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~第17話 秘密~

 宿難(すくな) 連夜(れんや)という少年は、学校の成績があまりいいほうではない。


 どちらかといえば全校生徒の前半数よりは、常に後半数のほうにいつもいる。


 とはいえ、赤点ぎりぎりかといえばそうでもなく、怒られない程度にがんばった結果という感じである。


 そこには連夜自身が大学に行くつもりがさらさらないということと、学校の勉強以外のことで覚えなければならないことが山程あるからという理由があるからである。


 そんな彼であるから、授業中は別のことをしているということも結構ざらにある。


 では、なぜ高校に進学する道を選んだかというと、この都市立御稜高校内にある図書館が、この都市有数の蔵書量を誇っているからである。


 連夜が欲する知識や技術は彼の師匠達をもってしても全てを網羅しているわけではなく、特殊な事柄になるとどうしても曖昧になったり知らなかったということが多々ある。


 そうなってくるともう独力で調べるしかないのだが、調べるにしても元になる情報がなければ話にならず、中学生まではそのことでかなり苦しむことになった。


 しかし、高校進学にあたって自分の志望校を決めるために、この御稜高校のことを調べた連夜は狂喜することになる。


 他の都市でも滅多にみられない本格的な図書館が存在し、その蔵書量は圧倒的な量を誇るとわかって、連夜は志望校をこの高校一本に絞り、見事合格を勝ち取ったのだった。


 そして、入学以降、暇さえあればこの図書館に通いつめ、かたっぱしから自分が欲する情報が記載された本を借りまくると、その念写コピー、あるいは写本に熱中している。


 そういうわけで、すっかり図書館の常連になってしまった連夜であるが、今日はいつもの写本のために来たわけではない。


 今、連夜は自分の専門分野ではないはずの医学書で、自分でもわかるようなものを引っ張り出してきて山積みにし、その内容を片っ端から確認していた。


「こぶ・・瘤・・いくつか症例が載っているけど、どれも違う気がするんだよね」


 そう難しい表情で呟く連夜。


 先週末、親友同士がぶつかりあったあの激しい決闘の後、気絶して倒れた親友ナイトハルトの身体を調べた連夜は、彼の身体のあちこちに不気味な黒いこぶができているのを発見した。


 どうも親友はそれをひた隠しに隠そうとしているようで、連夜はそのこぶが親友の恋人姫子との距離を開ける原因となっているのではないかと考え、調べることにしたのだが。


「あ〜〜〜・・だめだ・・全くわからない」


 連夜は広げている本から目を離し、大きく仰け反ると両腕を伸ばして深呼吸する。


 結構な量を読んだつもりだが、自分が読んだ本に記載されているこぶの症例で、身体のあちこちに出たり、あんなに大きく黒い色をしていたりというものはなかった。


 どこか調べるところを間違えているのだろうか?


 と、本気で悩んでいると、背後からのんびりとした声がかけられる。


「れんやく〜ん、何読んでるの〜?」


 その声に連夜が振り返ると、人間種である連夜の半分の身長もない小さな人物がこちらを見ていた。


「ああ、館長、お邪魔しています」


「あ〜、いいよ〜いいよ〜、そのままで〜。座ってて〜座ってて〜」


 慌てて立ち上がって挨拶をしようとする連夜を、にこやかな表情で押しとどめるこの人物は、この図書館の主である館長のエンキ・ドード。


 ドワーフ族の遠い親戚といわれているノーム族で、頭頂部まで禿げ上がった頭に、長く白いあごひげ、突き出た大きな鷲鼻の上には小さな丸眼鏡がのっており、そのしわだらけの顔に微笑を浮かべているのでさらにしわだらけになってしまっている。


