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恋する狐は止まらない そのじゅういち

 強い・・


 といっても圧倒的な強さではない。


 相手の攻撃は避け切れていないし、自分の攻撃も完全には決まっていない、地面を転がり、木々の間を駆け抜け、掴んだ地面の砂を投げつけたり、地形を巧みに利用したり、攻めるだけでなく相手と距離を開けるために逃げてみたり、それはもう泥臭い限り、全くスマートさの欠片もない戦い方。


 でも、はっきりとわかる、見ただけでわかる。


 強い・・


 あれだけ実力差が開いているとわかる相手に、互角以上の戦いを繰り広げることができるなんて、いったいどれだけの修羅場を潜り抜けてくれば身につけることができるというのだろう。


 戦闘が開始されてからそれほど時間がたったわけではない、しかし、その身体はすでに傷だらけ、泥だらけ。


 それでもその爛々と光る瞳に宿る闘志に陰りは一切見られない。


 最後の最後まで諦めないという強い意志の輝きを放ちながら、戦い続ける。


 今まで私はこの『人』がまともに戦っている姿を見たことがなかった。


 一度だけ、それらしい現場を見守ったことがあるが、そのときは相手を攻撃してはいけない状態であったため、一方的に殴られるだけ。


 それでも、その様子から相当強いということは認識してはいたのだけど、まさかここまでの強さを秘めていたなんて。

 

 呆然としてその様子を見守る私の目の前で戦い続ける。


 私の愛しい『人』が・・私の旦那様が・・宿難(すくな) 連夜(れんや)が戦い続けている。


 今朝、家をこっそりと抜け出して『特別保護地域』の地下鉄駅へと向かった旦那様を追いかけた私は、そこで、旦那様の親友ロムくんと再会を果たしていた旦那様を発見。


 自分が立てたスズメバチ型ゴーレム撃退作戦に参加できない旦那様が、少しでも参加メンバーをサポートするためにと用意した数々の道具や薬品を手渡していた。


 ひょっとすると自ら作戦に参加するためにロムくんと一緒に出陣してしまうんじゃないかってハラハラしてみていた私の前で、旦那様はちゃんとロムくんを送り出して自分自身は残ってくれた。


 ほっとして旦那様と合流した私だったんだけど、私がついつい小言を口にしてしまったがために私の前から逃走してしまった。


 慌てて旦那様を追いかけた私だったけど、なんと旦那様の姿を見失ってしまうという大失態を犯してしまう。


 旦那様の気配をしっかり掴んでいたはずなのに、どうして?


 一瞬パニックになりかけた私だったけど、よくよく考えてみると、ここから出るための唯一の出入り口である地下鉄駅とは反対方向に逃げていってしまわれたわけだから、この『特別保護地域』からいなくなったわけではないという結論を導き出して冷静になる。


 そして、もう一度よく考えてみた結果、恐らく気配が掴めないのは異界の力や気配を断つことができるハインドマントを身に着けたからに違いないと予想する。


 あのマントを旦那様が何度も使っているのは見ているから、恐らく間違いないだろう。


 まったく、どこに隠していたのかしら?


 でも、気配を断ったとしても、私にはもう一つ追跡するための能力がある。


 匂いだ。


 『狐』の姿になった私の嗅覚をもってすれば、旦那様のあとをつけることはそれほど難しいことではない。


 って、すぐに気がつけばよかったんだけどね。


 まあ、私も動転していたし。


 ともかく、それですぐに旦那様の匂いを辿って追いかけてきたんだけど・・


 旦那様を見つけたときには、見たこともない人物と激闘を繰り広げている真っ最中だったというわけ。


「僕を直接狙って来てくれてありがとう・・僕だけ蚊帳の外かと思っていたんだ。自分の立てた策で他人を躍らせて、自分だけ安全なところに隠れてのうのうと惰眠を貪る・・そんな平和はくそくらえだ!! 君もそう思わないか? 葛城(かつらぎ) 獅郎(しろう)!!」


