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~第9話 生死の境~ おまけつき

 御稜高校2年生の宿難(すくな) 連夜(れんや)は、『幼馴染』という名の友達を人よりも多く持っていると自負している。


 彼らは非常に頼りになる人物ばかりで、何度か彼自身の窮地を救ってくれたこともあるし、また連夜自身が救ったこともある。


 そういう関係であるせいか、友達というよりは同い年の兄弟姉妹という感じで、結局は『幼馴染』という言葉が一番しっくりくる間柄だった。


 しかし、今、連夜の部屋の中央にどっかりとあぐらをかき、こちらを見つめている人物は、『幼馴染』ではない。


 連夜にとって幼馴染ではなく真に『友達』と言える二人のうちの一人だった。


 その『友達』を連夜は見つめ返した。


 同性の連夜から見て、決して美男子ではないし、かといってかわいいわけでもなければ、不細工でもない。


 伸ばし放題伸ばした赤毛に、日焼けした褐色の肌、開いてるのか開いてないのかわからない細い眼に、弱冠大きい鼻、真一文字にむっつりと閉じられた口に、そして、人間種である連夜と違いとがった長い耳をしている。


 華奢な連夜と対照的に、がっちりとした体型で、180cm前後の身長に、みっちりと筋肉がついている。

彼の名はロスタム・オースティン


 現在連夜の通っている御稜高校(おんりょうこうこう)で唯一中学校時代の連夜を知り、その時代から続く連夜の真友。


 かつて魔族の奴隷として生み出された種族『バグベア』族の末裔で、人間種同様、根強い差別を今も受けている種族の少年。


 そのため、中学時代は連夜同様不良達からよく絡まれていたが、連夜ともう一人の真友とともにそれらに決して屈することなく戦い続けた戦友でもある。


 彼とそしてもう一人の少年との中学時代の思い出は、連夜にとってかけがえのない宝石のようなものであり、家族や幼馴染と築き上げてきたものとはまた違う大切な何かを共有していた。


 そんな彼が今朝がた連夜を訪ねてこの家にやってきて、連夜の部屋にあがってからすでに1時間。


 むっつりと黙り込んだまま座りこんでいる。


 しかし、連夜は少しも慌てない。


 いつものことだからである。


 むしろ、本題に入るための通過儀礼のようなものだ。


 連夜が見ていると、ちゃぶ台の前にいつものように出してやった彼がこよなく愛する連夜特製玄米茶を飲み干そうとしているのが見えた。


 そろそろ本題に入るという合図だ。


 そこで、連夜は彼がしゃべりやすいように、いつものように水を向ける。


「で、僕は何をすればいい?」


 相変わらずむっつりと口を開こうとしない目の前の友達をもう一度強い眼差しでみると、それに応えるかのようにロスタムはゆっくりと息を吐きだした。


「・・『外区』での仕事を手伝ってほしい」


「わかった。すぐ用意する」


 明らかに心苦しい様子で無理矢理紡ぎ出した言葉に、即答を返した連夜は、すぐに『外区』に出かけるための準備を始めた。


 この友人が『外区』での仕事というからには、ある程度危険を伴うことを意味している。


 ロスタムは『害獣』ハンターの免許を未だに取得していない、というのも、免許を取得するための金がないからである。


 いや、金がなくても取得する方法はある、いずこかの傭兵旅団に所属してある程度下積みを積めばいいのだ、そうすればその傭兵旅団が籍を置いている都市の中央庁から自動的に免許が発行されて晴れて『害獣』ハンターとして認められることになるのだが、旅団に属すると『害獣』を狩るために都市を離れなければならなくなってしまう。


 現役高校生であるロスタムがそれを行ってしまうと、間違いなく出席日数が足らなくなって進級できなくなってしまう。


 なのでロスタムは未だに『害獣』ハンターの免許を取得できずにいるというわけだ。


 そういうわけで今現在ロスタムは実入りのいい『害獣』狩りの仕事を請け負うことができない。


 なので、直接そういった相手と戦う命そのものを危険に晒すことが前提となるような仕事ではないことは確かなのだが、彼が引き受けてくる仕事はそういうことはないにしても難易度が高いものが多いことを、連夜は長い付き合いで知っていた。


 それは別にロスタムがわざとそういう仕事を選んでいるわけではなく、『バグベア』である彼への差別的な要因がかなり強い理由としてあると連夜は思っている。


 ロスタムは、両親を早くになくし祖父母に育てられて大きくなった。


 祖父母は優しく穏やかな性格の人達で、ロスタムのことを本当に可愛がって育てていたが、その祖父母も彼が中学卒業間際に相次いでなくなり、天涯孤独の身になってしまったのだ。


 その後頼る親戚もなく、ロスタムが途方に暮れていたのを見かねた連夜が両親に相談し、両親が彼の後見人となることになった。


 そして、中学卒業後、城砦都市『嶺斬泊』にもどることになった連夜についてロスタムもこちらに引越してきたのである。


 当初、連夜達と一緒に住むことを勧めた両親であったが、そこまで面倒はかけられないと、ロスタムは一人暮らしを選択し、できるだけ自立した生活を送るために高校生活の合間、割高のバイトである『外区』での雑用任務を日々こなしているというわけである。


「おい、連夜、俺はまだ仕事の内容を話していないが」


「行きながら話せばいい」


 かなり戸惑った口調で話しかけてくるロスタムのほうを振り返ろうともせず、連夜は愛用の背負い鞄に次々と『回復薬』や各種のトラップツールを詰め込んでいく。


 それでも、何度か連夜に話しかけようとしたロスタムだったが、結局、それを諦めて自分が持ってきた背負い袋を開けてもう一度中身を点検し始めた。


「ロム」


「ム、なんだ?」


「鞄に空きはある?」


「うむ、少々ならな」


 その言葉に連夜は頷くと、いくつかの薬瓶を棚から出してロスタムに手渡す。


「おまえこれ『神秘薬』じゃないか!? 貴重だろう!!」


 驚くロスタムに連夜は苦笑しつつ首を振った。


「お金じゃ命は買えないよ。勿体ないとか思っていざというときに使わないとかいう馬鹿な考えだけはやめてよね。いい?」


「・・わかった、ありがたくもらっとく」


「特に君は、僕やリンの命がかかったときには、平気で自分の命を賭け金として差し出そうとするからね、是が非でも持っておいてもらわないと怖くて仕方ない」


「ダチの為に命をかけるのは当然だ・・例えそれで自分の命を失ったとしても俺は絶対後悔しない」


 傲然と言い放つ石頭の友人に、流石の連夜も怒りに染まった険しい表情で詰め寄る。


「・・あのね、賭けられる方の身にもなってよね、もしそれで僕やリンが助かったとして、肝心の君が無事じゃなかったら僕らがどう思うと考えてるの? へらへら笑って生きていけるとか思っているなら、ひどい侮辱だよ!!」


「いや、すまん、そういうつもりではなかった・・」


「当たり前だよ・・いい? 命を賭けなくて済むならそれに越したことはない、ましてやその方法がはっきりわかっているならね。ロムはまず、命を賭ける覚悟を決める前に、一呼吸置いて、命を賭けなくても済む方法を考えることを身につけて、いい?」


