Act.44 『過去と現在と』
天
天は龍乃宮 詩織にいつも試練を与え続ける。
それはいつも詩織が己に慢心していた時に訪れ、そのたびに詩織は筆舌にしがたい苦い思いを繰り返してきた。
だが、ここ十年近くその苦い経験を十分に反省し、もう二度とそうならないために慎重に慎重を重ねて物事を進めることを常としていたというのに・・
『焦っていた・・知らない間に、いつの間にか焦っていたのね、私・・』
大山椒魚型の『害獣』の群れが跳梁跋扈する森の中を、凄まじい勢いで駆け抜けながら、詩織は額から流れる汗を拭いもせず、ただ、顔をしかめ己がしてしまった失態に葛藤する。
人間族の秘密結社『FEDA』が作り出した恐るべき生物兵器『人造勇神』から、都市に住む一般の『人』々を守るために立案された中央庁の一大秘密作戦 対『人造勇神』作戦もいよいよ大詰め、残るは最後の1体 中でも最強の能力を持つといわれるタイプゼロツーを残すのみとなり、そのタイプゼロツーを捕獲、あるいは撃滅する為の包囲網は完璧であったはずなのに・・作戦開始からすでに2時間以上が経過しているにも関わらず、未だにタイプゼロツーはこの森のどこかを転戦している。
『練りに練った作戦だったはずなのに、それが間違っていた? いいえ、違うわ、作戦そのものは間違ってない、間違っていたのは私よ』
行く手を阻もうと迫りくる『害獣』の群れを片手に構えた槍の一撃で無造作に薙ぎ払っておいて道を開けさせると、詩織は尚も疾駆を続ける。
中央庁きっての武術の達人 龍乃宮 詩織。
その実力は城砦都市『嶺斬泊』在住の武術家達の中でも随一で、間違いなく上位10人の中に入ると言われているほど。
容姿端麗、智勇兼備、中央庁最強の影の実力者と言われるドナ・スクナーの懐刀であり、これまで幾多の難事件を解決してきた恐ろしいほど優秀な女傑であり、今回の作戦も大部分を彼女が立案、その作戦を見た彼女の優秀な参謀達も『作戦に際立った穴はなし、現状の戦力で行える最善の策』と全員が太鼓判を押していたというのにも関わらず、現実は作戦通りに進むことを許さなかった。
作戦の目論見を大きく外されてしまう形となった詩織は、表面上こそ冷静さを保ってはいるが、内心は凄まじく焦っていて、なんとかそれをしたい一心で目標たるタイプゼロツーを探し求め森の中を転々としている最中であった。
『私が最初に遭遇した時に、仕留めてさえいれば・・』
中央庁の部隊メンバーの中で、一番最初にタイプゼロツーと接触したのは他ならぬ詩織であった。
今思えばあのときに雌雄を決していればよかったのだ、しかし、本格的な戦闘になった時に、周囲に及ぶ被害を考えるとどうしても遭遇地点であった森の外周近くで戦うことに踏み切れず、奴を森の深部にいったん弾き飛ばすことを選択してしまったのだった。
それがこうも思惑を狂わせられる結果になろうとは・・
『天よ・・生意気な私が憎いのはいい、それはもうどうしてくれても構わないわ、そこはもう諦めている、でも、あの子達だけは・・私のかわいい子供達にだけはその手を振り降ろさないで!! あの子達に私と同じような思いをさせる運命を、試練を与えようとするのはやめて頂戴!!』
心の中で必死に天に願いを叫びながら、詩織は過去に自分を襲った悲劇を思い出す。
己にできないことはない、誰も自分を傷つけることはできないと慢心していたが故に、陥ってしまった最悪の記憶。
詩織という少女は、いわゆる生れながらの天才という奴で、幼き頃からできないことは何一つとしてなかった、勉強もスポーツも、武術も芸術も、遊びや花嫁修業だってそう、あらゆることのほとんどで『人』に負けたことがない、挫折というものをほとんど知らない人生を歩み続けた。
それは相手が詩織と同じ『女』であってもそうだったし、あるいは彼女とは違う『男』であってもそう、同じ種族のものでも、違う種族のものでも負けた記憶はほぼ皆無だ。
いや、もっと正確に言うならば、詩織が負けたと心から認めた相手はたった1人しかいなかった。
それは詩織と同じ同性同種族の幼馴染、掛け替えのない親友で生涯最大の相棒。
時に張り合い、時に協力し、激しくぶつかりあい励まし合いながら、いつしかいつも彼女の隣には親友の姿があった。
短気で喜怒哀楽がはげしく、ちょっとしたことで感情を爆発させる彼女とは正反対に、物静かでおとなしく、思慮深くて優しい性格だった親友。
詩織にとって間違いなく最大最強のライバルであったが、それ以上に絶対失いたくない親友・・いや『心友』であった。
『心友』さえいればどんなことだってできる、どこにだっていける、そう信じていたし、実際に2人でいれば無敵で不敗で最強だった。
誰にも彼女達を止めることはできなかった、彼女達は思うように生き、好きなことをした。
