Act.49 『勝負のとき』
鮮血にも似た真っ赤な夕日に照らし出された森の中を、怒れる龍の女神に率いられた中央庁部隊が死と破壊を撒き散らしながら突き進んで行く。
目指すは大木よりも太い四肢を持つウナギの姿をした巨大『害獣』。
宿敵『人造勇神』タイプゼロツーが自ら取り込んだ『害獣』の力を制御することができず、狂気の果てに暴走し姿を現したもので、呼び寄せた『兵士』クラスの大山椒魚型の『害獣』、あるいは自ら産み出したヤマアラシ型の『害獣』達を率いて中央庁部隊に襲い掛かってくる。
敵の軍勢の九割近くを構成しているのは最弱クラスの大山椒魚型の『害獣』であり、一体一体はそれこそ一般人でも楽に倒せるような相手であり、百戦錬磨の中央庁の凄腕『害獣』ハンター達からすれば、雑魚以下の敵であるのだが、何せその数があまりにも多い。
まるで津波のように襲い掛かって来る上に、倒しても倒して次から次へと大河『黄帝江』から新たな個体が姿を現して参戦してくるので、一向に数が減らない。
しかし、中央庁部隊も数で押されてあっさりと押し切られてしまうほど弱くもない、北方都市群で勇名を轟かせた猛者や英雄達で構成されたエリート部隊は伊達ではない。
こうして中央庁部隊とウナギ型巨大『害獣』率いる『害獣』の大群との間で一進一退の攻防が続いていたのであるが、ついにその均衡が破られる時が来る。
怒りに震える龍の女神の降臨。
中央庁直轄部隊の前線指揮官であり、中央庁が誇るトップクラスのスーパーエースでもある龍乃宮 詩織がついに前線に辿りついたのだ。
それも絶妙なタイミングでの登場であった。
ウナギ型『害獣』が数で押し潰す戦術から、中央庁の防壁部隊が作りだした分厚い防御陣を一点集中で突破する戦術に切り替え、防御陣の最も脆い部分、メイン防御要員である巨人族の双子の兄弟をサポートしていた南方屋敷妖精族の姉妹達に襲いかかろうとしたまさにそのとき、戦場に飛び込んできた詩織は、ウナギ型巨大『害獣』が放ったヤマアラシ型『害獣』という刺客を一瞬で蹴散らし、窮地にあった姉妹達を救いだしたのだった。
そればかりではない、自ら先頭に立って敵陣に切り込むと、敵の指揮官であり最終目標であるウナギ型巨大『害獣』めがけて猛然と突き進み始めたのである。
当然、『害獣』達は自分達のボスを守るために標的を中央庁部隊から詩織個人へと変更し、殺到してくる。
それをやらせてはなるものかと、中央庁部隊もすぐさま反応して詩織に続いて敵陣へと突撃を敢行し、詩織を守るように部隊を展開しながら決戦へと雪崩れ込んでいく。
両陣営共にこれまで以上の凄まじい勢いでぶつかりあう。
圧倒的な数で押し寄せてくる『害獣』達の大軍勢は今まででも十分脅威であったし、その全方位からの波状攻撃も決して侮れるものではなかったが、しかし、中央庁側の総司令官 詩織の出現に合わせるかのように、『害獣』達はその戦術を大幅に変更、さらに恐ろしい攻撃方法で中央庁側に襲いかかってくる。
大山椒魚型の『害獣』とヤマアラシ型の『害獣』が雑多に混じり合って闇雲に突撃してくるだけの戦法から、完全に2種類の『害獣』達が別れて群れを形成し、それぞれが中央庁部隊のある一点めがけて集中攻撃をかけていく。
一体一体は脆弱極まりないが、その膨大な数で圧倒しようとせまる大山椒魚型『害獣』、中央庁部隊に突っ込んできた大山椒魚型『害獣』の群れの先頭は中央庁側の猛者達によってあっさりと蹴散らされる、しかし、その後に続いて突入してきた新たな群れは、仲間達の屍を踏みつけて乗り越え、数に物を言わせて中央庁部隊の内側に入り込むと、自らの身体を盾にして中央庁部隊をド真ん中から両断していく。
「い、いかん、防壁部隊だけでも真ん中に踏みとどまれ!! コロンブス!! キャン!! 押し流されるな!! 奴らの狙いは・・」
敵の狙いをいち早く察知した豹型獣人族の剣士 ガウェイン・バッヂは、自ら指揮する第6部隊きっての防御チームの面々に大声で指示を出すが、肝心の防御チームの面々は完全に敵の群れへと呑みこまれてしまっており、押しつぶされることはない状態ではあるものの、とてもバッヂの指示通りに動ける状態にはなかった。
「だ、だめだぁ、隊長!! が、がずが多ずぎて、みうごぎどれねぇ!!」
「ごめんさぁ、隊長!! あたしらコロンブスの側に張りつくだけで手一杯さぁ」
「クソッタレがあっ!! 動ける者は俺に続け、なんとしても真ん中まで押し戻すぞ!! このままじゃあ、司令官が!!」
