Act.48 『侠気再び』
Act.48 『侠気再び』
今尚、中央庁の精鋭部隊が『害獣』や『人造勇神』タイプゼロツーと激闘を繰り広げているであろう『特別保護地域』南部に広がる森のすぐ横にある街道。
そこに停車した『コーチ』と呼ばれる中型の『馬車』(3台のトレーラーを二十頭の大牙犬狼達で引っ張ってるタイプ)の周囲で、未だ成人に達していない年若い年齢の若者達が再会を喜び合っていた。
彼らはプロでもないのに、プロの『害獣』ハンターでも滅多に遭遇しないであろう危険極まりない相手と死闘を繰り広げ、自分達に与えられた使命を見事に果たし、ついさっき仲間達の元へと帰還したのだ。
全員、全身が泥だらけ傷だらけでとても無事とは言いがたい姿であったが、幸いなことに皆傷だらけの割にはしっかりした足取りで、その顔には誇らしげな表情が浮かんでいた。
一方、彼らを迎え入れた面々の表情は様々であり、偉業を成し遂げた仲間達を賞賛するもの、無事を喜ぶもの、無言でその体を抱きしめるものとその細かい内容はそれぞれで違っていたが、ほとんどのものが笑顔を浮かべて彼らのことを迎え入れた。
・・が
たった1人だけ笑顔で迎え入れることができないものがいた。
彼女は帰還した1人の友人のあまりにもひどい姿をしばし呆然として見詰めたあと、物凄い勢いでその胸に飛び込んいき力一杯抱きついて号泣し始めてしまったのだった。
「おいおい、委員長。そう泣かないでくれないか。なんだか自分が物凄く悪いことをした気分になってくるんだが・・」
自分の胸の中で泣き続けているクラスメイトのほっそりした肩にそっと両手を置いたロムは、困り果てた表情を浮かべて話しかける。
すると胸の中のクラスメイト 漢 世良は涙と鼻水でとんでもない状態になっている顔を上に上げると、真っ赤になった眼をキッと吊り上げてロムのことを睨みつける。
「こんなに・・こんなに傷だらけでボロボロで・・どうして? どうしてこんなことになってるの? なんでオースティンくんがこんな目にあわないといけないの!?」
「どうしてなんでと言われても困るんだが・・とりあえず頼むから落ち着いてくれないか委員長。委員長の言う通り確かに見た目はボロボロではあるが、『神秘薬』のおかげで大きな怪我はほとんど残っていないし、残っている怪我も2、3日もすれば治るものばかりだ。まあ、精神的にはかなり疲れてはいるがね」
そう言ってみせたロムは、目の前の少女を安心させるためにわざといたずらっぽくニヤリと笑って見せるのだったが、世良の表情が晴れる様子は全然なく、それどころかまたもやくしゃりと歪んで涙がぽろぽろと流れ始める。
「『神秘薬』ですって!? 『神秘薬』を使ったの!? なのに、これだけまだ傷だらけなの!? 『神秘薬』って飲めばどんな傷だってほとんどすぐに完治する物凄い『回復薬』なのよ。なのに、これだけの傷が残っているって・・オースティンくん、いったいどれだけの危険に身を晒していたの!? なんで? なんで、こんな姿にならないといけないのよお!?」
自分の予想に反して益々顔をくしゃくしゃにして悲しみを深めていく目の前の少女の姿にロムは一瞬怯んだものの、すぐにできるだけやわらかい笑みを浮かべてみせ、少女のほっそりした両肩を掴んで自分の身体から離させる。
そして、少女の目線まで屈みこむと、その顔を覗き込むようにして穏やかな口調で話しかける。
「こんな俺のことまで心配してくれて本当にありがとうな、委員長。だけど、本当に俺は大丈夫だよ。バグベア族は雑草みたいな種族だから、多少手荒く踏まれても、簡単には潰されたりしないさ」
落ち着いた口調で話しかけてくるロムの姿を、涙に濡れた瞳でしばらくじっと見つめ続けていたセラであったが、やがて顔を赤らめ頬を膨らませると、しょうがないといった風にしぶしぶ頷いてみせる。
「体のことは・・わかったわよ。ボロボロで傷だらけにしか見えないけど、怪我をしているオースティンくんが大丈夫だっていうなら・・納得するわよ、しょうがないから・・」
ブツブツと呟いてみせながらもどこかに大きな怪我をしてないか、あるいは精神的に無理をしているところはないかとしつこく調べるように視線を走らせるセラであったが、間違いなくボロボロの姿でありながら、ふらつく様子もなくしっかりと立ち、強がりではない笑顔を浮かべているロムの姿に、ほっとしたような、でも、なんか面白くないようなという複雑な表情を浮かべて見せる。
そんなセラの言葉を聞いたロムは安堵の息をそっと吐き出しながらその場から立ち去ろうとしたのだが、すぐに顔をあげたセラがロムのバトルスーツの裾を慌てて掴んで止める。
「け、怪我のことは納得したけど、理由については納得できない。なんでプロの『害獣』ハンターでもないオースティンくん達がそんな危ない橋を渡らないといけなかったの!? 中央庁の専門家の『人』達が来ているんでしょ? なんでその『人』達に任せなかったの!?」
セラがぶつけてくる真っ直ぐな瞳を眩しそうに見詰め、しばらく戸惑ったような表情で頭をぽりぽりとかいていたが、やがて穏やかな表情でセラの顔を見詰め直して口を開く。
「まあ、いろいろと理由はあるけどさ。一番の理由は俺にとって誰よりも大切な2人の内の1人が、俺の能力を信じて頼んできたことだったからかな」
「誰よりも大切な『人』? それって・・恋人ってこと? まさか、そうなの!?」
ロムの言葉を聞いたセラは、物凄い絶望的な表情を浮かべ、今すぐにも世界が終ってしまうような悲痛な声をあげてみせるが、ロムはそんなセラに苦笑を浮かべながら首を横に振ってみせる。
「いや、そうじゃない。今回のことを頼んできたのは中学時代からの俺の一番の親友さ。スズメバチとやる前に話題にしてたろ。連夜だよ。俺はあいつに山ほど借りがあってね、それもちょっとやそっとじゃ返せないほどの量でだ。量だけじゃないぜ、あいつは俺を助けるために今回の俺がやったことの比じゃないくらいの危険をいままで何度もおかしてもくれている。物凄く感謝しているし、尊敬もしているし、一番の親友だと思っている・・んだが」
そこで言葉を切ったロムは、なんとも言えない憂いを帯びた表情を浮かべると、大きな溜息を吐き出した。
「ともかく、宿難 連夜という奴はいざというだけでなく、いつでもどこにいても頼りになる存在なんだが・・」
