Act.47 『怒りの龍神!!』
「うおおおおっ!!」
一際大きな雄叫びを挙げながら両手に構えた大剣を縦横無尽に振い、敵の密集しているところに飛び込んでいく一つ目の豹型獣人族の剣士めがけ、周囲の『害獣』達が反応し次々と殺到していく。
いくら歴戦の戦士と言えど、たった1人で『害獣』の群れの中に飛び込んでいくのはあまりにも無茶な行為であり、自殺行為と言っても過言ではない。
あまりにも多勢に無勢の数の『害獣』達の攻撃の前に、一つ目の豹型獣人族の剣士の身体はみるみる傷だらけになっていく。
しかし、その津波のような波状攻撃の前にも、剣士は呆気なく倒れることなく己の手にした大剣を巧みに操り、次々と襲い来る『害獣』達を葬り去って行く。
まるで伝説の狂戦士『阿修羅』のような戦いぶりだ。
少し離れたところに陣取って『害獣』達を引きつけていた防壁チームの精鋭で双子の巨人族の1人ダンプティは、そんな剣士の激戦模様に気がつき、慌てて『戦叫』を使用して、剣士に集中しようとする敵の攻撃を引き離そうと試みる。
その試みはある程度成功し、敵の半数近くが踵を返して自分のほうに標的を変えるのがみえたが、それでも相当数の『害獣』が剣士の方にそのまま突っ込んで行くのがわかり、苦渋の表情を浮かべる。
「あ、兄貴、まずいど、奴らの攻撃のいくつかが隊長のほうにむがってるど!!」
双子の声を聞いて、ハンプティは自身に向かって来ていた大山椒魚型『害獣』の群れを手にした大型スパイクシールドで跳ね飛ばしておいてから振り返り、弟の指し示す方に視線を向ける。
すると、そこで繰り広げられている激闘の光景に一瞬声を失うのだった。
「あんでだ? あんで隊長はあんだあぶないどこで、戦っているんだ? あれじゃあ、まるで、隣部隊のエルフィン隊長みだいだべ」
「いや、まだエルフィン隊長のほうがマシだべ、エルフィン隊長なら、突撃の時に必ず2、3人お供をつけで戦うがらなあ。いまの隊長はだっだ1人で暴れでいるだ。だども、あんであんなごどしてるだか・・」
「わがんね、わがんねが、このままじゃ危ないだよ。なんが今日の隊長らしくねえだ・・けんど、このままにしでおげねえ。シナモン、ペッパー!!」
不可解極まりないという表情を浮かべる双子達であったが、そのままにしておくわけにはいかず、自分達の足元で乱舞する6つの『人』影の中の2つに声をかける。
すると、呼ばれた2つの影は、自分達の防衛網を潜り抜けて後方のキャンプ地に向かおうとしていた2匹の大山椒魚型『害獣』の頭を手にしたトンファーで同時に叩き割って沈黙させると、背中合わせの状態で鋭い蹴りを放ち、絶命した『害獣』の身体を範囲外に放り出しておいてから巨人達のほうに向きなおる。
「あたしらのこと呼んだ?」
「今、忙しいんだけど?」
同時に小首を傾げて双子の巨人達を見上げる小さな2つの影。
メイン防御担当である巨人族のコロンブス兄弟を守りサポートする、南方屋敷妖精族の6つ子姉妹の内の2人、シナモン・キャンと、ペッパー・キャンだった。
6つ子だけあって姉妹全員同じかわいらしい顔をしているのであるが、髪型や身長やスタイルがそれぞれみな微妙に違っており、長年彼女達とチームを組んできたコロンブス兄弟はちゃんと見分けがつくようになっていた。
2人とも他の姉妹達に比べると凹凸の少ない体型で、身長が若干低くかなり似通ったスタイルの持ち主なのだが、ポニーテールというにはあまりにも無造作に頭の頂点で茶色のロングヘアーをまとめ、今はなき極東の国『八幡』の騎士『サムライ』のような髪型をしているのがシナモン、シナモンと対照的に女の子らしくふわふわでとても柔らかそうな髪をしているのがペッパーだった。
2人とも倒した『害獣』達の返り血を浴び、戦闘の連続で薄汚れた格好をしている上に、物凄い仏頂面を浮かべているのだが、童顔で仕草が非常に子供っぽいせいか、そのかわいらしさはちっとも損なわれておらず、兄弟はそんな2人の姿に相好を崩しかけるが、すぐに現在の状況を思い出して表情を引き締めると無言である一点を指し示す。
