~第12話 新生(前編)~ おまけつき
それは彼の中での一目惚れで、唯一の恋だったと言えるかもしれない。
それまでの彼が見てきた相手は、どいつもこいつも似たようなロクでもない相手で、そこには美しさの欠片もなく、ただ自分を認めさせたいと無様に滑稽に醜悪にもがき続ける羽のもげたカラスのような連中ばかりだった。
それが、住んでいた街を捨てて、真友と共に移り住んだこの街で、彼は運命とも言える相手に出会った。
厳しい雪山の頂上にも似た孤高で冷たい瞳を持ちながら、誰よりも熱くたぎる何かを秘めた心。
自分が信じた何かを守るために、決して退くことがないという不退転の覚悟。
そして、今まで見てきた誰よりも頂点に近いと思わせる圧倒的な、しかし、芸術的なまでに美しい力。
たった一度。
たった一度だけ見ただけなのに、彼の中に抑えきれない何かが芽生えた。
中学時代のもう一人の真友で、自分の人生における無二の相棒と別れたあと、例えようもない喪失感と虚無感と戦い続ける高校生活の日々の中でも、今日まで決して忘れることがなかった燃えるような想い。
しかし、その想いを伝えることはなく今日までずっと彼はその心をひた隠し、押し殺してきた。
一つには相手が自分の親友の大事な幼馴染であったということ。
もう一つは負け犬ではないものの、どこか全力で生きているわけではないように思える自分に引け目があったこと。
そんな自分がこの想いを伝えるのはあまりにも傲岸不遜であると思われた。
だが、そんな彼にも大きな転機が訪れる。
二度にも渡る死と隣り合わせの経験と、一度失った翼がもう一度自分と羽ばたくことを決意して帰って来てくれたことが、彼の心に『決断』の二文字を与える。
それはたった一度だけの恋。
もう一度自分が本当の自分として羽ばたくために、今一度過去の自分と向き合うために、どうしてもやらねばならないことであった。
前の晩、彼は生れて初めてラブレターを書いた。
真剣に誠実になんの虚勢もなくありのままの自分の気持ちを書き記す。
断られるとは全く思っていなかった。
自分が知る相手ならば、必ずや受けるであろうと確信していた。
だったら口で伝えてもいいようなものだが、これは自分なりのけじめでもあった。
そして、それを相手の知り合いに頼んで渡してもらったあと、待ち合わせの場所である学校から少し離れたところにある空き地で、一人たたずむ。
元々市営念車の車庫のあった場所だが、諸事情により建物は移転してしまい、今は廃線とだだっぴろい草原が広がっている空き地になっている。
そこのすっかりさびて放置されたドラム缶の上に座って、昨日の夜のことを思い出す。
昨日の夜、机に向かって必死にラブレターを書いているとき、同居人でもある相棒が勉強ではないことを知って邪魔しにやってきた。
『何やってるんだよ?さっきから難しい顔しちゃってさ』
『生まれて初めてラブレターを書いてる』
『へ〜〜〜・・ラブレターねえ・・って、ラブレター!?』
相棒の問いかけに即答してやると、おもしろいくらい狼狽してのけぞった。
『え、ちょ、そんな、いまさら、くれなくてもいいって・・いや、くれるなら喜んでもらうけど』
と、顔を赤らめてモジモジしながら呟く相棒に、彼は無情にも首を横に振る。
『残念ながらおまえにじゃない』
『ええっ!?』
みるみるうちに顔を真っ青にしていく相棒。
『そ、そんな・・おまえ・・嘘だよな・・』
『嘘じゃない』
『あ、あの・・や、やっぱり、俺迷惑だったのかな・・』
顔をくしゃっと歪ませてみるみる涙を瞳に浮かべてくる相棒に、急いで首を横に振って否定する。
『そんなことはない、俺にはおまえが絶対必要だ』
『じゃあ、なんでそんなの書いてるんだよ!!』
『・・過去の俺と向き合うためにかな・・』
ぽつりとつぶやいた彼の言葉にきょとんとする相棒。
『大げさな言い方だけど、俺は今までの自分を捨てて、今までとは違う道を歩こうと思っている。その道の先には全然俺がわからないことがいっぱい広がっていて、すごく不安なんだけど、同時にすごく楽しみにしている自分がいるんだ。そんなところに一歩踏み出す勇気をくれたのはおまえだ。おまえが将来どういう形で俺と関係するのかまだわからないけど・・そういうおまえにできればどんな形でもいいから側にいてほしいと思っている』
と、彼が椅子ごと振り向いて、側に立つ相棒の、すっかり華奢になってしまった手を取ると、相棒はゆでダコのように真っ赤になった。
『あ、う、そんなの断られたって側にいるけどさ・・』
『それはよかった。過去と向き合ってそれを清算してもおまえに去られてしまったのでは意味がないからな』
『いや、だから、それがどうしてラブレターにつながるのよ』
『これはな・・捨てようとしている今までの俺の中で一番でかい未練かな』
『未練?』