 温和で非常にのんびりした性格の初老の人物で、いつもは図書館の貸し出し受付のところでうとうとと居眠りをしているのだが、今日は珍しく出歩いていたらしい。


「何か調べ物してるみたいだね〜、連夜く〜ん」


 連夜が持ってきて机の上に山積みにしている医学書を見ながらエンキが尋ねると、連夜は頬をぽりぽりとかきながら苦笑した。


「ええ、ですけど、まったく駄目です。ほしい情報に全然たどりつけません」


「病気か何かを調べているの〜?」


「はい・・その、こぶについてなんですけど」


「こぶって、あのできものみたいに患部が腫れ上がる『瘤』のことかな〜?」


「ええ、そうです。でも僕の見た症例とどれもちがっていて。僕が見たのは黒ずんだ大きなこぶが身体のあちこちにできるってものだったんですけど」


「ふむふむ〜」


 連夜の言葉に頷いたエンキは、机の上の医学書をしばらくみつめていたが、急にとてとてとその場を立ち去り、しばらくしてから二冊の本を持ってもどってきた。


 連夜がその本の表紙をみると、『失われし病と薬』と書かれており、もう一冊は『世界珍病百科』とあった。


「二つほど心当たりがあっての〜、その病気が載っている本を持ってきてみたんじゃがの〜そのうちの一つはまあ、ありえないとおもう〜だから、残った一つになると思うのじゃ〜」


「え、そうなんですか!? すいません、それを見せていただいてもいいですか?」


「うむうむ〜、勿論いいんじゃがの〜」


 自分が全くみつけられなかった情報をあっさりとみつけてくれた感謝して、本の内容を確認しようとする連夜に、なぜか、なんともいえない複雑な表情を浮かべるエンキ。


 その様子を怪訝そうに見つめる連夜だったが、とりあえず、エンキが開いてくれた本の病気の情報が書かれたページを確認する。


 それは過去にすでに撲滅された、あるいはなんらかの理由で消滅してしまった病気や薬品について書かれた『失われた病と薬』に記載されていた。



 『人面瘤


 まず初期症状として身体中のあちこちに青い小さなこぶができる。

 二段階目の症状としては、やがてそのこぶがだんだんと大きく青黒くなり、身体の魔力、霊力のコント

ロールが徐々にきかなくなってくる。

 三段階目の症状としては、大きく青黒くなった一つ一つのこぶに不気味な人の顔が浮かび上がるようになり、身体中の魔力、霊力が衰退してしまう。

 そして、最終段階にまで到達すると、身体のあちこちにできた人面瘤が一斉に絶叫し、宿主は勿論、周囲にいてその叫び声を聞いたもの全てを巻き込んで死ぬという、恐ろしい病。