キャン姉妹は、怪訝そうな表情を浮かべたものの、このクソ真面目な兄弟が冗談で自分達を呼ぶわけはないとすぐに察し、彼らの巨大な指が指し示す方向に視線を向ける。
そして、そこで繰り広げられている壮絶な死闘の様子に改めて気がつき、しばし呆然とした表情を浮かべたが、すぐに焦った様子になって巨人達を見つめ返す。
「な、な、なにさ、あれ!?」
「た、た、隊長がピンチさぁ!! な、なんであんなところで1人で戦ってるのさぁ!?」
「おら達に聞かれてもわがんねよ、おめぇだつよりも更に頭悪いってのに、わがるわけながんべ」
「けんど、このままじゃあ、隊長があぶないってごどはわがるっぺ。おめぇだつ、わりぃが隊長のサポートさ、いってけれ」
自分達の足元でおろおろし始めた小さなキャン姉妹に、巨人兄弟が落ち着いた声で話しかけると、その落ち着きに触発されてパニックになりかけていたキャン姉妹も冷静さを取り戻し、力強く頷いて見せる。
「わかったさぁ、すぐに向かうさぁ!!」
「うん、だのんだ。おめぇだつが抜けた分は、おらだつが頑張るだで隊長を頼むだよ」
「兄貴、シナモンとペッパーが通る道さ作るべ」
「んだ、合点承知だ」
キャン姉妹の覚悟に満ちた真剣な表情を頼もしそうに見つめていた巨人兄弟は姉妹ににっこりと笑いかけたあと、すぐに表情を厳しくし再び襲いかかって来ようとしている『害獣』の群れのほうにゆらりとその巨大な身体を向ける。
そして、2人肩を寄せ合うようにして近寄り、両手に持つ巨大なスパイクシールドを前面に構えると、『戦叫』を挙げながらブルドーザーのように『害獣』の群れへと突進し、襲い来る『害獣』を串刺しにしながら突き進んで行く。
「いまだぁ、シナモン、ペッパー!!」
「隊長をだのむぅ!!」
「「了解さぁ!!」」
ほとんど間断なく襲い掛かってくる『害獣』達が作り出す攻撃の波を、巨人兄弟は一時的に塞き止めて見せ、その隙を見逃さず小さなキャン姉妹は、『害獣』の群れの隙間にできた細い道を通って一つ目の豹型獣人族の剣士の元へと走り出す。
勿論、全く攻撃されることなく進むことは不可能、その走る道の途中、走り抜けて行こうとする2人に気がついた『害獣』達に何度も襲われそうになったが、小さな体と機敏な身体を活かしてその攻撃を巧みにかわし、南方武術『火羅手』を駆使して撃退しながら目的の『人』物の元へと急ぐ。
幸いにもそれほど離れているわけではなく、目的の『人』物はみるみる近づいて来たのだが、その姿がはっきり見えるようになってくると2人の焦燥は激しくなる。
満身創痍。
四方八方敵だらけの中、豹型獣人族の剣士は次々と襲いかかってくる『害獣』達を薙ぎ倒し、未だ衰えぬことなき覇気のままに大剣を振い続けてはいるが、元々青と黒に奇麗に装飾されていた鎧甲冑は『害獣』の返り血と自分の流した血と泥やら土やら砂やらでとんでもなく汚れ、その堅牢なはずの装甲のあちこちには『害獣』によってつけられたと思われる傷跡がいくつもみられてひび割れ、そう長い時間を待たずに持ち主の身を守るという本来の仕事を果たせなくなるのは誰の目にも明白であった。
しかし、剣士は止まらない。
何かにとりつかれたように剣をふるい続けるその目は、狂気のそれではなく、何かの目的を達しようとせんとする気高き誇りと覚悟に満ち、やけくそではなく確固たる意志の元に行われていることであることを示す。
2人の姉妹はそんな自分達の隊長の姿に思わず顔を見合わせたが、顔を見合せたところで気高き豹型獣人族の剣士の真意などわかろうはずもなく、その心中を察するよりもまずは一刻も早くサポート入るほうが重要と、その戦いの輪の中に飛び込んで行く。
「隊長!!」
「助太刀するさぁ!!」
「なにぃっ!? ちびどもかぁ!?」
傷だらけの豹型獣人族の剣士 第6部隊の部隊長ガウェイン・バッヂを、挟みこむようにして戦いの中に飛び込んだ2人は、左右同時にバッヂに嚙み付こうとしていた2匹の大山椒魚型『害獣』の顔面に、同時に手にしたトンファーを叩きこむ。
「『火羅手』の奥義を教えてやるさぁ!!」
「セイヤアァァッ!!」
2人同時にそれぞれが相手をする『害獣』の下顎に強烈な蹴りを放って浮かせておいて、無防備な腹めがけトンファーを正拳突きの要領で叩きこんでその身体ごと吹き飛ばす。