 木々の間から対峙する相手に、嬉しそうに叫ぶ旦那様。


 猛禽類にも似た鋭い眼差し、両手に突き出した指の間にはまるでジャグラーのようにいくつもの珠を挟み込んで油断なく構え、見たこともないような凄まじい闘気を噴出させる。


 旦那様の言葉に対峙する相手も何とも言えない嬉しそうな表情を浮かべる。


「まったくだ・・本当に全くその通りだ。そんなのは君らしくない。そんなのは僕のライバル 宿難 連夜じゃない・・嬉しいよ、君が君でいてくれて」


 黒髪黒眼、身長は180cm前後、男とも女ともつかぬ美しい素顔をした人間と思われるその人物は、黒いブレストアーマーで武装した上に真白の戦闘用コートを身に着け、その手にはコートと同じ真っ白な直剣。


 歳の頃は旦那様と同じくらいだろうか、顔は笑っているが、旦那様と同じような闘気を噴出させながらゆっくりと剣を目の前で立てるように両手で構えて突きだしてみせる。


「中学時代から本当にしつこいよね、君。いい加減僕に対する執着を捨てたらどうなのさ」


「君を破ることができたら改めて捨てることにする。それまでは付き合ってもらうぞ、宿難 連夜!!」


「いちいちフルネームで呼ばなくていいよ、もう、鬱陶しい」


 葛城 獅郎と呼ばれた人物が剣を振るうと、その斬撃に合わせて衝撃波が生み出されてそのまま目の前の旦那様へと向かう。


 しかし、旦那様は慌てた様子もなく指の間にある珠を目の前に投げ捨てると、その珠が割れるや否や地面が盛り上がって壁となり、向かってきた衝撃波とぶつかりあって派手に土を撒き散らし弾ける。


 気がつくと旦那様は横走りにその場から走って離れており、白いコートの剣士もそれを追って走りだす。


「相変わらずのらりくらりと逃げるのだけは巧いな、宿難 連夜。たまには立ち止まって僕と正面からやりあってみてはどうだ?」


「やれやれ、挑発の仕方も変わらず下手くそなままですね、君は。もうちょっと成長しなさいよ。ほんとに、子供のままなんだから」


「な、な、なんだとおおおおっ!!」


 旦那様を挑発するつもりが逆に挑発されて激昂してしまい、手にした剣を振って次々と衝撃波を撃ちだし続ける白いコートの剣士。


 それを巧みに森の木々を使って避けながら旦那様は走り続け、衝撃波が作り出すのは派手な音と土埃だけ。


 その反対に、旦那様が思いだしたように落としていく珠は様々な効果を発揮して、面白いように相手の剣士を翻弄する。


 強烈な光を発して目を眩ましたり、まるで生ゴミ置き場の匂いを何倍にも凝縮した匂いを炸裂させたり、以前私を助けてくれたときに使用した『轟音珠』っていう物凄い轟音を響かせる珠だったり、挙句の果てにはローションみたいなものをぶちまけてツルツル滑って前に進めないようにしてみたり。


 戦闘が始まって最初のほうでいい具合に旦那様を追いつめていたものだから、急に自分が劣勢になってしまったことが信じられず余計に旦那様の術中にはまってしまっているみたい。


 これ全部計算して罠にはめているんだとしたら、旦那様って相当性格悪いわよね。


 いや、確かにそういうところあるわよねえ、私も結構いろいろとはめられているもの。


 まあ、私の場合はその後に何かご褒美的な何かが必ず待っているからいいんだけど・・そういうところも計算してやってるんだろうなあ。


 こうして私は旦那様から離れられなくなっていくと。


 と、いうか、すでに離れられませんが何か問題でも?