雲霞のように襲い来る膨大な数の大山椒魚型『害獣』を、手にした大剣で薙ぎ払いながらバッヂは、大山椒魚型『害獣』達の群れが作り出す目の前の壁の向こうに視線を走らせる。
そこでは、自分達以上の苦境の中で、凄まじい勢いで戦い続ける1人の龍神の姿があった。
「はあああああっ!!」
旧シャンファ帝国の美しい装飾が施された槍を縦横無尽に振い、三位一体で奇襲をかけてきたヤマアラシ型『害獣』の一群を次々と串刺しにして葬り、流れるような動作で別方向から飛んできた鋭い無数の針を扇風機のように槍を回転させて防いでみせる。
まさに一騎当千。
北方都市群に名を馳せる英雄好漢達が群れ集う中央庁直轄部隊。
その彼らが今ここで見せている戦い方のレベルは相当に高いものであるにも関わらず、中央庁直轄部隊司令官 龍乃宮 詩織の戦いぶりはその更に上を行く。
押し寄せてくる『害獣』達の群れを寄せ付けないどころか、むしろたった1人でその津波を堰き止め、一進一退の攻防を繰り広げている。
だが、そうは言っても詩織が孤立させられているのは間違いない事実、確かに今のところはなんとか持ちこたえているが、このままではいずれその大波に呑みこまれてしまう。
特に、詩織が今対峙している相手は、バッヂ達が相手をしている数だけが頼みの最弱雑魚の大山椒魚型『害獣』ではないのだ。
大山椒魚型『害獣』と違い、ヤマアラシ型『害獣』達が繰り出してくる攻撃の数々は、熟練のハンター達であっても危険極まりないものばかり。
鈍間な大山椒魚型『害獣』と異なり、同じように大柄な体格ながら動きは俊敏で力も強い。
また『人』の肌など簡単に切り裂いてしまう鋭い牙や爪を持ってるだけでなく、背中には不気味に光る剣山のような無数の針が生えている。
それは相手をよせつけないようにするという防御の役目だけでなく、弾丸のように発射して飛び道具として攻撃にも使えるというまさに攻防一体の鎧。
それだけではない。
その全身からは強烈な電撃を常に発しており、近付くものを感電させるという厄介な特殊能力まで持ち合わせている。
不幸中の幸いというべきか無尽蔵に大河『黄帝江』から沸いて増え続ける大山椒魚型『害獣』と異なり、ヤマアラシ型『害獣』は、最終標的であるウナギ型巨大『害獣』が少しずつ産み落としている存在であるため、タマゴの状態で産み落とされたあと、戦えるほど大きく成長して孵化するまでにはある程度時間がかかる。
そのためこの戦場に存在している数は圧倒的に少ないのであるが、しかし、前述の通り数だけの大山椒魚型『害獣』と違い、ヤマアラシ型『害獣』は一体一体が十分脅威となりうる力を持っているのだが・・
「はああああっ!!」
気合いと共に横薙ぎに一閃した豪槍の一撃が、詩織の前に壁のように立ち塞がっていた『害獣』達の上半身を奇麗に斬り飛ばし、一瞬にして物言わぬ死体へと変える。
十重二十重と周囲を完全に取り囲まれ、誰が見ても圧倒的に不利、間違いない死地にある状態。
そんな中に孤立して取り残されて立っているにも関わらず、詩織はその巨大な波に押し潰されるどころか逆に四方八方から襲いかかってくるヤマアラシ型『害獣』の次々と薙ぎ倒していく。
いや、そればかりではない、明らかにかすっただけでもただでは済まないであろう必殺の攻撃を、先程から浴びるほど受けている筈なのに、詩織の身体には傷一つついていないのだ。
避ける場所などあるはずがない集中豪雨のような針攻撃も、全方向から繰り出される牙と爪の嵐のような攻撃も、そして、触れただけで真っ黒焦げになりそうな凶悪な電撃攻撃ですら、詩織には届いてはいなかった。
相手の攻撃は一切食らわず、自分の攻撃は一方的に相手に叩きこむ。
「で、でだらめな強さだなぁ。うぢの司令ば」
「んだ。無敵だ・・って、いだっ!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないさぁ。今のうちに司令のお側にいって守らないとだめさぁ」
「そうさぁそうさぁ。いくら、無敵で最強で不敗な司令でも、たった1人じゃあ、いつまでももたないさぁ」
詩織のあまりの無茶苦茶で出鱈目な戦いぶりに、自分達が置かれている状況も忘れてしばしぼんやりと見つめてしまう双子の巨人族兄弟。
そんな巨人族兄弟の様子に気がついた南方屋敷妖精族のシナモンとペッパーは、慌てて2人の側に駆け寄ってくると、その大きな向こう脛を力いっぱい蹴飛ばして我に返させる。
そして、あまりの痛さに涙目になっている2人に、怒りの表情と声を向けたあと、すぐに目の前で激闘を繰り広げている詩織のほうに視線を向け直し、他の姉妹達に呼びかける。
