Act.36 『影との戦い』
鬼
修羅という名の鬼が踊る。
深い迷宮の中にも似て、欝蒼と生い茂る草木が作り出す入り組んだ地形と、大木達が持つ大きな傘でさえぎられ、陽の光の射さぬ薄暗く不気味な空間が広がる森の奥、死を招く乱舞を繰り広げるいくつもの影。
遊び戯れるかの如く影達は舞い踊り駆け抜ける。
だが、影達が生み出す白刃の閃きはあまりにも鋭く、一片の情けも感じられぬ。
触れたが最後、影を打ち消し永遠に闇へと葬り去る物騒な光。
それでも影達は死の舞踏を繰り広げ続ける、己の命を賭けて。
「以前もそうだったけど、ほんといやらしい戦い方するわねえ。そもそも【鏡像影灯籠】の術が使えるってことだけでも反則なのに、7体も実体を作り出すことができるのはどう考えてもおかしいでしょ!! どれだけ『人』離れしてるのよ、もう!!」
顔をしかめ盛大に毒づく真紅のバトルスーツ姿の少女 宿難 紗羅だったが、それでも彼女は足場の悪い森の中をまるで揚羽蝶のように華麗に舞い跳び、自分を取り囲むハヤブサの仮面をつけた東方野伏姿の襲撃者達を寄せ付けない。
逆手に持った黒い木刀【そは夜丸】を縦横無尽に操りながら、嵐のように押し寄せる敵の攻撃を捌き続ける。
『人造勇神』タイプゼロツー・・いや今は自らを『人造神帝 七星龍王』と名乗るこの相手は、宿難姉弟にとって予想以上の強敵だった。
以前2人が倒した相手『人造勇神』タイプゼロセブンと同じ姿へと変化したときに、2人は密に好機と思ったわけであるが、その考えが甘いことをすぐに思い知らされることになった。
既に倒している相手の攻撃方法は熟知しているし、対処方法もわかっているとタカをくくってはいたものの、実際に戦ってみるとその弱点は克服されており、それどころか無駄なところは見事に省かれ、2人は攻勢に転じるどころか防戦一方になってしまっている。
かく乱戦法を得意とする東方野伏独特の戦い方であるため、一撃一撃は確かに軽いのだが、何せ分身と本体の合計7体で攻撃されるわけだから手数が圧倒的に違う。
今のところ背中合わせで死角をなくし、なんとか全ての攻撃を凌いではいるが、このままだと千日手であるし他に援護が期待できない今、ちょっとした均衡の崩れで大事故になりかねない危険性もある。
「どうでもいいけど、姉さん。こいつら実体があるのにこっちの攻撃は効いてないってどういうこと? 例え分身でも実体がある以上、攻撃を食らったら本体に影響があるんじゃないの!?」
戦いが始まってからぴったりと紗羅の背後に張り付き、その背中を守り続けている蒼いバトルスーツ姿の少年 宿難 蒼樹は両手で構えた白い木剣【大通連】を力強く振い、的確に反撃の一撃を加えながら背後の姉に話しかける。
姉の紗羅とは違ってその動きに華麗さはないが、無駄も隙もないその動きは、姉以上に敵の攻撃を寄せ付けず、それどころかむしろ彼の攻撃が敵の攻撃を上回り始めていた。
そんな弟の頼もしい姿を横目で確認し、一瞬嬉しそうな表情を浮かべた紗羅だったが、すぐに表情を引き締める。
「言いたいことはすっごくよくわかるけど、ダメだし無駄。私が使える『能術師』の術 【影灯籠】は『式紙』っていう特殊な紙の道具を利用して幻影の分身を作り出す技だけど、それはただの幻であって実体ではない、せいぜい目晦ましになるくらい。でもこのゼロセブンが使ってる【鏡像影灯籠】は全く別。はるか東方の果てにある島国、東方野伏発祥の地で生まれた術で、自我のないホムンクルスやゴーレム・・に似た何か、私もよくわからないんだけどなんでも『式神』っていう使い魔みたいなものを作り出し操って、相手から自分の姿に見えるように幻をかけて攻撃させるかなり高度な技らしい・・のよ。ごめん、私も実はお父さんからそれほど詳しく聞いているわけじゃないから完全には説明できないけど、ともかくこの中にいる本体自体に攻撃して倒さないとダメってこと。いくら分身を倒しても本体にはなんのダメージも通らないのよ」
