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~第15話 絆と鎖と~

 決して好きではない丸薬作りの修行を今まで頑張って続けてきたのは、家族の為でもあるが、一番大きいのはやはり自分自身の負い目からであろうか。


 元々この修行を命じられていたのは自分・・つまり如月(きさらぎ) 晴美(はるみ)ではない。


 七つ年上の姉、玉藻であった。


 姉は丸薬作りの才能があると当時の継承者であった祖父母に認められ、幼いころから厳しい修行を命じられて育てられた。


 祖父母は少しでもその才能を伸ばすべく、精神力を鍛えるために家族一党に姉を甘やかすことを厳禁とし、また常に辛く当たるように命じた。


 妹である晴美は、幼い頃忙しい父母に代ってなにくれとなく姉に面倒をみてもらい、非常に姉を慕っていたが、その自分にまで祖父母は姉に懐くことを禁じ、あまつさえ、幼く意味のわからない自分に姉を傷つける言葉を言わせるように仕向けた。


 いまでもあの日のことを思い返すと、幼き日の自分を力いっぱい殴り倒してやりたい衝動に駆られる。

慕っていた妹に、ひどい侮辱と屈辱の言葉を投げかけられた姉の、あの傷ついた表情はいまでも忘れることができない。


 それなのに姉はよく耐えていたと思う、そんな環境の中にあっても必死に修行について行こうとしていた。


 だが、ついに破綻の時は訪れる。


 中学進学の時に姉は全寮制の中学校を選んで進学し、親元から離れることで、修行を放棄することを宣言した。


 祖父母はそのことに非常にがっかりしたが、自分達の教育方針については全く反省してはいなかったし、間違っていたなどと露ほども感じてはいなかった。


 それどころか、次の標的として、今度は晴美を選んできたのだ。


 晴美は姉の惨状をつぶさに見ていたので、本心を言えば断りたかった。


 だが、姉にあれほどの心の傷を負わせてしまった自分が、逃げることが許されるだろうか。


 答えは否だった。


 いくら自分が幼児で意味がわかっていなかったとはいえ、あれだけのことを言い放っておいて自分は知らぬ存ぜぬでは通るはずがない。


 晴美は嫌々ながらも頷かざるを得なかった。


 そして、想像通り、晴美は姉と全く同じ道を歩かせられることになる。


 しかも、今度は姉と同じように逃げられぬよう、中学の進学先まで決められてしまった。


 それでも姉への贖罪の意味も込めてがんばった。


 頑張りに頑張りぬいた。


 だが、もう限界だった。


 誰も味方がいない中で、頑張り続けるのはもう無理だった。


 金曜日、学校が終わると、晴美は家に帰ることをせず、あてもなく街をさまよった。


 本当はどこかで自殺しようとも考え、高い所に登っても見たが、高所恐怖症の自分は登るだけで足がすくんでしまい、すぐ下に降りてしまう。


 そして、気がついたら、一番顔を合わすことができないはずの姉が住むマンションの前まで来てしまっていた。


 何度か、マンションにある姉の部屋のベルを鳴らそうとしたが、結局押すことができず、気がつくと、泣きながらすぐそばの児童公園のベンチで夜を明かしてしまっていた。


 もうどうしたらいいか、わからない。


 今の自分には学校の教科書が入った鞄が一つあるだけで、お金も満足にあるわけではなく、修行三昧だった自分には友達も知人もいないため、頼れるところもない。


 だが、家には帰りたくない。


 もう、あの家で修行という名の家庭内暴力の嵐の中に飛び込む勇気はなかった。


 途方に暮れてベンチに座り・・もう何度目かわからない溜息を吐きだす。


「はあぁぁ〜〜〜〜・・」


『ぐ〜〜〜〜・・きゅるるるるるぅぅぅ・・』


 溜息と一緒に、お腹が大きく鳴る。


 そういえば昨日から何も食べていないことに気がついた。


 しかし、だからとって食べ物を買うお金があるわけでもなく、それを考えると自分が益々みじめになってきていた。


「ふむ、つまり、お腹が空いているわけですね」


「うん・・昨日から何も食べてないから・・」


「あ〜、それは辛いですね」


「うん、辛い・・え?」


 声がする横に顔を動かすと、自分のすぐ真横に、黒髪黒眼の優しい笑顔の少年が座っている。


 自分よりも年上で、おそらく高校生くらいの人間族と思われる少年だ。


「昨日の残り物なのですが食べますか?」


 少年が弁当箱のようなものを開けて見せると、中には三角形の形をしたおにぎりの頂点に豚カツらしきものがのっかっている、いわゆる”トンむす”がおいしそうに並んでいるのが見えた。


 晴美はごくりと喉を鳴らしてそれを見るが、少年がどういうつもりでこれを差し出しているのかがわからず、すぐには手を出すことができない。


「実は初めて作ったもので誰かに感想を聞きたかったのですが、これを食べてもらう予定だった方々は二日酔いで脂っぽいものは勘弁してくれっていわれましてね。できたら食べてみて感想をいただけると助かるのですが・・食べていただけませんか?」