「ああ、そっか、親友ね、親友・・って、でも大切な『人』なのね」
「あいつという奴は借りをなかなか返させてくれないんだな、これが。なんでもそつなくこなすことができるせいか、あんまり『人』に頼るということをしないんだ」
「いや、でも友達ってことでしょ、焦る必要は・・でも、オースティンくんにとって誰よりも大切な『人』・・ああ、どうしよ、もしロムくんが『女』の子よりもそっちの『人』だったら!!」
連夜に対する自分の胸中を話し寂しそうな表情を浮かべて見せるロムの真正面で、なんだかやけに焦ったような表情を浮かべて悶え続けるセラ。
一応ロムの話していることは聞いているのだが、内容的にロムが連夜に対して向けている信頼が普通の友達以上であることがはっきりと伝わってくるもんだから、なんだかもやもやいらいらしてきはじめ、その表情は苛立ったような不機嫌そうなものへと変化していき、やがて完全に脹れっ面になってロムを睨みつけてみせるのだが、ロムはそんなセラの様子に気がつく風もなく話を続けていくのだった。
「そんなあいつが俺に頼み事をしてきた。しかも、いつもと違ってサポートしてくれって頼みじゃない。完全に俺に・・いや、まあ俺だけにってわけじゃ勿論ないわけだが、ほぼ俺達に任せる形で頼み込んできたんだ。嬉しかったよ、あいつが頼ってきてくれたことが本当に嬉しかった。いつもいつも自分が矢面に立って傷だらけになって、それでも俺達には気づかれないように静かに笑って見せているあいつが頼もしくはあったけど、やっぱり寂しくてさ。もっと俺達を信じて頼ってくれたらってずっとずっとそう思ってた。そして、ようやくその機会がやってきたんだ。ここで身体を張らないでいつ張るのかってもんさ」
「そこまでなの? そこまで宿難くんが大事なの?」
「大事だ。一番ではないが、大事だ。ほんのわずかな差だが、俺の『人』生にとって二番目に大事なものだ。いや、事実上は一番かもしれん」
顔を伏せるようにして上目遣いで聞いてくるセラに、ロムはきっぱり即答してみせる。
そんなロムの言葉を聞いたセラは物凄い衝撃を受けたような、それでいて傷ついたような表情を浮かべてみせるが、そんなセラの様子に全く気がつかないままロムは言葉を続けていく。
「あいつが今の俺を形作ってくれた、今、俺があるのは間違いなくあいつのおかげだ。むやみやたらに危険を犯し、命を粗末するようなことは二度としないと誓った俺だけど、あいつの頼みごとならきっぱり別だ。・・って、まあ、多分あいつは俺が死ぬことは許さないだろうから、どんな危険な頼みごとでも生きて帰ることが絶対条件なんだけど・・ともかく、あいつの為に命を賭けるのは誰かの強制じゃない、間違いなく俺の意思だ」
「そんな・・」
いやいやと顔を横に振って後ずさって行くセラの姿を見て、ロムは困ったような表情を浮かべたが、溜息を一つついてそれを打ち消すと穏やかな口調で再びセラに話しかける。
「委員長だってわかるはずだぜ。いや、俺なんかよりも委員長のほうがよくわかってるはずだ。委員長は誰かに押し付けられて委員長やってるわけじゃないだろ?」
「そ、それはそうだけど、それとこれとは全然違う。私は別に命を賭けては・・」
「確かに今までそこまでのことは・・命を賭けるほどのことはなかったよな。だけど、もしクラスの誰かが危ない目にあっていて、委員長が助けられる場所にいたら、真先に飛び込んでいくだろ?」
「ど・・どうかな・・わからないけど・・」
「いや、飛び込んで行くだろうよ。俺がクラスの連中に陰湿ないじめを受けていたとき、委員長はすぐに飛び込んできたよな? 相手が自分よりもはるかにガタイの大きいトロール族や巨人族であっても、肉体的に物凄いポテンシャルをもってる獣人族であっても、真っすぐに飛び込んできた。いや、俺だけじゃない、小さな草原妖精族や、温和な植物系種族のクラスメイト達が馬鹿にされていてもそこにすっとんでいって、バカにしていた上位種族の連中を謝らせていた。委員長は俺なんかよりよっぽど義侠心が強いと思う」
「え・・え・・いや、そんなことないけど・・いや、でもでも、おかしいよ!! いくら恩のある友達だからってそこまでしないもの!! ロムくんは・・本当は宿難くんのことを・・」
「普通の友達ならそうだな。そこまでは俺もしないと思う。だけど、連夜は特別な友達だ。俺の『真友』なんだ。恋人とかそういうのじゃないぜ。でも、命を、俺の命を預けられる友達なんだ。中学時代から一緒にいるもう一人も多分同じで、同じ思いでいると思う。委員長にだって、大切な『人』達がいるだろ? 友達なんかよりももっと重い『親』や『兄弟姉妹』や『恋人』達を委員長は守っていることを俺はちゃんと知ってるぜ。俺なんかが気にかけているのは片手の指ほどもいない、なのに委員長にはもっとたくさんの『人』達がいて、それをちゃんと守っているじゃないか。俺には到底できないことだ」
真っ直ぐにセラを見詰めるロムの瞳には紛れもない尊敬の色が浮かんでおり、それに加えてベタ褒めされてセラは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに身を縮める。
「俺や他のクラスメイトにですら身体を張ってくれる委員長だ。もし俺が連夜から頼まれたように、委員長のお父さんやお母さんや、妹達や、ハートランドや、マックィーンや、ザスや、四条に頼まれていたら、委員長は断らないだろ? きっと何も聞かずに同じように飛び込んで行ったに違いないと思う。・・まあ、ともかくそういうことだ」
西の空の彼方に見える真っ赤な夕日を見つめながら呟くロムの姿を、しばらく上気した表情でうっとりと見つめていたセラだったが、くるっと振り向いたロムが困ったような表情で自分の理解を求めていると悟ると、しぶしぶながらもこっくりと頷いてみせようとする。
「私は・・身近な知人にそれだけ重要なことが起きたことがないし、危険の中に飛び込んだこともないから心から理解することはできないけど・・ともかく、それだけ今回のことは大事なことだったってことね。どれだけ傷だらけになってもやり遂げないといけないことだったのね」
「ああ。まあ、できればこんな姿になりたくなかったし、もっと楽に達成できればよかったんだが・・そうすれば委員長にこんなに心配かけることなかっただろうしな。本当にすまん、委員長。だが、譲れない思いがあってやったことだってことだけはわかってほしい」
