Act.34 『英雄の帰還』
光の象徴たる太陽が西の果てへと沈み、星を散りばめた闇のカーテンがすっかり空を覆ってしまった時刻。
城砦都市『嶺斬泊』最大の歓楽街『ルートタウン』の都市営念車駅近くにある一件の焼鳥屋『ロック鳥の巣』
通の間でそれと知られたこの店は、この時間になると仕事帰りのサラリーマン達でごったがえす。
勿論今日もいつもと変わらず店内は一日の疲れを癒すべく、旨い焼き鳥とビールにありつこうとサラリーマンのおじさん連中でいっぱいであったが、その中にあって一つだけぽつんと場違いな空間が存在している。
店に入って一番奥のカウンター席。
他のサラリーマンのおじさん連中と同じく、ビールジョッキ片手にほろ酔い気分で管を巻いているのは変わらぬ情景であるはずだったのだが、異質なのはその人物の姿だった。
腰まである長い艶やかな亜麻色のストレートヘアーに、闇の中でも黄金色に輝く瞳、すっととがった形のいい顎、そして濡れ濡れと妖艶に光る真っ赤な唇。
身長は160cmあるかないかだろうか、スレンダーではあるもののスタイルのいい身体に真っ赤なワンピースがよく似合う美しい幼い少女とも、成熟した女性とも見える不思議な麗人が、大きなビールジョッキを振り回しながら、完全に出来上がってしまっているのだ。
「なんで? どうして? 絶対やり方は間違ってないはずなのにょ!! なのに、なんで成功しないの!? おかしいわにょ!! 絶対におかしいのにょ!! ・・おじさん、ビールおかわり!! 大ジョッキで大至急!!」
ガンッと木製のカウンターに空になったビールジョッキを叩きつけたその麗人は、やけくそ気味に目の前で焼き鳥を焼いている壮年のドワーフ族の店主にそう注文すると、ブツブツなにやら文句をいいながら、泣いたり怒ったり忙しく表情を変え続ける。
店主はすっかりと常連になってしまった目の前の麗人に呆れたような視線を向けながらも、ビールを並々と注いだジョッキをカウンターに置いてやる。
「・・俺がいうことじゃないがよ・・シャルルちゃん、いい加減でやめといたほうがいいんじゃないか?」
なんともいえない複雑な表情を浮かべながらも、自分を気遣う店主の声音に気がついて憂いに満ちた顔をそちらに向けるシャルルだったが、すぐに首を横に振ってみせる。
「ありがとう、おやじだん、いつも優しいね・・でもでも、飲まないとやってられないのよ〜〜!! これまでの苦労を考えると、やってられないのよ〜〜〜〜!! なんでなんだろ、どうしてなんだろ!? 絶対間違ってないはずなのよ、ちゃんと、10種族以上の超高位種族の『精気』を集めて、儀式も完璧にやってのけたはずなのに・・どうして蘇ってくれないのよおおおおおお!?」
そう言うと、カウンターに突っ伏して号泣し始めてしまうシャルル。
そんなシャルルの言葉の意味が全くわからない店主であったが、とりあえず、シャルルが何か大きな事業に大失敗してしまって落ちこんでいることだけはわかったので、とりあえずそっとしておこうと再び焼き鳥を焼き始めようとした。
すると、ちょうどそのとき、店の引き戸がガラッと音を立てて開き、新たな客が赤い暖簾を分けて入ってくるのに気がついて、店主はそちらに目を向ける。
「おお、いらっしゃい。久しぶりだねえ」
店主が、入ってきた古なじみの常連に嬉しそうに声をかけると、その客はシュタッと店主に片手を上げ見せ、見る者を惹きつけずにはいられないような非常にいい笑顔で店主に挨拶を返す。
「オヤジさん、久しぶり!! ごめんな、ご無沙汰しちゃってさ。最近いろいろ忙しくて来れなかったんだよ」
「そうかい、役人も大変だなあ・・そういえば、今日は一人かい?」
「うん、旦那様も、部下達も忙しくてさ、今日は俺様一人」
店主の言葉に、ちょっとさびしげな表情を浮かべてみせた人物だったが、すぐに周囲をきょろきょろと見渡すと、スタスタと店の奥に足を運び、一番奥から二番目のカウンター席にどっかりと座りこむ。
「今日はカウンターに座らせてもらうぜ、いいだろ、おやじさん」
「あ・・そこは・・」
件の人物が座りこんだ場所、そこは未だに号泣し続けているシャルルの席のすぐ隣。
店主は渋い顔をしてみせて他の席に移るように口を開きかけるが、その人物は何やら目線だけでそれを黙らせる。
そして、驚いた表情を浮かべている店主に向けていたずらっぽい笑顔を浮かべてみせると、魅力的な自分の赤い唇の前にそっと人差し指をあててウインクを一つ。
店主はその様子にぽりぽりと頭をかいて見せたが、すぐに頷いてみせると目の前の人物がいつも注文するお決まりの東方清酒の一升瓶とガラスコップを用意してカウンター越しに黙って渡す。
「おやじさん、コップもう一つ頂戴。それと、『かわ』、『もも』、『つくね』10本ずつ、あと『ねぎま』は20本焼いておくれ」
「相変わらずよく食うな、おまえさんは」
満面に笑みを浮かべて威勢良く注文してくる目の前の人物に、苦笑を見せながらもう一つコップを手渡した店主は、すぐに注文の焼き鳥を焼き始める。
その様子をウキウキした様子でしばらく見つめていた人物であったが、やがて目の前の一升瓶を手にすると、二つのコップに酒を注いで隣に視線を向ける。
すると、そこには相変わらず泣き続けているシャルルの姿が。
しばらくその様子を見つめていた人物であったが、やがて怒ったような表情を浮かべると目にも止まらぬ速さで拳を振り上げて、シャルルの後頭部にそれを振り下ろす。
ゴンッ!!
「イ、いたひっ!! な、なに、なんなのよ、いったい!?」
いきなり後頭部を襲った激痛に、たまらず泣きやみ頭をあげたシャルルは、きょろきょろと周囲を見渡しはじめる。
「もう、いつまでもめそめそ、めそめそと鬱陶しい。おまえそれでも旦那様の友達か? 情けない」
「だ、旦那様って・・え、えええええええっ!?」
突如隣からかけられた聞き覚えのある言葉にシャルルが視線をそちらに移してみると、そこには懐かしい知己の姿が。
流れるような銀色の長髪に紅玉のような赤い瞳、深い紅色のビジネススーツの上からでもわかる、抜群のスタイル。
はっきりいって、出るところは物凄いでてるのに、しまってるところはむちゃくちゃしまってて、あふれ出ている色気が尋常ではない。
しかし、そのなんとも言えない気高いオーラのようなものがそれを淫らなものではなく、女性の清廉な魅力へと昇華させていて不思議と見る者をいやらしい気分にさせない。
「え、え、エキドナくん!? な、なんでここが!?」
Act.34 『英雄の帰還』
黄金色に輝く瞳を極限まで開いて自分の真横に座る人物を凝視するシャルルだったが、そのシャルルに酒の入ったコップを押しつけてエキドナは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「今はドナだ。『ドナ・スクナー』が今の俺様の名前。・・それよりもほれ、とりあえず再会の乾杯だ」
そう言って無理矢理コップをシャルルの手に握らせると、自分も酒の入ったコップを掴み、それを自らシャルルの手の中にあるコップに重ねさせる。
そして、一気にその中身をあおると、ぷは〜〜っとおやじくさい表情を浮かべるのだった。
「やっぱ特級東方清酒『ナーガの生一本』はうまいね。これとここの『ねぎま』の組み合わせが最高なんだよなあ・・おやじさん、まだあ?」
「ほれ、そう言うだろうと思って先に『ねぎま』だけ焼いておいた。あとのはもうちょっと待て」
「やった〜、流石、おやじさん!!」
そういってほくほくした顔で店主の差し出した皿を受け取ったドナは、自分とシャルルの間に皿を置くと、焼きたての串を一本とって早速口に頬張る。
「うま!! このねぎと鶏肉のバランスが絶妙なのと、かかったタレがマッチして絶品なんだよなあ。まあ本当の通は塩だけっていう『人』もいるけどさ、俺様はタレのほうが好きなのだ。ほれ、おまえも食えよ。今日は俺様が奢るし」
「う、うん・・」
ドナに押し付けられた串とコップをしばらく交互に見つめていたシャルルだったが、やがてそれをちびちびと口に運びながら、上機嫌で隣で飲み食いしているドナに視線を向ける。
そうしてしばらくその様子を見つめ続けながら何かを考え込んでいたシャルルだったが、やがて何かにはっと気がつき、その後何かを諦めたような表情を浮かべてコップと串を下に置く。
