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Act.42 『復活の勇者』

 この世に生を受けたとき、すでに彼は紛れもない『化け物(モンスター)』であった。


 確かに彼は他の兄弟達同様に、それを目指し飽くなき野心と欲望の元に生み出されたものだ、それは間違いない。


 だが、それは決して到達するはずのない高み、越えることなどありえない境界線のはるか先に存在するもので、結果的にそれではなく彼らに御しえる都合のいい『兵器』として生まれてくるはずだったのだ。


 なのに、彼は生れてしまった。


 偶然だったのか、それとも必然だったのか。


 あまたに存在する『人』の種族の中で最底辺に位置するものでありながら、そのたった一つの種族を守るために創造主がごく稀に気まぐれで生み出すこの世界最強最悪の生物殺戮兵器。


 こんな力欲しくなどなかった、他の兄弟達同様にただの『兵器』として生まれてきたかった。


 いや、それすらも許されぬというならば、この世に生れてくることができなかった他のあまたの『失敗作』と呼ばれて処分され兄弟になれなかった小さな命達と共に無残に砕け散ったってよかった。


 なのに、彼は選ばれその力を押し付けられた。


 この世に生まれ落ち自我が芽生え、始めてたった実験現場である闘技場のど真ん中に立ったとき、自分の対戦相手に選ばれたのは『兵士』クラスの『害獣』。


 かわいがろうと近づいて撫ぜた。


 命は儚く消えた。


 あまりにも呆気なく、いや呆気なさすぎたがために、それを目撃していた研究員達の誰もが自分が手を下したのだと思わなかった。


 なんらかのアクシデントが発生して勝手に自滅したのだと結論づけられてしまったのだ。


 この恐ろしい力、このおぞましい自分の真の姿、それを彼らに知られなかったのは僥倖だったのだろうか。


 しかし、どちらにせよ自分の中に(うごめ)く不気味で恐ろしい力をはっきりと自覚し彼は自分自身に戦慄する。


 いっそ、年齢相応の思考能力しかなければもっと単純に考えることができたのだろうか?


 研究員達の手で無理矢理投薬されたのは精神年齢を力づくで引き上げる最悪の薬『精神強制成長促進剤(アルジャーノン)』。


 培養液が注ぎ込まれたカプセルから引きだされ、この世をその目にしたとき彼の精神はすでに思春期の少年のそれに限りなく近い状態。


 そして、不必要なほどに無理矢理詰め込まれたあまたの知識。


 引き上げられた心と、貯め込まれた知識とが合致し、彼に彼自身が何者であるかを悟らせる、己が何のためにこの世に生まれてきたかを悟らせてしまう。


 それは『人造勇者』としての生ではない、その『人造勇者』をはるかに凌駕する文字どおり伝説上の『化け物(モンスター)』としての生に他ならないことを。


 人間だけを守り、他種族のことごとくを滅ぼし、人間だけが住む『世界』を作りあげる、己の中に潜む強大な『力』、己の奥底から聞こえる傲慢極まりない『声』に従って、ただ己の運命を遂行すればよかった。


 だが、彼はただただ恐ろしかった、己の中に潜む無慈悲な『力』が、己の奥底から聞こえてくる冥府の住人のような『声』が。


 恐怖に負けて狂ってしまってもおかしくないほどのプレッシャーが、幼い彼に何度も襲いかかる。


 しかし、結局彼はそうはならなかった。


 彼の心を守るかのように彼の周囲に集まる『人』の想い。


 彼と同じようにして生まれてきた2人の弟妹、彼という存在を形作る源となり彼と同じ姿形であると同時に全く違う姿形の兄、人工的に生み出され本来であれば親子の情、絆などできようはずがない頼りないつながりでありながらお互いをかけがえのない親、いつくしむべき子と認めあった『人造勇者』の親子、そして、なによりも自分という『化け物(モンスター)』を唯一『化け物(モンスター)』と知りながら愛し守ってくれた姉。


 自分を生み出した狂った『人』々の想いと己の中に存在する殺戮者の『声』が大きく大きく渦巻く中にあって、奇跡のように温かい『人』の想いと絆があった。


 その想いにすがりつき、彼は『化け物(モンスター)』として生まれながら『人』として生きる道を選ぶ。


 だが、そんな彼に無情にも『世界』は次々と彼の大事な『人』を奪っていく。


 最愛の姉を失い、兄は復讐の為に姿をくらまし、弟と妹と共に自分は放逐されてしまう。


 そして、ついに自分自身が今消えてなくなっていこうとしている。


 いや、それ自体は構わない、むしろそれでいいのだ、こんなおぞましい力が地上に、この世界にあってはならないのだ、本来あるべき天に返すべきなのだ。


 だが、このままではそうはならない。


 消えるのは自分の自我のみで、この恐ろしい力そのものはこの地上に取り残されてしまう。


 そればかりではない、必死に自分の中に封印していたこの力は、自分の自我が消えると同時にこの身体に巣食う怨念達の手で悪用され自分が最も恐れる大災厄をこの世にもたらすであろう。


 そんなことはさせない、そんなことをさせるわけにはいかない。


 最愛の姉を失った、優しかった兄もどこに行ったかわからない、しかし、まだ自分が逃がした弟と妹は必ずどこかで生きてくれているに違いない。


 いつも自分と一緒にいてくれた掛け替えのない2人の弟と妹。


 彼らと過ごす穏やかな日々が彼を『人』としてくれた。


 やんちゃで漫才や冗談が大好きな弟、引っ込み思案だけどかわいく優しい妹。


 やらせない、絶対にやらせるわけにはいかない、たとえこのまま死ぬことになっても、魂ごと消滅してしまうのでも、弟や妹だけはやらせない、彼らが生きる世界をこんなおぞましい自分の力で汚させない。


 暗闇に閉ざされた世界、その中で、彼は己の命、己の魂の全てをかけて立ち上がる。


『いい加減その身に宿る力を渡せ、タイプゼロフォー!!』


 何度も何度も彼に囁きかける怨霊達の声、一度は暗黒にその身を溶かし無明の冥界へと旅立つ決意をした彼、その声に身を委ねようと何度も思ったのは事実。


 しかし、そのたびに現れる彼らの弟、妹の幻影。


『あきらめんなや、四郎!! なんでこんなところであきめるんや!! しょうもない決意も覚悟もいらへんねん!! 戦えや!! ただ立って戦えばええんや!!』


『・・あいたいよ・・にいに・・がんばって・・おねがい、また・・あいたいよ』


(そうか、そうだね、ちょび。ボクはまだ死んでいない、立って戦うこともできる・・ゆかり、もう会うことはできないと思う、でも、ボクはまだ全力を出してなかったね。やるよ・・それががんばることになるのかどうかわからないけど、いけるところまでいってみるよ)


 弟の叱咤激励が、妹の切なる願いが、彼を暗黒の淵から再び立ち上がらせる。


『力、力、力、そのちからをわたせぇぇぇぇぇ!!』


 暗黒、闇、悪意、殺意、害意、そして、怨念の叫び。


 『人』の形を取って己に迫る無数の影に、彼は渾身の一撃を叩きこむ。


『あげないよ、この力は誰のものでもない・・君達のモノではないし、人間のモノでもない、勿論ボクのモノでもないし、この『世界』にあるべきモノじゃない。だから、誰にも渡さない、この力があるべき場所、ボクらでは到底到達できぬはるか彼方、『天』へと返す。それまでは・・ボクが守る!!』