「・・努力する」


 神妙に頷くロスタムにだったが、連夜はその反省の姿には懐疑的な気持ちでいっぱいだった。


 この手のお説教は、中学時代からずっと続けているのだが、今だにこの友人の悪癖は直っていない。


 まあ、この友人がそういう暴挙に出ざるを得ないほど毎回ピンチになるもう一人の真友が、今は側にいないためこの一年は実に平和であったのだが。


 それにしてもと連夜は考える。


 今思い返して冷静に考えてみると、あの時代にもう一人の真友が毎回晒されていた命の危険が、運の悪さだけではなかったように思えてくるのだ。


 まるで死にたがるように毎回自ら危険に首を突っ込んでいっていた真っ白い髪に黒ブチメガネの少年の姿を思い出す。


「リン・・元気でやってるかな・・」


「そういえば、一年以上会っていないな・・もう自分から死に触れようとする真似はしておらんだろうが・・」


「そっか・・って、え!?」


 さらっと呟いた真友の爆弾発言に目を剥く連夜。


「え、じゃあ、やっぱりあれってリンが自分からやってたってことなの!?」


 連夜の脳裏に研ぎ澄まされ過ぎてすぐに折れてしまいそうになってしまったナイフのような友人の姿が思い浮かんだ。


 早乙女 リン。


 雪のように白い髪に、中世的な甘い顔立ちでありながら、その性格は苛烈そのもの。


 黒ブチメガネの奥に潜む眼にはいつも皮肉な光が宿り、他人に決して心を開かず、むしろ馬鹿にするような眼で周りを見ていた。


 ロスタムとは逆に非常にがりがりの体で、中学校の体育の時間、プールで泳ぐ彼の姿はまるで骸骨が泳いでいるようにすら見えた。


 そんなひ弱そうな身体であるというのに、不良に絡まれるとまっさきに飛び込んでいくのは彼だった。

勿論そんな肉体で喧嘩が強いわけがない。


 いつもあっというまにぼこぼこにされて、慌てて連夜とロスタムで助けに行くという繰り返しの日々であったが。


 いつのころからか、ぱったりとそういうことがなくなった。


 あれはいつだったかと連夜は考え、はたと手をうった。


「そういえば、中学3年の夏休みがあけてからずいぶんと穏やかな性格になった気がしたけど・・ひょっとしてあのときにロムがどうにかしてあげたの?」


 連夜の言葉にバツが悪そうにぽりぽりと頬をかくロスタム。


 口が滑ってしまったと、正直な友人の表情が何よりも雄弁に物語っていた。


 しばらく黙秘権を貫いていたが、連夜の真剣な眼差しを受け流しきれずについに重い口を開いた。


「・・お前には黙っていろっていわれていたんだが、まあ、そうだ。あいつの母親ってのが、早乙女家当主の妾だったそうでな。しかも正妻には当時子供がいなかったらしくて、あいつが家を継ぐことになりそうってことで、その正妻から相当いびり倒されていたらしい。家の中はみな正妻派の連中ばかりで、誰もあいつら親子を庇う奴もいなくて、もうどうしようもない状態だったんだそうだ。それであいつは自暴自棄になっちまっていたってわけさ。やがて、母親は正妻にいびり殺され、しかも、正妻に子供ができるや、父親と正妻は新たに生まれた子供達に後を継がせようと、リンへのいびりをさらに強めたらしくてな、暴れるだけ暴れて死ねばいいなんてさ・・んな哀しいこと言うわけよ。で、俺はそれをどうにかしようと思って考えに考えたけど、何も思い浮かばなくて結局、あいつの家に乗り込んで直接ナシつけてやるなんて粋がってさ。そして、乗りこんだわいいけど、警備員に囲まれてふるぼっこ。いやあ、あれはまいった。かっこ悪いのなんの。まあ、俺がかっこ悪いのはいいさ、けど、このまま俺が萎れちまったらリンはどうなる。もう足腰きてるし、体中は痛いし、気を失いそうだし、でも、言いたいことだけは言わないといけないと思って立ち上がったんだけど、言わせようとしやがらねえのな。次殴られたら倒れるって覚悟きめたんだけど、そしたら、そこに正義の味方の夫婦がやってきて、警備員を片っ端から叩きのめしちまった。めちゃくちゃ強い、圧倒的に強い、完全無欠に強い。でそのあと、吃驚仰天して声も出ない俺とリンの前で、向こうの親父や正妻を引きずり出してきて御説教をはじめたんだよ。あとでわかったんだけど、その夫婦、リンの親父や正妻の親が非常に世話になった人物だったらしくてさリンの親父や正妻も子供のころに相当世話になったらしい、だからもう二人とも顔が真っ青。あのあと結局、リンがいびられないように、その夫婦がリンの母親の祖父母のところで生活できるようにしてくれたよ。その後ようやくリンの死にたがり病も落ち着いたってわけだ」


 連夜は、今の話の中に登場する正義の味方の夫婦について、いやというほど心当たりがあったので、思わず頭を抱えてうずくまる。


 そんな連夜をおもしろそうな、苦笑交じりの表情でみつめていたロスタムは、連夜の肩をぽんぽんと叩いた。


「まあ、とにかく、俺がしゃべったことは内緒だぜ」


「そりゃいわないけどさ・・もう、何やってるんだか・・」


 盛大に溜息を吐きだした連夜だったが、再び無言で背負い鞄の中をチェックを済ませると、先に用意を済ませていたロスタムに無言で頷く。


「さて、いっちょ行きますか」



〜〜〜第9話 生死の境〜〜〜



 城砦都市『嶺斬泊(りょうざんぱく)』から『外』へ出ると、まず西と南に延びる大きな街道にでる。


 都市の東側にはすぐ南北に走る大河『黄帝江(こうていこう)』があるため道はなく、北にはすぐ霊峰『落陽紅(らくようこう)』が邪魔をしており、ここに今の技術で道らしい道を作ることはほとんど無理だった。


 なので、結局まずは西か南に進むより他はなく、『嶺斬泊』の開拓者達はこの二つの方面に絞って開拓を進めた。


 そして、長い長い年月かけ、『害獣』とハンター達の戦いの歴史の果てに、なんとか人々は他の城塞都市へと続く四つの交易路を開拓することに成功した。


 西の方面に商人達の都市『通転核(つうてんかく)』とつなぐ交易路『マーケットロード』


 北西の方面に鉱業の都市『ストーンタワー』とつなぐ交易路『アイアンロード』


 南東の方面に農耕の都市『ゴールデンハーベスト』とつなぐ交易路『グリーンロード』


 そして、いま連夜とロスタムは、そのいずれとも違う4つ目の道をひたすら南下していた。


「『アルカディア』の交易路・・『ウォーターロード』の掃除かあ・・こりゃまた、きついの引き受けちゃったもんだね、ロム」


 ロスタムから今回のバイト内容が書かれたギルドの依頼書を見せてもらい、それを隅々まで読み終えた連夜が、ふぅとため息を吐き出す。


「・・面目ない」


 苦笑する連夜に、顔をしかめて謝るロスタム。


『ウォーターロード』


 文字通り、水産業の都市『アルカディア』へと続く交易路で、道は『黄帝江』沿いにあり、迷うことはほとんどありえない見通しのいい一本道。


 魔力や霊力がたまりにくいとされる河沿いの道であるため、4つの交易路の中でも早くから開通していた道で、安全性も非常に高いことで有名であった。


 しかし、今、この道を通過する一般人はいない。


 つい三カ月程前、この道を通過していた運送業を営む武装旅団が巨大な金色の『害獣』がこの道の真上にあたる上空を通過していくのを見かけたというのだ。


 最初は噂だと思われていたが、その後、次々と目撃談が相次いで、流石の都市中央庁も無視できない状態になっていた。


 実際に被害が出る前に封鎖か、それとも封鎖した場合に被ることになる経済的な打撃を考えて様子を見るべきか。


 議論は真っ二つに分かれ、議会は紛糾していたが、そうこうしているうちに、この交易路で何か得体のしれないものに民間の交易旅団がいくつも襲撃されるという事件が連続して発生。


 噂の『害獣』の仕業とも、山賊の仕業とも、未確認の新種の野生動物の仕業とも言われたが、とにかく

実際に被害がでてしまったということで、事態が収拾するまでは封鎖ということに決定してしまった。


 おかげで、あの都市からの輸入に頼っていた水産関係、酒飲料水関係が軒並み高騰し、家庭の財布を預かる連夜にも大きな被害となって襲いかかることに。


 閑話休題(まあそれはさておき)