そして、ざっと両足を広げるようにして足場を固め、バッヂを守るようにトンファーを構えると次々と攻撃してくる『害獣』達を、見事なコンビネーションで捌いて受け流していく。
「ちょ、ちょっと待て、2人とも持ち場を離れていいなんて俺は一言もいっとらんぞ!! コロンブス達のところに戻れ!! 俺に構ってるんじゃない!!」
突然現れたかわいらしい助っ人2人の姿をしばし茫然と見つめていたバッヂだったが、慌てて大剣を構え直すと、2人に群がる『害獣』達の群れに再び剣を向けながら2人に焦ったような口調で怒鳴りかける。
しかし、シナモンとペッパーはむしろバッヂよりも大きな声で怒鳴り返してくる。
「隊長1人置いてはもどれないさぁ!!」
「戻るなら隊長も一緒さぁ!!」
怒ったような表情のまま、南方武術『火羅手』を存分に振って迫りくる『害獣』達を退け続ける2人の小さな戦士達。
そんな2人の姿を苦々しげに見詰めていたバッヂであったが、やがて大きく深い溜息を吐き出すと困ったような表情を浮かべて2人に視線を向け直す。
「いいから2人共俺の言うことを聞いて防壁チームに戻れ。俺は別にヤケクソになってここに飛び込んでいるわけじゃない。俺なりの考えがあって、ここにいるんだ。ここにいることが必要なんだ。シナモン・キャン、ペッパー・キャン、隊長命令だ。第6部隊1st攻撃隊 防壁チームにただちに帰還し合流の後、しかるべき時が来るまで持ち堪えさせろ」
「「聞けないさぁ」」
「おまえら!!」
「だって、隊長がここに残る理由を聞いていないさぁ」
「そうだそうだ、全然隊長らしくないさぁ。いつもの隊長なら絶対しないさぁ、こんな無茶なこと。ちゃんと理由を話してもらわないと納得できないさぁ」
益々激しさを増してくる『害獣』達の波状攻撃を、三位一体となった見事なコンビネーションで退け続ける3人であったが、その見事過ぎる連携プレーとは裏腹に、その表情口調は3人が3人とも困り果てた顔。
特にバッヂの両サイドでバッヂを守って戦い続けるシナモンとペッパーの困惑の色はバッヂ以上で、2人は『害獣』の攻撃を耐え凌ぎながらもちらちらと自分達の間で自分達の身長以上もある大剣を振い続けている片目の隊長を盗み見るように見る。
2人が絶大な信頼を寄せ敬愛する『独眼豹』の異名を持つ豹型獣人族の凄腕剣士、第6部隊 部隊長ガウェイン・バッヂが最も得意としているのは防御戦である。
それも必要以上に慎重極まりない作戦を立案し実行することを得意とし、『無茶』、『無謀』、『無策』という言葉とはほぼ無縁の『人』であり、恐らく全8部隊の隊長達の中では最も用心深く思慮深い。
なのに、そんな隊長がなぜこんなカミカゼアタックをしているのか2人には全く納得できず、また、ここに隊長1人が留まらなければならない理由もわからない。
自分達2人が加勢に入ることで多少敵の攻撃の勢いは緩和されたが、このままここに留まり続ければ、恐らくいずれこの大きな波に呑み込まれるのは間違いない。
それが隊長1人ならば尚更である。
作戦、戦術、戦略というものが全くわからない根っからの戦士である2人ですら、この場所の危険性がはっきり認識できるというのに、彼女達の隊長にそれがわからないはずがない。
2人は心から悲しそうな表情を浮かべ、そして、心からの懇願を込めて視線をバッヂのほうに向ける。
その視線をわざと見ないようにして無言で大剣を持つ腕に力込め、バッヂは敵を薙ぎ払い続ける。
そんなバッヂの姿を見て、再び怒り顔になったシナモンは、ポニーテールを揺らしながらバッヂの前に飛び出すと『害獣』に攻撃される危険を知りつつも『害獣』達に背を向けてバッヂに相対するように立ちはだかる。
「ば、バカッ!!」
バッヂはそんなシナモンの無謀な行動に気がつくと、慌ててシナモンの小さな体を片手で抱き上げると、背中から一撃しようとしていたヤマアラシ型『害獣』の顔面に大剣を突き入れて一撃で絶命させたあと、返す刀でペッパーに覆いかぶさろうとしていた数匹の大山椒魚型『害獣』達を横薙ぎで一閃して両断する。
「バカたれっ、死ぬ気か!!」
