~序章 家族になる前のお話~ おまけつき
「エキドナだ」
「へ?」
少年は、目の前に突如として現れた流れるような銀色の長髪に紅玉のような赤い瞳の美しい妙齢の女性が発する言葉の意味がわからず、ぽか〜んとした表情で女性を見返す。
「だから、わたしの名前はエキドナだ」
「え、え〜と、はい、そうですか」
「・・」
「・・」
女性が自己紹介していることはわかったものの、どうリアクションとったらいいのかわからず、やっぱりぽか〜んとした表情で見返す。
そんな少年としばらくにらめっこを続けていた女性だったが、やがて、ぷいっと顔を背けた。
「も、もういい・・帰るっ!」
「あ、はい、お気をつけて」
何が気に障ったのかちょっと涙目になりながら怒ったように言う女性に、とりあえず平凡な返事を返す少年。
そんな少年の姿に、あきらかに『もっと私にかまってよ〜』オーラを出し続けていた女性だったが、やがて諦めたように帰還呪文を唱えて姿を消してしまった。。
あとに残された少年は茫然とそれを見送っていたが、やがて、首をかしげながら目的地に向かって歩き始めた。
「なんだったんだろ・・」
「勇者ジン!わたしとおまえは決して交わることのできない宿敵同士。決着のときは近いと知れ!」
「え、はあ、そうなんですか?」
切り株に腰かけて、朝出かける前に宿屋の台所を借りて作っておいた握り飯を食べようとしていた少年ジンだったが、また突如現れたエキドナと名乗る女性の唐突な言葉にぽか〜んとしつつも返事を返した。
びしっと片手の指先をジンに向けてもう片方の手はその見事なくびれのある腰にあて、まるでモデルのように絵になる姿でジンのほうに向く女性。
しばらく、その姿のままエキドナとジンはなんとも言えない雰囲気で見つめあっていたが、エキドナがそれ以上何も言ってこないので、もういいのかな〜と思ってジンは食事を再開しはじめた。
エキドナをなるたけみないように、明後日の方向を見ながら握り飯をもぐもぐしているジンを、しばらく見続けていたエキドナだったが、だんだんこの空気にたえられなくなってきて・・
「って、人を無視して飯食うな!!」
「えええ、ああ、すいません、ごめんなさい!!」
顔を真赤にしてどなり散らすエキドナに、反射的に謝ってしまうジン。
エキドナはそんなジンの反応にふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向き、ジンはなんとなくあわあわとするばかり。
無言の間がしばし流れる。
「・・何この変な空気は!?黙ってないでなんとかいいなさいよ!」
いつまでも続く無言の空気に耐えられるなったらしく、真赤になって再びジンに詰め寄るエキドナ。
「あ、あの・・」
「なによ!?」
「と、とりあえず、ご飯食べてからにしませんか?」
ジンが鞄の中から取り出した別の弁当包みをしばらくみつめるエキドナ。
「・・・・・・・・・」
もぐもぐ、もぐもぐ
もぐもぐ、もぐもぐ。
人がめったに通らない街道脇の、適度にぽかぽかと日差しが差し込む切り株に仲良くちょこんと座った二人は、測ったような同じペースでおにぎりを頬張り、口を動かす。
もぐもぐ、もぐもぐ。
もぐもぐ、もぐもぐ。
「あ、よかったら、お茶どうぞ」
「うん、ありがと」
もぐもぐ、もぐもぐ。
もぐもぐ、もぐもぐ。
「もうすぐ夏ですね・・」
「そうね・・だんだん暑くなるわね・・」
もぐもぐ、もぐもぐ。
もぐもぐ、もぐもぐ。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、お粗末様でした」
「あんた、結構料理うまいわね・・意外だったわ」
「そんな御大層なものじゃないんですけどね・・」
「いや、十分おいしかったわよ・・って、なんで、仲良く飯食って、世間話しとるんじゃ〜〜〜〜っ!!」
しっかり弁当全部食べてしまった後になってから、再び顔を真っ赤にして怒鳴り出すエキドナ。
隣に座って弁当の後片付けをしていたジンを殺意のこもった視線でしばらくにらみつける。
しかし、殺意も戦闘意欲もまったく皆無な表情できょとんと見返してくるジンの姿に、やがてがっくりと肩を落としたエキドナはとぼとぼと歩き始めた。
「もういい・・とりあえず、決選間近なんだからね、忘れないでね・・」