『そうだ。これは捨てるってことはできない。もう昇華させるしかない一番厄介な部分なんだ。俺の中で一番ガキ臭い部分で、一番俺の根っこだとつい最近まで思っていた部分だ。だけど・・俺はこれがひどくつまらないものだと気がついてしまった。本当に大事にしないといけない部分はこれじゃないんだ。
本当に大事なのは俺がこれから歩こうとしている道とか、俺に関わってくれている人たちの思いとか・・一緒に歩こうとしてくれているおまえとかな』
どう聞いても熱烈な愛の告白にしか聞こえないことをさらっと言ってくる目の前の相手に、くらっとするがなんとか踏むとどまる相棒。
『い、いや、そ、その、お、俺もおまえのことは大事に思ってるよ、なによりも・・いや、そうじゃなくて!!』
『これを渡す相手はな、過去の俺が描いていた理想の象徴みたいなものだ、憧れだったと言ってもいい。
俺がもがき求めても決して手に入ることはないと思っていたもののな。だが、違うとわかった。でも、違うとわかってもこのままではこの想いはくすぶって残ったままだ。だから、俺はこれを渡して、自分の想いをすべてぶつける。そして、俺は過去に決着をつける』
と、一方的にそれだけ言い放った彼は再び机に向かって書きはじめた。
呆気にとられてそれを聞いていた相棒だったが、すねたような顔でその彼の横顔を見つめた。
『なんだよ・・捨てる捨てるって・・じゃあ、なんでそんな心底嬉しそうな顔してるんだよ・・』
その言葉にちょっとペンを止めて相棒の顔を見る。
『嬉しそう? 俺が嬉しそうな顔をしてるのか?』
『ああ、まるで遠足に行く前の晩の子供みたいな顔をしてる』
『そうか・・遠足に行く前の晩か・・確かに・・確かにそうだろうよ・・』
そう呟いてニヤリと笑うその横顔は獰猛な肉食獣そのもので、横に立ってその横顔を見ていた相棒は戸惑ったような表情を浮かべた。
しかし、しばらくして、そっとその背中に後ろから抱きついた。
『もういいけどさ・・本当に俺のこと捨てたら許さないからな・・』
『それだけは絶対にない』
『信じるぞ』
『信じろ』
そうして何回も書きなおして、真夜中近くまでかかってやっと書き上げたそれを持って学校に登校した。
登校途中、一緒に学校に向かう相棒がやっぱり納得できないという顔でちらちらとこちらを伺っていて少し心が痛んだが、自分よりも先に過去と決別した相棒を巻き込むつもりはなかったので、あえてそれを無視する。
これからずっとこの相棒を自分の人生に巻き込んで行くことになるだろうから、それを考えればこれくらいは自分で始末をつける。
そう固く決意し、結局この事に関しては相棒に触れさせることなく、相棒を相棒の教室である弐-Aまで送って別れ、自分はその手紙を確実に届けてくれるであろう人物の元に向かった。
その人物は、自分の予想通りの場所にいた。
『すまん、ちょっと降りてきてもらえると助かる』
朝の気持ちのいい風が吹き抜ける屋上の給水塔の更に上に顔を向けて、声をかけると人懐っこい顔がひょいと現れ、怪訝そうに彼の姿をみつめる。
『俺を呼んだか?』
『うむ、すまん。私事で申し訳ないが、ちと引き受けてもらいたいことがある』
すると、給水塔から身軽に降りてきたエルフ族の小柄な少年は臆することもなく彼の前に出てきて値踏みするように彼をみつめた。
『いっとくけど、俺は女じゃないし、同性とわかっててやってくる奴はもっとお断りだ。あと、俺の女に手を出す奴も許さない』
『わかった、覚えておく。だが、今日はそういう要件じゃない・・これを・・渡してもらいたい』
そう言って懐から昨日書き上げたラブレターを取り出すと、目の前の少年に渡す。
『をい・・おまえが渡してくれって言ってるのはひょっとしてあいつにか!?』
何事かすぐに悟ったエルフ族の少年は、驚きを隠そうともせずにそのラブレターを受け取り、目の前に立つ同い歳と思われる少年を凝視する。
『うむ』
『をいをいをい・・正気か?いや、すまん、これは失言だった。しかし、まだおまえみたいな奴がこの学校にいたのか・・こんなことするのは剣児くらいだと思っていたぜ』
その口調は呆れた風を装ってはいるが、その実、眼は全くあきれていなかった。
むしろ、尊敬にも似た色をにじませて少年を見つめている。
『届けてくれるか?』
『これは断れないだろ・・今日中に届けるよ、絶対に。でないと、俺の男としてのメンツがたたねえ。
にしても、おまえは・・あ〜、そうか、思いだしたぜ、おまえあれだろ、連夜の中学時代からのツレだろ?』
『知っていたのか』
『いや、今思い出した。中学時代に知り合ったバグベアの荒事専門のツレがいるって、よく言っているけど、そうかおまえがそうか』
そう言って、うんうんと頷きしばらく向かいに立つバグベア族の少年をみつめていたエルフ族の少年は、不意に手を差し出した。
その行動の真意を測りかねて訝しげにその手と顔を交互に見つめるバグベア族の少年。
『む?』