自分ではそう思ってはいなかったが、周囲からすれば傲岸不遜で、かなり鼻につく嫌な奴だったのかもしれない、だが、表だって注意できるものは1人としていなかった為、残念ながらそれに気がつくことはなかった。
2人は本当に子供のように誰に止められることもなく自分の『我』を貫き通す日々を送り続けた。
あの日までは・・
2人が16歳になったあの日、龍族の王家から使者がやってきた。
一族の頂点に立つ『龍王』の妃候補として宮殿にあがるようにとの現『龍王』からの勅命であった。
正直高校生活に未練はたっぷりあった、彼女と同じく宮殿にあがることになる『心友』とはこれからもずっと一緒にいることになるであろうが、高校時代に仲良くなった友達とはこれが最後のお別れになるかもしれなかった。
見習いの内ならともかく、正式に『龍王』の妃の1人となれば、そう易々とは宮殿から外に出ていくことはできなくなってしまう。
しかし、反面妃の1人になるということは『龍王』の側近になることを意味し、一般人のままではできなかった様々なことができるようになる、自分達には想像もつかない『権力』という『力』を手にし、『人』の上に立つことができるようになるのだ。
友達と会えなくなるのは寂しかったが、強大な龍の一族の頂点付近へと駆け上がり己の手で一族を導くことができる、そして、一族に新しい何かを芽吹かせ事ができるかもしれない、そうなれば彼女という存在と名前を一族の中に鳴り響かせることにもなるだろう、そういった大きな野望がふつふつとわいて来ていつしか彼女の中の寂しさを上回ってしまったのだった。
一緒に宮殿に入ることになる『心友』にどっちが先に出世するか競争だと勝負を持ち掛け、2人はお互い全力尽くすと誓いあって新しい世界に飛び込んだ。
だが・・
そこは2人にとっての新天地ではなかった、それどころかそこは紛れもなく無明の闇が広がる地獄の1丁目。
宮殿に入った初日から2人の地獄は始まった。
王家直属の屈強な近衛兵にわけもわからぬままに2人が連れていかれた場所、そこは王族に連なるものとその直属の側近しか知らぬ秘密の地下大広間・・いや、広間なんて生易しい広さではない。
地下空間いっぱいに作り出されたドーム状のそこは、円形の大闘技場であった。
そして、そこで2人はとんでもないものを目にする。
衣服こそ身につけてはいるものの、身を守る鎧はおろか、武器すらも持たされていない若い男女達が、恐怖の叫び声をあげながら闘技場内を逃げ惑っていた。
彼らを追い立てているのは、詩織が今まで見たこともない巨大な、いや巨大すぎるサソリだった。
『害獣』特有の精神そのものを押しつぶす凶悪なプレッシャーが出ていないことから、『害獣』とは違う生き物であることはわかるのだが、それでも3メトルを越えるその巨大な身体から繰り出される攻撃は圧倒的で、巨大サソリに追いつかれた若者達はその鋏に掴まれて胴体ごと両断されたり、あるいは薙ぎ払われて無残に肉体を四散させて宙を舞いながら次々と餌食となって殺されていく。
かろうじて生きている者達もさんざんな有様で、あまりにもひどい状況に精神が耐えられなかったのか、座りこんでひたすら嬌声を上げて笑ってる者、目と耳を塞いでしゃがみ込み現実から目をそむけようとしている者、地面に穴を掘って逃げようとしているのかひたすら地面をかいている者までいる。
中には徒手空拳で戦いを挑もうとしている者もいないではなかったが、武術の心得どころかまともに喧嘩をしたこともないのか、詩織から見れば一目瞭然にドがつく素人の構えのものばかりで、その末路は知れていた。
この部屋でうごめき続ける、あるいは動かなくなった男女の肉体からひっきりなしに出ている様々な何かが発する臭いが、凄まじい悪臭となって部屋全体を覆っており、ちょっとでも気を抜けばその場にうずくまって吐き続けてしまいそうだった。
2人が無言で隣に立つ親衛隊に目を向けると、屈強な肉体をもつ親衛隊の壮年の男性は無表情のままで2人の疑問に答える。
『龍族の頂点に立つにふさわしい力を持つ『龍王』、そして『龍后』を決めるための偉大なる儀式でございます』
『ぎ、儀式!? ま、まさか、あそこにいるのは・・』
『左様でございます。『龍王』候補の王子様方と、王族内で王位継承権を持つ王族のご子息のみなさん、そのお妃となる『龍后』候補と認められた市井の良家のお嬢様方です』
『な、なんでこんなことを!?』
『今の時代、我々が持つ『神通力』をはじめとする『異界の力』は何の意味も持ちません、むしろそれらの『力』は『世界』の尖兵たる『害獣』共を引き寄せることになり、そんな『力』が強い者が上に立つことになるということは、一族にとっては災厄でしかありません。必要なのは最も原始的な肉体的『力』、元々の肉体に宿りし腕力であり体力であり持久力。強きそれらの『力』を持ち、同時にどのような障害も乗り越えられる強き意志、賢き知恵、猛き武力を持って一族を率いるにたる真の選ばれし者を選出する為の神聖な儀式・・』