「みんな、今こそ、あたしら喜屋武姉妹の力を見せるときさぁ!!」
「そうさぁ、龍乃宮司令にご恩を返す絶好のチャンスさぁ!!」
「今こそ、そのときさぁ!! 吶喊!!」
「「「「「おうっ!!」」」」」
髪型やスタイルこそみなバラバラであるが、同じ顔をした6人の姉妹達が勇ましい声を挙げて大山椒魚型『害獣』の群れの中に突撃していく。
それぞれが両手に構えた合計12個のトンファーで、行く手を阻む『害獣』の群れを次々と押しのけ倒しながら、孤立している詩織の元へと突き進んでいく。
「あらぁ、おちびちゃん達に先を越されちゃったかぁ。んじゃ、あたしらも続くわよぉ。カチュア、マキ、フォローよろしくねぇ」
「!!」
「お任せちゃんこ。いやあ、幸せだなあ、右も左も獲物だらけ。おらおらおら、どけどけどけぇっ!! 青天大星 マキ・ハンマー 推して参る!!」
南方屋敷妖精六姉妹の突撃に逸早く気がついた第5部隊隊長エルフィン・マクドガルドは、2人の側近に声をかけ自ら乱戦の中へと飛び込んで行く。
そして、隊長に声をかけられた2人の側近、北方雪豹獣人族のカチュアと霊山白猿族のマキも続き、さらにその後ろには第5部隊が誇る強烈無比な攻撃力を持った猛者達が次々と続いて行く。
「やっと戻ってきたのかよ、エルっち。おせぇよ。もっと早く帰ってこいよ」
あっと言う間に先頭を走るキャン六姉妹に追いついて大暴れしているエルフィン・マクドガルドの横に、いつのまにやってきていたのか第6部隊隊長バッヂが並び、なんとも言えない疲れた表情でブツブツと文句を言う。
「無茶言わないでよねぇ。これでも結構頑張ったのよぉ」
「で、防御チームは?」
「ちゃんと連れて来たわよぉ。八割方整備も完了してるし、なんとかいけるっしょ」
「おっしゃ、じゃあ、司令と合流してさっさと頭を潰してしまおうぜ。雑魚をいくらやっつけてもキリがねぇしな」
「でもさぁ、これだけ倒したらおいしいよねぇ。これ全部宝の山だよぉ。最弱の雑魚でも『兵士』クラスには間違いないもん、皮も肉も骨も、爪も牙だって、最低価格で売り払っても物凄いお金になるわよぉ」
「あのなあ、いくらおいしくても死人が出たら意味ねぇだろ。今のところ怪我人はいても死人はでてないんだ。これだけ大規模な戦闘で奇跡的にただ一人の死人もでていねえ。まあ、他の部隊の担当エリアが今どうなってるかわからなねぇけどよ。ともかく、死人がでねぇうちに終わらせたほうがいいんだって。勝負事はよ、引き際が肝心だぜ。勝ってるうちにさっさと切り上げちまうのが最良の選択なのさ・・って、俺の話聞いてるか? エルっち?」
「今忙しいからあとで聞くぅ~。それよりもあたしのところの部下達の指示もついでにしといてぇ~。マキ~、先頭に立つよ!! 攻撃専門の第5部隊の名にかけて一番槍はうちがもらうんだからねぇ~」
「合点承知!! おらおらおら!! 挽き肉になって砕けて散りやがれ!!」
「指示しといてくれって、他の部隊の頭に指揮を任してるんじゃねぇだろ、こらっ!! 自分の部隊だろうが!? 自分でやれよ!!・・って『人』の話ぜんっぜん聞いてねぇし!! おい、おまえら暴れるのはいいけど、司令官やうちのちびどもに怪我させるなよ!!」
鋸状になった大剣をぶんぶん振りまわし、群がる大山椒魚型『害獣』の群れを片っぱしから両断していくエルフィンと、その横で2メートル以上ある長大な棍を新体操のような華麗な動作で操って、『害獣』達の身体を粉砕していく霊山白猿族の女戦士マキという、羅刹女コンビの姿を呆れたように見つめていたバッヂであったが、溜息を一つ吐き出すと、自分のすぐ横を一緒に走っている北方雪豹獣人族の女性のほうに視線を向け直す。
「おまえも苦労するなあ、カチュア。あの2人のフォローは大変だろう?」
「・・」
バッヂの言葉を聞いたカチュアは苦笑を浮かべながら、『いつものことですし、もう慣れちゃいました』と言わんばかりに肩を竦めて見せる。
「やれやれ、結局後片付けは俺達の役目か。って、言ってる場合じゃないな。よし、じゃあ、いつも通り行くぞ」
カチュアの様子を見て、なんとも言えない疲れた表情を一瞬浮かべて見せたバッヂであったが、すぐに表情を引き締め直すと、自分の指示を今や遅しと待ち構えている周囲の猛者達に鋭い視線を走らせて吠える。
