恋する狐は止まらない そのじゅうご
「・・ねえ、まま〜」
「な〜に、ゆかりちゃん?」
「・・ぷりん」
「プリン食べたいの?」
「・・うん」
「今お茶の用意してて、いちごのショートケーキも一緒に出すつもりだけど、やっぱりプリンほしい?」
「・・うん・・ケーキ好き・・でもプリンも好き」
「そっか、ちょっと待っててね。確か霊蔵庫に作り置きがあったはず、あとはキャラメルソースだけ作ればいいから」
台所で忙しく動き回っている小柄な『人』影の右腰あたりに、更に小さな『人』影がべったりとひっつき、小さなかわいらしい声で甘えながらちょこちょことついてまわる。
まるで本物の母娘を見ているようである。
いや、いいのよ。
小さな子供が母親を求める気持ちはわからないでもないわ、それはしょうがないわ。
「なぁなぁ・・おかあ・・さん」
「ん? どうしたの、ちょびくん?」
「俺もなんか作ってほしい」
「じゃあね、たこ焼き作ろっか。ちょびくんはたこ焼きは好き?」
「うん、お好み焼きと同じくらい好きや!!」
「よかった、じゃあ、早速作るね。この前老師のリクエストで作るためにたこ焼き器持って来ていたはず・・あったあった。すぐに作るからちょっと待っててね」
プリンのキャラメルソースを作っていたと思わしき小柄な『人』影に、今度は左側からよってきた小さな『人』影がガシッとしがみつき、右側にひっついている『人』影と同じように甘えながら、まるでコバンザメのようにくっついてまわる。
これもまあ、わからないでもない。
ゆかりちゃんもちょびくんも母親を知らずに育ってきたんだもの。
『女』の私からみても母性オーラがバリバリに出ている上に、めっちゃくちゃ優しい目の前の人物に甘えたくなるのはよ〜くわかる。
それもまあ許せなくはない。
『あの、連夜さ〜ん』
「今度は晴美ちゃんか。なにかな?」
『料理はともかく、他にもまだまだいっぱい教わりたいことがあるのに・・いつになったら戻ってきてくれるんですか?』
「ごめんね、晴美ちゃん。向こうに戻るのはもうちょっとかかりそう。だけど、戻ったら僕が教えられることは、ちゃんと全部教えてあげるからもう少し待っててね」
『はい、私いつまでも待っていますから』
今度は金色の毛並みが美しい小柄な狐が、プリンとたこ焼きを作っている『人』影の側にやってくる。
そして、その身体によじ登るようにして飛びつくと、甘えたような思念を放ちながら。ぺろぺろと『人』影の顔をなめまくる。
これもしょうがないわよねえ、晴美は旦那様の大事な弟子の1人なわけだし、多少甘えて顔をなめるくらいは許してあげないと。
私もいい大人なんだし、子供達に旦那様をちょっと独占されたからって、この程度でやきもち焼いたり見苦しく怒ったり騒いだりはねえ、流石にしないというか。
ここは1つ大人の対応をしてあげないと。
「・・まま〜、食べさせて・・あ〜ん」
「はいはい」
・・
「お、俺も・・あ〜ん」
「はいはい」
・・
『れ、れ、連夜さ〜ん、だったら、わたしもわたしも〜〜!!』
「はいはい、もうしょうがないなあ」
・・
呆然と私が見つめる中、2人と1匹は雛鳥のように大きく口を開けて催促を繰り返し、プリンやらたこ焼きやらを口の中に優しく放り込んでもらっている。
『母』と『子供』達の実に微笑ましく心和む光景を、私はいつまでも見守り続ける・・わけがあるかああああっ!!
ちょっとあんた達、『人』が黙ってみていればいい気になって調子に乗り過ぎでしょうが!!
それは・・その『人』は・・旦那様は、私のモノなのよおおおおっ!! あんた達のお母さんじゃないのよ!! いや、ちょっとくらいならいいけど、いくらなんでもやりたい放題し過ぎでしょうが!!
