Act.50 『ロンリー・ガンマン』
黒毛大猿型『害獣』達は、一瞬、自分達の目の前に立つ何かが、自分達の仲間を倒した張本人であることが信じられず、その何かを呆けたように見つめていたが、その何かが噴出させ続けている凄まじい闘気を見て、それがただのボロボロの案山子ではなく、恐ろしい敵であると認識する。
「OAOAOOOO!!!」
『GURUU!!』
大猿達の中心に立つ、一際大柄な体躯のリーダーらしき大猿が、自分達の行く手を阻むように現れた敵に向かって大きく吠えてみせると、周囲の猿達が一斉にその咆哮に別の種類の咆哮で応えて見せ、次々と走り出す。
その様子を見ていたボロボロの『人』影は、ニヤリと笑って見せると自分めがけて疾駆してくる猿達に、手に持つ小型『銃』器を向ける。
そして、何の躊躇いもなく引き金を引く。
両手に構えた『銃』器から飛び出した弾丸は、死を運ぶ風となって瞬く間に先頭を走っていた2頭の猿の眉間へとそれぞれ吸い込まれる。
『パスッ』という乾いた音がした後、2頭の猿の頭が後方にのけぞって、逆回転するように身体を捻りながらくるくるとコマのように舞ってやがて地面に倒れて動かなくなる。
自分達の仲間が一瞬で倒された光景を他の猿達は見ていたはずだった。
『人』であれば、そんな光景を見て平気でいられるはずはない、いや、訓練され、いくつも戦場を渡り歩いて来た歴戦の傭兵や、殺し屋であれば心を殺して平静でいられるかもしれないが、少なくとも無防備に突っ込んで行くような真似はしないだろう。
訓練された、あるいは場数を踏んだ戦士であるほど、無謀な突撃を避け、敵からの攻撃を一旦やり過ごすため、地面に伏せる、あるいは木の影に隠れて狙撃されるのを防ぐはずだ。
しかし、猿達はそうしなかった、倒れた仲間達の骸を踏みつけ、スピードを落とすことなく狙撃手目がけて真っ直ぐに疾駆していく。
それは大事な仲間を殺されたことに逆上し、闇雲に突撃を敢行しているというわけではない。
その目にはそんな感情は映ってはいない、ただ、目の前の敵を殺すという実にシンプルな意志のみ。
勿論、そんなことは狙撃手も百も承知であった。
だからこそ、狙撃手は休むことなく引き金を引き続ける。
両手に構えた二挺の小型『銃』器の引き金を連続で引き続け、死を運ぶ風を撒き散らす。
鋼でできた武骨な小型『銃』器より飛び出した弾丸は、更に3頭の猿の眉間や心臓へと突撃し、冥土への片道切符となって彼らを絶命させる。
しかし、狙撃手の攻撃ターンはそこまでだった。
絶命した猿達に入れ替わり、また別の猿が先頭を走って狙撃手へと迫る。
当然のようにその猿めがけて引き金を引く狙撃手であったが、その猿はおもむろに地面に倒れているヤマアラシ型『害獣』の死骸を持ち上げると、それを前面にかざして『盾』としたのだ。
死を運ぶ風と言えど、すでに死んでいるものに更なる死を与えることはできない。
猿の心臓へと続く道に突如として現れた物言わぬ骸に阻まれ、狙撃手が放った必殺の弾丸は効果を失う。
そればかりではない、先頭を走る猿のすぐ真後ろを走っていた別の猿が、地面に倒れている別の『害獣』の骸を拾い上げる。
上半身だけとなって、かなり小さくなった大山椒魚型『害獣』の死骸、『盾』として使うにはかなり小さいそれを同じようにかざすのかと思いきや、その死骸を持った片手を大きく後ろへと振りかぶり、力任せに狙撃手めがけて投げつけてきたのだ。
「う・・おおおっ!?」
どれほどの怪力で投げつけたのか、とんでもないスピードで飛んでくる『害獣』の骸の姿を視認すると同時に、狙撃手の身体は横っ跳びに横へとダイブしていた。
その一瞬後に、先程まで狙撃手がいた場所を『害獣』の骸を凄まじい勢いで飛びぬけていき、その直線状にあった大木へと激突。
とんでもない破壊音が森の中に響いた後、大木が倒れる音が聞こえ、ついでズシンという音と共に大木が横倒しになる。
振り返ってその光景を見つめていた狙撃手だったが、間近に迫る殺意の気配に気づき、その気配のする方向めがけて右手に握る小型『銃』器を突き出して引き金を引く。
至近距離から放たれた弾丸は、今まさに狙撃手めがけて剛腕を振りおろそうとしていた1匹の猿の頭部に吸い込まれ、猿の頭部を突き抜けるや後頭部からとんでもない量の緑色をした血をシャワーのように噴出させて絶命させる。
間一髪死を免れた狙撃手・・だったが、それで危機が去ったわけではなかった。
その絶命した猿の後ろからすぐに別の猿が現れ、小型『銃』器を向けようとする狙撃手の動きよりも若干早く動いて狙撃手の身体を掴みあげると、すぐ近くの大木めがけて狙撃手の身体を叩きつける。
「ごはっ!!」
固い大木の幹に叩きつけられた狙撃手の口から大量の空気と赤い血が吐き出される。
一瞬意識が遠ざかりかけるが、長年の戦士としての強い意志がそれを阻んで繋ぎ止める。