「関、おまえは第1攻撃隊の防御チームを率いて右側に壁を、サンダーバード、おまえは第2攻撃隊の防御チームを率いて左側に防壁を作る、そんでウナギまでの通り道を作るんだ、いいな。カチュア、おまえは第5部隊の防御チーム全員を率いて司令官の周囲を固めろ、他の攻撃部隊メンバーの防御は考えなくていい。司令官だけを集中して守れ!! 残ったメンバーは全員俺に続け!! 我らが龍乃宮司令官と合流した後 残存戦力全てをウナギに集中させる。雑魚には一切構うな。後方に他の部隊が集結し始めているから、そっちに雑魚掃除を任せるんだ。ウナギに一番近い我々が、先陣を切る、わかったか!?」
『おおおおおおおおおっ!!』
「よしっ!! 我に続け!! 突撃っ!!」
バッヂの指示に頷きを返して見せた周囲の猛者達は、それぞれがそれぞれの役目を果たすべく、一斉に行動を開始する。
「いくぞ、者共!! 『害獣』達を押し返せ!!」
『応っ!!』
蚩尤族と呼ばれる東方地域の牛頭人体族の戦士 関 宇森の雄叫びに応え、重装甲に身を包んだ屈強なドワーフ族の戦士達が次々と『害獣』の群れに体当たりを敢行して吹き飛ばしていく。
そして、その反対側では・・
「邪魔する奴・・『死』あるのみ。通り道、邪魔・・排除」
山猫獣人族の女戦士 ミアン・サンダーバードはぼそりとそう呟き、手にした長弓から凄まじい速さで次々と矢を解き放って、群がる大山椒魚型『害獣』達をバタバタと射抜き倒していく。
その弓矢の雨が途切れた直後、巨大な体躯の持ち主である双子の巨人族が盾を振り回しながら群れの中に突撃していき、『害獣』の身体を吹き飛ばす。
「邪魔だぁあああ!!」
「どげどげぇええ!!」
2つの防壁チームが一気に左右に別れて攻勢に出たことで、無数の『害獣』で埋め尽くされていた戦場にわずかながら隙間が生まれ、その隙間は一本の道を作り、できたばかりのその道を弾丸のように猛者達が駆け抜けていく。
「行け行け行け~~~~!!」
『独眼豹』ガウェイン・バッヂが、第5部隊隊長エルフィン・マクドガルドが、その側近である北方雪豹獣人族の女戦士カチュアが、第5部隊きっての暴れん坊『青天大星』マキ・ハンマーが、他にも名だたる猛者達が雪崩をうってその道を走りぬけ、あっという間に最前線で戦っていた詩織の元へと辿りつく。
「龍乃宮司令!!」
「司令官殿!!」
「詩織さん!!」
詩織の周囲に未だに群がり続けるヤマアラシ型『害獣』達に、次々とその手にした刃を叩きつけて沈黙させていった猛者達は、詩織に声をかけてその安否を気遣う。
「御苦労様。思ったよりも早かったわね。もっと数を減らしてからでないとここまでこれないかなと思ったけど。やるじゃない。流石、ガーくんとエルちゃんのコンビね」
振り向きざまに3頭のヤマアラシ型『害獣』を両断しておいてから、第5、第6部隊の両隊長に視線を向けてにっこりと笑顔を浮かべて見せる詩織。
Act.49 『勝負のとき』
「いえ、折角合流していただいたのに、まんまと分断されてしまって本当に申し訳ありません。本来ならもっと早く合流すべきところを、指揮の不味さでここまで時間がかかってしまいました」
「いいのよ、ガーくん。他の誰かならともかく、私はそんな簡単にはやられはしないもの。というか、この程度でやられるような司令官なら、私だったら願い下げだわ」
心底済まなさそうな表情で、生真面目に頭を下げようとするバッヂに苦笑を浮かべて見せた詩織は、ひらひらと手を振って見せて頭を上げさせる。
「それよりも、それぞれの部隊のメンバーはみんな無事? 無傷ってわけにはいかないだろうけど・・」
「無事ですよぉ~。そんなやわな鍛え方してませんし、最弱クラスの大山椒魚型にやられるような隊員は1人もいませんよぉ~」
「うちはちとやばかったですが、絶好のタイミングで司令に助けていただいたので、今のところ1人の脱落者も出ていません。まあ、どちらの隊も怪我人は多数出ていますが・・」
表情を引き締めて問いかけてくる詩織の言葉に、両隊長はニヤリと笑みを浮かべて答えて見せたが、状況をより詳しく把握しているバッヂのほうがすぐに表情を曇らせる。
「実際どれくらいの戦力ダウン? ざっくりでいいから教えて頂戴」
「うちで6割ダウン、第5部隊のほうは4割から5割といったところでしょうか・・」
「な、何言ってるのよ、バッヂのあほぉ~。あたしはぴんぴんしてるわよぉ~」
「私も絶好調ですよ!!」
詩織の質問に、一瞬考えを巡らせる表情を浮かべたバッヂであったが、すぐに苦い表情で解答を返す。
その言葉を横で聞いていたエルフィンとマキが不満そうな表情をありありと浮かべて抗議するが、バッヂはさらに表情を苦々しいものに変えると、呆れたように首を横に振ってみせる。