もう我慢の限界を越えてしまった私は、隣の台所で私の愛おしい旦那様に群がる『おこちゃまご一同』様を蹴散らすべく、座っていたリビングから飛び出して突進していこうとしたのだけど、飛び出す寸前で私の身体に2つの『人』影が体当たりしながら組みついてきて、行く手を阻む。
「落ち着いてください、如月さん!!」
「そうよ、お願いだから冷静になって玉藻さん!!」
そう言って私をなだめにかかるのは、ちょびくんの姉代わりであり、カダ老師のお孫さんのアンヌちゃんと、ゆかりちゃんの保護者であり、旦那様の師匠達の1人である養蜂家タスクさんの恋人バステトさん。
ちょっと、2人とも放してください!! あの子達を庇う気持ちはわかりますけど、あそこにいるのは私の旦那様なんです、あの子達の母親じゃないんです!! ってか、私のモノなのおっ!! 返して、返してよおおおおっ!!
力一杯暴れ倒そうとした私だったけれど、組みついてきている2人のうち、アンヌちゃんはともかく、元プロの『害獣』ハンターであるバステトさんを振りほどくのは流石に容易ではない。
できるだけ2人を傷つけないようになんとか穏便に引き離そうとするんだけど、このままではどうにもならず、こうなったら多少手荒になったとしても致し方なし、私は瞳に凶暴な色をギラリと浮かび上がらせ本気の実力行使にでようとしたんだけど。
そのとき、バステトさんとアンヌちゃんがしんみりした声で私に語りかけてきた。
「もうちょっと、もうちょっとだけでいいから、あの子達に連夜くんを貸してあげて、玉藻さん。ゆかりちゃんね、晴美ちゃんや私にかなり懐いてはくれているんだけど、やっぱりまだ距離があるのよ。いや、いずれはその距離がちゃんと埋まるように努力はする、それは誓って必ず責任をもってするわ。でもね、いますぐは無理なの。私みたいに、子育ての経験もなくガサツな男社会で長い間生きてきた女には、連夜くんみたいな真似はできないのよ。みて、あのゆかりちゃんの嬉しそうな顔。とことん無表情に近いゆかりちゃんがあれだけ無防備に笑顔を作るなんて初めてみたもの。だから、お願い、あと少しだけでいいから、あの子達に連夜くんを貸してあげてちょうだい」
う〜〜、でも〜〜
「ちょびくんも同じなの。物凄く聞きわけがよくて、私の言うことをなんでも素直に聞いてくれて、我がままなんて絶対口に出したりしない。でも、本当は違うのよ、本当は年相応に我がままだって甘えることだってしたいはずなのに、ぐっと堪えて私やおばあちゃんに迷惑がかからないように息を潜めて生きているわ。私の実家って商売やってて、そのせいか父も母も早くから私に自立を促すような教育をしてきたのよね。そんな風だったから、私も甘えることはほとんど許されなくて・・でも、私にはおばあちゃんがいて、結構かばってもらったりしたんだけど。ちょびくんには、そんな『人』がいない、素直に甘えられて息を抜くことができる場所がないの。ううん、必ずわたしがそんな場所になってみせる、近いうちになってみせるけれど、バステトさんと同じで今はダメ。でも、連夜にはそれができるの、連夜はずっといろいろな『人』のそういう場所、そういう『人』であり続けた『人』だから・・如月さんならわかるでしょ? だから、お願い、今だけ、今だけでいいから目をつぶってて」
言いたいことはよ〜くわかるわよ〜〜、私にとっても旦那様はそういう場所、そういう『人』なんだもの、私の心のオアシスだもの、でも、だからこそ誰にも侵されたくない聖域なのに。
そう思ってぶちぶちと文句を言い続ける私だったけど、ふと向けた視線の先には、旦那様に心からの優しい笑顔を向けられて、一点の曇りもない輝くばかりの笑顔を浮かべているゆかりちゃん、ちょびくん、そして、晴美の姿が。
それを見てしまった私は、自分の中の嫉妬と闘志の炎がしおしおと枯れて鎮火していくのを感じたわ。
ずるい、ずるいなあ、あんな顔されたら、『ダメっ!!』て言って取り上げられないじゃない。
私はすっかり怒りの炎が小さくなってしまった状態で、のろのろと顔をあげるとなんとはなしに子供達の姿をぼんやりと見詰めた。
旦那様にまとわりつき、幸せそうな笑い声をあげているゆかりちゃんやちょびくんの姿もかなりのものがあったけど、でも、それ以上に私の心の怒りの炎にどっさりと水をかぶせることになったのは他ならぬ私の妹の晴美。