 いやいや、そういう話を言ってる場合じゃないわ、そうこうしている間も、旦那様がどんどん森の深い所に相手を引きずりこんでいく。


 相手は完全に頭に血が上っているのか、ただひたすらに旦那様を追いかけるばかり。


 私は少し離れたところから観戦しているもんだから、冷静に旦那様の行動を分析してみることができるけど、きっと実際にあの場所で戦うときっとあの剣士と同じように翻弄されちゃうんだろうなあ。


 旦那様、間違いなく相手の剣士をどこかに連れて行こうとしている。


 いったい何があるっていうのかしら?


 え? さっきからなんで参戦しないんだって?


 あのね、私だって参戦したいわよ。


 したいけど、私に気がついた旦那様が目で合図送ってきたの、『しばらく手を出さないで』って。


 もうね、今すぐにでも出て行ってあの剣士をぶちのめしてやりたいけど、何か旦那様にお考えがあるみたいだし、とりあえず、本当にやばくなったらいつでも飛びだせるように気配を消してついて行っているってわけ。


「それにしても僕の居場所がよくわかったね? かなり情報封鎖していたはずなんだけどなあ」


「別に難しいことじゃない、中学時代に君といつも一緒にいた、あのバグベア族を『嶺斬泊』で見かけてなんとはなしについてきたら、この駅について、そしたら君がいたというだけの話だ」


 木々の間を隠れるようにして走り抜けながら旦那様が声をかけると、憤怒の表情のまま追いかけてくる剣士が面白くもなさそうな口調で答えを返し、その答えを聞いた旦那様の表情が途端に驚愕に変わる。


「え? ちょ、ちょっと待って? 今、君たまたまって言った? たまたまここについたってことなの? 計画通りじゃないの?」


「たまたまはたまたまだ。なんだその計画通りというのは?」


「まさかとは思うけど、一応確認しとこう・・君、ゴーレム研究家のおじいさんとつるんでいるんだよね?」


「なんの話だ? 僕はいつでも一人だ。中学時代から僕が一度でも徒党を組んでいたことがあったか?」


「ええええええっ!? うそ~~ん!! ここに来てまさかの大誤さ~~ん!! うわっと!!」


 なんだか物凄く頭を抱えながら絶叫した旦那様は、飛んできた衝撃波を間一髪横っ跳びにダイブしてやり過ごし、再び全力疾走をはじめる。


「こ、答えてくれるかわかんないけどさ、一応聞いてみるよ・・あの、葛城ってさ、中学時代からずっと、『人造勇神 倚天屠龍(G-バスター)』って名乗っていたよね?」


「それがどうした?」


「君ってタイプナンバーって何番なの?」


「そうか・・君は僕達が複数いるってことを知っているのか・・まあ、それはそうか『勇者の魂』を狙っているのは僕だけじゃないものな・・」


「『人造勇神』タイプ ゼロツーって君のことじゃないの?」


「ゼロツーを知っているということはあいつに会ったのか・・『倚天屠龍(G-バスター)』と呼ばれる『人造勇神』は全部で10人いる。その中で、ゼロナイン、ゼロセブン、ゼロシックス、ゼロツーにはある共通点がある・・それは・・全員が全員とも人間じゃないってことだ。葛城(かつらぎ) 獅郎(しろう)という500年前の『人造勇者』の遺体から作り出された正真正銘の『怪物(フランケンシュタイン)』なのさ・・」


「ふ、『怪物(フランケンシュタイン)』!? え、うそでしょ? それってただの伝説でしょ?」


 必死に逃走しながらも、素っ頓狂な声を上げて吃驚仰天する旦那様。


 いや、横で聞いている私も相当驚いているけど・・『怪物(フランケンシュタイン)』ってあれよ、人間の死体をつなぎ合わせて造りだされるとんでもない新生命体のことよ。


 しかも異界の力とかなしでよ!? 大自然から得られるなんらかのエネルギーをつなぎ合わせた死体に注入して生み出される怪物のことで、人間以外の種族の間にも広まっている有名な伝説なんだけど・・


 普通無理でしょ!? 遺体をつなぎ合わせて新しい生命を造るなんて!!