「・・って、そっか、そういうことか・・『宿難 連夜』って名前で気がつくべきだったわ。『宿難』シリーズの一体を中央庁がどこかの遺跡から発掘して囮に使っていたんだと思っていたけど、そうじゃなかったのね・・間違ってないと思うけど・・連夜くんってエキドナ・・ううん、ドナくんの息子さんなの?」
「おうよ、自慢の息子だ」
「じゃあ、やっぱり・・ジンちゃんの息子さんなんだ・・」
「当然だろ。俺様も旦那様も他に相手はいない。お互い初めての相手だったし、それは今でも変わらない。大いに自慢するが、俺様も旦那様も他に相手を持ったことは一度たりともない。と、いうことは必然的にそういうことになるってことだ・・あ、そうそう、旦那様はいま『仁』って名乗っているからあまりその昔の名前を出さないでくれ」
むしゃむしゃと『ねぎま』を食べながら、えっへんと豊満な胸をはってみせるドナを、なんとも言えない表情で見つめるシャルル。
「この都市で暮らしているの?」
「うん、まあ、もうすぐ三十年になるかなあ・・ちょっとな、子供を作って育ててみようと思って、ここに住みついたんだよな。長い長い間二人きりで生活してきて、子供を作れるような環境じゃなかったわけだけどさ。・・おまえは知ってるだろ? 今でこそ知る『人』はほぼ誰もいなくなっちまったが、それまでは有名人だったからさ。ち〜〜っと根を下ろすことができるような状態ではなかったわけだが、時代も変わった。そんで俺様達もいろいろと変わった。俺様と旦那様の関係は全く変わらないが、それでも取り巻く状況や、しがらみや、俺様達の体質の変化やら、まあいろいろとあって、子供を作る必要性が出てきてね。ここに根をおろして子供を産むことにしたんだ」
「知らなかった・・と、いうか、この時代でドナくんと再会できたことにも正直驚いているけど・・あなたがいるってことはジンちゃん・・ううん、『仁』ちゃんも勿論いるのよね?」
「当然だ。旦那様がいない世界に俺様は存在しない。いずれ旦那様も死を迎えるだろうが、それを看取った後俺様もこの世とおさらばする。まあ、旦那様のことだから、自然と死を迎えるまであの世に来るなとか言うだろうけど、そんなこと知ったことではない。俺様の場所は旦那様の横にしかない。まあ、とりあえず、今は旦那様はこの世に存在しているわけだから、俺様の居場所もここにあるってことだな」
「そっかあ・・会いたいなあ」
懐かしい旧友の面影を脳裏に思い返して憂いの表情を浮かべるシャルルを見て、ドナはあっさりと頷いてみせる。
「会えるさ。今はちょっと中央庁のプロジェクトでここを離れているけど、直に帰ってくるからな。帰ってきたら旦那様も会いに来るって言っていたぞ」
「え、ほんとに!?・・って、ところで、中央庁のプロジェクトって・・『勇者の魂』の持ち主である『宿難 連夜』くんのことともそうだけど、ドナくん・・中央庁で働いているの?」
「おう。まあ、旦那様に家事一切全て任せているのに、俺様だけ遊んでいるわけにはいかないし、役人になっておけばいろいろと融通を利かせることが容易だからな。まあ、なんせ俺様達の過去が過去だ・・これだけ歳月がたった今となったら、そのことを知ってる『人』は片手の数もいないが、それでも用心するに越したことはない。俺様や旦那様にとって本当に恐ろしいのは『害獣』なんかじゃない・・ってことは、おまえにはよ〜くわかるだろ?」
女性とは思えない漢らしい男前な笑顔を浮かべるドナに、シャルルは益々困惑した表情を浮かべて見せる。
「わかるわよ・・わかりすぎるくらいにね。・・で、今度は追う側になって私を始末しに来たってわけか。まあ、いつかはこうなるってわかっていたけどさ、その相手がよりにもよってドナくんだったとはなあ。でも、まあドナくんならいいかな・・あなたに負けても別に恥ずかしいことじゃないし。それに、生きる希望もちょうどなくなったことだし、素直にガイのところに逝けるわ」
そういって透き通ったような美しくも悲しい笑顔を浮かべるシャルルを、しばらく見つめていたドナだったが、再び拳を振りあげると、目にも止まらぬ速さでそれをシャルルの頭の上に振り下ろす。
ゴンッ!!
「い、いたひってばっ!! な、なにすんのよ!! ちょっと、まさかここで殺るつもりなの!? 逃げやしないから、最後に焼き鳥とお酒くらいおいしく頂かせてよね!!」
「ドアホッ!! なんでおまえを俺様が殺さなきゃならんのよ!? あのな〜、おまえは一応俺様の旦那様の大事な友達なわけ。俺様にとって旦那様は俺様の『命』と『心』両方を対価にしてようやく釣り合うくらい大事な大事な『人』なのよ。その旦那様が友達と認めているおまえを俺様が手にかけることは絶対にないし、許されない。もし、おまえの命に引導を渡すことになったら、必ずここには旦那様がいる。・・って、知ってるだろう、そんなことくらい!? 今日昨日の付き合いじゃないんだからな!!」
殴られた頭を押さえながら、真剣に怒っているドナを涙目になって見つめていたシャルルだったが、目の前の人物が口にしている内容が真実であると悟ると、大きな目をさらに大きく見開いてマジマジと見つめる。
「え、本当に? 本当に私を捕まえにとか、始末しに来たんじゃないの? 私が『人造勇神』タイプ ゼロスリーだったって話聞いているんでしょ? それなのに見逃していいわけ?」
「馬鹿だろ、おまえ。部下は騙せるかもしれんが、俺様や旦那様にそんな嘘八百が通じるわけがないだろうが。言っておくが、俺様も旦那様も『人造勇者』の出す波動を感じる能力に関していえば、間違いなくこの近隣都市で1、2位の実力を持っていると自負している。そのうちの1人である俺様がこれだけ間近でおまえの波動を感じているというのに、全くそれを感じていないのはなぜだ? 答えは簡単。おまえは『人造勇神』ではない。いや、それ以前に今のおまえは『人造勇者』ですらない。違うか?」
「わ、わかっちゃう?」
「わかるわい。『人造勇神』は『害獣』の能力を付与されているんだぞ。おまえの相棒ですらそれを消し去ることはできずに暴走したというのに、なぜ同じ能力者であるおまえが暴走していない? 答えは自ずとわかるというものだ。おまえは凱さんと違って最初から『害獣』の能力を付与されなかった、つまり『人造勇神』にはならなかったってことだ」
「あ〜、そこまでわかられちゃっていたかあ・・あははは・・流石、『勇魔頂皇』を名乗るだけのことはあるのねえ」
空になった串をシャルルにつきつけながら面白くもなさそうに断言してみせるドナに、シャルルは大きな溜息をついてみせる。
「あのな・・ともかく、今日は本当におまえに会いにきただけだ。おまえから仕掛けてこない限り、絶対にこっちから仕掛けたりはしない。勿論、俺様が手を出さないだけで、部下にやらせるとかいったこともしないし、第三勢力におまえを襲わせるということもさせない。・・って、なんでここまで言わなきゃいかんのだ。疲れるなあ、もう」
と、がっくりと肩を落とすドナであったが、ちょうど残りの注文を焼き上げた店主が焼き鳥を盛りつけた皿を差し出すと、すぐに浮上して嬉々として皿を受け取る。
「ほらよ、残りの注文出来上がったぞ」
「おやじさん、ありがちょ〜〜!! あ、特級清酒『ギルガザムネ』ある?」
「うお、もう『ナーガの生一本』空けちまったのか!? おまえさん、ウワバミか!?」
「・・すいません、モノホンのウワバミなので・・」
受け取った皿と交換するように、空になった一升瓶を申し訳なさそうな表情で店主に手渡すドナ。
そんなドナを苦々しい表情で見つめていた店主だったが、すぐにその表情を苦笑に変えると奥から別の一升瓶を取り出してきてドナに渡す。
「やった〜、やっぱちゃんと用意してくれているジャン!!」
「先に金渡されている以上、こっちも商売だ。来る来ないに関わらず、おまえさんが注文している酒は一通り全部いつも揃えているよ」
「え、ってことは『美少年』や、『白鷺』も」
「・・手に入れるのは大変だったけどな」
「やっほ〜!! あとで一口でいいからコップに入れてね!!」
子供のようにはしゃぐドナを呆れ果てた表情でしばらく見つめていた店主だったが、別の客に呼ばれその場を離れていく。
