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Act 29 『クリス』


 森の奥地で平和に暮らしていた自分の一族の前に突然現れたその恐るべき襲撃者『害獣』は、たった一時間ほどで村を壊滅に追いやった。


 そのとき村にいたクリスも大怪我を負ったが、クリスの村からそう遠くないところに集落を持ち、当時エルフ族と親交を持っていた狼獣人族の勇猛な戦士達が異変に気がついて駆けつけてくれたおかげで、他の生き残りと共に救助され一命を取り留めることができた。


 しかし、父を、母を、そして可愛かった妹を目の前で奪われ、たった一人生き残った幼いクリスの心には、とてつもなく大きな傷が残り、そしてその傷からは復讐という名の業火が噴き上がり続けることになった。


 クリスは自分を救助してくれた狼獣人族の夫婦に引き取られ、何不自由することなく大事に育てられたが、胸の中を吹き荒れる復讐の炎は一向に衰えることなく燃え続け、やがて、戦士としての実力を身に着けた彼は、復讐を果たすために自分の村を襲った『害獣』を探す旅に出かける。


 だが、その旅は困難を極め、クリスは何度も死ぬような目に合い続けることになったが、それでも復讐を果たすために、怨念にも似た執念で『害獣』を探し続け、ついに仇を発見する。


 探索開始から四年以上の月日が流れていた。


 そのときクリスはすでに四肢全てを失っており、日常生活用の義肢をつけているような状態でとてもとても戦闘など・・ましてや『害獣』の中でも特に恐ろしい『貴族』クラスのものと戦うなど到底できるはずもなく、ただ、遠くから仇を見つめることしかできない状態であったが、それでも、そんな体となってもクリスは戦おうとした。


 一太刀でもいい、奴に奪われたたくさんの一族の無念を、父の、母の、そして、何よりも守りたかった小さな妹の怒りと悲しみを奴に思い知らせてやりたい。


 だが、クリスの今の家族たちはそんなクリスを必死になって思いとどまらせた。


 このままでは無駄死にだ、そんなこと死んだ者達は望んでいないと。


 自分を大切に育ててくれた養父母、そして、誰よりも愛している美しい幼馴染の少女に涙ながらに懇願されては流石のクリスもその妄執を捨て去るしかないと諦めかけていた。


 しかし、その切なる想いは、やがて一人の人間の少年の元に届く。


 その人間の少年は手足をもがれ、ダルマのような姿になって、復讐を諦めようとしていた自分にこう言った。


『僕は戦いはキライだ。戦っても戦ってもキリはないからね。例えそのとき勝ったとしても、必ずいつかより強い者が現れて敗者になるだろうから。でもね、やる前から諦めるのはもっとキライなんだ。君は復讐を果たすと決めたんだろ? もし君が僕に話してくれた内容が真実であるとするならば、君にはその復讐を果たす権利と義務がある。復讐は空しいことだと自分自身が納得してやめるならそれでもいい。それなら僕も止めやしない。でも、そうじゃなくて、自分自身の中にある牙を自ら折って諦めるつもりなら、絶対にダメだ!! 滅ぼされた君達一族の想いは、その場にいて生き残りその光景を心に刻み込んだ君にしかわからない。君が復讐を果たすべきだと思うなら、それは一族の悲願に他ならない。戦いは、復讐は、仕返しは本当に空しいことかどうかは、一族を一方的に狩っておいてのうのうと生きている相手の『害獣』を屍に変えて、大地を奴の血で染め尽くしてから考えるべきだ。それを果し終えた末に君が、もう一度ゆっくりと考えて本当に復讐が空しかったどうか判断すればいい。なあ、クリス聞いてくれ、僕はこのまま君が生きながら腐っていくのを見るのだけはいやなんだ!! 君が本当に復讐を望むなら、頼む!! 一言僕に言ってくれ!! 『復讐を果たすために力を貸してくれ』と』


 クリスは少年に助けを求め、少年はクリスに再び戦う為の力を与えた。


 異界の力ではない、人間という種族が自分達以外の種族全てを殲滅するために生み出したバケモノ・・『勇者』。


 その『勇者』の体から取り出された、恐るべき力の源である宝珠『勇者の魂』を組みこんで作り出された対『害獣』用特殊義肢・・それが可変型戦闘義肢システム『Zマシン』だった。