「そっか・・うん、わかった。もう言わないわ。でも・・本当にオースティンくんが無事でよかった」
心からという風ではとてもなかったが、それでもとりあえず納得してくれたと思われる表情を浮かべてセラはロムに頷いて見せ、それを見たロムはなんともいえない安堵の溜息をそっと吐き出してみせた。
その後なんだか妙にうっとりして安心したような表情を浮かべたセラは、自然な感じで再びロムに近付くと、そっとその大きな体に抱きついて胸の中に顔を埋める。
重なる2つの『人』影。
そんな若い2人の姿を赤い夕日が照らし出す。
しかし。
大きな影の方があたふたとすぐに慌てだし、小さな影を乱暴にならないようにそっと離す。
「お、おい、ちょっと委員長、納得してくれたのはいいが、いくらなんでも熱烈過ぎるって。頼むから勘弁してくれよ。ただでさえ、ここって居住地域に近いんだぜ? 確かうちのクラスの植物系種族の何人かがこの辺りの住所だっただろ? そのうちの誰かに見られてハートランドや四条達に密告されでもしたら・・」
自分の身に起こりうる最悪の未来を予想し、体を震わせるロム。
しかし、セラはロムの言っている内容がわからず、その形のいい眉をひそめ小首を傾げてロムに問い掛ける。
「さっきから気になっていたんだけど、なんでナオミや、京子の名前が出てくるの? それにさっき『恋人』がどうたらこうたらって言っていたような・・さっきは流して聞いてしまったけど、いったいどういうこと?」
一瞬ほけ〜〜っとセラの言葉を聞いていたロムであったが、すぐに何かに気がついて、明らかにしまったという表情を浮かべてみせる。
その後あたふたと意味なく周囲を見渡し何かから逃れようとするかのような態度をとってみせたが、やがて観念したようにがっくりと肩を落とすと、顔を伏せたまま上目遣いで物凄く気まずそうにセラを見詰めて顔を青ざめさせる。
そして、おもむろに頭をぺこりと下げてみせると慌ててどもりながら弁解を始めるのだった。
「ああ、いや、その・・すまん!! 本当にすまん。いや、信じてもらえないかもしれんが、決して委員長のプライベートを探ろうとかそういうことで知ったわけじゃないんだ!! 委員長の大事な『人』達から、その・・委員長の家庭の事情とかをいろいろとね、聞く機会があったというか」
「大事な『人』達って・・」
「勿論、ハートランドや四条達さ。婚約者なんだってな」
「こっ、こっ、婚約者ぁっ!?」
ロムの口から出たとんでもない言葉に心の底から吃驚仰天してみせるセラであったが、その姿をなんと思ったのか、ロムは妙に何かをわかったような表情を浮かべてセラを見詰める。
その目にはやけに生暖かい光が宿っており、それを見たセラの背中に物凄い嫌な予感が走り抜ける。
「そう驚かないでくれよ。そりゃあ、俺がそんなことを知っているとわかったら驚くだろうし、動揺もするだろうが、これだけは信じてくれ。誰にもこのことは話していない。誓って誰にも話していない、誰にもだ。しかし、びっくりしたぞ。家督を継ぐために男性になって、彼女達を嫁に迎えると聞いたときは。麒麟種の者は18歳までなら性別を変えることができるとは知っていたし、ごく身近にそれをやった者もいるから、そのこと自体には驚きはしなかったが・・まさか、委員長がそれをやろうとしていたとは思いもよらなかったよ」
「な! な? な!?」
「名門の家を守るってことも大変なことなんだな。委員長の家が相当な資産家で名門だと風の噂では聞いてはいたんだが、男性でないと家督が継げないとはなあ。しかも、委員長が一番上で下は全員妹なんだってな、男は1人もいないとか。しかしなあ、今の時代別に女性が当主になっても問題ないと思うんだが・・まあ、そうはいっても、その家にはその家のしきたりとかいろいろあるだろうし、部外者の俺が大してわけもわからずいろいろと言ったところで迷惑なだけなんだろうが・・麒麟種のように男性女性をある程度選べるというのは生き方の選択ができて羨ましいと漠然と思っていたが、やっぱり『人』生そんな甘いもんじゃないな。選択できれば選択できたで、いろいろなしがらみがついてまわるんだなあ」
腕組みをして眉を潜めたロムは、なんともいえない複雑な表情で大きなため息を一つ吐き出し、目の前のセラを見つめる。
ロムのその言葉に対し、セラは顔を青ざめさせ絶望的な表情を浮かべて見つめ返すが、ロムはそんなセラの肩に自分の太い手をそっと置くと、とてつもなく温かい視線を向けて口を開く。
「大丈夫。委員長が男性だろうが、女性だろうが、婚約者が複数いようが、しかもそれが全員女性であろうが、少なくとも俺は全然気にしてないぜ。俺と委員長が友達であることに変わりはない。これまでも、そして、これからもな」
セラを安心させるように男臭いいい笑顔を浮かべて見せるロム。
しかし、その言葉を聞き、その笑顔を見たセラの顔の絶望の色はさらに深く大きくなっていく、いや、もうひと押しで気絶しそうな勢いで顔色は青から白へと変化していく。
セラはあまりのショックに自分の意識がはるか地平線の彼方に飛んで行くのをぼんやりと眺めて見送りつつあったが、危ういところで『はっ!!』と気がつくと、飛び去りつつあった自分の意識を慌てて掴んで連れ戻して身体の中に押し込める。
そして、『じゃあ、俺、クリスの手伝いしてくるから』とか言って立ち去ろうとしていたロムの腕を、なんとか両手で掴んで止めさせる。
「ちょ、ちょ、ちょぉ〜〜〜〜〜っと待った、オースティンくん!!」
「へ? なんだ? どうした委員長? 何かまだあるのか?」
「あるわよ、ありまくるわよ!! いったい何がどうしてそんな話になってるのか、さっぱりわからないのよ!! いや、多分予想はできるし、恐らく間違ってはいないとは思うんだけど・・と、ともかくもっと詳しく説明してちょうだい!!」
「せ、説明と言われても、これ以上知ってることはないぜ。ハートランド達や、許に聞いたことはあらかたしゃべったつもりだが・・」
「し、許ですってぇ!?」
物凄い剣幕で詰め寄ってくるセラに、明らかに困惑しているとわかる表情を浮かべて見つめ返すロム。
そして、セラの詰問に対しなんとかしどろもどろに答えを返したロムあったが、そんなロムの答えを聞いたセラは更にその太い眉を吊り上げると、ロムの胸倉を掴んでがっくんがっくん揺らしながら詰問を強める。