ドナはそんな店主を見送ったあと、早速手にした特級清酒の瓶の蓋をあけ、自分のコップに酒を注ぎ、次に目を白黒させているシャルルのコップにもついでやる。
「ほら、折角おごってやっているんだから、もうちっと美味そうに飲めよな。いっておくけど、マジで希少な酒なんだぜ。」
「う、うん、ありがと」
「焼き鳥もいくらでも食ってくれていいからよ。足りなかったら注文するし」
「ああ、うん、そうね・・しかし、ドナちゃん、それだけ食べてお腹全然膨らまないけど、入ったものはいったいどこにいってるの?」
「胸」
「むっ、胸って!? あ、相変わらずムカつくわね〜〜・・いくら牛乳飲んでも、いくらエステに通っても一向に大きくならないっていうのに!!」
「おまえの場合しょうがないだろうが。片方を捨てればホルモンのバランスが傾いて大きくなるかもしれんのに、両方であることにこだわるからそうなるんだろ? まあ、生まれたときから片方の俺様と、生まれたときから両方であったおまえとじゃあ、考え方が違うからしょうがないのかもしれんが」
「むうううううう」
「それよりも、おまえのことを聞かせろよ。俺様達と別れたあと・・おまえと凱さんが作ったあの人間の村で、おまえ達が冷凍睡眠に入ったところまでしか俺様は知らんのだ。その後のことは、あの秘密結社『FEDA』を急襲した旦那様から断片的には聞きはしたけど・・いまいち腑に落ちないことも多くてな。折角だから本人の口から本当のことが聞きたい。高い酒をおごってやっているんだから、酒の肴にそれくらい話せ」
忙しく焼き鳥をはむはむと頬張り、酒をかっくらいながら悪気が全くなく聞いてくるドナを、しばし唖然とした表情で眺めていたシャルルだったが、どこか吹っ切れたような表情になると、自分自身も焼き鳥を負けじとむしゃむしゃ食べ始めて口を開く。
「いいわよ。話してあげるわよ・・そうね、あの後、あなた達に初めて出会ったあの森から、『八幡』国の生き残りの人達を連れて『害獣』のテリトリーの範囲外まで無事逃げることに成功した私達が、そこに小さな村を作ったこと、そして、その場所から少し離れた遺跡の中の冷凍睡眠装置の中で私とガイが眠りについたところまではドナちゃんも知っているわよね?」
「ああ、俺様達同様に、おまえ達も存在が知られると何かと厄介だったからなあ・・その存在が忘れ去られている未来まで眠りにつくことにしたんだよな」
「ええ、あなた達夫婦に見送られて私達は眠りについたわけなんだけど・・あれから470年近くたって、私達は眠りから覚めた。たまたま私達が眠る遺跡を探索に来ていた『害獣』ハンター達によって見つけられた私達は彼らの手で彼らが住む都市に運び込まれ蘇生されたんだけど・・目が覚めてそこがどこだかわかったときは本当に驚いたわ。私達が作った人間達の小さな村は城砦都市『刀京』という一大巨大都市に生まれ変わっていたんだもの」
そう言ってもう一度深い溜息を吐きだしたシャルルは、皿に盛りつけられた『もも』の串を取ると口に頬張り、その後、特級清酒『ギルガザムネ』が入ったコップをくいっとあおる。
それを見ていたドナは、一気に空になったシャルルのコップにすかさず酒を注いでやる。
「さっきの『ナーガの生一本』も美味しかったけど、この『ギルガザムネ』もまた別の深い味わいねえ・・あたしビール派で、あんまり東方清酒って飲まないんだけど、それでもかなり美味しいことだけはよくわかるわあ・・」
「だろ〜。まあ、ビールもいいし、ウィスキーとかウォッカとかもいいんだけどさ。焼き鳥にはやっぱこれだよなあ」
「うんうん、ドナちゃんがこだわるのもわかる気がする。えっと、どこまで話たっけ。そうそう、城砦都市『刀京』で目が覚めた話よね。まあ、そこの中央庁の世話になることになったあたしとガイは、この時代のことに関する情報を集め始めたんだけど、まあ、いろいろとカルチャーショックが大きくて苦労したわよ。なんか、眠りについた時代から考えると物凄く文明が発達しているんだもん。携帯念話って何? 念気自動車て何? 霊蔵庫っていったいなんのこと? みたいな。でも、それはそうよね、だって500年近く歳月が流れているんだもん。それくらい文明も発達していてもおかしくなかったんだけど、あたし達の当初の予想では、『害獣』の脅威にめちゃくちゃ怯えながら『人』々はなんとか限定された空間で生きているって感じだったんだけど・・ここまで逞しく生き残って文明を発達させていたなんて・・」
「それはあれだ、まさに『害獣』のおかげなんだ。全『人』類最大の脅威である『害獣』って存在がど〜んと目の前に鎮座してくれているおかげで、『人』々は今までのようにくだらない戦争ごっこをやっていられなくなっちまったのさ。種族が違うからとか、上位と下位だからとかいちいち言っていたら生き残っていけない厳しい世界だ。否が応でも助け合っていかないとあっというまに共倒れで全滅ってことくらい、子供でも知ってる。まあ、それでも都市によっては差別はいまだにまかり通っているが、それもあと十数年のうちに消えるだろうよ。近年急速に差別されていた側の種族の者達が次第に各都市の中央庁の要職に就くようになってきたし、政治だけじゃなく、経済や『害獣』狩りの傭兵達といった各方面でもそういった者達がリーダーシップを取るケースが増えてきているからな。ともかく、近年いろいろな差別や種族間の垣根を飛び越えて様々な分野が飛躍的に向上し始めている。それが『害獣』の脅威からなんとしてでも生き残ろうという心の力が原動力になっているということは皮肉以外の何物でもない気がするが・・」
なんとも複雑な表情を浮かべて一人呟くドナに、深く頷いてみせるシャルル。
「そうね・・でも、その中には真っすぐに伸びなかった分野もあって、あたしとガイは見事にそこに巻き込まれちゃったってわけ」
「対『害獣』用決戦兵器研究製造組織『FEDA』か・・」
「ビンゴ・・あたし達、ほら、現代の知識がほとんどなかったわけじゃない。最初ある政府の秘密組織だって言われてコロッと騙されちゃったのよねえ・・『害獣』の脅威から『人』々を守るために、あたし達の力を貸してほしいって・・だって、あたし達が『人造勇者』であるってことは城砦都市『刀京』の一部の高官しか知らないトップシークレットだったのよ。誘いをかけてきた人物はそれを知っていたわけだから、当然、中央庁の『人』だって思っていたんだけど」
そう言って苦々しい表情を浮かべるシャルルに対し、なぜかドナは申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「すまん、そうなってしまったことについては俺様もまったくの無関係とはいえないんだ。迷惑をかけた」
「え、いったいどういうこと?」
怪訝な表情で聞き返してくるシャルルに対し、シャルル以上に苦々しい表情を浮かべて酒の入ったコップをあおるドナ。
「『FEDA』という組織そのものは人間という種族のみで構成された秘密結社だったわけだが、その上で操っていたのは同じ種族である人間じゃない。下位種族や元奴隷種族の台頭を恐れた一部の上位種族の者達・・中でも各都市の中央庁や財界に力を持つ有力者達が、有事の際に自分達の切り札として『人造勇者』を使えるようにと密に集まり、影のスポンサーとなっていたんだ。彼らがそういう考えに至るようになってしまったのは、各都市の中央庁のトップを司っている首脳陣の中に徐々に下位種族や、元奴隷種族の者達が入りこんできて実権を握るようになったきたからなんだが・・まあ、そうなっていくように俺様や旦那様が裏からいろいろ手をまわしていたことも事実でな。まさかこんな形で歪みが現れるとは思っていなかったわけだが」
ふ〜〜っと一度深い溜息をついたあと、ドナは話を続ける。
「奴らのシンパはこの都市にもいたわけでな・・早くから『FEDA』という組織そのものの存在はわかっていたんだが、そんな裏切り者が身近にいるとは思わなかったものだから特定するのに非常に時間がかかってしまった。そのおかげで失われなくてすんだはずの尊い命が多数失われてしまった。・・ああ、勿論当然だが、これに関わった者達のほとんどにはそれ相応の報いを受けてもらったさ。まだそれを果たせないでいる者もいるが・・絶対に逃さない、残った者達の行方は全て掴んでいるからな」