「いや、あの、そういわれましても」
「今日はこれで帰るけど、次は本気だから・・」
と、なんだか異様に決意のこもった視線でジンをにらみつけると、エキドナは帰還呪文で前回と同じように再び姿を消した。
それを見送ったジンは、なんといえない優しさと憂いを含んだ表情を浮かべてため息をついて、また街道を歩き始めた。
天を突くという表現があるが、少年の眼前に現れたそれはまさにその言葉そのものを表すにふさわしい姿をしていた。
真珠のように白い身体、赤い紅玉のように光る眼、そしてなによりも鎌首を持ち上げてこちらを威嚇してくるその姿はあまりにも巨大で圧倒的。
白い大蛇。
というにはその姿は神々しく、醜いを通り越してむしろ美しさにまで昇華した存在として見えた。
『以前言ったわよね・・次は本気だと。』
血のように赤い舌を出しながら、紡ぎだされるその声は、確かにジンが出会った女性エキドナのもの。
「そうでしたね」
悲しそうなでもどこか嬉しそうな表情を浮かべてじっと白い大蛇を見つめる少年。
お互い見つめあったまま、しばし、無言の空気が流れるが、以前同様無言の空気に耐えられなかった大蛇がその巨体をついに動かした。
『いくわよ、勇者!まず、あんたの実力を試してあげる!避けてごらんなさい!」
恐るべきその巨体を鞭のようにしねらせて、少年の体に横なぎの一撃を加える。
べンッ!! ・・ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ・・ドガッシャーーーーーーーン!
『エ!?』
確かにある程度本気だった。
仮にも相手は人間という脆弱な種族が人外のものを倒すために作り出した勇者という化け物なのだ。
本気だったとはいえ、避けられないスピードではなかったはず。
しかもこんなクリーンヒットで、全力で蹴飛ばした小石が飛んでいくようなスピードで吹っ飛ばされるなどありえない光景のはず。
意外な事態にしばし呆然とする大蛇。
『た、立ち上がってくるわよね・・当然』
なんとなく額にいやな汗が流れてくるのを感じたが、とりあえずその場で待機。
しかし、待てど暮らせど少年が吹っ飛んだ場所から少年が立ち上がってくる気配はない。
『ちょ、ちょっとぉぉぉぉぉぉ!』
慌てて少年が埋もれていると思わしき場所にたどり着くと、もう完全に明らかに誰が見ても瀕死と思われるボロボロのズタズタのボロ雑巾のようなジンの姿。
『やだやだやだ・・ちょっと、あんた勇者なのに、なんで死にかかってるのよぉぉぉぉぉぉぉ!!』
器用にしっぽでそっと瀕死の少年を抱き上げた大蛇は猛スピードでその場を離れるのだった。
「あ、あれ?・・」
「き、気がついたのね・・」
ジンが意識を取り戻すと、その視線の先には人間の姿にもどり目を真っ赤にはらしたエキドナが顔をくしゃくしゃにしてこちらを覗きこんでいるのが見えた。
周囲を見渡すとどうやらすぐ側に小川が流れている草原の上で、エキドナに膝枕をしてもらっているようだった。
それを見たジンはすべて察して自嘲めいた笑みを浮かべ、大きくため息をひとつついた。
「僕、死ななかったんですねえ・・」
「死んだと思ったわよ!!全身あちこち骨折してたし!内蔵だって傷ついていたし!心臓だって止まりかけてたし!」
ジンのあまりの言種に、エキドナは見たこともないような怒りの表情で少年に詰め寄った。
感情の高まりのせいか、眼にはうっすらと涙も浮かんでいる。
「ごめんなさい・・」
「ごめんなさいじゃないわよ! どういうこと!?あんたなんで防御しなかったの!? わたしの攻撃避けることだってできたでしょ!? 反撃だってやろうと思えばできたんじゃないの!?」
「いや、その、忘れてました」
「嘘つくな!!」
てへへと照れたように笑ってぽりぽりと頬をかくジンに、本気で怒りがおさまらないエキドナ。
「それより、エキドナさんこそどうして僕を助けたんですか?」
「そ、それは・・」
思わぬ反撃に一瞬言葉に詰まるエキドナ。
「トドメを差すのは簡単だったでしょ?それが面倒臭いなら放置しておいてもよかっただろうし・・なんでですか?」
「そ、それはその・・え〜い、うっさいうっさい! わたしの勝手でしょ、こんな形で決着なんてわたしの主義に合わなかったからわざわざ助けてやったのよ! この魔王たるわたしの相手をつとめるからには同等まではいかなくてもそれに近い実力の相手じゃなきゃだめなのよ!」