その表情に浮かべていた心からの笑顔だった。
私と過ごした小さい頃はともかく、私が里を逃げ出したあと、私の代わりに祖父母両親に修行と称する家庭内暴力に晒されて身も心もボロボロになっていた晴美。
旦那様に助け出され、私と再会を果たした時にはまだ暗い表情をしていて、あんな笑顔では笑えていなかったんだけど。
それだけ旦那様に心を許しているってことなんだろうなあ、そして、本当に短期間で『人』に心を開かせて安らぎを与える旦那様って・・
私は大きな大きな溜息を吐きだして表情を緩めると、旦那様を今しばらく子供達に貸し出すことにして、再びリビングに戻ろう・・としたのだけれど。
「玉藻さん、お願いよ、あと少しだけ、あと少しだけあの子達に!! 決して、決して玉藻さんがやきもち焼いているのを必死に我慢している姿がかわいらしくていつまでも見ていたいから止めているわけじゃないのよ、ええ、もう間違いなく違うの。ね、アンヌちゃん」
「そうですそうです。決して如月さんが必死に大人らしい態度を取り繕うとしてぷるぷるしている姿を見るのが面白いとかいう理由で引きとめているわけじゃないんです、あくまでもあの子達のためなんです!!」
・・
やっぱり、旦那様は貸さない!! 貸さないったら、貸さないわよ!! 『人』のこといいようにおもちゃにしてくれちゃって、もう〜〜!!
何が子供達のためよ!! 私のことからかって遊びたいだけじゃないのよ、この性悪女ども!!
放せ放せ!! 放しやがれコンチクショ〜〜〜〜〜〜!!
私の身体をがっちりホールドしている2人と、旦那様に纏わりついている3人のおこちゃま達、昼過ぎから現れた総勢5人の闖入者どもを、私は睨みつけて再び燃え上がる怒りの炎とともに絶叫を放つのだった。
突然の来訪者である彼女達は元々ここに来る予定ではなかった。
そもそも、バステトさん達が今日この『特別保護地域』にやってきた最大の目的、それは、ずっと離れ離れになっていたちょびくんとゆかりちゃんの兄妹を再会させることにあったの。
人間族の秘密結社『FEDA』によって生み出され、今尚この世界のどこかを徘徊している危険極まりない大量殺『人』兵器『人造勇神』タイプゼロツー。
そのゼロツーによってちょびくん達兄妹は無理矢理引き裂かれることになり、大変な目にあってきたわけなんだけど、旦那様の一番弟子で彼ら兄妹達の長兄にあたる士郎くんや、旦那様の実妹スカサハちゃん、そして、私の実妹晴美の活躍で2人は無事保護された。
幸いにもそれぞれにふさわしい人物が保護者になると名乗りを上げてくれて、2人は引き取られることになったのだけど、ちょびくんは『特別保護地域』、ゆかりちゃんは城砦都市『嶺斬泊』と少しばかり遠く離れたところで生活することになってしまった。
これも2人のことを思えばで致し方ない処置だったわけだけど、彼ら2人の保護者達はやっぱりかわいそうと考え、なんとか2人を再会させてあげることにしたわけよ。
で、まずちょびくんのほうだけど、彼は未だに『人造勇神』タイプゼロツーに狙われている身。
『特別保護地域』から出ていくのは非常によろしくないので、彼から『嶺斬泊』にいるゆかりちゃんのところに会いに行く案はボツ。
と、なるとゆかりちゃんを『特別保護地域』まで連れてくるほうがいいということになり、現在この『特別保護地域』の管理責任者になっている旦那様のお義母様に晴美が念話でお願いして、こうして2人を会わせることができたというわけ。
2人の兄妹の喜びようといったらそれはもう非常なものがあったようで、久しぶりの再会に感激し涙を流して喜びあったらしく、本当に本当によかったんだけど。
だけどね。
その再会の場所が非常にマズかったのよねえ、これが。
と、いうのも、その場所というのが現在ちょびくんが寝泊まりしている場所であり、ちょびくんの保護者であるアンヌちゃんの家であり、そして、同時にアンヌちゃんの祖母であるカダ老師の住んでいるお家だったわけで、今日以外の日であったならば何の問題もなかったんだけど、今日はその、ある事情から私達夫婦がお邪魔していたの。
お邪魔しているだけだったならよかったんだけど、私と旦那様はあることが原因で言い争いを始めてしまった。
