Act.38 『半人機』
将
団の将となったハイエルフ族の少女フレイヤは、かなり焦っていた。
視界が悪いのは今に始まったわけではない。
元々生い茂る雑草や、密集して林立する木々のせいで遠くを見通すことはひどく困難なことではあったのだ。
だが、事態はさらに最悪な状況になってしまっている。
いつの間にか周囲は深い霧に覆われ、気がついた時には数歩先ですら見えなくなってしまっっているほどひどくなっていた。
今回のターゲットである『人造勇神』と、現在たった2人で交戦中であるはずの盟友 宿難姉弟と一刻も早く合流するべく森の中を疾駆していた『剣風刃雷』の面々だったが、先程からたちこめはじめた霧のせいで、さしもの城砦都市『嶺斬泊』屈指の傭兵旅団といえども速度を大幅に落とさざるを得なかった。
「さっきまで晴れていたし、天気予報でも霧が出るなんて一言も言ってなかったのに・・」
深い溜息を一つ吐き出して憂いの表情を浮かべるフレイヤを、横を走る風狸族の少女メイリンがなんとも言えない厳しい表情を浮かべて見つめる。
「フレイヤ・・ううん、団長代理、さっきから私気になっていたんだけど」
「うん、なにかしら、メイリン?」
「この霧、おかしくない?」
言葉を紡いだあと不可解極まりないという表情を浮かべて周囲を見渡すメイリンの姿に、フレイヤはその表情を引き締め緊張を高める。
風狸族という種族特性からか彼女は異変を感じ取る力が他の団員の誰よりも強い。
旅団の歌い手であり、歌の力で旅団の戦闘能力を底上げするということが彼女の主な役割でその力で旅団に大いに貢献している彼女であるが、その異変を感じ取る力でも何度も旅団の危機を救っているのだ。
そのメイリンがおかしいといってるということは・・
フレイヤはすぐ様決断すると立ち止まり、団員に指示を出し始める。
「みんな、ストップ!! バーン、いつでも防御陣を張れるように周囲に注意を向けて!! メイリン、防御力底上げの歌を!! ジャンヌ、広範囲殲滅用の『突風』属性の『弾丸』で周囲の霧を晴らすことができないかやってみて!! リエ、もし索敵技術が使用可能なら周囲を探ってみて頂戴、ランは私達の護衛を!!」
次々と仲間達に指示を下しながら、フレイヤは愛用の杖を背中から取り出すと翼のレリーフが先端についた杖をスライドして二つに折って見せ、その空洞となっている部分に三本の薬瓶をセットして再び杖の形状に戻して、自らの前に掲げて見せる。
「我が信頼する仲間達に、大いなる護りの祝福を与える、勅令 巨鎧 発動!! 勅令 大盾 ・・」
「その決断は見事・・よくこの霧が人為的な物と見破ったな。如何にもこの霧はゼロセブンの能力が1つ東方野伏技術 『妖霧幻惑陣』によって作り出したもの。悩み疑って時間を無駄に使うことなく、すかさず状況を判断して対応するところは流石音に聞こえし傭兵旅団『剣風刃雷』といったところだろうが・・しかし!!」
そう言って仲間達に防御道具術を付与しようとしたフレイヤであったが、横合いから別の声が割って入る。
「回転式変異機構籠手 変異準備!! 銃弾選択 高機動型半人機!! 変異銃撃!!」
「きゃああっ!! ま、まぶしい!!」
どこからともなく若い男性とも女性とも思える雄叫びがあがり、防御道具術をまさに発動させようとしていたフレイヤの目に眩い光が飛び込んできて、一瞬視界を奪われ詠唱が中断してしまう。
パニックに陥りそうになる心を必死に自制しマインドコントロールで落着きを取り戻すと、杖をかざして防御を固めながらフレイヤはゆっくりと視力がもどるのを待つ。
視力が徐々に戻ってくると周囲の状況が確認できるようになり、フレイヤは状況をすぐさま把握するために視線を仲間達に向ける。