 彼の一撃にひるむことなく殺到してくる無数の影に、無明の闇の中に1人敢然と立つ彼は次々とその拳、その肘、その膝、その足刀、そして、そのカカトを叩きつけ吹き飛ばす。


 その一つ一つが強烈無比、くらった影は跡形もなく散り失せる、しかし、すぐにまた別の影が闇の中から立ち上がり彼へと向かっていく。


 いつ果てるともなく続く死闘、相手はいく千いく万の影、それに対する彼の味方は彼1人。


 どうみても勝ち目のない戦い、孤独の戦いはやがて彼の心を確実に蝕み犯し砕いて散らすであろう。


 しかし、彼の拳は止まらず敵を砕き、彼の足刀は敵を蹴り斬り裂き続ける、止まらない、くじけない、心折れない。


 無明の闇にあって居場所すらない彼、しかし、その背後にいくつもの光が集まり彼を後ろから支え続ける。


 それは口の悪い小学生であったり、小さな女の子であったり、彼とよく似た姿でありながらつぎはぎだらけの身体をした少年であったり、そして、優しい笑顔を浮かべた少女であったりした。


『四郎、負けんなや!!』


『・・にいに、まけないで・・』


『君はまだ生きてるよね? 生きてる限り走りなよ、四郎!!』


『四郎・・生きて!!』


 それはきっと彼が生み出した幻聴で幻覚に違いない、現実逃避の果てに生み出した儚い『ゆめまぼろし』であっただろう、だが、それでも彼は歯を食いしばり、腰をすえ、足を踏ん張り、拳を握りしめて解き放つのだ。


 たとえ自分の背後に立って光を放っているように見えるそれがただの蜃気楼であったとしても、彼は確かに彼らのその温かい想いを聞いたのだ。


 ならば、生きている限りその想い果たすためもがきあがき続けよう、そう決意して彼は戦い続ける。


 ハヤブサの仮面をつけた東方野伏(ニンジャ)姿の影がいくつもの分身をまとって襲いかかってくるのを、自らの身体が傷つくことを恐れる風もなく一歩前に出て迎え撃つ彼は、東方野伏(ニンジャ)達に凄まじい勢いで繰り出した拳を叩きつけていく。


 勿論彼自身無傷ではいられない、東方野伏(ニンジャ)達の刃が自分の身体にいくつも吸い込まれハリネズミのようになる。


 だが、その瞳をカッと見開いた彼は、凄まじい闘志の炎宿る視線を東方野伏(ニンジャ)達へと向けると、武神もかくやという咆哮をあげるのだった。


「ここは精神世界・・心なきおまえ達の刃ではボクは殺せない・・こんな刃、【効かない】と思えば【全く効かない】し!!」


 そう言った瞬間、東方野伏(ニンジャ)達の黒い影の刃はガラスのように砕けて散り、彼の身体には傷一つ残らない、そして。


「おまえたちを【ぶちのめす】と思えば・・【ぶちのめす】ことができるんだよ!! うおおおおおおおおっ!!」


 とてつもない気合いがこめられた拳の嵐が東方野伏(ニンジャ)達を襲い、あっというまに彼らを粉微塵に砕いて吹き飛ばす。 


「何度でもかかってくればいい!! だけどボクは負けない、屈しない、心折れたりしない!!」


 決意と覚悟に満ちた決死の絶叫、今倒した影達がすぐに復活することはもうわかっている、復活すればまた自分に襲いかかってくることも十分承知している、この戦いにはきっと果てがないこともわかってる。


 いや、きっとこのまま続けば間違いなく自分の自我は疲れ果ててやがては消えてしまうであろう。


 もうずいぶん長い長い時間を戦い続けてきた、もし仮にこの精神世界を脱出してこいつの身体から分離できたとしても自分は長く生きられないだろう。


 こいつに・・『人造勇神』タイプゼロツーに取り込まれ、随分と長い時が流れてしまった。


 生命力も精神力も吸い取られるだけ吸い取られ、自我すらも危うい。


 だが、皮肉なことに自分が封印し決して使うまいと己の心の奥底に沈めたあの『力』が、未だに彼の命と魂の炎を赤々と燃やし続けている。


 再び復活し襲い来るハヤブサの仮面の東方野伏(ニンジャ)の群れ、いやそればかりではない、恐るべき高速戦闘を仕掛けてくる赤い戦闘服の影、真っ黒な闇そのものといったバトルスーツを身にまとい身体からいくつもの刃を生やした影。


 それら全ての猛攻をたった1人、その命と魂の炎の勢いのままに彼はぶちのめし、蹴り飛ばし、叩き潰し続ける。


「うおおおおおおおおおっ!!」


 暗黒の世界を駆け抜ける1つの真っ赤な命、炎となる魂。


 それでも影達はその光を消し去りその果てにある力を手にせんと必死になってかかって行くが、どれだけ攻撃しようとも、どれだけ傷つけようとも、どれだけ叩き伏せようとも、彼はそのたびに雄叫びをあげて立ち上がり拳を振るい続ける。


 そして、永遠ともいえる時間の果てに、決着の時が訪れる。


 彼は突然気がついた、あれほどいた影達の姿が徐々に減り始めていることに。


「なんだ、いったい? いや、まさか!!」


 慌てて周囲を見渡した彼は、恐るべき光景をその目にして慄然とする。

 

 先ほどまで自分を襲っていた数々の影達は、周囲の暗黒そのものに掴まって次々と食われていっているのだ。


 いや、暗黒なんて生易しいものではない、先程までは確かにぼんやりとした暗闇だったそれは、いまや光を通さぬ漆黒の真の闇へと徐々に姿を変えて、その範囲を急速に広げていっていた。


 彼は自分の周囲で起こっている事態がなんなのかすぐに理解した。


「呑みこまれ始めたんだ・・『害獣』の意志に」


 『害獣』の力を封じ込め、その力の元に『人造勇者』を越える存在として生み出された『人造勇神』。


 しかし、この『世界』そのものの尖兵たる『害獣』を操ることは決して容易いことではない、いや、そもそもたかが『人』にそんな強大な代物を操ることなどできるはずなどないのだ。


 なのに愚かにも人間は増長し、この力を一時的にも征服した気になり『人造勇神』などという欠陥品を生み出した。


 しかも、その欠陥品の1つは見事に暴走し、1つでも制御できない『害獣』の力を4つもその身に取り込んでその圧倒的な力に溺れ自らを『神』となったなどと称した。


 だが、結果は・・


『なぜだ!? 僕は『神』だろ? 無敵の『人造神帝 七星龍王(X−カイザー)』だろ!? 消えてたまるか、僕が人間を導くんだ!! 他の劣等種族全て滅ぼして『神』として、唯一無二の帝国の皇帝として君臨するんだ!! そうだ、それがいい、それが一番いい、それが『世界』の為なんだあああああ!!』


 闇に食われながらも必死にもがいて逃れようとする影の1つが、たまたま彼と目があい狂ったようにそう絶叫し哄笑する。


 そんな影に憐れみの視線を隠そうともせずに向けながら、彼は悲しみのこもった口調でつぶやく。


「誰にも制御なんかできやしない、『害獣』はこの『世界』そのものだ。『人』の身には手に余る・・まあ、それはボクの『力』も同じ。タイプゼロツ―・・君は、もう1人のボクだったのかな・・」


『僕は制御してみせる!! 手を貸せタイプゼロフォー!! おまえの協力さえあれば僕達はこの世で最強にして無敵の生物になれるんだぞ!! 今からでも遅くない、さあ、その手を出すんだ!!』 


「ボクの『力』は誰にも渡さない、この『力』は本来あるべき天へ返すべきだ。いや、あるいは今はいない百合姉さんなら使いこなせたのかもしれないけどね・・少なくとも君じゃないと思うよ」


『ゼロフォォォォォォォォッ!!』

 

 闇に食われかけていた身体を強引に引きちぎり、半身を失いながらも漆黒のバトルスーツに身を包んだ影は彼へ襲いかかる。


 彼は一瞬悲しみに彩られた表情を浮かべたものの、すぐに憤怒のそれに表情を変化させ引き絞った弓のように拳を振り上げると、渾身の力を込めて襲い来る影にそれを叩きつける。