「ここに留まれば隊長だって死ぬさぁ!! そんなこと隊長ならわかっているはずさぁ!! なのに、自分だけ残ってあたしたちに戻れっていうのはなぜさぁ!?」
「そ、それは・・」
「あたしらバカだから、隊長の考えている作戦がどういうものかは、わからないさぁ。けど、隊長がなんの為にここで踏ん張ろうとしているのかだけはわかるさぁ」
「隊長、あたしらを守ろうとしているさぁ。なんだかわからないけど自分が犠牲になることで、あたし達が守れると思っているさぁ」
身をよじってバッヂの腕から逃れ下に飛び降りたシナモンは、駆け寄ってきたペッパーと再びコンビを組むと、襲い来る『害獣』達に手にしたトンファーを向け、バッヂを守るべく戦いを再開する。
そんな2人の姿を何とも言えない表情で見つめていたバッヂであったが、やがて大きく深く溜息を吐き出すと不貞腐れたような表情になってそっぽを向く。
「バッカ野郎、おまえらのことなんか知ったことか。なんで俺がおまえらの為に犠牲にならなきゃいかんのだ」
「それこそ今更さぁ」
「そうそう、隊長はあたし達のことを愛しているさぁ。隊長の一番大事なものはあたし達という家族さぁ。第6部隊は・・ううん、その前身である傭兵旅団『白怒火』は隊長の全てさぁ」
「隊長がどう誤魔化そうとも、あたしら全員、隊長がどれだけあたし達のことを愛してくれているか、知ってるさぁ。だからこそ、引けないし戻れないさぁ」
「『自分の命1つで部隊全員の命が助かるなら安いもんだ』とか、思われるのは迷惑千万なのさぁ」
「あたしら2人、コロンブス達や、姉さん達や、関隊長や、みんなの代理でここに来ているさぁ。どんな重い理由、どんな凄い作戦があろうとも、是が非でも隊長には戻ってもらうさぁ」
一見小学生か中学生くらいにしか見えない小さな体、しかし、そこには不退転の強固な意志と闘志があり、隠す様子もなくそれらをまっすぐにバッヂ目がけて放ってくる。
バッヂはその気を跳ね返し2人に一喝しようとしたのだが、自分の目の前で戦っている2人の目に光る物を見つけてしまい、一瞬で体内の怒気を霧散させてしまったのだった。
「をい~、頼むぜ、2人共。お願いだから戻ってくれって。このままじゃほんとにヤバいんだよ、マジで、冗談でもなんでもなく・・」
怒って2人を追い返すことは最早無理と諦めたバッヂだったが、それでもなんとか部隊に戻せないかと最後のあがきを見せる。
しかし、2人はそんなバッヂの声を聞こえないとばかりに戦いに集中して益々敵の攻撃の苛烈な所に身を置こうとし、そんな2人の姿を見たバッヂは今度こそこれまでという表情を浮かべて見せるのだった。
「わかった、わかったよ2人とも。肝心要のおまえらをいつまでもここに縛りつけておくわけにはいかねぇ、それこそ前線が崩壊しちまう。一緒に戻るよ」
諦めたように呟くバッヂの言葉に、2人は顔を見合せて安堵の溜息を吐き出すと改めてバッヂのほうに視線を向け直した。
「よかったさぁ。隊長と一緒に玉砕しかないかなって思っていたから、ほんとよかったさぁ」
「にしても、隊長なんでここで1人で暴れまわることに固執したのさぁ? 敵の注意を嫌でも引いて危ないさぁ」
「それが狙いだったんだよ・・いや、正確には奴の注意を引いておきたかったんだ」
2人と一緒に防壁チームがいる場所まで後退し始めたバッヂは、視線を2人から外しある一点を見つめる。
そのバッヂの視線を追った2人は、その先に闇を具現化したような巨大な真っ黒い壁があることを今更のように認識する。
「あれ・・敵の大ボス?」
「さっきエストレンジス副隊長が言っていたけど、『人造勇神』が暴走して変化した『害獣』だって・・」
「ああ、そこが問題なんだ。今までの『害獣』ならよお、セオリー通りの『害獣』らしい戦い方をしてくるから対処の仕方もそれ相応にわかるってもんだけどよお・・」
「「?」」
2人はバッヂの言葉の意味がわからず小首を傾げてみせるが、バッヂはそれに構わずウナギ型『害獣』のある一点を睨みつけたまま、襲い来る『害獣』達に剣を振い続ける。