 と、晴美が見たこともないような、優しさに溢れた笑顔と声で差し出してくる。


 尚も躊躇する晴美だったが、遺憾ながら晴美のお腹は限界で身体のほうが主のいうことを無視することに決定した。


 両手におにぎりを頬張って食べる晴美。


「おいひい、おいひい!!」


「そうですか、それはよかった。よかったら、お茶をどうぞ」


 と、晴美が食べている間に自販機で飲み物を買ってきた少年が、晴美に飲み物を差し出す。


 晴美はそれを奪い取るように受け取ると、栓を抜いて一気に喉に流し込む。


 そして、おにぎりと飲み物を瞬く間に胃の中に納めてしまい、女の子にはありえないくらい大きなゲップを出して食事の終了を告げる。


「ご、御馳走様でした・・」


「いえ、お粗末様でした。お腹いっぱいになりましたか? って育ち盛りだから、まだ足りないですよね、すいません、今はこれしかないものですから」


 ぎこちなく頭を下げる晴美に、申し訳なさそうな表情を浮かべて晴美を見る少年。


 そして、弁当箱を自分の背負い鞄の中にしまい、ゆっくりと自分が買ってきたと思われる飲み物を口に運ぶ。


 飲み物は『さわやか蜜柑サイダー』だった。


 すると晴美が自分の飲んでいる飲み物を見ていることに気がついた少年は、照れくさそうにてへへと笑う。


「いや、自分でも子供っぽいとわかってはいるんですが、好きなもので」


「あ、いや、そんなつもりじゃ・・」


 と、慌てて首を横に振る晴美。


 ほんとは自分の横で飲んでいる少年の姿に見とれていただけなのだが、なんで見とれてしまったのかわからない自分に戸惑って必要以上にぶんぶんと首を振ってしまう。


 そして、そんな自分をまた優しい目で見つめてほほ笑む少年に見とれてしまい、なんとなくそんな自分が恥ずかしくて、顔を前に向ける。


 しばらく、少年と自分の間に心地よい沈黙の時が流れる。


 まだ朝早いせいか、公園で遊ぶ子供達の姿もなく、誰もいない公園に優しい時間と優しく暖かい風が流れていく。


 お腹がある程度膨れたせいで、ちょっと落ち着いたからか、ちょっと物を考える力がもどってきた。


 さて、どうしようか・・


 そんな晴美の頭の中を見ていたのだろうか、絶妙なタイミングで少年が話しかけてきた。


「今日はお暇ですか?」


「え?」


 少年の言葉の意味がわからずきょとんとしてしまう晴美。


 そんな晴美を面白そうに見て、少年は優しく言葉を続ける。


「いえ、もしお暇なのでしたら、このあとちょっとお付き合いいただけないかと」


「え、いったい、どこに行くの?」


「いえ、それは秘密です・・秘密ですが」


 そういっていたずらっぽく笑った少年は、晴美を驚愕させるようなことを口にした。


「もしお付き合いいただけるなら、三食付きでただでいくらでも泊まれるところを紹介しますけど・・どうします?」


「はあぁっ!?」


 晴美は目の前の少年の言葉を聞いて一気にこの少年に対する評価を180度転換させた。


 表情を厳しいものに変えて目の前の少年を睨みつける。


「あの、私、そういう仕事したりは絶対しませんから?」


「へ? そういう仕事って?」


「とぼけないでください!! いくら世間知らずの私だって知っているんですよ!! わ、私に、その、い、いやらしいことをさせるつもりなんでしょ!!」


 真っ赤になって怒りを爆発させる晴美の顔をしばらく呆気に取られて見ていた少年だったが、やがて、ぶふっと噴き出すと身体をくの字に折り曲げて笑い出した。


「な、なにがおかしいんですか!?」


「い、いや、だって・・き、君が、そんな面白いことを・・ぶふっ・・」


 なんとか笑いをこらえて晴美の言葉に答えようとする少年だったが、更に真っ赤になって言いつのる晴美の姿を見て、またもや堪え切れずに噴き出してしまう。


 その姿をわなわなと身体を震わせて見つめていた晴美だったが、あまりにも笑い続ける少年に業を煮やして立ち上がると、憤然とカバンを持って立ち去ろうとする。


「もういいです!! おにぎりはありがとうございました、でも、暇ではないですから、行きますね!!」


「待った待った!! 笑ったのは謝りますからストップストップ」


 と、慌てて晴美の細い腕を取って晴美を止める少年。


 晴美が憤然と少年の顔を見ると、今度は本当に笑いを消して真剣な瞳で晴美を見つめていた。


「な、なんですか、わたしは・・」


 さらに言いつのろうとする晴美だったが、流石の晴美も、少年が今度は本気で真剣な話をしようとしていると察して黙り込む。


「とにかく、ちょっと落ち着いて。絶対変なところに連れていったりしないし、それを強要したりしないと約束します。ほんとにちょっと付き合ってくれるだけでいいんです。それでもだめですか?」