『知ってるかもしれんが、クリスだ。クリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルド。連夜のダチは俺のダチだ。おまえとあいつが結果的に今日どうなるか知らんが、連夜のダチであることに変わりはない』
かわいらしい顔には似つかわしくない漢臭い顔でニヤリと笑うエルフ族の少年に困惑の表情を向ける。
『俺と友になるというのか?俺はバグベアだぞ?それが意味することを知らぬわけではあるまい。クラスメイトの中には一緒にいることを快く思わぬものもいるであろうに』
『おい・・そいつらと俺を同列に扱う気か?んな、くだらねえことを気にする奴はな、友達としてもクラスメイトとしてもいらねえよ。俺がツルム奴の価値はよ、俺が決めるんだよ』
と、まるで狼のように歯をむき出しにして威嚇するエルフ族の少年の姿をしばらく見ていたバグベア族の少年は、破顔してその手を取って強く握った。
『残念だ、非常に残念だ、もし今俺が女で、将来を約束する相手がいなかったら、おまえの恋人に決闘を申し込んでもおまえを奪い取ろうとするだろうに』
『やめてくれ、そんな恐ろしい想像をするな!! おまえはうちの嫁さんを知らんからそういうことを平気で言えるんだ!! もう、ほんとに嫉妬深くておっそろしい嫁さんなんだぞ!!』
と、本気で震えながら言い放ったエルフ族の少年は、はっと気がついて周りをきょろきょろと見渡し、誰もいないことを確認してほっと胸をなでおろした。
『すまんすまん、とにかく、これからよろしく』
『ああ、よろしくな。それからこれ、必ず渡しとく。渡すことができたら、おまえの携帯念話に着信いれておくから、番号教えといてくれ』
『悪い、手間をかける』
『いいって、それがダチってもんだろ?』
そうして、もう一度がっちりと握手をかわし、この高校に来て片手の指ほどもいない自分の新しい友人に別れを告げたあと、自分の教室で約束の時間である放課後までの時間を過ごす。
その後昼休みにグラウンドのはしっこで弁当を広げていると着信があり、エルフ族の少年が約束を守ってくれたことを確認する。
そして、放課後、少年はこの元市営念車の車庫跡地に一足先にやってきて、待ち人が来るのを待っているのだった。
ドラム缶の上から空き地を見渡す。
数年前まではきちんと整備されていたこの場所も、いまは荒れ放題に荒れて、線路は様々な雑草の中に埋もれ、念車の整備工場跡はいまにも崩れ落ちそうなくらい老朽化が進んでいる。
いつかは再びこの地にも何かが建ち、生まれ変わる時が来るのだろうが、いまは静かにそのときを待ち続けているのみ。
荒涼とした景色を見ながらも、なぜか孤独は感じなかった。
恐らく今の自分には待っていてくれる人がいるからだろう。
その人物のことを考えると少し胸が痛んだが、これが終わったら、好きなだけその人物のために時間を割こうと思い、これから起こるであろう事態に対し集中を開始する。
「・・呼び出してすまん、来てくれたことに感謝する」
ドラム缶から飛び降りた少年は、いつのまにか来ていた待ち人の方を向き、深々と一つ礼をした。
だが、礼を受けた人物は首を横に振って応える。
「いや、礼を言うのはむしろ俺のほうだ。よくぞ俺を相手に選んでくれた。最近は数に物を言わせて、言うことをきかせようという腐った馬鹿ばかりで辟易していたところだ。おまえのラブレターをもらったときは、久しぶりに心が躍った。感謝する」
少年が待ち望んだ人物は、やはり少年が思った通りの、吹きすさぶ厳しい雪山の頂上から見下ろすような瞳のなかにも、燃え盛る炎のような闘志を宿らせてこちらを見つめていた。
「俺が知る中で、あんた以外には考えられなかった・・白虎族の次期総領・・いや、『銃拳武匠』ナイトハルト・フォン・アルトティーゲル」
鋼鉄のように鍛え抜かれた肉体から、溢れ出る闘志を隠そうともしない目の前に立ちはだかる褐色の巨漢の戦士を、少年は喜びと畏怖と戦意とが入り混じった視線で睨みつける。
「連夜が中学時代にずいぶん世話になったそうだな。それについては礼を言っておかねばならない。
あいつは俺の兄弟同然の身内だからな」
「いや、それには及ぶまい。それをいうならあんたも同じだ。俺にとっても連夜は家族だ。あと、先に言っておくが、負けても勝ってもこれ以上あんたに付きまとわないと約束する。これっきりだ、その代り全力でいかせてもらうがな」
「そうか、ならばもう遠慮はいらんな。連夜から話は聞いているぞ、『凶戦士』ロスタム・オースティン。おまえとは是非拳を交えてみたかった・・見せてもらおう、『通転核』で『逸鬼闘仙』と呼ばれたその力を・・」
ナイトハルトが視線を外すことなくブレザーを脱ぎ棄てて、馬に乗るかのような姿勢で構えを取ると、向かいに立つロスタムもまたブレザーを脱ぎ棄て、こちらは右肩を出して拳を下に向けた半身の状態で構える。
