~第14話 姉弟強襲~
土日やゴールデンウィーク中とは違い、平日はお互い学校やその関係の付き合いや仕事やいろいろなやるべきことがあるため、なかなか会うのは難しい。
と、いうことは頭ではわかってはいるのだが、だからといって感情でも納得できるかというとそういう風にも割り切れず、玉藻は胸に込み上げてくる寂しさに耐えきれずにソファに突っ伏してクッションを抱きしめると、そこに顔をうずめる。
クッションからは最愛の恋人の象徴とも言うべき金木犀のかすかな匂いが漂ってきて、そのときは若干気分が落ち着くものの、すぐに側に本人がいないという事実が浮き彫りになってしまい、余計に寂しさが募ってしまったりで、なかなか心を鎮めることができない。
「あ〜〜、もう思い切って学校で待ち伏せしてでも会えばよかったかなぁ・・」
付き合いだしてから一週間しか経ってないのに、あの年下の恋人のことを考えれば考えるほど好きで好きでたまらない自分に気づく。
「わたしって、こんなに惚れっぽい性格だったのかぁ・・自分で自分が意外だわ・・」
玉藻はこれまで恋愛らしい恋愛はしてきたことがない。
親友であるミネルヴァが言いよってくる男達を片っ端から選別し、落第の烙印を勝手に押して蹴落としていったという事実も確かに理由の一つとしてあるにはあるが、玉藻自身が一緒にいてほしいと思う男性に巡り合えなかったの確か。
それでも何人か付き合ってもいいかなと思う人物がいなかったわけではないが、結局付き合うまでには至らなかった。
そんな自分がたった一回出会っただけの人物に、しかもその翌日に、自分から交際を申し込むことになろうとは。
それも、その人物が自分よりも年下で、なによりも長年付き合いのある親友である人物の弟とは。
人生はわからない。
「あ〜あ・・とりあえず、お酒飲んで寝ようかな・・」
「うんうん、とりあえず、これいっときなさい。ゴールデンウィーク中に城塞都市『ゴールデンハーベスト』で買ってきたあそこの地酒『ザヅバ・ホワイトウェーブ焼酎』」
「あら、気がきくわね、ミネルヴァ・・ごくごくごく・・・・・・・・!! んっ、ぶ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
何気に女優バリに美しい長年の親友から焼酎の入ったコップをごく自然に渡された玉藻は、普通に受け取って飲み干しかけるが、目の前の人物がさっきまで自分の家にいなかったはずだったことを思い出して、おもいきり口に含んでいた酒を噴き出した。
それをまともに浴びることになった金髪ショートカットの親友は、悲鳴をあげてのけぞる。
「ぎゃあああああああ、汚い!! ちょっと、たまちゃん、なにするのさぁぁぁぁぁぁ!!」
「げほ、ごほ、ちょ!! あ、あんた、ごほ、なん、で、げほごほ、ここにいるのよ!!」
「なんでって、酒盛りするために決まってるでしょ!!」
「あ〜、そうなのね・・って、当たり前みたいな顔して言うなっ!!」
『なんでそんな今更当然のことを普通に聞いてくるんだろうこの人は?』みたいな表情を浮かべる親友に、顔を真っ赤にして怒り狂いながら厳しいツッコミを入れる玉藻。
「だいたい、どうやって、ここに入ってきたのよ!! 鍵はちゃんとかけていたのに!!」
「そんなもん、合い鍵で開けたに決まってるでしょ?」
「そっか〜〜、合い鍵ね、それなら仕方ない・・って、そんなわけあるかぁぁぁぁ!! あんた、そんなもん、いつ作ったのよ!!」
「いや、もう一年以上も前になるけど・・」
さらっと普通に爆弾発言するミネルヴァに、眩暈を覚えながら頭を抱える玉藻。
「ちょ、あんた、ほんと、いい加減にしなさいよ!! ってか、その鍵出せ!! あんた、普通に犯罪よそれ!!」
「もう〜〜たまちゃんは相変わらず細かいなあ・・」
「細かくないわよ!! あんたが非常識なのよ!!」