そう言ってしばらくギリギリと悔しそうに奥歯を噛みしめ、獰猛な唸り声をあげ続けていたドナだったが、すぐに表情を緩めると隣で自分を茫然と見つめているシャルルに、すまんすまんと声をかける。
「まあ、そういうわけで、おまえ達のことも恐らく『刀京』の中央庁の高官の中にいた『FEDA』の協力者から漏れてしまったのだろう」
「そっか、そういうことだったのねえ・・時代が変わってもやっぱりそういう腐った『人』達っていなくならないものなのねえ」
「ああ、昔も今もな、俺様達の敵は『害獣』なんかじゃなく、『人』の皮をかぶったそういう腐った連中なのさ。いや、すまん、話の腰を折ってしまった。続けてくれ」
「えっと・・ああ、そうね、ともかくそうして『FEDA』に加入したあたし達は、すぐに研究員達の研究対象にされて、いろいろと身体をいじりまわされて・・まあ、それについては500年前の時もそうだったから、別にそれほどどうとは思わなかったけどね。まあ、そうやって取り出した情報を元に新しい『人造勇者』をまた作るんだろうなあってくらいに思ってはいたんだけど・・でもね、流石のあたし達でも予想できなかったわ。今の技術ってすごいのね、結婚もしていないあたし達に突然子供ができるなんて。いつの間に採取されていたのかわからないけど、あたし達の精子を別の高位種族の女性の卵子と人工授精させて子供を作っていたのよね。最初あたしもガイもそんなこと全然気がつかなかったのよ。研究所の中にやけに子供が増えてきたなあって漠然と思っていただけなんだけど、あるときガイが部屋の中で遊んでいる四人の子供を見て気がついたの。四人の子供が発している波動があたしとガイのそれと酷似しているって。それで慌てて研究員達を締め上げてみたら、あたし達の精子を勝手に使って子供を作っていたってことが発覚したのよね」
なんともやりきれないという表情で、しばらくコップに入った酒を見つめていたシャルルだったが、何かを振り切るかのようにくいっとそれをあおる。
ドナは、目の前の人物を痛ましげに見つめていたが、同じように自分も酒をあおり、無言で自分と相手のコップに酒を注ぐ。
シャルルは、コップに注がれていく酒をしばらく見つめていたが、やがてまた口を開いて話を続ける。
「ガイは・・ガイは自分の精子から生まれてきた二人の子供に自分が父親だってことを正直に話して、一緒に生活するようになった。ドナちゃんも知っての通りガイは優しい『人』だったからね。でも、あたしはダメだった。どうしても自分の子供だって認められなかった。結局最後まで自分が二人の親であるってことを言うことはできなかったわ。ガイもそんなあたしの心情をわかってくれて、敢えてあたしの精子から作り出された二人の子供にそのことを打ち明けなかったみたい。それで、数年が経過したわけだけど・・そのうちにあたしの精子から作り出された子供の一人が死んだ。あたしと違って本当に面倒見のいい子でね、研究施設で生まれた他の子供達全員の姉代わりになっていたんだけど、特殊な能力を持って生まれてきてしまったせいで、無茶な研究の犠牲になって・・そのことを知った、もう一人のあたしの精子から作り出された子供が『人造勇者』としての力を暴走させて研究所を破壊して飛び出した。物凄い姉想いな子だったから、研究所の外道どもを許せなかったのね。だけどあたしはそのとき別のことを考えていたの・・当時、すでに『FEDA』が真っ当な組織でないってわかっていたあたしは、あの子が作り出したこの混乱は逃げ出す絶好のチャンスだと思ったわ・・それで、一緒に逃げてもらおうと思ってガイに声をかけた。当然ガイも乗ってくると踏んだからなんだけど」
「でも、凱さんは一緒に行かなかった。子供達が心配で一緒におまえと逃げ出すことはできなかったか・・」
「・・そう。ガイったら昔からそうだったけど、弱い者を絶対に見捨てられない本当にお人好しの性格だったから。まあ、その答えもある程度予想はしていたの。だから、ガイがそう言いだしたときは、自分達だけで研究所を脱出して一旦どこかで態勢を整えてから助けに戻ってこよう、とりあえず今この時はここから逃げ出そうと思ったの。それというのもね、あたし、このとき『人造勇神』に調整予定になっていた10人の『人造勇者』から成る部隊の隊長を任されていたのよね。あとは『害獣』の能力を付与されるだけの状態の若者達で構成された部隊だったんだけど、その調整に凄い疑問を持っていたわけ。その調整って本当にこの子達のプラスになるのかしらって。まあ、多分ドナくんはもう知っていると思うけど、物凄くやばい調整だったわけよね。そのときのあたしはぼんやりとした危機感だったわけだけど、家族同然に暮らしてきたこの子達の身体にそんなよくわからない調整をさせるわけにはいかない。あたしにとってこの子達は初めての家族だったわ。いつもいつも『害獣』との戦いに無理矢理駆り出されて、そんな異常な状況の中で暮らしてきた家族だけど、それでもあたしにとっては掛け替えのない家族だった。それで、あたしはガイのことがすっごい気にはなっていたけど、ちょうど『人造勇神』としての調整を受けている真っ最中だった10人を引連れて研究所を逃げ出したってわけ」
「なるほどなあ・・そういう事情だったのか」
シャルルの話を聞いていたドナは、妙に納得した顔をしてみせたあと、ニヤリと笑みを浮かべて見せる。
「年端もいかない少年少女ばかりで構成された少人数の傭兵旅団であるにも関わらず、高位の『騎士』クラスの『害獣』を次々と仕留めている驚異の新人傭兵チームが西域の都市群で名を馳せているって、『嶺斬泊』でも一時期凄い話題になっていたよ。『緋天夜叉』だったよな?」
「ありゃ〜、知られていたのね。うん、まあそれあたし達のこと・」
「にしても、それだけの戦力があればすぐにでもガイを救出に行くことができただろうに。なぜ、すぐに引き返さなかった?」
怪訝な表情を浮かべるドナに、シャルルは苦い表情を浮かべて見せる。
「引き返せるものならすぐにでも引き返したかった。でもね、できない理由があったの」
「できない理由?」
「連れて逃げた10人の『人造勇者』の子達ね、『幼児退行薬』を投与されていたのよ・・『人造勇神』に調整するためには、あたしの精子から生み出されたあの子・・『百合』の特殊能力が必要だったんだけど、そのときすでにあの子はなくなってこの世にはいなかった。それで研究所の連中は、すでに別で10人の『人造勇神』をロールアウトしていたこともあって、新たに調整する予定だったあたしの部下の10人に関しては処分することに決定したのよね。で、『人造勇神』に調整するといっておいて、投与したのは最悪の薬『幼児退行薬』だった・・ってわけ」
そのシャルルの言葉を聞いたドナの顔が劇的に変化する。
彼女の手の中のコップがグシャリと嫌な音を立てて粉々に砕け散り、その顔は怒りで真っ赤に染め上げられる。
『幼児退行薬』
『人』の知能を3歳児並にまで退行させてしまう恐るべき薬。
遅行性であり、薬を服用した者はゆっくりと知能が低下していき、それと共にそれまで蓄積してきた知識や記憶まで失ってしまう最悪の毒薬で、一度服用してしまうとその治療方法はほとんどない。
「俺様が知る全ての薬の中で、『人』が作り出した最も愚劣で最悪最低の薬だ・・『人』は誰でも生れ落ちてから死ぬまでの間に記憶した想い出や経験を自分だけのものとする権利がある。なのにそれをなんの断りもなく無残に葬り去ってしまう忌むべき薬・・あ・・そうか、だからか・・だから凱さんの救出に間に合わなかったのか!?」
脳裏をかける苦い思い出に益々怒りを募らせていくドナであったが、不意にあることに気がつき、その視線をシャルルのほうに向ける。
この毒薬の数少ない治療方法の中に、ドナは思い当たるものがあったからだ。
「だからか。おまえがいま『人造勇者』でないのは・・おまえ、自分の『勇者の魂』をその10人に使ったんだな!? だから助けにいけなかった、そういうことか」
