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恋する狐は止まらない そのじゅうに

「葛城についてですか?」


 私の問い掛けに対して、旦那様は少し小首を傾げながら少し戸惑った表情を浮かべて見せ、目の前で眠る黒髪の麗人と私とを交互に視線を走らせたあと、短い溜息を一つ吐き出して私に視線を固定する。


「僕にわかる範囲になりますけど、それでもいいですか? なんせ葛城とは中学校時代の3年間しか付き合いがありませんから、その前のこともその後のことも知りません」


 旦那様は困ったような表情を浮かべて私を見た。


 私は旦那様から視線を外し、私と旦那様の目の前にひかれた布団の中ですやすやと眠っている黒髪の麗人に視線を向ける。


 旦那様との死闘の果てに、壮絶なゴキブリ地獄に叩き落とされたこの目の前の『人』物は、私が連れてきたお義父様達の手によって無事救出されたわけであるが、救出されたときにはゴキブリ達に全身をたかられて気絶してしまっており、つい先程まで特殊な薬品で全身を洗浄された上で、カダ老師の検診を受けていたのである。


 いや、もうその姿といったら凄絶というか気持ち悪いとしかいいようがなくて、その姿を見た旦那様は、またもや小川に撒き餌をばらまくところだったんだけど、ともかく、そんな姿にされてしまった当の本人は、もう完全に意識を失っていて一向に目が覚める気配がない。


 いや、それどころか横になっている今もかなりうなされていて、しきりにうわごとで『黒い・・黒い悪魔が・・ねばっこいのいや・・とんでくるのいや・・せまいよ・・くらいよ・・こわいよ・・』と、ひどくうなされ続けているのだけど・・


 しょうがないから、一番近くの家であるカダ老師の家に運びこませてもらったんだけど、いや、もうともかく大変だったわ。


 で、なんで、この『人』物のことを私が旦那様に聞こうとしているかというと、勿論、この『人』が旦那様を襲撃した『人』物であるっていうことも理由の一つであるけれども、何よりも気になって気になって仕方ないのは、旦那様とこの『人』との関係が気になるからだ。


 だって・・この『人』・・『女』だったんだもん!!


 胸はぺったんこだし、男みたいな筋肉ついているけど、下はばっちり何もついていないのを確認したのよ、私!!


 え? やらしいな、おまえって?


 ば、バカ言わないでよね!! 私だって確認したくなかったけど、着替えさせたりするのを手伝ってくれって言われてしょうがなかったのよ!!


 『狐』の姿なんだから無理って言ったんだけど、この姿でも結構器用に立ちまわれることはバレちゃっているから、言い逃れできなかったのよん。


 まあ、そういうわけで、この葛城(かつらぎ) 獅郎(しろう)って『人』が男の振りをした女だってことがわかったわけなんだけど、そうなると、旦那様とこの『人』との意味深な会話の意味とかが気になって気になって仕方なくなってしまったのよ。


 ってことで、旦那様、ちゃんと説明してください。


「あ〜、う〜、わかりました。でも、本当に大したことは知らないんですよ・・」


 カダ老師の住居にある四畳半の一室に寝かされている葛城さんの蒲団の横にきちんと正座して、葛城さんの額にぬれたタオルを置き直してあげていた旦那様は、私の言葉に困惑した表情を浮かべた。


 だけど、すぐに私の身体を抱きよせて、その頭を膝の上に乗せたあと、優しく撫ぜてくれながら話始めてくれたわ。


「葛城と初めて出会ったのは、中学校1年生の時です。城砦都市『通転核』から出てすぐ近くに森がありましてね。そこに薬草を取りに行ったのですが、運悪く『害獣』に出くわしてしまいまして。一生懸命逃げたのですが、とうとう追いつかれてしまい、危うく食べられちゃうところだったんですけど、そこに颯爽と現れた葛城が『害獣』を倒してくれたので、僕は一命を取り留めたというわけなんですよ」


 え、それじゃあ、葛城さんは旦那様の命の恩人ってことですか?


「そうです、葛城がいなかったら、僕はここにはいなかったでしょうねえ・・」


 私の問い掛けに対し、旦那様はどこか遠いところを見詰める表情を浮かべると、旦那様の膝の上に乗せている私の頭を優しく撫ぜ続ける。


 そうかあ、じゃあこの『人』には感謝しないといけないですね。


 って、あれ?


 ところでなんで、この『人』旦那様を狙っているんですか?


 やっぱり、『勇者の魂』ですか?


「ええ、そうなんです。そのときは知られていなかったんですが、後になってそのことがバレテしまってからは、僕を狙うように・・それまではそれなりに仲良くしていたんですけど」


 膝の上から旦那様の顔を見上げてみると、本当に寂しそうな表情を浮かべているのが見えた。


 そんなに『勇者の魂』って、大事なものなんですね・・大きな力って『人』を狂わせるのね。


「ええ、権力、財力、異界の力、そして、『勇者の力』・・大きな力を持ったとしても、それに溺れることなく本当に使いこなせる『人』なんてほんの一握りいるかいないかなのに、それでも『人』はそれを追い求めるんですねえ」


 旦那様はそれを捨てちゃったわけですけど、後悔してませんか?


「全然。あっても邪魔なだけです。本当に必要なものは、もう僕の手の中にあります。あとは失わないようにがんばらないと・・というか、がんばりますね」


 そう言って旦那様は深い愛情のこもった視線で私の顔を見詰める。


 私もがんばりますから。


 私がそう言うと、旦那様はにっこり笑って頷き返す。


 大丈夫、ちゃんと私達は本当に大事なものがなんなのかわかっているから。


 でも、この『人』はそうじゃないんだろうなあ。


「そうですね。以前ちらっと葛城から話を聞いたことがあるんですが、『正義』の為に、力が欲しかったって・・当時言っていました」


 『正義』か・・


 何の為の、誰の為の『正義』だったんだろ?


「さあ、僕にはわかりません。それは葛城だけにしかわからないでしょうね」


「・・いい加減なこと言うな。全部わかっているくせに・・本当に君は嫌な奴だ」


 沈痛な顔をして首を横に振って見せていた旦那様だったけど、すかさずその言葉を否定する声があがる。


 驚いて旦那様の膝から顔を上げてみると、目の前で眠っていたはずの葛城さんが、いつのまにか目を開き、こちらに顔を向けていた。


 その表情は今にも泣きそうな、それでいて怒ったような、複雑な表情。


「『人』が寝ていると思って、都合のいいように勝手に話を作らないでくれ、宿難(すくな) 連夜(れんや)


 え? 作らないでって・・嘘ってこと?