 この病の治療方法としては特効薬を作って最終段階までに患者に飲ませる以外にない。

特効薬を作るには鳳凰種の生き血、マンドラゴラの根、魔王の指の爪が必要』



「なんてことだ・・これが真実で、なっちゃんの病気がこれだとすると、もう手の打ちようが・・」


 連夜はその記載内容を読んで絶望のあまりうめき声をあげる。


 特効薬の材料となる二種類については心当たりがあってなんとかなる。


 しかし、一つだけどうにもならないものが・・


「う〜ん、どの材料も厳しいが〜・・特に鳳凰種の生き血だけはの〜」


「はい・・」


 鳳凰種は、昔はそれほど珍しい種族ではなかった。


 500年前なら世界各地にその種の眷属達は存在していたのだ。


 鳳凰、火の鳥、朱雀、フェニックス、ファイアイーター、クリムゾンピーコックなどなど。


 しかし、『害獣』の出現により、早い段階で彼らのほとんどは食われて消えてしまった。


 ひょっとすると世界のどこかに生き残りがまだいるかもしれないが、それを今から探し出すのは時間的にほぼ不可能だろう。


「だからか・・だからなっちゃんは姫子ちゃんを遠ざけたのか・・」


 恐らくなんらかの形で自分の病を知った親友は、自分の死が避けられないことを悟り、自分の病気の巻き添えにすることを恐れて姫子に別れを告げたに違いない。


 彼の心中を思いやると、切なくてやるせなくて、自分の無力さに絶望したくなる連夜。


 考えていた中で一番最悪の結末となってしまったことに、悲痛な表情を浮かべショックを隠しきれない連夜。


 その連夜の姿を見て、心中を察したエンキが慰めるように連夜の肩に手を置く。


「連夜くんの知人かね〜?」


「はい・・僕の幼馴染で・・親友です・・武士のような潔い生き方をする(おとこ)でして・・」


 エンキの問いかけに、連夜は嗚咽交じりの声で答える。


「そうか〜、おとこかぁ・・それはつらいねぇ・・って、え、おとこ〜?」


 連夜の悲しみを抑えきれない言葉に、深い同情の声をあげようとしていたエンキだったが、何やら気になることがあったのか、小首をかしげて連夜を見た。


「ええと〜・・連夜くん? おとこって今いったのかな〜?」


「はい、いいましたけど・・それが何か?」


「おとこってことは〜、連夜くんと同じ男なのかな〜?」


「ええ、まあ、僕は彼ほど男らしくないですけど・・」


 と、連夜が頷くと、エンキはさらにその首を大きく傾げて、明らかに困惑してるとわかる表情を浮かべた。


「ええと〜、その場合のケースがないとは〜いいきれないけど〜ちょっとそれはどうかな〜、連夜く〜ん」


「え、なにがですか?」


「いや、だって〜、ほら〜、このページの一番下の欄〜、この病気の発病原因を見て見て〜」


「???」


 エンキが枯れ枝のような細く長い指先で示す本の記載箇所を読んだあと、連夜はエンキと同じく首をかしげた。


「いや、これはないですね。ありえないです。と、いうか、これを彼がやっていたとしたら、僕は彼の親友やめます」


「だよね〜。ってことは違うな〜〜・・」


「ですね、多分というか・・絶対というか・・違うでしょうね・・と、いうか実際本当にこの病気にかかっていたとしたら、『人』としてダメでしょ」


「まあ、大昔の病気だからね〜・・そのころは今よりも倫理感とかがなかったんだろうね〜」


 と、二人はうんうんと頷きあい、連夜はちょっとほっとした表情を浮かべた。


 しかし、そうなると別の病気ということになるのだが、ほとんど調べつくしてしまったし・・


 そう思った連夜だったが、ふと、エンキが手に持っている『世界珍病百科』という本に目がいった。


「あの、館長」


「なんだい〜、連夜く〜ん」


「先程、二つ心当たりがあるっておっしゃっていらっしゃいましたよね?なにかありえないから除外されたとか」


「うん〜」


「よろしければ、どんな病気か教えていただけませんか?」


「いいよ〜、でもね〜、これって病気とはちょっとちがうんだよね〜」


 そういうと、エンキは持っていた本を開いて、連夜に見せる。


 連夜はそのページを食い入るように見つめて内容を読んでいたが、何を思ったか何度も目をこする。


 そして、かなり長い間何度も読み直しては目をこするという行為を繰り返し、不意に顔をあげてエンキの顔を見た。


 その表情には、なんというか、困惑というか恐怖というか羞恥というか物凄く様々な感情が渦巻いており、それら全てを無理矢理一言で表現するなら、いま連夜の表情を覆っているのは『大混乱』という文字であった。


「あの・・つまり・・その、これは・・お、男の人と・・あの、女の人が・・その・・相性がよすぎると、その・・え、え~~と・・」


「う〜〜ん、そういうことだねえ〜」


 連夜の混乱ぶりを見て、深く頷きながら自分の長いあごひげをさするエンキ。


「しかしの〜、非常に特殊な特定の種族で〜、しかもその特定の種族同士の組み合わせとなるとの〜。

そこに書かれている種族はの〜、この都市でほとんど存在しないがの〜」


「いや、しかし・・これって・・」


「うんうん、ほんとに稀な種族同士じゃからの〜。神鳥の王族ガルーダと龍の王族ナーガラージャの組み合わせ。魔猿の王族ハヌマーンと妖犬の王族ケルベロスの組み合わせ。天魔の王族シヴァと闇人の王族ハデスの組み合わせ。まああと、他にもいろいろとあるがのう・・そうそう、聖獣の王族白虎と、ハイエルフ達の王族エンシェントエルフとかのう」


「え、ちょ・・うそ!!」


 エンキの言葉に見ている記載箇所の組み合わせ一覧表をみると、確かに親友の種族が記載されている。


 しかし、連夜はちょっとほっとした表情を浮かべた。


 この記載通りだと、一覧表の組み合わせの場合にのみ発症すると書いてあり、つまり可能性があるのはこのエンシェントエルフとかいう聞いたこともない種族だけなのだ。


「な、な〜〜んだ・・いや、そんなはずあるわけないよね。なっちゃんに限ってそんなバカなことするわけないし」


 あははははと、額にじんわりにじむ冷や汗を拭いながら連夜は笑った。


 そうして、エンキのほうに向きなおった連夜は、若干顔をひきつらせながらも、深々と一礼するのだった。


「すいません、館長、お手伝いいただきましてありがとうございました。自分の思っていた情報は手に入りませんでしたが、やはり素人が調べるには手に余るとわかっただけでも収穫でした。ここは素直に都市中央病院に行って専門のお医者さんにあたってみます」