「おまえらだけ元気でもなんの意味もねぇだろうが。そもそも、大山椒魚型『害獣』の群れが出現してからこっち、いつもどおりに突撃繰り返し続けるから、おめぇらの部隊は怪我人だらけじゃねぇかよ!!」
「「てへっ」」
「『てへっ』じゃねぇわ!!」
バッヂの言葉を聞いた後、一瞬バツが悪そうな表情を浮かべて見せたエルフィンとマキだったが、すぐに顔を見合わせると、同時にかわいらしく片目をつぶり舌をぺろっと出してみせてその場を誤魔化そうとする。
その全然反省のない姿にバッヂは鋭い牙を剝き出しにして怒りの表情を浮かべて見せるのだったが、横に上官の詩織がいることを思い出して咳払いを一つすると、表情を改めて詩織のほうに視線を向け直す。
「と、ともかく、両部隊合わせて1部隊分の戦力がせいぜいといったところでしょうか」
「そう・・物量作戦でかなり削られちゃったわね。私の見通しの甘さがこの結果か。エルちゃん、第5部隊のエースクラスはみな無事? カチュアちゃんとマキちゃんはそこにいるとして、攻撃特化部隊の北方高山剣客部族は?」
「1人も欠けることなくここにいますよぉ~。私とマキ、カチュア以外の攻撃特化隊は極力、大山椒魚の相手させないようにしてましたからねぇ~」
突然詩織に問い掛けられ、一瞬きょとんとした表情で詩織のほうを見つめ直したエルフィンだったが、すぐににへらっと笑って見せると、自分の背後にずらりと陣取っている全身黒づくめの屈強な剣士集団を指さして見せる。
それぞれがエルフィンが手にしている大剣に勝るとも劣らぬ大ぶりの業物を所持しており、物凄い気合いを漲らせて一斉に詩織に拳を突き出して見せる。
その戦意の高さを見て詩織は満足気に頷いてみせると、横に立つエルフィンの肩をぽんぽんと叩いて見せるのだった。
「流石エルちゃん。ってことは火力はなんとかなるか。ガーくんところはどうかしら? 関さんや、ミアンちゃんは大丈夫そうなのはここから見ててもわかるけど、防壁チームのみんなはかなり疲れているんじゃない? 双子の巨人君達も、おちびちゃん達も・・」
「そ、そんなことないさぁ・・」
「いえ、仰る通りです。コロンブス兄弟や、喜屋武姉妹をウナギに当てるのは少し厳しいでしょう。部隊の他のメンバー達の消耗を避けるためにあえて彼らを使い続けました。そろそろ限界のはずです」
「「「「「「た、隊長!!」」」」」」
自分の周囲を取り囲んでがっちりと固め油断なく『害獣』達を見つめる泥だらけの小さな戦士達の姿をなんとも言えない表情で見つめていた詩織だったが、すぐに彼女達の直属の上官であるバッヂのほうに視線を向けて問いかける。
その心配そうな声に、南方屋敷妖精族の戦士達は自分達がまだ戦えるということをアピールしようとするが、その声を遮ってバッヂが割って入り、ばっさりと斬り棄てる。
「そ、そんなことないさぁ、まだまだ、私達は戦えるさぁ」
「そうさぁそうさぁ!!」
「ウナギをかば焼きにしてやるさぁ!!」
「やかますいっ!! 立ってるのもやっとのへろへろの状態のくせに黙ってろ、ちびすけ6人組!!」
詩織とバッヂにわらわらと群がって自分達の健在ぶりを必死にアピールしようとする喜屋武姉妹だったが、そんな6人をバッヂは一喝して下がらせる。
流石の6人も自分達の隊長の一喝に本気の怒りと心配を察し、未練で一杯な様子を浮かべながらも俯き加減で一斉に口をつぐむ。
そんな6人の小さな戦士達を愛おしそうに見つめていた詩織は、彼女達に近づいて屈みこむと小柄なその彼女達の身体をまとめてぎゅっと抱きしめる。
「ここまでよくがんばってくれたわね、ありがとう。あなた達のがんばりが、あとに続く者達の道となっているのよ。今度は私達ががんばるから、あなた達はちょっと休憩よ、いいわね」
「「「「「「司令官!!」」」」」」
詩織の言葉に感激して半泣きになっている喜屋武姉妹の姿を、一瞬父親のような視線で見つめるバッヂ。
しかし、すぐに表情を引き締め直し第6部隊隊長 ガウェイン・バッヂの表情に戻ると、再び詩織に視線を向け直す。
「ですが、ご安心ください、司令官。関が率いている第2攻撃隊の防壁チームは補給が万全の状態で戻ってきているはずなので、十分盾として通用するはずですし、第6部隊の防御チームを彼らのサポートに回せば十分耐えうることができると思います」
「第6部隊第2攻撃隊の防壁チームってことは、ドワーフ族だけで構成された重装甲戦士団か。たしか『鋼鉄怪腕』の・・」
「そうです、ギムリス戦士長が率いています。コロンブス兄弟のような派手さはありませんが、確実に仕事をこなしてくれますしなによりも敵を引きつけておいてくれる安定感が抜群です」