白い甲冑姿で旅団の盾であるダークエルフ族の少年バーンは白いヘルメットにあらかじめ内蔵されている対閃光兵器用サングラスで無事だったらしく慌てることなく周囲を警戒中、旅団の重要なアタッカーの1人で、バーンと同じダークエルフ族の少女ジャンヌは、目をこすりながらも手にしたライフル型の大型『銃』を手放すことなく油断なく構えやはり周囲に注意を向けている、自分のすぐ横に立つ風狸族のメイリンは地面に座り込んでしまっているリエとランの2人の少女を気遣い2人を自分の背中に庇うようにして立っている。
「メイリン、2人は置いといてすぐに『原初の歌』を歌って頂戴!! 敵はすぐ側にいるの・・」
「その通りだ」
メイリンを叱咤しておいて自分も防御道具術を再び詠唱しようとしたフレイヤであったが、突如自分のすぐ側から聞こえてくる声に戦慄する。
ババッと声のした右隣りに顔を向けたフレイヤは、自分のすぐ目の前に『人』影が立っていることに気がついて背中から大量の冷や汗を拭き出させる。
金色の髪と黄色いマフラーを風にたなびかせ、黄色の大きなボタンが四つ胴体についた真っ赤なバトルスーツに黒い指抜き手袋と、黒いブーツを身に着けて立つその人物は、髪と同じ金色に光る目を真っすぐにフレイヤに向けている。
「な、なな、何者・・」
「お初にお目にかかる『剣風刃雷』の諸君。僕は君達が探している『人造勇神』タイプゼロツー・・いや、今は『人造神帝 七星龍王』と名乗っているがね」
Act.37 『半人機』
「なぜ・・ここに?」
「教えてあげてもいいのだが、すぐにあの世に行く君達にとってはあまり意味はないだろう? 早速だが、行くぞ『剣風刃雷』・・『超加速』 『始動』!!」
カッと眼を見開いて雄叫びをあげる七星龍王の姿に、フレイヤの生存本能が最大限で警鐘を鳴らし、フレイヤは迷うことなくそれに従ってまさかの時の為にセットしておいた虎の子の防御道具術を惜しげもなく発動させる。
「勅令 超絶鋼機剛体 発動!!」
間一髪、術が発動して効果を発揮した直後、フレイヤの身体はとてつもない衝撃を受けて宙へと舞っていた。
『フレイヤァァァァァァァァ!!』
宙を舞いながら仲間達があげる悲鳴をどこか人ごとのように聞いていたフレイヤであったが、吹っ飛ばされた先にあった大木に身体を叩きつけたのを最後に意識を手放す。
すぐ横でそれらを見つめていたメイリンは、全身が恐怖で総毛立つのを止めることができなかった。
見えなかった。
フレイヤの身体が何かに吹っ飛ばされて宙を飛ぶ様をすぐ横で見ていたというのに、フレイヤが何をされて宙を飛ぶことになったのか、まったく見えなかったのだ。
メイリンが確認できたのは、七星龍王が雄叫びをあげた直後、その姿がぶれる様に見えたかと思うと完全に見えなくなったところまで。
直後にはフレイヤの身体はすでに宙を舞っていた。
「い、いったい何がどうなって・・」
混乱する頭と動揺する心で半ばパニックになってしまっているメイリンであったが、その生来の世話好きで優しい心から後輩のリエとランだけは守らなければと2人を自分の背中にかばい両手を広げて立ち続ける。
そんなメイリンに死神の死刑宣告が・・
「弱者を守るその精神やよし。しかし、力なき者がそれを行ってもただ『無力』なだけと知れ」
「そ、そんな・・」
突風がメイリンの前を吹き抜ける。
メイリンはフレイヤと同じように自分の身体が宙を舞うと覚悟し、目をつぶって腹に力を入れ衝撃に備える。
一瞬遅れて『ガンッ!!』という金属を叩く打撃音が森の中を響き渡る。
いつまでたっても死神の鎌が振り下ろされる様子はないことを不審に思ったメイリンが恐る恐る眼を開けてみると、目の前には白い甲冑姿の頼もしい友人の姿が。
「バーン!!」
「好き勝手やってくれるじゃないか、『人造神帝 七星龍王』。どういうからくりか知らないが、私の防御陣の中でこれ以上勝手な真似はさせない!!」
方形大型盾で七星龍王の拳の一撃を防いでみせたバーンは、盾ごしに見える七星龍王を睨みつけながらその盾を持つ腕に力を入れて全力で押し返す。