「主義ですか?」
「そうよ!なんか文句あんの!?」
「いえ・・別に・・」
言葉とは裏腹に何やら言いたそうにしているジンの視線から目をそらすようにエキドナは不機嫌そうな表情でそっぽ向いた。
ジンはしばらくその表情をみつめていたが、やがて、エキドナの顔にそっと手をのばしその頬に触れる。
エキドナはその行動にちょっと吃驚したが、その手を振り払うことはしなかった。
「女の人の体って柔らかいんですね・・」
「んあっ!? な、な、ななななな、なに言ってんの!?」
「それに温かいし・・」
「ば・・・ばっかじゃないの!!わたしたち魔族はそんな体温高くないんだから、温かいわけないでしょ!?」
「いえ、やっぱり温かいですよ・・」
緩いけれど気持のいい風が吹き抜けていく草原の上で、同じようになんだか気持のいい時間が緩く緩く流れていた。
どれくらい二人そうしていたかわからないが、やがて、測ったように同時にジンは体を起き上がらせて、エキドナは立ち上がっていた。
「そろそろ行くわ・・」
「・・そうですか、助けてくださってありがとうございました」
「わたしがやったことだから礼はいらないわよ・・でも、次はほんとにない。次に会うときはもうお互い退けないところででしょうしね・・」
「そうですね・・」
「じゃあ・・魔王城で待ってるから」
小さく手を振ってエキドナはジンからゆっくりと離れていく。
そして、呪文の影響範囲から完全に外れていると思われるところまでいったエキドナは帰還呪文を唱えて姿を消した。
その様子をやはり優しい、しかし憂いのある表情でみつめていたジンだったが、やがて、何かを決意したような表情を浮かべてその場から歩き出していた。
はるか西の果てにある魔族達が支配する不毛な大地に、見る者すべてに畏怖と恐怖を与えずにはいられない一つの巨大な城があった。
【魔王城】
その地域のすべての魔族の頂点に君臨し支配する魔族達の王の居城。
かつてこの魔王城を舞台に様々なドラマが繰り広げられたという。
その時代の魔王と次の時代の魔王の壮絶な世代交代を賭けた一騎打ち。
他種族の王から受けた侵略戦争。
そして、人間達が放つ勇者という名前の刺客。
そんな血塗られた壮大な歴史を持つ魔王城を、ものすごく緊張感のない目で、魔王城の城門から、かな〜り離れた場所にある一本の枯れ木の前に座ってぼんやりと眺め続ける一つの人影があった。
「うんうん・・やはり人間が作った城とはまた違った趣がありますよねえ・・」
などと、魚の意味を示す東方文字がびっしり書かれた湯呑茶碗に入れたお茶をすすりながら、場違いなほどくつろいだ雰囲気で遠くに見える黒金の城を見つめるジン。
やっぱり城の基本は白よりも黒ですよねえ・・なんてことを考えていると、その城のほうから凄まじい砂塵が舞い上がっているのが見えた。
「あれ?」
そっちに注意を向けてみるとなんだかどんどんこっちに近づいてくるようだ。
というか、その砂塵を巻き起こしていると思わしき中心点に目を凝らしてみると、見知った人物の姿が・・
「あ、エキドナさんだ」
「エキドナさんだ・・ぢゃないわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
あっという間に目の前までやってきた美しい銀髪の女性は、手にしたハリセンで力いっぱいジンの頭をはたく。
スパーンと、実に小気味のいい音が響くと同時に、頭を抱えて地面を転げまわるジン。
「いたたたたたたたたた!」
「いたたたぢゃないのよ!なにやってるのよ、あんた!?」
全力疾走してきたために荒くなってしまっている息遣いを整えながら、なかなかダメージから回復できずにうずくまるジンに容赦ないツッコミをいれるエキドナ。
「いや、待ってくださいエキドナさん、ちょっと落ち着きましょう。ね」
「落ち着いてるわよ!これ以上ないくらい、激しい怒りと憎しみで心が弾け飛びそうなくらい平静よ、あたしは!!」
「いや、その状態は世間一般では平静とも落ち着いてるとも言わないのじゃないでしょうか・・」