「そうかそうか〜、まあそれがええかの〜。まあ、気を落とさずに気長に調べてみなさい」


「はい、ありがとうございました」


 そう言って、ふらふらと立ち去っていくエンキを見送る連夜。


 本棚の向こうにエンキの姿が消えたのを見て、連夜は、一つ溜息をつくと、山積みになった本を棚にもどそうとよっこらせと本の山を持ち上げた。


 そのとき。


 棚の向こうからひょこっとエンキが顔を出して連夜のほうをみた。


「あれ? 館長どうしました?」


 その姿に不思議そうに連夜が問いかけると、エンキはしばらく黙って連夜を見つめ、何度か口を開いては閉じる、開いては閉じるを繰り返していたが、やがて決心したようにぽつりとつぶやいた。


「連夜くんのクラスの担任の先生、ティターニア・アルフヘイム教諭じゃが〜・・」


「はい?」


「彼女・・この都市で確認されておるたった一人のエンシェントエルフなのじゃよ〜・・」


 そうして、今度こそ本棚の向こうへと消えて行ってしまった。


 連夜は、エンキの言葉をしばらく脳みその中で反芻していたが、やがてその意味を理解して顔を真っ青にし、ショックのあまり持っていた本をすべてどさどさと床の上に落としてしまっていた。


「う・・うっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



〜〜〜第17話 秘密〜〜〜



 御稜高校の正門から見える五階建ての第一校舎と違い、第二校舎は四階建てと若干低いため屋上から眺める風景は、第一校舎よりも当然ながらあまりよくない。


 しかも第一校舎の影になって日当たりも悪いため、人が来ることは滅多にない場所となっている。


 そういう場所を選んで親友をこっそり呼び出したのは、いろいろと他人に聞かせたくない内容があるからであるが、それは親友も同じらしく、二人横に並んで手すりにもたれかかり、見晴らしの悪い風景を眺める表情は同じように悪かった。


 ただ、その心の内にあるものは当然二人とも違っていたが。


 昼休み始まってからしばらくして先に口を開いたのは意外にも親友のほうであった。


「この前は世話になったな、連夜。また、お前に助けられた」


 自嘲気味な笑顔を向けながら横にいる連夜に礼を言うナイトハルトに、連夜はしばらく無言で答える。


 そのいつもとは違う固い表情の親友の様子にナイトハルトは怪訝そうな表情を浮かべるが、しばらく連夜は考え込んだあと、何かを決心するような表情を浮かべ、ナイトハルトのほうに顔を向けた。