相変わらず焦ったように敵を葬り続ける隊長の姿に、2人は怪訝そうな表情を浮かべて見つめていたが、その横で戦っていたぺッパーがふとバッヂから視線を外し、バッヂが睨みつけている方向を先を探るように注視して見る。
そして、その視線の先にあるものに気がつき、ぺッパーはバッヂが危惧しているものの本当の正体を知る。
「う、ウナギの頭に誰かがいる・・」
「ええっ!?」
思わず驚きの声をあげて立ち止まってしまったぺッパー。
その声がしたほうに振り向いたシナモンは、硬直しているペッパーの隙を見逃さずに襲いかかろうとしていた大山椒魚型の『害獣』を蹴り飛ばして跳ね除けると、急いで近寄ってトンファーの一撃で頭部を砕き絶命させる。
そして、その上で改めてペッパーが見つめている方向に視線を向け、そこにペッパーの驚愕の原因を見つけて自分自身も身体を硬直させるのだった。
「あ、あれ・・『人』なの? 『人』型のクワガタムシみたいにみえるけど・・」
「こ、こっち見てるよ、シナモン!! 気持ち悪い!! あれはいったいなんなのさぁ!?」
ささっと油断なくバッヂの横に移動しながらも自分達が見つけてしまったものの方向に視線を向け続ける2人。
巨大ウナギ型『害獣』のつるつるした頭の上に、角のように突き出ているのはクワガタともカブトムシとも思えるメタリックなボディに、虫らしくない『人』の上半身のようなシルエットをした物体が、身体をひねってこちらを向き、大きな複眼と思われる目でこちらをじっとみつめていた。
見るからに冷たく、なんの感情も現れていないその表情からは何も読み取れるものはないが、しかし、その全身から噴き出ている不吉極まりないオーラは嫌でもはっきりわかる。
「た、隊長、あいつ・・」
「ああ。・・考えたくねぇけどよ、あいつが『人』のようにこの『害獣』の群れを一個の軍隊として認識し、指揮されちまうと厄介だなと考えたわけだが。今のところはそういう気配はねぇ、相変わらずコロンブス兄弟の『戦叫』に面白いくらいに引っかかってくれるし、攻撃の仕方も芸なくただ突撃するだけの単調なものなんだが・・どうにも嫌な予感が晴れねぇんだ。念の為に関や、エルっち達に他の防御チームを急いでかき集めてくるように言っておいたんだが・・」
ウナギ型『害獣』の頭部に鎮座しているクワガタのような不気味な『人』型の視線に気圧され、動きが悪くなってきた2人をカバーするように前に出たバッヂは、シナモンとペッパーに聞かせるというよりも自分自身に聞かせるように呟き、大剣で大きく弧を描きながら防壁チームへの道を作り続ける。
そんな隊長の雄姿を視線の端っこに捉えた2人は、いまだにこちらを凝視し続けている『害獣』の視線を気持ち悪く思いつつも急いでバッヂの両脇に躍り出て、そして、再び手にしたトンファーを振い退路作りに参戦していく。
「ね、ねぇ隊長?」
「なんだ!?」
「あいつが、もし・・もしも指揮を執ったらどうなるのさぁ?」
自分の左隣でトンファーを振うペッパーの問いかけに、一瞬、顔をしかめて見せたバッヂであったが、やがて、何とも言えない苦々しい表情で口を開いた。
「いろいろとやりようはあるが、とりあえず、俺なら防御チームを崩すことを考えるな」
「どうやってさぁ? あたし達の防御技術はそう簡単には崩せないさぁ。それは今のフォーメーションを考えた隊長ならよくわかっているはずさぁ、ち、ちがうのお?」
「普通の『害獣』相手ならそうだろう、俺だってそう易々と抜かれるような防御チームだなんて思ってはいないさ。だが、『人』が相手ならそうは問屋がおろさない。もし俺が奴らなら一番脆い所を狙う。それも一点集中でだ」
「い、一番脆いところって?」
「・・」
今の防御チームのフォーメーションを作り上げたのは他でもないバッヂ本人である。
にも関わらず、それを破ることができると断言するバッヂの言葉に少なからぬ衝撃を受けつつも、恐る恐る問いかけるペッパー。
だが、バッヂはそんなペッパーの問いかけることなくしばらくの間無言で剣を振い続け、今度はウナギ型『害獣』とは別の方向に視線を向ける。
怪訝な表情を浮かべてそんなバッヂの視線の先をペッパーが追いかけてみると、彼は自分達の後退先である、防御チームが陣取る場所を見つめていた。