 ともかく、都市中央庁としては、一刻も早くこの道の封鎖を解きたいのだが、原因がはっきりしない以上、具体的な策に打って出ることもできない。


 結局、噂となっている三つすべてに対応策を取るという、少々泥臭い策を取るより仕方なかった。

その三つの中で一番信憑性が高いと思われる『害獣』の対策


 『交易路周辺にある異力系物質を片っ端から排除せよと』の依頼を受けた『外区』業務専門ギルドが白羽の矢を立てたバイト志願者達の中に、ロスタムがいたというわけである。


「まあ、俺以外全員断っていたけどな・・」


「命あっての物種だからねえ・・」


 苦々しい顔をする友人に、連夜は苦笑を向ける。


「ほんとにすまん・・毎回おまえを危険な目に巻き込んでしまって悪いと思ってる。・・けどさ、俺仕事受けたのはいいけど、異力系物質の排除なんて、どうやったらいいかわからなくて・・おまえなら知ってるかもしれないと思ったんだ。悪いとわかっていながら、結局頼ってしまった」


「うんうん・・まあ、恐らくそういうところも見越していやがらせのつもりでロムに押し付けたんだよ、きっと。成功報酬のバイト代、結構よかったんでしょ?」


「ああ・・お前の言う通り金に釣られた・・申し訳ない」


「ほんと、あそこのギルドが好きになれないのは、そういうところなんだよねえ・・お金のない人の足元見て、しかも失敗させようと思って仕事押し付けるし。しかし!!・・今回は、よく巻き込んでくれた、ぐっじょぶ、ロム!」


「へ?」


 本当に申し訳ないという顔で謝る友人に、なぜか晴れ晴れとした笑顔でサムズアップする連夜。


 連夜の心から嬉しそうな表情に呆気にとられているロスタムの前で、連夜は持ってきた鞄を地面におろし、中から何かを取り出し始めた。


「えっと、まず『異力検知スカウター眼鏡』。これがないと、魔力とか霊力のあるものを感知できないからね、はい、ロムもこれつけてね」


 虹色に光る幅広のサングラスを取り出した連夜は、自分がまず身に着け、もう一つをロスタムに渡してつけるように指示する。


「次に『強力!異力品分解酵素』を、『圧縮携帯バキューム』にセットして、空の容器を腰に装着」


 鞄からさらにバラバラの部品を取り出した連夜は器用にそれらを組み立てる。


 すると、かなりスリムな掃除機のように見える機械が組み立てられ、その掃除機から伸びているホースを腰につけたペットボトルのようなものに装着する。


「よし、準備完了!まずは『魔力』系物資から回収しよう。ロム、眼鏡の右縁にある一番上のボタン押して」


 ロムは連夜の言う通りに身に着けた眼鏡の右縁に小さく並ぶボタンらしきものの、一番上のものを押してみる。


 しかし、別段視界に変わったところはない。


 陽の光をさえぎるただのサングラスだ。


「いや、これがどうしたんだ?」


「赤い点みたいなものが見えない? 見えたら教えて」


「赤い点? ・・ひょっとして、そこの岩陰で光ってる花のことか?」


 自分の周囲をきょろきょろと見渡していたロスタムが、すぐそばの岩陰に小さな花を見つけて、連夜に知らせる。


 連夜はロスタムの指さすほうに近づいて確認すると嬉しそうにうなずいた。


「そうそう、それそれ」


 と、いうと、掃除機のスイッチを入れて、その花を吸い取ってしまった。


 そのあと、掃除機の排出口らしき穴から砂のようなものがざざっと地面にこぼれおち、それとは別に、掃除機のホースから伸びるペットボトルの中には、赤い水のようなものが少したまっていた。


「なんだそりゃ。いまの花か?」


「そそ、これは『魔力』を含む花を特殊な酵素で分解して、魔力のみを抽出、液化させたものをペットボトルに貯めてるの。それ以外の無害な物質は排出口から地面に放出されるんだ」


「なに!? この液体が『魔力』なのか!?」


 赤い水の正体を知って驚愕するロスタム。


「しかし、なんでこんなところに『魔力』を発するものが簡単にあるんだ? 交易路ってそういうものがないから安全な道として確立されているんじゃないのか?」


「いいところに気がついたね、ロスタムくん。ご説明しよう」


 驚きと疑念を深めるロスタムに、連夜はニヤリと笑って説明を始めた。


「君の言う通り、元々交易路に魔力、霊力といった『異界』の力はほとんどなかったと言っていい。じゃなかったら、『害獣』達が集まってきてしまって交易路として使えないからね。しかし、開通当時はともかく、時間が経つことによって、話が違ってきてしまったのさ。ねえ、ロスタム。僕や君は種族として基本的に魔力も霊力ももたない種族だ。ごく稀にそういった力を持つ者が生まれることはあるにしても、本当にごく稀だ。だからこうして丸腰に近いかっこでも『害獣』に襲われる心配はないわけだが、そういう僕らのような『人』だけが『人』じゃないよね。そう、魔力や霊力を持つ者もここを利用する。というか、持つどころか存在そのものがほとんど魔力や霊力でできている種族の人もいる。そういう『人』はね、そこにいるだけで影響を与えてしまうんだ」


「影響を与える?」


「そう、魔力や霊力を持たないものにまで、魔力や霊力といった『異界』の力を分け与えてしまうといったらいいのかな。革袋に詰めたワインを魔力や霊力、革袋そのものを『人』だとすると、移動した際に革袋の口からしずくが飛んで他の人にかかってしまうと想像してくれると、それが近いかな。普通それが生き物だったりすると、日々の生活の中で他のエネルギーと一緒に流れ落ちてしまって貯まることなんかほとんどないんだ。ところが物のように動かないものになると話は違ってくる。なんせ何年も何年も消費されることなくそこで浴び続けるわけだからね。次第にそういうものを帯びてしまうってわけ」


「なんつ〜傍迷惑な・・」


「つまり交易路をそういった人達が五百年近く毎日行き来するとどうなるかってことを考えてもらえると・・もう想像がつくでしょ?」


「えええええ、それって、かなりやばいじゃねぇか!!」


「かなりやばいよ。だから、『害獣』が現れたっていうのも、決して根拠のない噂じゃないと思う」


「ちょ、ちょっとまてぇぇい!! ・・この仕事って、そこまでやばいヤマだったのか!?」


 連夜の説明で今更ながらに気がついた友人の姿を見て、連夜は苦笑を浮かべることしかできなかった。


「ロムにはやっぱ相棒が必要だよねぇ・・もうね、君は根が素直すぎて無茶苦茶騙しやすいと思われちゃってるんだよ。僕がいつも一緒にいれればいいんだけど、僕は僕で別に栽培の仕事とかいろいろあるから常には一緒にいられないし。こういうときリンがいればなぁ・・今回のからくりにも気がついてロムに注意できたりしたんだろうけどさ」


「自覚してるし、落ち込むから、その辺で勘弁してくれよ・・」


 どよ〜〜〜ん、と一気に暗くなるロスタム。


 そんな友人の肩をぽんぽんと叩いて慰める連夜。


「まあ、でも今回はそこまで悲嘆することもないと思うよ」


「・・へ? なんで? だって五百年分も異界の力が街道にたまってるんだろ?」


「あのね、そんなわけないっしょ・・冗談ですよ、冗談」


「は!?」


 口を大きく開けて呆ける友人を面白そうにみる連夜。


「よく考えてみてよ。ほら、僕がこうしてそういう専門の道具を持って使ってるってことは、すでにその可能性に誰かが気がついて、この道具を実用化させていたわけだよね?」


「・・ってことは・・」


「そんな五百年も放置しておくわけないでしょ〜・・普通はね、中央庁から正式に雇われた公務員待遇の清掃業者の人が一週間単位くらいでちゃんと大掛かりに清掃しているの。でないと、ただでさえ広大な『害獣』のテリトリーが広がっちゃうからねえ・・」