期せずして二人ともに、その表情が笑みに崩れる。
獲物を前にした肉食獣の笑顔で。
「いいかい?」
「いいとも」
二匹の獣が、同時に地を蹴り、疾風となってお互いへと向かい、天にも届く咆哮を挙げながら激突した。
〜〜〜第12話 新生(前編)〜〜〜
「はぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
竹箒を胸に抱きしめたまま、今日何度目かわからない溜息を深く深く吐きだしたリンは、すぐそばの開け放たれた窓から放課後のグラウンドの光景が見える外を眺め憂いに満ちたアンニュイな表情を浮かべる。
その様子を見ていた連夜は、顔をしかめながらも竹箒を動かして丁寧に掃除を続ける。
「ちょっとリ・・いや、シャーウッドさん、ちゃんと掃除してよ!!」
「・・ん〜〜〜」
連夜の怒り声に、リンはちょっとだけ反応を返すが、竹箒をちょちょっと動かして、また溜息を吐きだして窓の外を眺めている。
さっきから何度繰り返したかわからないこの一連の動作に、流石の連夜もついには匙を投げることにした。
「もう〜〜今日ずっとあの調子だよ・・いったい何があったのやら・・」
性格上、家の中だろうが、恋人の部屋だろうが、学校の教室だろうが、掃除には絶対手を抜かない連夜にしてみれば、手伝ってくれないならいっそ帰ってくれたらいいのにとも思うのだが、流石にそれを転校生がやってしまうと今度はリンの立場が危うくなりかねないのでそうも言えず、複雑な心境で掃除を続けざるを得ない連夜であった。
とはいえ、掃除のプロフェッショナルである連夜にかかればそれほど時間がかかるわけでもなく、掃除は無事終了し、あとは教室の後ろに移動させていた机をもう一度もどせば完了であった。
が、いまだに気がついてないのか、リンは竹箒を握ったまま外を眺めている。
連夜は呆れ果てて放っておいていたが、一緒に掃除していた委員長の姫子が気がついて、リンのところに近づいて行った。
「シャーウッド殿、もう掃除は終わりである。箒を直すとよいぞ」
「え、あ、そうですか・・ごめんなさい」
姫子の声でようやく我に返ったのか、バツの悪そうな表情で謝ると掃除用具入れに箒を直しに向かう。
そんなリンを放っておけなかったのか、後ろからついていった姫子がリンに声をかけた。
「今日ずっと溜息をついておられたが、何か悩みでもあるのではないか?」
その言葉に一瞬身体をびくっとさせるリンだったが、弱々しい表情で振り返ると、明かに無理をしている表情で笑顔を作った。
「ううん、大丈夫です。心配かけてしまって、ごめんね。ありがとう、龍乃宮さん」
「姫子でいい。というか、そんな顔で大丈夫といわれても、全然説得力ないのだが」
「そ、そんなにひどい顔してる?」
「気がついてなかったのか、もう朝からずっと表情に縦線でも入っているのではないかと錯覚しそうなくらい暗い表情をしておったぞ」
「あ〜〜・・そうなんだ・・あははは・・」
姫子の指摘に乾いた笑いを浮かべるしかないリン。
「人にいいにくいことならしょうがないが、ちょっとでも話せることがあるなら口に出してしまったほうが楽になることもあるかと思ってな。余計なお節介だとは思ったが、声をかけさせてもらったのじゃ」
姫子の言葉を聞いて、しばらくその真意を測るかのように真剣な表情でじっと姫子の顔をみつめていたリンだったが、ふっとその力を抜いて笑った。
「ごめんなさい、向こうで上辺だけの言葉をかけてくる人が多かったものだから、ちょっと疑って構えてしまうの。龍乃宮さんは・・いや姫子さんは違うのね、目を見てわかった」
「いや、そこまで大げさな意味で言ったわけではないのだが・・まあ、シャーウッド殿に信じて貰えたのはよかった」
「私もリンでいいわ。私だけ名前で呼ぶのもおかしいから」
「そうか、ではそうしよう」
と、二人して今度こそ心から笑みを浮かべる。
「では、話してもらえるのかな?」
「うん・・全部は無理だけど・・でも、ちょっと待ってね」
「む?」
と、少しひきつった笑みを浮かべて姫子に待ったをかけたリンは、振り返って机の後片付けを終えてこちらを見ていた親友の姿を凝視した。
すると、教室の中央では、まるで異世界の生物を発見した学者のような驚愕の表情を浮かべてあんぐり口を開けこちらを見ている連夜の姿が。
長年の付き合いで、連夜の表情が『なんてこった!! リンが本物の女の子みたいに女の子と会話してる!!』と雄弁に語っていることを看破して、必要以上ににこやかな表情で連夜の側に近付くと、引きずるように教室の影に連れて行く。
『ドカガスドカガスドカガス!!』
二人が教室の影に消えたあと姫子の耳に異様な打撃音が聞こえてくる。
姫子が呆気にとられていると、再びその影から妙に爽やかな笑顔のリンが一人で出てきた。
「あ、ごめんなさいね、待たせちゃって」
「い、いやそれはいいが・・連夜は?」