「オースティンくん、答えて!! いつ誰にどの話を吹き込まれたのか!! 詳しく話してちょうだい!! 今すぐに!!」
「ちょ、ま、ゆ、揺らすな委員長!! しゃべれ・・ない・・」
「そんなことはどうでもいいから、今話して、すぐ話して、さあ話して!!」
「わかったわかった、わかったってば!! あれはGWに入る前の話だ。ハートランド、マックィーン、ザス、四条の4人に放課後体育館裏に呼び出されてな。最初は果し合いか何かかと思ったんだが、行ってみたら女の子ばかりじゃないか。何事だろうと思っていたら4人から、委員長は私達の婚約者だからあまり近づきすぎないでくれって頼みこまれたんだ。別に俺と委員長はそういう仲じゃないってすぐに説明したんだが、全然納得しれなくてな。違うって言ってるのに、陽が暮れるまで委員長と4人が如何に愛し合ってるかを延々と聞かされた。あれはまいったわぁ、4人と委員長の出会いから付き合いに至るまで、そして、婚約を結ぶまでのそれぞれ道のりの話を大長編で聞かされてさあ」
一旦言葉をくぎったロムは、はふ〜と、やるせない溜息を吐き出す。
そんなロムの言葉を聞いていたセラは、顔を紅潮させ険しい表情で拳を握りしめるとぶるぶると震え始める。
「あ、あ、あいつら〜〜、出鱈目ばっかりオースティンくんに吹き込んで、もう〜〜〜!! 何が婚約者だ、何が恋人だ!! そうだ、許はいったい何を話したの!?」
「何って・・確か師匠の手伝いをするようになってすぐの頃だったかな。委員長の家の話を聞いたんだよ。そもそもは雑談で俺の家族のこととか許の実家の話しとかをお互いしていたはずだったんだけど、何を思ったのか許が委員長の家の話をしだしてな。委員長の家が代々続く東方菓子作りの老舗の名門だとか、委員長によく似た妹達が6人もいるとか、養蜂の修行にきている理由が将来的に家業に役立てるためだとか、まあいろいろと教えてくれたわけだ。で、そのうちに委員長の実家は男性しか家督を継げないという話になったわけだが・・その・・委員長のお父上が・・」
「え、ちょ、お父様!? お父様の話って・・まさか・・まさかとは思うけど、私の小さい時の話を聞いたんじゃないでしょうね!?」
物凄く言いにくそうに顔を背けるロムの姿を見たセラは、猛烈に嫌な予感を感じてロムに詰め寄って行く。
すると、ロムはしばらく迷う素振りを見せていたが、やがて観念したようにこっくりと頷きを返し、セラは再び顔を真っ青にしていく。
「すまん。まさか、そんな話になるとは思ってなかったものだから、止めるタイミングを逃してしまったんだ」
「そ、そんなぁぁぁぁぁ・・い、いや、でも、私の想像とは違うかもしれないし・・い、一応確認の為にどんな話だったか言ってみて」
「あ〜、つまり、その・・どうしても男の後継ぎが欲しかったお父上は、将来委員長が男になるように、男としての教育をしていると、その・・」
「ああああああああああっ!! やっぱり予想通りだったぁぁぁぁぁぁ!!」
『いやあああ!!』と絶叫しながら、顔を真っ青から真っ赤に変化させ、頭を抱えながら地面を転げまわるセラ。
「だ、大丈夫だ、委員長。子供の頃、近所のガキンチョ達をまとめあげていたガキ大将だったことも、小学校高学年になるまでスカートをはいたことがなかったことも、他の男の子達と風呂に平気で一緒に入っていたことも誰にもしゃべってないから」
「い、いやああああああっ!! あなたが他の誰にもしゃべってなくても、あなたに知られていることが一番ダメージでかいのよおおおおおおっ!!」
ロムのトドメの言葉に顔色を青くしたり赤くしたりと物凄い勢いでくるくると器用に変化させて悶絶しそうになるセラ。
そう、確かにセラは幼き頃、男性後継者を欲する父親の策謀により、セラ自身が将来自主的に男としての道を選択するような教育をされてきたのだった。
そのため先程ロムが言った内容は勿論、他にもいろいろと女の子としては絶対知られたくないような恥ずかしい思い出の数々が存在していて、今となってはイイ思い出かなと思える小さなものから、絶対誰にも知られたくない最悪の黒歴史まで、全然ありがたくないことに実に様々バラエティに富んでいる。
しかもそれは始末に悪いことに、過去にあったと終止符が打たれていることではなく、現在進行形のことでもあるのだ。
不幸中の幸いというべきか、母親と祖母は男尊女卑大反対派であったため、父親の『セラ男性化教育計画』を極力未然に防いでくれているのであるが、なんせ父親という『人』は全然懲りるということを知らない『人』であり、母親と祖母の目を盗んではあの手この手でセラを男にしようと今日も画策し続けており、正直油断しているといつのまにか男にさせられる道を歩まされているということもなきにしもあらずという現状なのが恐ろしい。
しかし、今のところセラに男性になるつもりは髪の毛一筋程もない、きっぱりない、まったくない。
彼女は今、年頃の女の子として『恋』の真っ最中であり、その意中の男の子に夢中なのだから。
・・で、あるにも関わらず、よりにもよって今、一番知られたくないと思っていたその意中の男の子に彼女の黒歴史が知られてしまっていたという衝撃の事実がセラを容赦なくうちのめす。
「い、委員長落ち着け、頼むから落ち着いてくれ。俺は委員長の想いを否定したりするつもりはないんだ。男として生き、女を愛する。他でもない委員長が自分で決めた生き方だ、その道をまっすぐ進んでいけばいいと思うよ」
「ちっが〜〜う!! そんな道進む気なんかこれっぽっちもないのよ!! オースティンくん、お願いだからいい加減その話が嘘だってことに気づいて!!」
「え、嘘!? どこが?」
「全部、ぜっ・んっ・ぶっ!! すべてまるっとオールえぶりしんぐ1から10まで嘘なの、でたらめなの!!」
「そ、そうなのか・・」
「そうよ!!」
物凄い気迫を漲らせて詰め寄ってくるセラの必死の形相に、思わず後ずさるロム。
腕を組みロムはしばらくいろいろと考え込む姿を見せた後、セラのほうに真剣な眼差しを向け、セラの言葉を明らかに理解したという表情で頷こうとした。
・・のだったが。
「ちょおぉっとまったあぁぁぁ、オースティン!!」
「む・・許か」
「ええっ!? し、許!?」