七星龍王はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら後方に飛び退ると、腰を低くした構えを取りその握った右拳をバーン達へと向ける
バーンはそんな眼前の強敵から目を離さないようにしつつも、若干の気を自分の背後にいるメイリン達に向ける。
「メイリン、リエ、ここは私に任せてフレイヤのところに行ってやってほしい!! ラン、奴は僕が押さえるから君は隙を見て攻撃、ジャンヌはかく乱を・・」
「バーン、防御態勢を取れ!! 来るぞ!!」
フレイヤに代わってとりあえずの指示を飛ばそうとしたバーンだったが、後方から様子を伺っていたジャンヌが七星龍王が発する不穏な気配を感じて叫び声を上げ、それに応じてすかさず右手に持つハンマーを振り回す。
「オオオオオオオッ!! やらさない!! やらせはしない!! 『鉄球防御陣』!!」
柄の部分からじゃらりと伸びた鎖とその先に取り付けられた鉄球が、とんでもない力で振り回すバーンの絶妙なコントロールと相まって鉄壁の防御陣を生み出す。
流石の『人造神帝 七星龍王《X−カイザー》といえども近づくことはできない・・と、旅団員の誰もがそう思ったが。
白い甲冑姿のバーンと対峙している七星龍王の顔に焦りは全くない、むしろ余裕たっぷりの笑みを浮かべて見せると明らかに嘲笑を含んだ調子で口を開く。
「見事な防御陣だ。研究所を脱出した当初の僕なら攻めあぐねていただろうが・・ゼロナインの力を少々甘く見過ぎだな。一応聞いておくことにしよう、傭兵旅団『剣風刃雷』が誇る鉄壁の守護者よ。僕の今の姿の持ち主、『人造勇神』タイプゼロナインは、君達のボス龍乃宮 詩織と、宿難姉弟、それにガイ・スクナーの力を結集してようやく倒すことができたほど、僕ら『人造勇神』の中でも屈指の実力の持ち主だったんだが・・御存じだったかな?」
「な、なにぃっ!?」
七星龍星の言葉に驚愕の声をあげるバーン。
その様子を残忍極まりない笑みを浮かべて見つめていた七星龍王だったが、おもむろに表情を引き締めると冷徹な声で戦闘再開のゴングを鳴らす。
「では、覚悟を決めるがいい、行くぞ!! 『超加速』 『始動』!!」
「例えおまえが司令官をてこずらせた相手だったとしてもそんなことは関係ない!! 私が作り出す鉄壁の防御陣貫けるものなら貫いて見せろ!!」
七星龍王の声に応じて雄叫びをあげたバーンは振り回す鉄球の回転を更にあげ、その燃え立つ闘志と怒りで防御力を最大まで引き上げる。
だが・・
『パキーーンッ!!』
「な、なんだとおっ!?」
右手が急に軽くなったことに気がついたバーンが鎖の先へと視線を向けると、そこには乾いた音と共に砕け散って宙で飛散する鉄球の姿が。
「如何に凄まじい勢いで回転する鉄球と言えど、『超加速』を発動させ、『ゼロの領域』に踏み込んだ僕には牛よりも鈍間なただの鉄の塊だ。そして、それは鉄球に限ったことではない」
驚愕の声を上げて呆然とするバーンに、姿の見えない七星龍王の声だけが響き渡る。
バーンはその声を探すようにキョロキョロと周囲に視線を走らせるが、姿はおろか影すらも見つけることができない。
「無駄だよ。いくら探しても君達には僕を視認することはできない。そして、僕の拳もね・・行くぞ!!」
気合いの入った声と共にザンッという何かを踏みしめる音が森の中に響いたと思った瞬間、バーンは自分の身体にとてつもない衝撃を感じ、そして、それを知覚した時にはすでにその身は宙を舞っていた。
まるでスローモーションのように宙を舞う最中、ふと顔を横に向けたバーンは自分の両隣をメイリンとジャンヌも飛んでいることに気がつく。
バーンは思うように動かぬ身体をなんとか動かして右手に持つ鎖を振り廻すと、2人の身体に巻きつけて引っ張り、自分の腕の中に2人の身体を抱き寄せる。
「2人とも奥歯を食い縛れ!!」
「「バーン!!」」
身体を走る激痛をこらえながら、自分達を庇うように抱きしめる白い甲冑姿の少年に声をかける2人だったが、次の瞬間、大木に激突しバーンはそのまま下へ。