 誠実な表情で必死に言葉を紡ぐ少年からは、不思議と本当に自分のことを案じてくれている想いが伝わってくる。


 どうして、ここまで自分を心配してくれているのかわからないが、この少年が自分に向けてくれる優しさは本物のような気がしていた。


 しかし、どうしてもさっきのことを根に持ってしまいいまいち素直になれない晴美は、できるだけぶっきらぼうに答えるのだった。


「しょ、しょうがない・・ちょっとだけですからね!!」


 だが、そんな晴美のいじっぱりな様子に、微塵も気を悪くした表情を見せず、むしろ安心したようなほっとした顔を浮かべるとなぜかこう晴美に言うのだった。


「ありがとう」


 晴美はこのとき自分に向けられた少年の笑顔と優しさを、生涯忘れることはなかった。



〜〜〜第16話 絆と鎖と〜〜〜



 児童公園からしばらく行ったところに市営念車の最寄駅『センターサークル』駅があり、その駅前の商店街の中に地元では結構有名なケーキショップ『菓子の樹』がある。


 そこは元々エルフ族の老夫婦が始めたケーキ屋であったが、今はその弟子であるドワーフ族の青年が切り盛りしている。


 連夜は幼い頃からこのケーキ屋に世話になっており、先代店主であるエルフ族の老夫婦はもちろん、いまの店主であるドワーフ族の青年とも深い親交があった。


 エルフ族の夫婦が店主であったころのケーキ屋は、いちごのショートケーキと、他数種類の実に慎ましかな展開しかしておらず、味はいいことで定評があったが、特徴のない店で客と言えば地元のお得意さんだけの状態であった。


 だが、この夫婦の弟子はそれでは全く満足せず、精力的に様々なケーキに挑戦し、そのほとんどすべてのケーキを独自の製法で絶品物として販売し、瞬く間にこの店を有名店へと押し上げてしまった。


 とはいえ、この弟子がお金や名声目当てでこれほどのがんばりを見せたわけではない。


 連夜は、この店の主がケーキにかける情熱の正体について、いやというほどよく知っていたので、非常に彼を慕い尊敬していた。


 そんなこの店の店主は、よく自分が挑戦した新しいケーキが完成すると、その試食を連夜に頼むことがあった。


 連夜は頼まれればいつも快諾し、その試食を楽しみにしており、実は今日もその試食をすることになっていたのだった。


 だが、連夜は、その試食を横にいる少女にさせることにした。

自分の最愛の恋人をそのまま中学生にしたような姿をしたこの霊狐族の少女に。


 この日の朝、二日酔いになって完全にグロッキーになってしまっているミネルヴァと玉藻のために、酔い覚ましの薬と、お腹に優しい魔鯛のお粥を作って置いておいて一足先にマンションを出た連夜は、その

 

 帰り道、玉藻と再会した児童公園のベンチに座る一人の少女を見つけた。


 妹であるスカサハと同じ中学校のチェックの制服に身を包んだその少女はまだ幼かったが、その姿形はあきらかに自分の最愛の恋人に酷似しており、どうみても他人には見えない。


 声をかけようかどうか迷っていたが、昨日の夜ミネルヴァと玉藻が話していた会話の内容を思い出し、もしかすると彼女は玉藻の妹の晴美ではないかと思いいたった。


 もし晴美だとすれば、玉藻の危惧通り、修行に耐えかねて逃げ出して来た可能性がある。


 そうだとすればこのまま放っておくわけにはいかないと、連夜は声をかけることにしたのだった。


 本当は、すぐに玉藻の家に連れて行こうかと思ったが、二日酔いでつぶれてしまっていて、しかもあの格好のままの姿の玉藻に合わせるのはどうかと思い、まずこれを断念。


 次に自分の家に連れていこうかと思ったが、少しどこかで気分転換をさせないと落ち着いて話をすることもできないかもしれないと判断し、家に連れていくのは後回しにすることに。


 で、ちょうどケーキの試食に行く予定があったため、彼女を同行させることにしたのだった。


 そして、それから数十分後。


 連夜がおっかなびっくりついてくる少女を連れてケーキ屋の前まで連れてくると、少女は目を丸くしてそのケーキ屋を見た。


「す、すっごい人・・」


 少女が驚くのも無理はない、焦げ茶色の外壁の周りに様々な木や植物を植えてアクセントにした品のいいケーキ屋の前は、ケーキを求める人の行列が長く続いており、中は非常に忙しそうにごったがえしている。