「・・うん、あの子達を失うことはどうしてもできなかった。ガイを一刻も早く助けに行きたかったけど、あの子達のことも見捨てられなくてさ。しかも、あたしの小さな『勇者の魂』じゃあ、10人をすぐには治せなくて時間かかっちゃって・・なんとかみんなを治したあと研究所に駆け付けたときにはもうガイは・・」
がっくりと肩を落とすシャルルをなんとも言えない複雑な表情で見つめるドナ。
そんなドナの前に、店主が無言で新しいコップを差し出す。
「あ・・おやじさん、ごめん。コップ割っちゃってさ。あとで片づけるから」
「いいよ。それよりも怪我だけはすんなよ。・・まあ、おまえさん武術の達人だからそういったことはないのかもしれんがな。それよりも酒はもういいのか?」
「あ〜、うん、一級清酒『美少年』出して」
「あいよ」
ドナの注文に奥に引っ込んだ店主は、すぐに戻ってきて手にした一升瓶をドナに渡してやる。
ドナは、空になった特級清酒『ギルガザムネ』の一升瓶を代わりに手渡し、受け取った新しい瓶の蓋をあけると、新しい自分のコップと、シャルルのコップについでやる。
注がれていく酒をしばらく眺めていたシャルルだったが、不意に顔をあげると悲しみに彩られた表情でドナに視線を向ける。
「ねえ、ドナちゃん・・破壊された研究所で『害獣』の外装のなれの果てを見つけたんだけど・・あれってガイなんでしょ?」
「・・」
「うん、いやわかってる。ごめん、別に責めているわけじゃない。むしろお礼を言いたいの。『害獣』になってしまったガイを止めてくれてありがとう。多分、もしあたしが間に合っていたら、あたしがやらないといけなくなっていたと思うから。もうガイの『害獣』化は止められないだろうって・・わかっていたから」
そう言って顔を伏せたシャルルだったが、ドナから顔を背けると一気にコップの中の酒を飲み干してしまう。
そんなシャルルの姿を見つめ続けているドナの表情はなぜか珍妙に歪み、心にある何かをどう切り出したものかとしきりに頭をひねり続けている。
ところが、そのドナの表情に気がつかないでいるシャルルは、涙の滲んだ目を乱暴に拭い去ると、無理矢理笑みを作ってみせる。
「えへへ・・い、一応気持には区切り付けていたはずなんだけど・・辛いねえ。思い出すと辛い・・」
「あ〜、そのな、シャルル・・実はだな、凱さんはだな」
「いいよ、もう。そこについてはいいんだ。薄々ね、ガイが『人造勇神』と同じ調整をされているんじゃないかってことは感じていたの。あたしは早くからあいつらのことを疑ってかかっていたから、変な調整はさせなかったんだけど・・ガイは最後まで信じたがっていたから、きっと言いように言いくるめられて調整されちゃっていたのね。でもまあ・・結局その『害獣』の力を解放して研究所全てを闇に葬り去ってガイは勇者としての使命を果たした・・多分今頃きっと遠いどこかであの二人の子供達と仲良くやっているよね」
「いや、ここからめちゃめちゃ近いところで幸せに暮らしているけどな・・」
薄汚れた店の天井を見上げて一人呟くシャルルに、ドナは困ったように話しかけるが、すっかり自分の世界に入ってしまっているシャルルの耳にその言葉は入らない。
しばらくそうして何かに祈りを捧げるように天井を見上げていたシャルルだったが、やがて再び顔をもどし何かを悟ったような表情をドナのほうへと向ける。
「多分、ドナくんが一番知りたいのは、『FEDA』の研究所跡を訪れたあと、あたしが何をしていたかってことよね? 教えてあげるわ。あたしが何をしようとしていたのか・・」
そう言って、一度顔を正面に向けてコップに入った酒を一気にぐいっと飲み干したあと、シャルルはもう一度ドナを正面から見据えて口を開いた。
「ガイを助ける為に『人造勇者』の・・ううん、『幼児退行薬』から治ったときには彼らはもう『人造勇者』としての力を失っていたんだけど・・その彼らと共に研究所に急襲をかけたあたし達は、そこで、すでに破壊され尽しすっかり廃墟に変わってしまった研究所跡と、かつてガイだったもののなれの果てに再会した。あたしはその惨状から『害獣』の力を暴走させたガイが研究所を己の力の全てを行使して研究所を破壊したことを悟った。そして、同時にガイを・・『害獣』になってしまったガイを、誰かが倒してしまったことを・・多分『仁』ちゃんだったとあたしは考えているけど、まあ、それはいいの。誰かがそれを行わなければいけなかったことだから、そのことはいい。そのことについての憎しみはわいてはこなかった。本当よ。本当にあたしの中に憎しみや恨みの気持はなかった・・まあ、研究所の外道どもに対してはそりゃもう今でも恨み骨髄だけど、ガイを倒した相手については全く恨んでいない。でも、あたしの心の中を吹き抜ける寂しさの風はどうすることもできなかった。あたしの周りには10人も家族がいて、あたしのことを慰めてくれたけど、どうしてもその寂しさを紛らわせることはできなかったわ。日がたつにつれてガイを失ったことに対しての寂寥感は増していく・・そんなとき、あたしはあたしの生まれた国『八幡』に伝わるある禁断の秘儀について思い出したのよ」
そう言ってドナを見つめるシャルルの黄金の瞳に、次第に妖しい光が宿ってくる。
「10種族以上の高位種族の高純度の『精気』を自らの子宮にため込み、そこに冥界に落ちた魂を呼び戻して宿らせることによって、己の子供として転生させ生き返らせる禁断の反魂の術・・『異界転生』・・一縷の望みをかけてあたしは故郷『八幡』国の跡地にもどり、必死にその頃の文献が残っていないか調べたわ。そして、ある遺跡から『異界転生』のやり方が書かれた文献をみつけだしたの。そして、必死になってその秘術を会得し、家族同然に一緒に暮らしてきた『緋天夜叉』とも別れて旅に出たわ。『異界転生』の秘術でガイを蘇らせるために」
「・・おまえ・・そのために、この都市にやってきて次々とレア種族の男性を拉致っていたのか・・まあ、この都市は他の都市に比べれば格段に高位種族の数が多いからなあ・・東方で何人も『神』を排出していた龍族や、様々な麒麟種、高位魔族に、稀少妖精族、よりどりみどりだからなあ・・」
あんぐりと口を開けて呆れたような表情を浮かべた状態で自分を見つめてくるドナの視線から逃れるように、シャルルは顔を赤らめて逸らす。
「そ、そんな顔でこっち見ないでよ・・あたしだって、できればこういうことやりたくなかったわよ。でもしょうがないじゃない、ガイを取り戻すためにはこれしか方法を思いつかなかったんだもん!!」
そう言って、乱暴にドナの手元から一升瓶を取り上げたシャルルは、自分のコップに酒を注ぎこみ、やけくそ気味にそれをあおる。
「どの『人』も無理矢理だったもん・・きっとみんなあたしを恨んでいるだろうし、ドナくんのところにもあたしを捕まえて処罰するように訴えが続出してるんでしょうね」
自嘲気味に笑いながらも悲しげな光を瞳に湛えてドナを見つめるシャルル。
しかし、シャルルの予想に反してドナは物凄く淡々とした表情で首を横に振ってみせるのだった。
「いや、ないない。そういう訴えは一つもなかった。ただ、全員自信喪失していただけで、おまえのことを訴えようという奴は一人もいなかったし、誰一人何があったかをしゃべったものもいない。従って、おまえを追捕しようとしている者はただの一人もいない」
「へ? そ、そうなの?」
間抜けな顔でドナを見つめるシャルルに対し、ドナはなんとも言えない苦笑を浮かべて見せる。
「まあ、大体奴らの気持ちはわかるけどなあ・・おまえが拉致った連中ってよ、みんなそれと知られた高位種族でさ、当然モテル奴ばっかりだったわけよ。一人の例外もなく凄腕のプレイボーイ揃いだったわけだけどさ・・おまえと寝たっていうなら、その自信喪失の意味もわかるわ」
「な、なんでなんで!? あたし、それほどひどいことはしてないはずだけど!? むしろ、あたしが大概相手の要求を聞いてあげたはずなんだけど・・」
「あのなあ、シャルル・・俺様は女だから、実際の男の気持ちは完全にはわからないけどよ。その、女にモテル男って言う奴は、大概自分のある部分に自信を持っている奴が多いのよ。なのにさ・・外見は完璧に女性で・・っていうか実際女性でもあるわけだけどさ、その相手が自分よりもはるかに立派なモノを見せつけていたら、どういう気持ちになるかってことだな・・いくら女性でもあるって言ってもなあ・・一方では男でもあるわけで」