 クリスはその禍々しくも頼もしい義肢・・可変型戦闘義肢システム『Zマシン』の試作2号機・・『Z−Air II(ゼッターツヴァイ)』の力を得て、再び戦場に立つことができるようになったのだ。


 こうしてクリスは少年から再び戦うための牙と戦場を駆け抜けるための翼を与えられたわけだが、少年が与えてくれたものはそれだけではなかった。


 少年は復讐の相手である標的の『害獣』を倒すために、ありとあらゆることをしてくれたのだ。


 当時すでに城砦都市『嶺斬泊』屈指の傭兵集団として有名であった『暁の咆哮』に自分を引き合わせてくれ、ずっと復讐に否定的だった狼獣人の一族を説得して彼らの協力も勝ち取り、そして、どこから連れてきたのか屈指の実力を持つ英雄達まで巻き込んで、ついに少年は自分に長年の仇敵を討ち果たさせてくれたのだ。


 少年は自分を自慢の戦友と言って今でも親しくしてくれるが、とんでもない話である。


 自分にとっては戦友どころではない、間違いなく彼は自分の大恩人なのだ。


 その恩人が今回、他でもない自分を頼ってくれた。


 復讐の果てに四肢を失い、もう価値らしい価値など自分にはないはずなのに、彼は自分にしかできないことだから、是非とも頼むと言ってきたのだ。


 これほど嬉しいことがあるだろうか。


 自分の心も身体もすでに最愛の女性に捧げているから、彼の為に命を賭けることはできないし、勿論、彼もそんなことを自分に望んではいるわけではない。


 彼が望んでいることは、己が身体に刻みし技術技能を全力で使うことと、それによって得られるであろうその結果だ。


 彼の無言の言葉がクリスの心に聞こえる。


『任せたよ、クリス』


 任された、戦友(とも)よ!!


 心の中でその言葉に頷いて見せたクリスは、身に着けた黒の義肢に全神経を傾けると、目の前で仁王立ちしている巨大なカマキリ型ゴーレムに視線を向けた。


「さあて、本番が始まる前の前座で申し訳ないがよ、ちょっと付き合ってもらうぜ・・なんせ、その不細工なカマキリは主役達が登場する舞台には似合わなさすぎるからよ」




Act.29 『クリス』





 そう言って可愛らしい笑顔を浮かべて見せるクリスに、激昂した老人がヒステリックに叫び声をあげる。


「なんと生意気な若造だ、気に入らん、わしゃあ、とことん気に入らんぞ!! やれ、やってしまえ、隠密型から攻撃特化型にチェンジじゃああ!! 」


 老人の声に反応し、カマキリ型ゴーレムは再び行動を開始する。


 クリスの目の前でカマキリ型ゴーレムの身体が膨れ上がり、先程の細身からずんぐりとした身体に変わったかと思うと、両手は巨大なハサミに変化カマキリではなく、まるでザリガニのような姿に変化する。


「をいをい、カマキリの次はザリガニかよ。いろいろとやってくれちゃうよなあ・・」


 呆れ果てた表情を浮かべて、目の前のゴーレムを見つめていたクリスだったが、そのクリスに対しゴーレムは何の前触れもなくそのハサミを振り上げて打ち下ろす。


 今度のハサミは先程の鎌のような脆さは微塵も見受けられない。


 ドリルで受け止めようとしても逆に折られてしまうだろう。


 老人はそれを確信してほくそ笑み、ゴーレムの剛腕が繰り出す攻撃の結果を見届けようと身を乗り出すが、ゴーレムのハサミがクリスに叩きつけられようとした瞬間、クリスの身体がブレたように見え、ハサミはその姿を通り抜けて地面へと叩きつけられる。


「な、なんじゃとお?」


 自分の見た結果が信じられず、目をこする老人の前で、ハサミごしに見えていたクリスの姿が次第に薄くなり消えてなくなる。


「残像だよ」


 突然自分の背後から聞こえてきた声に老人はびっくりするが、気がついて振り返ろうとしたその時には、老人の小さな身体はクリスの左手が繰り出す黒い剛腕に掴み上げられていて、身動きがとれなくなってしまっていた。