いつものことと言えばいつものことでお互い憎くてとか、どちらかがひどいことをしたからとかそういうことじゃないのよ、お互いがお互いを大事に大切に思いやる心が大きいものだから起こってしまったことで、だからこそ2人とも真剣で余計にヒートアップしてしまったわけなんだけど。
勿論、そういう喧嘩は自分達のお家でしか普通はしないんだけど、今日はこの家の主であるカダ老師やアンヌちゃん達は修行で留守にするって言っていたからてっきり誰もいないと思いこんでしまっちゃったのよねえ。
なので、ついつい自分達のお家同然に喧嘩してしまった上にエスカレートさせてしまったのがそもそもの間違い。
確かに途中まではカダ老師のお家の中には間違いなく私達とある事情で眠っているリリーちゃんと葛城さんだけだったのになあ。
ところがどっこい、ちょびくんに会いにやってきたゆかりちゃん達がいつのまにかこの家にきちゃっていたのよねえ。
しかも間の悪いことに、涙の再会の最中に私達の喧嘩する声が聞こえてきたものだから、一同は慌てて私達の様子を見にやってきてしまったのよ。
で、場合によっては飛び込んで止めなくちゃいけないからって声のしたほうに急いでやってきて部屋を覗き込んだ彼らが見たものは、喧嘩の果てに逆に物凄く仲良くなりすぎちゃって、夫婦やカップルが夜中にするような行為を今まさにおっぱじめようとしていた私達の姿。
あ〜〜、もう〜〜、恥ずかしいったら!!
間一髪で旦那様が覗き込んでいる一同に気がついたからよかったものの、もしそうでなかったらって考えると冷や汗が止まらないわよ。
本当に旦那様が気がついてくださってよかったわあ。
そのあと急いで衣服を身に着けた私は部屋を飛び出していき、リビングでバツが悪そうな顔をしている晴美達をみつけた。
私はそこにいた全員を正座させてお説教を始めたんだけど、まあ、どんな事情であれ私達も『人』様の家でやることじゃなかったし、晴美達も中を覗いてからはともかく、元々は私達が喧嘩しているのを心配して駆けつけてくれたわけだから、あまりしつこくくどくどとは言わなかったんだけどね。
でもまあ、ほとんど全員未成年なわけだし、ゆかりちゃんやちょびくんなんて本当に子供なんだから、いくらなんでもああいうところを見せちゃだめでしょ、大人は止めなくちゃ。
って、ちなみに一番の首謀者であったカダ老師は、とっとと逃亡してしまっていたんだけどね。
あのご老人はまったくもう、本当にしょうがないんだから!!
その後、私のお説教が終わり、とりあえず気を取り直してお茶にしましょうかということになったのだけど、旦那様がそれなら自分が準備するからと言ってくださって、私達は大人しくリビングで待つことに。
やれやれといった感じで私はリビングのソファに身体を沈めたんだけど、ところがそれを絶好の好機と狙っていた不埒者達がいたのよねえ。
そうちょびくん達『おこちゃま御一同』様よ。
最大の難敵である私がリビングへと移動したことを確認すると、今が最大のチャンスだとばかりに旦那様にべったりまとわりつき、私が呆気に取られて見詰める中、ずっとず〜〜っと旦那様に甘えまくる。
最初のうちは相手は子供だし、大人の度量をみせなくちゃって思って我慢していたんだけど、あまりにも好き放題するものだから、もう我慢の限界を越えちゃったわよ。
結局、あのあとフルパワーで暴れてバステトさんとアンヌちゃんを振りほどこうとした私だったけれど、その前に旦那様がお茶の用意を完了して戻っていらしたものだから、あえなく時間切れ。
旦那様にべったりとくっついて離れなかった『おこちゃま御一同』様は、それぞれの保護者達のところに戻り、大人しく旦那様が用意してくださったミルクティーといちごのショートケーキを楽しんでいる。
ってか、あんた達、さっきたこ焼きやらプリンやら食べていたんじゃないの!?
まあ、いんんだけどさ、ともかくようやく旦那様を取り戻すことができた私は、ソファの上に座る旦那様の膝の上に頭を乗せ、今までの分をきっちり取り戻すために全力で甘えている。
旦那様は私の気持ちをちゃんとわかってくださっているから、私の頭を優しい手つきでよしよしと撫ぜてくれるのだった。
旦那様、もっとよしよしして!! 撫ぜ撫ぜしてして!!