意識がはっきりすると同時にその目に飛び込んでくるのは、黒い毛皮の2匹の凶悪な大猿の姿。
自分にトドメを刺そうと2匹の猿がとんでもない剛腕で繰り出した2つの鉄拳を、咄嗟に身を捻ってかわしてみせると、地面を転がりながらそれぞれの猿の腹めがけて強烈な足蹴り食らわして自分から遠ざける。
そして、転がった反動をそのまま利用して立ち上がると、両手の小型『銃』器を乱射しながら走り出す。
たった1人で多人数を相手にする以上、立ち止まって戦うわけにはいかない、できるだけ走って走って撹乱しながら少しずつ相手の人数を減らしていくしかないのだ。
そうでなければあっと言う間に取り囲まれて嬲り殺しにされてしまうだろう。
いや、いつもの彼であれば、ここまで追い詰められはしない。
距離を詰められ攻撃を許したとしても、その攻撃をむざむざ食らったりはしなかったはずだ。
にも関わらず、まともに攻撃を食らい、態勢を整え直すために距離を急いであけざるを得ないほど追い詰められてしまっているのは、彼ら大猿型『害獣』の一団と戦うまでに、さんざん攻撃を食らってしまっているからである。
誰が見ても一目でわかるほど襤褸雑巾のような姿。
そのような姿になってしまったそのわけは、中央庁部隊総司令官 龍乃宮 詩織にあった。
先程までの激戦において、龍乃宮 詩織は孤立した状態で敵の総攻撃を食らっていたにも関わらず、自身は全く傷ついていなかった。
それは彼女の武勇が優れていたからではない。
確かに、彼女の武勇は中央庁部隊にあっても間違いなくトップクラスのものであることは間違いない。
しかし、いくら詩織が武勇が並外れて優れている武術家であるとは言っても、四方八方から間断なく押し寄せてくる敵の攻撃を無傷で防ぎ続けるなど不可能である。
特に詩織を取り囲んでいたヤマアラシ型『害獣』は、通常の爪や牙といった肉体的攻撃以外にも、電撃という飛び道具まで持っている強敵であったのだ。
そんな強烈な攻撃の嵐の真っただ中にいて、詩織が全くの無傷でいることができたのは、ガイが身を投げ出して詩織の身体を守り続けたからである。
詩織の背後に影となって張りつき、前面以外のすべての攻撃をガイが身代わりとなって受け続けたのだ。
かつてはるか極東の国にて生まれ、諜報活動や要人暗殺任務を請負、大いに暗躍していたという『東方野伏』の技を会得しているガイならではの所業。
あまりの隠行の徹底ぶりに、結局、攻撃を仕掛けていた『害獣』達はもちろん、中央庁の猛者達、そして、武術の達人である詩織にすら最後まで気配を気付かせなかった。
それゆえに、中央庁の面々は傷ついたガイをそのままに最終決戦へと向かって行ってしまったわけであるが・・
「いつもながら難儀なことだ・・」
木々の間を巧みに走り抜けながら、狙撃手 ガイ・スクナーは苦笑を浮かべて一人呟く。
他人の犠牲を決してよしとはしない詩織に、正面きって身代りになるなどと言えば必ず激しく抵抗するであろうことを見越して、気付かれないように『害獣』の攻撃を受け続けたのであるが、少しばかり自分の身体の許容範囲を越えて受けすぎてしまったようだ。
「しかし、まあいい、肝心要の詩織殿を無傷で中央庁部隊と合流させることができた。ウナギ型巨大『害獣』は詩織殿達がなんとかしてくれるだろう」
そう呟くと、ガイは口元を綻ばせてかすかに微笑んでみせる。
ガイは考える。
自分と詩織とは違う、お互い似たところが多分にある自分達であるが、根本的な部分がまるきり違う。
中央庁部隊の面々全ての命を預かる詩織と、一戦士でしかないガイ・・その身の重要性が違うことは勿論であるが、その根底にある考え方もまた違うとガイは思っている。
お互い『武』の道を歩んではいるが、『個』に絶対の重きを置くガイと違い、詩織は『集団』の力を重要視している。
詳しく詩織の生い立ちを聞いたわけではないが、恐らく過去に『個』の力ではどうすることもできない状況、あるいは相手にぶつかったことがあるからだろうとガイは推測している。
ともかく、詩織は己の『個』としての力を磨く以上の熱心さで、中央庁直轄部隊という『集団』の力を日々磨いている。
そして、今、その力が絶対不可欠な状況が訪れている。
森の奥にて鎮座するあのウナギ型巨大『害獣』を倒すためには『個』の力ではなく、集団の力が絶対に必要だ。
優れた一個人の『武』だけではどうすることもできない、圧倒的な暴力。
それを打ち倒すには『集団』の力がどうしても必要なのだ。
それもただ集まっただけの烏合の衆の力では困る。
中央庁部隊に所属する猛者達は、いずれも近隣諸都市に名を轟かせるエースクラスのハンターばかりだ。
しかし、それだけに一癖も二癖もある者ばかりで、協調性に長けているとはおせじにも言い難いものがある。