「それは気にしないでいいと思うわ。ちょっと、お腹が痛いってトイレにいったみたいだから。
すぐ帰ってくるわよ」
「そ、そうか・・ならいいが・・」
なんとなく釈然としないし、教室の影のほうから『・・ぁぅぅ・・』とかいう、か細い悲鳴のようなものが聞こえたような気がしたが、目の前の新しい友人が話を聞いてほしそうな顔をしているので、とりあえず黙殺することにする。
「では、リン話してくれ」
「あの・・笑わないで聞いてほしいのだけど・・」
姫子が水を向けると、リンは顔を真っ赤にして居心地悪そうにもじもじしはじめながらも口を開いた。
「大丈夫、絶対笑ったりしない」
「・・私・・好きな人がいて・・わ、私のことも、す、好きだって言ってくれて・・わ、私その人のことすごい好きだったから、すごくうれしくて・・」
「うん」
「でも、その人が、ラブレターを・・」
「うん」
「私以外の人にあげるって・・」
「死刑だな」
「死刑ですね」
「死刑やな」
いつの間にかやってきて話を聞いていた、はるか、ミナホとともにきっぱりはっきり断言する姫子。
あまりにも即答されて慄き、もう一度目の前の優等生なお嬢様をみるリンだったが、そこには先ほどまでの穏やかな淑女の姿はなく、物凄くドス黒い怒りのオーラを放つ修羅となった姫子と、それを守るように立つ二人の少女の姿が。
「いや、あの、でも、それは・・」
「そんな男は一度きっぱり己の立場というものをわからせてやる必要がある。まずそういう戯けたことが考えられないように、頭を死ぬほど殴ってやり、二度とふざけた口がきけないように、顔面を集中攻撃、さらに、全身をくまなくあざだらけにしてやればさすがに考えを改めるだろう」
「え! え? ええっ!?」
「リン、私が話をつけてやるから、その男が誰か言うのだ。大丈夫、話が終わったら、きっといやでも素直な性格になっているに違いないから」
「ちょ、姫子さん、怖い!! すっごい目が怖い!!」
完全に座ってしまった目でリンの両手を握り迫ってくる姫子、なまじ美少女だけにその怖さも半端なものではない、しかもさりげなく両手をがっちりホールドされてしまって逃げることもできず、リンは本気でおびえて悲鳴をあげる。
自分はこの少女に食われてしまうのではないかと錯覚すらリンが覚えて戦慄したちょうどそのとき、教室の廊下側の窓からのんびりとした少年の声が聞こえてきた。
「うぃ〜〜っす、連夜いる?」
その声のしたほうに全員が一斉に目をやると、いたずらっぽい表情を浮かべたかわいらしいエルフ族の小柄な少年が上半身を覗かせているのが見えた。
※ここより掲載しているのは本編のメインヒロインである霊狐族の女性 玉藻を主人公とした番外編で、本編の第1話から2年後のお話となります。
特に読み飛ばしてもらっても作品を読んで頂く上で支障は全くございません。
あくまでも『おまけ』ということで一つよろしくお願いいたします。
おまけ劇場
【恋する狐の華麗なる日常】
その13
『いきなりだったからびっくりして、思わずきついこと言ってしまいました。ごめんなさい。本当は僕の気持ちを受け止めてくれた玉藻さんの求愛の行動がとても嬉しかったです。でもそんな玉藻さんが眩しくて、照れくさくて、ついつい反対のこと言ったり抵抗したりしちゃうけど・・いつも僕をまっすぐに見詰めてくださる玉藻さんのことが本当に大好きです。大学の授業がんばってくださいね。 連夜 追伸:僕をいつも愛してくださってありがとう。僕はそんな玉藻さんを愛しています。これからもずっとそばにいてくださいね』
2限目の授業が終わり、昼食を取ろうと思って大学構内にある食堂に移動した私は、旦那様が作ってくださったお弁当の包みの中に小さな手紙が入っていることに気がついた。
多分、婦警さんにお説教くらったあと、あそこから立ち去るまでのわずかな時間に書いてこっそり入れてくれていたんだと思う。
内心ドキドキしながら開けてみると、男性とは思えない凄く奇麗な文字で書かれていたわ。
朝は車の中で結構際どいことしちゃったから、それについてのお怒りの言葉が書かれているんじゃないかって正直ひやひやしていたんだけど、その内容は私の予想とは全然正反対だった。
すごく小さな紙に、手紙にしてはかなり短い文章だったけど、私はその内容を何度も何度も繰り返し読んだ。
弁当を食べる前に読み、弁当を食べながら読み、弁当を食べ終わって食後のティータイムにまた読み、そして、3限目始業のチャイムが構内に鳴り響き、ラファエル教授の講義が始まってもまだ教室の中で読んでいたりする。
まったくもう、旦那様ったら中学生みたいな真似をして、今どきの高校生でも手紙なんか使わないわよ。
こんな手紙1枚で私があっさり誤魔化されたり嬉しがったり感激したりすると思ってるのかしら、私がそんな安い女だと思ったらねえ大間違いなんだからね!!