「はいはい。玉藻さん、寂しい思いをさせちゃってごめんなさいね」
と言って、しばらく私の頭を撫ぜ撫ぜとしてくれていた旦那様だったけど、やがて私の上体をどっこいしょと持ち上げて、うつぶせにした状態で自分の膝の上に移動させると、懐から焦げ茶色の特製ブラシを取り出す。
そして、私の白い獣毛を左手で持った特性ブラシで丁寧に梳き、ブラシで梳いたところを優しさと愛情がたっぷりこもった右手で撫ぜて毛並みを整えてくれる。
ちなみにただブラシをあてているわけじゃないのよ、ブラシを通す身体の部位に合わせて強弱をつけて押さえつけ、絶妙にマッサージも同時に行ってくれているのよね。
それはそれは気持ち良くて、うっとりしてうとうとしてしまいそうになるわ。
むふ〜〜、わらわは満足じゃあ〜〜。
旦那様の膝の上にだらしなく寝そべり、甘えたい放題に甘えていた私だったけど、ふと誰かの気配が近づいてくることを察して閉じていた目を開く。
すると、目の前に金色の毛並みが美しい一匹の若いメスの『狐』の姿が。
私以外で『狐』の姿をしたものは、この場にはたった1人しかいない。
私の実妹の晴美である。
『お姉ちゃん、自分ばっかり連夜さんを独占してズルイ!! お姉ちゃんはいっつも連夜さんと一緒にいられるじゃない、たまには私達にも譲ってよおっ!!』
ソファによじ登ってきた晴美は、ソファの背もたれの端っこをバシバシと小さな前脚で叩き、怒りをあらわにする。
え〜〜、そんなこと言われても嫌なものは嫌なんだもん。
いっつもって晴美は言うけれど、本当に四六時中一緒にいられるようになったのって、ここ最近のことなのよ、それまでは結構離れ離れになってることが多かったし。
あ、思いだした、そういえば晴美はこの前、旦那様にくっついて城砦都市『アルカディア』に行っていたのよね!? どういうことなのよ、それ!? 私だって旦那様と他の都市に旅行に行ったことがないっていうのに、もう!!
『そ、それはそれっていうか、べ、別に遊びでついていったわけじゃないもん、晴美はちゃんと連夜さんのお手伝いしたもん。そんなことよりも今はお姉ちゃんが連夜さんにべったりくっついて独占していることが問題なんだもん。いくら恋人で婚約者で内縁の妻で、来年の春には結婚して正式な奥さんになるんだとしても限度ってものがあるもん。ねえねえ、お姉ちゃん、お願いだからちょっとでいいから代わってよお。私も連夜さんに獣毛のお手入れしてもらいたいよお』
私の追及に一瞬慌てた素振りを見せた晴美だったけど、すぐに立ち直ると私の身体に両前脚を乗せて激しくゆすり始める。
ちょ、晴美やめなさいってば、ここは私だけの特別指定席なの、そして、私だけの特別慰安コースなの、他の『人』はダメなんです。
『ズルイズルイズルイ〜〜〜っ!! お姉ちゃんばっかりズルイよお、意地悪しないで交代してよおっ!!』
かなり激しく揺すられたけど、私は頑として譲らなかったわ、ええ、譲りませんとも。
確かに晴美はかわいいわ、私にとっては妹というよりも娘に近いかもしれない大事な家族。
だけど・・ああ、だけど、旦那様のことだけはダメ、絶対にダメだし、譲らないったら譲らないもん、私のだもん、私だけのものだもん!!
と、晴美に身体をゆすられ続けながらもイヤンイヤンと激しく抵抗しながら拒絶の言葉を口にすると、今度はバステトさんとアンヌちゃんにそれぞれ背中から抱きつかれたおこちゃま2人が。
「・・たまねえね、わがまま」
「せやなあ、独占しすぎやん」
なんて言ってくる。
わ、わがままじゃないもん、私の当然の権利を行使しているだけだもん。
「「『子供じゃん』」」
ひ、ひどい、みんなひどすぎる!!
旦那様、みんながいぢめる、私のことよってたかっていぢめるよおおっ!!