「それを早くいえっつ〜の」


「まあ、今回は例の『害獣』騒ぎがあったから、三カ月も放置されちゃったわけだけど・・」


 連夜は周りを見渡し、特殊サングラス越しに見える範囲でも、結構な数の赤い光点が確認できることに、何か気になることでもあるのかしばらく腕を組んで考え込む。


 しかし、結局考えがまとまらなかったのか、腕組みを解き、わざと明るい口調で横にいる友人に話しかけた。


「まあ、とにかくやろう。やらないことには終わらないしね」


「そうだなあ・・しかし、結構範囲広いよなあ・・」


「いや、二リートルのペットボトル五本分で達成したとみなされるはずだから、すぐ終わるよ。というか、依頼書にそう書いてあったでしょ?『2リートルX5 回収』とか『10リートル 回収』とか」


「あ、あれってそういう意味だったのか!?」


「ろ、ロスタム・・お願いだから依頼書はちゃんと読んでよ・・」


 流石の連夜もロスタムのアバウト過ぎる発言に顔が引きつるのを止めることはできなかった。


「うぐっ・・ってか、おまえほんとこの仕事よく知ってるな? なんで?」


「昔、お父さんが新しい畑を作る時の参考になるからって、よくこの手の仕事を引き受けていたんだけど・・それにくっついて一緒にやっていたからねえ」


「おまえ・・ほんとになんでもできるのな・・」


「勉強とかスポーツとか全然だめなんだけどね・・むしろ勉強もスポーツもできるロスタムがうらやましいよ・・なんで不良崩れなのに、常にテストの成績が学年10位以内なのか・・」


「地位と金と家柄だけのボンボンどもに負けるのだけは絶対我慢がならねぇからな。意地でも上位にいてやるぜ・・」


「どうして、その明晰な頭脳を実生活に役に立てることができないのか・・」


「う、うっさいうっさい!! もう、さっさと終わらせられるなら、さっさと回収して終わらせちまおうぜ」


「はいはい」


 そうして、二人は街道沿いの異力付与物を片っぱしから回収していった。


 二人がいる交易路は非常に見通しのいい場所であるため、自分達以外に動くものがいればかなり遠くからでも発見することは容易で、そういう意味では危険を察知するには絶好の場所ではあった。


 なので、特別気を張って進まなくても、動くものはすぐにわかったし回避するのも意外と簡単で、二人は順調にペットボトルの中身を増やしていくことができた。


 気になったのは途中、いもむし型の『労働者』クラスの『害獣』を何体か見かけたことで、そのうちの何体かは何かに押しつぶされたような形で息絶えていた。


 現在この周辺には噂の『害獣』の正体を見極めるべく何人ものハンターが活動していることは連夜達も知っている。


 しかし、基本的に彼らハンターは『人』を襲うことがない『労働者』クラスの『害獣』をわざわざ狩るいうことは極端に少ないため、この異常な事態は少なからず連夜達の心に得体のしれない不安を残した。


 とはいえ、死体だけではなくしっかり生きている『害獣』もいたわけで、そちらにも注意が必要だった。


 連夜が回収した『魔力』や『霊力』の入ったペットボトルを感知される心配もあったが、これには異界の力を遮断する力があらかじめ付与されているので、気づかれることもなかった。


 まあ、気付かれたところで、最悪、このペットボトルをいもむしの『害獣』にくれてやればいいだけなので、気楽なものだった。


「そうそう、言ってなかったけど」


「ん〜〜」


 サングラスを『神痛力』感知に変更して、今度は『神痛力』の付与された石を回収していた連夜が、横の岩に登り他にないか探しているロスタムに何気なく話しかけた。


「この分解して液化しか『魔力』とか『霊力』ってさ」


「うん」


「最終的に全部混ぜ合わせると、『念素』になるって知ってた?」


「え!? いま俺達が都市の中で使ってるあの『念気』の素か? 『害獣』に感知されないエネルギーの!?」


「そそ、だから、これって実は売ると結構な値段で売れるんだよね。ペットボトル1本分でだいたい28型テレビ1台買えるくらいの値段かな」


「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 連夜の言葉に完全に固まるロスタム。


 そして、そのあと、連夜を真剣な瞳でみつめるのだった。


 眼にははっきり”お金大好き”と書かれていたが。


「連夜・・思うんだが・・俺は失敗することを前提に仕事を任されたわけだから、仕事を失敗してしまうのは致し方ないことだと思うんだ」


「あのね・・失敗した振りして、全部ねこばばしようなんてセコイこと考えないでよね」


 真剣な表情であほなことを言うロスタムに、呆れた表情を浮かべる連夜。


「だってだって、5本もあったら、新入社員のサラリーマンの2カ月分の月給にも相当するじゃん!!」


「まあ、待て待て、落ち着きなさいって。まだ話に続きがあるの」


「なんだよ」


 不満そうな顔をするロスタムにニヤリと笑った連夜は掃除機をいったん地面におろして、排出口を上に向けると、なにやらごそごそとそこに手を突っ込んだ。


「この掃除機はそういうわけで『魔力』や『霊力』といったいろんな『異界』の力を吸い込むわけだけど、そのときに分解して吸い込んでいるから、自然とその途中で分解のカスがこびりついたりするんだよね。だけど、吸い込むたびにそのカスもまた分解されて、こびりついて分解されてって作業を何回も続けると・・あった!!」


 連夜が排出口から手を引っ張り出してその掌を広げてみせると、そこには人差し指の爪の大きさほどもある虹色に輝く美しい石が。


「こ、これ、宝石か?」


「近いけど違う。『念素』の塊」


「塊?」


「そそ、ペットボトルの中にある液化した『魔力』や『霊力』を混ぜ合わせて作る『念素』よりもはるかに高密度のエネルギーにあふれている結晶でね、かなり貴重な代物なんだよね」


「き、貴重って・・」


「まあ、宝石店で飾られているセレブしか買えないじゃんっていう高級ルビーの指輪一個分くらい。はい、手を出して。あげるから落とさないでね」


「!!」


 いきなりロスタムの手をガシッと掴んで掌を広げさせると、その上にぽとりとその石を落とす連夜。


 あまりに自然な動作だったために咄嗟に反応できずに固まってしまった友人をおもしろそうに見つめる連夜。


「だから、最初に誘ってくれて、ぐっじょぶって言ったよね。これってさ、ある程度放置されて『魔力』や『霊力』のたまってるところで掃除機を使わないとできない代物なんだよ。1週間単位とかでガンガン掃除されている普通の交易路とかだと、まず生成されることはないんだよね。今回は3ヵ月以上放置していたってこともあって、きっとできるんじゃないかって狙ってみたんだけど、大当たりだったなあ」


「ちょ、これ俺がもらっていいのかよ?」


「いいよ、僕すでに一個もらったし。売ってもいいし、恋人に指輪にして送るのもいいし。ってか、僕はそうするけどね」


「え!? これ指輪とかにできるの!?」


「うん、実用的な価値がある装飾品ってことで、めちゃくちゃ価値が高いんだよね。なんせ、それ緊急のときとか念池の代わりに使えるもん。それ一個で普通の家艇で一日に消費する念気くらいのエネルギーを賄えるもん」


「ええええええ!!」


 連夜の言った言葉に声もでないロスタムは、自分の掌の中にある小さな石をじっとしばらくみつめると、それを自分の息で飛ばしてしまわないように、そっと溜息をついた。


「いったい、これ1個で俺のバイト代何個分だよ・・」


「まあ、そういうわけだから、今回はそれで我慢して、ペットボトルは提出ってことにしてよね」


「わかったよ・・ところで、連夜?」


「ん?」


「おまえさっき、恋人がどうのこうの言ってなかったか?」


 物凄い不審そうな視線で自分を見つめてくるロスタムの顔をしばらく見つめていた連夜だったが、地面に置いてある掃除機をよっこいせと背負いなおすと、再びサングラスを降ろして道を進みだした。