蒼樹のほうを振り返ろうとせず、お互い背中合わせで油断なく身構えた状態で紗羅は苦々しい表情を隠そうともせず呟く。
その紗羅の言葉を聞いていたのか、森の木々の間を幻惑するように移動するハヤブサの仮面をつけた影達から木霊のように声が響く。
「いや、ほぼその通りだ宿難 紗羅」
「僕のデータベースの中からようやく君達のデータが出てきたよ」
「唯一の完全体であった『勇士』瀧川 百合の補助的存在」
「『勇士』としては不完全な存在ながら、その遺伝子提供者であるガイ・スクナーの手で宿難流武術を教え込まれ、そこそこの戦闘能力を有する双子の姉弟」
「それが君達だ。そうだろ、宿難 紗羅に宿難 蒼樹」
嘲笑うかのように・・いや実際嘲笑していると思われる口調で二人に話かけてくる7体の影達の姿に、二人は壮絶な仏頂面を浮かべて見せる。
「こいつほんっと性格悪いね。今まで出会ってきた『人造勇神』の中でもトップクラスの嫌な性格」
「同感。なんか言葉の端々に物凄い嫌味を感じるよ・・それに雑魚のくせに」
2人が迂闊に動けない状態であると見た影の1つが蒼樹の側を嘲うかのように通り過ぎて見せようとしたその瞬間、目にも止まらぬ速さで繰り出された蒼樹の手の平が影の顔面を捉えた
かと思うと鷲掴みにして強引に宙へと投げ飛ばす。
すると、まるでその動きを見ていたかのように、完全に後ろを向いているはずの紗羅の手が無造作に振られ宙を舞っていた影の首筋にすーーっと稲光の如き光を走らせる。
「大物ぶっているところがほんとにムカつくわよね。この程度のくせに・・」
紗羅の言葉が終わるや否や、空中で影の首が胴体と泣き別れして別々の方向へと飛んで行き、やがて地面と激突してごろごろと転がって動かなくなる。
「宿難影幻流抜刀柔術 抜き手奥義 『春雷』・・私達を舐めるんじゃないわよ!!」
Act.35 『影との戦い』
ギラリと鋭い視線を影達に向けながら低い怒声を上げる紗羅に、一瞬影達に動揺が走るがすぐにそれを消し去ると、静かな殺意のオーラの色を強めていき先程にも増してその動きを活発化させる。
「思ったよりもやるな、宿難姉弟」
「だが、先程君が説明した通り、今君が斬り倒した相手は僕の本体じゃない」
「『式神』だ・・と言っても僕は本職の東方野伏じゃないし、ここは彼らの発祥の地でもないから『式神』を生み出す『道具』はない」
「そこで代用品で賄っている」
相変わらず分身とも実体とも思えぬような妖しい動きで紗羅と蒼樹の周囲をぐるぐると回り続ける影達から視線を逸らさずにいた宿難姉弟だったが、影の動きを目で追っていた蒼樹の視界の端に、先程倒した影の一つの亡骸の姿が入る。
自分達へ抜き身の刃のような殺意を向けてくる影に集中するあまりに、それを危うく見逃がしかけた蒼樹だったが、その異質さに気がつき慌ててそちらに注意を向ける。
そして、改めてその目で正面からそれを確認した蒼樹は、自分の目に映る光景が信じられず一瞬呆然としかけたが、すぐに立ち直ると一層その表情を険しくする。
「姉さん、ヤバい・・かなりヤバイ状況だ」
背中越しに呟いてくる弟の声が、かなり切羽詰まっていることを感じ、紗羅は怪訝そうな表情を浮かべながらも影達へ注意を向け続ける。