私は旦那様のお腹あたりに顔を埋め、がっしりとその身体に抱きついて半ば本気で泣きながら訴えかける。
すると、旦那様は私の獣毛をブラッシングするのを中断し、片手で私の身体を抱きしめ、もう片方ので手でよしよしと撫ぜて慰めてくれるのだった。
でへへへへ〜、旦那様もっと慰めて〜。
「・・ねえね、嘘泣き」
「ほんまや、めっちゃやり方が汚いわ」
『お姉ちゃん、ズル賢い』
え〜い、黙れ黙れ、おこちゃまども、どんな手段を使っても最終的に目的を達したものが勝者なのだよ。
旦那様のお腹から顔を放し、ちらっと振り返っておこちゃま達の姿を見ながら毒づく私。
私の言葉に物凄く悲しそうながっかりした表情を浮かべるおこちゃま達を見て、私は勝利を確信した会心の笑みを浮かべる。
だが、しかし、思ってもいない意外なところからおこちゃま達への援護射撃が・・
「みんな、大丈夫だよ。玉藻さんが僕にべったりしているのはね、玉藻さん自身がみんなと仲良くしたかったからなんだよ」
え・・
「本当はね、玉藻さん、子供が大好きなんだ。たくさんの子供達の笑顔や命が守りたくて、一生懸命小児科の『療術師』になろうって勉強してるんだよ。それくらい子供のこと好きなんだけど、みんながあんまり玉藻さんを構ってあげないから、ちょっと意地悪したくなっただけなんだ。本当はとっても優しいお姉ちゃんなんだよ。晴美ちゃんはよく知ってるよね?」
ちょ、だ、旦那様、何仰っているんですか!?
私は焦り慌てて起き上がって旦那様のほうに視線を向ける。
するとそこには、忘れもしない私の恥ずかしい初恋の過去を暴いたときの顔、そう爽やかな笑みに邪悪な瞳!!
いかん、これは旦那様御得意の策略に嵌められる前兆よ!!
そう察した私は一目散に逃げ出そうとしたのだけど、背後から鋭い視線が。
恐る恐る振り返ると、そこには目をきらきら・・ううん、そんな生易しいものじゃなくて、やたら目をギラギラさせた2匹の小さな野獣が!!
ま、まっず〜い、逃げなくちゃ!!って、ソファから飛び降りようとしたけれど、一瞬遅かった。
2匹の野獣が、信じられない素早さで接近してきて、避ける間もなく私の脇腹に強烈なタックルを食らわし、私は思わず悲鳴をあげる。
私は目を白黒させながらも、ソファからずり落ちそうになる自分の身体をなんとか踏みとどめて態勢を立て直し、自分の身体にくっつく2匹の野獣になんともいえない複雑な視線を向ける。
「・・じゃあ、たまねえねにべったりする」
「俺もそうする〜。たまねえちゃん、ふかふかしててきもちええ〜」
と、私の身体に抱きついてうっとりとした口調で呟くゆかりちゃんとちょびくん。
ちょっと、あんた達、こらっ!! 重くはないけど動けないから離れなさいってば!!
がっしりべったりくっついて離れないおこちゃま2人をなんとか引き離そうと身体をよじる私だったけど、下手に力を入れると怪我をさせそうだし、かといって中途半端な力では振りほどけないしで、悪戦苦闘。
しかもそうやっていると更なる参戦者が。
『わ、私もお姉ちゃんにべったりするう!!』
ソファの背もたれの上によじ登っていた晴美が、とうっという掛声とともに跳躍し、私の背中にどすっと鈍い音を立てて着地。
私は淑女にあるまじき『げふうっ』なんて悲鳴を上げて突っ伏し、とうとう2人と1匹のおこちゃま達に纏わりつかれ組伏せられることになってしまった。
もう〜〜、あんたたちは〜。
呆れ果てたような表情で、私の身体の白い獣毛の中に顔を埋めるおこちゃま達を見つめていた私だったけど、ふと誰かの笑い声が耳に入り、声のしたほうに視線を向ける。
すると、片手の拳を口にあてながらくすくすとかわいらしく笑っている旦那様の姿が。
ひ、ひどいです、人の災難を見て笑うなんて、そもそも旦那様が変なこというからこうなってしまったんじゃないですか!!
「そうですか? それはすいません、申し訳ないことをしましたね。でもね、玉藻さん、気付いていらっしゃいます?」
え、何をですか?
「玉藻さんがちょびくんや、ゆかりちゃんや、晴美ちゃんを見ている顔」
あの子達を見ている顔? そんなのうんざりしながら見ていますが何か?