「よし、『霊力』、『神痛力』、『呪力』、『理力』、『魔力』のペットボトルはいっぱいになったから、あとは『法力』を重点的に探そう!!」


「をい、無視か!!」


 ロスタムはあわててポケットから何やらどこかの神社のお守りのようなものを出すと、その中に大事に『念素』の石をしまい込む。


 そして、すぐに連夜のあとを追った。


 二人はすでにかなりの距離を歩いていた。


 城砦都市を出発したのが大体朝の10時前後くらいで、いますでに15時をまわろうとしている。

恐らく、『嶺斬泊』から『アルカディア』までの行程の10分の1ほどではあるが、それでも今から帰ったとしても陽は暮れてしまっているだろう。


 結局、無事『法力』のペットボトルをいっぱいにできたのは16時をまわる直前で、達成できたとわかったときは流石の連夜達もほっと安堵の息を吐きだしたのだった。


「やれやれ、これで帰れるねぇ・・」


「そうだな、連夜、今日はありがとうな。バイト代の半分は渡すからさ」


「いやいや、それはいいよ、『念素』石が手に入ったからそれで十分」


「ほんとになあ、それは俺も予想だにしなか・・連夜!! こっちへ!!」


 大河の側の岩の上に腰かけて和やかに談笑していた二人だったが、何かに気づいたロスタムが、あわてて連夜の手を引っ張って岩陰に引きづり下ろす。


 連夜もロスタムの厳しい表情に気がついて、岩陰に身を潜めるとそこから周囲を油断なく見渡す。


 すると、西に広がる薄暗い森の中から、何かが近づいてくるのが見えた。


 最初に見えたのはいもむしの『害虫』の群れでだったが、這ってこちらに向かってきているのではなく、あきらかに何かに吹っ飛ばされて転がりながら森から飛び出してくる。


 そのいもむしが吹っ飛んできた森の奥に見えるのは不気味に光る二つの赤い光。


 連夜達が見守る中、ゆっくりと森の中からこちらに姿を現すのは巨大な人の形をした鉄の塊。


「ご、ゴーレム・・」


 『害獣』が出現する以前の時代、まだ『異界』の力が全盛を誇っていたころ、異術使い達が己の身辺を守らせるために作ったという魔動人形。


 にぶく黒光りするそのボディは、『害獣』との歴戦を示すように汚れており、遠目からでも無数の傷が走っているのが確認できる。


 そればかりではなくいもむしの体当たりによるものなのか、身体のあちこちには大きなへこみがいくつもあり、見るからに満身創痍。


 しかし、そんな状態でも鋼鉄のゴーレムの暴走は止まらない。


 その溢れる魔力を感知して群がってくる人間の大人くらいの大きさのいもむし型『害獣』達を当たるを幸いにその豪腕を振り回して片っ端からなぎ倒している。


 とりあえず、この騒ぎが収まるまで岩陰でじっとしていようとした二人。


「交易旅団が何かに襲われたっていう噂の元凶って・・ひょっとしてあいつか!?」


「かも・・というか、その推理はかなり有力そうだね。どこかの遺跡で眠っていたやつが何かの拍子に起動してしまったのか、それとも、誰かが持ってきて放したのかわからないけど・・とにかく、暴走しちゃったんだろうなあ・・もう手当たり次第に攻撃してるよね・・」


 二人が息を潜めて様子を伺っていると、やがて、この一帯にいたと思われるいもむし型の『害獣』をあらかた倒してしまったのか、彼らの波状攻撃が止まり、一瞬ゴーレムも動きを止めた。


 ・・かに見えた。


 動きを止めたゴーレムに安心したロスタムが立ち上がって移動をしようとするが、何かに気がついた連夜がその腕をつかんでその動きを止める。


「どうした?」


「見てる・・」


 不審そうな表情で親友を振り返るロスタムに、ゴーレムの方を厳しい表情で見つめたままで連夜は表情と同じように厳しい声で呟いた


「え?」


「あいつこっちを見てる・・あいつの赤い目の部分・・ひょっとすると体温感知装置かも・・」


「なんだと!?」


 連夜の言葉に驚愕して慌ててゴーレムの方に注意を向けるロスタム。


 するとまるで今までの二人の会話を肯定するかのように、ゴーレムは再び活動を開始。


 二人が隠れる岩陰のほうに地響きを立てて一直線に向かってきた。


「クソッタレ!! こうなったらやるしかねぇ!! 連夜、援護してくれ!」


 ロスタムはサングラスを外して連夜に放り投げると、岩陰から飛び出してゴーレムに向かって走り出した。


「ちょっと、ロムッ!! ・・だから、決断するのが早すぎるって・・」


 連夜は既に背負い袋と掃除機を岩陰に素早く隠し、背負い鞄からあらかじめ取り出していた携帯型ボーガンを構えると、岩陰から飛び出してゴーレムの背後に回りこむように走り出した。


「行くぜ・・」


 ロスタムは走りながら背面の腰に装備していた二本の剣を引き抜いてそれぞれ両手に構えると、眼前に迫るゴーレムに向かってさらに速度を上げる。


 そして、二つの影が交差する瞬間が訪れ、ゴーレムの大きく振りかぶった豪腕が、恐るべき風切り音と共にロスタムに襲い掛かる。


 いもむしを木っ端のように吹き飛ばしていたその破壊力がそのままロスタムの身体に叩きつけられようとした瞬間、ロスタムの眠ったように細められていた目が大きく開く。


 そこには満月のように金色に輝く瞳があり、その瞳が間近に迫るゴーレムの腕を捉えた瞬間、ロスタムの身体が風にたなびく柳の枝のようにしなって腕をかわす。


 これぞバグベア族の特性の一つ、『月光眼(グラムサイト)』。


 金色の瞳に映し出される相手の行動を、秒単位で数分先まで読むことができるという恐るべき能力。

発動させておける時間はわずか99.9秒と非常に短いが、その間はほぼ無敵といってもいい能力。


 勿論、ロスタムは長期戦に持ちこむつもりなどさらさらない。


『ヴァルヴァルヴァルゥゥゥゥゥゥゥ!!』


 大きく咆哮するロスタムの身体が不自然に膨れ上がる。


 体中の筋肉が鋼のように硬く、鞭のようにしなやかに変貌し、その滑らかな動作は身体から腕へ、腕から剣へとつながり、バターを切り裂くようにゴーレムの片腕を切り落とす。


 もう一つのバグベア族の特性『凶戦士化(ベルセルク)


 全身の筋肉や反射神経、動体視力を一時的に数倍に跳ね上げる能力。


 『月光眼(グラムサイト)』同様その発動時間は99.9秒しかないが、もとより短期決戦のつもりのロスタムは惜しげもなく能力を全開で開放する。


 その2つの能力を駆使し、残った片腕で執拗にロスタムを追い詰めようとするゴーレムの攻撃を、ロスタムはかわしにかわして続け、再び攻撃のチャンスを伺う。


 そして、そのチャンスは別の人物により作られる。


 狂ったように高速で腕を振り回し続けるゴーレムのバランスが突如として乱れる。


 それは、背後から隙を伺っていた連夜のボーガンによる一撃。


 ボーガンの先端にセットされた特殊ネット弾が、ゴーレムに着弾するやその両脚をからめて止めたのだ。


 当然怪力を誇るゴーレムを長時間止めておくことはできない。


 すぐにネットを断ち切って立ち上がろうとする。


 しかし、その隙はロスタムには十分すぎるチャンスだった。


 電光石火のスピードで近づいたロスタムの両手の剣が、残ったゴーレムの片腕と右足を切り飛ばす。


 これで勝負あった。


 いくらゴーレムでもこの状態で動けるわけはない。


 ロスタムはそう思い会心の笑みを浮かべた。


 だが・・


「ロム、危ない!! 避けて!!」


 咄嗟に避けることができたのは、長年の連夜とのコンビネーションでその声にすぐさま反応できるようになっていたからに他ならない。


 もし他の人間の言葉だったら、間違いなく反応が遅れてロスタムはいまこの世にいなかっただろう。


 身体を捻る様に避ける自分の身体のすぐ横を、物凄い熱を帯びた何かが通り過ぎるのを感じたロスタムだったが、一瞬それがなんだったのか理解することができなかった。


「がは!!」


 完全に避けきっていたと思って再び戦闘態勢を整えようとしたロスタムはそれを果たすことができずに、喀血して膝をついた。


 脇腹に灼熱の痛みを感じてそこを見ると、ごっそりと肉が抉り取られている。


(やばい、死ぬ)