「ちょっと、こっちゃこい。ちょ〜〜っとこっちゃこい」
「な、なんだ、なんなんだ、許!?」
ロムが頷きかけたちょうどそのとき、突然音もなくロムの背後に現れた巨漢のクラスメイトがそっとロムの肩をガシッと力強く抱いてセラから離れたところにロムを連れて行く。
いきなり乱入してきたクラスメイトであり幼馴染でもある開明獣族の少年の行動に、セラは咄嗟に反応することができず、呆然と2人の少年のやりとりを見つめていると。
「だから・・突然女から男に・・同性の婚約者とか・・世間体が・・素直に・・」
「そうか・・わからないふり・・うんうん・・そうだな」
「知らないふりで・・温かく見守って・・」
「わかった・・軽率・・教えてくれて、ありがとう」
と、こちらをちらちらと見ながら何やら密談している2人の少年。
そこから聞こえてくる会話のはしばしから、ある程度何を話しているか予想できてしまったセラは、自らの表情を次第に消していく。
そして、徐々にその瞳にとてつもなく物騒な光が宿り始めていく。
だが、セラがそんな状態になっているとは全然気がついていない少年2人は、やがて男同士の密談を終えてセラのところに戻ってきた。
巨漢のクラスメイト許から怪しげな事情説明を聞いたロムは、なんだか先程とはかなり違う微妙な笑みを浮かべてセラを見つめて口を開く。
「あ、あ〜、委員長。どうやら俺の勘違いだったらしい。すまん。そっか、そうだよな。女性同士で婚約だなんてありえないよな。よ〜くわかった、理解した。変なこと言って悪かった、本当に申し訳ない」
と、文面だけみるとちゃんと理解したように思える言葉であるが、完全にセリフ丸暗記の棒読み状態で一気にセラに言い放つロム。
どう聞いてもまるで本心からとは思えない言葉であるうえに、明らかに演技丸出しにぺこりと奇麗に頭を下げて見せたロムは、自分ではわかっていないつもりなのだろうが、傍から見たらまるわかりなこっそりした感じで後ろを振り返ると、ちょっと離れたところで事態を見守っている巨漢のクラスメイトのほうに視線を向ける。
「・・って、感じでいいのかな、許」
「ばっちり!!」
小首をかしげ、心配そうに聞いてくるロムに、晴れやかな笑みを浮かべビシッとサムズアップして応えて見せる許。
その様子を確認したロムは非常にほっとしたような表情を浮かべて見せるが、その2人の姿を交互に見つめていたセラは、しばらく顔を俯かせてぶるぶると体を震わせていたが、やがてギラリと物騒な光を宿した目で後方に立つ巨漢のクラスメイトのほうに視線を向けると、とんでもない高速移動でその間合いを詰め、そして・・
「『ばっちり』じゃないわ、このうすらバカデブがあああああっ!!」
「ぐぱあああああああっ!!」
セラの凄まじい踏み込みに地面がめり込んでひび割れ、その踏み込みから身体を螺旋状に上昇する力が足から腰、腰から上半身、そして、上半身から腕を通って拳へと伝わり、その半端じゃない威力を秘めた拳は、許の恰幅のいいお腹へと吸い込まれる。
その攻撃を全く完全に予想していなかった許は、何の防御動作もできないままにまともに食らい、全身の空気を吐き出しながら悶絶しそうになるが、あまりの激痛に失神することもできず、絶叫をあげながら地面をのたうちまわる。
「せ、セラ、ちょ、ちょっと待て!! お、おまえ俺を殺す気か!? おまえ、今の一撃、完全に殺す気だっただろ!?」
「やかますいわ!! あんたでしょ、オースティンくんにあることないことしゃべりまくってくれたのわ!?」
「待て、ほとんどあることばかりだぞ!! 例えばおまえが小学校に通っている間男子便所しか使っていなぐべばああああああっ!!」
地面を転がりまわりながら必死に言い訳しているようで、その実更なるセラの黒歴史を暴露しようとしている巨漢の幼馴染の顔面に情け容赦のないストンピングを敢行するセラ。
「あんたもう今死んで、すぐ死んで、即死んで」
「うああああ、せ、セラの目が人殺しの目になってるううう!! お、オースティン助けてくれ!! マジで殺される!!」
「オースティンくん、私達いま仲良くプロレスごっこしているところだから気にしないでね」
セラの殺人ストンピングから必死に逃れながらロムのところまで這いずって逃げ込もうとする許であったが、その巨体に素早く近づいたセラがうつぶせ状態の許の両足を4の字にがっちり固めて抱え込むと、その上に座りこむようにしてギリギリと締め上げていく。
とんでもない怪力で締め続けられ、許は地面をタップしながら必死にロムに助けを求めるが、爽やかな表情でサソリ固めを極め続けて話しかけてくるセラの姿に、何かを納得にしたような表情でロムは頷いて見せ、温かい視線で2人を見守り続けるのだった。
「あ、な〜んだ、そうだったのか。相変わらず2人は仲がいいな」
「そんなわけあるかあああああっ!! オースティン、おまえなんでもかんでも『人』の言うこと信じごっぱああああああっ!!」
「うっふっふ、あんたの運動不足で脂肪だらけの固い身体で私のシャープシューターにいつまで耐えられるかしら。ほ〜ら、背骨がいい音してるわよ、ほらほら『ミシミシッ』って音が聞こえるでしょう?」
「ギブギブッ!! ちょ、おまっ!! オースティンに事実を告げたのは俺だけじゃないんだぞ、なのに、俺だけこの仕打ちはひどすぎるだろ!? それにこれはおまえの為を思ってのことでもみゃああああああ!!」」
「大丈夫、ナオミや京子達も絶対逃がさないから。とりあえず、まずはあんたから・・くっふっふ・・」
「い、いやああああああっ!! たぁすぅけぇてぇくぅれぇ〜〜〜〜!!」
「2人ともほどほどにな」
「いやいやいや、待て待て待て、待ってくれオースティン!! 頼むから本気で助けてぷり〜ぞぶりゃああああああっ!!」
「オースティンくん、後で大事な話があるからそれで勝手に帰っちゃだめよ、絶対だめよ、絶対絶対だめなんだからね!! って、何逃げようとしているのよ、許。あんたにはオースティンくんにいろいろと吹き込んでくれたお礼をしなくちゃいけないんだから・・ふっふっふ、まだまだこれからよ〜」
「ひいいいいいい」
なんともいえない温かい視線で2人を見詰めていたロムであったが、まだまだ2人のじゃれあい(?)が終わりそうにないと判断すると、その場を離れて馬車の後部へと向かっていく。