森の少し先、やや狭いながらも木々と木々の間にできた広場上の場所に陣取った防御チームは、バッヂ達同様に壮絶な戦いを繰り広げている。
もう間もなく自分達も合流できる、そんな距離まで近づいてきたとき、バッヂはそのたった1つ残った片目を鋭く細めると、急に表情を変化させる。
明かに何かに気がついた様子で一瞬立ち止まると、振り返ってウナギ型『害獣』のほうに視線を向けなおす。
するとウナギの頭部から生えたクワガタの『人』型が、その腕らしきものを高々とあげバッヂが見つめるなか、それを静かに振り下ろす姿が見えた。
それを見たバッヂは突然壮絶な舌打ちを一つしてみせると、切迫した様子で2人に声をかける。
「やっぱ悪い予感て奴は外れねぇもんだぜ、くそったれが!! シナモン、ペッパー、ちっと強引に囲みを破るぞ!! やっぱ引きつけきれなかったぜ!!」
「え! え?」
「いったいなにごとさぁ、隊長!?」
「いいから黙ってついて来い!! 行くぞ、ウオオオオオッ!!」
そう一声叫んで大剣を構えたバッヂは、2人の答えも聞かずに前方を遮るように展開している『害獣』達の壁に切り込むと、遮二無二切り払い、薙ぎ払いながら、ほんの少し離れたところで戦っている防御チームの元へと突き進んでいく。
少しでも早く辿りつかんと躍起になっているバッヂに、慌てて追いついたシナモン、ペッパーも加わり、見る見る防御チームとの距離が縮まっていくのだが・・
「ま・・マズイ!! キャン姉妹を後退させろ、コロンブス!!」
何かに気がついたバッヂが、大声を張り上げてコロンブス兄弟に指示を出すが、周囲の喧騒に搔き消され、バッヂの声は届いたものの、その内容までは巨人族の2人にはっきりと届かず、2人は呆気に取られた様子でバッヂを見返すばかり。
「後退させろ!! 今すぐキャン姉妹を後退させるんだよ!! 敵の狙いが変わったんだ!! まず1人1人の防御力に劣るキャン姉妹から潰すつもりなんだよ!!」
バッヂの必死の声が戦場に響き渡り、ようやくコロンブス兄弟にその指示の内容が伝わる。
兄弟は手にした大盾を大きく振り回して『害獣』達を牽制すると、バッヂの指示通りに足下で展開しているキャン姉妹を撤退させようとしたのであるが、大盾の牽制をものともせずに数匹のヤマアラシ型『害獣』達が塊となった一団が巨人兄弟の懐に飛び込んでくる。
咄嗟に盾を構えてその攻撃を防ごうとした巨人兄弟であったが、今度ばかりはその攻撃を防ぐことはかなわなかった。
自分達が牽制し、他の『害獣』がいなくなった空間でヤマアラシ型『害獣』の一団は、強烈な電撃の一撃をくらわしてきたのだ。
幸い鎧にも盾にも耐属性攻撃のコーティングをしていた巨人族の兄弟は致命傷を食らわずに済んだ。
だが・・
「ぐ、ぐあああ・・」
「し、しびれ・・るさぁ・・」
「か、身体が・・うごか・・」
巨人族の足元で展開していたキャン姉妹は、機動力重視の為に鎧甲冑を装備していなかった為、モロにその電撃の効果を味わう羽目になってしまった。
「ミント、バニラ、セージ、アニス!!」
「しっかりするだよお!!」
巨人達の呼びかけも空しく、姉妹達はバタバタと地面に倒れ伏してしまい、その隙を逃さずヤマアラシ型『害獣』達が地面に倒れている姉妹達にトドメを刺そうと殺到してくる。
巨人兄弟達は姉妹達を守ろうと、必死に盾を振り回して『害獣』達を近づけまいとするが、機敏な一体が巨人の牽制を搔い潜り、姉妹の1人の元へと走り寄る。
「アニスお姉ちゃん!!」
「ダメだ!! お姉ちゃん、立つさぁ!! 立って戦うさぁ!!」
「くっそお、おまえらどけ!! どかねえかぁ!! 俺の家族に汚い手で触るんじゃねぇえええ!!」
少し離れたところでその惨劇を目撃していたバッヂ達が、『害獣』達の凶行を止めるべく突進しようとするが、目の前で壁のように連なって立つ大山椒魚型『害獣』に群れに阻まれて進むことができない。
同じように周囲を展開していた攻撃隊の面々も救助に駆け付けようとするが、突然組織だって行動し始めた『害獣』達に行く手を阻まれて身動きを止められてしまっている。
「あああ、くそ、頼む!! 誰でもいい、誰でもいいから、あそこに行ってアニスを助けてくれ!! 頼む!! 頼むぅ!!」