 そう思った次の瞬間、無明の暗闇に意識が引きずり込まれていく。


 しかし、何かが自分の背中に突き刺さる感じがして、意識が再び覚醒していく。


 親友の危険を察知した連夜が、破損した肉体を完全回復する神秘薬を弾頭にしたボーガンの矢をロスタムの身体に打ち込んだのだ。


 内臓ごとごっそりもっていかれていた脇腹の傷がみるみる元の健全な状態にもどっていく。


 だが、それを悠長に確認している暇はない。


 はっきりした意識でもう一度ゴーレムを見ると、ゴーレムの胸がぱっくりと開いており、そこから巨大な宝珠がせり出していた。


 禍々しいまでにどす黒い色をしたその宝珠が、怪しい光を強めていく。


 それを見たロスタムは先程自分を貫いていった熱線の正体を悟る。


「か、拡散型魔道レーザー・・」


 砲身から放たれる一点集中型とは違い、宝珠むき出しのこの型は広範囲を覆うレーザーを放つ。


 いくらグラムサイトを使っても、避ける範囲もないくらいにレーザーを放たれては避けようがない。


 レーザーの威力を弱めるために、連夜がスモークスクリーンの矢を放つが、どれくらい弱められるか疑問。


 ロスタムは無駄とわかりつつも心臓と頭を護るように両手の剣をかざしてもう間もなく発射される次射に備える。


 数秒が永遠にも思える時間が過ぎる。


 そして、その運命の瞬間。


 2人と1体の真上をとてつもなく巨大な影が高速で何かが通り過ぎた。


 ゴーレムからは感じなかった、とてつもなく恐ろしい、まさに純粋な”死”と”破壊”を生物の本能に直接、しかも無理矢理に植えつけるかの如き強烈なプレッシャーが、一瞬・・本当に一瞬二人を包み込んで通り過ぎる。


「「なに!?」」


 期せずして同時に同じ叫びを上げる二人。


 彼らの視線の先から、一瞬前に自分達の命を奪おうとしていたゴーレムの姿が消えていた。


 しばし呆然とする二人。


 そして、すぐに先程上空を横切った影を思い出した彼らは、頭上に広がるはるか蒼空を見上げ、そこに信じられないものを見た。


 美しく恐ろしい黄金色に全身に染め、巨大な身体から伸びきった三つの首の先にはそれぞれドラゴンの頭部、蝙蝠にも似た巨大な翼をはためかせた巨大な一匹の異形の竜。


 次第に遠ざかっていくその大きな足の鉤爪は、あのゴーレムをしっかりとつかんでいるのが見えた。


「あれが・・『害獣』の頂点近くに君臨する十匹の『王』達の中の一匹・・」


「うん・・『金色の王獣』ガルム・ベロス・ドラゴ。僕も生まれて初めてみた」


 美しい燐粉のようなものを撒き散らして宙に描きながら、ゆっくりとその巨体は遠ざかっていく。


 圧倒的な力と圧倒的な存在感と、そして圧倒的な恐怖。


 二人は何も言わずに、『人』類の永遠の敵である『害獣』達の『王』を、ただ黙っていつまでも見送り続けた。


 この後、この交易路に『害獣』が姿を現すこともなく、3ヵ月後、無事に封鎖は解かれたという。



 

※ここより掲載しているのは本編のメインヒロインである霊狐族の女性 玉藻を主人公とした番外編で、本編の第1話から2年後のお話となります。

特に読み飛ばしてもらっても作品を読んで頂く上で支障は全くございません。

あくまでも『おまけ』ということで一つよろしくお願いいたします。


おまけ劇場


【恋する狐の華麗なる日常】



その10




「ファーさんのところってさ、ケインくんが夜泣きしたら旦那さんとファーさんとどっちが起きるの?」


「基本的に私。だって、ほら、うちの『人』もタマさんところの連夜くんも畑仕事で朝早いでしょ、ちょうど夜泣きする時間には起きて朝食作っていたりするからあまり関係ないかな。まあそれ以前に起きて泣かれると厳しいんだけどねえ」


「うちはいま土日だけしかこの子達帰ってこないから楽なんだけど、この4月まで家にいたときは、大概旦那様が出かけたあとを狙って泣き始めていて私が起きなきゃいけなかったのよねえ・・な~んで旦那様がいてくれてる間に泣き出してくれなかったのかしら」


「何いってるのよ、タマさん、楽し過ぎ。だって連夜くん育児物凄く手伝ってくれるんでしょ? うちの『人』かわいがってはくれるけど、おむつもかえられないし、ミルクも無理なのよ。できることといったらお風呂いれるのとあやすことだけなのに」


「いや、そう言われると返す言葉もないっす。うちの旦那様、全部できるというか、私よりもできるし、育児の知識も技術も上だからなあ。私がうっかり見過ごしていると黙って代わりにやってくれていたりするし」


「え~~~、それ初耳なんだけど!! いいなあ~、タマさん、いいなあ~、え、ちょっと待って、もしかしてドナさんところもそうなんですか?」


「そうよ~、そもそもうちの旦那様がレンちゃんにみっちり教え込んだんだもの。あ、でも、玉藻ちゃんと同じで私も育児だけはしっかりやったのよ。お料理とかお洗濯とかお掃除とか全部ダメな私だけどね、この子達が赤ちゃんの時だけはしっかりみたのよ。・・って、でも行きとどかないところはうちの旦那様がフォローしてくれたんだけどね」


「え、お義母様が育児ですか!?」


「そうよ~、おむつもかえられるし、ミルクもあげられるわよ、あとお風呂だって一緒に入ったし、寝かしつけるのは私得意中の得意よ」


「い、意外だ・・宿難家の女性はその手のことが遺伝的にだめなんだと思ってました」


「まあ、そう言われても仕方ないんだけど・・ほんとみ~ちゃんの教育は大失敗だったわあ。せめてスゥちゃんだけはそうならないように今からでもと思ってパールちゃんやサリーちゃんの世話をさせているんだけどね」


「失敗作で悪うございましたわね!! お母さんのバカッ!! 私だって一生懸命やってるもん!!」


「とか、言って、お姉さま結局最後は十四夜(としや)にニケちゃんの世話を押し付けているじゃありませんか。せめておむつとミルクくらいできるようになってくださいませ」


「うっさいうっさい。だってだって、う、うんちの後始末とか・・その・・あと、ミルクだって人肌とかってわからないだもん!!」


「「「ヘタレね~」」」


「ひ、ひどい!! お母さんも、玉ちゃんも、スカサハまでいっしょになってヘタレ言うなああああああ!!」


 ハーブ園の休憩コーナーにミネルヴァの絶叫が木霊する。


 どうも、みなさん、こんにちは、玉藻です。


 昼食終わって合流した宿難本家のメンバーも巻きこんで井戸端会議がさらに本格的になってきております。


 いや、別にいいんだけど、私らハーブ鑑賞しないで何やってるんだろ・・


 それというのも肝心の男どもが・・


「全然種類の違う植物との共生っていうのは面白いよね、と、いうか動物や昆虫の世界ではよくある話なんだけど、植物の共生関係って結構知られていなかったりするから勉強になるよねえ」