 ま、まさか旦那様が私に嘘を言うなんてそんなことは・・って、そっぽ向いてるし!!


 コラッ!!


 ちゃんとこっち向いてください、旦那様!!


「え〜〜。嘘は言ってないですよ〜」


「確かに嘘は言ってないが、肝心な部分を全てはぐらかしてるじゃないか!!」


「ほほお、では、僕がどうはぐらかしているというのだね、葛城(かつらぎ) 獅郎(しろう)くん」


 布団の中から涙目になって噛み付くように怒り声を上げる葛城さんだったけど、旦那様はむしろ面白そうにそんな葛城さんを見詰める。


 私の目の前でしばし睨みあう様に見詰めあっていた二人だったけど、意外なことに視線を先に外したのは葛城さんだった。


 葛城さんはなんだか悔しそうな寂しそうな表情を一瞬見せたかと思うと、くるっと私達に背中を向けてしまう。


 その後しばらく誰もしゃべらない無言の間が続いたけど、やがて、葛城さんがぼそっと聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。


「もういいよ、宿難。もう十分だよ。わかっていたよ。君がわざと僕の茶番にずっとずっと付き合ってくれていたことは・・」


 葛城さんの言葉を聞いた旦那様はちょっと困ったような表情を浮かべると、ぽりぽりと自分の頬をかいてみせる。


「別に茶番とは思ってなかったけどね。真剣に勝負を受けていたんだけどなあ」


「よく言うよ、いつも余裕だったくせに」


「いやいや、ただの人間の僕にはいつもギリギリの勝負だったよ。いつもかち合わないように逃げようとしていたんだけどねえ」


「嘘をつくなよ、宿難。『面倒くさい』『あいつが来る前に離れよう』なんていいながら、結局君は僕が来るまで待ってて、最後まで相手してくれたよな。君の判断力からすれば、僕が現れるまでに撤退するなんて簡単にできただろうに、律儀に逃げられなかったふりまでしてさ」


「そんな面倒くさいことしません。たまたまです。君だって今日たまたま僕の居場所を掴んだわけでしょ? 僕だってそういうたまたまがあるんですよ」


 そんな感じでしばらく二人は問答を続けていたけど、やがて、葛城さんがくるっとこちらにまた顔を向けた。


 綺麗なその黒い瞳からははらはらと涙が流れていて、その潤んだ瞳をじっと旦那様のほうに向ける。


「本当は・・本当はさ、知っていたんだろ? 今日僕が何をしにここに来たのか?」


 震える声で葛城さんが問い掛けると、旦那様はすっとまた顔を逸らしてしまった。


「そんなこと知らないって。宿敵にそういう弱味を見せてどうするのさ? 君は『正義』のスーパーヒーローなんだろ? 伝説の『怪物(フランケンシュタイン)』なんだろ? 亡き友達の『正義』貫くんじゃないの? そういうの君らしくないぜ」


「君は・・知って・・いるんだろ? もう・・もう、僕が『人造勇神』じゃないって・・ことを・・いや、ごめん、ついさっきやっとわかった。あのとき君が僕にしてくれたことの意味・・馬鹿だ・・僕は本当に馬鹿だった・・」


 そこまで言ったところで、葛城さんは泣き崩れてしまい言葉を続けることができなくなってしまった。


 ずっとそっぽを向いたままだった旦那様も、流石に顔を葛城さんのほうに向けて、しばらく葛城さんを見つめる。


 だけど、やっぱりまた顔を背けてぶっきらぼうな口調で・・でも、物凄く優しさのこもった口調で話しかけた。


「なんか、勘違いしてるよ、君は。・・僕は何もしてないけど、なんなんだよ、いきなり泣き出して・・もうさ、僕に負けたことがショックで混乱しているんだろうけど、ちょっと寝なさい。僕、タオル用の氷水変えてくるから。玉藻さん、すいませんけど少しの間葛城のこと見ててください。すぐもどってきますから」


 と、旦那様は氷水の入った洗面器を持つと、怒ったような顔をして部屋からスタスタと出て行ってしまう。


 その旦那様の後ろ姿を物凄く悲しそうな表情で見送る葛城さん。


 あまりにもその姿がかわいそうだったものだから、私は葛城さんの寝ている蒲団を前脚でぽんぽんと叩いてあげる。


 大丈夫、あの様子は怒ってないですよ、多分照れているだけなんです。


 え、なんでそんな優しい言葉を旦那様を殺そうとした相手にかけてあげるのかって?


 いや、確かに葛城さんは旦那様に危害を加えようとしていた相手なんだけどさ、旦那様との今のやりとりで心底も大体わかっちゃったからさ・・


 私に声をかけられた葛城さんは、びっくりしたような表情を浮かべて私を見つめる。


「狐殿は宿難の身内の方ですか?」


 ええ、家内です。


「ああ、奥さんですか・・って、ええっ!? お、奥さん!? 宿難の奥さんって、お嫁さんですか!?」


 私の返事に吃驚仰天した葛城さんは、布団を跳ね除けて飛び起きると、正座してマジマジと私の顔を見詰める。


「し、失礼ですけど、じょ、冗談ではないですよね?」


 まあ、お気持ちはわからないでもないですけど、冗談ではないですね。


 正真正銘、私は宿難 連夜の妻、玉藻と申します。


「あ、ああ、そうですか・・あの、改めまして、葛城(かつらぎ) 獅郎(しろう)です」


 それこそ狐につままれたような顔をして、わかったようなわからないような態度のまましどろもどろに自分も自己紹介してくる葛城さん。


 そのまま私達はなんともいえない微妙な空気の中見つめあっていたんだけど、やがて葛城さんが気まずそうに声をかけてくる。


「あの、僕が怖くないんですか? 宿難を・・あなたの夫を殺そうとした相手ですよ? それにあなた達からしてみれば我々『勇者』は殺『人』鬼同然。そんな相手と二人きりにされてよく平気でいられますね」


 まあ、それはそうなんですけど、葛城さんは全然怖くないですね。


「それはまたなぜ?」


 惚気に聞こえるかもしれませんが、うちの旦那様はかなりの心配症です。


 私に万が一でも危険があると判断した場合は私の側を決して離れませんし、恐らく全力でそれを排除しにかかるでしょう。


 にも関わらず、席を立ってあなたと二人きりにしたということは、取りも直さずあなたがもう排除すべき敵ではないと判断されたってことです。


 それにね、私、あなたが旦那様に会いに来られたわけが大体わかってしまったから。


 だから別に怖いとは思いませんわ。


「わ・・わかったんですか?」


 私の言葉に葛城さんの美しい表情が目に見えて引き攣る。


 追い詰めるつもりはないんだけど、やっぱりこういうことははっきりさせておいたほうがいいから、私は言葉を続けることにした。


 葛城さん・・旦那様に殺されるためにここにやっていらしたんでしょ?