「しかも、相変わらず女のかっこしてないなあ・・そんなかっこしてるから男ができないんだよ・・」
と、ミネルヴァが憐みを込めた視線で長年の親友の姿を見て、やれやれと首を横にふる。
「う、うっさいわね、誰も家の中にこないときは別にいいのよこれで!!」
顔を真っ赤にしながらも自分の姿が、結構だらしないことを自覚しているのか、ちょっと顔を背ける玉藻。
いまの玉藻は明らかに高校時代のものとわかるださい赤いジャージ上下に、びんぞこのようなレンズの古臭い眼鏡、髪は後ろでおばさん結びにして、なによりも今玉藻は完全すっぴんノーメイク状態。
普段大学で見せているクールできっちりばっちり決めている美しい姿からは想像もできないような、もう正直目も当てられないという、かなりひどい姿だった。
「まあ、私は別にいいけどね〜」
「腹立つわ〜〜〜・・もう大概あんたのその言動には慣れたつもりだったけど、やっぱり腹立つ・・」
「わかったわかった、とりあえず、新しいお酒がほしいわね。連夜、悪いけど、玉藻が噴き出したそのお酒拭いといて、あと、お酒の追加とおつまみ」
「はいはい・・たま・・いや如月さん、これきれいな布巾ですから、ジャージに零したお酒拭いておいてください」
「あ、うん、ありがとね」
「連夜、お酒とおつまみ、早く早く〜〜〜〜」
「はいはい・・もう、ほんとに我がままなんだから・・」
いつもの自分を心底気遣う優しい笑顔の連夜から奇麗な新しい布巾を手渡され、最初なんの疑問もなく自分が噴き出したときにジャージにお酒がついてしまった部分を拭いていた玉藻だったが、ふと違和感を感じてその手が止まる。
「あ、あれ?・・いま、私、誰にこの布巾手渡された?」
「連夜」
「あ、そ、そっか・・え・・」
独り言のように呟いた疑問に、当り前のように即答して返してくるミネルヴァ。
その答えに、ギギギと壊れたゴーレムのようなぎこちない動作で長年の親友のほうに視線を向ける。
そんな親友の動作を、事実確認の再度徹底ととらえたのか、ミネルヴァがさらに口を開いてダメ押しの追い打ちをかける。
「だから、弟の連夜。城砦都市『ゴールデンハーベスト』でさあ、すっごい美味しそうな地元特産品の猪肉を見つけて買ってきたのよ。でも、ほら、私壊滅的に料理だめじゃん。で、考えたんだけど、うちには凄腕の専属シェフがいる!!って。まあ、弟の連夜なわけだけど。そんで、この場で作ってもらおうと思って一緒に来てもらったの」
「こんな夜更けに女性の部屋に黙って訪問するのはいやだって言ったのに、無理矢理連れてきたんじゃない・・」
「あっはっは。ごめんごめん。でもさ、明日は土曜日で学校お休みだし、なによりも玉藻の家だから大丈夫」
「大丈夫って・・その根拠が一体なんなのか全然わからないし、しかも、如月さん、大丈夫じゃないみたいなんだけど・・」
豪快に笑うミネルヴァの横で、心底恨めしそうな表情を浮かべながらもテーブルの上にいつの間に作ったのか甲斐甲斐しく猪肉料理を並べていく連夜の姿。
その連夜が玉藻のほうを見つめると、玉藻は驚愕というか絶望というか悲壮というか、とにかく、もう目を背けたくなるような不幸という文字を人の表情にしたらこうなるんじゃないかと思われるような表情で固まってしまっていた。
「あれ? たまちゃんどうしたの?」
ミネルヴァが声をかけると、玉藻の口が若干動く。
「・・ぃ・・」
「い?」
親友の言葉がよく聞き取れなかったため、ミネルヴァが耳を親友の口元に寄せる。
「『い』って、今なんて言ったの? たまちゃん?」
ハテナマークを顔に張り付けたミネルヴァの問いかけに、玉藻は全力で応えるのだった。
「いやああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあああああ、耳がああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