と、内心『騙されないぞ!!』みたいに気を引き締めながら手の中にある小さな手紙に再び視線を落とす私。
『本当は僕の気持ちを受け止めてくれた玉藻さんの求愛の行動がとても嬉しかったです』
え、えへへ・・そっかあ・・うれしかったのかあ・・えへ、うえへうえへへへへ。
『いつも僕をまっすぐに見詰めてくださる玉藻さんのことが本当に大好きです』
そんなあ・・私だって、旦那様のこと大好きですよおお。
『僕はそんな玉藻さんを愛しています』
あいしてるって・・愛してるって・・そっかあ、旦那様は私のこと愛しているのね・・知ってたけど・・げへへ・・げへへへへへ。
『これからもずっとそばにいてくださいね』
いるいる!! 絶対側にいる!! 絶対離れないから!! ってか、そんなに私の側にいてほしかったなんて、もう旦那様ったら甘えん坊さんなんだから・・えへらえへら・・でへへへへへへへ。
「せ、先輩・・タマちゃん先輩!!」
なんか横でよく知ってる声が聞こえるような気がするけど、今はそれどころじゃない。
この手紙を読めば読むほど、私の中の何かがとろけて壊れていく気がするんだけど、目を離すことができないのよ、魔薬のようにず~~っと読み続けていたい気分にさせられるのよ。
あ、夜空のお月さまみたいな優しい旦那様の笑顔の幻覚が・・
「ちょ、タマちゃん先輩しっかりして!! こっちに帰ってきてだもん!!」
『バシッバシッ!!』
「あうっ、あうっ!!」
何者かの往復ビンタの衝撃で、はっと我に返った私が横をみると、そこには涙目になったグラスピクシー族の少女の姿が。
今年大学1年生になったばかり、緩いウェーブのかかったふわふわでセミロングのブラウンの髪、顔の真ん中にちょこんとついた小さな鼻、あまたの妖精族に共通する特徴の1つであるとがった耳、ピンク色のかわいらしい唇、健康的な小麦色の肌、そして、邪気のない人懐っこい色が見えるダークブラウンの瞳。
身長は平均的な草原妖精族の成人女性並で120センディあるかないかくらいだけど、その雰囲気はそれほど子供っぽくはなく、実は意外と出るところは出てるというなかなかのスタイルの持ち主。
マリエルイージ・エストレンジス、通称マリー。
どういうわけか今年の入学式から間もなく、私のことを見つけて声をかけてきて知り合い、以来私のことを『タマちゃん先輩』と呼んでやたら懐いてくるようになった女の子。
後から聞いて、私が卒業した御稜高校の後輩だってことはわかったんだけど、私が卒業と同時にこの子達が入学したはずなので、高校で顔を合わせたというわけでもなく、その以前にどこかで知り合うきっかけがあったということもなく、なぜ私のことを知っていたのか非常に疑問なんだけど、ともかくなぜか私のことを全面的に信用し懐いてくる。
いや、これまでの取り巻きのように何かしら下心や悪意があるんじゃないかって、この子と親交を深めだした当初はかなり疑ってかかったものなんだけど、拍子ぬけするくらい悪意とか害意のない子なのよね。
それに同性に興味のある子なのかなとも勘ぐったんだけど、この子恋人がちゃんといるのよ、ドワーフ族のなかなか男らしい彼氏で、よく彼女のことを迎えに校門まで来ているのを目撃してる。
友達以上の関係だってことはまあその・・迎えに来たいわくありげな男性に嬉しそうに駆け寄ってその場で熱烈にキスしている場面みたら誰だって彼氏だってわかるわよね。
いや、羨ましくてじっと見ていたわけじゃないのよ、本当よ!! 本当なんだからね!!
ああ、違う違う、そうじゃなくて、ともかく、彼女と話すようになってわかったのは彼女はかなり真面目な学生さんだったってこと、私と同じように真剣に専門の『療術師』になることを目指して勉強しているわ。
まだはっきりと目標は決まってないらしいけど、『小児科』か『産婦人科』専門の『療術師』になりたいんだって。
そういえば彼女、いったいどうやって調べたのか私が受けている講義の大半を同じように取得して、こうして同じ講義に出席することが多いんだけど・・謎だわ、本当に謎の多い子だわ、本当に何者なんだろう? 私に悪意を持って近づいてきたわけじゃないってことだけははっきりしているんだけど、知り合ったきっかけがきっかけだけになんか気になるのよねえ。
なんて、ぼ~~っと横に座るマリーの顔を見つめていた私だったけど、そんな私を見てどう思ったのか、マリーは私の両肩をガシッと掴むと涙目になりながらゆっさゆっさと揺さぶってくる。
「うああああん、タマちゃん先輩しっかりして!! 正気にもどってええええ!!」
「やめ・・マリ・・わかっ・・コラ・・」
しばらく揺さぶられたあと、なんとかマリーの手を振りほどいた私は、くらくらする頭を押さえながら表情を引き締め直して、目の前でまだ疑わしげな視線を向けているマリーにひらひらと手をふってみせる。
「大丈夫」
「あ~、タマちゃん先輩やっともどってきたんですね、よかったああ」
私がいつもの調子であることを確認したマリーは、ようやく笑顔を浮かべその小さな手を胸に置いてほっと安堵の息を吐きだした。
そんなに私って様子がおかしかったのか? はたから見たらどんな様子だったんだろう?
視線だけでマリーに疑問を投げかけてみると、旨い具合にマリーは私の疑問を正確に察してくれたらしく、先程までの私の様子について語り始めた。
「タマちゃん先輩、すごい表情していましたよ。なんか、いまにもとけて崩れてしまいそうなくらい、すんごいにやけ具合だったもん。あれは『ニコニコ』なんてレベルじゃなかったですお。物凄いにやにやにやにやしていたし、口元なんか完全に緩みきって涎まで出てたもん。なんか、壮絶に嬉しいことがあったんですか?」
「・・う、うん」
「そうだったんだあ。タマちゃん先輩って普段からず~~っと無表情だし、大概のことでは表情かえないから・・あんな表情したタマちゃん先輩初めて見たからびっくりしましたお」
「ごめん」
そ、そんなにひどかったのかああ!! い、いや、その、だって、私って自分から告白して旦那様と付き合うようになったから、旦那様からあんなラブレターみたいなのもらうの初めてだったし、好きな人からああいうのもらうとこんなに嬉しいって知らなかったからついつい・・
え、さっきと言ってたことが違うって? 『手紙1枚でどうこうなるような安い女じゃない』って言ってたのにって?
・・な、なんのことかしら?