「・・なぜ、そう思うんですか?」


 最初から、二人の戦いって結構変でしたよね。


 葛城さんて戦闘力が相当にあるはずなのに、わざと攻撃を外していたし、足なんか無茶苦茶速そうなのにわざと追いつかず隙をみせまくり、あげくの果てに旦那様の質問にはいちいち律儀に答える。


 それにあの決着がついたときの葛城さんの様子・・


 あれだけ、旦那様が目の前に罠があることを匂わせてしゃべっているにも関わらず、葛城さんたら自分から突っ込んで行きましたよね?


 これだけ状況証拠があれば、嫌でもわかります。


「す、宿難も気がついていたんでしょうか?」


 それはもう間違いなく最初からね。


 というか、あのとき旦那様が仰っていたの覚えていらしゃいます? 


 葛城さんの相手だけは自分がしなくてはいけないから、ずっと葛城さんがここを訪れるのを待っていたって。


 あれって、もうずいぶん前から葛城さんの覚悟を予想していらっしゃったんじゃないかしら。


 最初から御二人の戦いを見ていたわけじゃないから断言できませんけど、私が見始めたときにはもう旦那様はわざと葛城さんに致命傷を負わせるような策を仕掛けようとしていませんでしたしね。


 それに最後の罠。


 あれ、葛城さんを殺さないように、怪我をさせたりしないように、だけど、確実に戦闘不能にするために用意していたんでしょう。


 旦那様は全部わかっていらっしゃっていたんでしょうねえ・・わかっていたから葛城さんを殺さないように捕まえる方法を考えていたんですわ。


「やっぱり・・そうですよね」


 私の言葉を聞かなくても多分わかっていたんだと思うけど、葛城さんは膝の上に置いた握り拳を更にぎゅっと強く握り締める。


 ねえ、葛城さん?


「え、あ、は、はい、なんでしょう?」


 もしよかったらなんですけど・・ほら、葛城さんがさっき旦那様に仰っていらっしゃいましたよね、肝心な部分をはぐらかしているって・・葛城さんから見た主観で結構ですから話してくださいませんか?


 本当のところはどうだったのかって。


「僕と宿難の出会いの話ですか?」


 ええ、それと葛城さんが『勇者の魂』を狙っていたのかどうかも。


 だって、肝心の葛城さんは旦那様に殺されようとしていたのに、『勇者の魂』を狙っていたとかいうのって辻褄が合わないですもの。


 折角ご本人がいらっしゃるわけだから直接聞いてみたいなって。


 ダメですかね?


「いえ、あの、話します・・むしろ、聞いてください、僕の話を」


 そういって、背筋を伸ばし居住まいを正した葛城さんはまっすぐに私を見つめて話始めた。


「宿難が僕と出会ったときの話をしていましたよね・・あれからお話したいと思います。確かに宿難の言っていた通り、僕と宿難が出会ったのは『通転核』近くの森の中。そのタイミングも宿難が言っていた通りで、彼が『害獣』に襲われているところに僕が『人造勇神』の姿で割って入ったのがそもそもの出会いです」


 じゃあ、そこは間違ってないんだ、やっぱりそのとき旦那様は葛城さんの助けてもらったんですね。


 そう言って私がなるほどと頷いてみせると、葛城さんは自嘲気味に笑って首を横に振ってみせる。


 え、違うの?


「違います。確かに僕は宿難を助けるために『害獣』の前に飛び込んでいきましたが、倒せるとは思っていませんでした。なぜなら、そのとき僕はもう死にかかっていたからです」


 えええええっ!! 伝説の『勇者』なのにですか? 不死身の『怪物(フランケンシュタイン)』なのにですか? それなのに死にかかっていらしたんですか?


「『害獣』の能力を付与するための実験と強化改造を繰り返し、明らかに自分の許容範囲をオーバーして『人造勇神』への変身をし続け『害獣』と戦い続けた結果、僕の身体はボロボロになっており、宿難と出会ったあのときにはもう身体の組織崩壊が始まっていました。なんせ僕が生み出されたのは500年以上も昔のことです。いくら保存状態がよかったといえど、くたびれた骨董品であることに違いはありませんでしたから・・そもそも僕の身体は一度死んだ人間の体で構成されていますし・・」


 ああ、そうだった。


 『怪物(フランケンシュタイン)』って死体を使って生み出されるのよね。


 でも、見た感じ葛城さんって死体って感じしないわ・・明らかに生きているってわかるもの。


 さっき身体を触ったときも温かかったし、血色もいいし肌はすべすべでハリもすごいし・・


「あの・・そのことも今からお話する部分に関わってくるんですが・・当時の僕はほぼ死体が動きまわっているようなものでした。身体は冷たく、死んだばかりの人間のように土気色の肌をしていて・・自分で自分の姿を見ても気持ち悪いと思う姿でした」


 し、信じられない・・すっごい美形なのに


「ともかく、僕は偶然宿難が『害獣』に襲われているのを目撃し、自分の身体が壊れて消えることを覚悟で『害獣』に向かっていきました。まあ、結果は言わなくてもわかっていただけると思いますが、めちゃくちゃのボロボロにやられました。でも、宿難が・・襲われていた少年が逃げることができるだけの時間を稼ぐことができたのなら、それでいいと・・そう思っていたんですが・・」


 あ〜、わかった。


 旦那様は逃げなかったんでしょ。


「はい・・むしろ、どうやってだか未だにわからないのですが、『害獣』をその場に足止めしておいて、僕を大牙犬狼(ダイアウルフ)の身体に乗せるとその場から見事に撤退してのけたのです。助けに入ったはずの僕が、逆に助けられてしまって・・しかも、安全な場所まで逃げきった宿難は僕の身体を治療までしてくれました」


 やりそう・・旦那様ならやってのけそう。


「でも、当時の僕はプライドの塊で・・いや、つい最近までもそうだったんですが、助けるべき相手に助けられて、しかもそれが自分よりも弱そうな相手だったことが余計に腹が立ってしまって、『余計なことするな!! 僕一人でも倒せたものを!!』って言っちゃったんです・・そしたら、宿難はこう言ったんです。『自分よりも弱い相手に助けられる『人』に命かけられて助けられたとしても迷惑なだけなんだよね。もうちょっと『人』として成長してからそういうセリフ言ってくれる?』って」


 うっは、旦那様きつい!!