ロムが向かったのは3台の中型トレーラーで構成されている『コーチ』と呼ばれる『馬車』の最後尾。
側面ハッチを開いた状態になっているその中には、九頭龍体の姿をした1匹の石眼多頭大蛇がその巨体を横たえていて、その身体のすぐ側に立つ美しい銀色の獣毛をした狼獣人族の少女が何やら優しい声音で話しかけているのが見える。
石眼多頭大蛇の背中には自らの8本の首で作り上げられた繭のような大きな球体があり、石眼多頭大蛇はしきりにその球体を気にして心配そうな視線を向け続けていたが、狼獣人族の少女が自分に声をかけてくれたことに気がついて、1本だけ自由にしてある首をむくりと起き上がらせようとするが、少女が慌てて手を振ってそれをやめさせ、優しい手つきでその巨体を撫ぜてやりながら労わりの言葉をかけ続ける。
そんな少女に石眼多頭大蛇は感謝と信頼のこもった視線を向けて口だけ動かして何か話し掛け、それを聞いた少女は首をゆっくりと横に振って笑顔を向けて見せている。
ロムはその様子をしばらく見詰めていたが、やがて安心したような表情を浮かべて安堵の吐息を深く大きく吐きだした。
「やっぱ、心配か?」
突然、背後からかけられた声にロムが振り返ると、そこには自分よりもかなり身長の低いエルフ族のかわいらしい少年が、そのファニーフェイスに似合わぬ男臭い笑みを浮かべて近づいてくるのが見えた。
エルフ族の少年の横には逆にロムが見上げるくらい大きな『守の熊』と呼ばれる灰色熊の姿があり、少年と同じくらい深い笑みを浮かべてロムを見つめていた。
「クリス、師匠」
「スカサハも、スカサハの中の少年・・確か四郎といったか、今のところは大丈夫なようだ。スカサハの再生能力が相当に強力みたいでな。さっき、スカサハの背にあるあの巨大な蛇団子の中の様子を透視拡大鏡で確認してみたが、四郎はあの中で大人しく眠っているよ。おまえがさっき言っていた肉体の崩壊もない。むしろ回復に向かっているようだ」
「そうですか」
毛深く黒い大きな手をロムの肩に置き、どっしりと落ち着いた低音で話しかけてくる灰色熊の養蜂の師匠タスクの言葉に、ロムはほっとした表情で頷いて見せる。
「ただ、何があるかわからんから、なるべく早く仁さんのところに連れて行ったほうがいいだろうがな」
「だよな。そもそも『勇者』ってのがどういう生態の生き物なのか、俺達にはさっぱりわからんし、普通の病院になんか連れて行って、万が一四郎の正体が『人造勇者』だってバレちまったら大騒ぎになっちまうだろうしなあ」
そう言って苦笑し顔を見合わせるタスクとエルフ族の少年クリス。
そんな2人にロムは深々と頭を下げて見せる。
「ここまで『馬車』で迎えに来てくれて本当に助かった。四郎を助けるところまではよかったのだが、その後、あの2人をここから連れ出す方法までは考えてなかったんだ。スカサハのあの姿は、まあ誤魔化すことはできなくもないが、あまり『人』前に晒さないほうがいいだろうし・・かといって、スカサハを『人』の姿に戻すと、『魔王』の能力で命を繋ぎ止めている四郎の命が危ない。来てくれて本当にありがとう・・いや、ありがとうございます、クリス、師匠。この場にいない連夜に代って心から礼を言わせてください」
「ちょ、待て待て待て、ロム!!」
「そ、そうだぞ、ロム、そんなことするな!!」
そのまま土下座までしそうな勢いで礼を言ってくるロムの姿を見た2人は、慌てて近寄って頭を上げさせる。
「元々の発端は俺の大事なミツバチを、あのクサレじじいに狙われてしまったことで、そのために連夜やおまえ達を巻き込んでしまったんだからよ。むしろ礼を言うのは俺のほうだって、おい。頼むから頭を下げてくれるなよ!!」
「俺だってそうだぜ。元々全ての作戦の指揮は俺が執るはずだったのに、ゴーレムじじいを捕まえることにかまけて、肝心なところでエネルギー切れ起こしてしまってさ。四郎の奪還作戦は結局おまえらだけに任せちまった。本当にすまねえ。こんなリーダー失格の俺に、そんな風に出られるといたたまれなくなっちまうから、やめてくれよ、頼むよ」
心底困り果てた表情で訴えてくる2人の姿に、ロムは苦笑を浮かべると、わかったと深く頷いて見せる。
「お2人の気持ちはよくわかりました。でも、俺が2人に深く感謝しているの本当です」
「わかってる、でもな、それとおなじくらい俺もおまえには感謝してるってことはわかってくれよな。おまえらのおかげで俺の大事なミツバチ達は守られたんだからよ」
「俺だってそうだぜ。俺とアルテミスが指揮を執れない状態でも、おまえがしっかり士郎やスカサハを守ってくれたおかげで、俺は連夜に胸を張って今日の作戦結果を報告できるんだからさ」
尚も恐縮しているロムの姿を、タスクは心から感謝しているとわかる視線で見つめてその肩を優しくぽんぽんと叩き、クリスは自分のちょうど顔のあたりにあるロムの分厚い胸板を、拳で軽く叩いてみせる。
その2人の言葉を聞いて、少しロムの表情が和らいだのを確認した2人はお互いの顔を見合わせると、ほっと安堵の息を吐きだし、再びロムのほうへと視線を向け直す。
「ところで、そろそろ出発したほうがいい。太陽も間もなく沈むだろうし、そうなったらただでさえ見通しの悪いこのあたりは、本当に何も見えなくなっちまう。まあ、夜目が利くクリスやアルテミスはともかく、ほかの面々はそうじゃなかろう。それに四郎のこともあるしな」
「そうですね。んじゃ、帰るとしますか」
西の地平線の彼方に消えようとしている真っ赤な太陽を見つめながら呟くタスクに、クリスは頷いて見せ、ちらばっているメンバーを集めようとそこから離れようとしたのだったが、そのとき不意にクリスの小さな肩をロムが掴んで止める。
「すまん、ちょっと待ってくれんかクリス」
「うおっと!! んっ? どうした、ロム?」
駆け出そうとしていたところをいきなり肩を掴まれて止められてしまったため、バランスを崩して危うく派手に転倒しそうになるクリス。
しかし、持前の身軽さでなんとか身体を捻って転倒することをこらえたクリスは、自分の肩を掴んでいる大きな身体の友人を、怪訝そうに見つめ返す。
すると、ロムはしばらく口を開けたり閉めたりを繰り返し、何かを口にしようとするのだが、躊躇ってまた飲みこんでしまう。
