集中し、魂を込めて打つことができるかだ。一本一本に使うものの命がかかっているということを意識し、少しでも良いものを作ろうという強い意思を持続させて作り出すことができるかだ。あの、若い刀匠とマスターでは、なるほど腕や技術はかなりの差があるだろう。しかしな、あの真剣な表情を見てみればわかる。彼の太刀に懸ける想いは恐らくマスターとそう変わりはしないと思うよ。それはここに働く人、みな同じだと思う。ずっとこの中に働く人達の表情を見てきたが、みな同じ顔をして働いていた。そういった想いで彼らが作った武具は、本来の役目から外れるような真似はしないし、決してハンターを裏切ることはない。恐らくそういう思いがハンター達の命を守り続けているのだ。と、俺は思う」


 ロスタムの言葉を聞いて、改めてブリュンヒルデは、いや、ジークも晴美も周囲を見渡す。


 確かにここに働いている人たち全てが、真剣な表情で自分の仕事を黙々とこなしている。


 そこには確かに一つの明確な意志のようなものを感じるし、それは部外者である自分達が一目見ただけでも信頼できるとわかるものであった。


「なんか、わしの言いたいこと全て言われてしまった感じがするのう・・ロスタムと言ったか、お主若いのに、よくわかっておるのう。レン坊が連れてくるだけのことはあるわい」


 ギムロードの言葉を聞いた若い三人が、一斉に尊敬の眼差しで包帯姿のロスタムを見る。


「いや、よしてください、マスター。むしろマスターを差し置いて生意気にもわかったような口調で偉そうなことをべらべらと・・申し訳ありません」


 ごく自然な動作で清々しく自分の非を認め頭を下げるロスタムを、おもしろそうに眺める灰色熊。


「ほっほっほ。いや、お主の言ったことは間違いじゃない。そう、わしらの想いはみな同じじゃ。実はここに働いているものの全てに、身内に『害獣』ハンターがいる・・あるいはいたんじゃ」


「え・・」


 灰色熊の予想外の言葉に、全員が絶句する。


「だからかのう・・少しでも命が助かるように危険を避けられるようにという願いを込めて武具を作っておる。別にな、人気トップ3に入りたいわけじゃない。そんなものはどうでもいいんじゃ。しかし、毎日毎時間を命の危険に晒しておるハンター達の命を少しでも救えるならな・・ちょっとでもがんばてみようかという気にもなるというものじゃ」


 しみじみと呟くギムロードの言葉に、ロスタム達は頷くと、工場内を忙しく働き続ける刀匠達のほうに視線を向ける。


 ロスタム達は、それぞれの想いを胸に彼らを見つめ続けるのだった。


 約一名をのぞいて・・


 ”ロスタムは俺が連れてきたのになぁ・・”と後ろでブツブツ文句を言っていたクリスのポケットに震動が走る。


 幸いバイブ機能にしていたため、雰囲気をぶち壊すことは避けられたが、不機嫌な表情でポケットから携帯念話を取り出して着信履歴を確認する。


「・・む、誰だよ、いい雰囲気のときに・・なんだ、メールか。サオトメ? サオトメなんて知り合いいないはずだが・・」


「「早乙女!?」」


 クリスの呟きを耳にした連夜とロスタムが振り返る。


 その様子をびっくりした表情で見つめるクリス。


「な、なんだよ、知ってるのか?」


 怪訝そうに問いかけるクリスに、連夜とロスタムが顔を見合わせる。


「い、いやそれよりなんて書いてあるの?」


「ん? あ、ああ・・『親愛なる同志クリスへ。幸せをおすそ分けするから、是非受け取ってほしい。 追伸:ロスタムには絶対内緒にしてね。』・・って、なんだこりゃ、添付ファイルついてる・・ってか、でか!! なんだ、この容量!? 動画かなにかか!?」


 クリスは驚きつつも、添付ファイルを開き画像らしきそのファイルを早速再生する。


 すると・・


「う、うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 その動画を見たクリスはここがどこかも忘れて力一杯歓喜の雄叫びをあげていた。


 あまりのことに周囲に対する注意がすっぽりと抜け落ちてしまい、スケベ親父そのものの顔で動画に集中するクリスの横から、怪訝そうにその動画を見た連夜とロスタムの表情が変わる。


「なんてことを・・」


「あいつは・・」


 連夜とロスタムが一斉に頭を抱えてうずくまる。


 そこには男のロマンが映っていた。


 揺れる豊満な胸、踊る優美な曲線を描く尻とゆらゆらと揺れる尻尾、そして、無邪気に歌う獣人の美少女達の姿。


「こ、これは、まさに、小蘭(シャオラン)たんとマーガレットたんじゃないですか!!」


 続けざまに歓喜の絶叫を繰り返すクリス。


 確かにそこに映っているのは、今日是非ともお友達になりたかった獣人の少女達。


 しかし、今日は彼の奥さんと共にカラオケに行っていたはずだが・・


「まさか今日のカラオケの模様を送ってくれたのか!! しかも、こんな素晴らしいアングルで!! だ、誰なんだこのサオトメっていうのは!? 連夜、ロスタム、教えてくれ、頼む!! 是非とも心の友に!!」


 鼻息も荒く二人に詰め寄るクリスであったが、連夜とロスタムばかりかここにいる全てのメンバーから呆れ果てた表情を浮かべて見られて流石のクリスも我に返る。


 しかし、ちょっとばかり我に返るのが遅すぎた。


 クリスの背後に怒れる閻魔大王が憤怒の表情で彼を睨みつけていた


「あ、あははは、爺さん・・ま、まあ、落ち着け・・」


 笑ってごまかそうとするクリスだったが、灰色熊は意に介さずクリスの襟首をつかんで無造作に持ち上げると出口に向かってずんずん歩き始めた。


「このたわけがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 貴様はしばらくカワラザキ重工内に入ること全面禁止だ!!」


「えええええええ、そんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 灰色熊の怒声とクリスの情けない泣き声に、流石の工場内の従業員達も一瞬作業の手を止めるが、いつものことなのかすぐに興味を失って仕事にもどっていった。


 そんな二人を見送ったメンバーは、測ったように一斉に深い溜息を一つ吐き出すのだった。

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