まるで機械そのものが自動的にしゃべっているかのように説明を続ける親衛隊の男だったが、やがて、なんの感情も見えぬ闇そのものといった瞳を詩織達に向ける。
『冷たい』という言葉ですら生温い、見ているだけで凍えそうになる永久凍土のような気配、『人』の温かみの欠片も感じられぬ、まるで『死人』と話しているような錯覚すら覚え、詩織達は我知らず身を震わせたのだった。
しかし、2人は眼下の闘技場で逃げ惑う『龍王』あるいは『龍后』候補達とは一味も二味も違っていた。
ここに自分達の未来は無いと理解すると、即座に決断、この魔窟から逃亡しようとした。
武術の腕前には相当自信があった、今までどんな相手にも負けたことがない2人である、不良だろうが、街のチンピラだろうが、有無を言わさず叩きつぶしてきたのだ。
誰にも負けるはずがない、2人でいればいつも通りなんとかなるそう思っていた。
だが・・2人は完膚なきまでに叩きつぶされた。
十数人を病院送りにしたことは間違いない、2人はただで潰されたわけではない、しかし、それだけだ。
『人』の痛覚をなくし、感情を失くし、権力者達の意のままに操ることを可能とする恐るべき禁断の薬『廃奴』を投薬された無数の親衛隊兵士達によって取り押さえられた詩織達は、結局あの地獄へと放り込まれたのだった。
それから数年・・地獄の闘技場で詩織達は毎日毎日いつ果てるとも知れぬ狂ったチキンレースを続けた。
幸い身に着けた武術と何度も修羅場を潜り抜けてきた経験によって、詩織も『心友』もなんとか日々を生き延びることができたが、やがて、『心友』は親衛隊の兵士によっていずこかへと連れ出され、詩織とは離れ離れに。
たった1人の『心友』、地獄にあってただ1つの詩織の希望の光、心の支えであった彼女がいなくなったことで、詩織の心に一気に闇が広がった。
来る日も来る日も続く戦いだけの生活に、疲れ果て、いつしか詩織の心は砕けて散るばかりとなっていた。
だが、そんな地獄の日々にも終りがやってくる。
闘技場にて詩織と同じく戦うだけの日々を送っていた2人の王族の少年が、あるとき反旗を翻したのだ。
心砕けて死にそうになっていた詩織を助け出した少年達は、冥界に片足を突っ込みかけていた詩織にもう一度一緒に戦おうと声をかけ詩織を現世へと舞い戻らせる。
復活を遂げた詩織と共に少年達は、まだ心砕けていない元気な少年少女達と力を合わせて地獄の闘技場の脱出計画を練り、やがて大逆転を起こすための作戦を決行。
作戦は見事に成功し、少年少女達は地獄から脱出、そのままこのふざけたチキンレースの主催者であった元老院の老人達に復讐の刃を突きたてて、2人の少年と詩織の苦渋の日々はようやく終わりを迎えたのだった。
その後、2人の少年の1人は『龍王』に、もう1人は側近になり腐りきった龍族の体制を立て直すために尽力、その過程において『龍王』となった少年は連れ攫われていた詩織の『心友』をいずこからか助け出してきて、そのまま彼女を『龍王』の妃達の頂点に立つ正妻である『龍后』へと迎える。
そのとき詩織はすでに『龍王』の少年と恋仲にあり男女の仲になっていたが、『心友』の為に自分は身をひき、以後、『龍后』となった『心友』の良き相談役となって龍族の宮殿に残り続け龍族の復興のため力を尽くした。
それ以降も詩織の『人』生にはいろいろとあったが、闘技場時代に比べれば実に平和な日々であった。
だが、逆に言えばその闘技場のことはどれだけ月日がたとうとも忘れられない地獄の思い出。
普段は忘れているが、ふとしたきっかけで思い出し、そして・・
Act.44 『過去と現在と』
「・・!!」
突如として詩織の脳裏に忌まわしき地獄の記憶が蘇り、危うく手にした槍を取り落としそうになる。
震えが止まらぬ手を必死に押さえつけ、なんとか槍を手放すことは堪えたが、心の動揺はすぐには収まらない、そして、それを見越していたかのように殴殺しにかかってくる『害獣』の群れ。
中央庁きっての武術の達人の詩織といえど、隙だらけの今を狙われては流石に対処することは不可能。
咄嗟に回避行動を取ろうと思っても、過去の記憶が詩織の身体を恐怖で縛り付けて動けなくする。
絶対絶命の危機的状況、しかし、詩織は不思議と自分が死ぬとは思っていなかった、自分の背後に自分が良く知る強い気配を感じていたから、
己に迫るいくつもの『害獣』の凶悪な顎、食いつかれてはただでは済まない。
だが・・
それが詩織の身体に届こうとする寸前、横合いからいくつもの銃撃音が鳴り響き、そのたびに詩織に迫る『害獣』の身体が吹っ飛んでいく。