「ヤバイのはわかってるわよ。今でも十分ヤバイでしょうが」
「違う、そうじゃなくて・・あいつ・・すでに『害獣』に呑み込まれかけてる」
「はあ!? だけど、あいつ意識しっかりしてるみたいじゃない!? 何を根拠にそんな・・」
益々焦りの色を強くしていく弟の声に、紗羅は困惑の声をあげるが、蒼樹は額に冷たい汗を流し始めながらその理由を口にする。
「ここにいる分身だけど・・あいつよりによって『害獣』で作りだしているみたいだ」
「はあっ!?」
弟が口にした言葉の意味がわからず、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう紗羅だったが、蒼樹が目線で示す方向に自らも視線を向け、その根拠となったものを見た瞬間全てを理解する。
「じょ、冗談でしょ・・『害獣』を操ってるっていうの!?」
先程自分が斬り捨てた筈の影の死体は、一本の大木の下で大猿型の『害獣』の姿で息絶えていた。
大猿型の『害獣』は陸上を活動拠点とする『兵士』クラスの『害獣』の中ではほぼ最低ランクに位置する『害獣』。
当然ではあるが、『特別保護地域』のあるこの島には存在しないはずのものであり、いったいどうやってこれらの『害獣』をここまで連れてきたのか、非常に気になるところではあったが、ともかく、2人の眼前に立つこの『人造神帝』『七星龍王』が使役していることはまず間違いなかった。
しかも、己の分身としてである。
『騎士』や『貴族』クラスの『害獣』の中には、これら下位クラスの『害獣』達を自らの護衛代わりに使役していることがあることは、一応2人とも知識として知っている。
しかし、作られたとはいえ『人』に分類されるものの中で、『害獣』を使役できたという記録はどこにもないし、ありえないことは長年の研究により実証されている。
『害獣』を操ることができるものは、ただ一つ。
同じ『害獣』だけだ。
紗羅は、駆け抜けるようにして次々と襲いかかってくる影達をなんとかいなしかわしながら、顔をしかめて嘆息する。
「全くもう・・ゲームじゃないんだから、ラスボスが一番強くて厄介な奴じゃなくてもいいのに。もう、拍子抜けするくらい呆気ない奴であってほしかったわあ」
「そう? むしろ僕はほっとしてるよ?」
「なんで?」
弟の意外な返答に、紗羅は小首を傾げてみせる。
そんな紗羅のほうを振り返りもせず、蒼樹は獰猛な肉食獣の笑みを浮かべて見せると、影達に向けて凄まじい闘気をぶつけるように放つ。
「全『人』類の最大最強にして共通の天敵『害獣』が相手なら、いろいろと戦う理由を考える必要もないし、手加減も考えなくていい。・・倒す!! それだけ考える」
「ま~た、そんなこと言っちゃって。知らないわよ、お母さんに怒られても。いつもお母さんが言っているでしょ? 切った張った、殺る殺らないだけの考え方だけに染まっちゃだめだって。最終的に不幸な選択を選んでしまうことになってしまうとしても、物事にはいろいろな側面見方があるんだってことを忘れちゃだめだし、それをできるだけ多く見つけて確認した上で選択をしなさいって」
殺伐とした雰囲気を前面に押し出す蒼樹を呆れたように見つめた紗羅は、困ったような表情で蒼樹を諭す。
そんな紗羅の言葉を聞いて、噴出させていた殺気と闘気を微妙に変化させる蒼樹。
「ね、姉さん。お願いだから、そういうお説教は後にしない? もう、なんだか物凄く気がそがれるんだけど・・」