「伝説じゃない・・いや、『人造勇神』を生み出した秘密結社『FEDA』の科学者達もそんなものは最初信じていなかった。でも、ある遺跡から太古に作り出されたと思われる『怪物(フランケンシュタイン)』が、無傷でしかも稼働可能な奇跡的な保存状態で見つかったんだ。それを蘇生した科学者達は、そのオリジナルを元に4体のコピーを生み出した。それが、ゼロツー達だ」


「あ、ああ、そう・・ま、まあとりあえず、いいや。それで、君はその4体のうちのどれかってことか」


「・・ちがう」


「は? ち、ちがう? 違うってどういうこと?」


「僕は・・造られた10体のどれでもない・・僕は『人造勇神(じんぞうゆうしん)』 『倚天屠龍(G−バスター)』 タイプオリジナルゼロ。僕が・・僕こそがその発掘された『怪物(フランケンシュタイン)』だ!! 」


「えええええええっ!? う、うそおおおおおおおん!!」


「と、ともかく、そんな話はどうでもいいの!! 大事なことは君を倒すのが、この僕、葛城(かつらぎ) 獅郎(しろう)だってことだ!!」


 そう雄々しく叫ぶと、白いコートの剣士は裂帛の気合いと共に剣を目にも止まらぬ速さで数回振りぬき、それと共に発生したいくつもの衝撃波が旦那様めがけて飛んでいく。


 旦那様は、その衝撃波をごろごろと地面を転がることによって回避して態勢を立て直すと、一つの珠を地面に叩きつけて破裂させ、そこから噴き出す白い煙幕の中に身を沈める。


「しまったなあ・・君が来ることについてはずいぶん前から見越してはいたけれど、まさか、肝心の君がターゲットの彼と別人だったなんて・・しかも伝説の『怪物(フランケンシュタイン)』とは・・まあ、やっぱり僕の浅知恵でどうこうできるほど世の中は甘くないし、僕の知識でカバーできる内容なんてちっぽけなもんだよねえ。でも、それはそれでなんだかほっとするよ。僕はやっぱり脆弱で何の能力も持たないただの一般人にすぎないってね」


 相手の告白を受けて少なからずショックを受けていたと思われる旦那様だったけど、なんだかむしろ覚悟を決めたぜみたいな男らしい不敵な笑顔を浮かべて見せ、いつもの漂々とした口調で相手に話しかける。


 それに対して相手はまたもや激昂して絶叫する。


「どこが一般人だ!? 君が一般人なら『害獣』ハンターですら一般人だ!! ふざけたこと言ってるんじゃない!!」


「え~~~、そう言われると心外だなあ・・僕みたいな草食系小動物に対してひどくない?」


「うがああ!! ど、どこがだああああ!!」


 こんなこと言いたくないですけど・・私もそこの剣士さんと同意見です、旦那様。

 

 完全に羊の皮をかぶったなんとやらだと思います。


 白い煙幕のせいで旦那様の姿を見失ってしまった剣士が、手当たり次第に衝撃波を飛ばして煙幕を吹き飛ばすと、その煙が晴れた向こうに、旦那様の背中が現れる。


 白いコートを翻し、すかさず旦那様のあとを追いかける剣士。


 だけど、やがて大して距離を進まないうちに旦那様は立ち止まり、振り返って追いかけてきた剣士と再び対峙する。


 なんだかわからないけど、今の旦那様、物凄い真剣な表情を浮かべて相手の顔を見つめているわ。


 よくみると顔からはだらだらと汗が流れ出ていて、その真剣な表情は気を抜くとすぐにでも崩れるといわんばかりに引き攣っていて、いったいどういうことなのか私にはさっぱり理解できないんだけど、物凄く緊張しているように見える。


 あれだけ豪胆に相手をしてきた旦那様がいったい何をこんなに緊張しているのかしら?