 その少女の様子をにこにこと穏やかに見つめていた連夜だったが、すぐにその手を引っ張って別のところへと誘う。


「まあ、ご覧の通り正面からは入れませんから、こっちへ・・」


「え、え、え・・」


 戸惑う少女を連れてぐるっと一回りし、店の反対側にある裏通りに来た連夜は、そこの小さな扉を開けて勝手に中に入る。


「さあ、入ってください。開けっ放しにはできませんからね」


 と、呆気に取られている少女を促して中に入ると、そこはケーキ作りの厨房となっており、従業員らしき店の人々が忙しく立ち回っているのが見えた。


 すると、その中の一人である妙齢のエルフ族の女性が連夜に気が付いて、うれしそうな笑顔を浮かべた。


「ああ、連夜くん、いらっしゃい。うちの人なら、いつもの小屋で待ってるわ」


「リーファさんこんにちは、お忙しいところお邪魔します。すいません、ちょっとこの()も一緒にあがらせてもらってもいいですか?」


 連夜の言葉にしばらく少女を見ていたリーファと呼ばれた女性だったが、優しい笑顔を浮かべてすぐに頷いた。


「どうせ、わけありなんでしょ? いいわよ、あなたが連れてくるお客様でハズレの人って見たことないもの」


「恐れ入ります。さあ、御許しがでたので、いきましょう」


 と、少女に声をかけると、少女は忙しく動き回る従業員の姿をずっと凝視していたが、うんと小さくうなずいておとなしく連夜に続いた。


 厨房を通り抜け、その横壁にある扉を開けて外にでると、そこには中庭が広がっており、その中庭の真ん中に丸太で作った小さな小屋のようなものが建っているのが見える。


 連夜は少女を連れてそこにたどり着いて、その木製のドアをノックすると、中から野太い声が聞こえてくる。


「をう」


「連夜です。ギッドガッドさん、入ってもよろしいですか?」


「おう、入れ入れ、待ってたぜ」


 連夜が返事をすると嬉しそうな返答が聞こえて来て、連夜はそっと扉を開けて中に入った。


 小屋の中はちょっとした厨房になっている。


 壁には家庭では絶対お目にかかれない巨大な霊蔵庫や、大きな念動式オーブンがあり、棚に小麦粉や砂糖や様々な食材の入った袋が所狭しと並べられていて、また別の棚には様々な調理器具がきちんと並べてつるされている


 そして、その中心には年季が入った木でできたテーブルがでんと鎮座しており、そのテーブルの前にはまるで歴戦の勇者といわれても納得してしまいそうな強面のドワーフ族の男性が立っていた。


 連夜はその姿を見ると、嬉しそうに近寄っていき、目の前で立ち止まると深々と頭を下げた。


「ご無沙汰しております、ギッドガッドさん。お元気そうで何よりです」


 連夜の挨拶を見て嬉しそうに破顔するドワーフ族の男性。


 彼こそ、この『菓子の樹』の二代目店主で、今やケーキ界屈指の風雲児として名前を馳せつつある名パティシエ。


 ギッドガッド・シャインリーフだった。


 ちなみに彼の奥さんであるエルフ族のリーファは、先代老夫婦の一人娘で、連夜が聞いたところによると、ギッドガッドの中学時代からの幼馴染らしい。


 照れくさいのかいつも奥さんにぶっきらぼうな態度を取っているが、奥さんいわく、非常にマメな性格で、結婚記念日や奥さんの誕生日は絶対忘れず毎年何かしら贈ってくれる愛妻家であるらしい。


 本人は絶対認めようとしないが。


 現在彼は婿養子として奥さんの方の籍に入ったので、奥さん側の姓を名乗っている。


「おう、連夜よく来てくれたな、この前のクリームレアチーズケーキの時以来だから半年ぶりくらいか?」


「ですね、あれは絶品でした」


「いやいや、あのときおめぇがチーズを減らしてヨーグルトを入れてみたらどうかっていうアドバイスをしてくれなかったらよ、あそこまでブレイクしなかったろうよ」


「テレビ見ました。いや、あの厳しい食通の人達に絶賛だったので、ほっとしてましたよ。あれで酷評されていたら僕のせいみたいでしたからねえ・・」


「がっはっは、例えそうなったとしても誰もおめぇを責めねえよ。ところで、そこのかわいらしい狐のお嬢ちゃんは誰だい?」


 小屋の中の隅っこで小さくなっている少女をギロリとにらんだドワーフに、連夜はにこやかに答える。


「今日の試食人です」


「なに!? おめぇ本気か!?」


 驚愕して目を剥くドワーフに、連夜は笑顔を浮かべながらも実に真剣な瞳でドワーフを見て頷いた。


 しかし、ドワーフはその長いひげを無骨な手で撫でながら、表情を曇らせて連夜のほうを見て、その後また霊狐族の少女を見た。


「う〜〜ん、おめぇが冗談半分でそういうこと言うとはおもってねぇけどよ。そこのお嬢ちゃんを代理に選んだわけをきかせろや」


「素人だからです。というか、彼女、ほとんどケーキというものを食べたことがありません」


「なぬっ!?」


「ええっ!?」


 連夜の言葉にドワーフと、なぜか少女まで驚きの声を上げて連夜のほうを同時に見つめる。


「なるほど・・つまり、まったくケーキを食ったことがないやつの意見だから、そこに一切のお世辞はないってことか」


「そうです、特に今回のケーキはそういう『人』が試食して判断すべきだと思いました。そこへ行くと僕は駄目だと思うのです。僕はあの味を知っています。あの味とギッドガッドさんの作るものは違うものだとわかっていても、そこに絶対変なこだわりみたいな偏見みたいなものが入りそうで正直公平な批評ができるか自信がありません。その点彼女は違います。あの味も知らなければ、そもそもケーキそのものをほとんど・・いや、ひょっとしたら全然知らないのかも・・」