「いいのよ、それくらいで。結果的に相手の命を奪うことになってしまうかもしれないけど、それでも私達は殺し屋じゃないわ。相手を倒すために全力を尽くすけど、殺すために全力を尽くすわけじゃない。詭弁かもしれないけど、私はそう思っていつも戦ってる」
「そういう甘い考えだと、いつか命を落とすよ・・」
「残念でした。あんたはどうかわからないけど、私はこれを最後にこういう仕事とはお別れ。お母さんの仕事を手伝いながら、自分の進むべき道を探すわ。それにね、あんたが甘い考え方って言うその考え方を教えてくれた『人』は、私達なんかよりもよっぽどひどい修羅場をいくつも潜り抜けて今も元気に暮らしている。だから、私はあの『人』を信じてついていくわ。あんたはどうするのか知らないけど」
一点の曇りもない笑顔を浮かべてみせる姉を、蒼樹は振り返って恨めしそうに見つめ返す。
「え~~、そんな話僕聞いてないよ!! 何それ、何それ!? いつ決まったのさ、そんなこと!? あ、またいつもの姉さんの出鱈目でしょ? それか姉さんの妄想だね。義兄者が姉さんに手伝いを頼むとは到底思えないもの」
「別にそう思ってくれて構わないわよ。お母さんはちゃんとこう言ってくれたもの。『この件が片付いて旅に出なくてもよくなったら、僕の仕事を手伝ってくれないかな。城砦都市『アルカディア』との間で交易が再開したら、やりたいことがいくつかあってね。実際に他の城砦都市をいくつも巡ってきていろいろと見聞を広げてきた紗羅に是非手伝ってほしいんだ』だって!! ねね、羨ましい? 羨ましいでしょ?」
「ぐ、ぐぐぐ、嘘だ・・そ、そんなバカなことがあるはずが、僕にはそんなこと一言も・・」
尚も嬉しそうに言葉を紡ぐ姉の姿に嘘をついている様子は微塵もなく、蒼樹は絶望に似た真っ暗な表情を浮かべて見せる。
しかもその目にはうっすらと涙すら浮かんでいたりする。
そんな弟の顔を得意絶頂の様子で見下ろしていた紗羅だったが、だんだんバツが悪そうな顔な表情になってきて最後には顔を強張らせながらあることを告白する。
「あ、あ~、蒼樹・・そのね、本当はお母さん、この一件が全て片付いたら蒼樹にもなんか話があるって言っていたわよ。終わるまで絶対に内緒にしてねって言われたんだけど、物凄く重要な話なんだって。なんでも蒼樹のこれからの人生そのものに関わる話だからって」
「え、なにそれ? いったいどんな話?」
「いや、内容は私にも全然教えてくれなかったのよ。ただ、すっごい重要な話なんだって」
「なんだろ、物凄く気になるな・・義兄者のそういう類の話って、ほんとに重要なことが多いからなあ」
「ま、ともかく、その話を聞くためにも」
真剣に悩み始めようとする蒼樹腹を軽く右肘でつついて、注意を目の前の影達に再び集中させると、紗羅も自らが持つ黒の木刀『そは夜丸』を構え直し強い意志を込めて影達を凝視する。
その姉の姿を横目で見ながら、蒼樹自身も白の木剣『大通連』を構えなおし先程とはまた違った静かな闘気を燃やし目の前の敵に集中する。
「そうだね、こいつらを倒そう、姉さん」
覚悟を決めた宿難姉弟の身体の内から噴き出す光り輝く闘気に触発されたように、周囲を展開していた影達の動きも活発になって行く。
何体もの影が2人の周囲をぐるぐると周りはじめ、目まぐるしく立ち位置を変えながら2人に襲いかかる。
だが、2人は最小限の動きでそれを捌きよけるだけで、その場に立ち止まったままで反撃に移ろうとしない。
静かに、ただ静かに影達の攻撃をじっと見つめ続ける。
その間、2人の身体から立ち上る闘気だけが徐々に輝きを強く増していく。