「なっちゃん・・この前さ・・僕、なっちゃんの身体を見たよ・・」


 連夜の言葉に全てを察したナイトハルトは、一瞬泣きそうな苦しそうな表情を浮かべたが、それを無理矢理抑え込むと苦々しい笑顔を浮かべた。


「そうか、見てしまったか・・おまえのことだ、この瘤のことについて調べたんだな」


「うん」


 頷く連夜の姿を見て、さらにナイトハルトの表情がさらに苦渋の色に染まる。


「・・頼む・・姫子には黙っていてくれ・・この瘤の・・”人面瘤”のことについて調べたならわかっているはずだ。この病にかかったものが最後どうなるかも・・」


「あ、あのさ・・なっちゃん・・」


「ふざけた病気だ・・周囲にいる『人』全てを巻き込んで死ぬなんて・・」


 連夜はすっかり意気消沈してしまった親友の姿を、何とも言えない微妙な表情で見守っていたが、やがて、言いにくそうに顔をそらしながら呟いた。


「真剣に聞くから、真剣に答えてほしいんだけど・・」


「・・なんだ、なんでも聞いてくれ」


 そう呻くようにナイトハルトが呟くと、連夜はナイトハルトに物凄い真剣な表情で詰め寄ってきた。


「ほんと? ほんとになんでも真剣に答えてくれる? 絶対に、絶対に怒らない?」


「何を聞くつもりか知らんが、くどい!!俺は一度言ったことは必ず守る」


「わかった、じゃあ、聞くよ。なっちゃん・・君は・・」


 しつこく念を押す連夜に、半ば呆れたような口調で言い切ったナイトハルト。


 その様子をを見て、連夜は覚悟を決めたように口を開いた。


「君は・・その・・百人近くの男の人と・・その・・つまり・・肉体関係を持って・・捨てたりしたことある?」


「は!?」


 ひゅ〜〜〜〜〜っと二人の間を五月だというのにかなり寒い風が通り抜けていく。


 言った方は顔を真っ赤にして俯き加減に相手を見て、言われたほうは呆けたような顔をして相手を見る。


 しばし時が流れ、また連夜は口を開いた。


「いや、だから〜・・もう、わかるでしょ!? 100人近くの男性と、あれをああして、あんなことしたあとに、ぽいっとゴミのように捨てるような生活を・・」


「だあああああああっ!! なんだそれはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 連夜の説明に、ばんばんと手すりを叩いて激昂するナイトハルト。

「おまっ・・おまえなぁ!! お前じゃなかったら、とっくの昔に有無を言わせず殴ってるぞ!! なんだそれは!! いったいなんの質問だ!? いったいなんの冗談だ!? 俺がそういう方面の人間に見えるのか!? というか、いままでおまえ俺をそういう風に見てたってことか!?」


「いや、怒りたくなるのはわかるけどさ〜、僕だってこんなこと聞きたくなかったよ。多分否定してくれるとは思っていたけどさ。もし肯定されたらどうしようって、結構びくびくしてたんだって」


 疲れたようにつぶやく連夜に、ナイトハルトはまだ怒りがおさまらぬのか、顔を真っ赤にして詰め寄る。


「とにかく、その質問の意味を教えろ、連夜!! それを説明してもらわんと納得できん!!」


「いや、だから〜、なっちゃんが人面瘤になってるっていうからじゃないさ〜。」


「はあ!? それがなんでそうなる!?」


「だから〜、人面瘤は、普通そういう行為をやっちゃった女の人が、捨てられた男性達の呪いを受けて発病しちゃう病気なの」


「はあっ!?」


 連夜の意外すぎる答えに、ナイトハルトは一瞬怒りを忘れ、ぽか〜〜んと口を開けて連夜を見つめる。


「いやだから〜、どこの病院で診察受けてそうなったのかしらないけど、多分誤解なんじゃない? 元々この病気ってさ、『英雄達の時代』以前の時代、つまり五百年以上前に全盛だった病気で、当時って倫理感とかすっごい欠落していたらしいんだ。特に最北西の地域で隆盛を誇ったって言う女系魔族のサキュバス族の間で発症する人が続出したんだって。まあ、お貴族様の中にはお抱えのそういうことする専門の奴隷を100人以上持ってる人も少なくなかったらしくて・・女性の嫉妬が怖いのはわかるけど、男性の嫉妬も怖いんだねぇ。まあ、そういうことで恐らくなっちゃんってさ、人面瘤じゃないと思う」


 さらにかぶせてくる連夜の予想外の言葉に眼を限界まで見開くナイトハルト。


「ほ、ほんとか?」


「うん、それを実証するために、これを飲んでみてくれる」


「こ、これは?」


「まあ、とりあえず、飲んでみて。効いたら効いたで問題あるんだけど、とりあえず人面瘤の疑いは晴れるから」


 連夜が懐から取り出した、赤紫のかなり毒々しい色をした液体の入った試験管を見て、たじろぐナイトハルトだったが、人面瘤ではないという実証が得られるとわかって、意を決して試験管の蓋を取ると、一気に中身を口の中に流し込む。