「・・」
「『両性具有者』ってやつも大変だな・・」
困ったように笑いながらシャルルのほうに視線を走らせたドナは、やれやれと肩をすくめながら『ねぎま』を口に頬張る。
そう、元『人造勇者』シャルル・ハリスは、男でも女でもある『両性具有者』であった。
基本的に女性的な性格がベースになってはいるものの、戦闘になると男性としての顔ものぞかせる。
470年前、シャルルが冷凍睡眠する際にドナは立ち会っていたわけだが、その装置に入るために素っ裸にならざるを得ず、そのときにドナはシャルルの正体を初めて知ったわけだが・・
「旦那様や凱さんも大概大きい気がするんだけど、おまえのは本当に規格外だったもんなあ・・」
「ちょ、ドナくん、セクハラよ!! 『人』のコンプレックスに対して容赦なさすぎるでしょ!!」
何かを悟ったかのように深く何度も頷いてみせるドナに、シャルルは真っ赤になってどなり散らす。
「すまん、すまん。ところで話の腰を折ったついでに聞いておきたいんだが・・『人造勇神』を名乗ったのは、残してきた10人の『緋天夜叉』の面々とのつながりを隠すためだろ?」
「う・・まあね・・もうドナくんに誤魔化しても仕方ないからぶっちゃけるけどそうよ。あたしね、一応西域の都市群では顔が知られちゃっているからさ・・西域から遠く離れた都市で、いくらガイを生き返らせるためとはいえ、無法を働いていることには違いないもの。西域でようやく活躍が認められてあっちの都市の中央庁お抱えの傭兵旅団としても声がかかりだしている『緋天夜叉』に迷惑をかけたくなかった。絶対にね。死ぬにしろ、捕まるにしろ、あたしは最後まで『人造勇神』タイプ ゼロスリーで通すつもりだったわ・・」
「なあ、一つ疑問なんだが・・本物のゼロスリーはどうなったんだ?」
「ああ・・この都市に来る途中『不死の森』で出会ったんだけど、あまりにもウザいから必要な情報だけ聞きだしておいて・・」
「殺したのか?」
物騒な光を瞳に宿して笑顔を浮かべるドナに、シャルルは面白くなさそうに『かわ』を頬張ると、その串をぷらぷらとさせながらあっさりと首を横に振ってみせた。
「ううん、わざと挑発して逃げ回ってやったんだけど、そのうちに暴走しちゃってね。本物の『害獣』になって『不死の森』の中に消えていっちゃったわ。完全に『害獣』になっていたみたいだから、一生あの森にいるんじゃないかしらね」
「なら安全だな。本物の『害獣』になったのなら、テリトリーから出てくることはまずないからな」
「それについては間違いないと思うわ。あたしもちょっと心配だったからある程度まで後ろをついていって様子を見ていたんだけど、都市のほうに出て行く気配は微塵もなかったもの」
ドナがコップを差し出してくるのを見たシャルルは、そこに酒を注いでやると、自分の空のコップにも酒を注ぐ。
そして、ちょっとそれにちょっと口をあてたあと、再びドナに視線を向け直す。
「えっと、どこまで話たっけ。そうだ・・あたしが『精気』をため込んだところまでだったわね。あたしは『異界転生』に必要なだけの『精気』を集めたんだけど・・」
「いや、その話はもうそこまででいいぜ、おまえの話は大体わかったし・・おやじさ〜ん」
いよいよ核心の部分を話そうとしたシャルルだったが、なぜかその話を途中でぶったぎり、ドナは店主をおもむろに呼ぶ。
「おやじさん、そろそろ、ご飯と味噌汁頂戴」
「そうか・・ちょっと待ってな」
ドナの注文を受けた店主は、焼き鳥を焼いている炭火焼き機のすぐ後ろにある大きな炊飯器をあけて陶器の茶碗に白ごはんをよそおい、その炊飯器の横にあるスープを入れておくような大きな鍋からすくった味噌汁を朱塗りのお椀に注ぐと、カウンターごしにドナへと手渡す。
ご飯と味噌汁を嬉々として受け取ったドナは、残った『つくね』をおかずにしてご飯を食べ始める。
「やっぱ最後はご飯と味噌汁だよねえ」
「おまえさん、外見は西域系なのに、中身はとことん東方人だな」
「まあ、旦那様の影響でね」
「そうかい、今度はあの旦那も連れてこいよな」
「うん、近いうちに必ずね」
別の客から呼ばれて再び自分の前から離れていく店主をしばらく見つめていたドナだったが、茶碗を持ったままの状態でおもむろにシャルルのほうに視線を向ける。
「なあ、シャルルよ・・おまえさんさ、もし仮に『異界転生』が成功していたらどうするつもりだったんだ?」
ご飯を食べる手を緩めないまま質問してくるドナを、しばし呆気に取られて見つめるシャルル。
「成功していたらって・・なんでドナくん、あたしが秘術に失敗したってことを前提で話しているわけ?」
「失敗したって知っているからに決まっているジャン。っていうか、どう考えても絶対成功しないもん。見なくても、聞かなくてもそんなのわかるもん。むしろ『成功したわ、やった〜』って言われるほうが驚くっつ〜の」
物凄く怪訝な表情を浮かべるシャルルに対し、当然当たり前と言わんばかりに澄ました表情で、ずず〜っと味噌汁をすするドナ。
「な・・なんでなんで!? え、ひょっとしてドナくんは、あたしが『異界転生』を成功させることができない原因が何かってことがわかってるわけ!?」
「わかってるよ。これ以上ないくらいわかってる・・でも、とりあえず、今はそこのところは重要ではない。なあ、シャルル、もう一度聞くけどさ、凱さんを生き返らせたとして、おまえさんはどうするつもりだったんだ?」
『異界転生』の失敗がわからずに悶々としていたシャルルにとって、ドナのその発言は聞き逃すことができないものであったが、その発言をしたドナが、ご飯を食べながらも異様に真剣な表情を浮かべて自分を射抜くように見つめていることに気づき、その眼光の鋭さに気圧されてしまう。
「どうするって・・それは勿論、また一緒に暮らして・・」
「ふ〜〜ん・・じゃあ、『緋天夜叉』の連中はどうするんだ? 一度別れたわけだから、もうあとは放置か?」
「いや、それはある程度落ち着いたら、また彼らとも一緒に・・」
なんとも気まずい表情でシャルルはごにょごにょと言葉を紡ぐが、その様子にドナは今度こそ本当に呆れたという表情を浮かべてシャルルを見る。
「あのさ・・おまえの恋愛観に対してどうこういうつもりはない。一夫多妻制とか、多夫多妻制とか、近親結婚が許可されているとか、王族のようにハーレムを持つとか、愛の形といってもいろいろとあるだろうし、どれが間違っているとか言うつもりはない。おまえがどういう恋愛観で生きているかについても、まあ、ぶっちゃけ俺様には関係ない。しかしなあ・・宙ぶらりんのままにしておくのはどうなのよ?」
「宙・・ぶらりんって・・どういうこと?」
ドナの言うことがいまいち理解できないでいるシャルルを、ドナはしばらくじ〜〜っと見つめ続け困ったようにガシガシと頭をかいていたが、やがて嫌そうに口を開く。
「おまえさ・・『緋天夜叉』の全員と男女の関係を持っているんだってな」
「にゃああああっ!! なっ!! なんで!? なんでそんなこと知ってるの!?」
「しかも、おまえ全員の初めての相手をしてやったそうじゃねえか・・なんというか・・おまえ凄いな」
「い、イヤアアアアアアアッ!! なんでなんでなんで!? え! え? えええええええええっ!?」
特大級の爆弾を投下するドナに、みるみる顔を真っ赤にして狼狽えまくるシャルル。
しかし、そんなシャルルにドナは更なる言葉の爆弾を次々と容赦なく投下していく。
「メンバーって男5人、女5人だったよな、全員と関係持てるって・・流石『両性具有者』っていうべきか。しかも全員おまえに心底惚れているだろ? お前のためなら命だって惜しくないってほどおまえのこと好きだよな?」
「ちょ、ちょ、ちょっと、ドナくん、『人』のプライバシーをなんだと思っているのよ、ひどいわよ!!」
涙目になって慌てふためくシャルルだったが、ドナは知らん顔でご飯を食べつつ言葉を紡いでいく。
「どっちかというとひどいことしてるのはおまえだろ。なあ、シャルル、さっきも言ったが別におまえの恋愛観に対してどうこういうつもりはないんだ。おまえがハーレムを作ろうが、男にも女にもちょっかいを出そうが、そんなことは別に本当にどうだっていい。だけどさ、おまえはともかくとして生き返ってきた凱さんがそのことを知ったらどう思うだろう? 凱さんだけじゃなくて、『緋天夜叉』の面々もどう思うと思う? みんなこの状況を納得すると思うか?」