 慌てて振りほどこうとするが、がっちりと掴み上げられていて逃げることは不可能。


「くっそ、放せ!! 放さんか、無礼者!!」


「おっけ〜、了解、はなすっす」


「へ?・・うわああああああああっ!!」


 じたばたともがきながら悪態をつく老人に、クリスはにっこりと笑いかけると、力いっぱい老人の身体を頭上めがけて放り投げる。


「お〜〜、飛んだ飛んだ・・っと、思ったら落ちてくる落ちてくる・・あ、落ちた」


 悲鳴をあげながら真上を飛んでいった老人だったが、途中で失速して反対に落ちてくると、やがて地面に激突して派手にバウンドを繰り返し、やがて動かなくなった。


「まあ、死んではいないだろ。あとで治療してやっからそこで寝てろや、じいさん」


 そう言って悪そうな笑みを浮かべたクリスは、老人から再びゴーレムへと視線を移す。


 するとさっきから見失ってしまったクリスをキョロキョロと探していたゴーレムが、ようやく標的であるクリスを見つけて突進してくる姿がちょうど見えた。


 クリスはざっと足を広げてその場に踏ん張ると、左手の剛腕に意識を集中する。


 すると、その左手の大きな黒い拳は、みるみる尖ってまるで鍵のような形になり、クリスはそれを右手の黒いドリルの付け根のあたりにある鍵穴らしきところに思いきりたたきつけてねじ込んで廻す。


「アタッチメントチェンジ!! クレーンアーム!!」


 クリスの言葉に反応してドリルの形状をしていた右手は一瞬にしてフック型の鍵爪へと変化し、クリスはその変化した右手の先を頭上の大木の太い枝へと向ける。


 一瞬間を置いたあと、右手のフックの部分はそこから飛び出して大木の枝へと見事に引っ掛かる。


 よく見るとフックとクリスの右手は黒いロープらしきもので繋がっており、巨大なザリガニ型ゴーレムが突進してきてぶつかる寸前、黒い右手から激しい駆動音らしきものが聞こえてクリスの身体が引っ張られ、宙へと舞う。


 クリスは空中で反転しながら、再び左手の鍵を右手の鍵穴にねじ込む。


「アタッチメントチェンジ!! スカウターアーム!!」


 黒い右手は再び変化を起こし、巨大な砲身のような姿になる。


 しかし、本物の大砲のように先端の部分に穴は空いておらず、代わりにそこには大きなレンズのようなものがはめ込まれていた。


 クリスは大木の枝の上に着地しながら、その先端部分をゴーレムの身体に向けて意識を集中する。


 その意識の集中に促されるように、右手の先端にあるレンズ部分が七色の光を放ち始め、クリスの脳裏にゴーレムの内部構造の情報がレントゲン写真のように流れ込んで映し出される。


「ほほお、おまえの動力部分はそこか・・ってか、おまえ物騒な兵器いろいろ積んでいるなあ・・って、うわっと!!」


 特殊索敵装置に変化させた右腕でゴーレムの弱点を探っていたクリスだったが、そのクリスがいる大木の枝めがけてゴーレムがその剛腕を繰り出してくる。


 クリスはすぐにそれに気が付いて慌てて枝の上から飛び降りると、左手の鍵を、また右手にねじ込んで廻す。


「じゃあ、そろそろ反撃と行くか・・アタッチメントチェンジ!! バロンアーム!!」


 力強く叫びながら疾駆するクリスは、木々の間を凄まじい速さで駆け抜けて行き、瞬く間にゴーレムとの間合いを詰めるとその胸部めがけ、四本の巨大な剣を爪のようにして装着した形の形状に変化した漆黒の右手を叩きつける。


『ギンッ!!』


 という金属音が鳴り響き、クリスの右手はゴーレムの堅い装甲の前に弾かれてしまうが、それに構わずクリスは何度もその腕を叩きつけていく。


 勿論、ゴーレムも黙ってやられているわけではない。


 その二本の剛腕を目の前のクリスめがけて振り下ろす。


 だが・・その腕は確実にクリスの身体を捉えているはずなのに、すべてクリスの身体をすり抜け、空しく地面を叩きつけるばかり。


「残像だって言ったよな? って、おまえには言ってなかったか。高速運動によって生み出される残像で外套を作り出し相手を惑わす・・『幻影外套(ゼッターブリンク)』!!」