 彼の拳が影に当たった瞬間、『ぺしゃっ』というなんとも軽い打撃音と共に影は破裂して飛び散り、その身はすぐに周囲の闇に食われて見えなくなった。


 『害獣』の意志たる闇の勢力が凄まじい勢いでタイプゼロツーの精神世界を侵食しはじめたせいか、もう彼に襲いかかってくる影の姿はなくなってしまっていた。


 闇の世界のあちこちで、『人』の形をした影達が次々と闇に食われて沈んでいく姿が見える。


 恐らくそれほど時間を待つまでもなく、彼自身の意識も呑み込まれて消えてしまうだろう。


 その前になんとしてもこの身に宿る『力』を消滅させなければ。


 彼はなんとかこの『力』を消滅させるために、残った己の命と魂の炎をそこに全力で向けようとした。


 だが、そのとき、彼の視線のはるか先、闇の世界の果てに小さな光が彼を誘うように光っていることに唐突に気がつく。


 罠か? この精神世界の主タイプゼロツーが仕掛けた最後の悪あがきか? そう思って身構えた彼だったが、その光の先から聞こえてくる声がその考えを瞬時に否定させる。


『私、ちょびくんやゆかりちゃんと約束したんですの。必ず、あなた達の兄弟を連れて帰ってあげるって』


(ちょびや、ゆかりって・・あの子達のことを知ってるのか? 誰だ!? タイプゼロツーじゃないのか!?)


 困惑し動揺する彼に構うことなく声は言葉を続けていく。


『私には兄がいます。私にとっては掛け替えのない優しい・・本当に優しい兄がいます。私の掛け替えのない家族。絶対に奪われたくない大事な絆。だから、私には痛いほどよくわかる。あなたがその絆を奪い取ったことで、ちょびくんやゆかりちゃんがどれほどの悲しみと苦痛を感じているかを!!』 


 誰かはわからない、誰かはわからないが強い意志を感じる美しい声。


 直観的に弟や妹を助けてくれた『人』物であると悟る。


 そして、あの子達の心をわかってくれる『人』物であると知る。


(そうか、ちょびやゆかりは無事なんだ・・よかった・・本当によかった)


 精進世界だというのになぜか目頭が熱くなる、涙はこぼれたりしないが、それでも彼の胸を熱くするには十分だった。


 誰かは知らない、誰かはわからないが、自分の弟妹達を心をわかってくれようとしていることがその言葉の端々から伝わってくる。


 それだけでも十分だというのに、その声の主はあろうことかさらに自分を驚愕させる言葉を紡ぎ出す。


『だから私は最後まで諦めない、あなたがあの子達から奪いとったものを・・必ず取り返す!!」


 最初モノ言わぬ屍となった自分を連れて帰るという意味で言ったのかと思った。


 だが、すぐに違うと判断する、この声の主は自分を生きたままタイプゼロツ―から助け出そうとしているのだ。


(無理だ・・無理だよ、そんなことは無理だ、取り込まれてしまった自分を助け出すなんて・・しかもボクはもうそれほど生きることはできないっていうのに・・)


 愕然とする彼だったが、残念ながらのんびりと呆然としている暇はなかった。


 彼の周囲の闇がぞわりと嫌な動きを見せたかと思うと、かすかな光向けて呑み込んだ影達と共に動きだしたからだ。


(ま、まさか・・)


 猛烈に嫌な予感を感じた彼のそれを肯定するかのように、先程の声の主とは違う別の悪意に満ちた声が聞こえてくる。


『わけのわからぬことをごちゃごちゃと・・貴様の声、言葉を聞いていると虫唾が走るのを止められぬ、だから・・その胸糞悪い言葉が二度と出せないように・・この超機神(マシンダー)最終奥義(ファイナルアタック)で塵となって消えうせるがいい!!』


(いけない!! その技を放たせるわけにはいかない、ボクの技で、ちょびやゆかりの恩人を傷つけさせるわけにはいかないんだ!!)


 迷いは一瞬、すぐに覚悟を決めた彼はかすかに見える光に向かってその身を走らせる。


(止める!! 止めてみせる!!)


 凄まじい勢いの疾駆、周囲を展開する闇や影がその身に纏わりつき邪魔をしようとするが、それをものともせずに走り続ける。


 光を、ただ、光の向こうにある美しい何かを守りたい一心で。


(ボクの中の『力』よ、『勇者』の力よ、ボクの残りの命を食らえ、残りの魂の炎を食らえ、その代り間に合わせろ、おまえは最強なんだろ? 無敵なんだろ? だったら見せてみろよ、殺すだけの無能な力じゃないってことを、滅ぼすだけの力じゃないってことを、示して見せろおおおおおおおお!!)


 彼の心からの咆哮に応えるかのように、身体の身体から噴き出した光は彼の身体そのものを包み込み彼を光の弾丸と化す。


『死ねっ、『魔王』!!』


「させるもんかああああああああ!!」


 光の向こう、久しぶりに現世へと帰還を果たした彼は、そこで1つ運命と邂逅する。


 これから始まる彼の人生という物語に深く関わることになる運命と。




Act.42 『復活の勇者』





 光の果て、久しぶりの物質世界・・のはずだった。


 目の前には欝蒼(うっそう)とおい茂る草木が織りなす深い緑色が支配する世界、そして、すぐ前には仇敵の背中。


 ピッタリと身体のラインがわかる深い青色のボディスーツに包まれた自分の上半身は外にでているものの、腰から下の下半身は未だに仇敵の背中の中に埋もれるようにしてくっついていて身動きが取れない。


 しかし、上半身だけでも自由に動かせることを確認した彼は、なんの迷いもなく仇敵の身体に己の両腕を巻きつけて、渾身の力を込めて締め上げる。


 すぐさまその首を圧し折ってやろうと思ったが、残念なことに長い間取り込まれ衰弱しきった自分の身体に最早そこまでの力は残ってはいない。


 だが、決して離すわけにはいかない、死んでも離すものかと残った力の全てを振り絞りギリギリと締め上げていく。


 ほんの少しでいい、ほんの少しの間でいいからこいつの動きを止めさえすれば、きっとあの声の主が決着をつけてくれるはず、この狂った暴走戦闘殺『人』鬼も、生まれながらの大量殺『人』兵器である自分も、ここにいるべきではない、諸共に今こそ天へ返るのだ。


 そう思い顔をあげた彼は、一瞬その想いを伝えることを忘れて目の前に立つものに心を奪われる。


 そこに女神が立っていた。


 まるで夜空の星をそのままつかみ取って固めたような美しい銀髪、限りなく純白に近い新雪のように白い肌、そして、夕陽のような『人』の郷愁を誘わずにいられないなんともいえない赤い色をした瞳。


 戦闘用コートのあちこちは破れている上に泥だらけ、肌が見えている顔、腕、太ももには泥だけではなく、無残に走る傷跡や、血痕も付着していたが、彼女自身が発する気高いオーラがそれ以上に美しく、彼女の美しさを全く損なわせない。


 その女神のあまりの美しさに、こんな存在がこの世にいるはずもない、ということは現世にもどってきたつもりで、自分はすでに死の世界への境界線に立っているのかとさえ思った。