2人は激突こそ免れたものの力尽きたバーンが抱きしめていた手を放したため、地面を転がっていく。
不幸中の幸いというべきか、歩くのには適さない雑草が欝蒼と生い茂る地面が、このときはクッションとなって2人が受けるはずだった衝撃を和らげてくれ、フレイヤの時と違い、2人はなんとか自力で起き上がる。
「グ、グググ・・や、やっぱり何をどうされたのかさっぱり見えなかった・・ジャ、ジャンヌ・・い、生きてる?」
「・・な、なんとかな、バーンが・・庇ってくれたおかげで・・致命傷を負わずに済んだ・・それにしてもちくしょうが!! バーンは!? バーンは大丈夫なのか!?」
そう言って2人はキョロキョロと周囲を見渡し白い甲冑姿の少年を探す。
すると、一本の大木に寄りかかるようにして坐りこむ少年の姿を見つけ、2人はほっと安堵の息を吐きだしかけたが、よくよく少年の姿を見てみると、右足は通常ではありえない方向に折れ曲がってしまっており、左手はだらりと力なく垂れ下がってしまっている。
「ば、バーン、大丈夫!?」
地面を這うようにしてメイリンが少年に近づくと、少年は自嘲気味の笑みを浮かべながら曖昧な頷きを返す。
「大丈夫といえば大丈夫だし、大丈夫じゃないといえば大丈夫じゃない」
「ど、どっちよ!?」
「見ての通り死んではいないが、右足は折れてしまったし、左手は脱臼してしまって動かない。今の私はただの役立たず、足手まといだ」
「そんな・・」
冷静に状況を分析し首を横に振って自分がすでに戦力外であることを告げるバーンを、絶句して見つめるメイリン。
しかし、そんなメイリンの肩にまだ動く右手をそっと添えたバーンは、強い意志の宿る瞳で彼女をじっと見つめ返す。
「私のことはこの際どうでもいい、メイリンもジャンヌもまだ動けるのなら、リエとランを連れてここから一時撤退するんだ。そして、司令官やガイさんと合流しろ。いや蒼樹と紗羅の2人でもいい、ともかくどちらかの力を借りなければあいつは止められない」
「何言ってるのよ、バカッ!! 本職の『療術師』には遠く及ばないけど、これでも多少は『回復術』が使えるんだから!! ちょっと黙ってて、すぐに動けるくらいにはするから」
「時間がないんだ、メイリン!!」
ポケットから『回復薬』を取り出して使用しようとしているメイリンの腕を、たくましい右手でガッと掴んで止めたバーンは、必死の様子でメイリンに訴える。
「君の気持ちはありがたいが、私が多少動けるようになってこのままここにみんなで留まったとしても事態はなんら改善されない。残念なことだが、今のあいつの動きについていける者が私達の中にはいないんだからね。このまま戦ったとしても揃って討ち死にが関の山だ。それなら、一縷の望みをかけて、奴と対等に戦えるだけの力を持った司令官達か、紗羅達を呼んできてくれるほうがいいんだ。わかるだろ、メイリン?」
「だって・・そんな・・そんな選択私にはできない・・できないよ」
「・・メイリン」
今までこれほどの窮地に陥った経験を持たないメイリンは、バーンが迫る非情の決断を下すことができずとうとう泣きだしてしまう。
顔を覆って泣きじゃくるメイリンを、途方に暮れた表情でしばし見つめていたバーンだったが、すぐに視線を横にいる同族の少女ジャンヌに移す。
すると、彼女は肩から下したライフル型の大型『銃』で七星龍王がいたと思われるところめがけて集中的に乱射を繰り返し、少し離れたところで背中合わせになって七星龍王と戦いを繰り広げているリエとランを援護していた。
「おい、バーン。逃げるだけなら、あたしとメイリンだけ逃げれそうだけど、あの2人を連れて逃げることはできないみたいだぜ・・やっこさん、これだけ『銃』を乱射して挑発しているのに全くこっちの誘いにのってきやがらねえ。あたしの勝手な推測だけどさ、あいつどうもあの2人を狙ってるみたいにみえる」