 誰に聞かせるでもなく、ニヤリと笑って呟くクリス。


 だが、ゴーレムの攻撃こそは食らってはいないものの、クリスの仕掛けている攻撃もまたゴーレムにそれほどのダメージを与えているようには見えず、このままでは千日手になってしまうことは火を見るよりも明らかだった。


「くっくっく・・そ、そのゴーレムは古代の『魔王』の護衛を勤め上げ、現代まで生き残ったほどの逸品じゃぞ・・そう易々と壊されるものか・・」


 未だ立ち上がれはしないものの、意識だけは取り戻した老人が邪悪な笑みを浮かべてクリスにそう呟く。


 だが、その言葉を聞いてもクリスに全く焦った様子は見えない、それどころか更に不敵な笑みを深くして攻撃を続けていたが、やがて、あまりにも固いゴーレムの装甲の前に、クリスの右手の爪型の剣は、ことごとくへし折れて曲がってしまい、最早使い物にならなくなってしまうのだった。


 それを見た老人はますます喜色を露にする。


「ぶはははははあ、それみろ言わんこっちゃない!! それだけ攻撃したというのに、わしのゴーレムについた傷は胸部のひび割れのみ、それに対してお主は右手はダメになってしまったようじゃが・・割に合わん交換じゃったのう!!」


「ああ、割に合わない交換だったと、俺も思うぜ。まさか、この程度でひび割れてくれるとは思ってなかったからさ。正直拍子ぬけしてるんだ」


「は? お主何をいっとるんじゃ?」


 クリスの言葉の意味がわからずしばし呆気に取られていた老人だったが、なんとなく気になってゴーレムの胸部にあいたひび割れによく注意を向けてみた。


 そして、そのひび割れの向こうにあるものがなんなのか悟ると、喜色満面だった老人の表情が一瞬にして顔面蒼白へと変化する。


「ま、ま、まさか・・お主、ゴーレムの動力部である宝珠を・・」


「はい、正解。ってことで・・いくぜ・・アタッチメントチェンジ!! クラッシャーアーム!!」


 掛声と共に左手の鍵を再び右手の鍵穴にねじ込み廻して再び元の巨大ドリルに戻したクリスは、ゴーレムのひび割れた装甲の隙間にドリルの先端を突っ込むと勢いよくドリルを回転させて突撃を敢行する。


「オオオオオオオオオオオオオッ!! ブチ貫けええええええええええ!!」


 ゴーレムはめちゃくちゃに腕を振り回しながら抵抗を試みるが、再び作りだされたクリスの残像をすり抜けるばかりで一撃としてクリスに当てることができない。


 その間にクリスの右手のドリルは凄まじい勢いでゴーレムの身体に風穴を空けて行く。


 激しい金属音がしばらく森の中を駆け巡り、やがて、それが収まったとき、ゴーレムはその動きを完全に止めてしまっていた。


 クリスは自分の右手のドリルが完全にゴーレムの胸部に収まっていた紅い宝珠を粉砕していることを確認してから、ずるりとドリルを引き抜くゆっくりと振り向いて老人のほうに顔を向ける。