「悔しかった・・その後もさんざん言い争いをしたんですけど、やがて、僕の態度に相当腹を立てたらしい宿難がこれ見よがしに何かの宝石のようなものを見せつけて、目の前で僕の身体の心臓近くに埋め込んだんです。そのとき『害獣』の傷が癒えていなかった僕は動くことができず、されるがままになっているしかなかったんですが、それを埋め込んだあと宿難はこう言いました。」







『今埋め込んだものが何かわかる? わからないよねえ、君にはさ。あのさ、僕って物凄いいじめられっこなわけ。いじめられていじめられて育ってきたからさ、いじめっこの匂いがすぐわかるんだよね。君ってさ、物凄い執念深そうじゃない。で、助けてあげたっていうのに仕返しされたらたまらないからさ、保険を掛けさせてもらったから。』


『ほ、保険? い、いったい何を埋め込んだんだ君は!?』


『きょうせ〜すっぱだかそうち〜』


『はあっ!?』


『うん、だからね、強制的に素っ裸になる装置。君が変身して、555秒間の変身可能時間を過ぎて尚変身を続けていた場合、素っ裸になって放り出されるから』


『な、な、な、なんだとおおおおおおっ!!』


『しかも変身を繰り返す度にその時間は短縮されていきます。最終的には変身後すぐに素っ裸になることに・・』


『ちょ!! ま!! そ、そんなとんでもないものを『人』の身体の中に、おまえ!!』


『ふっふっふ。いいじゃない別に、素っ裸になったって死ぬわけじゃないんだから。それともなに? 君ってよっぽど自分の身体に自信がないわけ? あ〜ん、なるほど、確かに自信がなくなるような身体だもんねえ、しょうがないっかあ、あっはっは』


『・・こ、殺す・・絶対、君だけは殺してやるからな、宿難(すくな) 連夜(れんや)!!』






 だ・・旦那様、鬼ですか・・それは流石に怒って狙い続けるわ。


 ご、ごめんなさい、葛城さん、妻として謝ります。


 ほんと、旦那様ったらもう・・


「いや、あの・・それ、嘘だったんです・・」


 へ?


「僕もついさっきまで、本当のことだって信じていたんですけど、違うんです。あのとき宿難が言ったことは全部でたらめで・・僕に埋め込んだものはもっと違うものだったんです・・多分、僕に変身をあまりさせないようにするために、わざとそういうことを言ってのけたんだと思います」


 ど、どういうことですか?


「あのときに宿難は本当の意味で僕を助けてくれていたんです。でも、僕はそれに全然気がつかなくて・・」


 そう言って一度言葉を切った葛城さんは、ひどく後悔しているような表情を浮かべたけれど、すぐにまた話を続ける。


「宿難との出会いのあと、治療の半ばで眠り薬を飲まされて眠らされた僕が次に気がついたとき、そこは城砦都市『通転核』の中にある小さな診療所でした。そこのお医者さんがどういうわけか僕の後見人になってくれまして・・まあ、恐らく宿難が手を回してくれたんでしょうけど、僕はそこで寝泊まりすることができるようになり学校にも通えるようになっていました。で、わけがわからないまま学校に通いだしたんですが、同じ都市の中に宿難もいることをすぐに知って、僕は宿難を追いかけまわしました。勿論、胸に埋め込まれた忌々しい装置を取り除いてもらうためだったんですが、ご存知の通り、僕は一度として彼に勝つことはできませんでした。やがて、彼は『通転核』から去ってしまって・・探し回ったけど見つからなくて。そんなときに噂を聞いたんです、宿難が『人造勇神』を完全なものとするための『勇者の魂』なるアイテムを持っているってことを・・そして、『嶺斬泊』にいるってことも」


 噂って・・いったい誰から?


「それなんですよ。本当に僕もバカでしょ? 一緒に暮らしていた後見人になっているお医者さんからだったんですよね。わざと僕に聞かせていたんですよね、きっと。恐らく僕はずっと監視されていたんではないでしょうか・・ああ、いや違うな、監視されていたっていうわけじゃなくて、途中経過を観察されていたんでしょうね」


 観察?


「僕が『人造勇神』からただの人間になっていくのをです。多分、その過程で身体に異変が起こらないかずっと見守ってくれていたんだと思います。僕をここに行くように仕向けたのもきっと何かわけがあったんでしょうけど・・もう、心当たりがありすぎて・・本当に本当に僕は馬鹿で・・宿難の心が全くわかっていなくて・・」


 そう言って葛城さんはまたぽろぽろと涙を流して泣き始めてしまった。


 葛城さん、落ち着いて、ね。


「は、はい。すいません・・あの、さっき仰っていた通り、僕はここには宿難に殺されるために来ました。実は僕、宿難が『通転核』から去ったときには、もう『人造勇神』に変身できなくなっていたんです。『人造勇神』になって一匹でも多く『害獣』を倒さなくちゃって思い定めて生きてきたけど、もうそれもできなくなって・・ううん、そうじゃない、宿難に『通転核』に連れてこられて、あのお医者さんと暮らすようになって、宿難とバカみたいな喧嘩をするようになって、学校に通うようになって、友達ができて・・ダメだったのに、幸せになったらだめだったのに、親友の命で生きている僕がそんな生活をしたらダメだったのに、僕は・・僕は・・ひどい奴です。もう戦いたくなくて、でも、それじゃあ僕に命を分け与えて死んでしまった親友は何のために死んだのかわからないし・・彼女が守ってきた『正義』を果たさなきゃいけないのに・・僕は・・」