ドナの言葉を聞いたシャルルはしばらく憮然として表情を浮かべていたが、ぷいっと顔をそらすとコップの中に酒を注ぎこみくいっとそれをあおる。
「あ、あたしが誰を好きになって誰と付き合おうともあたしの勝手じゃない!!」
そんなシャルルの様子に、一度茶碗をカウンターの上に置いたドナは、紅の美しい瞳に強い光を宿してまっすぐにシャルルのほうを見つめる。
「だ〜か〜ら。わからないやつだなあ、さっきからおまえの恋愛観に関しては何もいわんといってるだろ。そこじゃなくて、おまえ、そこまで惚れてくれている奴らを残したままの状況でず〜〜っと放置しておいていいのかって聞いているんだ。さっき、おまえ『緋天夜叉』の面々を初めてできた家族だって、自分の精子で作られた子供達よりもずっとずっと大切なんだって言っていただろ? それさ、おまえがそうであるように、彼らからしても、おまえはそういう存在にあたるって考えたことないのか? そんな大切な存在が、自分達から遠く離れた場所にいるっていうのに、何にも思わないって本当にそう思っているのか? 俺様だったら心配で心配で死にそうになるけどなあ」
「そ、それは・・その・・」
「そればかりじゃないぜ、『異界転生』の術で仮に凱さんが生き返ってきたとして、その方法の中身を知ったらどう思うと思う? 自分の身体を見知らぬ男達に半ばレイプさせるような方法で生き返らせたなんてわかったら・・俺様だったら物凄く苦しむ。旦那様がそんな方法をとったなんてわかったら、気が狂ってしまうかもしれん。そうは思わないか?」
「だって・・だって、それは・・ガイを・・生き返らせたかったから・・でも、そんな」
「風には考えたこともなかったってか。やれやれ、おまえ、相変わらず頭いいくせに、そういうところには全く考えが及ばないんだなあ」
がっくりと肩を落としてしまったシャルルをしばらく見つめていたドナであったが、やがてその瞳に優しい色を浮かばせる。
「おまえが凱さんを追い求めるのを止めたりはしないさ。俺様だって旦那様がいなくなったらと考えたら人ごとじゃねえし、どうしても愛する『人』を取り戻したいっていうおまえのそういう考えもわからなくもないからな。『異界転生』は失敗したけど、それでもきっとおまえは諦めずに別の方法を探すんだろう。だけどさ、一度、おまえはおまえの家族の元に帰るべきだと思うぜ。凱さんに対する感情、『緋天夜叉』に対する感情、それぞれがどういった種類のものかは俺様にはわからないけどさ、そういった感情の種類はどうあれ、おまえにとってみんな大切なものであるのに変わりはないはずだ。そして、それは、きっと相手も同じなんだよ。自分の信念や気持も大事だけどさ、相手の気持ちだって大事だと・・俺様は思う。まあ、旦那様にいつもいつも心配ばかりかけちまう俺様が偉そうなこと言えるようなことじゃないんだけどな」
「あたしのこと・・心配して・・くれているのかな、あの子達」
顔を伏せたままポツリと呟くシャルルに、ドナはこっくりと頷いてみせる。
「してたぜ。もう、すんごいしてた。ララちゃんだったかな、ほら、褐色の肌の小柄な女の子、あの子なんて『シャルル様に何かあったら、あたし、あたし』って、ず〜〜っと泣いていたし、ガリガリに痩せていたぜ。あれ、おまえのことが心配でろくに食事も取っていなかったんだぜ」
「そっか・・ララは優しい子だったから・・」
そう言ってしんみりとしてますます肩を落としていくシャルルだったが、はっと何か気がついて顔をあげるとドナのほうを顔を強張らせて見つめる。
「って、ちょ、ちょっと待ってよドナちゃん、なんでララのこと知ってるの!? その口ぶりだとまるで会ったことあるみたいに聞こえるんだけど!?」
「いや、『まるで』じゃなくて、実際に会ったからな。言っておくけどララちゃんだけじゃないぞ、ロールくんとか、ランバーくんとか、フェリスちゃんとか、光ちゃんとか、他のメンバー全員とも会った」
しれっとして答えるドナを、しばし呆気に取られて見つめるシャルル。
「ど、ど、どこで!? いったい、どこで会ったの!?」
「さ〜〜、どこでしょうねぇ。そもそも別れてきたおまえには関係ないんだろ? どこだっていいんじゃないの?」
「う、うぐぐ、いぢわる!! ドナくん、昔からそうだったけど、あたしには物凄くいぢわるなんだから!!」
面白そうな笑顔を浮かべながら再び茶碗をとってご飯をぱくぱく食べ始めるドナを、悔しそうに睨みつけるシャルル。
そんなシャルルの様子を横目でちらちらとみていたドナだったが、やがてご飯を全て食べ終えて茶碗を置き、いつのまにかやってきていた店主が差し出した湯呑を両手で受け取ってずず〜っとうまそうにすする。
「ふ〜〜っ、やっぱ食後の東方玄米茶は美味しいよね」
「ドナくん!!」
「わかったわかった。じゃあさ、最後に一つだけ答えてくれ。それさえ答えてくれたらどこで俺様が彼らと会ったのか、それとついでに彼らがいまどこで何をやっているかも教えてあげちゃおう」
カウンターにトンッと湯呑を置いたドナが、ニヤリと笑ってみせるのを戸惑ったように見つめるシャルル。
「えっと・・わかったわよ。なによ、早く聞きなさいよ」
「おまえさ、自分の精子で生み出された子供達のことは興味ないみたいなこと言っていたけどさ・・あれ嘘だよな?」
「え・・」
「だってさ、本当に興味ないのだったら、わざわざ中学校に張り込んで士郎のこと守ったりしないだろ?」
「!!」
ドナの言葉にみるみる顔を青ざめさせるシャルル。
そんなシャルルの様子に気がついてない風を装いながらもドナは言葉を紡いでいく。
「士郎だけじゃない、タイプゼロツーに襲われていたちょびくんのピンチがわかるように、わざと爆発音を響かせたのもおまえだし、放浪してボロボロになっていたゆかりちゃんに士郎の居場所を教えてやったのもおまえだ。違うか?」
「な、なにいっちゃってくれちゃってるのよ・・あ、あたしはそんなこと知らないわよ・・た、例えそれがそうだったとしてそれがなんなのよ!! ドナくんに何の関係があるの!?」
「あるさ、大ありだ。おまえは知らなかっただろうが、今の士郎はな、俺様の家族なのさ」
「え・・えええっ!? えええええええええええっ!! う、うそでしょおっ!? だってだって、今、あの子は養蜂家の『人』の家で寝泊まりしてるはずじゃあ・・」
驚愕の声をあげるシャルルを心底おもしろそうに見つめていたドナだったが、やがて湯呑をカウンターに置いてスーツの内ポケットから携帯念話を取り出すとどこかに念話をかけはじめる。
「美咲? 俺様だ。うん、そう、話は終わった。準備はいいか? うんうん・・えっ!? あ、やだ、来てくださってるの!? そ、そういうことはもっと早く念話してきなさいよ、もう!! そうだ・・会っていかれるのかしら? うんうん、違うのね。じゃあ、予定通りってことで、西域からやってきた子達をこの店に向かわせて頂戴。そうそう、わかってると思うけど、美咲はもう帰っていいから。あとは私達だけで・・うん、そう、明日は遅出になるわ。昼までには出勤するけど・・そういうことでよろしくね」
携帯念話で話している最中、突然『女』の顔、『女』の口調になってしまったドナは、急いで持って来ていたバッグから化粧品やらティッシュやらを取り出してばたばたと用意を始める。
「ドナくん、どうしたの急に・・」
「これから『女』の時間なの。公人としての『俺様』はおしまい」
「『女』の時間・・それってまさか」
何かにはっと気がついたシャルルがドナに問いかけるような視線を向けるが、ドナは焼き鳥の油がついた顔を一生懸命ぬぐったり、口紅を引き直したりの化粧直しをするのに必死で目を合わせようとはしない。
ただ口だけを開いてシャルルの無言の問いかけには答える。
「士郎のことをもっと詳しく知りたかったらうちに遊びにきなさい。うちの住所はちゃんと伝えてあるから聞いてくれたらいいわ。って言っても今は『人造勇神』騒ぎでそれどころじゃないんだったわね・・そうだ、中央庁の総合ビルに来てくれたらいいわ。あなたのこと受付に伝えておくからすぐに私のところに通してもらえるはずよ。旦那様も会いたがっているんだから、絶対一度は顔を出しなさいね、いいわね」