「残念だったなあ、じいさん。自慢のゴーレムもこれでおしまいだ」


 地面に倒れ伏したまま呆然としている老人に、なんともいえない苦笑を浮かべて見せていたクリスだったが、やがて、がくりと膝を折ってその場にしゃがみこんでしまう。


 よく見ると、いつのまにか両腕両足の黒い義肢は元の『人』型へと戻ってしまっていた。


「あ〜、やべえ、時間切れか。10分しか戦闘モードを維持できないんだもんなあ。ダメだ、しばらく動けん・・でもまあ、いいか、俺の役目は果たしたわけだし」


 クリスはそう呟くと、自分の目の前で動かなくなった巨大なザリガニ型ゴーレムと、地面に倒れ伏している老人を交互に見つめて満足気頷く。


 しかし、そんなクリスに思いもよらぬ方向から声が掛けられる。


「そうか、それは好都合だ」


 男とも女とも思える声のした方向に目を向けると、ゴーレムの背後にある木々の間から一人の中性的な美しい麗人が現れた。


 黒いコートに黒いスーツ、黒いスラックス。


 全てが黒づくめの麗人は、クリスに挑発的な笑みを浮かべて見せると殊更にゆっくりと近づいてきて、すぐ手前で立ち止まる。


「動けない敵を倒すのはいささか気が引けるが、正義の為には致し方ない。悪は滅ぼさなければならないのでな」


 地面に座り込んで動けないでいるクリスを見下ろして傲然と言い放つその麗人を、クリスはじっと見つめていたが、肩をすくめて馬鹿にしたような表情で見つめ返す。


「正義ねえ・・いったい誰のためのなんのための正義なんだか・・え? どうなんだい、『人造勇神』さんよ?」


「僕を知っているのか?」


「まあね・・それにしても、結局全部あいつの予想通りか。スズメバチ騒動の黒幕が『不死の森』に住むゴーレム研究のじじいってことも、俺が封印していた黒の義肢を使わなきゃいけない目に追い込まれるってことも、そして、最後に『人造勇神』のこの馬鹿がしゃしゃりでてくるってことも・・なんか、これだけ奇麗にお膳立てされると、あいつにおんぶに抱っこしてもらってるようで複雑な心境になるよなあ・・借りを返せるいい機会だと思ったのに・・は〜あ、まあ、それがあいつのいいところなんだけど、もうちょっとかっこいいところ見せたかったというか・・」


 はあ〜〜と切なげに溜息を吐くクリスを、しかめっ面をしながら見つめていた麗人だったが、すぐに嘲笑を浮かべて見せると、クリスの側まで歩み寄り完全に見下した視線を向ける。


「護衛ならそこのザリガニだけで十分だと思ったし、自分はずっと隠れて様子を見ていようと思っていたんだが、まさかあのザリガニを倒してしまうとは。無駄な仕事だと思いつつも一応は付いて来ておいてよかったよ・・ヘルツ氏は私の大事な協力者なのでな、貴様ら中央庁の手に渡すわけにはいかんのだ。悪いがおまえには・・」


「あのさ・・話の途中で腰を折って悪いけどさ。おまえ、俺の話聞いていた? 俺がなんて言っていたか全然聞いてなかったでしょ? 全部予想通りって言ったの聞こえなかったかな? 最初から最後までおまえらの手の内は全部予想通りだったって言ったの、わかる? 予想通りってことはどういうことだと思う?」


 自分を見下ろしている麗人よりも、はるかにいやらしい嘲笑を浮かべて見せるクリスの言葉の意味がわからず、困惑の表情を浮かべる麗人・・『人造勇神』タイプ ゼロツー。


「何が言いたいのだ貴様」


「う〜ん、俺が言いたいわけじゃなくて・・なんて言えばいいのかなあ・・そうだ!! 後ろの『人』に聞いてみたらどうかな?」


「後ろ?」


「は〜い♪」


 クリスに促され後ろを振り向いた『人造勇神』のすぐ目の前に、にこやかな表情を浮かべて見せる黒髪黒眼の妙齢の龍族の女性の姿が。


「なあっ!!」


 驚いて咄嗟に後ろにバックステップしようとする『人造勇神』だったが、それよりも早く神速の踏み込みで『人造勇神』の懐に飛び込んだ女性は、その掌を無造作にその腹に押し付ける。


 そして、ズンッっと踏み込んだ女性の足元の地面が円状に陥没し、『人造勇神』に押し付けた掌から黄金の光が漏れ出て・・


「はあああああっ!!」


 ズキューーーーーーーーーッンっというとんでもない炸裂音が鳴り響いたかと思うと、『人造勇神』は弾丸のように一直線に森の中を吹っ飛んでいってしまった。


 あまりの威力に流石のクリスも吃驚した表情を浮かべ、しばし『人造勇神』が吹っ飛んでいった方向を見つめていたが、すぐにその表情を苦笑に変えると、目の前でパンパンと両手を払って見せている龍族の女性へ視線を向ける。


「相変わらず敵には容赦しねえなあ、詩織さんは」


「【形意黄龍拳(けいいこうりゅうけん)奥義 真・落鳳破通背拳しんらくほうはつうはいけん】。思い知ったか、『人造勇神』。うちの上司からそのあたりは厳しく言われてるから、こういうときに絶対手は抜かないわよ。それよりもクリス君、御苦労様、助かったわ。『追跡者』の異名は伊達じゃなかったわね」