〜〜〜第14話 姉弟強襲〜〜〜
「放して連夜くん!! もうだめ、絶対だめ、完璧にだめ!! 死んでやる、絶対死んでやるんだからぁぁぁぁぁぁ!!」
「ちょっとだめです、玉藻さん!! ここ二階ですから、ここから飛び降りても死ねません、怪我するだけですって!!」
マンションの自室から飛び出して、廊下を乗り越えて飛び降りようとするジャージ女を後ろから羽交い締めした連夜は、物凄い力でジタバタするのを必死で押しとどめる。
「こんな・・こんな姿を見られて・・う、うわぁあぁぁぁぁぁぁあん!!」
「玉藻さん、落ち着いてください!!」
「落ち着いていられるわけないでしょ!? こんな、だっさいジャージ姿に、びんぞこ眼鏡に、おばさんくくりの髪に、しかも・・しかも、すっぴん全開なのよぉぉぉぉぉ!!」
かわいそうなくらい取り乱す恋人の姿に、本当に心の底から同情する連夜だったが、だからといってその願いを絶対かなえさせるわけにはいかないし、この奈落の底まで落ち込んだ状態もなんとかしないといけないので、最終手段に訴えることを決断する。
連夜は玉藻の暴れる呼吸に合わせてタイミングよく羽交い締めを解き放ち、力あまってバランスを崩す玉藻をくるっと一回転させる。
そして、自分の正面を向いた玉藻の顔を両手で挟むと、顔を近づけて自分の唇を相手のそれに重ねるのだった。
『ちゅ〜〜〜〜〜〜っ!!』
しばらく結構ディープなキスをしたあと、そっと顔を離すと、顔を真っ赤に紅潮させてぼ〜〜っとする玉藻の姿が見える。
ちょっと放心状態に入っていることを確認し、また鬱状態に入る前にたたみかけることにする。
「玉藻さん、前に僕に言いましたよね? 僕を外見で選んだわけじゃないって。僕だって同じですよ、玉藻さんを外見で選んだわけじゃないですよ。そんな玉藻さんが僕を必要だって言ってくれたのは、あれはウソですか?」
「あ、う、その、嘘じゃないわよ。ほんとに連夜くんには側にいてほしいって思ってるわよ。でも・・それとこれとは・・」
「違わないでしょ? じゃあ、僕がもしも大やけどを負って顔がぐちゃぐちゃになってしまったら、玉藻さんは僕から離れていくんですか? そのときはもう僕は必要ないですか? 僕はもし玉藻さんがそうなったとしても全然気にしないですよ。玉藻さんにずっと側にいてほしいです」
できるだけ、悲しそうに見えるようにわざと表情を暗くして玉藻をじっと見つめると、眼に見えて玉藻は激しく狼狽える。
「わ、私だって、そうよ!! そんなの気にしない、連夜くんにはどんな姿になっても側にいてほしいって思ってる!!」
「じゃあ、もう外見を気にするのはナシってことでいいですね?」
「あ・・う・・」
「そもそも、玉藻さんはすっぴんだって、こんなに美人じゃないですか」
と、そっとびんぞこ眼鏡を外して玉藻の素顔が見えるようにすると、連夜はもう一度唇を重ねた。
今度は、玉藻もしっかり連夜を抱きしめ返してくる。
そして、またしばらくしてから唇を離すと、玉藻は嬉しいようなすねたような照れたような表情を浮かべて連夜を見つめた。
「もう〜〜・・なんか連夜くん、どんどん女たらしになっていくような気がするな〜〜」
「玉藻さん、限定ですから。他の女の人には恥ずかしくて、こんなこと言えません」
「ほんとに〜〜〜〜? まあ、いいわ、信じてあげる・・」
と、言ってもう一度嬉しそうに連夜に抱きつく玉藻。
その玉藻の背中を抱きしめ返しながら、苦笑してぽんぽんと軽く叩く連夜。
「ほら、玉藻さん、そろそろ部屋に帰りましょう。み〜ちゃんは、さっきの玉藻さんの至近距離からの絶叫のせいで気絶してましたけど、もうそろそろ目を覚ましてもおかしくないですし」
「・・ったく、朝まで気絶してればいいのに・・そうすれば連夜くんと二人っきりなのに・・」