悲痛な声で絶叫するバッヂを嘲うかのように、地面の上に力なくぐったりと横たわる南方屋敷妖精族の側にやってきたヤマアラシ型『害獣』は、ことさらにゆっくりとその大きな口を開けて見せると、見せつけるように鋭い牙を剝き出しにし、血のように赤い目をギラギラと光らせながらアニスの首筋に口を近づけていく。
怪我人は多く出たものの、死人を出すことなく戦いを進めてきた彼らであったが、ついにその最初の犠牲者が出てしまうのかと誰もが諦めにも似た悲鳴をあげる。
「お姉ちゃん・・お姉ちゃんがぁ!!」
「やめろお!! 狙うなら、おらだちを狙え!! 卑怯だぞ!!」
泣き叫んでも事態は好転しない、そうわかっていても叫ばずにはおられず、みなが悲痛な絶叫をあげる。
だが、死の顎は確実にアニスの首へと迫り、最早、その命の灯は消えるしかない・・誰もがそう思った。
しかし・・突如として飛び込んできた黒髪の龍の咆哮が死神に待ったをかける。
強く美しく、自らが家族と認めた者には限りない慈愛を、そして、自らが敵と定めた者には容赦ない制裁の鉄槌を下す恐るべき龍の女神が、怒りとともに今・・降臨する。
Act.47 『怒りの龍神!!』
「貴様ら・・私の目の前で、誰の命を散らそうとしている・・」
ズラリと並んだ凶悪極まりない顎を大きく広げ、南方屋敷妖精族の少女の命を食らおうとしたヤマアラシ型『害獣』の棘だらけの頭を何者かが掴んで止めていた。
煮えたぎるマグマよりも熱く燃え盛り全身から噴き出すのは激しい憎悪と憤怒の炎。
鋼鉄をいとも簡単に貫くはずの『害獣』の棘の上から、むき出しの華奢でたおやかな手の平を押しつけて『害獣』の頭を掴んでいるはずなのに、件の人物の手には傷一つついてはいない、いや、それどころか掴まれている『害獣』の頭からはメキメキという異様な音が鳴り響いている。
戦場にいる誰もがこの異様な光景に思わず動きを止める。
中央庁直轄部隊の戦士達は勿論、彼らを率いる歴戦の猛者たる隊長クラスまでも、いや、それどころか何を考えているかわからない『害獣』の群れまでもが、この凄まじい殺気と闘志と、そして、それ以上に大きな怨念を背負って乱入してきた人物の姿に気圧されて呆然とただ見つめるばかり。
そこにいたのは中央庁の直轄部隊の面々の誰もがよく知る人物。
優しい笑顔をいつも浮かべて誰にでもリベラルに接し、上下の隔たりなく接してくれるまさに太陽のように明るい性格の人物。
・・のはずだった。
だが、今の彼女は違う、いつも見慣れている飄々として平常心を崩さぬ彼女ではない。
怒れる龍神。
いや、それよりも尚恐ろしい気配。
いくつもの理不尽の果てに、様々な大切な物を奪われ続けてきた彼女。
中でも最も大切であった親友は、彼女の知らぬところで彼女に測り知れぬ絶望を味わい、その精神的ダメージが元でこの世を去った。
一番守りたかった真友。
伴侶として愛していたわけではない、同性愛者ではない彼女にとってそういう愛ではない、しかし、幼き頃から彼女の側にあって彼女と同じ思い出を共有できるただ一人の大切な『友達』だった『人』。
別れの時に真友の側にあることはできたが、彼女が真に望んだことはそんなことではない、真友の側にあって真友を守りたかったのだ。
そして、今、今生の別れに彼女に遺した言葉と姿が鮮明に心に蘇る。
『詩織・・私のことはもういい。あなたの力は、あなたの家族を守るために使って。私達のような思いをさせないように、あなたの大切な家族が、友達が、笑って暮らしていけるように。あなたのその強い心と力で、守ってあげてね』
自分と同じだけ強かった真友、しかし、その別れの時、真友の姿はかつての強く美しい姿ではなくなっていた。
ごっそりと筋肉も脂肪もそげ落ちて、やせ細り生きた骸骨のようになってしまっていた真友、それでも最後の最後まで自分に心配をかけまいと笑顔のまま逝ってしまった真友。
その姿を思い出すたびに、彼女の心に凄まじい悲しみと怒りが込み上げてくるのだ。
そして、それは血の涙になって彼女の目から零れ落ちる。
そうなったら最早誰にも止めることはできない。