 うんうん、あの話ね。


 私は葛城さんの話を聞いてある人物にまつわる話を思い出して頷いた。


「そんな自分が許せなくて、僕は・・宿難に殺されようと思ってここに来ました。きっと、天国にいる親友もこんな僕を許さないと思ったから。・・親友は・・僕に自分の命を分け与えてくれた親友は、僕のたった1人の友達でもありました。研究所で蘇生された僕は、さっきも言った通り誰が見ても気持ちの悪い姿をしていて、一緒に育てられた子供達はみな僕を怖がって近づいてこなくて、一人ぼっちでさみしくて、いつも泣いてばかりいたんですけど、彼女だけは、僕の友達になってくれたんです。そんな優しい彼女だったから、他の子供達にも優しくしてて、子供達みんなのお姉さんだったのに・・僕が・・僕たち『人造勇神』がその命を奪ってしまいました・・きっと天国で泣いています、怒っています、僕を許すはずがありません」


 なんで? そんなことないですわよ、許すに決まってるじゃないですか。


 あの子はそんなこと気にしてないですよ。


 本当にいい子なんだから、あなただって知ってるでしょ?


「へ? あ、あの玉藻殿、いや、その慰めていってくださっているのはわかりますけど・・そんな知ってるような素振りをされても・・」


 いや、知ってますもの


「はあっ!?」


 私がはっきり断言してみせると、葛城さんは物凄い吃驚した声をあげたあと、不審そうな表情を浮かべてこちらを見つめてくる。


 いや、あのね、葛城さん、あれでしょ?


 秘密結社かなんかで、葛城さんが『人造勇神』になるにあたって『害獣』の力を植えつけるときに、その親友の生命エネルギーが必要だったっていうあの話のことですよね?


 10人分以上にその力を使ってしまったから、生命力が尽きちゃったその親友は・・ていう話でしたよね?


 ああ、そう言えば、思いだしたわよ、私、あの子から親友の話も聞いていたわ。


 泣き虫で思いこみが激しくてすぐ頭に血が上って、しかも騙されやすくてすぐ人の話を信用しちゃうから心配で心配で・・って。


 葛城さんが、その『し〜ちゃん』でしょ?


「ええええええっ!! なんで? なんでそんなこと知っているんですか!? うそっ!! うそでしょ? だってその呼び方は二人きりの時しか使ってなかったから、ほかの誰も・・研究員だって知らないんですよ!? 」


 いや、聞きましたから。


「き、聞いたって、誰から!? いやいやいや、玉藻殿、今物凄くさらっと言ってますけど、かなり重要な話なんですけど、ちょっと!!」


 まあまあ、それはともかく葛城さんの胸に埋め込まれているものがなんなのか教えてくださいよ。


 すっごく気になっているんですけど。


「う〜〜・・わかりました、話ますけど、玉藻殿も、ちゃんと説明してくださいね」


 しばらく唸り声を上げて私を睨みつけていた葛城さんだったけど、私が涼しい顔をして何もしゃべろうとしないものだから、諦めて口を開いた。


「もう、そういうところ本当に夫婦ですね・・宿難そっくりだ」


 やった〜、ほめられちった!!


「いや、褒めてませんから・・は〜、なんだかなあ・・話を続けますね。あの、一応先に言っておきますけど、これから話すことは僕の推測だと思って聞いてください。あのとき僕の胸に宿難が埋め込んだのは多分・・『勇者の魂』だと思います。どうしてだかわかりませんが、死にかけていた僕を助けるために宿難はそうしてくれたんです。どうしてそう思ったか・・本当に気がつくのが遅すぎるんですが、『人造勇神』としても、『怪物』としても死にかけていたんです。それなのに、僕は日に日に元気になっていきました。それにその・・」


 それにその、なんですか?


 私がじっと見つめていると、葛城さんは同性の私から見てもやけに色っぽい仕草で身をよじって照れ始め、つかんだ布団のはしっこをもじょもじょしながら言葉を続けようとしない。


 あの、葛城さん?


 もしも〜し、話続けてください!!


「あ、あ、あの、ごめんなさい・・その、玉藻殿・・玉藻殿は僕の身体を見ましたよね?」


 あ〜、まあ、見ましたけど、それが何か


「へ、変じゃなかったですか?」


 変て、何がですか?


「そ、その、つまり・・その〜・・女らしくないな〜とか・・な、なんだこの身体はとか?」


 いや、よくわかりませんが、別に・・普通と言えば普通だったのでは。


 あ!! もしかしてそういうこと!?


 大丈夫、男連中に変なことさせていませんから!!


 まあ、その念の為にカダ老師が確認されていらっしゃったけど、ちゃんと純潔は守られていますって。


 ちゃんと赤ちゃんが産める身体だからって、いらんところまで診ていらっしゃったから。


「あ、あう・・そ、そこまで確認しなくても・・その、実は僕、どっちでもない身体だったんです・・宿難と出会うまでは」


 ああ、どっちでもなかったんだ。


 なるほどなるほど・・って、ええええええっ!?


 え、何それ、何それ!? つまり男でも女でもなかったってこと!?


 私が勢い込んで尋ねると、葛城さんは身を縮めながらこくんと可愛らしく頷いた。


「あ、あの、僕の身体のベースになっている葛城(かつらぎ) 獅郎(しろう)って『人』は、太古の昔に存在した凄い武術家だったんですけど、その、ある武術を会得するために、男でも女でもない身体になっていて、その身体をそのまま使って製造された僕は当然無性だったわけで・・」


 どうやって男でも、女でもない身体になったのよ・・なんか物凄い不吉な予感がするけど・・


「『葵花宝典』っていうんですけど・・その武術って最初の条件として会得するための修行を開始する前にあることをしないといけないんですが・・それって男性に生まれついた『人』にしかできなくて・・男性の武術家はその・・最初に・・切り落とすわけで」


 え・・


 今なんて言ったの?


「その・・だから・・あの・・切り落としてしまうわけです・・全部・・その状態ではじめて武術を会得することができるそうで・・」


 えっと・・ごめん、





 今思考が停止している。







 な、なにその武術・・


「も、元々はある国の宦官の『人』が編み出した武術らしくて・・その後その人から教えを受けた『東邪西毒』という『人』が大成させたらしいんですけど・・一応、『独孤九剣』と並ぶ最強の武術なんだそうです」


 し、知らんかった・・そんな武術があったなんて・・って、ことはその武術を葛城さんも会得しているの?