「なんだと!?」
苦々しい表情を浮かべながらも、それでも弾幕を張り続けるジャンヌの言葉にバーンは目を剥いて激闘続く方向へと視線を向ける。
確かに、嵐のような乱射銃撃を行っているジャンヌに対して七星龍王が向かってくる様子はなく、むしろ銃撃の合間に時折ブレルようにして姿を現す七星龍王の視線は、旅団の新米姉妹の2人に注がれているのがかろうじて見て取れた。
理由はわからないが、とにかくこのままでは旅団の中でも特に戦闘能力の低い2人が餌食になるのは時間の問題。
バーンは、泣きじゃくっているメイリンへと再び視線を戻す。
「メイリン、とりあえず、私の身体を動ける程度に治せるならやってみてくれ!! リエとランが狙われている!! このままでは離脱どころの話じゃない!!」
その言葉にはっと我に返ったメイリンが視線をジャンヌが銃撃している方向に向ける。
するとそこでは、目でとらえきれない七星龍王の攻撃から必死に姉のリエを守り続けているランの姿が。
「り、リエ!! ラン!!」
思わず胸元で握り拳を作り、悲鳴にも似た叫び声をあげるメイリン。
七星龍王の苛烈な攻撃を、左手に装備した小型円形盾でかろうじてランが防ぎ、防ぎきれずにどんどん傷ついていく身体をリエが片っ端から治すことでなんとかもっているがその防御が崩れるのは最早時間の問題。
メイリンは慌ててバーンの方に振り返るとバーンの身体を回復させようと、術式の発動に入る。
「急いでくれメイリン!! もう時間がない!!」
「わかってる!! わかってるわよお!!」
手にした『回復薬』を素手のまま握って術式を唱え続けるメイリン。
当たり前であるが、フレイヤやリエが装備している専用の術式増幅能力を持つ両手杖にセットしているわけではなく、本職の『療術師』でもないメイリンが行う術式であるから、発動までに時間がかかるしその効果も劇的なものではない。
勿論そのまま『回復薬』を飲んだり、かけたりである程度の回復ができないわけではない。
しかし、今回の場合、骨折、脱臼といった飲んだだけでは回復しない症状を持つバーンの身体を回復させるためには、どうしてもそのまま使うだけでなくその効果を増幅、強化させる術式による回復が必要なのだった。
心臓停止や首を断ち切られるなどでもない限り、大概の傷を一気に治療回復することができる『神秘薬』があれば話は別であったが、その原材料の『神酒』の仕入れ先である城砦都市『アルカディア』との交易路が封鎖状態になっている今、この奇跡の回復薬は彼らの手元に来ていなかった。
一応、一般には公開されていないが、一部の勇気ある冒険者達が封鎖されている交易路を突破して大量の『神酒』を城砦都市『嶺斬泊』内に運び込むことに成功したことをメイリン達は知っていたが、同時にそれらを使って『神秘薬』が現在製造途中であることも知っていた。
『嶺斬泊』の錬金術師や薬師達が、都市中央庁の直々の勅令で総出で作成にかかっているのだが、何せ製作が難しい薬であることと、必要としている部署が非常に多いことから中央庁直轄部隊と言えどもすぐには回してもらうことができなかったのだ。
こんなことになるとわかっていたら、司令官の龍乃宮 詩織のコネをフルに利用させてもらってどうやっても手に入れていたのだが、旅団にはフレイヤという稀代の『療術師』が存在していたことで完全に油断していたのだった。
焦りで震えながらも間違えないように術式を完成させつつあるメイリンの側で、ジリジリとしながらも己の身体が回復するのをジッと待っていたバーンだったが、隣で銃撃による援護を続けていたジャンヌの舌打ちする声に顔をあげる。
「くそったれ、『弾丸』切れだあっ!!」
「な、なんだとおおっ!!」
「もう、弾幕を張れない、逃げろ、リエ、ラン!!」
離れたところで激闘を繰り広げている姉妹に対し、悲痛な絶叫をあげるジャンヌ。