 すると、みるみるうちにナイトハルトの顔が真っ青になり、胸を押さえて膝をついてしまった。


「な、なんだこれは連夜・・まさか、毒ではないと思うが」


「いや、毒だよ」


「な、なに!?」


 あっさりと爆弾発言する連夜に、驚愕に顔をゆがめるナイトハルト。


「ど、どういうことだ!? おまえ俺に毒を飲ませたのか!?」


「うん、霊力低下の毒。まあ結構いれたけど致死量じゃないから、大丈夫」


「ちょ、おまえ!!」


 軽く恐ろしいことを言ってのける親友の姿に、愕然としつつも身体に力が入らないため、どうすることもできない。


 そうして、しばらくナイトハルトがもがいていると、腕時計でなにやら時間を計っていた連夜だったが、おもむろに地面にうずくまるナイトハルトに近づくと、彼の上の服をめくりあげて、見事な腹筋のある身体をむき出しにする。


「お、おい、なにするんだ!?」


 狼狽するナイトハルトを尻目に、腹筋から背中、胸、脇などを次々と調べていた連夜は、なんとも言えない複雑な表情でナイトハルトを見た。


「おめでとうなっちゃん、やっぱり人面瘤じゃなかったよ。ほら、もう動けるでしょ、自分で身体を確かめてみてよ」


「・・!!」


 連夜に促されて半信半疑で自分の身体を見たナイトハルトは、連夜の言う通り自分の体から瘤が全てなくなっていることを確認し呆けたように連夜のほうに顔を向ける。


「ど、どういうことだ・・いったい何があったんだ」


「とにかく、今は完治したってこと。よかったよかった。じゃあ、僕はこれで」


 自分の身体から死の象徴とも言うべき瘤がきれいさっぱり消え去ったのを確認したのはいいが、理由も原因もわからず相変わらずぽか〜んとしたままのナイトハルトに、連夜は冷たいくらいに淡々と告げると、くるりとナイトハルトに背を向けて足早にその場を去ろうとする。


 しかし、ぽか〜んとしながらもナイトハルトは見逃さなかった。


 親友のまつげがぴくぴくとひきつき、顔は強張り、無理矢理作ったと思われる笑顔であったことに。


 そして、その表情は、厄介事から逃げるときに見せる表情であるということに。


 ナイトハルトの親友連夜は、基本的に友人の危機を決して見捨てるような真似をする男ではない。


 特に命の危険が迫っているときや、その人物の尊厳やアイデンティティがかかっている時には、なんとかしてそれを解決しようともがき続け諦めない、そういう男だった。


 ところがそんな親友が自分から逃げるように立ち去ろうとしている。


 と、いうことは、まず自分から命の危険が去ったことは間違いないということだ。


 もし命がかかっていたら、間違いなく連夜は残って最後までどうにかしただろう。


 次に尊厳とかアイデンティティになってくるとわからなくなってくる。


 これは『人』それぞれになり、何が大事で何が大事でないかははっきりしないことが多いからだ。


 しかし、連夜が立ち去ろうとしているということは、ナイトハルト一人で解決できることか、あるいは・・


 『ナイトハルト一人でなんとか解決してくれ、僕を巻き込まないでお願い』という意味かだ。


 ナイトハルトは一瞬の間にここまで考え、速効で答えを出して行動に移る、


 連夜が、屋上の扉に手をかけてまさに中に入ろうとする、直前、一瞬で己と相手の距離を縮めると、ナイトハルトはその自分よりも大分と華奢な腕を掴んで引きとめることに成功した。


「ちょ、なっちゃん、何するの、放して!!」


「待て、連夜。この病気を治してくれたことについては感謝するが、おまえさっき聞き捨てならないことを言っていただろ?」


「え、い、いったい何のことかな?」


 ギラギラと暗い光を宿して自分を見つめているナイトハルトの姿に、何かに気づいた連夜が、はっとした表情を浮かべたあと冷や汗を流しながらあらぬ方向に顔を背ける。


「『今は完治した』って言ったよな? 『今は』ってどういうことだ?」


「あ、あ〜、な〜んだそういうことか。はい、これ」


 と、連夜は空いているほうの腕を使って懐から先程と同じ赤紫の液体が入った試験管を4本ナイトハルトに渡すと、にっこりと笑いかけた。


「また発症したら、それ飲んで。それで治るから。あと、3、4回もなれば、もうならなくなるらしいよ。じゃあ、そういうことで、僕はもう行くから放してもらってもいい? 昼休みまだあるし図書館で薬学の本の写本したいんだよね〜」