だが、そんな彼らをうまくまとめ、一つの巨大な力に導くことができる者がいる。
まさしくそれは他の誰のことでもない、龍乃宮 詩織のことだ。
たくさんの『人』を魅了しあまたの英雄好漢達の信頼を得るということに関しては、彼女の上に立つドナ・スクナーや、或いは現在の中央庁総務大官 サラーム・ウッディーン・コウ・マリアレインの方が間違いなく上だ。
しかし、彼らを統率し、一個の巨大な力と変える能力は間違いなく詩織が最も優れているとガイは見ている。
その証拠にこれまで詩織は、ベテランの傭兵旅団を数揃えてもそう簡単には倒せないと言われてきた難敵の数々を、一度の失敗もなく中央庁の直轄部隊を率いて見事に討伐して見せている。
それらの敵に『暁の旅団』が討伐して見せた『貴族』クラスのものはいなかったが、それでもその相手になった『害獣』達は並大抵の傭兵旅団に倒せる相手ではなく、それを討伐してみせた詩織の手腕は間違いなく確かなものであった。
この数年、自分の標的である『人造勇神』の追跡及び討伐を手伝ってもらう代償として、城砦都市『嶺斬泊』をはじめとする北方都市群が指名手配する凶悪『害獣』討伐に同行し協力していたガイは、詩織の指揮官ぶりを間近で見てきた。
細かく指示をするわけではない。
大まかな方針は話すものの、作戦の大部分の立案のほとんどを信頼する部下達に任す。
だが、一旦作戦が決まれば一番危険な最前線に立ち、猛者達を自分の手足のように指揮し、立案された作戦を完璧にこなしてみせて中央庁直轄部隊という『集団』を勝利へと導く。
そんな真似はガイには決してできないだろう。
詩織のような度量も統率力も作戦実行力も魅力も全て持ってないことが、よくわかっているから。
だから、ガイは自分にできることをやるのだ。
『個』として自分ができることを。
『集団』の力となることはできなくとも、その『集団』を援護することはできる。
この厄介な猿どもを詩織が率いる中央庁部隊の元へと行かせない、行かせるわけにはいかない。
「それなら自分にもできる、できるはずだ!!」
Act.50 『ロンリー・ガンマン』
たった1人で多人数と戦うのは別に今日が初めてではない。
いや、むしろ、そうでなかったほうが圧倒的に少ない。
弱小種族である『人間』族が生み出した最強の生物兵器『人造勇者』。
その力はあまりにも強大で、普通の人間族の戦士や兵士が一緒に戦うにはあまりにも実力が違い過ぎ、下手に一緒にいればその力の巻き添えで味方の軍勢までも滅ぼしかねない。
それゆえに、『人造勇者』として生まれた者は常にたった1人で戦う運命を背負わされる。
勿論それはガイとしても例外ではなかった。
醜い権力闘争の果ての同族同士の争いに巻き込まれたこともあった、異種族間の戦争もあった、暴走した量産型『人造勇者』達の部隊と戦ったことだってある、勿論、『害獣』が出現してからは奴らとはずっとずっと戦い続けている。
そのいずれの場合もガイはほとんど1人だった。
たった1人でいくつもの戦場を渡り歩き、生き抜いて来たのだ。
「まったく・・1人で戦うのは気楽でいいが、毎度毎度半端ない数の敵に囲まれるな。いや自分がそう仕向けているのだが」
迫ってきた大猿の一撃を頭を下げて避けると、牽制気味に『銃』器を乱射しながらその場を離れる。
500年近く眠りについたあと、人間の秘密結社『FEDA』に騙されて『害獣』の力を埋め込まれた。
それに気がついた時には時すでに遅く、力の暴走の果てに『害獣』となって涅槃を渡るところであったが、ありがたいことに数少ない友人の1人が自分を救いだしてくれた。
九死に一生を得たガイであったが、その代償としてガイは『人造勇者』の力を全て失った。
『害獣』を一撃で葬る怪力も、『害獣』の速度を上回る脚力も、『害獣』の一撃にも耐えうる生命力も何もかも全てだ。
身に着けている武術は『人造勇者』としての身体能力がなくば使うことができず、使い慣れた武器もただの人間ではその恐るべき性能を発揮することはできない。
長い年月、自分と共にあったあらゆる牙を失い、最早ガイは戦場に立つことはできないはずだった。
しかし、ガイは今尚戦場に立ち続けている。
ただの人間となってしまった後も肉体と精神を鍛え続け、別の武術を会得し、別の武器防具を身に着け、死と隣り合わせの戦場へと舞い戻った。
全盛期の絶大にして絶対の武力は、今のガイの身体のどこにもない。
しかし、その身体に刻み込まれてきた膨大な戦闘の経験と衰えぬ闘志が、ガイに別の強さを与える。
それらの強さを新しい牙として、ガイは戦い続けている。
「しかし、やはり普通の雑魚とは違うな・・こちらの手の内を完全に見られてしまった今となっては、先程のように倒すことはできんか」
ガイは蹴り飛ばした大猿型『害獣』達に、容赦ない追撃の銃撃を加えるが、猿達は空中で態勢を立て直して大木の幹の上に横向きに立って見せると、そこを蹴って横っ跳びに宙を舞い、あっさりとガイの銃撃をかわして見せる。