「それはそれで困るんですけどね、いろいろと・・」
「私は困らないわよ。連夜くんならいつでもいいし。本気よ?」
と、妖しい光を宿しながら連夜を見つめる玉藻を、連夜は嬉しそうだがどこか真剣な光で帯びた視線で見つめ返す。
「わからない振りでごまかすつもりはないですよ。でも、そうなるなら僕自身がいつでも責任取れるようにしておきたいんです。幸い、僕、今でも一応ある程度責任取れるくらいには働いて収入確保できますしね。ただ、このままだと二人で生活するのがギリギリなんとかっていう程度なので、もうちょっと収入増やせるように自分自身の力を身につけておきたくて。資格とか技術とかまあいろいろとね。あ、玉藻さん、責任取らなくてもいいとか言うのはなしですよ。僕は責任を取りたいので、その権利まで奪わないでくださいね」
と、にっこり笑う年下とは思えないしっかりした恋人の笑顔がカウンター気味に玉藻の心に突き刺さり、ノックアウト寸前の玉藻。
「もう、絶対連夜くんてたらしだ。やだ、連夜くんが結婚詐欺師だったらどうしよう・・私、100%騙される・・」
真っ赤になってしまった顔を背けてすねたように、でもすごく幸せそうに呟く。
「じゃあ、僕が玉藻さんを詐欺にかけて逃げないようにしっかり捕まえといてくださいね」
「うん、絶対逃がさないように捕まえとくね」
そう二人は幸せそうに微笑みあうと、玉藻のマンションの中でもどっていった。
部屋にもどってみると、案の定ミネルヴァは仰向けで白眼を剥いて気絶したままの状態。
その姿を見て、玉藻は忌々しそうな表情を浮かべる。
「しかし・・こいつほんとに傍若無人だよねえ・・連夜くんと血がつながってるという事実が未だに信じられないわ・・」
「すいません、ほんとにいつもいつも姉がご迷惑をおかけいたしております」
もう、ほんとに穴があったら入りたいみたいな困り果てた表情で玉藻に謝る連夜。
そんな連夜に玉藻は慌てて手と首を横に振る。
「いや、連夜くんは全然悪くないわよ、と、いうか、そこは気にしないで、悪いのは全部こいつだし。しかし、合い鍵まで作ってるって、こいつ何様なんだか・・あれ?」
何か気がついたのか、玉藻は、キッチンで何か後片付けか何かをし始めた連夜のほうを向いた。
「ねえ、連夜くん、以前私が霊力覚醒で熱出した時に、連夜くん、いつのまにか部屋に入ってきていたけど・・まさか、あれって・・」
恐る恐る聞いてくる玉藻に、連夜は非常にバツの悪そうな表情で振り返る。
「はい、み〜ちゃんが、開けてくれました・・あのときは、まさか、玉藻さんに無断で作った合い鍵だったとは思いもしませんでしたけど・・」
「え、ちょっと待って・・鍵あけてそのあとは?」
「『じゃあ、私バイトあるから、玉藻の看病よろしく!!』って・・その合い鍵だけ僕に渡して、自分は帰っちゃいましたけど・・」
「こ、こいつ・・連夜くんのことそこまでこき使うか・・」
怒りのあまり拳を握りしめてぶるぶると震える玉藻。
「いっそ、こいつを屋上から突き落としてしまおうか・・」
物騒な計画を実行に移そうかどうしようかと、気持ちよくすぴょすぴょ眠っているミネルヴァの前で本気で悩む玉藻。
そんな玉藻の気配を察したのではないだろうが、ミネルヴァの瞼がぴくぴくと動き始めた。
どうやら、ようやく覚醒しようとしているらしい。
「う・・う〜〜ん・・」
「なんだ、起きるのか・・チッ・・もうちょっと寝てればいいものを・・」
と、少なからぬ落胆と殺意を込めた表情で舌打ちをして親友の寝顔を玉藻がみつめていると、なにやら、その口が動き始めた。
「か・・かわいいわ・・よ・・れん・・や・・」
「へ? 何言ってるの、ミネルヴァ?」
「なに・・いってる・・の姉弟とか・・関係・・ないわよ、そんなの・・あぁん・・そこよ、そこをもっと・・」
「はあぁっ!?」