そんな様子をしばらく見つめていたクリスだったが、そのかわいらしすぎる顔を怒ったような表情に変えてロムに詰め寄ると、その胸板を先程とは違い力強く殴りつける。
「おい、ロム、はっきり言えよ!! 俺のことを本当にダチだと思っているなら遠慮なんかするな!! それとも、あれか、俺はまだおまえのダチと言えるほどの仲じゃないってか? まあ、確かにつるむようになってからそれほど時間は経ってないけどさ・・」
そう言ってかわいそうになるくらい落ち込んでいくクリスの姿に、ロムは慌てて手と首を横に振ってみせる。
「ち、ちがうちがう!! そんな風には思ってない!! そうじゃなくてだな・・」
「じゃあ、言えよ!!」
「あ〜、う〜・・そ、そのだな・・えっと・・つまり・・あっ!! そ、そうだ!!」
若干潤んだ瞳で見つめ返してくるクリスの姿に、両腕を組んで困り果てた表情を浮かべてうんうん唸り声をあげていたロムであったが、やがて、何か名案を思いついたといわんばかりに顔を輝かせる。
「実は戦闘用コートを森の中を忘れてきてしまったんだ。あれは連夜やリンと知り合ったときに購入したもので、以来ずっと愛用している大事なものなんだ。それで、ちょっと取りに行きたいから狼を1頭貸してはもらえないだろうか?」
「ふんふん、なるほど・・ところで、そんな建前はどうでもいいから、本音を話せ」
「・・あ〜・・う〜」
せっかく思いついたナイスな言い訳を一刀両断に切り捨てられたロムは、しょんぼりして顔を俯かせると、クリスのほうを上目づかいで見つめる。
「い、いや、その、本当に大した用事じゃないんだ。ちょっとだけ様子を見に行ってくるだけなので、一頭だけ狼を貸していただけないかと・・」
「何の様子を見に行くんだよ」
「い、いろいろとというか・・さまざまとというか、一言には説明のしようのない実に複雑怪奇な事情が多々ございまして、その・・」
まるで浮気の証拠を見つけた奥さんに詰問される夫のようにおどおどとしながら、ロムはしどろもどろに言い訳になっていない言い訳を繰り返す。
そんなロムの言いわけをしばらく怒ったように見つめて聞いていたクリスであったが、やがて呆れ果てたという表情を浮かべて一つ大きな溜息を吐きだしてみせると、急に表情を和らげて優しい笑顔を浮かべてみせる。
ロムは、クリスの表情の急変をしばし呆気に取られて見つめていたが、クリスはすぐにロムから視線を外すと横にいる灰色熊に視線を向け直す。
「師匠。師匠は確か『馬車』の免許お持ちでしたよね?」
「む。ああ、旅団にいたころ一応傭兵旅団の戦闘用『馬車』のメインドライバーやっていたからな。大型まで運転できるが・・」
「よかった・・それじゃあ、すいませんが、この『馬車』を運転して連夜達がいる『特別技能修行場』のある島まで先に帰ってもらえますか?」
「「な、なにっ!?」」
クリスの言葉に、タスクだけではなくロムも驚愕の声を挙げて見せる。
「狼を数頭引き抜きますが、ちゃんと普通に動きますから大丈夫です。二十頭も用意しているのはスピードを出すためなんですよね。動かすだけなら半分でも十分普通に動くんですけど。まあ、そういうわけで、スカサハやみんなを連れて先に帰ってください。俺はロムに付き合ってちょっと森に出かけてきますから」
「ちょ、ま、待て、クリス!! それはいくらなんでも、危険・・」
とんでもないことを言い出すクリスを、ロムは慌てて止めようとするが、クリスはロムにビシッと人差し指を突きつけると、チッチッチッチと横に振ってみせる。
「おまえ1人行かせるわけにはいかんだろ」
「し、しかしだな!!」
「さっき士郎から聞いたんだけどさ、おまえ、『剣風刃雷』のメンツを助けたそうじゃないか」
「うっ!!」
クリスの口から出た単語に、ロムは思わず顔をしかめて見せる。
そんなロムの表情を面白そうに見つめていたクリスは、なんとも言えない優しい笑顔を再び浮かべて見せるのだった。
「連夜から聞いて知ってるぜ、中学時代にさ、おまえや連夜が『通転核』で、あのエルフ族のお嬢様達からエライ目にあわされた経緯は」
「・・」
「なのに、おまえ、あいつらが心配で様子を見に行こうと思っているんだろ? 本当は薬を渡すだけじゃなくて、やつらの護衛をしてやりたかったんだろ? だけどスカサハや四郎の大事をとってこっちにもどってきたんだろうがよ、スカサハ達の様子が落ち着いているのを見て、やっぱり、今からでも見に行こうって思ったんじゃねぇのか?」
「・・」
「図星か」
しばらく怒ったような困ったような表情で口をパクパクしていたロムだったが、やがて観念したようにがっくりと肩を落として見せる。
「連夜が言ったように、本当におまえお人好しだなあ・・お人好しすぎるぜ、ロム」
「ほっといてくれ。どうせ、バカは死ななきゃなおらん」
「んなことねぇって。連夜や俺は、おまえのそういう真っすぐなところ好きだぜ」
「褒められている気がしないんだが」
「あははは。ほら、以前おまえが言っていたよな、相手がいなくて俺が女だったら、絶対自分のものにするのにって。あの気持ち今ならわかるぜ。俺にアルテミスがいなくて、おまえが女だったら、俺もおまえを絶対自分の女にしただろうなあって思うよ」
「気色悪いこというな。俺が女だったら、ゴリラみたいな女じゃねぇか。趣味悪いぞ、おまえ」
思いっきり嫌そうに顔をしかめて見せるロムの姿を見て、大笑いするクリスだったが、やがて表情を引き締めてロムの側に近寄ると、その目をまっすぐに見つめその肩に自分の小さな手を乗せる。
「士郎から聞いて知ってるぜ。おまえもう、今日は『凶戦士化』も『月光眼』も使いきってもう使えないだろ」
「あいつは、べらべらと・・」
「そんな状態のおまえを1人で行かせられるわけねぇだろうが。おまえだったらどうよ? もしおれがダルマのままで同じことをするって言ったら、黙って行かせてくれていたか?」
「そんなことはさせん!!」
「同じことだってば。なあ、こういうときの為のダチだろ。連夜やリンと同じようにサポートしてはやれないが、俺は俺のやり方でおまえをサポートできると思うぜ」
「クリス・・すまん」
困ったような、しかし、優しさの溢れた表情で本心をぶつけてくるクリスの言葉に、ロムは胸に熱いものが込み上げてくるのを感じて、クリスに自然と頭を下げて見せる。
クリスは、再び頭を下げたロムを、慌てて上げさせようとするが、ちょうど自分の肩のところにあるロムの頭を見ると、苦笑を浮かべてその頭を抱きしめるとぽんぽんと叩いてやる。