勿論、ガイとて黙ってその空中ショーを見ているだけではない、猿達が避ける先を見越して銃弾の雨を降らし続ける。
流石の猿達も連続で放たれる銃弾の雨を全て避け切ることはできず、そのいくつかが猿達の大きな身体に吸い込まれて緑色の花を宙に咲かせるが、致命傷には至らずあっという間に森の木々の間にその身を隠してガイの視界から消えてしまう。
「やってくれる。当たり前だが、ただの猿ではないってことか」
口から流れ落ちる血を片手で拭って苦笑を浮かべたガイだったが、すぐに表情を引き締めて、また走り出す。
敵はあの2匹だけではない、見えてはいないが強烈な殺意の気配が周囲に展開しているのを感じる。
わずかな隙でも見逃さず、奴らはその牙と爪を自分の身体に叩きこもうと襲いかかってくるだろう。
『人造勇者』であった頃の自分なら、怖れる必要は全くなかった、襲いかかってきた瞬間、抜くても見せずに刀を叩きつけ、相手を一瞬で物言わぬ襤褸雑巾に変えることができたからだ。
あるいは、相手の攻撃を完全に見切り、無限ともいえるスタミナでいつまでも避け続けることだって可能だった。
しかし、今の自分は違う。
鍛え上げているとはいえ、全種族中最も脆弱な種族であるただの人間族でしかないのだ。
余裕など欠片もない、それどころか一瞬でも気を抜けばたちまち捕まって引きちぎられ、肉の塊になるのは奴らではなく自分自身である。
そうならない為に、走って走って走り続け、奴らの中に生まれるであろうわずかな隙を見つけて逃さず、1匹1匹倒していくしかない。
絶望的とも思える状況。
しかし、それは今に始まったことではない。
自分以外全て敵。
ガイにとってそんな状況はいつものことだった。
『人造勇者』の頃だけの話だけではない。
ただの人間になってからも、そんな状況は変わらなかった。
信頼できる中央庁の面々や愛する娘、息子と一緒に戦うようになってからも、そういう状況は一向に変わらなかったのだ。
詩織をはじめとする中央庁の面々は凄腕の戦士達ばかりであったし、立派に成長した娘や息子の力量は今や全盛期の自分に勝るとも劣らぬものがある。
『人造勇者』の頃とは違い、化け物じみた破壊力がなくなった今となっては、彼らと一緒に戦っても自分の巻き添えにすることもない。
別に問題はないはずだった。
しかし、長い長い時間、常に1人で戦い続けてきたガイは、誰かと一緒に戦うということができなかった。
影にまわって詩織や、子供達のサポート役に徹しているのは、大事な彼らを守りたい一心で・・というばかりではなかったのだ。
表に立ち、彼らに合わせて戦うということが、ガイにはどうしてもできなかった。
自分という異分子が彼らの中に入ることで、彼らの連携を崩してしまうことが怖かったし、何よりも自分がそういう戦い方に向いていないことがよくわかっていた。
だから、影に潜み続けることを選んだ。
時に詩織の影に、時に紗羅、蒼樹の影に、そして、時に中央庁部隊の面々の影に潜んで彼らをサポートしながら、1人戦う道を歩んで来たのだ。
サポートしているだけではない、もしも、標的以外に彼らの戦いを妨害する者があれば、彼らに気がつかれないように側を離れ、1人それらの敵を相手に戦ってきたのである。
詩織や、子供達や、中央庁の面々が自らの目的を果たすことができるように、その戦いに、その到達すべき場所に、彼らが到るべき高みにかけ登ろうとするのを邪魔する者達から、1人孤独に、誰に知られることもなく守ってきたのだ。
おぼろげながらそれに気がついている者達もいる、しかし、ガイはその全貌を決して掴ませはしなかった。
全て、影の中にて処理し、人知れず闇の中へと葬り去ってきたのだ。
自分がどれだけ傷つき、ボロボロになろうとも。
「かなり巧妙に森の中に溶け込んでいるな。全然姿形が見えん。流石、『猿』というべきか。だがな・・」
目を細めて自分の進行方向の左に目を向けたガイは、両手に構えた二挺の小型『銃』器の砲口をそちらに一斉に向ける。
「それだけ殺気を放っていれば、いやでも居場所が知れるというものなんだよ!!」
そして、裂帛の気合いを放ちながら引き金を連続で引き続ける。
二挺の『銃』器から解き放たれた凶悪な死の風は、命を刈り取る疾風となって突き進む。
何も見えない静かな森の木々の間を突きぬけたそれらは、何もないはずの場所で突如として緑の花を咲かせる。
大猿型『害獣』の命という養分を吸い取り、虚空に緑の血の花を咲かせ、そして、猿達の命を無残に散らせていく。
「3つか・・むっ!!」
自分が奪った命の数を冷静に数えつつも、走る速度を緩めることもなく、それどころかさらにあげようとしていたガイであったが、自分の進路の先、その頭上からとてつもない殺気が舞い降りてくるのを感じて咄嗟に立ち止まり横っ跳びにその身を投げ出そうとする。