「もう・・我慢できない・・れん・・やは・あた・・し・だけ・・のものなんだから・・うふん・・」
とんでもない寝言を言いだした親友にしばらく吃驚仰天の表情を浮かべていた玉藻だったが、その視線がどんどん冷たくなっていく。
そして
「さ・・あ・・れんや・・おねえちゃ・・んとひつ・・つに・・」
「とんでもない夢みてんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇ!! 起きろこの変態があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!」
『ガスッ!!』
「げふうっ!!」
完全にプッツリきれた玉藻の片足が、美しいフォームを描いて垂直に上げられ、そのまま真っすぐミネルヴァの腹の上にたたき落とされる。
寝ているところを玉藻の芸術的なまでに美しくも恐ろしいカカト落としをモロに食らってしまったミネルヴァは、一瞬にして覚醒すると腹部を抑えてカーペットの上を転げまわる。
「ごほっ!!げほっ!!い、息が・・息ができない!! ちょ、え、何!?何が起こったの!?」
涙目になってミネルヴァが起き上がり、周囲を見渡すと、完全に呆れ果ててもうどうしようもないという表情の連夜と、氷のような視線でこちらを見つめる明らかに鬼のように怒り狂ってるとわかる玉藻の姿が見えた。
「え、なになに?なにかあったの?」
「何かあったのかじゃないわぁ、きさまあぁああ!! よりによってなんちゅう夢見取るんじゃ!!」
「ゆ、夢?」
玉藻の言葉にしばらく考え込んでいたミネルヴァは、あっと声をあげるとキッチンから物凄いいやそうな表情で自分を見ている連夜のほうに視線を移し、顔を赤らめてもじもじと身体をゆすると、ゆっくりと連夜に近づいた。
そして、連夜に近づいたミネルヴァ連夜の手をそっと取り、物凄く妖しい光を欄々と両目に宿らせて連夜のほうを見るのだった。
「連夜・・夢の中でまでお姉ちゃんを惑わすなんて、悪い子ね」
「へ!?・・何言ってるの、み〜ちゃん?」
「いいのよ、もう・・そんなにお姉ちゃんのことを望むなら、好きにさせてあ・げ・る・・」
そういって、もじもじと体を悩ましげにゆすると、連夜の手をひっぱって、玉藻の寝室に連れて入ろうとする。
「はあぁっ!? ちょっ、ちょっと、み〜ちゃん、僕をどこに連れていく気なの!?」
「決まってるじゃない・・禁断の愛の世界よ」
「だめだめだめ!! そんな世界ありません!! いりません!! いきません!! 放して!! み〜ちゃん、正気に返って!!」
「ごめん、連夜、今夜の私はもう止まらない、止められないの、明日後悔するにしても、今日は自分の気持ちに正直でいたいの・・こんなお姉ちゃんを・・わかって・・」
「いや、絶対、わからないから!! ってか、僕は自分の気持ちにいやというほど正直にいやだから!! お願いだから、み〜ちゃんの変態な気持ちに僕を巻き込まないで!!」
「ふっふっふ・・いやよいやよも好きのうち・・大丈夫すぐに気持ちよくしてあげるから・・」
と、もうせっかくの女優ばりの美しい顔が、完璧に完全にこれ以上ないくらいに台無しになるような脂ぎった中年スケベおやぢのような顔で涎を垂らして自分の弟をがっちり掴んで凝視する姉から、恐怖に慄いて必死に抵抗する連夜。
しかし、どういう馬鹿力なのか、必死の抵抗も空しくずるずるとその体は寝室に引きづり込まれていく。
あやうし、連夜!! このまま、禁断の姉弟ラブコメになってしまうのかと思われたそのとき、正統派ヒロインの怒りが爆発する。
親友のあまりの激変ぶりに、しばらく放心状態でことの成行きを見つめていた玉藻だったが、最愛の恋人の悲鳴で我に返って走りだすと、あとは寝室の襖を閉めるだけの状態になっていたミネルヴァに、美しいフォームで怒りのロケットドロップキックをお見舞いする。