・・
・・
ああ、そうですよ、そうですよ!!
手紙1枚で舞いあがって嬉しがって感激しましたよ!!
あ~、もうだけどほんとに嬉しいんだから仕方ないじゃない。
こんな小さな紙に、旦那様の字が数行書いてあるだけなんだけどね、でもでも、いつまでもなくさないように大切に取っておくわ。
旦那様大好き。
・・が、しかし、それはそれとして、ここまで我を忘れてしまったのは予想外だったわ、学校では無表情、無感動、無愛想の『絶対零度の女』として通している私なのに。
私は自分の大失態に思わず唸りながら頭を抱えそうになったのだけど、その私にマリーが無邪気に追い打ちをかける。
「タマちゃん先輩、最初は表情だけが土砂崩れ起こしていただけだったけど、次第に身体全体をくねらせ始めるし、周りみんなタマちゃん先輩のほうに注目し始めて、これはやばいって慌ててタマちゃん先輩に呼びかけたの。でも、全然気がついてくれないし、正気に戻ってくれないから焦ったお」
「そう、ありがとね」
「ううん、普段からタマちゃん先輩にはお世話になってるからなんてことないお」
「そっか、周りみんなが・・見てた?」
私を正気にもどしてくれたマリーにお礼を言って、心機一転、応援してくれている旦那様の期待に応えるためにも、あとの時間はしっかり講義に集中しようとした私だったけど、ふとマリーの言葉のある部分に気がつき、ババッと周囲に視線を走らせる。
すると私の周囲に座っている学生達の視線が、前で講義しているラファエル教授のほうではなく、ほとんどすべて私のほうに向いていることが確認できてしまった。
しばし目が合う、周囲の学生達と私。
数瞬のあと、学生達は一斉に私から視線を外し、慌てて教授のほうに視線を向け直す。
そして、何事もなかったかのように授業を受け始めるのだった。
ぐあああああああっ!! すっごいみられてたああああああああっ!!
ってか、あんたら、授業を聞け、授業を!! 『人』の醜態見ているんじゃないわよ!!
視線だけで滅殺してやると八つ当たり気味に周囲に強烈な殺意をばらまく私だったけど、マリー以外のすべての生徒達は表情を引き攣らせながらも前のラファエル教授のほうに視線を向け続け、決してこっちを見ようとはしなかった。
くっそ~、自分が悪いんだけど、なんか納得いかないわ!!
こういうときナンパ野郎とかヤンキーとかチンピラとかが絡んできてくれたら喜んで・・ふふふ・・いろいろと楽しいことしてあげるのに。
「た、タマちゃん先輩悪党オーラ全開だお、こ、こわいおこわいお」
「うむ」
「『うむ』じゃないでしょ、怖いから元にもどって!!」
「嫌だ」
私の横でおびえきっているマリーに構わずひたすら『負』のオーラを放ち続けようとした私だったけど、ふと前を見るといつのまにかラファエル教授がしゃべるのをやめて私のほうをじっと見つめていることに気がついた。
年齢不詳、20代にも40代にも見える美貌の魔人は、めちゃくちゃ真面目な表情で私を見つめ続け、声そのものがまるで音楽そのものみたいな美しい声で私に話しかける。
「如月君、講義に集中してくれるのは大変結構なのだができればその意識は私の声と黒板に向けていただきたい。それから、講義終了後に私のところに来るように。講義の最初のほうで君が行っていた奇妙な儀式がなんだったのか非常に興味がわいたので是非とも説明していただきたい」
あっちゃ~~・・やっぱ気がついていたよね。
そりゃあの『人』が気がつかないわけがない、教室が一番見渡せる場所に立っているんだから。
しかし、参ったなあ、説明したくないなあ。
私は物凄い渋面を作って教授のほうを見つめ返す、すると教授は私の視線をちょっとだけ受け止めたあと真面目な表情を崩さぬまま黒板のほうに向きなおり講義を再開し始めた。
だけど私は見逃さなかったわ、黒板に向きなおる一瞬に見えたあの『人』の目、好奇心丸出しできらきら光るあの瞳を。
もう~~~、だからブエル教授と違って尊敬できないのよ!!