津波のように押し寄せる『害獣』の群れに対し、手に持つ槍を地面に突き立ててそれに必死にしがみついているだけの無力な詩織など、普通ならば一溜りもなくその波に飲み込まれ砕け散るはず・・だが、その詩織のすぐ横に立つ『人』影が決してそれをさせない。
両手に構えた小型片手『銃』を縦横無尽に振い、襲い来る『害獣』達の急所に的確に弾丸を叩きこんでいく。
いや、叩きこむのは『銃弾』だけではない、時に『銃』の銃口下部に取り付けられた鋭い小型ナイフで、時にその恐るべき足技で、そして、凄まじい体技の数々を駆使して『害獣』の群れから動けない詩織を守る。
黒いコートを翻し戦い続けるのは、喪服のような黒いスーツ姿の中年の人間族の武人。
宿難 凱
『心友』と死別して以来、部隊を指揮することはあっても、戦うときはずっと1人だった詩織。
かつての『心友』のように、自分の背中を、自分の命を預けられる相棒は二度と現れないだろうと思って生きてきた詩織だったが、数年前凱に出会いその思いは激変する。
『女』として見下すわけではない、かといって『男』のように粗雑に扱うわけではない、また『兵士』のように自分の手足として使うわけでもなければ、詩織を『上官』として命令を聞くだけのロボットになるわけでもない。
詩織がこの世で最も尊敬する上司ドナ・スクナーの手で初めて引き合わされたあの日からずっと、凱は詩織をあくまでも対等の『戦士』として見て接し続けてくれた。
頼りきってくるわけではない、しかし、頼りにしてくれないわけではない。
凱はいつも自然と詩織にとって最も心地よい距離にあり、自然と最も力を発揮することができる距離にあって彼女を黙ってサポートしてくれてきた。
そんな凱と組むようになり、詩織が彼を手放すことができなくなるのにそんなに時間はかからなかった。
対『人造勇神』作戦が本格的に始動するようになると、詩織は凱に自分の側近として側にあってほしいと懇願し、凱はそれを快諾した。
それ以来ずっと凱は彼女の背中を守り続けてくれている。
今も・・
闘技場時代のトラウマが生み出す呪縛に詩織が捉われてからどれくらい時間が経っただろうか、彼女達を包囲する大山椒魚型の『害獣』の群れはそれほど多くはないが、それでも倒しても倒してもいずこからか増援が現れてしまうので、キリがない。
ここから離脱してしまえばいいのであるが、肝心の詩織が動くことができないのではそれも無理。
このままでは凱も詩織も『害獣』の群れの中にいずれ呑みこまれる。
凱だけならいつでもすぐに逃げ出すことができるだろう、だが、詩織がそういう想いの視線を凱に向けても、凱はいつものようにその視線に別の答えをのせて黒い瞳を詩織に返すだけ。
『あなたが復活するのを待っている・・俺は信じている!!』
今は亡きたった1人の『心友』によく似た眼差し、でも、『心友』とは全く違う想いのこもったそれ。
『心友』のそれには親愛と共にどこか嫉妬にも似た感情が込められていた、それは詩織と『心友』が友達であり同志であったと同時に最大のライバルであったからであろう。
だが、凱は違う、『心友』よりももっと深い何か別の温かい想いに溢れていて、その視線を向けられることが詩織はたまらなく嬉しくて、切なくて、そして、心の底から力が湧いて出てくるのを感じるのだ。
ここまでの厚い信頼を寄せられて、案山子になったまま終わるわけにはいかない。
詩織は自分を呪縛する恐怖の記憶を払拭するために、わざと自分の中の最大級に思い出したくないタブーの記憶を呼び覚まさせる。
それは恐怖をも凌駕する凄まじい怒りを呼び起こすもの。
あれは十数年前のこと、詩織が一子剣児を生んで3年ほどが経過した頃の話。
『心友』であった『龍后』が一子姫子を産んだあと間もなく病死し、その座が空白となって3年、『龍王』の愛妾の中にあって詩織はその空白となった座を埋めるべく次期『龍后』と目されていたのであったが・・
いや、このときの詩織に最早権力に対する執着は微塵もなかった、『龍后』になろうがなるまいがどっちでもよかったのだ
ただ、『龍后』になれば、『心友』の忘れ形見である『姫子』の親権を主張しより近くで養育することが可能になる。
また『龍王』自身のことも親友に譲ったといえど、決して嫌いになったわけではなかった。
むしろまだ愛してもいたから、『心友』が亡くなった後は、求められれば寝床を共にする仲に再び戻っていたのでその延長として、『龍后』になってもいいかなとは思ってはいた。
しかし・・
あのとき、『龍后』が未だ定まらぬ中で、最もそれに近い位置にある者として、詩織は他都市の龍族の代表者達に挨拶回りに出かけていたのだが、予定よりも早く『嶺斬泊』にもどってくることができた。
軽い気持ちだった、驚かしてやろうとわざと少数のお伴だけを連れて先に帰ってきた詩織は、幼い剣児を連れて『龍王』の寝所に音もなく忍び入った。