できるだけ仏頂面に見えるようにして旦那様を見つめ返す私だったけど、そんな私に別なところから声がかけられる。
「玉藻さん、自分では気がついてないみたいだけど、あの子たちを見てる表情って物凄く優しい顔になってるわよ」
あ。
「うんうん、お姉ちゃんていうよりもお母さんって顔してますよ、如月さん。雰囲気は確かに連夜のほうがお母さんだけど、あの子達を見つめる目が、連夜と違って本当に『母親』って感じの目してます」
う。
振り返ってみると、リビングのテーブルの前に座ったバステトさんとアンヌちゃんが、やたら優しい目で私達の姿を見つめていた。
そ、そんなことないですよ、普通ですよ、いつもどおりですよ、むしろ迷惑しているし困惑してるしうんざりしてるし、大変大変ですよ!!
いや、まあ確かに子供は嫌いじゃないし、どちらかと言えば好きですよ。
生意気で失礼なところがある子供もいるけれど、総じてかわいいし、純真だし、守ってあげたいとは思うけど。
でもでも、旦那様との時間を邪魔されるなら、別なんです、私にとっては邪魔者なのです、ええ、そうですとも!!
「そうかなあ、そうは見えないですけど・・まあ、いいんですけどね」
相変わらずくすくす笑って私を見ていた旦那様だったけど、やがてソファから立ち上がりテーブルの上を片づけ始めた。
ちょ、旦那様、どこに行くんですかあ、よしよしは!? ブラッシングは!? マッサージは!?
「ちょびくん達はお茶もケーキも終わったみたいですし、コップとお皿を片づけてきます。玉藻さんは子供達をお願いしますね」
えええええええっ!! しょ、しょんなあああっ!!
旦那の裏切り者〜〜!!
心からの叫び声も空しく、旦那様はテーブルの上の空になったカップやらお皿をお盆の上に乗せると、とっとと台所に行ってしまわれたわ。
しくしくしく、ひどいわ、ひどいわ、傷心の妻を放っておいて自分の仕事を優先させるなんて・・やっぱり男は妻よりも仕事を選ぶのね、そういうことなのね。
ソファのクッションに顔を埋めておいおいと泣いてみせる私だったけど、旦那様は全然戻ってくる気配もなく、ちらっと顔をあげて台所のほうに視線を走らせてみると、私の声なんかまったく聞こえていない様子で後片付けをしていらっしゃる。
しかも、静かにして耳をすませると、いい声で流行りの歌まで歌っているのが聞こえてきて、すっかり上機嫌になっているのがわかる。
ちょ、旦那様、本気でひどいでしょ!! はっ!! まさか、まんまと私に子供達の世話を押し付けることができたのが、上機嫌の原因なの!?
これは一言ガツンと言っておかねばならぬ。
そう思った私は敢然と立ち上がろうとしたのだけど、腹やら背中やら腰やらにくっついた小さな獣達が邪魔で思うように起き上がることができない。
ちょ、あんた達、あとで相手してあげるから、今は放してちょうだい、ね、いい子だから。
そう言いながら私の身体から小さな獣達が身体を放してくれるのを待っていたんだけど、一向にその気配がない。
と、いうか、返事はおろかちょっとの身動きすらしないから、不安になって自分の身体にくっついたひっつきむし達のほうに恐る恐る視線を向けてみると、なんと全員そろって夢の世界に出発してるではないですか!!
ちょっとお、どこで寝てるのよ、あんた達!? 私はあんた達の布団やタオルケットじゃないのよ!!
憤然とした私はおこちゃま達を力づくで引き離そうとしたけれど、その寝顔が視線に入った瞬間動きを止める。
規則正しい寝息を立てながらすやすやと邪気のない表情で眠る子供達、今ならちょっと力を込めただけで引き剥がすことは可能だったけど、なんというか、その。
まあ、あれよ、寝込みを襲うような卑怯な真似はしたくないというか、強者の情けというか、今日だけは見逃してやる、だが、今度はそうはいかん的な感じなわけ。
決して寝顔が子供子供しててとってもかわいくて、起こすのがかわいそうだったからとか、そういう理由じゃないのよ!!