 一瞬とも永遠とも思える時間、じっと目の前の女神を見つめていた彼だったが、先にその静寂を破ったのは女神のほうだった。


 女神は呆然とした表情を浮かべながらふらふらとこちらに近づいてきたかと思うと、彼に向けて口を開いた。


「あ、あ、あなたは・・誰なの?」


 音楽のように涼やかな美しい声、その声を聞いて彼は確信する、間違いない、この『人』だ、この『人』が光の主だと。


 心が急速に安らいだものになっていく、この『人』がちょびやゆかりを助けてくれたんだと。


 大丈夫、この『人』ならばきっと大丈夫だ、ちょびやゆかりのことはもう心配しなくてもいい


 そう思うと、心に温かい何かが広がっていき、一瞬その幸福な時間に身をゆだねる。 


 だが、彼はすぐに不敵な笑みを浮かべると自分の中の淡いその幸せな気持ちをすぐに握りつぶす。


 もう何の迷いも思い残すこともない、あとはこの身とこの目の前の敵を天へと返すというその一事のみ。


 彼は自分のことを美しい瞳でみつめてくる女神に心からの微笑みを浮かべてみせて、ありったけの自分の感謝の想いと決意と、そして覚悟を口にする。


「僕の弟や妹を助けてくれてありがとう、あの子達に優しくしてくれてありがとう。そして、こんな僕を助けに来てくれて、本当にありがとう。でも、もういいんだ。僕はもうそんなに生きられない、だから、お願いだ。僕が彼を抑え込んでいる間に彼諸共に、僕を滅ぼしてほしい!! お願いだよ!! これ以上誰かが僕の力で傷つけられる姿を見たくないんだ!!」

     

 悲しみではないと思うが、心の奥底から突き上げられてくる何かが彼の目から熱い液体をはらはらと噴出させる。


 やっと解放される、この呪いに満ちた苦難の『人』生から。


 さあ、終幕の時だ、必要のない登場人物は輝く主人公達にこの場を任せ、暗幕の彼方に消えるのみ。


 せっかくのクライマックスを台無しにしないために、彼は背後から仇敵の身体を締め上げる力に全力を傾けようとした。


 だが、ふと視線の端に映る女神の顔が憤怒に歪んでいることに気がつき、茫然としてしまう。


 そればかりではない、女神は烈火のごとき怒りとともに逆鱗に触れられた竜の如き様相で咆哮をあげるのだった。


「ふざけたこといってるんじゃありません!! 絶対私はあなたを助け出しますわ!! 宿難(すくな) 連夜(れんや)の妹を・・なめるんじゃな〜〜〜い!!」


 そして、まっすぐに飛びこんでくる。


 一瞬、茫然とした彼であったが、女神はトドメをさしに来るのだと察して慌てて力を込め直し、目の前の敵の動きを封じ込める。


「いまだ!! ボクごと、こいつを・・」


 そう叫び、すぐに訪れるであろう終幕の時に覚悟する彼・・だったが、飛び込んできた銀髪の女神は、敵ごと彼を貫くのではなく、彼がいる敵の背中の上によじ登ってくると、呆気にとられている彼の目の前、彼の下半身が埋まっている敵の背中に向けて、濃いい紫色に染まった左腕を躊躇いなく突き刺した。


『グオオオオオオオオッ!!』


 背中に女神の一撃を受けた敵は獣のような苦しみに満ちた絶叫を放って強烈に暴れ出す。


 だが、それでも敵は死にそうにない、しかし、確実に弱ってはいる、今なら非力な彼の腕の力でも絞め殺すことができるはず、彼は最後のトドメを刺すべく敵の首に回した腕に力を込めようとする。


 よく見ると女神が左手を突き刺したあたりから、敵の背中にドス黒い染みが急速に広がっていくのが見え、自分の下半身を拘束している何かが緩むのを感じたが、抜け出している場合ではない、この千載一遇のチャンスを活かして、この強敵を葬らなければ。


 そう思って脱出することを諦め眼前の敵を葬ろうと腕に力を入れようとしたその瞬間、彼の腕は何者かに強引に振り払われる。


 なんとそれを行ったのは、あの銀髪の女神。


 何をするんだと怒声をあげようとした彼だったが、それ以上に怒りに満ちた女神の顔、そして、その目から流れる美しい涙に何も言うことができなくなってしまって開けかけた口を再び閉ざしてしまう。


「死ぬなんて・・死ぬなんて許さないんだから!! まだ、あなた生きてるじゃない!! 生きなさい、最後まで生きなさい、生きる努力をしなさいよ!!」


 まくしたてるように一気に言葉を続けた女神は、彼の腕をがっと掴むと、華奢な身体からは到底考えられない力で彼の身体を引張りあげる。


 いくらがっちりしているとはいえ、足場がこれ以上ないというくらい悪い『人造勇神』の背中の上に踏ん張って立ち、同じくらい、いや、自分よりも大きな身体の自分を引っ張りあげようとする女神。


 無理だ、自分を助けようとするよりも、目の前の敵、『人造勇神』にトドメの一撃を放てと言おうとした彼。


 しかし、必死に自分を助け出そうとしている女神の瞳、その瞳の奥から伝わってくる温かい意志、必死にその想いを伝えようとつながった手が、腕が、彼女の目が、彼に別の決断を迫る。


 彼女の手を振り払い、己の中に宿る『勇者』の力を暴走させ『人造勇神』を巻き込んでの自爆・・だが、その想いをはるかに凌駕する女神の温かい想いが彼に別の力を与える。


 死して全てを清算する道ではなく、一瞬でも長く生きて先へと進むための力。


 彼の拘束を逃れ暴れ出そうとしている『人造勇神』に、彼は女神に引っ張られていない腕で力いっぱい肘打ちを食らわせて怯ませると、その手で敵の背中に手をついて自分の下半身を浮き上がらせる。


 そして、なんとか片足を抜きだすと、その足で力強く敵の背中を踏みつけ、腕を引っ張ってくれる女神の助けを借り、ついにその身体を完全に外に脱出させることに成功する。


 2人は激しく暴れ出した『人造勇神』の背中から転がるようにして飛び出すと、抱き合いながら地面を横にごろごろと転がって移動し、『人造勇神』の間合いから離れていく。


 そして、ある程度転がったところで身体を起こした2人は、近くにある大木の影に飛び込んで座り込み、荒い息を吐きだしながらも顔を見合せて笑みを浮かべるのだった。


「やった、やりましたわ、宣言通り、助け出しましたわよ!! ・・って、そうだ! 何が『僕を滅ぼしてほしい』ですか!! 私の前で死ぬなんて許さないんですからね!! 勝手に死のうとしないでくださいませ!!」


「あ、あの、はい。その、なんていえばいいのか・・その、助けてありがとう、女神様」


 一瞬ほっとしたような笑顔で喜びを口にした銀髪の女神であったが、すぐに彼の言葉を思い出し怒ったような表情を浮かべてずいっとその顔を彼の顔に近づける。


 彼はその美しすぎる顔が間近に迫ってどきどきしたが、はにかんだような笑顔を浮かべて素直に頭を下げるのだった。 


「うんうん、素直でよろしい・・って、め、めがっ!? 女神って誰のことですの?」


 自分の非を認めて謝ってくる彼の姿に満足そうに頷いてみせた女神だったが、彼の自分の呼び方に気がついて顔を真っ赤にして吃驚仰天した声をあげる。


「ご、ごめん、名前知らなかったから、でも、女神様にしか見えないくらい奇麗だし、他に呼び方思いつかなくて。知ってるかもしれないけどボクは四郎、ちょびやゆかりと同時期に作り出された『人造勇者』。その、よかったら、女神様のお名前を教えてもらえませんか?」


「め、めがみって、その、きれいって、あの・・そ、そんなに私奇麗じゃないですわ、って、からかってます? からかってますでしょ? 絶対私のことからかってますよね?」


「え、ううん、からかってないよ。だって、女神様みたいに奇麗な『人』みたことないもの。って、そんな夜空の星を固めたみたいに輝く銀髪も、そんな夕日みたいに奇麗な赤い瞳も、何よりもそんな虹色のオーラを持った『人』なんてボクは今までみたことがないです。本当に女神様じゃないんですか?」