絶倫で女好きの『龍王』には何人もの『妃』・・つまり愛妾達がいたが、流石の『龍王』も昼間は公人としての顔を崩すことはなく、女性を近づけることは詩織の知る限り一度足りともなかったため、そんなことはないだろうと思ってのことだったのだが、詩織の思惑は力いっぱい外れることになった。
それどころか、詩織は長年『龍王』がひた隠しに隠し通してきたある秘密を知ってしまうことになってしまったのだった。
『龍王』の寝所に入った詩織が見たもの、それは、素っ裸でまさにその行為の真っ最中であった2つの『人』影。
1人はもちろん『龍王』その『人』本人であったが、その相手が問題だった・・いや、問題なんて生易しいものではない、大大大問題であった。
『龍王』その『人』がたくさんの愛妾を抱えていることについては、詩織は勿論知っている十分熟知している、もし相手が愛妾達の誰かであったなら、詩織も呆れはするだろうが素直に謝罪して部屋を出ていただろう。
また、愛妾達の誰かではなかったとしても、たとえば宮殿に仕える女官達であったとしても詩織はそれほど驚くことなく、あまり殺生な真似をするなと小言の1つも言って終わっていたはずだ。
しかし、しかしである、そのとき目の前にいた相手だけはどうしても詩織は納得することができなかった。
何故なのだ? 何故どうしてその人物なのだ!?
混乱し困惑しながらも、驚き詰め寄り説明を求める詩織。
『龍王』はしばらくの間しどろもどろに言い訳になってない言い訳らしきものを口にしていたが、やがて、最早誤魔化し切ることはできないと思ったのか、これまでひた隠しにしてきた胸のうちを話始めたのであった。
『すまん、詩織。もう察しているかもしれないが、俺達の関係は昨日今日の物じゃない。おまえや『龍后』と出会うもっと前、あの地下闘技場に連れてこられた頃からのものだ。あの頃から俺達は・・だから、俺は・・俺が本当に心から愛しているのはこいつなんだ。俺がずっとずっと愛しているのはこいつだけ、昔も今も、そしてこれからも愛し続けるのはこいつだけなんだ!!』
苦しそうにそう告白する『龍王』の姿、そしてその言葉に呆気に取られる詩織。
しばしの間その言葉をどうしても理解することができず馬鹿のように突っ立ったままの状態であった詩織だったが、脳裏にあることが閃いた。
自分で導き出した答えであったが、どうしてもその答えが俄かに信じられず、詩織はすぐにその問いを口にすることができなかった。
だが、自分だけのことでは済ませられない、どうあっても真偽を問いたださないとならぬと思い定め、覚悟を決めて目の前の『龍王』に問いかける。
『あ、あんたまさか・・まさかとは思うけど・・私や、『龍后』や、愛妾達を大量に側に侍らせたのは、家老達からあんた達の関係を隠すためだったとか・・まさか違うわよね!? そんなことないわよね!? それは私の考えすぎよね? そうよね?』
龍族の間で、『龍王』の行っていることは最大のタブーだった。
『龍』という一族全体の中で昔からあるタブー、それが特にその一族の頂点たる王族だとすれば尚更まずかった。
もしこれが外にもれでもしたら一大スキャンダルである、一族の根幹を揺るがしかねない。
だからそれを一族に知られないためにわざとどうしようもない『女好き』であることをアピールしていたのかと・・半信半疑、どちらかといえば・・いや絶対に否定してほしいと願って問い質した詩織であったが、『龍王』の答えはどこまでも無情で残酷だった。
『すまん・・俺達の関係を周囲に知られないように続けていくにはこうするしかなかった。おまえにも『龍后』にも、そして、『妃』達にも済まないことをしたとは思っている。しかし、俺は俺の愛を貫きたかった、だからこれしか・・』
呆れ果てたことではあったが、今すぐ側で心配そうに見つめている相手に、明らかに純粋な愛に満ちた視線を向けながら、心から苦しそうな告白を口にする『龍王』。
その言葉が紛れもなく『龍王』本心から出ていることがわかってしまっただけに、詩織は己をコントロールすることができなくなってしまったのだった。
目の前の男を愛し子供まで作った自分の気持ち、自由になることもできたのに死の直前まで彼の側にあって心から支え続けた『心友』の気持ち、全員では決してないが、それでも何人かの愛妾達はそれぞれの想いで真剣に『龍王』に想いを寄せ、少しでもその力になろうと混沌とした後宮の中で努力し必死になって踏みとどまっているその献身的な気持ち。
確かに『龍王』自身は自分の愛の為にやむなくそうせざるを得なかったのかもしれない、『人』が『人』を愛するということは奇麗ごとでは済まないことなのかもしれない、しかしである。
だから、詩織達『女性』の思いを踏みにじってもいいというわけでは決してない、断じてない、そんなことは絶対に許さない!!