「会得していました」


 いました?


 過去形?


 ってことは、今は使えないってことですか?


「はい、使えません。この武術を使いこなすには、体内で陰陽の気どちらも貯め込まなくてはならなくて、そのためにはどちらでもない無性であることが絶対条件なんです。その・・今の僕は完全に女性になってしまったので・・」


 それが『勇者の魂』の力?


「恐らく。僕の身体を『怪物(フランケンシュタイン)』から人間にするその過程で、欠損していた部分を補完したんだと思います・・僕の胸に埋め込まれた『勇者の魂』は死体であった僕の身体を『人』の身体にもどし、体内に残っていた『害獣』の力を全て消し去り、そして、無性だった僕に性別を与えた・・性別が女性になったのは多分、僕が無意識に女になりたいって思ったから・・だと思います。自分の身体が完全に女の身体になったときは本当にびっくりしました。その・・怪我したわけでもないのに血が・・病気かと・・」


 ああ、そうね、それは女なら誰でも通る道よね。


「幸い、それが突然はじまったときは家にいたときだったのですが、後見人のお医者さんが診て教えてくれたので・・」


 そう、それはよかったですね。


 でも、なんで女に? 元の性別からすれば男になったほうがよかったんじゃ?


「いや、死んだ親友が子供を・・好きな人の子供をいつか産むんだって・・自分達みたいに作られた子供じゃなくて、自分の身体で産んでいっぱいかわいがって育ててあげるんだって、きらきら目を光らせながら僕に話してくれていたのをずっと覚えていて・・そのときのことが忘れられなくて・・でも、それもまた、僕には苦しくて・・だって、そうでしょ? その親友の命を奪って生きている僕が今度はその親友の夢までかなえようと思えばかなえられる身体になって・・そんなの・・そんなの許せるわけないじゃないですか」


 あの、葛城さん、そのとき嬉しくなかった?


 悲しかっただけ?


「いえ・・嬉しかったです。自分はどちらでもなくて、どっちにしても子供は作れない、ただの人形だって思っていたから本当に嬉しくて」


 じゃあ、よかったじゃないですか。


「・・でも親友のことを思うと、余計に辛くて、苦しくて、悲しくて・・親友の命を奪っておきながら、その彼女が守ろうとした『正義』を行う力を失い、自分だけが幸せになるための身体を得る」


 さっきから気になっていたんですけどね、葛城さん。


 その『正義』ってなんなんですか?


 私からすればそんな『正義』なんて・・


 私は本気で怒って葛城さんに声をかけかけたけど、葛城さんはそれよりも早く悲しそうな笑顔を浮かべて私の言いたかったことを自分から口にしてみせた。


「意味がない。そうですよね、僕が考えていた『正義』は僕が勝手に思い込んでいた独りよがりの独善にすぎなくて、親友はそんなこと望んでいなかった・・宿難はそれを僕が、僕自身が自分で気がつくまで付き合ってくれていたんだって・・やっと・・やっとついさっきわかりました。でも、僕はそんなことに気がつきもせず、ずっとずっと宿難を恨み八つ当たりして、親友の本当の気持ちも踏みにじって・・僕は僕の周りの『人』に支えてもらって生きてきたのに、僕は何もせず、何一つ返せず、そんな僕にいったいどんな価値があるんでしょう・・」


 がっくりと肩を落としてとうとう何もしゃべらなくなってしまった葛城さんを私はしばらく見つめ続けた。


 多分、この『人』もわかっているんだと思うのよね。


 どこかで区切りをつけて生きていかないといけないってことに。


 今がそのちょうどいいチャンスだと思うんだけど、さて、どうしたものか。


 そう思って顔をしかめていた私だったけど、そのとき、どたどたと誰かが廊下を走ってくる音が聞こえてきて、やがてこっちに近づいてきたその音は私の背後でぴたっと止まる。


 そして、私が振り向くと同時にがらっと襖が開いて、私のよく知る『人』物がそこに姿を現した。


 大柄な体に溢れるばかりの元気を放出させて、花のようなかわいらしい笑顔を浮かべているその『人』物は、どかどかと部屋に入ってくると私の横にすとんと正座して座りこむ。


「やっほ〜、し〜ちゃん、起っきしたんだね!! もう、心配したんだから、久しぶりに会ったと思ったらぶっ倒れているんだもん」


 そう言って葛城さんに話しかけたのは見事なダイナマイトバディの持ち主で、今年中学一年生になったばかりの元気少女リリーちゃん。


 両手に持った美味しそうなオムライスの乗ったお皿を横にあるちゃぶ台の上に一旦載せると、今度は私のほうに視線を向ける。


「玉藻おね〜ちゃん、し〜ちゃんの看病してくれていたの?」


 ええ、そうよ。


「し〜ちゃんを看病してくれてありがとう!!」


 ううん、いいのよ、そんなこと。


 それよりもそのオムライスどうしたの?


「連夜おにいちゃんがね、し〜ちゃんのところに持って行って一緒に食べなさいって。し〜ちゃんがオムライス大好物なんだ〜って前に話したこと覚えててくれて、今作ってくれたの」


 あらあら、よかったわね〜。


 し〜ちゃんとお話していたのも一段落ついたところだったからちょうどよかったわ。


「なんのお話してたの?」


 大柄な体格には不釣り合いなかわいらしい顔を、傾げながら私に聞いてくるリリーちゃん。


 し〜ちゃんね、あなたにひどいことしちゃったって、きっと許してくれないって泣いていたのよ。


 リリーちゃんの大事な命を奪ってしまってごめんねって。


 リリーちゃん、どうする?


 許してあげない?