「急に『女』言葉になっちゃうんだもんなあ・・雰囲気も完全に『女』だし、いつもながら見事なばけっぷりねえ・・」
「失礼ね。これも私ってだけの話よ。別に自分を偽ったりしていないわ。私の大事な家族の前では私は『私』なのよ」
手早く化粧直しを完了させたドナは、艶やかな女性としての美しい笑みを浮かべてみせると、先程までの豪快な立ち居振る舞いから完全に切り替えて、優雅に椅子から立ち上がる。
「おやじさん、御馳走様。あと、最後に注文追加しておきたいんだけど、いいかしら?」
「おや、もう帰るのに注文かい?」
「ええ、相当に飲み食いするであろう連中がここに入ってくるはずだから、できれば奥の座敷を使わせてもらえるとありがたいんだけど」
「いいぜ、今日は誰も使ってないしな。で、どれくらい焼いておけばいいんだ?」
「全種類50本ずつ・・って言っても全然足らないと思うから、随時注文を聞いてあげて、お金は今月渡している分で足りると思うけど」
「おう、十分足りてる・・というか、先月の分も使いきってないし。わかった焼いておく。それとガラスの破片は置いておいてくれ、片付けておくからよ」
「ごめんね、迷惑かけちゃって、本当にありがとう。今度は旦那様とゆっくりくるわね」
「旦那によろしくな」
店主と和やかな会話を交わしたドナは、右肩にバッグをひっかけると店から出て行こうとする。
その様子にはっと気がついたシャルルは、自分が聞きたかった肝心な内容を教えてもらっていないことに気がついて、慌ててドナの背中にすがりついて引きとめる。
「ドナくん、ちょっと待った!! まだ、あ、あたしの質問に答えてもらってないんだけど!!」
背中にすがりついてくるシャルルを、振り返って見つめていたドナであったが、すっと片手をあげると店の引き戸に指先を向ける。
「ん〜〜・・っとね。あれが答え」
「あれ?」
ドナの答えの意味がわからず指先が示す引き戸のほうを見つめて小首を傾げるシャルルだったが、その直後、ガラッと引き戸が開いて外から20代前後と思われる男女の集団がわらわらと中へと飛び込んでくる。
『シャルル様!!』
「え! え? ええええっ!? ちょ、ま、まさか・・みんな!?」
口々にシャルルの名前を呼びながら店の中に飛び込んできた若者の集団は、あっというまにシャルルを取り囲みうれし涙を流しながら我も我もと抱きついていく。
「シャルル様!! シャルル様!!」
「ああ、ご無事だったんですね!! よかった、本当によかった!!」
「団長、心配したんですよ!!」
「あたし達のこと忘れちゃったんじゃないですよね!? そんなことないですよね!?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ったみんな、落ち着いて!!」
もみくちゃにされながらもなんとか若者達をなだめようとするシャルルだったが、ふと視線の先に外に出て行こうとしているドナの姿を見つけ、慌てて呼び止める。
「ド、ドナくん、待ちなさい!! 説明くらいしていきなさいよ!! ちょっとお!!」
「彼らから聞けばいいじゃない? あなたを探して西域からわざわざ出てきたんですってよ。おやじさんが店の奥の座敷使っていいよっていってくださっているから、そこでゆっくり積る話をしなさい。あ〜、どれだけ飲み食いしてもいいけど、一応この時間の閉店は0時だから、それまでにはお開きにしなさいよ。いいわね・・おやじさん、すいません、お騒がせしちゃうけど、許してね」
「いいさ、おまえさんがいつも連れてくるメンバーに比べればおとなしいもんだ。特にあの龍族のね〜ちゃんは酒癖が物凄く悪いからなあ・・おまえさんがいるときはおまえさんが止めてくれるからいいんだが、一人で来たときの暴れっぷりといったら・・あれを見ると大概の酔っ払いはかわいくみえる」
「か、かさねがさねうちの部下がいつもご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません、詩織にはちゃんと言い聞かせておきますので」
へこへこと店主に頭を下げて見せたドナだったが、やがて少々引き攣った笑みを浮かべるともみくちゃにされているシャルルのほうへと向ける。
「じゃあまたね。必ず中央庁に顔を出しなさいよ」
「絶対行くわよ、こっちは納得できてないことが多いんだから!! ちょっと、みんなくっつきすぎ!! 暑いからちょっと離れてってば!! 」
「はいはい仲が良くて結構ね、じゃあ、待ってるわよ〜ん」
片手をひらひらと振りながら今度こそドナは外へと出て行ってしまった。
その後ろ姿を見送ったシャルルは、溜息をひとつ吐き出すと自分を取り囲む懐かしくも愛しい家族の顔を順番に見つめていき、心からの笑みを浮かべてとりあえず言うべき言葉を口にする。
「あの・・みんな、その・・ただいま」
引き戸の外から、しばらく中の気配をそれとなく見守っていたドナであったが、中の様子が落ち着いてきたことを感じると、安堵のため息を吐きだして今度こそその場を離れていく。
そして、別の方向へと意識を向ける。
夜の帳が落ちて、街灯の薄暗い光しかない闇の中にあっても、尚その温かみを失わない自分だけの場所。
どこにいたって、何をしていたって、その温かみは自分を包み決して離れることはない。
「隠れていたってダメですよ。私にはわかるんですから」
迷うことなく向けた視線の先には、いつまでも何年たっても変わらない、変わることのない自分を見つめる優しい視線と温かい笑顔。
ドナは、小走りに駆け寄ると自分よりも弱冠小さいその身体を抱きしめる。
「お疲れ様でした、奥さん。すいません、本当だったら僕がすべき仕事を押し付けちゃって」
「いいんですよ。だって、旦那様って正直だからいろいろとまだ話すべきことじゃないことまでぼろぼろとシャルルにこぼしちゃいますものね」
「面目次第もない」
自分の腕の中でがっくりと肩を落とす愛しい夫の姿を見て、くすくすと可愛らしい声を上げて笑うドナ。
そんなドナのほうを見てバツが悪そうにてへへと笑って見せていた仁だったが、再び穏やかな表情にもどってドナを見つめ直す。
「一度家に帰りましょうか。シャルルの様子も詳しく聞きたいですし・・」
少し真剣な色を瞳に宿して言葉を紡ぐ仁であったが、なぜかその仁の提案にちょっと顔を赤らめて首を横にふってみせるドナ。
「えっと、あの旦那様・・これから家に帰るのも時間かかりそうですし、泊って帰りませんか?」
「泊って? でも、このあたりってちゃんとした旅館とかは・・あ・・」
最愛の妻がどういうところに泊りたがっているのかをすぐに察した仁は、目の前の妻と同じように顔を赤らめる。
そんな感じでしばらく2人は抱き合ったまま無言で見つめあっていたが、やがてドナが恥ずかしそうに口を開く。
「その・・久しぶりに、ね」
「はい、僕も久しぶりに奥さんを感じたいです」
恥ずかしそうに答えを返しながらもこっくりと頷いてみせる仁を見つめていたドナは、おもむろに顔を寄せるとその唇を重ねる。
そして、しばらく2人はそうしてお互いの唇を貪っていたがやがて、そっと離したドナが、さらに顔を赤くしてごにょごにょと口を開く。
「なんか、シャルルの話を聞いていたら、そういう気分になっちゃって・・」
「あ〜、やっぱりシャルルの話はそっちの方面の話だったですね・・ガイのこともそうだけど、根が深くなりそうだなあ・・」
なんともいえない複雑な表情を浮かべる仁の身体を自分の腕から解放したドナは、仁の腕に自分の腕をからみつける。
「まあ、とりあえず、その話は明日にでも改めて・・今は・・」
「そうですね、今は僕の一番大事な『人』のことに集中しますね」
「私も・・私もそうします」
そうして2人は初々しいカップルのように微笑みあうと、夜の街の中へと消えていった。
この日以降、中央庁の『人造勇神』のリストからタイプ ゼロスリーの名前は消去され、残る標的はタイプ ゼロツーのみとなる。
尚、『人造勇者』シャルル・ハリスと、研究所で調整途中であった10人の『人造勇神』についての記録は一切残ってはいない。