「こおぉの、変態ブラコン馬鹿があぁぁぁぁぁぁ!!」
「おごぺっ!!」
流石のミネルヴァも玉藻の渾身の必殺ドロップキックの前に連夜を掴む手を放して、吹っ飛び、一人だけ寝室の布団に突っ込むことに。
そして、しゅたっと見事な形で畳の上に着地した玉藻は、半泣きになっている連夜をすかさず抱きしめてキッチンに避難する。
「こ、こわかった・・こわかったですぅぅっ・・」
「よしよし、もう大丈夫、もう大丈夫よ・・よくがんばったわね・・」
本気でおびえて涙がこぼれそうになっている自分よりも弱冠小さい連夜の身体をしっかりと抱きしめてやり、よしよしと頭を撫でて慰める玉藻。
「ちょ、ちょっとたまちゃん何するのさ!!・・って、あ〜〜〜〜、何、私の連夜に手を出してるの、あんた!!」
結構手加減なしで放ったドロップキックだったにも関わらず、速効でダメージが回復したのか、寝室から飛び出してきたミネルヴァは、最愛の弟が親友の腕の中にあるのを見て怒りだした。
「黙れ、変態!! ちょっとよく見なさいよ、あんたのしたことで、すっごい傷ついている人がいるでしょうが!! 謝れ!! ちゃんと謝りなさい!! ってか土下座しろ!!」
ミネルヴァの怒りを真正面から跳ね返すように睨みつけると、逆に自分の腕の中で涙目になっている連夜を指さす玉藻。
最初は『何言ってるんだこいつ?』と敵意むき出しで玉藻を睨んでいたミネルヴァだったが、玉藻の腕の中で本気で自分に怯えて涙目になっている最愛の弟の視線は流石に堪えたらしく、みるみる怒りを萎ませていった。
「あ、あう〜。連夜、ごめん、お姉ちゃん、調子に乗り過ぎたから、そんな怯えないでよ、ね。悪かった、ごめんなさい、許してお願い。もうしないから・・でないと、お姉ちゃんが泣きそう」
ようやくこのままだと本気で一生嫌われてしまうかもしれないほどのことをしていたのだと気がついたミネルヴァは、正座して土下座を繰り返し懸命に連夜に謝り倒す。
連夜も、元々姉想いの少年で、姉のことは決して嫌いではないし、家族としては心から愛しているので、甘いなぁとは思いつつも許してやることにする。
玉藻から身体をそっと放して土下座する姉の側に近寄ると、そっと手を取って立たせる。
「・・もうしない?」
「しないしない、絶対しない」
「・・しょうがないから許してあげる・・今回だけだよ・・」
「連夜、ごめんね〜〜〜〜!!」
と、がばっと連夜に抱きついてさめざめと大泣きする姉に、大きく深いため息を一つつく連夜だった。
側でそのやりとりを見ていた玉藻は、もっとミネルヴァに謝れと言っていたが、ミネルヴァは連夜に許してもらったという手応えをちゃっかり感じていたのか、『ふ〜〜んだ、姉弟の絆にはこれ以上の言葉はいらないのよ』とかなんとか言って、さらに玉藻を不機嫌にさせていた。
そんなこんなで言い争いを延々と繰り返す二人にいつのまにか酒が入り、なし崩し的に酒盛りがスタート。
それをもうあらかじめ見越していたのか、連夜が忙しく酒と肴を給仕していく。
「はい、これザヅマ猪肉のタタキね、横につけてある辛子マヨネーズをニューガータ特製薄口醤油に落としてちょっと混ぜて食べてみて」
若干厚めに切った猪の薄紅色の肉が、扇状に奇麗に並べ盛りつけられた皿を連夜が、リビングのテーブルの上に置き、その代わりに空になった徳利を回収していく。
「うまっ!! もう、すんごいうまっ!!」
「しかも、この焼酎とよくあうわね〜〜」
二人とも出された料理に早速箸をつけて口に放り込み、それを咀嚼しながら、大きめの猪口に入れた焼酎を流し込む。
普通の豚肉では味わえない甘味を含んだ特製の猪肉のたまらない味が舌いっぱいに広がり、それを強調するかのようにぴりっとする辛子マヨネーズが程良いアクセントとなって口の中に絶妙の調和を奏でる。