 と、連夜が少女を見つめると、少女はそのかわいらしい表情を青ざめてまるで悲劇を予告する預言者を見るかのような眼で連夜を見つめている。


「な、なんでそんなこと知っているんですか? わ、私、生まれてから一度もケーキ食べたことないなんて、一言もしゃべってないのに・・」


 がくがくと震える少女の様子を見ていた連夜は、ドワーフのほうを振り返ってにっこり笑って断言した。


「あ、やっぱり全然食べたことないそうです。よかったよかった。これで公正なジャッジができるってもんですよ」


「いや、おめぇの思惑はわかったけどよ、かわいそうになんかフォローしてやれよ。すっかりおびえちまってるじゃねぇか。どうせ、お前のことだから、ちょっと手伝ってくれればいいとかなんとかいって、人のいい笑顔でたらしこんで連れて来たんだろ」


「な!! たらしこんでませんよ!!」


「まあ、いいけどさ・・」


 憤慨する連夜を面白そうに見ていたギッドガッドだったが、その視線を霊狐族の少女に向ける。


 少女がこちらを見つめるドワーフを見つめ返すと、強面の表情は相変わらずだが、目には優しくて暖かい色を湛えているのが見えた。


「なあ、お嬢ちゃん、こいつにどう言って連れてこられたかについてはこの際おいといて、できたらよ、俺の作ったケーキを食べてどうだったか感想を聞かせてもらえないか」


「感想ですか?」


「ああ、別に『まずい』でも『苦い』でも、ケーキを褒める感想じゃなくてもいいんだ。ケーキを食べてみた、御世辞抜きで正直な感想が聞きたいんだ。どうだろう? やってみてはくれないか?」


 温かく真剣な口調で依頼してくるドワーフと、その後ろで優しい表情を浮かべたまま事の成り行きを見守っている少年を交互に見つめていた少女だったが、やがて深呼吸を一つつくと、自分の中で決心がついたのかこっくりと頷いた。


「やらせていただきます。でも変な感想になっても責めないでくださいね」


 と、顔を下に向けて上目づかいで二人を見つめる少女に、二人は優しく頷いて見せた。


「絶対そんなことしねぇって・・じゃあ、そこに座ってくれるか」


 と、中央のテーブル前から木製の椅子をひっぱりだしてきたドワーフが、そこに座るように促す。


 霊狐族の少女は、緊張した面持ちでその椅子に座り、その様子を確認したドワーフは霊蔵庫を開けて中から白い二等辺三角柱の形をした標準的な形のケーキを出してきて少女の前に置いた。


 どうみてもなんの変哲もないいちごのショートケーキだった。


 どこのケーキ屋さんにも売っている定番中の定番。


 しばらくそのケーキを眺めていた少女だったが、ドワーフと少年は見つめているのに気がついて、意を決して皿の上に置いてある銀のフォークを取ると、思いきってそれをケーキに差し込んで切り取りいちごと一緒に口の中に放り込んだ。


 すると、いちごの酸味と生クリームの柔らかい甘みとスポンジケーキのフワフワ感がなんともいえないハーモニーとなって口の中に広がり、その後喉から胃の中に入っていき口から消えても、程良くしつこくない程度の甘味が残って美味しさを再確認させる。


「美味しいです!! こんな美味しいもの生まれて初めて食べました!!」


 そう叫ぶと夢中になってケーキを食べていく少女。


 丸薬作りの修行を始めてから、甘やかしてはいけないという祖父母の厳しいスパルタ教育により、ケーキはもちろん、お菓子類は一切食べさせてもらえなかった晴美にとって、このいちごのショートケーキは涙が出るほど感激してしまう御馳走だった。


 事実、晴美はあまりのおいしさに涙を流しながら食べている。


 その様子を非常に照れくさそうにみつめるドワーフと、痛ましそうな憐れむようなそれでいてどこかほっとするような優しさが溢れる複雑な表情で見つめる連夜。


 そんな二人が見つめる中、あっというまに晴美はケーキを食べきってしまい、なくなってしまったことに気づいたあとは、その空になってしまった皿を物凄く悲しそうにみつめていた。


 その一連の状況を見ていたドワーフは思わず噴き出してしまっていた。


「あっはっは、お、お嬢ちゃん、ほんとにケーキ食べたことなかったんだなぁ・・で、どうだったよ、俺の作ったケーキは?」


「最高でした!! その・・今の私が食べてもおいしいんですけど・・なんていうのか・・子どもの時にもっと食べたかったです」


「・・そうかい・・」


 その少女の言葉をどういう風に受け止めたのかわからないが、途端にギッドガッドの笑顔は消え、寂しいような何かを達成したかのような、それでいて遠くにいる誰かを見つめるような表情に変わる。