しかし、その言葉通りに離脱を許してくれるような甘い相手ではない、バーンはすぐにでも2人の姉妹を助けに飛び出していきたいが、未だに治らぬ骨折したままの足と脱臼したままの腕では思うように身体を動かすこともできず、目の前で治療を続けてくれるメイリンに焦れたように声をかける。
「く、くそおおっ・・メ、メイリン、まだか!!」
「は、話しかけないで、集中が!!」
バーンに話しかけられて危うく術式を途中で中断させてしまうところだったメイリンだったが、なんとか持ちこたえて術式を続行させることに成功するものの、やはりまだ術式が完成するまでには明らかに時間がかかる。
そして、その時間の遅れやがて形となって現れる。
必死に防戦を続けていたランの小型円形盾が、七星龍王の一撃で粉々に弾けて砕ける。
「きゃ、きゃああああっ!!」
なんとか一撃を防ぎきっては見せたものの、その衝撃までは殺し切ることができず後方にて回復の援護を続けていた姉のリエを巻き込んで後方へ吹っ飛ぶラン。
『リエッ!! ラン!!』
2人の姉妹の絶対絶命のピンチに叫び声をあげるバーン達だったが、そんなバーンの想いを嘲うかのように2人の姉妹の前に姿を現し、七星龍王は悠然と歩みよって行く。
「あの龍乃宮 詩織という龍族だけでも許しがたいのに、今度は麒麟種が2人もか。『世界』に『異界の力』という疫病をまき散らす寄生虫め。そんなに『異界の力』が大事か? 元々この世界にはなかった『力』、それをあたかも己が全知全能の神にでもなったかの如き傲慢極まりない態度で世界中にばら蒔き、『世界』を崩壊させようとした愚か者達の末裔め。貴様らはこの『世界』に必要ない。貴様ら上位種族こそが、本当の『害』なるもの、すなわち、『悪』だ!!」
地面にへたり込む2人の姉妹を傲然と見下ろしながら、そう言い放つ七星龍王は、握りしめた右拳をゆっくりと振りかぶる。
「今こそ朽ちよ、『異界の力』を垂れ流す寄生虫ども!! 見よ、これがゼロナインのフィニッシュブロー!! 『王者Jの黄金の連打』!!」
七星龍王の右腕に収束した眩いばかりの凶悪な光が、2人の姉妹を冥界へと導く地獄門の扉を開く。
流石のバーン達も、七星龍王が今まさに放とうとしている奥義が紛れもなく必殺のものであると悟り、なんとか2人の元に駆け出そうとするが絶望にも似た重い何かが3人の身体を縛り身体を進ませない。
そして、お互いを庇い合うように抱き合う2人の姉妹に、死を招く光の拳の十連撃が襲いかかる。
「光となって散れえええええええええええええええっ!!」
「ラン!!」
「お姉ちゃん!!」
狂気の咆哮と、絶望の絶叫が響き渡るなか、2人の小さな体は光となって天へと召される・・はずだった。
だが
『ヴァルヴァルヴァルヴァルヴァルウウウウウウウウウウウッ!!』
狂気の咆哮を真っ向から打ち消す侠気の咆哮。
突如2人の前に現れた野獣が、狂気の拳のことごとくをその剛腕で防いで弾き飛ばす。
「な、なんだとおおっ!? ぼ、僕の『王者Jの黄金の連打』を防いだだとおっ!?」
「自分勝手な『正義』をべらべらしゃべってんじゃねええええええええっ!!」
己の必殺奥義を破られて驚愕の声をあげる七星龍王の懐に迷わず踏み込んだ野獣は、その華奢な身体めがけてとんでもない威力を込めた体当たりを敢行する。
「吹っ飛べええええええっ!!」
「あ、『超加速!! ば、バカな、ま、間に合わな・・グッハアアアアアアッ!!」
超加速能力で、野獣の体当たりを避けようとした七星龍王であったが、まるでそれを見越していたかのような絶妙なタイミングで突っ込んできた野獣の肩が七星龍王の腹を抉り込むように突きあげ、木の葉のように吹き飛ばす。
「な、なぜだあああああっ!?」
絶叫を上げて宙を舞う七星龍王を睨みつけながら、野獣は天高く吠える。
「『人造勇神』とやら、是が非でも返してもらうぞ。貴様が奪った俺の大切な真友の家族をな!!」
宿難 連夜の頼れる真友 バグベア族の闘士ロスタム・オースティン・・参戦!!