 そう言って非常に魅力的な笑みを浮かべて見せた対『人造勇神』作戦の実行リーダー龍乃宮 詩織は、憎いくらいによく似合うウインクをクリスに投げかける。


 クリスはそんな詩織に何とも言えない複雑な笑みを返して見つめたが、詩織はそんなクリスにちょっとだけくすっと笑って見せた後、すぐに背後の森のほうに振り返る。


 そしてその方向に手を挙げて見せて合図を送ると、それに呼応して森の中からわらわらと完全武装した兵士達が。


 兵士達は地面に倒れている老人を確保していずこかへと連行していき、残った兵士達はクリスが破壊したザリガニ型ゴーレムの回収に取り掛かっていた。


「それにしても連夜君の予想が見事的中したわねえ・・正直どうかなって思っていたんだけど、まさか本当にここに『人造勇神』まで現れるとは思ってなかったわぁ」


「俺も吃驚してるよ。まあ、連夜だけにありえるっちゃあ、ありえる話なんだけどさ。ところで詩織さん、肝心の『人造勇神』のほうはいいのかよ? 思いきりぶっ飛ばしちまっていたけどさ・・」


「あ〜、大丈夫大丈夫。あっちには蒼樹くんと、『剣風刃雷』のメンバーが待ち構えているはずだし、周囲はばっちりうちの精鋭部隊が囲んでいるからね。絶対逃がさないわよん。それよりも、ごめんね、クリス君。早くから煙で合図してくれていたのに、到着が遅れちゃって。周囲に部隊を展開するのに手間取っちゃって・・まさか、あんなゴーレムまで持ちこんでいたとは思わなかったわ。危険な目には合わせないって連夜君には約束していたのに、結局あなたに戦わせちゃって・・もう〜〜・・ほんとごめんなさい」


 本当に申し訳ないという表情で頭を下げる詩織に、クリスは慌てて首を横に振ってみせる。


「いやいやいや、詩織さんのせいじゃないって。俺も見つけたあと監視するだけにしておけばよかったのに、つい自分の手で捕まえてやろうって出て行っちゃったからさ。俺は『追跡者』であっても『捕縛者』でも『討伐人』でもないっていうのに、ほんと軽率だったよ。連夜があらかじめ、この義肢を用意してくれていなかったらと思うとぞっとする、やっぱ、俺はもうこういう仕事には向いてないってことが改めてよくわかったよ。詩織さん、最後助けてくれてほんとにありがとうね」


 そう言って、にぱっと笑ってみせるクリスに、詩織は何とも言えない笑顔を向けて見せる。


「ううん、いいのよ。それが私の仕事だもの。それよりもクリス君は、ほんとかわいいわねえ。ねえ、クリス君、うちの剣児と交代しない? あいつってほんとかわいくないんだもん」


「いやいや、かわいいのは姫子がいるんだから、それで我慢しておいてくださいよ」


「まあねえ、姫子はかわいいからいいんだけど・・このまえ『人造勇神』に襲われてから、剣児の奴なんか塞ぎこんじゃって部屋から出てこなくなっちゃって、おまけに一週間くらい前からはどこに行ってしまったのか姿をくらましてしまっていたし・・クリス君何か聞いていない?」


「はあっ!? あの剣児が塞ぎこんでいるんですか!? いやいやいや、想像できないんですけど、俺。クラス違うから全然知らなかったし、え、それ、冗談じゃあないんですよね?」


 詩織の意外な言葉に心底吃驚した表情を浮かべて問いかけるクリスだったが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて見せる詩織の姿に、その言葉真実であることを悟って思わず黙り込む。


 しばし、二人の間に気まずい空気が流れるが、やがて、クリスの背後に視線を移し何かを確認した詩織は、なんともいえない穏やかな笑みを浮かべてクリスに視線を戻す。


「とりあえず、クリス君にお迎えが来たみたいだし、今日はこれで。そうそう、もし剣児のことで何かわかったら私に教えて頂戴、じゃあ、ゆっくり休んでね」


 そう言ってクリスに背を向けて歩いて行く詩織は、途中でゴーレムの解体作業を行っている兵士たちに二言三言何かを言い残し、森の中に消えていった。


 クリスはそれを見届けたあと、背後から近づいてくる気配のほうに身体を向ける。


「クリス!! 無事なのか、クリス!?」


 森の中から2匹の大牙犬狼(ダイアウルフ)を伴って駆け寄ってきたアルテミスは、地面の上に座りこむクリスの姿を見つけると一目三にその側にやってきて、今にも泣きだしそうに顔をゆがめながら、がばっとその小さな身体に抱きついた。