「え〜〜、し〜ちゃん、そんなことで泣いていたの? あたし全然怒ってないよ。悪いのは研究所のおじちゃん達だし、それになにより、あたし死んでないもん!!」


 そう言って葛城さんに近づいたリリーちゃんは、その大きな手でいいこいいこと葛城さんの頭を優しくなぜる。


 葛城さんは、しばらく呆気に取られた顔をしてリリーちゃんの顔を見つめていたけど、その顔を穴があくほど見つめたあと、何かに気がついて、その目を極限まで開くのだった。


 そして、口をパクパクさせながら、私のほうを見て、リリーちゃんを指さして見せる。


 ええ、そうですよ。


 その子は間違いなくあなたの親友ですよ。


「う・・うそ・・だって・・死ん・・はずで・・りがここにいるわけが・・」


 驚きすぎてうまくしゃべれないでいる葛城さんを面白そうに見つめた私は、横に座るリリーちゃんに満面の笑みを浮かべて話しかける。


 リリーちゃんは連夜おにいちゃんに助けてもらったんだよね〜


「うん、そうだよ。連夜おにいちゃんに助けてもらったんだ!! 『かしじょうたい』とかになっていたあたしを、連夜おにいちゃんは生き返らしてくれたんだよ!!」


「か、仮死状態!? って!! え、え・・じゃ、じゃあじゃあ!! あの、ほ、ほんものの・・」


「あったりまえじゃない、もう〜、ひょっとしてし〜ちゃんあたしが偽物だと思っていたの!? ひどいよ!!」


 そう言ってぷうっと頬を膨らませて見せるリリーちゃんの姿を葛城さんは、じっと見つめていたけど、不意にくしゃっと顔を歪ませ両手を口に当てる。


 そして、涙声になりながら口を開いた。


「ごめ・・ごめ・・り・・ぼ・・僕は・・ごめん・・ごめんなさい・・」


 そうして葛城さんは号泣しはじめちゃったんだけど、リリーちゃんは葛城さんの身体をその大きな身体に引き寄せてがしっと抱きよせる。


 そして、優しい瞳で葛城さんを見つめながら、同じくらい優しい声で葛城さんに声をかける。


「もう、し〜ちゃん、気にし過ぎ。あたし、怒ってないってば。それよりもよかった、またし〜ちゃんに会えて。し〜ちゃん、また仲良くしようね」


「うん・・うん・・」


 子供みたいに泣きじゃくる葛城さんを、優しく抱きしめ続けるリリーちゃん。


 私はそんな二人をしばらく見つめ続けていたけど、そっと立ち上がると足音を消してその部屋から出た。


 あとはリリーちゃんに任せていれば大丈夫よね。


 私は部屋の外に出たあと、すっと襖を閉めてその場を立ち去る。


 そして、廊下を少し進んだところにある曲がり角まで近づいたところで、一気にダッシュすると、別の部屋に逃げ込んで姿を隠そうとした『人』物の背中に素早くのしかかって押さえつける。


「あうっ!!」


 どこへ、逃げるつもりですか、旦那様。


 ず〜〜っと、近くで私達の話を聞いていらっしゃったの、知っているんですからね。


 しかもあんないいタイミングでリリーちゃん投入するし・・ほんとに『人』が悪いんだから。


 そういう役目は、私に押し付けないでご自分でやってくださいませ。


「な、なんのことかわからな・・あうあう!! 肉球をほっぺに押し付けないでください!!」


 ほんとにもう〜〜。

 

 そもそも私のキャラじゃないですよ、『人』の気持ちを黙って聞いてあげるなんて。


 それこそ旦那様の役割じゃないですか。


「いや、僕には無理ですねえ。あいつみていると本当にイライラしてきますから。玉藻さんみたいに辛抱強く聞いてやるなんてこと無理です、無理無理絶対無理。途中でちゃぶ台ひっくり返して『勝手にしろ!!』って出ていっちゃいます」


 その割には、物凄く優しいですよねえ、葛城さんに。


 いろいろと影で助けてあげていたみたいだし、そもそも今回あのゴキブリの罠にかけて救出したあと、一番心配していらっしゃったのって旦那様でしたよね?


 本当は旦那様・・葛城さんのことが


 私はじ〜〜っとジト目で旦那様を見つめた。


 すると旦那様は間髪入れずにいやそ〜な顔をして返答してきた。


「キライです。きっぱりはっきりキライです。ああいう思い込みの激しいバカちんは大っきらいです」


 本当かな〜〜〜


 疑わしいんだけどなあ・・


「どういう意味ですか。玉藻さんは、僕が浮気するとでも思っているんですか?」


 いや、そうじゃないんですけど・・まあ、最初はそうかなって疑っていたけど、どうもそういう感じじゃないし。


 ねえ、旦那様・・


「なんですか?」


 本当は葛城さんと出会った時に葛城さんの正体を知っていたんでしょ? そのときにはリリーちゃんに葛城さんのこと聞いて知っていたんだわ、きっと。


「・・知りません。知りたくもありませんし、知ってるわけがないでしょ? 例えリリーの話を聞いていたとしても会ったばかりでそれがあいつだなんて断定できるわけないじゃないですか」


 そうかしら、旦那様だったら十分断定しそうだけど。


 それに知らない『人』にいきなり『勇者の魂』なんて大事なものをあげちゃうのかしら?


「さあ、なんのことでしょう? 別のものならあいつの胸に埋め込んでやりましたが、そんなものをくれてやった覚えはないですねえ」


 旦那様。


「・・うそです。ごめんなさい」


 先に謝るのはズルイです。


 別にいいじゃないですか、人形みたいに使われて死んでいく葛城さんがかわいそうだったからでも、リリーちゃんの大事な親友を見捨てられなかったからでも。


「そ、そんなお人好しじゃないです、僕は。『人造勇神』の情報を少しでも得るために泳がせていただけです。それだけの話で・・すいません、これも、うそです」


 私がじ〜〜っと無言で見つめ続けると、ぷいっと顔をそらして慌てて謝る旦那様。


「もう〜〜、いいじゃないですか、そろそろ勘弁してくださいよ、玉藻さん。もうこの話は、おしまいです、ね、ね、いいでしょ? もうあいつに狙われることもないし、あいつのことはお父さん達に任せて僕はもう関知しません」


 絶対、手助けすると思うなあ・・旦那様の性格からいって。


 途中で見捨てるなんてできないもんね、うちの旦那様。

 

 まあ、いいわ、とりあえず、じゃあ、あと一つだけ聞いたら解放してあげます。


「ふ〜〜、よかった。なんですか?」


 葛城さんと交わした約束について教えて・・


 と、私がそこまで言ったところで旦那様はいきなり私の身体を下におろし、だっと逃げ出してしまった。


 が・・


 数十秒後・・


「とほほ・・」


 再び旦那様の背中に飛びついている私の姿が、カダ老師の家の玄関前にあった。


 旦那様、四足の動物って足が速いんですのよ。


「か、勘弁してくださいよ〜〜」


 勘弁しません。


 さあ、キリキリ白状してくださいませ。


 いったいどういう約束したんですか?