しかし、それでは間に合わないと直感したガイは、両腕を交差し十字ブロックを作る。
その直後、大木の上から飛び降りてきた一際大きな猿が、ガイの両腕に強烈な飛び蹴りを食らわせる。
「ぐ、ぐおおおおおっ!!」
大猿の飛び蹴りはガイの予想をはるかに上回る威力を発揮、ガイはその威力を殺し切ることができずはるか後方へと吹っ飛ばされてしまう。
十数メトルも吹っ飛ばされ、その直線上の端に存在した大木に激突してガイの身体はようやく止まる。
「が・・がはっ!!」
大木からずるずると落ちる際に、息と共に大量の血を吐きだして地面の上に転がり落ち、そのまま蹲って動けなくなるガイ。
「くっそ、俺としたことがっ・・ぐばっ!!」
急いで息を整え立ち上がろうとするガイであったが、それよりも早く肉薄してきた大猿が、渾身の力で蹲るガイの脇腹に蹴りを叩きつけ、足先に引っ掛けるようにガイの身体を持ち上げるとそのまま再びガイの身体を宙へと舞い上げる。
態勢を整えることができず防御できぬまままともにその攻撃を食らうことになってしまったガイ。
木の葉のようにくるくると宙を舞いながらもなんとか身を捻り、なんとか着地時にダメージを最小限に抑えようと受け身の態勢を整えようとするガイだったが、そこに更なる追撃が襲い来る。
三角跳びの要領で近くの大木を利用して再び宙へと舞った大猿は、宙を舞っているガイの身体に連続蹴りを叩きつける。
左右の両足で2つ、そして、反転しながらオーバーヘッドの要領でトドメの回転蹴りを1つ。
迫ってくる大猿の気配を察して再び両腕を交差し、十字受けで耐え凌ごうとしたガイだったが、そのときになって自分の左腕が折れて使い物にならなくなっていることに気づく。
なんとか右腕だけで猿の蹴りを空中で捌いてかわすが、それも最初の2つまで、最後のオーバーヘッドキックには追い付かず、まともに背中に蹴りを食らい弾丸のように地面に急降下。
不幸中の幸いというべきか、叩きつけられた先は雑草が密集して生えて天然のクッションとなっており、そこに落下することができたガイはかろうじて大きな怪我を負わずに済む。
だが、そんなことを考え安堵している暇はガイにはなかった。
今、大猿が使って見せた技を見て、大変な精神的ショックを受けていたからだ。
「ぎぎぎ・・あ、あの大猿、なぜ、宿難の技を使える!?」
そう、今、空中で大猿が使って見せた技は紛れもない宿難の技。
『人造勇者』であった頃に会得し、その恐るべき威力であまたの強敵を葬ってきた恐るべき殺『人』武術。
五千年以上も前、まだ人間と他の種族の間にそれほどの身体能力の差がなかった頃、『宿難』と呼ばれる人間の戦闘民族が生み出し、そこに近代的な戦闘技法を取り入れ『人造勇者』が使う為の専門武術として完成させたもの。
猿が使って見せた空中三段蹴りは、『宿難』の名前を付けられた武術の中でも、最も総合武術として完成されている真源流の技。
それは『人造勇者』であった頃に最も得意としていた武術でもあった。
ただ、真源流は会得するのにはかなりの修行を必要とし、何よりも身体能力がかなり優れていないと会得することが難しく、多少修行したくらいでは身につかず、技を見て見よう見まねで使ってみてもすぐに威力を発揮できるものではない。
その証拠に自分の子供達は未だに真源流を会得できてはいない。
娘の紗羅は柔術と抜刀術をベースとし、『東方野伏』の戦い方に近い影幻流を、息子の蒼樹は打撃術と剣闘術をベースとし、『東方騎士』の戦い方に近い輝輪流のみをそれぞれ会得しているが、その先にある真源流の会得までには到達していないのだ。
2人とも決して才能は劣っていない、オリジナルである『勇者』の劣化版である『勇士』として生まれてきた2人であるが、幼き頃から激しくも厳しい戦いの中に身を置き、実戦の中で技を磨き、生き残ってきた2人である。
その2人を以てしても真源流の会得は相当に厳しいものがあるのである。
会得者であるガイも、ただで真源流を会得できたわけではない。
超人的な『人造勇者』としての能力を更に危険極まりない薬品で伸ばし、当時の魔法科学者達にいじくりまわされ肉体の限界まで調整された末にようやく会得するにいたったのである。
にも関わらず、目の前の猿は、その真源流の技を見事に、そして鮮やかに使って見せた。
「・・これはタイプゼロツーからのコピーか・・」
そう、ウナギ型巨大『害獣』の元になっていると思われる『人造勇神』タイプゼロツーは、真源流の会得者の1人だった。
もし、この大猿型『害獣』がヤマアラシ型『害獣』と同じくウナギ型『害獣』が生み出したものだとするならば、その能力を受け継いで生まれてきたとしても不思議ではない。
しかも元になっているのが他ならぬ『害獣』である。