『ふざけたこと・・言ってるんじゃないわよ・・女を・・女を・・』
心の奥底から噴き上がってくる煮えたぎるマグマにも似た激情。
あのときと同じ、『怒り』なんて言葉では到底表現できない巨大なエネルギーが詩織の全身を駆け巡り、今まで詩織の身体を呪縛していた闘技場での恐怖の思い出をあっさりと凌駕して消し飛ばす。
全身の毛穴が広がるような感覚と共に、己の身体から凄まじい闘気が噴き出すのを感じると同時に、詩織は猛々しい獅子のような咆哮を挙げて、『害獣』の群れへと突っ込む。
「女をなめるんじゃないわよおおおおっ!!」
詩織のすぐ前に出て、『害獣』達の攻撃を防いでいた凱の側をすり抜けるようにして前へと躍り出た詩織は、手にした槍を凄まじい勢いで繰り出し、これまでの欝憤の全てを晴らすかのように『害獣』の群れを蹴散らし始める。
突き、刺し、薙ぎ払う。
詩織のとんでもない量の闘気が籠った槍が繰り出されるたびに、『害獣』の群れが十把一絡げになって次々と吹っ飛んでいく。
今まで戦っていた凱の戦いぶりは確かに見事であったが、今の詩織のそれとは全くレベルが違う。
技術とか必殺技とか華麗さとか、そんなものは微塵もない、その槍先に当てただけで文字通り『薙ぎ倒して』しまうのだ。
恐るべき怒りの闘気、いや、恐るべきは女性の怒りのエネルギーであろうか。
流石の『害獣』達も今の詩織の前ではただの障害物でしかない、あれほど群がっていた無数の『害獣』達も見る間に数を減らして数えるほどとなり、援軍も追いつかず見える範囲に少しばかり知覚できるほどの数まで激減していた。
しばらくの間そうやって『害獣』の群れを思うがままに大暴れして蹂躙しつくした詩織は、十分に群れの勢いが弱まったことを確認すると凱を促してそこから脱出、 再び目標である『人造勇神』を目指して森を疾駆し始める。
どれくらいの時間をロスしてしまったのかわからないが、詩織は先行して目標の『人造勇神』と戦っているであろう宿難姉弟や、『剣風刃雷』のメンバーが無事でありますようにと願いながらその速度を一層速めていく。
焦る気持ち、その心は表情にも出ていたようで、ふと誰かの視線に気がついた詩織が横に目を向けてみると、横を走る凱が心配そうな、しかし、優しい表情で自分を見つめていることに気がついた。
「大丈夫ですか、詩織殿。まだ、調子がもどりませぬか?」
心から心配しているとわかる言葉に、詩織は慌てて笑顔を作ってみせると、槍を持っていないほうの手でぱたぱたと手を振ってみせる。
「い、いえもう大丈夫です。ごめんなさい、凱さん、いつもいつもすいません、フォローさせちゃって・・いや〜、もう昔のことなんですけど、思いだすと身体が固まっちゃって。こんなんで司令官だなんて笑っちゃいますよね」
「誰しも思い出したくない記憶はあります。多かれ少なかれ、心に傷のない『人』はおりますまい。しかし、それに負けることなく踏ん張って生きておられる詩織殿はまこと心強く、我々の指揮官にふさわしいと思いますよ」
「そ、そうですか? 凱さんにそう言っていただけると嬉しいし照れるなあ。で、でもそんな強すぎる女って、逆に男性からしたら引いてしまいませんかね? ひょっとしてそれがいけなかったのかなあ」
凱の心からの賞賛の言葉に顔を赤らめる詩織だったが、ふとそういえば『龍王』の周囲にいた女性はみな自分も含め『龍后』も『妃』達も、恐ろしく強い連中ばっかりだったなあと改めて思い返し、顔を曇らせてちょっと肩を落とす。
「それがいけなかったのかしら? いやいや、私達と会う前にはもうそういう関係だったと言っていたし。ってことは、極力自分のタイプとは真逆のタイプを置いて本気にならないようにしていたってこと? あ〜、もう腹が立つなあ、なんで私半殺しで済ませちゃったんだろ、手足全部もぎとってやれば・・」
『龍王』の秘密を目の当たりにし、怒りに任せて『龍王』を文字通り半死半生の目に合わせ、一子剣児を連れて、そのまま着の身着のままで龍族の宮殿を飛び出した日のことを再び思いだした詩織は、般若のような恐ろしい表情を浮かべてとんでもない内容の言葉をブツブツと呟いていたが、横を走る凱の視線がそのままであることを思い出すと、慌てて笑顔を取り繕う。
「本当に大丈夫ですか、詩織殿?」
「あは、あははは、大丈夫、大丈夫。いや、こんなに強い女だとお嫁にもらってくれる『人』なんていないだろうなあ、なんて考えちゃって、暗くなっちゃいました」
「詩織殿ならいいお嫁さんになれるでしょうに」