 連夜は、そんなギッドガッドに近寄ると、その肩をぽんぽんと叩いて頷いた。


「ショートケーキは子供の笑顔を作るものです・・いまの言葉が評価のすべてだと思いますけど」


「・・あ〜〜・・ちっとは親父さんに近づけたのかなぁ・・」


 と、どこか万感の表情で目を伏せるドワーフを、優しい目で見つめていた連夜だったが、自分の評価がよかったのか悪かったのかわからず不安そうにしている少女のほうに向きなおった。


「大丈夫、最高の評価でしたよ」


「ほ、ほんとに?」


「ええ」


 力強く頷いてやると、少女は安心したように身体の力を抜いて微笑んだ。


 その様子を優しく見つめていた連夜は、おもむろにケーキの後片付けをしているドワーフの方を向きながら口を開いた。


「ギッドガッドさんはね、元々城砦都市『アルカディア』の中でも特に由緒ある大きなレストランの御曹司でね、そこのレストランは各都市の要人の人達が利用することで有名なお店なんだ」


「あ、ちょ、おまえ、なにしゃべってんだ、連夜!!」


「すいません、ギッドガッドさん、お願いだから話させてください。彼女には今回のショートケーキの意味を教えてあげたいんです」


「・・むう、おまえ、そんなつまらん内容を・・まあ、いいけどよ」


 自分のことをしゃべりだした連夜に気づいて慌てて止めようとするギッドガッドだったが、連夜の予想以上に真剣な視線に負けてぶつぶついいながら再び片づけにもどる。


 そんなギッドガッドに軽く一礼しておいて、連夜は少女に視線を移し話を続ける。


「で、当然ギッドガッドさんもそこの後継ぎとして、恥ずかしくないようなシェフとなるように、子供の頃から厳しい修行を課せられて育てられた。友達を作って遊んではいけない。スナック菓子を食べてはいけない。ジャンクフードを食べてはいけない。上流階級よりも下の『人』達と交わってはいけない。成績は常に学内十位以内に入らないといけない。もう他にも細かいことをびっしり決められて、一つでも破ると厳しい体罰が待っていたそうなんだ」


「あ〜、まあ父親や母親やじいさんやばあさん、はては執事やメイドまで、いろんな奴から殴られ蹴られ・・ほんとよく生きていたぜ俺も」


「ええええええ!?」


 そのことに驚愕の表情を浮かべる少女を、苦笑して見つめる連夜。


「まあ、とにかく、そんな状況で小さな子供が耐えられるはずもない。ギッドガッドさんは小学校六年生の時に家を逃げ出したんだ。でも、『アルカディア』の中を逃げ回るわけにはいかなかった、なんせ、要人と付き合いのある家だから、要人の知り合いに頼れば人海戦術であっというまにみつけられて連れ戻されてしまうからね」


「じ、じゃあ、どうしたんですか?」


「『外』に逃げ出したんだ。『害獣』がうろつく『外』なら、そう易々とおっかけてはこれないし、まさか小学生の子供が『外』に逃げ出すなんて思ってもいなかっただろうしね」


「ひえええええええ」


「ギッドガッドさんは逃げに逃げた。幸い『アルカディア』から『嶺斬泊』に続く『ウォーターロード』はほとんど危険がないことでも知られていたから、四日以上かかって、それでもギッドガッドさんはなんとか無事『嶺斬泊』にたどり着くことができた。しかし、着の身着のままで飛び出してきたものだからお金もないし、友達を作ってはいけないっていわれていたから、当然友達いなくて頼るところもない。とうとう四日以上ろくに食べてない状態で歩き疲れて意識を失ったんだけど、その意識を失った場所がケーキ屋さんの前でね。ラッキーだったことにそのケーキ屋を切り盛りしている夫婦が非常に温和で人情にあふれている人たちだったものだから、ギッドガッドさんを見つけたその夫婦はろくに事情も聞かずにギッドガッドさんを受け入れてくれたらしいよ」


「あのときは神様に出会ったとおもったぜ。もうとっくの昔に『害獣』の『帝王』である『竜』に食い殺されたって言われていたのに、まだ生きている人がいたのかって・・」


「あはは、まあとにかく、ギッドガッドさんはしばらくその家に厄介になっていたんだけど、ある日、その夫婦が作ったショートケーキをギッドガッドさんに出してきてね。お菓子とか食べたことなかったギッドガッドさんは最初食べなかったらしいんだけど、あまりに強く勧められるもんだからついに一口食べてみた」