仁師匠(マスターヒトシ)でもご存知ないことがあるんですね、驚きました」


「いや、そりゃあるよ。世の中日々進歩しているし、様々なことが生まれては消えていってるからね、今日常識だったことも明日には違うなんてザラだよ。だからこそこの世界は面白いし、勉強を怠ってはいけないのですよ」


「はい、頑張って勉強させていただきます!! ところで師匠(マスター)、そうなるとやはり現在畑に植えている作物の配置をもう一度考え直す必要性がでてくるということではないでしょうか?」


「いや~、一慨に全てそうとも言えないんじゃないかな。共生による病気とかの予防策って確かに興味深いけど、他の作物とかとのバランスとかもあるから・・そこは一部で実際に試してみてから徐々にがいいんじゃないかな。お父さん、僕の畑はお父さんのところに比べてかなり小さいからこっちで一度試してみるよ。結果が出次第報告するからしばし待っててよ」


「ちょ、ちょっと待ってください、連夜さん。それならボクの畑で試します!! ボクの畑はさらに小さいですから植え替えもそれほど手間がかかりません。師匠、是非ボクに命じてください」


十四夜(としや)にはまだ無理なんじゃないかなあ」


「そ、そんなことありません!! 連夜さんはボクの腕を疑っているんですか!?」


「いや~、そんなことはないんだけどねえ、誰とは言わないけどこのまえ、『炎命草』に間違えて水をぶっかけて枯らしてしまった『人』がいるからさあ、心配で心配で」


「う、うぐ・・あ、あれはあんなところに植えてあるなんて思わなかったものだから・・こ、今度は失敗しませんよ!!」


「ふ~~ん、じゃあ、その腕とやらを僕にみせてよ。共生用の植物をつかって勝負しよう。僕の畑と君の畑でそれぞれ別の作物で試してみて、より成功して作物の収穫量の割合を増やしたほうが勝ちってことでどう?」


「いいですよ、やりましょう、やってやりますよ!!」


「御館様、止めなくていいんですか? また若ったら、十四夜(としや)くんのこと炊きつけてますよ。挑発がやたらうまい若の『人』が悪いのか、それとものせられやすい十四夜(としや)くんが子供なのか・・」


「まあまあ、あれも一種の愛情表現ですよ。連夜くんには妹のスカサハくんはいても弟はいなかったですからねえ、十四夜(としや)くんのことがかわいくて仕方ないんですよ。あれだけ『人』に関わるのを嫌がる連夜くんが自分から関わっていこうとしているってことが何よりの証拠です。もう、構いたくて仕方ないんですね」


「い、いやなお兄ちゃんだなあ・・若ももっとわかりやすく普通にかわいがってあげればいいのに、あれじゃあいじめか嫌がらせですよ」


「まあ、多分最初はそうしようと思ったんでしょうけど、十四夜(としや)くんて連夜くんに異常に対抗心燃やしてますからね、だったら思いきり受け止めてあげようと思ったんじゃないですかね」


「そういうものなんですか?」


「そういうものです。いつも兄弟喧嘩していてもいざというときはちゃんと協力してるでしょ。なんだかんだいって仲良し兄弟ですからほっときましょ。それよりもらっさん、今度の霊草の品評会のことなんですけどね・・」


「ああ、出品予定の『法蓮草』のことですね、あれは・・」


 もう、男性陣は男性陣でなんかすっかり仕事の話に夢中になってるし。


 私達が座ってる休憩コーナーからかなり離れた場所にある『薬用ハーブ展示コーナー』の前で、男ばっかりで集まってひたすら仕事の話よ~。


 仕事の話なら畑でいつもしてるんじゃないの~!? なんでこんなところに来てまで仕事の話してるのよ、もう。


 これもワーカーホリックって奴なのかしら?


 ふんだ、私達は私達で楽しくおしゃべりしているもんね!!


 ・・って、思いながらファーさんや、宿難家女性陣とおしゃべりしていた私だったんだけど、15分待てど、30分待てど、1時間待てど、男性陣の『お仕事会議』は終わりを迎えない。


 いや、むしろ更にヒートアップして『今後はこういう順番で畑の作物の内容を変えていく!!』とか、『いやいや隣の城砦都市『ゴールデンハーベスト』の農家の『人』と協力して新しい品種を・・』とか、喧々諤々(けんけんがくがく)と私達以上に賑やかなものなのよ。


 そりゃあね、仕事仲間のみなさんで仲良くするのはね、大事なことだと思うわよ、仕事でチームワークってね、大事だってことはね、わかってるつもりなんだけどね、だけどね・・


「あれ? タマさん、どうしたの? 大丈夫、顔色が物凄い悪いけど・・」


 楽しくおしゃべりしている最中、私の表情の異変にいち早く気がついたファーさんが、心配そうに声をかけてくる。


 しかし、私はもう限界の状態でそれどころではない、のろのろと曇りきった表情のままなんとかひきつりまくってはいるものの、笑顔らしきものを浮かべてみせて顔をあげた私は、ぷるぷると首を横に振ってみせる。


「ごめ、ファーさん、私もう限界・・ちょっと行ってくる」


「えええ!? ひょっとして吐きそうなの? トイレ? 私、一緒に行かなくていい?」


 ふらりと立ち上がってゾンビのように休憩コーナーをふらふら出ていく私の姿を見て、ファーさんが後方でおろおろしている様子を感じていたが、フォローする元気がなかったのでそのまま放置して私は目的を果たすべくハーブ園の通路へと向かう。


 その途中どうやらファーさんが私を追いかけてこようとしたみたいだったけど、私の行動の意味をよ~く知っているスカサハちゃんが慌ててファーさんを止めて事情を説明してくれるのだった。


「いや、ファナリスさん、玉藻お義姉さんのそれは気分が悪いとかそういうのじゃないですから、いつもの発作ですから、気にしないでくださいませ」


「え! え? いつもの発作って?」


「いや、まあ、あれはいうなればその・・『他の『人』じゃなくもっと私を構って病』ですわ」


「はあっ!?」


 スカサハちゃんの言葉の意味がわからず素っ頓狂な声をあげているファーさん。


 いや、もう、その通りなんだけど、戻って説明するだけの元気が・・ともかく、まずは先にエネルギー源を確保しなくては!!


 私は通路の真ん中まで来ると、ふらふらの身体でなんとか大きく息を吸い込む。


 そして、若干涙目になりながら、力一杯、心の底から、魂にまで響けとばかりに絶叫するのだった。


『さびしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!』


 と、私が力一杯の絶叫を終えようとする寸前、凄まじい勢いで旦那様が男性会議を放り出して戻ってきて、真っ青な顔で私の両手を優しく包んで掴む。


「ど、ど、どうしたんですか、玉藻さん!? 大丈夫ですか? お腹痛いんですか? 何かありましたか?」


 心の底から心配そうな顔で、私の顔を覗きこんでくる旦那様。


 私はしばし、恨みのこもった視線でじ~~っと旦那様の顔を見つめていたが、ガシッとその身体を力一杯抱きしめると、周囲にギャラリーが結構いるにも関わらず『ぶちゅっ!!』と旦那様の唇を奪って吸う。


 明かに『ちゅ~~~~っ』とかいう音が派手に漏れているのがわかったけれど、そんなこと言ってる場合ではないのである、旦那様の姿が見えていない状態ならまだしも、いくら男性ばかりとはいえ旦那様を独占されている状態を見せつけられてはたまらないのである、我慢できないのである、私の精神状態はそれを長時間許容できないのである!!


 なので、独占され続けた時間と同じくらい旦那様を独占しなおさないと気が済まなくなっちゃうのよ!!