あくまでも、一時的に見逃してやっただけよ。
って、もう、そんな寝方してたら落ちたり、起きたときに身体が痛くなったりするわよ、ほんとにもうしょうがないんだから。
私は起こさないように、私の背中や腹や腰にくっついている子供達をそっと口でくわえて自分の体から放すと、ソファの下にそっと一旦おろしす。
そして、ひとまとめにしたあと、自分もソファの下に降りて2人と1匹の身体を体で覆うようにして寝そべり直す。
ほんとにもう黙って寝てるときはかわいいんだけどねえ。
なんてぶつぶつ呟きながら、自分の獣毛の中に埋もれて眠る子供達を監視していると、旦那様がもどってきて、またもやすっごい優しい笑顔を浮かべて私を見つめる。
なんか言いたそうにしていらっしゃいますけど、なんですか? 言いたいことがあるならはっきり言ってくださいませ。
物凄くイラッとした私は旦那様に怒りの思念を飛ばす・・勿論、子供達に影響がでないようにそっと出力を絞ってだけど。
「いいえ。ただ、玉藻さんはいいお母さんになりそうだなあって、思ったものですから」
さっきの邪悪な笑みとは違い、心の底から出ている優しい笑顔でそう呟く旦那様。
その旦那様の言葉を隣で聞いていたバステトさんとアンヌちゃんがやたらうんうんと頷いてみせる。
「うんうん、わかる〜。連夜くんも母性オーラ強いけど、こうしてみると玉藻さんも負けないくらい強いわよねえ」
「連夜とは全く違うタイプですけどねえ。でも連夜と如月さんが夫婦になって子供が生まれたら、お母さんが2人になるのかな」
2人の感想を聞いた旦那様は『どうなんですかね〜』なんていいながら、ポットに新しくいれてきたコーヒーを同じく新しく用意したコップに注ぎ、バステトさんやアンヌさん、そして、私の前にそっと置いてくださる。
バステトさんやアンヌちゃんは、そのコップを受け取って口をつけながら、『きっとそうよ〜』なんて言ってるけれど・・私の意見は若干違うかな。
確かに旦那様ってお母さん的なところが多いんだけど、それって対外的にそうで、意外と自分の子供には『お父さん』って感じの接し方するんじゃないかなあ。
なんでかっていうと、一つにはまあ私のことを結構信頼してくださってるんだろうなあって感じているから。
多分、私から『お母さん』としての立場を奪うような真似、あるいは振舞になるような接し方はしないと思うのよね
と、いうのもお義父様とお義母様を見ているとそう思うのよ。
どちらかといえばお義母様が稼いで、お義父様は家を守っている感じがするんだけど、私が見るところ、お二人ともちゃんと旦那様の前では『お父さん』と『お母さん』で立場は逆転していないのよね。
そんなお2人を見て育ってきているからか、意外と旦那様はそういうところを守るつもりでいるんじゃないかしら。
まあ、こんなことをここでうだうだと話たところで、子供どころか結婚式すら挙げてないわけだから、実際どうなるかはまだまだ先の話なんだけどねえ。
私は私の目の前で眠り続ける子供達の姿を見つめながら、いつか生まれてくるであろう旦那様と私の子供の姿をあれこれと想像してみるのだった。
さて、いつどんな姿で生まれてくるのやら、でも、きっと旦那様に似てかわいいんだろうなあ・・なんて、考えると幸せな気分になるのだった。
そんなこんなで私達はのんびりゆったりいつ果てるともしれぬ、他愛のないおしゃべりを楽しんでいたんだけど・・
突然、その緩やかな空気は1人の来訪者によって破られる。
何の前触れもなく玄関の扉が開く気配がし、続いて何者かが足早に家の中に入ってくるのを感じて、私は咄嗟に子供達の前に立ちあがり、守るようにしてリビングの扉を凝視する。
程なくして扉が開き、そこには旦那様をもう少し大人にしたような姿の人間族の男性の姿が。
お、お義父様!?
「連夜くん、玉藻ちゃん、すぐに出かける用意をして表に止めている『馬車』に乗りなさい。予定よりもかなり早いけれど『嶺斬泊』に行きますよ」
緊迫した表情で話すお義父様の声に、私と旦那様は思わず顔を見合わせたけど、旦那様はすぐに我に返り、リリーちゃんが寝ている部屋に荷物を取りに行くため走り出す。
旦那様から『嶺斬泊』に行く話はあらかじめ聞いていた私だったけど・・そのとき私は、これから私達が赴く先に尋常ではない波乱が待ち受けていることを薄々感じていたのだった。