「ち、違いますわ、違いますわ、ただの『人』ですわ、スカサハ・M・スクナー。鈴音中学校3年生、15年間一度も女神なんてなったことないですわ」


「う、嘘だ、絶対そんなわけない、ただの『人』って・・女神様、ボクをからかってます? からかってるでしょ? 絶対ボクのことからかってますよね?」


「からかってませんわ・・はっ、あなたこそ、そういって実は私をからかうためのネタ振りってやつなんでしょ? 騙されませんわよ、ちょびくんから『通転核』式のボケツッコミってやつをちゃんと教えてもらってるんですからね!!」


「な!? そ、そんなことしない!! だ、だって素直に奇麗なものを奇麗って言ってるだけなのに、女神様は・・スカサハはとっても奇麗だよ!!」


 物凄い大真面目な表情を浮かべて断言する彼・・四郎の様子に全く嘘を言ってる感じはなく、目の前でそういうことを言われてしまった銀髪の女神、スカサハは顔をこれ以上ないというくらい顔を赤くして、しきりに身体をモジモジとさせる。


「そ、そんなこと真正面から言われても・・どうしたらいいかわからないっていうか・・」


「あ、あの・・なんだかわからないけど、ごめん・・」


「いや、その、う、嬉しいのは嬉しいのであって、ただ、どう反応したらいいのか・・私こそごめんなさい」


「いやいや、ボクが・・」


「いえいえ、私が・・」


 いつの間にか向かい合わせで正座した2人は、互いの手を取り合って俯き加減な様子になり、上目遣いでお互いをちらちらと見つめては視線を合わせて慌ててそらす、また視線を合わせては慌ててそらすということを繰り返す。


「ロムさん、もう、僕ら帰ってもいいんじゃないですかねぇ」


「まあ、そう言うなって、微笑ましくていいじゃないか。死ぬの生きるのってやられるよりはよっぽどマシだ」


「「!?」」


 すぐ近くから聞こえてきた声の方に慌てて2人が視線を向けると、『神秘薬』の入った小瓶を口にくわえてぐびぐび飲みながらこちらに近づいてくるバグベア族の少年ロムと、合成種族(キマイラ)の少年士郎の姿が。


 しばしぼう〜っと近づいてくる2人を見つめていたスカサハと四郎だったが、すぐにお互いがしっかり両手を掴んでいることに気がついて慌てて手を離す。


 そして、真赤になった顔を隠すように下を向いて俯いていたが、そんなスカサハの側によってきたロムはその傷だらけの手をスカサハのほっそりした肩にのせて、温かい笑みを浮かべて見せる。


「よくやったな、スカサハ。見事だったぞ」


「そんな・・でも、自分の役目を果たすことができてよかったですわ」


 言葉そのものは少なかったが、その言葉にのせられた想いは非常に強く、大好きで尊敬してやまない兄の真友に心から褒められて、スカサハははにかみながらも誇らしげな表情を浮かべて見せる。


 一方、その隣ではなんとも懐かしそうな笑顔を浮かべた士郎が、久しぶりに会う弟と抱き合って再会を喜んでいた。


「久し振りだね、四郎、無事でよかった」


「それはこっちのセリフだよ、百合姉さんがなくなってすぐ研究所を飛び出していっちゃって・・ちょびもゆかりもボクもどれだけ心配していたか・・」


「うん、それはもう十分2人から聞いて知ってる。ごめんね、心配かけちゃってさ」


「ううん、いいよもう、兄さんが元気そうなのは見ただけでわかったし、それに今、幸せなんだね」


「わかるの?」


「わかるよ、あのころの兄さんってかなり荒んでいたもの。でも、今の兄さんは活き活きしてて、以前よりもずい分柔らかい感じになったし・・そうだ、ちょびやゆかりは今兄さんと一緒にいるの?」


「うん、まあね。でも、ここじゃないよ、ちゃんと今は安全なところに匿っているから安心していいよ」


「そっか、2人共やっぱり無事なんだね・・よかった・・」


「ああ、これが終わったらすぐに一緒に会いに行こう、きっと2人共首を長くして待ってるはずだから」


 ずっと気にかかっていた弟と妹の消息を実の兄からはっきりと聞いて、安堵の笑顔を浮かべた四郎を、士郎は一点の曇りもない優しい笑顔を浮かべて見つめる。


 しかし、その笑顔に対し、四郎は朧げで儚げな笑顔を浮かべて見せるとゆっくりとその首を横に振ってみせる。


「ううん、兄さん、ボクは行けないよ。でも、ちょびやゆかりが元気だってはっきりわかってよかった、それに兄さんともこうして会えたしね」


「何、言ってるの四郎? そんなに場所遠くないよ?」


 怪訝そうな表情を浮かべてくる士郎の顔をしばらくじっと見つめていた四郎だったが、やがてゆっくりとその手の平を士郎の前に持って行って見せる。


「手? 手がどうし・・な、なんで!?」


 一瞬、四郎のとった行動の意味がわからなかった士郎であったが、その手の平のあちこちに走る無数のひび割れに気がついて愕然とした声をあげる。


「もう・・ボクには時間がないから・・わかるでしょ? タイプゼロツーに取り込まれていた時間が長過ぎたんだ、もうボクの身体の生命エネルギーは限界。もうすぐ燃え尽きる」


「嘘だ!! そんなバカな話があってたまるか!! やっと、やっと会えたのに!!」


「そうだよ、やっと会えた。兄さんに会うことができた、ちょびやゆかりが元気だってこともわかった。ありがとう兄さん、ここまで来てくれてありがとう」


「ふざけんな、今すぐ死ぬみたいなこというなあ!! そんな遺言みたいなこと口にするんじゃない!!」


 今にも消えてなくなってしまいそうな、それでいてとてもとても優しい笑みを浮かべて自分に抱きついてくる四郎を、士郎は乱暴に引き剥がすと激しい怒りに満ちた瞳で睨み返す。


 そんな兄に困ったような悲しげな表情を浮かべていた四郎だったが、やがて何かにはっと気がついてそちらに視線を移す。


 そして、その目に映る光景にこれから起こるであろう災厄を予想し、慄然とした声をあげる。


「兄さん、別れの言葉も言ってられないみたい・・はじまったよ・・」


「はじまったって・・何が?」


「『害獣化』だよ、『人造勇神』タイプゼロツーの意識が呑み込まれる・・あいつは・・『害獣』になる!!」


「な、なにぃっ!?」


 慌てて弟が見つめる方向に視線を向ける士郎、士郎ばかりではない、横で2人の話を聞いていたロムもスカサハもそろってその方向へと視線を走らせる。


 四郎を奪還したあと、獣のような呻き声をあげて地面をのたうちまわっていた『人造勇神』タイプゼロツーであったが、よく見るとその身体は徐々に肥大化して巨大な姿になりつつあった。


 今のところ、物凄い苦しみようで、相変わらず地面の上をのたうちまわっていることからこちらに襲いかかってくる様子はないが、徐々に変化を続けるその姿は紛れもなく『害獣』のそれ。


「あ、あれの変化が完全に完了したら・・」


「こっちに襲いかかってくるだろうな、だが、こっちとしては当初の目的である四郎の奪還を果たした今、奴と無理に戦う必要性は全くない。あとは中央庁の専門家や、『剣風刃雷』のメンツに任して俺達は撤退だ」


「ですね、『害獣』なんかとやったって勝ち目ないですもんね。そういうわけで、とりあえずこの森から撤退するよ、四郎・・って、四郎!?」


 ロムとそう言って目配せし、頷きあった士郎であったが、ふと横を見ると助けたばかりの弟の姿がない。


 それどころか、自分の腰に差していた肉切り包丁までもがなくなっているではないか。


 いやな予感がして慌ててキョロキョロと周囲を見渡した士郎は、『害獣』化しようとしている『人造勇神』タイプゼロツーに突進していく四郎の姿を発見して愕然とした表情を浮かべる。