 別にこの目の前の相手が変わるわけではないだろうし、ましてや私が待機していることも知っているはずなのに。


 すると、ちらっと私のほうを見た旦那様がなにやら目線だけで、『離れてください、できるだけ遠くに』なんて合図してきた。


 ええええええ!?


 いったい何をする気なの!?


 旦那様の異変に逸早く気がついた私とは対照的に、目の前の剣士はそんな旦那様の様子に気がついた様子が全くなく、獲物をおいつめた狩猟動物のような獰猛な笑みを浮かべてゆっくりと近づいて行く。


 そんな相手に、旦那様は若干震えの入った声をかける。


「そ、それ以上近づくな、葛城・・そ、それ以上近づくというのなら・・僕は最大級の本気で君とやりあうことになってしまう・・」


「それだ・・僕が求めていたのはそれなんだ!! 僕は・・僕は君の本気と向かい合ってみたかった・・ずっとずっと君と本気で戦ってみたかった。やっとその気になってくれたんだな・・これ以上の喜びはない!!」


 そう言って手にした剣をざっと構え、旦那様をじっと見つめる剣士。


 でも、なんだかこの『人』の目って、やけに澄み切っている気がするのよねえ・・敵意とか害意っていうよりも何か他の感情を感じるんだけど、なんだろ。


 いや、それよりも問題は目の前の旦那様の表情だわ。


 追い詰められてなのかどうなのかわからないんだけど、めちゃくちゃ怯え始めている。


 だってもう半分表情が崩れちゃっているんだもん。


 いよいよ私の出番かしら・・伝説の『怪物(フランケンシュタイン)』相手にどこまでやれるかわからないけど、旦那様を守るためなら鬼神だって蹴り捨てられるわ。


 そう思って旦那様に目線で合図を送ると、なんと旦那様、物凄い勢いで首を横に振って見せるの、しかも返してきた目線には『ダメダメダメダメダメ!! 絶対、ダメ!! 近づいちゃダメ!!』って・・なんなのよ、いったい!?


「ぼ、僕はね、葛城・・この『人造勇神』の作戦を発動するにあたって、一番気にしていたのは君のことだった。君だけは僕を見つけ出すだろう、そして、君とだけは僕自身が戦わなくちゃいけないって思っていた。だから、ずっと君と戦う用意をしてきた。恐らく、君はここに来るだろうから・・ここで戦う為の用意を・・君との決着をつける準備を・・でも、本当は来てほしくなかったよ、君とは戦いたくなかったし」


「宿難・・あの・・僕は・・」


 泣き笑いのような表情を浮かべて口を開いた旦那様に、対峙する剣士の闘気が一瞬薄れ、その目が潤んだように見えたけど、すぐに剣士は頭を振ってみせると再びきっと怖い顔を浮かべて旦那様を見直す。


「ダメだ・・やっぱり君とは戦って決着をつけるんだ・・決着を・・決着をつけて、約束を・・約束を守ってもらうんだ!!」


 約束? 


 約束ってなんですか? 旦那様?


 え、なんでそこで私から顔を背ける、旦那様?


 どういうこと? なんだかよくわからないけど、すっごい嫌な予感がするわ、私!!