「そ、そうかしら・・でも、ほら、もう三十路も半ばがみえてるおばさんだし、大きな高校生の息子がいるし・・もらってくれる『人』がいるのかしら」
力強く断言してくれる凱に、詩織は一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに表情を曇らせると、顔を伏せ上目遣いで凱を見詰めながら悲しげな口調で呟いてみせる。
そして、明らかに何かの期待が篭った視線をちらちらと凱の方へと向け続けるのだった。
そんな詩織の視線を感じながらも、その意味が全くわからなかった凱は、頭にハテナマークを出しながらしばらくの間考え込んでいたが、急に何かに思い当たったかのように右拳で、左手の手の平をぽんと叩くのだった。
「ああ、そうか、そういうことですか」
「そう、そうなんです、私のことをもらってくれる『人』がいないかなあって」
私の気持ちをわかってくれたのね、と言わんばかりに表情を輝かせて詰め寄ってくる詩織に、凱は満面の笑みを浮かべてその想いに応える。
「詩織殿ならば選り取りみどりだと思わないでもないのですが・・どうでしょう、詩織殿。実は私の知己で詩織殿にお会いしたいと申している者がいるのですが、会うだけでも会っていただけませんか?」
「凱さんの・・お知り合い?」
自分の期待していた答えとは全く違っていたことに、がっくりと肩を落とした詩織は、その美しい瞳にみるみる大粒の涙をためていきながら、全く女心をわかっていない目の前の朴念仁に怒りの声をあげる。
「あのですね、凱さん、私がいいたいのはですね他の方ではなくて、あなたの・・」
そのまま怒涛のお説教モードに入ろうとした詩織だったが、その気配に全く気がつかない凱は、詩織の声を遮って自分の話をマイペースに続けていく。
「いや、なかなか骨のある男なんです。以前中央庁の式典に出席していたときに、あなたを見初めたらしくて、ずっとあなたのことについて聞かれていたんです」
「ちょ、凱さん、私の話を聞いてって・・もう!!」
「本来なら女性のプライベートに関わるような内容について勝手に私が話すのもどうかと思ったのできっぱり断ろうとしたのですが、詩織殿が奴のことをいたく気に入っていたことを思い出しましてね、それで詩織殿のことについて話すことはできないが、一応会えるかどうかだけは聞いてやるといっていたんですよ」
「はあっ? 私が気に入っていたって・・ただでさえ忙しくて男性と知り合う機会がないのにですか!? 私はその『人』のことを何も知らないと思うのですけど!?」
最早不機嫌さを隠そうともせずに、完全に怒り声で答えを返す詩織の姿に、ようやく自分が何かまずいことを言ってしまったのだなと気がついた凱は、少し表情を強張らせる。
「し、詩織殿、な、何かお気に障ることを言ってしまいましたか? だとすれば謝ります。申し訳ない・・お、怒っていらっしゃいますよね?」
「怒っているに決まってます!! 怒らないわけないじゃないですか!! なんで他の『人』を紹介しようとするんですか!?」
「い、いや、そうは言っても詩織殿が、『『雪のシンフォニー』の『金 星京』は最高ですよねえ、是非会いたいなあ、あんな『人』のお嫁さんになれたらなあ』って仰っておられたから、ここは紹介するしかないなって思ったからで・・」
「全くもう、何が『雪のシンフォニー』ですか!? 何が『金 星京』ですか!? だいたいねえ、女が嫁にもらってくれる人がいないかななんて男に直接言い出したときは・・って、え、今、なんて仰いました? 今、『金 星京』とか言いませんでした?」
しどろもどろに言い訳する凱に対して、憤懣やるかたなく怒りの言葉をぶつけていた詩織だったが、その言葉の中にありえない人物名が入っていることにはたと気がついて思わず聞き返す。
「え、ええ。そうですよ、『金 星京』です」
「俳優の?」
「ええ」
「大ヒットドラマ『雪のシンフォニー』でヒロインの相手役を務めた?」
「ええ、俺の記憶が確かならそうです」
「北方都市群最大の影画際で何度も主演男優賞とってる? あの『ソン様』の愛称で知られている、あの、あの、あの、『金 星京』ですかああああっ!?」
「そうですそうです。って、落ち着いてください、詩織殿」
突然ヒートアップして物凄い真剣な表情で詰め寄ってくる詩織を戸惑いながら押しとどめ、凱は詩織の問い掛けにこっくりと頷いてみせる。