「し、四郎、な、何やってるんだよ、君は!?」


「ごめん、兄さん。ごめんね、本当にごめん。でも、ボクにできることってあとはこれくらいしかもう残ってないから・・その、ボクに言えた義理じゃないけど、ちょびやゆかりのこと・・よろしくね。2人共ほんとにさびしがり屋だから、兄さんが守ってあげてね」


「バカヤローーーーー!! ヤメロオオオオ!!」


 疾駆している途中振り返って申し訳なさそうな表情で悲しげにつぶやく弟の姿に、士郎は一瞬呆気に取られて棒立ちになってしまったが、すぐに我に返るとその後を追って走り始める。


 だが、まるで『超加速(アスラーダ)』を発動させた『人造神帝 七星龍王(X−カイザー)』のような凄まじいスピードであっという間に『害獣』化途中のタイプゼロツーの巨体に肉薄した四郎は、兄から奪い取ってきた肉切り包丁をその巨体に叩きつける。


「今度こそ決着をつけよう、タイプゼロツー!!」


『グオオオオオオオン、グオオオオオン!!』


 最早『人』としての意識が残っていないのか、獣の咆哮をあげ続ける『人造勇神』タイプゼロツー。


 いや、もうそれは『人造勇神』タイプゼロツーでも、『人造神帝 七星龍王(X−カイザー)』でもない、それは間違いなく、紛れもなく・・『害獣』であった。


 金色の獣毛、人食い肉食猿マンイーターマンドリルに似た凶悪な頭部にはヤギのような2本の巨大な角、大型トラックほどもありそうな巨体。


 吠えるその一声一声で魂ごと押し潰されそうになり、その放つ獰猛極まりないプレッシャーはその姿を見ずしても相手を圧倒させる。


 だが、そのとんでもない相手を目の当たりにしていながら、四郎はまるで怯む様子もなく、凄まじいスピードで戦場となる森の中を駆け抜け、暴れまわる『害獣』の攻撃を全て回避し、その手にした凶器で必殺の一撃一撃を的確に『害獣』の急所めがけて叩きつけていく。


 その攻撃力はまさに伝説の『鬼神』、その機動力はまさに伝説の『武王』


 いいや、違う、それのいずれとも違う、彼は、彼こそは全ての超越者達の頂点に君臨する戦闘力を与えられし正真正銘の『化け物(モンスター)』、生きる絶対無敵の大量殺『人』兵器。


 『勇者』。


 人間の秘密結社『FEDA』が、それと知らずに偶然生み出してしまった恐るべき破壊の化身、絶対死滅の権化。


 こんな『力』欲しくなどなかった、他の生き物を殺し滅ぼすだけ、ただそのためだけに存在する恐るべき『力』。


 誰のためであってもこんな『力』振いたくもない、使いたくもない、持ち続けていたくもない・・だけど、やっと解放される、もう誰も傷つけずに済む。


 ただし、最後に1度だけこの『力』を振う。   


 四郎は己の魂が最後の力で燃え上がるのを感じながら、その手にした肉切り包丁を縦横無尽に振い続ける。


「ボクと共に、天へ還れ、『人造勇神』ゼロツー!! ボクも、君も、この世には・・必要ない!! ボクの『勇者』の力も、君のその『害獣』の力も、『人』の手に余る、こんな『力』、こんな『力』・・必要ないんだよおおおおおお!!」 


『グアアアアアアアッ!!』


 四郎の執拗な攻撃に体中の至る所から緑色の血を噴出させる巨大猿の『害獣』、だが、流石『世界』最強の生物というべきか、ただ暴れまわるだけにしか見えなかったその攻撃は、やがて徐々に四郎の華奢な身体に届き始める。


 その剛腕から繰り出される一撃は旋風を纏い、その凶悪な風の刃が、少しずつ四郎の身体に赤い裂け目を作り出していく。


 腕に、足に、身体に、そして、顔に。


 だが、四郎は止まらない、まともにあたれば塵も残さず砕けて散るであろう凶悪極まりない攻撃の合間を縫い、そして、正真正銘の必殺の一撃を繰り出すべく、己の全力をそこへ注ぎこむ。


 もう後戻りはない、一撃の果ての向こうに生は必要ない、ただ、そのとき、その瞬間まで燃え続けてくれと願い、彼は吠え猛る。


「ボクの残りの命の全てを吸って力と成せ『勇者』の『力』!! 全てを砕け、全てを斬り裂け、眼前に立ちふさがる強大な敵を天に還せえええええええええええ!!」


 闇を切り裂く一筋の光、完全に『害獣』化する寸前の不安定な状態の相手だったのが幸いだったのか、それとも彼の最後の命の灯火に彼の中に眠る『勇者』の力が応えたのか。


『ガッ!!・・』


 彼の力の全てを乗せた肉切り包丁の縦一文字の一撃は、『害獣』の頭から尻まで突きぬけて両断する。


「し、四郎おおおおおおおおおっ!!」


 弟が己の最後の命の炎をかけて放った一撃を見て、士郎はそのあとに訪れる永遠の別れを察して悲痛な叫びをあげる。


 四郎は肉切り包丁を振り下ろした状態でしばらく止まっていたが、士郎の声に気がついてのろのろと顔を後ろに向ける。


 そして、淡い笑みを浮かべて最後の別れの言葉を口にしようとした。


 だが、そのとき・・


『・・グオ・・グオオオオオオオオッ!!』


「な・・なんだ・・って」


 両断されて、右半身と左半身がそれぞれ片足で立っているだけの状態となり、明らかに絶命している思われていた『害獣』の右半身の目に、突如として光が宿ったかと思うと、その腕を無造作に真下にいる四郎へと繰り出したのだ。


 最早、残っていた命の炎のほとんど全てを使い果たし、自らも天へ還る時を待っていた四郎にその一撃を避ける力はもう残ってはいない。


 自分に迫る死神の鎌にも似た『害獣』の一撃を、ぼんやりとした表情で眺め見つめていた四郎だったが、不思議と怖くはなかった。


 やるべきことは全てやった、心配していたちょびやゆかりも安全な場所にいるとわかった、それに大好きな兄がこれから2人の側にいてくれるであろうということも知った。


 十分だ、十分すぎるほどだ、もうなんの悔いもない・・


 ただ、欲を言うなら、あのスカサハという女神の少女のことが知りたかった。


「もうちょっと・・スカサハとお話したかったかな・・」


 無念が口から言葉になって紡ぎだされる。


 自分は結構女々しいなと苦笑する四郎であったが、迫りくる『害獣』の一撃に目を閉じ己の最後を受け入れようとする。


 だが、その横合いからまたもや思いもかけぬ声が響き渡り、彼を死の淵から無理矢理引きずり起こす。


「『人』の名前を勝手に出して、死のうとしないでくださいませ!! 不愉快ですわ!!」


 『害獣』の一撃が四郎の身体をぺしゃんこに叩き潰そうとしたその瞬間、横から伸びてきた長く太いロープのような何かが四郎の身体に巻きついて掴み上げ一気にその危険地帯から離脱させる。


 何かに宙に持ち上げられながら呆気に取られている四郎の視線の先に、右半身だけで剛腕を振り回している『害獣』めがけて真っすぐに突っ込んでいく『人』影が見えた。


「よくやった、スカサハ、あとは任せろ・・ヴァルヴァルヴァルヴァルヴァルゥゥゥゥゥゥ!!」


 獣の咆哮をあげ『害獣』の膝裏めがけて強烈なタックルを食らわせた『人』影・・バグベア族のロムは、たまらず倒れ込んでくる『害獣』の後頭部のほうに凄まじい勢いで移動すると、猿のようにその身体を駆け上がり、スカサハから受け取ってまだ無事なもう一本の片手剣を腰から引き抜くと、倒れていくその『害獣』の勢いそのままに『害獣』の目にその切っ先を押し付ける。