文句なくこの世界最強の生物の一族である。
例え底辺近くのランクにある『兵士』クラスであったとしても、『人』とはそもそも身体の作りが全く違う。
『人』には会得するのが難しい武術であっても彼らにはそれほど難しくないのかもしれない、いや、恐らくそうなのだろう。
そのことを踏まえて改めて周囲の気配を探ってみたガイは、あることに気がつき愕然とする。
空中三段蹴りをやってのけた猿以外にも、宿難の技を使っている個体を感じられるのだ。
それは攻撃に使うための技ではなく、木々の間を気配を断って移動する技だった。
普通なら気がつくことはない、いや、気がつけない技。
真源流の会得者であるガイであるからこそ気づくことができた独特の気配。
それらが音を消し、殺気を消し、そして気配を消して自分に迫ってくるのを感じる。
「マズイ!! マズ過ぎる!! こいつらを絶対詩織殿のところに行かせてはならない!!」
ガイはかろうじて使える右腕を戦闘用コートの内側に突っ込み、中のポケットから数本の薬瓶を取り出すと、それらの蓋を親指でこじあけて一気に口の中へと流し込む。
中に入っていた特製『回復薬』が体内に流れ込むや、急速に傷だらけの身体を癒していく。
折れていた腕もすぐにつながり、打撲や切り傷も一気に回復する。
しかし、傷自体は治っても、失われた血液が戻るわけではないし、身体が感じている疲労感もなくなるわけではない。
かろうじて動くことに支障はないという程度に回復するだけだ。
これが、腕のいい『療術師』によって引き起こされた『療術』によるものか、あるいは最高峰の『回復薬』である『神秘薬』によって回復したものであるならば、話は違ってくる。
それらによって治されたものであるならば、怪我をする前の状態近くまで本格的に回復するのであるが。
「まあ、そんな贅沢は言ってられんがな。1人で戦うことを選んだ俺だ。今更誰かに頼ることもできまい」
そう一人呟いて苦笑を浮かべて見せるガイ。
首を2つほど振ってそれらの甘い考えを振り払うと、両手に握る『銃』器の引き金を引きことができることを確認して、また走りだそうとする。
ふとそのとき、ガイの脳裏にある思い出が蘇る。
そういえば、こんな自分でも誰かに自分の背中を任せていた時期があったと。
彼が心から信頼しその背中を任せて一緒に戦っていた人物が、過去に2人だけ存在していた。
1人は、幼き頃からずっと一緒にいたかけがえのない親友。
もう1人は、『害獣』によって滅ぼされた村で知り合い、それ以降一緒に苦楽を共にした実の妹同然に思っている少女。
ガイにとって我が子である紗羅や蒼樹とはまた違う意味で2人とも大事な存在だった。
彼らはガイが苦しみ悩みもがいていた、ある2つの時期にそれぞれ彼の側にあり、彼の背中を守り、そして、なによりも彼の心を守ってくれた。
2人ともそれぞれの事情から彼とその道を分かち、今はそれぞれの道に進んでいる。
決して喧嘩別れしたわけではない、それぞれが自分にとって最良の道を歩むための決別であり、寂しくはあってもガイはそのことを全く後悔してはいなかった。
「あいつらにはあいつらの・・そして、俺には俺の道が・・ある!!」
決然と否定の言葉を吐きだしたガイは、何かをふっ切るように殊更力強く地面を蹴って疾駆する。
深い森の中にあって、ところどころ固い地面が露出している部分をわざと選んで走りぬけ足音を響かせる。
すると、それに反応して森のあちこちで今までおぼろげにしかつかめなかった敵の気配が次々と現れ、自分に殺到してくるのを感じ、ガイはニヤリと笑みを浮かべて見せる。
「俺について来い、猿ども!! ここからできるだけ引き離してやる!!」
後方に現れた気配に銃口を向けたガイは、自分の勘だけを頼りに乱射する。
敵をより一層引きつけるための威嚇射撃だったのだが、発射した『弾丸』の何発かが敵に命中したのを感じ、ガイは苦笑を浮かべる。
「撃ってみるもんだな。下手な鉄砲も数うちゃあたるってか? いや、そこまで腕は悪くないつもりなんだがな」
ともかく、敵の注意をより一層自分のほうに向けることができたことを確認したガイは更に速度をあげると、詩織達がウナギ型巨大『害獣』と戦っている場所とは反対方向、大河『黄帝江』へと向かっていく。
そこには大山椒魚型『害獣』の群れがいるはずで本来なら自殺行為のようなものなのだが、ガイにはある勝算があった。
「確かに『宿難』の技は強力だ。しかしな、強力すぎるのだよ。その強烈無比な技を仲間である大山椒魚型『害獣』の群れの中で果たして使えるかな?」
間違いなく『宿難』の技は強力な威力を持つ。
駆け出しのハンターが食らえば、基本の技でも一撃で死んでしまうほどの威力だ。
そんな技を右も左も仲間である大山椒魚型『害獣』のいるところで大猿型『害獣』達が使えるだろうか?