もう幸せいっぱいという表情で、出された料理と酒をがんがん流し込んでいく。
連夜がキッチンから様子をそっと観察していると、いったい細身の二人のどこに入っていくのかという勢いで、料理も酒も減っていっていた。
(どれだけ飲んで食べる気なんだろう・・もう五品くらい出しているのに・・しかも大皿に)
料理ばかりではない、一升瓶の焼酎が既に一本空になっており、二本目に突入しているのだ。
(こりゃ、ごみ屋敷になるはずだわ・・このペースで飲んで食べていたら、あっというまに空き缶、空きビンの山になるよねえ・・)
と、溜息をつきながらも、連夜は徳利の中に焼酎を注ぎこんで、鍋の中の湯の中につけると、次の料理の準備にかかるのだった。
ちょうどそのころ、二人のうわばみは、酔っ払いスキル全開できわどい会話の真っ最中だった。
「あ〜〜、それにしてもミネルヴァ、あんた自分の実の弟に走ってないで、いい加減男作りなさいよ」
「大きなお世話よ・・わたしだってね、実の弟に走るのが不毛だっていう自覚はあるのよ・・でもねぇ・・炊事洗濯掃除ができて、性格よくて、私のことすっごいわかってくれて、おまけにかわいいのよ。
あれを見たあとで、他の男に走れると思う? 私に声かけてくる大概の男ってさ、自己中のナルシストか、女の私を屈伏させたいだけのバカか、優しさと優柔不断をはき違えているたわけ者かのいずれかなんだもん。せめて連夜の十分の一でも女のことを理解して立ててくれる男がいればなあ・・」
「いや、それはわかるけど・・と、いうか、ごめん」
「なんで、謝るの?」
「いや、ちょっと自分がどれだけ幸運なのか、改めて認識して罪悪感が・・」
「はあ!? なに言ってるの、あんた?」
「いやいやいや、いいから、まあ飲みなさい、どんどん飲め」
と、誤魔化すように徳利をもつと、ミネルヴァの猪口についでやる玉藻。
そんな玉藻の様子を怪訝そうに眺めていたミネルヴァだったが、酒が回って頭の回転が鈍くなっていることも手伝って、いまの会話の内容について吟味するのを放棄。
思いついた次の話題に以降することにする。
「ねぇ、玉藻、最近あんた実家に帰ったことある?ここのところ全然ないんじゃない?」
「・・うあ、私にその話題を振るか・・やめてよ、あそこに私ろくな思い出がないってことあんたも知ってるでしょう? なんでそんなこと言い出すのよ」
「いや、実はさ、連夜が丸薬の生成に手を出していて、どうも行き詰ってるらしいんだよね。で、たしかあんたの実家って丸薬の大家だったこと思い出してさ・・あんたに教えてもらえないかと思ったんだけど、よく考えたらあんた中学校にあがるときに修行やめちゃったわけじゃない。もし、忘れてしまってるようだったらさ、実家の誰かに教えてもらえるように頼んでもらえないかと思ってね」
「あ〜〜、そのことか。もうそのことなら連夜くんから聞いて私が引き受けることになってるから大丈夫よ」
「あ、そうなんだ、な〜〜んだ・・って、え、いつ!? いつの話よ!? それ、そんな話連夜といつしたの?」
「え?・・あ」
酔っ払って完全に油断していた玉藻は、自分が地雷を思いきり踏んでしまったことに気がついた。
一気に酔いが冷めた目で目の前の親友を見ると、同じくらいに冷めた目つきでこちらを見ているのに気がついた。
なんだか、すっげえ怖い光が宿っているのがはっきりわかる。
背中から滝のように冷や汗を流しながら必死に言い訳を考えようとする玉藻だったが、意外なところから助け船が。
「み〜ちゃんが、さっき寝ている間に話をしたの。み〜ちゃん、結局全然その話を如月さんに話してくれていなかったんだね・・はい、熱燗どうぞ」
新しい徳利を持ってきた連夜がそう言って、ミネルヴァのほうをジト目で見つめると、今度はミネルヴァが冷や汗を流しながらその視線を避けるように目をそらす。