「と、ともかく、やっぱり、やめたほうがいいよ、葛城!! ね、今日はやっぱり決着つけるのやめようよ。僕、かなり気が進まなくなってきたよ。ってか、正直かなり気分が悪くなってきたから、一刻も早くここから立ち去りたい気分でいっぱいなんだけど!!」


「何をわけのわからないことを言っているんだ、宿難 連夜!! もういい、僕は覚悟を決めた、例え君が用意した切り札がなんであろうとも、僕はそれを打ち破って君に勝利する!! そうしないと・・だって、そうしないと一歩も進めないもん!!このままじゃ進めないんだもん!!」


 なんだか悲痛な表情で叫ぶ剣士に対し、対峙している旦那様もかなり悲痛な表情で叫び返す。


 いや、その意味は明らかに全然違うものだと思うんだけど、なんだか、ずいぶん切羽詰まった様子なのよ。


「や、待て、落ち着いて、葛城!! やっぱり話し合おう!! もう一カ月近く前から仕込んでいたんだけど、僕怖くて今日まで確認してないのよ!! 今ここがどうなってるのか、どういう状況なのか、僕ですら未知数なの、ほんとにやばいのよ!! 葛城、聞いてる? を~い!!」


「もう、問答は無用・・行くよ、宿難 連夜!!」


「いや、だめだ、きちゃだめだ、やめろ、やめるんだ、かつらぎ~~~~!!」


 二人はそれぞれ違う意味で絶叫を放ち、そして、次の瞬間、唐突に決着の時が来た。


「宿難 連夜、覚悟おおおおおっ、おわああああっ!!」


『ズボッ!!』


 旦那様に向かって斬りかかっていった剣士だったけど、一歩進むか進まないかくらいでいきなり姿が消えた。


 剣士が消えた地面のあたりに視線を向けた私は、そこに人一人が入れるくらいの穴が開いているのを確認して事態を悟った。


 どうやら旦那様が作った落とし穴に落ちてしまったようだ。


 もう、旦那様ったら、ほんとこういう戦法得意よねえ。


 きっと、自分の仕掛けた罠にはまってくれた相手に対して優越感に浸りきった顔をしているんだろうなあと思って旦那様のほうに視線を向けた私だったけど、旦那様は私の予想とは全く逆の顔をしていた。


 まるで親友にひどいことをしてしまって罪悪感にさいなまれているような、悲しみに満ちた表情を浮かべて穴に近づく旦那様。


 だけど、相手が飛び出して来て向かってくるのを警戒しているのか、思ったほど穴に近づこうとはせずにちょっと離れたところまでいって旦那様は恐る恐る声をかける。


「か、葛城・・無事か? 大丈夫?」


『大丈夫じゃない!! やってくれたな、宿難 連夜!! なんだ、この穴は!? 狭い割に臭いし、ずいぶん天井も高い!! それに地面がやけにべちょべちょしているみたいだが』


 穴の中からは思ったよりも元気そうな剣士の声、しかし、旦那様は逆に声を潜めながらも強い口調で呼びかける。


「あ、あ、ダメだ!! 葛城、騒ぐな!! 騒ぐなよ、すぐに『人』を連れて来て助けてやるから、絶対に騒いじゃだめだよ!! いいね、大人しくしてて!!」


『ふ・ざ・け・る・な!! こんな穴くらい僕の超人的な能力を駆使すれば・・』


 カサッ・・


 カサカサッ・・


 え、なにこの音? なんだかどこかで聞いたことのあるような、非常にやな感じの音なんだけど。


 顔をしかめながら旦那様のほうに視線を向けてみると、旦那様が震えながら後ずさっている姿が。


 ええええっ!? 旦那様をあれだけ怯えさせるこの音っていったい!?


 そう思っていると、音の数が徐々に増えていることに気がついた。


 カサカサカサカサカサカサカサカサッ・・


『な、なんだ、この音は・・何かこの穴にいるのか? 『光源珠』がちょうどあるし照らしてみるか・・』


「だ、ダメだ!! 光は絶対ダメだ!! よせ、葛城!! だめだあああああああっ!!」


 必死に呼びかける旦那様の声を聞く様子もなく、剣士は光を発生させる『光源珠』を使ったらしく、穴から眩しい光が立ち上るように漏れ出す。


 そして・・次の瞬間、私には想像もつかない地獄絵図が穴の中に出現した・・らしい。


『いったい、この穴に何が・・って、ンキャアアアアアアアアアアアアアッ!! イヤアアアアアッ!! イヤアアアアアアアアッ!! イヤアアアアアアアアアアアアッ!!」


「葛城、かつらぎ~~~~~~っ!!」


 ガサガサガサガサ!! ブーン、ブーン、ブーーンッ!! ガサガサガサガサッ!!