ガイが導き出した答えは『否』である。
その予想の裏付けとなっているのは、あのヤマアラシ型『害獣』だ。
あれだけ強烈な電撃攻撃を持っていながら、大山椒魚型『害獣』と入り乱れる混戦になってしまった場合は、一度もその攻撃を使用しようとはしなかった。
恐らくそれは大猿型『害獣』も同じはず。
『害獣』達は種類が違えど、同じ『害獣』を巻き込む行動はしないようなのだ。
勿論それが死んでしまってただの死骸になってしまったときはそうではないようだが、少なくとも生きている間はお互いを傷つけあう行動は極力取ろうとはしない。
そこがガイの狙い目であった。
「山椒魚はどれほどの数が群れていようと問題ではない、むしろ猿達に対する盾として使わせてもらう!!・・む?」
もう間もなく辿りつく大河の畔で、繰り広げられることになるであろう激戦を予想し一瞬不敵な笑みを浮かべて見せるガイであったが、自分の前方から何かが迫ってくるのに気づき表情を引き締める。
みるみる内に近づいてくるその影は、どうやら山椒魚型『害獣』の死骸を盾に代わりにした大猿型『害獣』のようで、ガイは小型『銃』器を即座に目の前に構えると猿の頭部を狙って連射する。
ガイの意図に気がついたのか、猿はすかさず自分の顔の前に死骸をかざして『弾丸』の雨から身を守るが、ガイへの突進はやめようとせず、それどころかさらにスピードをあげて肉薄してくる。
「ちいっ!!」
ガイは舌打ちを一つして右斜め前に進路を少し変更すると、ちょうど自分の進路上にある大木をはさんで通り、向かって来る大猿をかわして通り抜けようとする。
だが、木々と木々の間を抜けようとした瞬間、ガイの意図を再び察した猿がすぐに進路を変更し直し、手にしていた死骸を投げ付けると同時に、自分自身もタックルしてきた。
飛んできた死骸を大木を盾にするようにしてかわしてみせたガイであったが、そのすぐあとに続いた猿のタックルを完全にかわすことができなかった。
掴んで押し倒されることはかろうじて免れたものの、バランスを崩しながらも繰り出してきた猿の剛腕がガイの足をすくい、ガイはたまらず転倒しそうになる。
「なっ!! くそっ!!」
不完全な状態で倒れてしまうくらいならばと、ガイは前かがみの状態から一気に前へと前転しその勢いで立ち上がって態勢を立て直すと、猿の攻撃を牽制すべく後方に向けて威嚇射撃をしようとする。
だが、それよりも早く別の猿が横合いから飛び出してくると、強烈なフックをガイの横腹に放つ。
「ぐ、ぐふっ!!」
一瞬宙へと浮き上がるガイ。
しかし、それで攻撃が終わったわけではなかった、さらに別の猿がスライディングの要領でガイの真下に滑り込んでくると、逆立ちした状態で地面から跳び上がり、落ちてくるガイの身体をその両足で上空へと蹴りあげる。
「な、なにいいいっ!?」
威力こそほとんどないものの、自由のきかない上空へと思いきり蹴り飛ばされたガイは、なんとか態勢を整えようとするが、飛行能力などないただの人間のガイにはどうすることもできず空しく宙をもがくだけ。
そこに、大木を利用して三角跳びの要領で3匹の猿達が次々と宙へと舞い上がってくる。
「なあっ!? く、くっそっ!!」
猿達が自分めがけて跳んでくることを確認したガイは、なんとかそれを迎撃しようと両手に構えた小型『銃』器を振り回しながらランダムに乱射してみせるが、自由のきかない態勢で狙いもつけずに放った銃弾があたるわけもない。
それでも諦めず、弾丸の続く限り撃ち続けるが、みるまにガイへと近づいた猿達は、顔面に肘打ち、胸板に正拳突き、そして、とどめとばかりに腹部に胴回し回転蹴りを叩きこんで下へと叩き落とす。
「ぐああああああああっ!!」
斜め気味に下へと落下していったガイの身体は、途中大木の茂みの中へ突っ込んだあと、そこを突きぬけ、その先にあった大木の幹にぶつかって跳ね跳び、更に別の大木の幹へ叩きつけられて一瞬止まったあと、ゆっくりと下へと落ちていった。
「ぐはっ・・ごぼっ・・」
固い地面に落下した衝撃で一瞬意識が遠のきかけるが、全身のあちこちに走る激痛がガイの意識を再びつなぎとめる。
猿達の更なる追撃を避けるために上半身を起き上がらせすぐさま移動しようと立ちあがろうとしたが、立ち上がろうとした瞬間、口から盛大に血があふれて出て、前のめりに倒れ込んでしまう。
「ぬ、ぬかった・・」
完全に引き離し距離を十分おいていた、自分が自ら居場所を知らせることで相手をおびき寄せ気配を全て感知できていた、そう思っていた。
だが、それは全てではなかったのだ。
自分が感知できていたのは能力的に劣る一部の猿だけ、能力的に秀でている猿達は自分の策に引っかかることなく気配を消し続けていたに違いない。
そして、ガイの行動を見越して先回りすると、ガイが気を抜いた一瞬を見逃さずに襲いかかってきたのだ。
それも見事な連携攻撃で。
「・・は・ははは、いかん、本当にヤバいな・・ごほ、ぐふっ・・」