「ど〜しても言わないとだめですか?」


 ど〜しても言っていただきます。


「くっだらないですよ〜、聞いたら絶対後悔しますよ〜、それでも聞きたいですか?」


 聞きたいです、すっごく聞きたいです。


 私が鋭く目を光らせながら断言するのを見つめていた旦那様だったけど、やがて諦めたように溜息を一つ吐き出して私にこう言った。


「僕と葛城が本格的に勝負すると決めたときに、ある約束をしたんです。どちらかが心から相手に負けたって認めたときにはその認めたほうは相手の言うことを聞くと。僕が認めさせることができたら、葛城は二度と僕を狙わないことを約束し、葛城が認めさせることができたら・・その」


 なんですか?


「責任をもって素っ裸になったとしても誰がみてもみっともなくない身体にしろと・・」


 は!?


 物凄く間抜けな顔をして問い返す私の姿を、なんともいえない複雑な表情で見返しながら旦那様はつかれたように言葉を続けた。


「いやその・・あの頃は僕も若くてですね・・いや、今でも若いんですけど、その・・売り言葉に買い言葉というか・・僕が言った言葉を葛城のやつずっと気にしていたらしくて・・」


 い、いったい何を言ったんですか?


「う・・その・・『君はいつまでたっても子供のような身体だよね、だから素っ裸になっても誰も気にもしませんよ』みたいな・・」


 しばし流れる気まずい沈黙の空気。


 旦那様。


 ・・そういう言い方してませんよね、多分、もっと違う直接的な言い方しましたよね、きっと。


「あ〜、う〜・・その、洗濯するときに使いそうな昔の原始的な道具の名前とか、つ、つかっちゃったかなあ・・あはははは・・あ、ちょ!! 玉藻さん、肉球で押さないで!!」


 もう!!


 旦那様がそういう身体とは正反対の女性が好みなのはよくわかっていますけど、そういうこと言っちゃだめでしょ!!


「はい・・反省してます」


 もし負けたらどうするつもりだったんですか?


 まあ、旦那様ってそういう美容関係のこととか薬草、霊草扱ってる関係で詳しそうだけど、そういうことってできるんですか?


「できるけど、できません。葛城の場合は、無理なんです」


 なんで?


 なんで無理なんですか?


「あいつって体脂肪が異様にないでしょ。確かに薬草、霊草の中には女性の体形を思うままに変えることができる秘薬の元がありますけど、それって元からある脂肪を移動させることによって体形を作り出すって代物なんです。と、いうことはあまりにも脂肪がありすぎるとどれだけ移動させても全体的にあまるからほとんど体形は変わらず、逆に脂肪がないと移動させるべき肉がないわけだから形を作ることなんて無理ですよね。そういうわけで葛城はどうあがいても外的要因で体形を変えることがほとんど不可能なのでした」


 え〜〜、そうなんだ。


 ってことは待てよ・・私は変えられるわけか。


「玉藻さんの体形は僕が死んでも守ります!! だって、僕が理想とする女性の体形だから!!」


 う〜ん、いろいろと自分としては変えたいところもあるんだけどなあ、旦那様が気に入っているんだったらしょうがないかあ。


 胸はその、旦那様大好きなのわかってるから小さくさせるわけにはいかないとしても、お尻とかもう少し小さくてもいいかなって思うんですけど・・


「ダメです。僕、玉藻さんのその丸いお尻も大好きだから」


 でかいだけでしょ?


「違います!! そんなことありません!! 玉藻さんのお尻は女性特有の丸みを帯びた曲線が物凄く芸術的なんです!!」


 ま、まあ、旦那様がそういうなら・・


 わ、私のことはともかく、もし負けていたら本当にどうするつもりだったんですか!?


「牛乳飲んでもらいます」


 牛乳て・・


 ま、まあ、でも『人』それぞれだしなあ・・大きいのがいい人もいれば、小さいのがいい人もいるし、まったくない人が好きな人もいるし、葛城さんがこれから好きになる人次第だろうしなあ。


 でも、旦那様、ほんとに葛城さんが思いつめているようだったらなんとかしてあげてくださいね。


「え〜〜、知りませんよ、もう。そもそも僕負けていませんもの。約束を果たす義務ないじゃないですか」


 ここまでお世話してあげたんだから、ついでにそれもお世話してあげてくださいませ。


 そういうことを気にし始めているってことは、葛城さん、本格的に『女』の子に目覚め始めているってことだし、そういう風にもっていった旦那様にも全く責任がないとはいいきれないでしょ?


「めんどくさいな〜・・玉藻さん、そもそもなんでそんなに葛城の肩をもつんですか?」


 だって、葛城さんは、私の大事な大事な旦那様のお友達だから。


「とっ!? と、友達!? あいつが!?」


 そうですよ〜、ちがうんですか?


「ち、違います!! もう、嫌になっちゃうなあ、玉藻さんにまでそんなこと言われるなんて、まったく!!」


 そう言うと、旦那様はぷりぷりと怒りながら玄関から出ていってしまう。


 私は慌てて旦那様の横にひっつくようにして歩くと、視線を上げて旦那様の顔を見つめる。


 あ〜、ちょっと旦那様、どこいくんですか?


「み〜ちゃんの家です。あいつの身体にあいそうな服を持っていそうなのってみ〜ちゃんくらいしか思い浮かばないので。とりあえず、借りておこうかと。あ、でも心配してとか、世話してやらなきゃとか思っていくわけじゃないんですからね!! 服わたしておかないと、素っ裸にさせるつもりだろとかいいそうでしょ、あいつ。これ以上友達みたいに見られるのは嫌ですけど、僕のことを『人』でなしみたいに吹聴されたらたまりませんからね!!」


 ふ〜ん。


 そうですか〜、なるほど〜


「な、なんですか、その顔は!? 絶対誤解してますね、玉藻さん」


 ううん、誤解してませんよ。


 するわけないじゃないですか、だって、私が心から愛している旦那様のいつも通りの行動ですもの。


 友達想いの旦那様のいつものね


 旦那様は物凄くいやそ〜な顔をして見せるけど、私はちゃんとわかっているんですから。


 そういう想いをこめてぴとっと身体を寄せて一緒に歩く。


 すると、旦那様は困ったような顔をしながらも、結局はいつもの笑顔にもどって私を見つめるのだった。


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