「そうね、あの人が率いる『盾』なら信頼できるわ。よし、じゃあ、これで『盾』も問題ないとして、残りはサポーターか。回復役・・は、ピノくんがいるわね」
「は~い、ここにいま~す。おいらの回復部隊も一緒に来てま~す」
いつのまに来ていたのか、詩織の声に応えて第5部隊きっての『療術師』ピノピート・エストレンジスが、長身のエルフィンの背後からすっと姿を現す。
「能力強化チームは、そこにいる道満くんが担当してくれるのかしら?」
「・・お任せを」
エルフィンが立つ場所とは反対方向、バッヂが立っているほうに詩織が視線を移すと、ピノと同じような感じで今度はバッヂの背後から霊狐族の青年が姿を現す。
戦場とは思えないゆったりとして優雅で上品な東方着物を身に着けたその人物は、その着物に負けないくらい整った顔に涼しげな笑顔を浮かべて詩織を見つめ軽く一礼して見せる。
如月 道満
第6部隊の参謀役であり、部隊メンバーを強化させることに関しては素晴らしい実力を発揮して見せる凄腕『能術師』。
部隊では間違いなく最高の『能術』の腕の持ち主で自他共に認める一流『能術師』であるのだが、それ以上に『工術』の腕前が素晴らしいため、普段は部隊の整備長をつとめていて、彼が戦場に出てくることはほとんどない。
もちろん、今回もバッヂは彼に後方支援を命じていたはずなのだが。
「をいをい、キサラギ。おめぇには後方支援を命じておいただろうが。なんで、こっちに出てきてるんだよ。強化部隊責任者のムルターはどうした?」
「ムルター殿なら、大河からの退却戦で名誉の負傷を」
物凄く胡散臭そうな表情で霊狐族の青年を睨みつけるバッヂ。
彼が持つ能力に対しては非常に厚い信頼を寄せているバッヂであるが、彼のある性格に対しては全然信頼していないバッヂ。
バッヂは彼が珍しく戦場に姿を現した原因が、その信頼できない部分にあるのではないかと疑い、しろ~い視線を彼に向ける。
その隊長の白い、いや白すぎる視線の意味をよくわかっている青年は、表情を引き攣らせながらもたははと笑って見せ、そして、なんともいえない複雑な視線を返しながら答えを口にする。
「嘘つけよ、あいつ大した怪我してなかったじゃねぇかよ。尻に噛みつかれてただけだろ? その程度の怪我なら『療術』ですぐになおるだろ。おまえまた、あいつに無理に頼み込んで女性陣の前でいいかっこするために出てきたんだろ? 頼むから勘弁してくれよ。俺の部隊内だけならともかく余所の部隊でナンパしようとするな!!」
「ち、違います、違います。今回は本当にムルター殿は動けなくなってしまったんですって。いや、そのヂビョウのあるところに咬みつかれたらしく、『療術師』の面々も流石にあれは都市内の専門病院でないと治せないと言ってましたから・・」
こめかみに青筋を立てながらかみついてくるバッヂに、両手と首をぶんぶんと激しく振りながら否定して見せる青年。
「はぁっ!? 持病? あいつそんなもん持ってないだろうが!? 仮病か?」
「いやですから、ヂビョウなんですって」
「持病持病って、だから、あいつは持病なんて」
「隊長・・ムルター殿の病は『ヂ』病です」
「だから、『じびょう』・・え、『ぢびょう』?」
「・・はい」
「あ・・ああ・・そう」
「・・」
「・・」
ようやく青年が言っている言葉の意味を理解したバッヂと、ようやく自分の言っている意味を理解してもらえた霊狐族の青年道満の間になんともいえない微妙な空気が流れる。
いや2人の間だけでなく、2人の会話を横で聞いていた詩織や、エルフィン達第5部隊の面々、第6部隊の戦士達の間にもいやに白い空気が。
「そ、そうか、ムルターの代役大変だと思うが、任せるから存分に働いてくれ!!」
「・・ぎょ、御意」
誰がどう聞いても誤魔化しているようにしか見えない口調で声をかけるバッヂに、霊狐族の青年も引き攣った表情で深く頷いて見せる。
そんな2人の姿を周囲のメンバーは疲れきったげんなりした表情で見つめていたが、やがてぶんぶんと首を横に振って表情を切り替えた詩織が道満に声をかける。
「ま、まあそういう複雑な『ぢじょう』はともかくとして、道満くん、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんでしょう、龍乃宮司令? ひょっとしてムルター殿の詳しい症状についてですか? いや、流石の私もそういう踏み込んだ『ぢじょう』までは聞いていませんでしたが」