再び『回復薬』を取り出して飲み干して傷を回復させるが、傷や骨折は治ったものの、体力そのものがほとんど残っておらすぐに動くことができない。
ガイは仰向けに地面に寝転び空を見上げる。
赤い夕陽に照らし出された西側は赤く、そこから東に進むにつれて薄暗い空が広がっている。
よく眼を凝らしてみると強い光を放っている星がいくつか見えた。
「やれやれ、この『人造勇神』作戦が終了したら引退して、戦いとは無縁の仕事をしながら畳の上で死ぬつもりだったが・・戦士はやはり戦場で死ぬということか」
血まみれの口を歪ませて苦笑を浮かべたガイは、自分に迫ってくる猿達の気配を感じて静かに覚悟を決める。
一度瞼を閉じて瞑想をすると身体の隅々に喝を入れて、ゆっくりとその身を起き上がらせる。
「寝たまま死ぬのはカッコ悪いからな。一太刀なりと入れさせてもらうぞ、『害獣』ども!!」
ちょっとでも気を抜けば倒れ込みそうな状態でありながらも、ガイはニヤリと笑みを浮かべてみせると、いつのまにか自分を取り囲んでいた猿達に最後の咆哮をあげる。
そして、咆哮が終わるや否や、ガイの前方にいた数匹の猿達が飛び出して殺到してくる。
ガイは、両手に持つ小型『銃』器を構えてそれを迎え撃とうした。
だが、引き金を引いても死の風を運ぶ『弾丸』が飛び出さない。
どうやらマガジンの中の弾が切れてしまっていたらしい。
コートの中に予備のマガジンがまだいくつもあるが、取り替えている暇はないだろう。
「どうにも締まらない最後だが、こんなものか・・だが、まだ俺の拳も心も砕けてはいない!!」
なんともいえない笑みを浮かべたガイは、迫りくる猿達の凶悪な拳を見つめながら静かに両手をあげる。
対峙してきた相手にいくつも死を送り続けた自分である、今度は自分の順番だったというだけの話だが、それでも最後の最後まであがき続ける。
握りしめた小型銃の銃口の先に取り付けられた特殊ナイフを迫りくる害獣達へと向け、最後の一撃を放つために全神経を集中させる。
「紗羅、蒼樹、あとは頼むぞ。ジン、ドナ、詩織殿、美咲、先に逝く、すまん。」
聞こえないとわかってはいたが、愛する子供達、かけがえのない自分の友人達に別れの挨拶を呟くガイ。
そうして自分の死を迎え入れようとしたガイだったが、ふと何かを思い出したように付け加える。
「ああ、そうだ。そうえいば、ゴンがいた。ゴン、ついでに一応いっとく。あばよ」
「・・って、ついで扱いで別れの言葉を呟くなっつ〜の!!」
大猿達の必殺の拳が迫り、それを迎え撃つようにガイが最後の一撃を放とうとしたその瞬間、この場所を別の死の風が吹き抜けた。
自分の耳に飛び込んできた懐かしい声と、そして、自分の側を通り過ぎ、自分の代わりにあの世に旅立ってバタバタと倒れる猿達の姿に、茫然とするガイ。
倒れ伏した猿達に視線を向けてみると、彼らは喉を鋭利な何かで切り裂かれて絶命しており、それを確認したあと、ガイは猿達を葬って見せた目の前の小さな『人』影にもう一度視線を向け直す。
「お、お、おまえまさか・・」
「あのねえ、ガイ、何度も言ってるけど・・」
自分を見つめながら金魚のように口をパクパクしているガイに、なんとも言えない嫌そうな視線を向けた小さな『人』影は、すぐに怒ったような表情を浮かべて見せるビシッと手にした鉄扇をガイに向けて叫ぶのだった。
「わたしの名前は、シャ・ル・ル!! シャルルったら、シャルルなの!! いい加減覚えなさいよ、このカボチャ頭!!」
地面を踏みつけてぷんぷんと可愛らしく吠える『人』影を、ガイは口をあんぐりと開けて見つめ続ける。
その後、何か口に言おうと何度か口を動かすガイだったが、やがて、自分の考えがまとまらないことを示すかのように片手で顔を覆い大きく溜息を吐きだすと、もう一つの手をひらひら『人』影のほうへと振ってみせる。
それを見ていた『人』影は、さらに何か言いたそうにしていたが、周囲を取り囲む猿達の殺気を感じて口を閉じると、真剣な表情で猿達のほうへと向きなおる。
「まあ、いいわ。このことについては後でゆっくりとことんガイの頭に詰め込むとして・・とりあえず選手交代よ、お猿さん達。あたしがお相手してあげる。言っておくけど・・あたしのガイをいじめたあんたたちは絶対に許さないんだからね!!」
自分達を取り囲む大猿型『害獣』達を睨みつけた元『人造勇者』 蒼穹神剣の麗人 シャルル・ハリスは、凄まじい闘志を噴き上がらせる。
両手に持った2つの鉄扇を広げると舞うように踊ってシャルルは構え、それを見た猿達は、目の前の『人』物が容易ならざる敵であると認識し一斉に拳法のような構えを取って応える。
『人造勇者』の力と技を捨てた者達と、『人造勇者』の力と技を取り込んだ者達の己の命と魂をかけた死闘がいま始まる。
「おいっ!! 誰がいつおまえのモノになったっつ〜んだ!? 戦う前にきちんと訂正をしろ!! 訂正を!!」
「ガイ、うるさい!!」