詩織はそんな凱をしばらく呆然と見詰めていたが、凱の表情から凱が本気で今人気絶頂にある憧れの超有名俳優を紹介してくれようとしていることを確信し両手で口を押さえてうろたえる始める。
「そんな、そんなことって・・え、え、なんで、どうして私なんですか?」
「ほら、半年前の中央庁の秋の式典の時に、一部の上級種族が観覧客を人質にとって暴動を起こした騒ぎがあったじゃないですか。あのときに実は星京の奴も巻き込まれて危うく大変な目にあうところだったんですけど、詩織殿が奴らを取り押さえて・・」
「えええっ!? ひょっとしてあのときの人質の中に『ソン様』がいらっしゃったんですか?」
「そうです。あのときサプライズゲストとして呼ばれていたものだから、式典の最後で登場するギリギリまで変装していたんですが、運悪く奴らに捕まってしまって。そのとき『颯爽と飛び込んできて暴漢達を薙ぎ倒し、自分のことを助けてくれた詩織殿ことが忘れられない、是非もう一度お会いして、直接お礼が言いたい』などと申しているんですよ」
にっこりと頷いてみせる凱の姿に、詩織は自分の口元を片手で押さえしばし言葉を失う。
ほとんど趣味らしき趣味のない詩織であったが、恋愛ドラマをみたり恋愛漫画を読んだりすることが大好物で、中でも不朽の名作とまで言われる『雪のシンフォニー』という恋愛ドラマは一番のお気に入りであった。
ストーリーは物凄くベタでオーソドックスなものであり、学生時代に永遠の愛を誓い合った男女が、数奇な運命を経て、10年後に再び巡りあって愛しあうようになるというもの。
その主人公でありメインヒロインの相手役を務めたのが、今、売れに売れている俳優『金 星京』で、甘いマスクに優しい笑顔、激しい裏表の顔を持つ『人』が多い芸能界にあって、ドラマの主人公と同じくに素朴で真面目な性格であることが知られており、好感度も抜群。
当然のことながら詩織も大大大ファンなのであるが、まさか、その人物から会いたいなどと言われてしまうとは・・
「ど、ど、ど、どうしようどうしよう、『ソン様』よ、あの『ソン様』と会えるチャンスよ。スケジュールがっちがちでどこに行くのもお忍びでないと、ご近所のコンビニにすら出かけられないウルトラビップスーパースターの『ソン様』なのよ!! その『ソン様』と会って話ができる、しかも、場合によっては・・きゃ〜っ!! って、待って、そうじゃないわ、詩織。あなたが本当に好きなのは誰なの? そうよ、このままじゃあいつと全く同じよ、最低よ!! 大丈夫、私の心はブレテない、私の側にいてくれる『人』が誰か、誰に側にいてほしいのかちゃんとわかってる、大丈夫、大丈夫。・・だけど、『ソン様』なのよねえ、あの『ソン様』と出会える絶好のチャンスなのよ、しかも、このまま断ったら断ったで凱さんの面目が丸つぶれになりそうだし、かといって、受けたら受けたで、誤解されそうだし・・どうしよう、どうしましょう、どうすればいいですか、凱さん!? ・・って、あれ?」
一瞬我を忘れて内心で物凄く葛藤する詩織だったが、はっと気がついて横をみると、いつの間にか自分の横を走っていた凱の姿がないことに気付いて驚愕する。
すぐに立ち止まって周囲を見渡してみると、自分達が走ってきた元の方向のかなり手前の地点で、自分と同じように立ち止まっている凱の姿が。
思わず安堵のため息を吐きだして凱に苦笑しながら話しかけようとした詩織だったが。
「詩織殿・・どうやらとことん我々の思惑通りにはいかないようですぞ」
「え・・」
「暴走してます」
「ぼうそう?」
何かを凝視しながらぽつりと呟く凱、その凱の言葉の意味が一瞬わからず小首をかしげて見せる詩織だったが、直後、何かの獣の咆哮が森全体に響き渡る。
『RUOOOOOOOOOOOOOO!!』
凱も詩織もよく聞き知っているこの威圧的な声、恐怖と絶望と、そして、死そのものを撒き散らす災厄の始まりを告げる死刑宣告。
先程はわからなかった凱の言葉の意味が、詩織には今はっきりとわかった。
慌てて凱の側まで駆け寄ってきた詩織は、凱が凝視している方向に自分も視線を向ける。
そこではいくつもの『人』影と、その『人』影達の前に存在するその何倍もある大きな大きな何かの影がうごめいているのが見えた。
「あれはまさか・・もう『人造勇神』の奴」
「そのまさかです、やはり『害獣』の力を制御できなかったか・・この先でうちの部隊と戦ってる!! 急ぎましょう!!」
「え、あ、は、はいっ!!」
2人の超戦士は表情を引き締めると、自らの戦場に向かって走りだした。
再び激闘が始まる。