「オオオオオオオオオッ!!」


『グギャアアアアアアアアッ!!』


 水が満タンに入った風船を突き刺したような嫌な感触と共に、片手剣は『害獣』の目を貫いて柄まで深々と埋まり込み、ロムは倒れ込んだ『害獣』の上に立っていることができずにたまらずそこから転げ落ちる。


 ある程度予想していたため、すぐさま受け身を取りそのまま横に転がって衝撃を逃がしたあと、その転がった反動を使って立ちあがったロムは、目を失って暴れまわる『害獣』から距離を置こうとした。


 だが、『害獣』の腕の長さはロムの予想以上に長く、間合いをあけようと一瞬周囲に視線を走らせたそのときに無茶苦茶に振りまわした『害獣』の剛腕がロムの頭上に振り下ろされてくる。


 咄嗟に身体を動かすことができず、両腕を交差し『凶戦士(ベルセルク)』の能力をフルパワーで発揮させてその一撃を受け止める。


「ぐおっ!!・・」


 ズンッという凄まじい衝撃が体にのしかかり、押し潰されそうになる。


 ロムは奥歯を食いしばり、全身の筋肉をフル稼働させて自分を押しつぶそうとする力に抗い続ける。


 しかし、『害獣』の力は圧倒的で、『凶戦士(ベルセルク)』の力を全開で使っていても全身の筋肉が悲鳴をあげちょっとでも気を抜けば押しつぶされてしまう。


「こいつは・・きっついなあ・・だが!!」


 ロムは知っていた。


 自分が1人ではないことを。


 烈風を纏い音もなく近づいてきた影が、美しい弧を描いて宙を舞う、そして、その身体から放たれた緑色の閃光が走り抜けたとき、ロムを押さえつけていた『害獣』の拳から嘘のように力が抜けて軽くなる。


「たすかった・・ぜ!! 士郎!!」


「遅くなってすいません、ロムさん。こいつめちゃくちゃに暴れまわるものだから近づけなくて・・」


 刃となった士郎の右腕は、ロムを押しつぶそうとしていた『害獣』の腕の肘の部分を両断。


 切り落とされる形となった『害獣』の肘から拳までの腕を、横手に放り投げたロムは、駆け付けてくれた頼りになる合成種族(キマイラ)の少年に男臭い笑みを浮かべて見せる。


「ったく『害獣』てのは、どこまで生命力あるんだよ。両断されても生きてるなんてありか?」


「まあ、『世界』そのものの尖兵ですからね、なんでもありなんでしょう・・それにこいつは普通に生まれた『害獣』じゃないですしね」


「そもそも『害獣』ってのはどうやって生まれているんだ? 俺達みたいに雄と雌がいたりするのか?」


「さあ、わかりませんけど・・」


 かなり動きが緩慢になってきたとはいえ、まだ動き続けている『害獣』から、目を離さないように少しずつ間合いをあけていくロムと士郎。


 そんな2人の戦いを遠くで見守っていた四郎が何かに気がついて叫び声をあげる。


「兄さん、ダメだ!! あいつはまだ死んでない!! それどころか・・」


「「ええっ!?」」


 四郎の言葉に慌てて横たわる右半身の『害獣』と、立ったままの左半身の『害獣』に視線を走らせたロムと士郎は、そこに信じられないものを見て驚愕に目を限界まで見開かせる。


「う、うそだろ、おい」


「冗談きつすぎる・・」


 ロムと士郎が見守る中、左半身の『害獣』の身体がボコボコと波打っていたかと思うと、その腹のあたりの皮膚を突き破って『人』型をした何かがぽとりと地面に投げ出される。


 手足はもちろん、ちゃんと頭や胴体もある『人』の形をしているのだが、まるで昆虫のサナギのようなグロテスクな姿をしていて、その肌は不気味な焦げ茶色。


 それは2人が見守る中ゆっくりと立ち上がったかと思うと、キョロキョロと周りを見渡していたが、やがてその頭の部分にあたるところにゆっくりと大きな空洞が広がっていき、そして・・


「あれ・・やばいよな」


「やばいですよね、ってか、なんとなくどういう攻撃にでるかわかっちゃいました、僕」


「奇遇だな、俺もだ」


 ロムと士郎は冷や汗を垂らしながら顔を見合わせると、慌ててその耳を塞いでその場にしゃがみこむ、その次の瞬間。


『イヤアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


「ぐおおお・・」


「うぎぎぎ・・」


 凄まじい超音波にも似たそれの絶叫に、成す術もなくロムと士郎は完全に動きを封じ込められてしまう。


 しばらくの間、その場で耳を塞いでうずくまり難を逃れた2人であったが、気がついた時にはそいつの姿はどこにも見えなくなっていた。


 呆気に取られてサナギ『害獣』のいたあたりを見つめる2人だったが、しかし、殺気がまだ消えてないことを感じて周囲に慌てて視線を走らせる。


 だが、その殺気の主は別の所にいた、地面に倒れ込んだ『害獣』の右半身が先程の左半身同様にうごめいているのだ。


「おいおいおいおい、冗談ほんとにきついぞ」


「いやいやいやいや、冗談ではすみそうにないっす」


 ジリジリと後退し始めた2人の前で、突然『害獣』の身体が内側から弾けて飛ぶ。


 すかさず素早いバックステップを繰り返して間合いを外していく2人の目の前で、巨大猿型の『害獣』右半身から現れたのは、同じくらいに巨大な真っ黒いうなぎのような『害獣』。


 ぬめぬめと気持ち悪く光る細長い胴体からは水かきのついた4本の短く太い足が突きだしており、その長い首を持ち上げてしばらく周囲を見渡していたウナギ型『害獣』は一声大きく吠えると、ロム達に背を向けて河があると思われる方向に向けて猛然と走っていってしまった。


 てっきりこちらに襲いかかってくると思っていただけに『害獣』の行動はあまりにも予想外で、その後ろ姿を見送ったロムと士郎はなんともいえない複雑な心境で顔を見合わせると、同時に深い溜息を吐きだした。


「終わったと・・思っていいんですかね、ロムさん?」


「俺達の仕事はな。あとは中央庁のプロのみなさんにお任せするさ・・あれはもう『人造勇神』ってやつじゃねえ、紛れもない『害獣』だからな。違うか?」


 『人造勇神』に対して特別な思い入れを持っていた士郎に対し、暗におまえの追うべき相手はもうどこにもいないという意味を込めて言葉を口にしたロムだったが、目の前の年下の少年はその言葉の意味をわかってくれたようで、物凄い複雑な表情ながらどこかほっとした笑みを浮かべてロムを見つめ返してきた。


「いえ、そうですね。僕の中での決着はこれで・・これでいいんですね」


「ああ・・そもそも、おまえにはこれから連夜を手助けして生きていくっていう大事な『道』があるだろうが。感傷に浸ってる暇はないと思うがな」


「ですね、やることいっぱいです」


 泥と血と汗にまみれた同じような顔をお互い見合わせたロムと士郎は今度こそ屈託のない笑みを浮かべて声をあげて笑いあう。


 だが・・


「ダメだ!! あいつを放置したままじゃダメなんだ!! お、追わなきゃ・・追ってあいつを倒さないと・・は、放して、そして、ボクを行かしてほしい・・頼む・・」


 決死の、しかし、あまりにも弱々しい声に2人がそちらに視線を向けると、そこには9本首の龍であるヒドラに姿を変えたスカサハに捕まえられ持ち上げられている四郎の姿があった。