 無数の何かが地面を這いずりまわる音や、羽を羽ばたかせて飛び回る音が穴から響いてきたんだけど、私はその音に物凄い生理的な嫌悪感を抱いて身震いする。


 私はその音源がなんなのか唐突に理解したの。


 ちょ、だ、旦那様、その穴の中にいるモノって、まさか・・


 穴から絶え間なく聞こえてくる凄まじい絶叫に、旦那様は思わず穴の側に駆け寄って覗き込んだんだけど、一瞬穴の中を直視したあと、すぐに口を押さえながらそこを離れる。


 そして、すぐ側を流れる小川までいって四つん這いになると、川の流れに顔を突き出して・・


「お・・おえええええええええええっ」


 旦那様は自分の身体から口を通して、小川のお魚さん達に撒き餌をプレゼントしはじめた。


 あああああああっ!!


 だ、旦那様!! 


 旦那様しっかりしてええええええ!!


 私は気配を断つのをやめてすぐに旦那様の側に駆け寄ると、真っ青になったまま、小川の小魚達に撒き餌をやり続けている旦那様の背中をさする。


「だ、だまもざん・・ず、ずいばぜん・・お、おええええええええっ」


 あああ、いいから、無理してしゃべらなくていいですから、旦那様!!


「ぼ、ぼぐ、ゴキブリだげば、ダメなんでずよ・・おえっ・・おえええええええっ・・じ、自分で仕掛けておいだんでずけど・・あ、あんな巨大な巣になっていだなんで・・お、お願いです、玉藻さん・・お父さん達を呼んで来てください・・た、助けてあげないと・・実は葛城もゴキブリがダメなんですよ・・このままだと精神に異常が・・」


 えええええっ!!


 や、やっぱりあの穴ってゴキブリの巣だったのおおおおおっ!?


 唖然としている私に、旦那様はぐったりしながらもこくこくと頷いて見せる。


 そ、そこに落とされたあの剣士さんは今頃・・


 ひ~~~~~、こええええええええええ、こわすぎるうううう!!


 ってか、自分も苦手なくせにそんな恐ろしい罠を仕掛ける旦那様も旦那様よねえ・・下手すれば自分が地獄行きなのに。


 まあ、でも相手の弱点を攻めるのは常道中の常道だからなあ、当然の仕掛けと言えばそうなるのかしら。

 

 間違っても私は食らいたくないけど・・ぶるぶるぶる。


 私がそっと後ろを振り返ると、今だに恐ろしい悲鳴が続いていた。


『きゃあああああ、飛んでる!! 顔に飛んできた!! いや、いやああああ、こっち来ないで~~~!! 死ぬ、死んじゃう!! きゃああああああああ、走ってきた、飛んでくる!! 全部黒い!! まわり全部黒い!! うわ、触った!! 触っちゃった!! ねばっこい!! 黒いのいやあああああああ!! す、宿難助けて!! お願いたすけて~~~~!!』


「あああああ、が、がづらぎが・・だ、だまもざん、急いで行ってきてください、ぼ、ぼぐは大丈夫でず!!・・お、おえっ・・おえええっ」


 全然大丈夫に見えないんだけど、肝心の敵は完全に無力化しているしなあ・・しょうがない、行ってきますね!!


「ばい、お願いしばず・・おえええっ」


 小川のほとりでまるで打ち上げられた水死体のようになってしまっている旦那様をそこに残し、私は助けを求めて森を疾走しはじめた。


 もう~~、とんだことになっちゃったわねえ・・


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