彼女をそういう心理状態に追い込む元凶になった理不尽の元を叩き潰すまで、彼女の憤怒の大嵐は止まらない。
『私はもう逝くけど、あなたは・・あなたはしばらく追いかけて来ちゃダメよ。あなたは、あなたの大切な人達を守って生きて。世の中に満ちるたくさんの理不尽から、あなたのその強い心と力で・・守るの。・・私の分まで守ってね』
「ええ、守るわ。守って見せるわ。あなたの分まで守ってみせるから。私の側にいるもの誰一人奪わせやしない!!」
心の中の真友が自分に話かけてくるのに虚ろな視線でそう応えると同時に、怒りに任せて己の手の平に力一杯力を込める。
メキャッという小さくもなく大きくもない異様な音が森の中に響き渡り、詩織は力を失ってぐったりとなったヤマアラシ型『害獣』の身体を無造作に投げ捨てる。
そして、左手に持った剛槍を両手に構えると、血走って今尚血の涙を流し続けるその目を『害獣』の大群へと向ける。
爛々と異様な光を放ち、ギラギラと『害獣』の群れを見つめるその視線には狂気と正気がいったりきたり。
「簡単に踏みつぶせると思ってるんでしょうね、あんた達は。この世で一番御偉い『世界』様の大いなる庇護があるんですものね。正義は自分達にあるんだ、だから何をしてもいい、そう思っているんでしょう? 私達のことをゴミか何かと思っているんでしょう? ゴキブリを駆除するように根絶やしにできるって思っているんでしょう?」
先程までの怒りの表情から一変、今度はへらへらと笑いながら目の前の『害獣』の群れに向かって歩き始めた詩織であったが、やがて、その距離がすぐ目の前にまで近づいた瞬間、その顔が再び凄まじいまでの怒りの表情へと変化する。
神速の踏み込みで『害獣』の群れの中に飛び込んだ詩織の姿がブレる。
その場にいた誰もその動きを目で追うことができなかったが、そこで何が起こっているかは目撃することができた。
詩織の周囲の『害獣』の群れがスローモーションのような動きでゆっくりと一斉に宙へと舞う。
「そんなことさせやしない、させるものか・・」
顔を俯かせ呆然と佇むような姿でポツリと呟いて見せた詩織であったが、一瞬にしてその気配を憤怒の炎に染め上げると、黒く長い髪を風にたなびかせてまるで新体操の選手がリボンを振るかのような動作で槍を優雅に振い、己の身体をコマのようにくるっと一回転させる。
むしろ緩慢にさえ見えるその動き。
大して力を込められているようにも見えなかった一見単調に見える動き、だが・・詩織に舞いあげられ宙空から落ちてきた『害獣』達の身体は一つの例外もなく両断されて地に落ちる。
そして、それを合図として再び動き出す時、鳴り響く戦いの戦鐘。
防御陣営の脆い場所を狙うように拡散して攻撃を行おうとしていた『害獣』の群れが、群れの中心に仁王立ちする詩織めがけて一斉に襲い掛かる。
『掛かってこい『害獣』共!! ここにいる誰一人、貴様らに踏みつぶさせない、汚させない、その命散らせない!! 私の意地と覚悟・・とくと見せてやる!!』
襲いかかる無数の『害獣』達が挙げる巨大な咆哮を上回り打ち消すとてつもない大喝を放った詩織は、その手にした槍を構えるとたった1人で四方八方から押し寄せる大群に打ちかかっていく。
それを数瞬の間ほけっと見つめていた中央庁の直轄部隊の面々であったが、いち早く我に返ったバッヂは慌ててシナモンとペッパーと共に防御チームの元へと駆け寄って合流すると、周囲を展開している攻撃部隊の面々を急いで集める。
「野郎ども、いくぞ!! 俺達の司令官を死なせるな!! 防御チームは司令官の周囲に張り付け!! 他の野郎どもは、全員突撃だ、手当たり次第にぶちのめせ!! いいか、絶対司令を死なせるな!!」
『オオオオオオオオッ!!』
命を賭して自分達を守ろうとする詩織の姿を見て、中央庁の戦士達は再び闘志を奮い立たせ戦場へと飛び込んで行く。
一旦『害獣』側に傾いた流れはまたもや中央庁側へと戻り、『害獣』達の群れはみるみるうちに切り崩され数を減らす。
そして、それは即ち、その奥に鎮座する巨大『害獣』との決戦がもう間近であることを示していた。
戦いは終局に向けて一気に雪崩れ込んでいく。