「違う違う!! そっちの『ぢじょう』じゃなくて、サポーターチームの『事情』のことよ」
何を誤解したのか、とんでもないことを口にする霊狐族の青年に、詩織は顔を真っ赤にしながら慌てて首を横に振って見せ、怒ったような口調で問いかける。
そんな詩織の様子を見てすぐさまなんのことかを理解した青年は、その表情を引き締めて一流の『能術師』の表情に変える。
「司令が懸念されていらっしゃるのは奴を『足止め』することができる者が何人いるかってことですね?」
「そう、あなたを含めて『連続瞬止』が使える『能術師』が今、何人いるかってこと。で、何人?」
「うちの部隊は私を含めて3人。私の記憶が確かなら第5部隊に、アリエル・ホーキンス殿、レベッカ・チェンバレン殿の2人がいらっしゃるはずですが・・」
そう言いながら道満が第5部隊の状況を一番よく把握しているカチュアのほうに視線を走らせると、カチュアは黙って頷いてみせ、道満の言葉を肯定する。
「5人か・・」
腕組みをしてしばし考え込む詩織。
『連続瞬止』
『騎士』クラス以上の『害獣』との決戦で、外すことのできない決戦用『能術』。
どんな相手だろうがほんの1、2秒だけ相手を痺れさせ完全に行動不能にすることができる『瞬止』という『能術』がある。
それは例え強力無比な実力を持つ『貴族』クラスの『害獣』であろうとも例外ではなく、非常に強力で有効な術であるのだが、なにせ止めることができる時間がたったの1、2秒である上に、一度使用すると使用者そのものの身体が数分間痺れて動かなくなってしまうため、使いどころが難しく、近年になるまであまり使われることのない術であった。
しかし、ある『能術師』がこの弱点を克服する方法を編み出す。
1分間だけの短時間であるが、あらゆる弱体症状を受け付けない身体になることができる『抗体』という術と併用することで自分が痺れることを無効にし、『瞬止』を連続して打ち続けることを可能としたのだ。
勿論、この方法も完璧というわけではない、『抗体』の効果時間が切れると、それまで打ち続けていた『瞬止』の副作用が一気に発症し、術者は30分前後行動不能になってしまうという代償を支払わされることになる。
だが、1、2秒の効果を1分も伸ばすことができるというこの方法は決して無視できるものではなかった。
この方法はすぐさま『害獣』ハンター達の間に広まっていき、やがて、この戦法を使用できる術者を数人用意して、リレー方式で使い続けることによりある程度まとまった時間、『害獣』を行動不能にする戦法が確立された。
それが、『スタンピードショートスタン』・・『連続瞬止』だった。
「5人の『能術師』が全開でかかれば5分は『足止め』できるってわけね。5分・・5分あれば、こっちの大技ありったけ叩きこむのに十分な時間だわ」
詩織が考え込んでいた時間はそれほど長いものではなかった。
腕組みをといて地面に突き刺していた槍を再び手にした詩織は、獲物を前にした肉食獣のような笑みを浮かべて呟いて見せる。
そんな詩織の呟きを聞いていた猛者達がそれぞれの思いを表情に乗せて頷い返す。
バッヂやカチュアはどこか決意に満ちた表情で、エルフィンやマキは詩織と同じような物騒で獰猛な肉食獣の笑みで、ピノは緊張しているような固い表情で、道満は相変わらずの涼しい笑みを浮かべたままで、そして、他の戦士、猛者達は雄叫びを挙げたり、無言で頷いたりと様々に、自分達の指揮官に賛同の意を表していく。
「俺の力の最大限でお供します」
「!!」
「あたしらの爆発力を見せてやりますよぉ」
「あいつのウナギ頭をかち割って開いてかば焼きです」
「みんなが無事帰れるように一生懸命治すからね!!」
「発動のタイミングはよろしくお願いします。全力で奴を『足止め』してみせますから」
「みんな、よろしく頼むわね」
頼りになる部下達に極上の笑みを浮かべてもう一度大きく頷いて見せた詩織は、すぐにキリッと表情を引き締めると、すぐ間近に陣取る巨大なウナギ型『害獣』へと視線を向ける。
ウナギ型『害獣』巨大な頭部の周囲には護衛らしいヤマアラシ型『害獣』達の姿が見え、明らかな敵意と殺意を放ちながらこちらをじっと見つめているのが確認できる。
ヤマアラシ型『害獣』達ばかりではない、ウナギ型『害獣』の頭の上から生えているクワガタのような『人』型『害獣』も、こちらを、いや、詩織をはっきり睨みつけていた。
詩織はそんな『害獣』達に対し、臆することなく闘志をむき出しにして睨み返す。