「わ、忘れていたわけじゃないのよ。た、ただタイミングが悪かっただけなの・・ほんとよ!! お願い信じて、連夜、お姉ちゃんを見捨てないで!!」
「はいはい・・そうでしょうよ。料理取ってくるね・・」
と、完全に呆れ果てた表情で立ち上がった連夜がキッチンに消えていくのを見送ったミネルヴァは、玉藻にしがみついて泣きだした。
「うわ〜〜ん、それならそうと言っておいてよ玉藻!! 今日、ただでさえ連夜の中で私の株が急落してるのに、これ以上落ちたら、ほんとに私見捨てられちゃうよ〜〜〜〜!!」
「悪かった悪かった。ほんとに私が悪かったから、あとで連夜くんにフォロー入れておいてあげるから」
「ほんとに? ほんとにほんと?」
上目づかいで目をうるうるさせて訴えかけてくる親友にげんなりしながらも、玉藻はしっかり頷いた。
「あんたじゃあるまいし、私は忘れたりせんて」
「う、地味に傷つくけど、そんなこと言ってられない・・とにかくお願いします」
「はいはい・・ほれ、飲みなさい、飲みなさい」
「うんうん」
と、連夜が新しく持ってきてくれた程良い熱さになった熱燗を、また猪口にお互いつぎあって飲む。
「あ〜〜、旨い・・って、どうしたの?たまちゃん」
「たまちゃん言うな!! もうフォローしてあげないわよ」
「ごめんごめん、それは勘弁。で、どうしたのさ、急に遠くをみつめちゃって」
自分の表情の変化を見逃さなかったミネルヴァの追及に内心苦笑しつつも、玉藻は口を開いた。
「いや、実家の話がさっき出たけど・・そのことでちょっと思い出したことがね。私が修行をやめちゃったのはいいんだけど、その代りに妹の晴美が私の代わりに修行させられることになったらしいんだけど。
当時自分のことで手一杯だったし、それからも関わり合いになりたくなかったから、晴美のその後について聞こうともしなかったんだけど・・」
「あ〜、ひょっとすると自分と同じ目にあってるかもって、思ったわけか」
「うん、勝手な話なんだけど、ようやく私も幸せな毎日を送れるようになってきたせいで、余裕がでてきたというか、周囲のことを振り返ることができるようになったというか。私と七つ違うから晴美も確か今年中学一年生になったはずなんだよねえ・・親兄弟姉妹とはあまりいい思い出がないんだけど、あの娘とだけはちょっと仲良かったから」
「そっか・・じゃあ、今度帰ってみたら・・実際の距離は遠いけどさ、市営地下鉄使えばそんな遠くないでしょ、霊狐の里って」
「そうねぇ・・ちょっと帰ってくるかぁ・・」
「そうそう、どんだけいやな思い出があったとしても、故郷自体に帰ることは大事なことだと思うよ」
「・・それもそうね」
と、二人はなんとも言えない和やかな笑顔でほほ笑みあい、猪口を酌み交わした。
「は〜い、次の料理持ってきましたよ〜・・もうこれで最後ね、材料ないから。あとお酒ももうおしまいだからね、一升瓶二人で三本も空けるってどんだけ飲むのさ。・・って、あれ?」
連夜が料理を盛った皿を持ってリビングに行ってみると、仲良く酔いつぶれたうわばみが二匹子供のように安らかな表情で眠っていた。
その姿を呆れながらも優しい表情で見つめた連夜は、寝室の押し入れから毛布をひっぱりだしてくると、二人の体にそっとかける。
そして、枕も二つ取り出してくると、眠っている二人を起こさないようにそっと頭をあげてその間に枕をはさんでやるのだった。
「う〜〜ん、連夜くん・・だいすき・・」
「れんや〜〜・・お酒たりない・・むにゃむにゃ」
その寝言を背中に聞きながら、連夜は後片付けをすべくキッチンにもどっていった。
二人が食い散らかした後片付けは、相当な量に及んだが、なんとか真夜中になる前に片づけられるだろうとちょっとため息をつきながらも、連夜は再び優しい表情を浮かべてリビングを振り返ると、そっとリビングの念灯を消して襖を閉めた。
「おやすみなさい、玉藻さん、み〜ちゃん」