「あのときの衝撃はいまだにわすれられねぇよ。世の中にこんなあったかい味があったのかって・・それだけじゃねぇ・・店にケーキを買いにくる子供達のあの嬉しそうな笑顔。俺の家のレストランに来る奴で、あんな笑顔で飯食ってた奴は一人だってみたことねぇってのにな。なんていうんだろう・・もう自分の価値観が木端微塵にふっとんだ。それで、もう光が射したように自分が進むべき道が見えたんだ。

この笑顔だ、この笑顔が作れるケーキが作りたいって」


 昔を懐かしむようにつぶやくドワーフを温かい視線で見つめていた連夜だったが、また少女に視線をうつして語り出した。


「で、ギッドガッドさんはそのケーキ屋の夫婦に弟子にしてくれって頼みこんだ。最初はギッドガッドさんの家の事情を聞いた夫婦は、家に帰るように説得しようとしたらしいけど、結局、ギッドガッドさんの熱意が本物だってことがわかって説得を諦めた。そこで、夫婦は正式にギッドガッドさんを預かる了承を得るために『アルカディア』に行ったんだけど」


「俺はな・・死んだことになっていたよ」


「な、なんで!?」


 慄く霊狐族の少女に、侮蔑を隠そうともせず、吐き捨てるようにドワーフは言った。


「修行を途中で諦めるような脱落者は、あの家のものではないらしいぜ」


「まあ、そういうわけで、ギッドガッドさんを弟子に迎えるのはなんの問題もなくなったわけだけど、このままだとギッドガッドさんの籍もなくなってしまう。そこで夫婦はギッドガッドさんを自分達の養子に迎え入れることにしたんだ。勿論、ギッドガッドさんは喜んでその事実を受け入れて、改めてその夫婦を自分の親として大切に扱った」


「ロクに親孝行できなかったから、それはどうかわからんがな・・」


「いやいや、お二人とも最後までギッドガッドさんに感謝してましたよ。『自分達には過ぎた息子で、本当に申し訳ない』って・・」


「ば、バカ!! 余計なこというな!!」


 連夜の言葉に真っ赤になってそっぽを向くドワーフ。


「ギッドガッドさんはその後一生懸命ケーキ職人としての修行をして、テレビで取り上げられる有名職人にまで成長した。今まで店で取り上げていなかったいろんなケーキに挑戦して、御客さんの要望にできるだけ応えられる店を作り上げもした。だけど、一つだけ奥さんのリーファさんに任せて自分が決して手を触れなかったことがあったんだ。それが・・亡き師匠で、養父母であった二人の思い出でもあるショートケーキを作ること」


「あの日食べた、いちごのショートケーキはいまでも俺の思い出に鮮烈に刻み込まれているよ。それだけにその思い出を自分から踏みにじるようなケーキは作りたくなかったんだ。だけどさ、嫁さんに言われたんだ。『そろそろお父さんとお母さんを本当に喜ばせてあげるケーキを作って』ってな。いまのあなたならできるからってな」


 そう呟くと、ドワーフは大きなため息をひとつついた。


「そこまで言われて作らなかったら、俺を一人前のケーキ職人として育て上げてくれた親父さんやお袋さんに申し訳がたたねえ。で、一大決心をつけて作ったケーキがあれだったんだが・・」


「あはは・・まさか、あの評価とは僕も予想だにしなかったですよ」


「え? 私の評価が何か?」


 連夜の言葉に戸惑う少女を、複雑そうに見つめていたドワーフだったが、あきらめたように苦笑を浮かべて答えるのだった。


「あの日・・俺が生まれて初めて親父さんとお袋さんのいちごのショートケーキを食べたときに・・

今のおまえさんとそっくりそのままの評価を口にしたんだ。『子供のときにもっと食べたかった』ってな」


 なんとも言えない沈黙が流れ、ドワーフの店主は後ろを向いて、何やら腕で顔をこすっているようだったが、漢臭い笑顔を浮かべて少女のほうに振りかえった。


「ありがとな、お嬢ちゃん。おかげであれを店に出す決心がついたよ」


 そういうと、無骨な手を少女のほうに差し出す。


 少女はその手をしばらくじっと見つめていたが、何やら照れたような恥ずかしそうな表情でおずおずと手を出してそのドワーフの手を握るのだった。


「私の感想がお役に立ったなら光栄です。でも、本当においしかったです。私ケーキなんて食べたことなかったから・・きっと私もこの味を一生忘れません」


「そうか・・ありがとう、ケーキ職人としては最高の褒め言葉だ」


 二人の間に穏やかで温かななんともいえない空気が流れるのを、連夜は静かに見つめ続けた。


 そうして、やがてどちらともなく手を離した二人だったが、一瞬何かを考えるようにうつむいた少女が、すぐに顔をあげてドワーフをまっすぐに見つめた。


「あの・・お聞きしてもいいですか?」


「なんだい、お嬢ちゃん? 俺に答えられることなら、なんでも聞いてくれ」


「あの・・家を飛び出した時・・後悔とか不安はなかったですか? もう一度家にもどろうとか思いませんでしたか?」


 その少女の問いかけに一瞬何かを悟ったように怪訝そうな表情を浮かべるドワーフ。


 どうしようかと思って横の連夜を見ると、話してやってくれという風に頷いてみせているので、決心して口を開く。


「不安はあったな。これからどうしよう、どうやって生きていこうっていう不安はさ、確かにあった。

けどよ、あの家を飛び出したことについては全く後悔しなかった。家を逃げ出して、危険な『外』を北上しているときも、それは全く感じなかったなぁ、むしろ、やっと解放されたって嬉しかったくらいだ。それは自分でも不思議だったけどよ、後になってさ、俺を養ってくれたこのケーキ屋の親父や御袋を見ているうちにその理由もはっきりしたよ」