「さ~て、それじゃあ、そろそろ決着つけましょうか。今日はいろいろと予定が狂ったけど、最後はきっちり帳尻合わせるわよ。勿論、こっちの勝利でね・・全軍、進撃開始!!」
猛々しい咆哮と共に猛然と駆け出した詩織のあとに続き、中央庁の猛者達が一斉に続いていく。
いや、進撃を開始したのは中央庁部隊だけはなかった。
大山椒魚型『害獣』の死骸を食らうことを唐突にやめたウナギ型『害獣』が、側近のヤマアラシ型『害獣』を引連れて中央庁部隊めがけて突進してきたのだ。
『うおおおおおおおおおっ!!』
『GYURUOOOOO!!』
戦場の中央で、2種類の雄叫びを挙げる2つの流れが凄まじい勢いで激突する。
「怯むな、兄弟達!! 押し返せぇぇ!!」
『おおおおおおおおっ!!』
壮年のドワーフ族の戦士に率いられた重装甲の戦士達が中央庁部隊の前面に展開し自分の体よりも大きな大盾をかざして、ウナギ型巨大『害獣』の突撃を真っ向から受け止める。
一瞬弾き飛ばされるかに見えたドワーフ達の壁は、信じられない力でウナギ型巨大『害獣』の攻撃を受けきってみせ、彼らの後方に陣取っていた戦士達がその直後次々と飛び出して斬りかかって行く。
勿論、すぐさまウナギ型巨大『害獣』に取りつけるわけではない、至近距離ではあるとはいっても、ウナギ型巨大『害獣』の側には凶悪極まりないヤマアラシ型『害獣』達が展開していて、そう簡単には戦士達を通してはくれないのだ。
だが、それでも戦士達は着実に邪魔者達を排除し、ウナギ型巨大『害獣』の元に1人、また1人と到達していく。
戦いは中央庁側のペースで進みつつあるように見えた。
だが・・
決して中央庁側の一方的なペースで戦いが進んでいたわけではなかった。
司令官の詩織も、攻撃部隊指揮官のエルフィンも、防御指揮官のバッヂも、彼らの優秀な側近である関も、マキも、カチュアも、ミアンも、ピノも、道満も、そして、部隊の猛者達の誰もが全く気がついていなかった。
ウナギ型巨大『害獣』が・・いや、その頭部に生えた『人』型をしたクワガタのような『害獣』が仕掛けた恐ろしい罠を、誰もが気付かなかったのだ。
たった1人を除いては。
中央庁部隊のすぐ真後ろ、前面で戦う前線部隊をフォローしている無防備な後方支援部隊のすぐ側。
そこはつい先程まで詩織がヤマアラシ型『害獣』の群れと死闘を繰り広げていた場所。
詩織に倒されたヤマアラシ型『害獣』や、中央庁の猛者達に始末された大山椒魚型『害獣』の死骸が散乱し、生きているものなど他にいないはずのその場所に、いくつもの黒い影が次々と浮かび上がっていく。
それはヤマアラシ型『害獣』や大山椒魚型『害獣』と共にここに突入してきたあと、その壁に隠れるようにしてこの場所に身を隠し、じっとその機会を窺っていたのだった。
まるでトサカのようなモヒカン状の頭部の髪、全身を覆う黒い獣毛、2メートル前後の巨体を猫背にまるめて小さく見せてはいるが、全身を覆っているその筋肉は尋常ではない。
『兵士』クラスの『害獣』達の中ではかなりの上位ランクに位置づけられ、ベテラン『害獣』ハンター達からも恐れられている黒毛大猿型『害獣』であった。
その危険な大猿型『害獣』の群れが、今、防御力が著しく低い中央庁の後方支援部隊に牙を剥こうとしていた。
全員、前面で繰り広げられているウナギ型巨大『害獣』に意識を向けているため、自分達のすぐ後ろに恐ろしい脅威が迫っていることなど全く気がついていない。
大猿達は『害獣』の死骸の間から抜け出して、一際大きな体躯のリーダーらしき猿の元に集まって一つの集団を形成すると、その凶牙を中央庁部隊に突き立てるべく動きだす。
最早彼らを止める者はいない、相手は戦闘力などほとんどない後方支援部隊、一気に蹂躙されてしまう・・はずだった。
しかし。
後方支援部隊に向けて走りだした大猿達の耳に、乾いた銃撃音がいくつも響いて聞こえ、次の瞬間、自分達の仲間達が数匹崩れ落ちるのを目撃する。
信じられない光景にしばし呆気に取られ、立ち止まってしまう彼らであったが、すぐにその音のした方向へと視線を向ける。
そこには、ぼろぼろの黒い戦闘用コートを身にまとい、全身傷だらけ血だらけで仁王立ちしている1人の男の姿があった。
「そうはいかんよ、『害獣』ども。詩織殿や、中央庁の戦士達の邪魔はさせん。俺の・・このガイ・スクナーの命にかえてもな!!」
『RUOOOOOOO!!』
満身創痍の姿であるにも関わらず、凄まじい闘志を噴出させて吠える黒衣のガンマン。
そのガンマンめがけて猿達が殺到していく。
今、もう1つの死闘が幕を開ける。