「礼はいらんて。ダチだべ」
「そうか・・そうだな。じゃあ、改めて頼む、友よ、俺に力を貸してくれ」
「あったりまえだ!!」
ロムの言葉に会心の笑みを浮かべたクリスは、ぐっと親指を突き出した拳を掲げて見せる。
そうしてしばし見つめあう2人を、夕日が温かく照らし出していた。
・・のだが。
「だ、だめえええええええっ!!」
「「ええええええっ!?」」
悲鳴にも似た絶叫と共に、突然、クリスの小さな体を背後から何者かが引っ張って連れ去って行く。
驚くクリスとロムが襲撃者の姿を確認してみると、そこには涙目になった白銀の毛並みの狼獣人族の少女 アルテミスの姿が。
アルテミスは、クリスは背後からしっかりと抱きしめた状態でロムを睨みつけると、怒りを隠そうともせず牙をむき出しにして『グルルルルル』と威嚇に唸り声をあげる。
「ちょ、あ、アルテミス、これには事情が・・」
「す、すまん、アルテミス!! クリス、やっぱりアルテミスに心配かけるから森には俺が1人で・・」
危険なところにロムがクリスを連れ出そうとしていて、そのことに怒っているのだと思った2人は慌てて事情を説明しようとするのだったが、それよりも早くアルテミスは首をぶんぶんと横に振って泣き叫び、2人の言葉をさえぎる。
「言いわけなんか聞きたくない!! ダメったら、ダメなのっ!! く、クリスはわたしのものなんだからぁ!! ど、どんな絆があるかしらないけど、私とクリスは小さい頃からずっとずっと一緒だったんだからぁ!! 婚約者なんだからぁ!! 9月には結婚だってするんだからぁ!! そ、それに・・いくらクリスがかわいいからって・・男同士はダメなんだからぁっ!!」
「「はあっ!?」」
何かを物凄く勘違いしているらしいアルテミスは、とんでもないことを絶叫し始める。
あまりの内容にクリスとロムはすぐに反応することができず、埴輪のようにぽか〜〜んとしてしばし、アルテミスの姿を見つめ続ける。
「あ、あ、あの・・あ、アルテミスさん? もしもし?」
「ま、ま、まさかクリスとロムくんがそんな仲だったなんて・・おかしいと思ったのよ、最近やけに私の相手をする回数が減って来ていたし」
「いや、それは俺が疲れ果てるほどおまえが酷使するからでしょ」
「クリスが自分から男友達を作るのなんて、ナイトくん以来でずいぶん久しぶりだったし、妙だなって・・あのとき気がつくべきだったのよ!! バカバカバカッ、あたしのバカッ!!」
「をいをい、俺だって人並みに男友達いるっての。狼獣人族の男友達ならいっぱいいるし、おまえだって知ってるだろうが、コラッ!!」
「豹型獣人族の女の子に注意を向けていたのも、これを隠すためだったのね・・いや、確かに、ありっちゃありな展開だし、ロムくん攻め、クリス受けというオーソドックスな展開が見たくないわけじゃないんだけど、ロムくん受け、クリス攻めという逆展開も意外な感じでいけるかもしれないし」
「専門用語だらけで内容がよくわからないが、物凄く不穏当なことを言ってることはわかるぞ、アルテミス。おまえ、いま、とんでもないことを妄想してるだろ?」
「正直・・正直なところを言えば、確かに見たい。『見たい』か『見たくない』かで言えば圧倒的に『見たい』、絶対『見たい』!! できればモザイクなしで、最後まで『見たい』!! ああ、だけどだけど、クリスが私以外の誰かに汚されるのを見たくはないの!! そんなところ見たくはない!! でも、思春期の一般的女子としては、ロムXクリスの絡みに萌える部分もあるわけで・・ああ、私は・・私はどうすればいいの!?」
頬を赤く上気させ、うっとりした表情でどこかに意識を移動させてしまっているアルテミスの姿をしばらく呆れ果てた表情で見つめていたクリスだったが、やがて、そっとその腕から逃れると、手振りでロムに森に行く準備をしてくると伝えてスタスタとその場を離れて行ってしまった。
ロムはそんなクリスの背中を見送ったあと、再び視線をアルテミスにもどし、相変わらず妄想の世界であっはんうっふん言ってる彼女をどうすべきかと、苦々しい表情を浮かべて見つめていたが、ふと、誰かの視線に気がついてその気配のあるほうに顔を向けてみると、そこには両手で顔を覆い、物凄いショックを受けているとわかるセラの姿が。
「お、おい、委員長どうした? 顔色が真っ青だが、何かが・・」
「そんな・・そんなことって。やっぱり・・やっぱりロムくんはそっちの『人』だったなんて!!」
「はあっ!?」
ロムに声を掛けられてしばらくわなわなと身体を震わせていたセラだったが、やがて、悲痛な表情で絶叫をあげる。
「す、宿難くんとそういう仲じゃないかって疑っていたけど・・まさか、本命はヨルムンガルドくんだったなんて・・いや、いやよ!! 確かにヨルムンガルドくんはかわいいし、オースティンくんとのカップリングも『あり』『なし』で言えば、絶対に『あり』だし、物語的に売れ筋間違いない王道路線だけど、だからって、オースティンくんと現実的に結合されるのは絶対にいやって言うか。いや、でも思春期の多感なお年頃のあたしとしては、そういう展開を見たくないと言えば嘘になるし、どちらかといえば、見たいっちゃあ、見たいのだけど、そのままハッピーエンドまで持っていかれてしまっては、女としてのあたしの立場はどうなるのっていうか・・ああ、あたしは・・あたしはどうすればいいの!?」
アルテミス同様に、涙を流しながらも、頬を赤く上気させ、うっとりした表情でどこかに意識を移動させてしまっているセラの姿に、ロムは思わず声をかけようとするが、その肩をタスクがそっと掴んで止めさせる。
そして、無言で問いかけてくるロムに、タスクは沈痛な面持ちで首を横に振って見せる。
「女はな、そういう話が大好物なんだよ。そっとしといてやれ。っていうか、あまり関わらないほうがいい。バステトなんか、その手の漫画や小説が部屋の中に山積みになって置いてある」
「・・なんなんですか」
師匠の言ってることの意味が全くわからなかったが、突っ込んで聞くときっと後悔して疲れることなんだろうなあってことはわかったので、2人のことはそのままそっとしておくのであった。
ちなみに2人はロムとクリスが森へと出発しようとする寸前までそのままの状態であった。