「怪我は・・どこも怪我はしてないの、クリス!?」


「大丈夫だよアルテミス、心配かけてごめんな。『Zーマシン』のエネルギー切れで動けないだけだ」


「あ・・あああ・・よかった・・大神様・・クリスを守ってくださってありがとう・・ありがとうございます・・」


 安堵のせいで泣きだしてしまったアルテミスを、優しい笑みを浮かべてしばらく見つめていたクリスだったが、すぐに申し訳なさそうな表情になって気まずそうに口を開く。


「それでさ・・女の子に頼むことじゃないけどさ、悪いけど俺を大牙犬狼(ダイアウルフ)の背中に乗っけてくれないかな。ちょっと気になることがあってよ・・」


 しばらくの間クリスに抱きついてしくしく泣いていたアルテミスだったが、クリスの言葉にすぐに頷くと、その剛腕を駆使してひょいとクリスの身体を軽々と抱き上げ、そっと大牙犬狼(ダイアウルフ)の鞍の上に乗せてやる。


 クリスは、アルテミスに礼を言って口で器用に狼の手綱を取ろうとするが、その手綱をアルテミスは横から奪い取る。


 呆気に取られてクリスがアルテミスを見ると、白銀の毛皮をした狼獣人族の少女は平然とした表情でクリスの背中側に乗り込み、自らその手綱を操って走らせ始めた。


「お、おい、アルテミス、いいって。俺が口でも手綱を操ることができるってことは、おまえも知ってるだろうが!?」


 慌てた様子でクリスは背後に乗り込んだアルテミスに呼びかけるが、アルテミスは片手でしっかりと手綱を握り締め、もう片手でクリスをしっかりと後ろから抱きしめてどちらも放す様子はない。


「ダメよ。あなたの乗狼術を疑うわけじゃないけど、もし途中で何か不測の事態が起きてあなたが万が一にも転げ落ちるようなことになってはいけないもの。それにその、もう単独行動はさせたくないもの」


 過去にクリスの単独行動を許してしまったが故に、四肢を失わせてしまったと思いこみ未だに深く悔いているアルテミスの姿に、クリスはなんともいえない複雑な表情を向ける。

 

「あれは単独行動を勝手にやって、勝手に俺が失敗したことだって。おまえのせいじゃない。もう忘れてくれってば・・」


「忘れられるわけないでしょ!? その黒い義肢を付けなきゃ満足に戦うこともできない状態なのよ!? 私があのとき無理にでもあなたについていけば、あなたはきっとこんな呪われた道具に頼らなくてもよかったのに」


「おいおい、俺の戦友が魂込めて作ってくれた物にそれはないだろ?」


「ご、ごめんなさい、その」


「うん、まあ、おまえがこの義肢のことを嫌っていることはわかってる。でもな、これのおかげで俺は何度も命を救われたんだ。そのことだけは忘れないでくれると嬉しいんだがなあ」


「ごめんね、クリス。でも、私は、やっぱり心配なの。あなた無茶ばかりするから」


 アルテミスは素直に謝罪を口にすると、自分の前に座るクリスの小さな身体をきゅっと抱きしめるのだった。


 クリスもアルテミスの気持ちが痛いほどよくわかっているから逆らうことなくその身をアルテミスに委ね、そっとその頭を後ろのアルテミスの胸に預けるようにする。


「心配かけちまってすまん。でも、もうちょっとだけ手伝ってくれよ。ロムや士郎やスカサハは?」


「私の後を追いかけてきているはずだから、時期にこっちに来ると思うけど・・合流するんでしょ?」


「いや、なんかちょっと嫌な予感がするんでな、俺達の『馬車』を一旦取りに戻る。悪いけどそっちに進路を取ってくれるか?」


「わかったわ、しっかりつかまっててね」


 クリスの要請に応じて騎乗している大牙犬狼(ダイアウルフ)の進路を変更しスピードを上げたアルテミスは、自分の前に座っているクリスの身体を殊更力強く抱きしめると森の中を疾駆して行った。




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