「そうそう、そう言えばオリジナルのゼロセブンと戦ったときは、蒼樹に任せたんだったわね」
影達の動きから全く目を逸らさないまま、自分の背後で同じような型で構える蒼樹に声をかける紗羅。
「あれは城砦都市『ストーンタワー』だったね。初めて戦った『人造勇神』で、僕ら2人ともずいぶん苦戦したよねえ」
紗羅の言葉に穏やかな声で返答しながらも、隙を見せることなく静かに影達を牽制し続ける蒼樹。
「あのときと同じように僕が締めようか?」
「ううん、ちょっと確かめたいことがあるから私が締める。悪いけど蒼樹サポートに回って。できればあんたの出番がないに越したことないんだけど・・まあいいわ、行くわよ、蒼樹」
「委細承知」
紗羅の言葉に静かに頷いた蒼樹は、一歩前へ進み出た・・と見えた瞬間影達のど真ん中へ一瞬で移動する。
その蒼樹の行動に影達は一瞬動揺したかに見えたが、すぐさま態勢を整えると中心に位置する蒼樹に白刃を閃かせながら殺到していく。
一糸乱れぬ連携攻撃、中心に飛び出した蒼樹に逃げ場はない、間違いなく自分達の刃は相手を刺し貫き物言わぬ屍と化す、そう影達は思ったのであろうか。
だが、影達の相手は黙って刺し貫かれてくれるような大人しい草食動物ではなかった。
肉薄してくる影達に向かって、蒼い修羅が怒りの咆哮をあげる。
「オオオオオオオオオオッ!!」
乱舞する死の刃のことごとくを、手にした白い木剣『大通連』で弾き返し続ける。
それどころか凄まじい勢いで繰り出される光速の連撃は、影達がそこから離脱することを許さない苛烈さで放たれ蒼樹と影達はほんの一瞬一固まりとなってその場で動きを止めたかのようになる。
そして、その一瞬こそが宿難 紗羅が待ち望んでいた絶好の好機。
「姉さん!!」
「ハアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!」
蒼樹の呼び声に応えるかのように、裂帛の気合いの声と共に足を一歩大地へと踏み出した次の瞬間、ぶれるようにその姿を消す紗羅。
目の前の蒼樹達に集中していた影達は数瞬遅れて紗羅が放つ不穏な気配を感じ、その姿を探そうとするがそのときにはすでに、影達は死の境界線の目の前にいた。
影達を挟みこむようにして突如現れる2人の紗羅。
もう一方は蒼樹ではない、なぜなら彼は未だに影達が作り出している死の円陣の中心にいて影達を牽制し続けているのだから。
影達の間に無言の動揺が走る。
そして、そのほんの一瞬が死と生をわけた。
「ウオオオオオオオッ!! いっけえええええええええっ!!」
光速にも似た凄まじいスピードで突っ込んできた2人の紗羅は、雄叫びをあげながらすれ違いざまに2つの死の閃光を作り出す。
2人の紗羅は影達の間を駆け抜けて止まると、ゆっくりと霧が晴れていくようにその姿を消していき、黒い木刀の構えをゆっくりと2人の紗羅がその姿を完全に消し去ったあと、突如蒼樹の横に姿を現した1人の紗羅は、荒い息を整えながらぽつりとつぶやく。
「宿難影幻流抜刀柔術 忍奥義 『天技罰刀神異斬り』。あんた達と違って余分に1人実体のある分身を作り出すことしかできないし、ほんのわずかの間しかもたないけど、その分攻撃力は半端じゃないのよ。思い知ったか」
その言葉が終わるや否や、蒼樹を取り囲んでいた影達の身体がぐらりとよろめき、バタバタと地面に崩れて倒れ動かなくなる。
蒼樹と紗羅はなんともいえない静かな表情でしばらく倒れ伏した影達を見つめていたが、やがて大きく息を吐きだした蒼樹が表情を緩め、横に立つ紗羅に顔を向ける。