 顔色はすでに真っ青になっており、じきにその命の炎が尽きるのは誰の目にも明白。


 ひょっとするとすでにその意識はなくなりかかっているのかもしれず、いま口にした内容も混濁する意識の中で無意識に口走ったものなのかもしれない。


 ロムと士郎はあまりにも痛々しい少年の姿に思わず目を背けそうになる、少年が先程口にしていた通り、四郎の命はもう燃え尽きようとしていたのだった。


 かわいい弟の死を覚悟し士郎は思わずその唇を噛みしめる。


 だが・・


『何度言えばわかるんですの!? 私の前で勝手に死のうとしないでくださいませ!!』


 9つの蛇の首が一斉に同じ言葉を紡ぎだし、四郎の身体に巻きついている首の1つがくるくるとその身体を抱えたまま丸まっていき、その背中の上で団子のようになる。


 いや、その1本だけではない、他の首も同じように次々とくるくると丸まっていき、とうとう1本だけ首を残して他の8本は四郎の身体を完全に覆い隠し、その背中の上で巨大な蛇団子のようになってしまう。


 その姿はまるで龍の姿をしたかたつむりだ。

 

 四郎は力の入らなくなった身体をその蛇の群れの中に力なくぐったりと横たえる。


 こうなってしまってはもう一度立ち上がることは最早できないだろう、最後にあの『害獣』に一太刀なりとも浴びせたかったが、この身体ではどのみちそれも敵わなかったに違いない。


 薄れゆく意識の中、暗闇に目を凝らすとぼんやりとそこに光る何かがあることに気づく。


 そちらに視線を向けてみると、そこにはあの美しい女神が上半身だけを出してこちらに近づいてくるのが見えた。


 そして、温かい腕で自分の身体をそっと抱き寄せて、抱き締めてくれる。


 ほのかに漂う金木犀の香り、柔らかい腕や胸、優しい笑み、自分の中に何か温かい何かが流れ込んでくるのを感じた四郎はいよいよ自分は死ぬのだと思い、淡い笑みを浮かべて目の前の女神を見つめる。


「1人で死んでいくのはやっぱり怖いから、そうやって側にいてくれると安心する・・ありがとう」


 なんとも言えない最大級の感謝の想いを言葉に乗せて、口にした四郎。


 今生の別れに女神の一番奇麗な笑顔が見たい、そう思った四郎だったが、予想に反して女神は物凄い怒りの表情を浮かべたかと思うと片手を離して力一杯自分の頭を殴りつけてきた。


「い、痛っ!! ちょ、な、なにするんですか!?」


「何回も何回も何回も、死ぬ死ぬって!! 勝手に私の前で死ぬことは許さないって何度言わせば気が済むんですの、あなた!? そんなに死にたいんですの!?」


「そ、そういうわけじゃないんですけど、でも、ボクの命はもう尽きかけて・・」


「死にません!! 少なくとも、この『ヒドラ』の名を持って生まれてきた『魔王』たる私の腕の中にいる限り、あなたは死にませんわ!! 『ヒドラ』の名を持つ私に与えられた能力は無限の再生力。どれほど傷つき壊れた肉体であってもそのものが持つ寿命が来ていない限り、私の中で再生させることができる。まあ、ただし、治るまでの間私の中にずっといなければいけませんけどね」


「あ、あ〜そうなんですか、なるほど、『魔王』だったんですか・・って、ま、『魔王』!? いや、女神でしょ? 女神の間違いじゃないんですか?」


 しばし、スカサハの言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまった四郎だったが、その意味がはっきりとわかると、それが信じられず驚愕の表情を浮かべて思わず聞き返す。


 その四郎の様子をなんとも複雑極まりない顔で見つめ返してたスカサハだったが、やがてわざと悪役らしい妖艶な笑みを浮かべてみせると精一杯の威厳をみせつけるような声音で四郎に話かける。


「いいえ、間違いではありませんわ、私はスカサハ・メドューシアンヒドラ・スクナー。エキドナ・スクナーの娘、『魔王』の血を引き継ぎ、『魔王』として生きるもの」


「え、そ、そうなんだ。あの・・『魔王』って、みんなそんなにびっくりするくらいかわいくて奇麗なんですか?」


「か、かわっ!? き、きれっ!? そ、そんなこと・・知りませんわ、お、お母様は確かに私よりも奇麗ですけど・・」


「えええっ!? ス、スカサハよりも美人なの!? そんなバカな!? スカサハって、十分『人』の想像をはるかに超える絶世の美少女だと思うけど、それよりも奇麗なの!?」


「ぜ、ぜっせ!? し、四郎、あなた、やっぱり私をからかってますでしょ、絶対からかってますわね!!」


「からかってないよ!! そもそもスカサハ以上に美人なんてありえないよ、それこそ嘘だよ、信じられないよ、スカサハこそボクをからかってるでしょ!?」


「からかってませんわ、からかってるのは四郎ですわ!!」


「いいや、絶対スカサハだよ、ボクが世間のこと何にも知らないと思ってからかってるんだ、そうに違いない!!」


「四郎ですわ!!」


「スカサハだよ!!」


 そんな感じでしばし睨みあっていた2人だったが、やがて四郎がふいっと視線を横にそらしてしまう。


 不審に思ったスカサハが上からその顔を覗きこんでみると四郎の顔はこれ以上ないというくらい真っ赤になっていて、しきりに顔を背けてスカサハに見えないようにする。


「ど、どうしましたの?」


「い、いや、その・・やっぱりスカサハって女神だよ・・間近でみたら、やっぱり壮絶にかわいいし奇麗だもん」


「にゃ、にゃあああっ!!」


 四郎の言葉に顔を真っ赤にして物凄くあたふたするスカサハ、そして、四郎が四郎で居心地悪そうに限界まで身体を反らせて真っ赤になった顔を見せないようにジタバタともがく。

 

 蛇団子が作り出した内部の治療空間の中でしばし意味なくジタバタしていた2人だったが、やがて、先に我に返ったスカサハが四郎の身体を強引に再び引き寄せて抱きしめる。


「ほ、ほら、じっとしてないと治せませんわ。ただでさえ、あなたは衰弱しきっているんですからね」


「あ、あの・・すいません」


「謝らなくていいですから、ほら、もっとこっちに身体を寄せてください」


「う、うん・・あの、スカサハ・・」


「はい?」


「ありがとう・・」


「はい・・ほら、目を瞑ってちょっと休んでくださいませ、どのみち私はずっとあなたの側にいますわ」


「うん・・おやすみ、女神様」


「おやすみ、四郎」


 今度こそ優しい笑顔を浮かべて見せてくれたスカサハに、心からの笑みを浮かべて返した四郎はまどろみの中へと意識を沈めていった。


 そんな四郎の身体を愛おしそうにスカサハはぎゅっと抱きしめ続ける、暗闇の中でいつまでも。





「ロムさん、もうマジで帰りましょうよ、本気であほらしいんですが」


「そうだなあ、流石の俺もこういう少女漫画っぽい展開はどうにも照れるというか・・」


 側の大木の切り株に座りこみ、物凄くうんざりした表情を浮かべて顔を見合わせるロムと士郎。


 その2人の会話が耳に入った『ヒドラ』姿のスカサハは、残った1本の首をわたわたと振り回す。


『ちょ、ぬ、盗み聞きするなんて、ひどいですわ!! セクハラですわ!!』


「いや、そんなこと言ってもすぐ側なんだから、丸聞こえじゃん。むしろわざと聞かせていたのかと思っちゃったよ、僕は」


『そ、そんなわけないでしょうが!! もうもう、士郎のバカーーッ!!』


「うわわわ、そんな巨体で暴れないでよ、あぶない!! あぶないってば!!」

 

 ドスドスと足を踏み鳴らすスカサハから必死に逃げ回る士郎。


 そんな年少組の様子をぼんやりと見つめていたロムは、思いだしたようにぽつりと呟くのだった。


「あ〜、腹減った」


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