 あははは〜と乾いた笑い声をあげる連夜を、渡された試験管を握りしめながらじっと見ていたナイトハルトだったが、全く誤魔化される様子はなかった。


「連夜、さっきから思っていたのだが、おまえこの病気について相当詳しいことを知っているな?」


「・・」


「なのに、なぜ俺に説明をしない?」


 とうとう聞かれてしまったという表情をありありと浮かべた連夜は、物凄い嫌そうな顔をして顔を横に背けぽつりとつぶやいた。


「・・・説明したくないから・・」


「なんで?」


「いや、なっちゃんもなんで聞きたいの? 確かにあと数回発症するかもしれないけど、絶対治るんだからそれでいいんじゃないの? そんな医学的で専門的なこと聞いてもおもしろくもなんともないと思うよ」


「そっか〜、それもそうだな・・なんて言うと思ってるのか!? 納得できるか!! 何を隠している、連夜!」


「隠しているのはなっちゃんでしょ!!・・あ」


 思わず言ってしまった連夜の言葉に、二人とも同時にフリーズしてしまう。


 お互い全然似ていない容姿であるというのに、なぜか同じように顔から大量の汗を流し始める二人。


 しばらく耐えがたい沈黙が場を支配する。


 しかし、やがて、褐色の巨漢のほうが何かを恐れるように震える声を絞り出す。


「お、おまえ・・何を知っている・・」


「い、いや、ちがう、ちがうんだよ、なっちゃん。あ、そうだ、きっとなっちゃんも男の子だから、助べえな本とか、影画とか持っているんじゃないかって意味で言ったの。そ、そういう隠しているっていう意味。いや、あれって隠すところに困るよねぇ・・あはははは」


 わけのわからないことを言って必死に誤魔化そうとする連夜だったが、ナイトハルトは連夜を怖いくらいに凝視して眼を放さない。


「ひょっとして、おまえ知ってるのか? いや、待て・・まさかそれがこの病気の原因になっているのか!? そうなのか連夜!?」


「うわわわわわ、ちがう、ちがうって、なっちゃんだめだよ、隠し事は隠しているから隠し事なんだよ、しゃべったら隠し事じゃなくなるんだよ!!」


「そうなんだな・・やっぱりおまえ・・知っているのか・・俺とティ」


「ウワ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! 聞こえない聞こえないなんにもきこえな〜〜〜〜い!!」


 思いつめたような表情で何か物凄い重大なことを告白しようとする親友の声をさえぎるべく、必死に大声を出して抵抗する連夜。


「ちょ、おまえ、聞けよ人の話を!!」


「いやだよ、僕に聞かせないでよ!! そういうことは当事者の人達だけで、解決してよ!! 僕を巻き込まないでよ!! とにかく、放して!!僕は何も聞かないし何も知らないし何もわからないってことで一つよろしく。って、放せ放せ〜〜〜〜〜!!」


 ナイトハルトの怒りの声よりも、はるかに激しい怒りの声を出して抗議した連夜は、自分を掴んで放さない親友から脱出すべく全力で抵抗を始める。


 そんな親友の姿を見て完全に悟ってしまったナイトハルトは、すっかり据わってしまった目で連夜を見る。


「おまえ、そんなに親友の相談に乗るのがいやか・・こんなに困ってる親友を見捨てるつもりか」


「いやだ、きっぱり拒否します。そういうことは部外者は関わってはいけないと昔から法律で決まっているんです」


「そうかそうか、そういう態度か・・ならば」


 ナイトハルトは素早く連夜の背後に回り込むと、連夜の腕と首をがっちりと決めるチキンウィングフェイスロックに固めて動けなくすると、今まで見たこともないような邪悪な笑顔を浮かべて口を開くのだった。


「ちょ、なっちゃん、やめて、放して!!」


「そう、あれは高校入学式直前の話だ・・」


「うわ〜〜〜〜!! 何語りだしているの!? 聞きたくないってば!! ってか、僕に聞かせないでよ、なっちゃん!! やめてやめてやめて〜〜〜〜!!」


「無理にでも全部聞いてもらうぞ!! あきらめて相談に乗れ、連夜!!」


「い〜〜〜〜〜〜〜や〜〜〜〜〜〜〜だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


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