「そ、その理由はなんだったんですか?」


「あのな・・どんな理由があるにしろ、子供を『道具』扱いにして育てるような修行の仕方を強要する親はよ、親っていわねぇってことだ。そんな方法で身に着けた技術で、いったい誰を喜ばせることができるっていうんだ? いったいその技術が何の役に立つっていうんだ? もし、あのまま俺が残っていたとしても、俺は誰を喜ばせることもできない、ただ上流階級のクソッタレどもに料理を作るだけの『道具』に成り下がっていただろうよ」


 まるで自分の絡みついてくる呪いを振り払うように、吐き捨てるドワーフの言葉に、衝撃を受けたように顔を引き攣らせる少女。


 その様子に気がつかない振りをしながら、ドワーフは言葉を続ける。


「それに比べて、このケーキ屋の親父や御袋は違っていたさ。俺に『道具』となる修行じゃなくて、俺に『人』になる修行をしてくれた。そればかりじゃない、一生死ぬまで俺が誇りを持って働き続けることができる仕事を俺に授けてくれたし、愛する妻や子という家族まで俺にくれた。『人』はよ、『人』に育てられて『人』になるんだよ。『人』を『道具』にしようとする奴は、血のつながった親でも『人』とは言わねえんだよ」


「・・・」


 ギッドガッドの言葉に声もなく落ち込む少女。


 そんな少女に近づいて、連夜はその小さな肩を優しくぽんぽんと叩く。


「さてと、それじゃあ、そろそろ行きましょうか。あまりお邪魔すると、ギッドガッドさんのお仕事に差しさわりがありますしね。ギッドガッドさん、今日はありがとうございました」


「いやいや、俺のほうこそありがとうよ。お嬢ちゃん、また遊びにきてくれや。いつでも歓迎するからよ」


「あ、あの・・はい、ありがとうございました」


 強面の顔を精一杯優しく変えて温かくほほ笑むドワーフに、なんとも言えない感慨深い表情を浮かべて少女は深々と一礼すると、連夜とともに店をあとにするのだった。




「さてと、それじゃあ、約束通り、三食付きでいくらでもただで泊まれる場所に案内しましょうかね」


 ドワーフの言葉の衝撃から未だに立ち直れずにいる隣の少女に、務めて明るい声で言う連夜。


 そんな連夜の言葉に、不安そうな表情を浮かべて連夜を見つめる少女。


「あ、あの・・連夜さん・・で、いいんですよね?」


「そそ、宿難(すくな) 連夜(れんや)です。改めてよろしくお願いしますね」


「は、はい・・私は如月(きさらぎ) 晴美(はるみ)です。あの、それで、私はこれからどこに行くのでしょう? ひょっとして連夜さんは・・私の家の関係者の方ですか?」


 少女が連夜の予想通り、玉藻の妹の晴美であったことと、今聞いてきている質問から、やはり晴美は修行から逃げ出してきたらしいことを悟り、連夜は声をかけてよかったと安堵の吐息をもらした。


 そして、晴美の不安を吹き飛ばすような明るい笑みを作って、晴美を目をまっすぐに見る。


「違いますよ。あなたを連れ戻しに来たわけじゃありませんから、安心してください。むしろ逆です。信じてもらえないかもしれませんが、これでもあなたの味方なんですよ」


「え、ほ、本当なんですか? で、でも私・・」


「まあ、ある程度事情はわかっているつもりですが・・あの、今から僕が言うことに間違いがあったら訂正してください。晴美さん、あなたは丸薬作りの非人道的な修行に耐えかねて家を飛び出してきた。違いますか?」


「ご、ご存知だったんですか!? なんで? 連夜さんって、いったい何者なんですか?」


 驚愕する晴美に、連夜はにっこりと笑って答えるのだった。


「それを答えるのはあとにしましょう。とりあえず、晴美さんがしないといけないことは、まずお風呂に入って、おいしいものを食べて、温かい布団でぐっすり寝ることです。幸い明日は日曜日ですし、はっきりさせなければならないことやらなければならないことは明日まとめてやっちゃいましょう。大丈夫。絶対、あなたが望まない結末にはしませんから」


 そう力強く断言してくれる目の前の少年のことを、晴美はいつの間にか不思議と信じられるようになっていた。


 まるで実の兄が側にいてくれるような安心感で。


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