「やっと終わったね姉さん。・・見事な奥義だったよ、これで僕らの旅も終りか・・」
どこか寂しそうな、しかし、ほっとした表情を浮かべて話しかける蒼樹だったが、横に立つ紗羅は厳しい表情を崩さぬまま地面に倒れ伏している影達を見つめているばかり。
その様子に気がついた蒼樹は、怪訝そうに姉に問いかけようとしたが、姉が無言で地面を指さしたことを見て自分もそちらに視線を向ける。
地面の上には幻が解け、本来の大猿型の『害獣』の姿に戻った死体が蒼樹の予想通りに転がっていて、蒼樹はこれがいったいなんなのかと姉に問いかけようとした。
しかし、その直前何か違和感を感じた蒼樹は口をつぐんでもう一度地面に視線を向ける。
草木生い茂る森の地面の上にはやはり大猿型の『害獣』の死体が転がっているのみ、しかもそれらは完全に息絶えていて動きだす気配もない、5つのただの物体と化したそれが静かに横たわる。
そして、そのとき蒼樹は不意に気がつく。
「ご・・5体?・・ま、まさか!!」
見る見る顔を青ざめさせる蒼樹に厳しい表情を浮かべて顔を向けた紗羅は、その肩を一つ叩いておもむろに走り出す。
「急ぐわよ蒼樹・・私達まんまと一杯食わされたわ!!」
すぐに姉の言葉に我に返った蒼樹は、慌てて走り出すと若干速度を上げて紗羅に追いついて顔をそちらに向ける。
「い、いったいいつから? というか、ね、姉さん、ひょっとして気がついていたの?」
「さっきから妙に静かだと思っていたのよ、あれだけ饒舌だったのに突然しゃべらなくなったでしょ? おかしいなとは思っていたんだけど、まさか私達をそのままにするとは思わなかったものだから、あんまり深く考えないでいたんだけど・・」
「僕達をそのままにして、いったいどこへ? ひょっとしてここから逃げた?」
苦々しい表情を隠そうともせぬまま疾駆する姉の言葉を聞いていた蒼樹だったが、ふと頭に浮かんだ疑問に小首を傾げる。
だが、その言葉を聞いていた紗羅は首を横に振ってみせる。
「違うと思うわ。あいつがもし私達の想像通り『害獣』としての意識に呑み込まれつつあるなら、あいつは『害獣』の習性に従って標的を定めるはず・・」
「と、いうことは?」
姉の言うことがいまいちよくわからないでいる蒼樹に、紗羅は怒ったような焦ったような表情で叫ぶ。
「馬鹿っ!! まだわからないの!? 『害獣』の特性は強い『異界の力』を持つ者の淘汰よ!! 私達は人間だから『異界の力』なんか持ってない、だからあいつは私達に興味を失い、そして、強い『異界の力』持つ者にターゲットを移した。ここにいる中央庁の精鋭部隊メンバーのほとんどは下位種族だけど、たった1人だけ特別強い『異界の力』を持つ『人』がいるでしょうが!!」
「特別・・強い・・って、龍族の王族の血筋を持つ詩織さんか!? でも、詩織さんならあいつなんて、どうってことないんじゃ・・」
「バカバカッ!! あんたほんとに馬鹿なの? あいつゼロセブンの能力を使えたのよ? と、なると当然ゼロナインの能力も使えるはず。思い出してごらんなさいよ? 以前確かに詩織さんはゼロナインを倒したわ。でも、そのときたった1人で倒すことができた?」
「えっと、あのときは、詩織さん以外に、お父さんと、僕と、姉さんが必死にサポートしてなんとか倒し・・って、たたたたたた、大変だああああああっ!!」
ようやく事態を悟り焦りの表情を浮かべる蒼樹の顔を確認しようともせず、紗羅は速度を上げ足場の悪い森の中を風となって疾駆していく。
「ほら、急ぐわよ!! 一刻も早く詩織さんと合流しなきゃ!!」