ラファエル・ラー・ファミル、この都市立大学にその『人』ありと言われる2大教授の1人。
『回復術』に関しての知識については私の恩師であるブエル教授には一歩及ばないものの、その実践能力に関してはこの大学・・ううん、この北方に存在している城砦都市群の中で間違いなく頂点に君臨している人物。
『人』型の姿をしていらっしゃるけど、その種族については不明。
太陽の光のような鮮やかな金髪に金眼、抜けるような白い肌、音楽そのもののような声、淫らな感じがするほど胸は大きくないけど、決して小さくなくどちらかといえば抜群な形をした胸、はっきりくびれた腰、すらりと長く美しい脚。
とんでもない美女なのよ、多分、ラファエル教授に匹敵できる美女って、旦那様のお母様くらいじゃないかしら。
これだけ奇麗だし、教え方もうまい、おまけに人付き合いも非常によい、よって学生達の人気も高く、全教授の中では文句なしで好感度ナンバー1の教授なんだけど・・いや、嫌いじゃないのよ、どちらかと言えば好きだし、結構付き合いも長くて深いんだけど、その、私とラファエル教授の関係って生徒と先生という感じじゃないのよねえ・・出会った最初は真面目な生徒と先生という感じだったんだけどなあ。
ともかくこのあと私は『負』のオーラを出すのをやめて講義に集中しなおし、講義の最後までおとなしくしていたわ。
で、講義終了後、私は教授が指定した空き教室へ、そこは私とラファエル教授がよく話をする場所で、他の学生が来ることはまずない部屋。
正直このあとの展開がわかっているだけに気が重かったんだけど、行かなかったら行かなかったでもっとめんどくさいことになるのはよ~くわかっていたので、仕方なく部屋へと入る私。
すると、先程までの重厚で威厳に満ちた感じはどこへやら、やたらきゃぴきゃぴした1人の女性が私めがけて駆け寄ってくる。
「で、で、玉藻ちゃん、何があったの? 何があったの? ねえねえって、何があったか教えてってば? ねえねえ」
講義の時とは打って変わってやたらきゃぴきゃぴした口調、そして、めちゃくちゃきらきらした目で詰め寄ってくるラファエル教授。
先生が生徒に質問、あるいは詰問してくるという感じでは勿論ない、むしろ仲の良い姉が妹に興味津々に『コイバナ』を聞いてくるそれとほぼ同じ。
「やっぱり玉藻ちゃんの『愛しの旦那様』のことだったの? ねえねえ、そろそろ教えてよ、玉藻ちゃんたら新婚生活のこと全然教えてくれないんだもん!! もう1年以上経つんだし、そろそろ教えてってばあ、ねえねえ!!」
「教えません!!」
もうわかってもらえたと思うけど、この『人』って『人』の恋愛話とかが大好物なのよ。
どういうわけかどれだけ『人』が隠して恋愛していても、たちどころに嗅ぎ付ける能力があるのよねえ、大学1年生の頃は、私もまだ旦那様と恋愛関係になかったからスルーされていたんだけど、旦那様とそういう仲になってからは速攻でバレちゃってもう、連日のように根掘り葉掘り聞かれて辟易したものなのよ。
幸い私の恩師であるブエル教授がやんわりと注意してくださったことで大分おとなしくなったんだけど、なるべく関わらないようにしようと思っても、この『人』の講義はどうしても避けては通れないのよねえ。
あまり無茶な聞き方はしてこないんだけど、何故か私の恋愛話が気になるらしくて、自分の貴重な『回復術』の体験談と引き換えにして私に旦那様との恋愛エピソードを語らせるのよ、ほんとに悪知恵が働くんだから!!
本当はしゃべりたくないんだけど、この『人』の話はほんとに為になることが多いので、ついつい取引に応じてしまうのよねえ。
おかげでかなりしゃべっちゃったわ、まあ、旦那様には一応許可を得てからしゃべっているんだけどね。
「ねえねえ、今でも膝枕で耳掃除とかしてもらってるの? 僕が食べさせてあげる、あ~んとかしてもらってるの? それとも、玉藻さんの身体は僕が洗ってあげるとかいってお風呂場でやらしいことしているとか? ねえねえねえ、教えてってばねえ!! 今日は玉藻ちゃんが私の講義を邪魔したんだからあ、1つくらい教えてくれてもいいでしょ~、それでチャラにしてあげるからあ」
「・・」
こ、この『人』全部知ってて聞いてきているんじゃないだろうか?
私はかなり表情を引き攣らせてラファエル教授の顔を見つめ返していたけど、流石に今回悪いのは私だし、ちょっとだけ話して解放してもらおう。
そう思って口を開きかけたけど、でも、何も抵抗しないまましゃべるのもシャクだなあと思い直し、無駄とわかっていながらちょっとした反撃してみることにした。
「わかりました。じゃあ、私も話しますから、教授も教授の恋愛話を1つ話してください」
別に特に何かを意図して口にしたわけじゃないのよ、ほんとに私も話すから、そっちも話しなさいよくらいのつもりだったんだけど、なぜか私がその言葉を口にした瞬間、私と教授しかいない空き教室の空気が一瞬にして凍ったわ。
え、なにこれ。
しばし見つめあう私と教授。
なんか教授の表情が笑顔のままで凍りついているんだけど・・
このままの状態で時間だけが少しずつ流れていく。
だけど、あまりにも空気が重い、いや重すぎる!! 私こういう空気ダメ、もうね、耐えきれなくてなんでもいいからしゃべろう、それでとりあえず空気の流れを変えよう、そう思って私が口を開こうとした瞬間だったわ。
教授の美しい顔が一気に土砂崩れを起こし、目から涙、鼻から鼻水がそれぞれ大量に噴出した。
呆気に取られる私、そして、そんな私に教授が涙声で絶叫する。
「た、玉藻ちゃんの、いぢわる!! ばか!! おたんこなす!! 自分が幸せだからってちょうしにのりやがって!! 玉藻ちゃんなんて・・玉藻ちゃんなんて・・離婚しちゃえばいんだあああああああ!!」
『うわあああん』と子供のように大声で泣き叫びながら教室を飛び出して行ってしまった。
私の言ったことって・・ひょっとして地雷だったの?
な、なんだか複雑な気分だったけど、とりあえず難を逃れた私は教室を後にし、落ち着いて中間テストの勉強をするために図書室へ向かうことにした。
ってところで今日はここまで。
でも、ラファエル教授大丈夫かしら? まあ、あの『人』のことだから大丈夫かな。
じゃあ、またね。