 私はひとしきり、旦那様の唇を思う存分吸ったり舐めたり噛んだり・・いや、甘噛みであって、決して痛くはしないわよ、絶対・・してからようやくその唇を離し、真赤な顔でぼ~~っとしている旦那様を完全に涙目になった目で睨みつける。


「・・さびしかったです」


「あ、あ、あの・・ごめんなさい」


「・・今も寂しいです」


「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい」


「・・言葉だけ謝られてもちっとも嬉しくないので、もう旦那様は今日一日自由行動禁止です。強制連行です」


「えええええっ!?」


 私はかなり焦っている旦那様の身体をひょいとお姫様抱っこの形で抱き上げると、呆然と私達の所業を見つめていたギャラリーの合間をくぐりぬけてスタスタと休憩コーナーへと戻っていったわ。


 そして、自分がさっきまで座っていた椅子に戻ってきて座り直すと、旦那様を私の前にちょこんと座らせて後ろから抱き締める。


 んでもって、旦那様の耳たぶを噛んでみたり、うなじに舌を這わせてみたり、ほっぺにちゅ~してみたり、とりあえず、思いつけるありったけの方法で旦那様を愛でる。


「ちょ、た、玉藻さん、みんな、見てます!! すっごい微妙な視線で見られてますってば!!」


「旦那様、うるさいです。静かにしてください。今、私のリフレッシュタイムなんです、邪魔しないでください」


「えええええ~~っ!!」


 旦那様は生意気にも恥ずかしそうに抵抗する素振りをみせたけれど、私はがっちりとその身体を後ろから抱き締めて離さず、思う存分好きなように旦那様を愛で続ける。


 ああ、もう、なんか私が愛でるたびに、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてぷるぷると身体を震わせる様が、さらに私の中の何かをそそるというか、もう愛おしさが溢れて止まらないというか、なんとか押し倒すのだけは思いとどまるけど、いろいろとたまらんわあ、旦那様大好き。


 とりあえず旦那様を愛でることに全神経のほとんどを集中している私だけど、たまにこうやって旦那様のことを愛でていると、いらんちょっかいをかけてくるチンピラとか不良とかがやってくる可能性もあるので、一応警戒だけは怠らない。


 今のところ、そういった輩はいないみたいだけど・・別の敵が物凄い殺気をこちらに飛ばしてきている。


 ちなみにお義母様は『若いっていいわね~、私も旦那様といちゃいちゃしてこようっと!!』っていいながら、いそいそと休憩コーナーから離れていっちゃったし、スカサハちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして顔を横に向けながら『は、破廉恥ですわ、不潔ですわ』とかいいながらもちらちらとこっちを窺っている、ファーさんはしばらくびっくりした表情でこっちを見つめていたけどなんだか妙に納得した表情で腕を組むとうんうんと頷いていたりするわ。


「あ~、なんかタマさんってそういう姿が本来の姿なんだなあって思うと妙に納得するものがあるわ、うんうん。物凄く自然よ」


「ありがとう。なんか、わかんないけど、ありがとう」


 と、私とファーさんは、自分達でもよくわからない厚い友情を確認しうんうんと頷きあうのだった。


 ・・なんなんだか。


 さて、とりあえず、好意的に私の行動を見守ってくれるファーさんのような友人もいれば、そうでない友人もいるわけで・・


「ちょっと、玉藻、あんた、いい加減にしなさいよ!! 連夜から離れなさいってば!! 私の連夜をばっちくしないで!! そんなに舐めまわされたら、連夜が病気になっちゃうでしょ!!」


 もう~、ほんとにこいつうるさいなあ・・そう、他ならぬミネルヴァ。


 まあ、もっと最初のほうで騒ぎだすかなって思ったんだけど、どうやら私の旦那様への求愛行動を見てしまったことがかなりショックだったみたいで、しばらく放心状態だったようなのよね。


 それでまあ、しばらくしてからようやく我に返ったみたいなんだけど、まだ私の求愛行動が続いているものだから今度こそ怒って暴れ出してしまったというわけ。


 暴れ出したといっても旦那様を半ば人質にとってるような状態の私に迂闊に手を出せないものだから、地団太踏むくらいしかできないんだけどね。


 くっくっく、いいきみよ。


 あ、でも言っておくけど、旦那様を人質にする気はこれっぽっちもないけどね、本当に喧嘩になったらとりあえず旦那様には安全な場所に避難してもらいます。

 

「ほんとにうっさいわね、あんたは。旦那様はあんたのものじゃないの、私のものなの。足の爪先から頭のてっぺんまで全部まるっと私のモノなのよ・・私の・・あむっ」


 そう言って私は旦那様の顔を横に向けさせると、その唇にもう一度自分の唇を重ねる。


 ついでに『ちゅるちゅる』という音がわざと聞こえるようにして吸ってみる。


「あ、あああああああああっ!! な、なにすんのよ、あんたああああああっ!!」


「何って普通に『ディープキス』」


「するなあああっ!! 汚れちゃう、私の連夜が汚れちゃうよぉぉぉぉぉぉ!! ちょっと玉藻、あんたの稲荷寿司くさい口を連夜の口につけないでよ、連夜の口から稲荷臭がするようになったらどうするのよ!!」


「稲荷寿司をバカにするなあああっ!! 稲荷寿司はほんとにおいしいのよ!! 昔からある東方の伝統食品なんだからね!! って、まるで人が稲荷寿司しか食べてないようじゃないのよ、コラッ!! ちゃんと他の料理も食べてるわよ、あんたみたいに主食がビールとウィンナーだけみたいな生活してないもん、そんなんだからぶくぶく太っていくのよ」


「な、なあっ、太ってない、太ってないもん、ちょ、ちょっとふくよかになっただけだもん!! そ、そんなこというなら玉藻だって太ったじゃない、あきらかに尻が大きくなってるもん、そもそも最近昔はいていたジーンズはいてないよね? スカートのことが多くなってきたよね? そういうことでしょ? やっぱ、ふとってんじゃん」


「い、いやあああああっ、ち、ちがっ、そ、そうじゃないわ、ちがうわ、ちがうのよ、決して腰回りはいけてるけど尻が大きくて入らないとかそういうことじゃないのよ、ちがうのよ、ちがうんだからあああっ!! ね、ね、旦那様違いますよね、そんなことないですよね」


「あ、あたしだって違うもん、ね、ね、連夜、私太ってないよね」


 いつのまにか喧嘩の主旨がかわっていた私達だったけど、その内容はその内容で割と大事な内容だったので、私の前に座って困り果てたような表情を浮かべ事態を静観していた旦那様にジャッジをお願いする。 


 すると、旦那様はしばらく冷や汗を流しながら『えへへ』と誤魔化し笑いを浮かべ続けていたけど、やがてぷいっと顔を横へと背けてしまった。


「み、み~ちゃんはちょっとビールとウィンナー控えたほうがいいかなあ・・あ、あと、玉藻さんは夜中勉強するときに夜食をがっつり食べるのをやめたほうがいいんじゃないですかねぇ・・」


「「・・」」


 私とミネルヴァは戦わずして砕けて散った。


 真っ白な灰になってさらさらと音をたてて崩れてしまいそうなくらいがっくり状態、そんな私達の屍を、ファーさんとスカサハちゃんがこれ以上ないくらい優しい表情でつつき倒していたが、私達に立ちあがるだけの気力は最早残されてはいなかったのだった。


 





 余談だけど、このあと、お義母様のご提案でファーさん一家も連れてみんなで宿難本家にお邪魔し、お義父様と旦那様の合作による豪華な夕食を御馳走になったんだけど、私とミネルヴァはいつもよりもかなり控えめな食事量と酒量であったことをここに明記しておくわ。


 ・・ちくしょ~~、絶対痩せてやるんだからあああああああっ!!


 ってことで、今日はこれで・・しくしくしく、もっとビールもウィンナーも食べたかった。


 じゃ、じゃあ、またね。 

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