「いいのよ、んなことは!! ってか、そんなことよりも、ここで何やってるの!? あんた一週間前にここについたはずでしょ? こっちはすぐ来ると思って城でいろいろと準備して待ってるのに一向にここから歩き出す気配ないし! 様子みてたら、あんたここでぼけ〜っと目の前の城眺めながらお茶すすってるだけだし! なに、なんなの、なにがしたいの、言いなさいよはやく!」
「ちょ、エキ、ドナ、さん、おち、ついて、くび、ゆら、さない、で・・」
興奮のあまり胸倉を掴んで激しくゆっさゆっさ揺らすものだから、ジンはまともにしゃべることもできない。
ジンの言葉もろくに耳に入らないまましばらく振り回し続けていたが、さすがに目の前の少年の顔が蒼黒くなってきていることに気づき、少年を下ろすことにする。
「や、やっと落ち着いてくれましたか・・」
「あんたが人を怒らすようなことばっかりするからでしょうが! 早く言い訳しなさい! ってか、言うことないならとっとと城に来るの! 魔王と勇者の最終決戦なんだからね!」
「あ〜、それなんですけど・・ちょっと待っててください。」
ジンはエキドナに背を向けて、枯れ木の側においてあった自分の荷物のところまでもどる。
怪訝そうにその行動をみつめていたエキドナだったが、もどってきたジンの両手にあるものを見てさらに深い困惑の表情を浮かべた。
「えっと、それはなに?」
「あ、これがですね蛇神殺しの剣『ヴァイパースレイヤー』、それからですね、魔法反射の盾『リベンジシールド』、あと、『絶対防御の鎧』とかまあ、あと最終決戦用の補助魔法道具やら薬やらいろいろですね」
「いや、だから、なんで敵のあたしにそれを押し付けているの?」
見ただけでわかるほどとんでもない魔力があふれている武器やら防具やらをあっさりと自分の手に渡してくるジンに、なんともいえない混乱しきった様子で尋ねると、最終決戦用装備一式すべてをわたし終えたジンはなんともいえない晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。
「僕・・勇者やめることにしました」
「・・・・・・へ!?」
ちょっと買い物に行ってきますみたいな気楽さでとんでもない爆弾発言をするジンに、美しい顔をハニワのように変えて絶句するエキドナ。
「な、ちょ、や、やめるって・・え・・」
「ず〜〜っと考えていたんですけど・・別に魔族の人全部が悪いわけじゃないし、人間の全部がいいわけじゃないし、みんな生きてるからいろいろあるし・・勇者ってだけで何してもいいわけじゃないでしょう?」
「いや、でも、ほら、一応わたしたち、それぞれの種族の代表というか・・」
「エキドナさんはそうでしょうね・・でも僕はただの『人』殺しの兵器なんですよね・・自分ってなんだかよくわからないまま、魔族と魔王を倒せっていう命令にも納得できないままで、正直送り出されたときは、もう兵器として戦って死ねばいいかなあって思っていたんですけど・・気づいてしまったので。」
一度言葉をくぎったジンは、混乱しつつも自分の話を真剣に聞いてくれているエキドナの目をまっすぐ見直した。
「な、なにを?」
「僕、エキドナさんのことが好きなんです。」
「え・・えええええええええええっ!」
突然の告白に、おもわず絶叫し後ずさるエキドナ。
そんなエキドナの姿をなんともいえない優しい表情でジンはみつめる。
「変でしょ?宿敵の魔王のことが好きになる勇者なんて。 それだけでももう勇者失格ですよね。 でもね、気持ちだけどんどん膨らんでいくけど、どうしたらいいかわからないし、苦しいし、悲しいし、もういっそエキドナさんに殺されちゃって終わろうって思ったけど結局失敗しちゃったし。」
「・・あれ・・やっぱり、死ぬ気だったのね・・」
「あはは、負ければいいから簡単かなあって思ったけど・・うまくいかないですよねえ・・。それにそのエキドナさんに拾われちゃった命だし、自殺するわけにもいかないし、かといって、もう最終決戦なんて気持ちもなくなっちゃいましたし、でもエキドナさんは待ってるっておっしゃってたから行かないわけにはいかないし・・そんなことぐるぐる考えているうちにここについちゃって・・でも、ここでぼんやりあの黒金の城を眺めているうちに不思議と決心ついちゃったんですよ。もう勇者やめようって・・自分の気持ち伝えて、勇者の証になるもの全部ここに捨てて、どこかだ〜れも知らないところで生きるだけ生きて・・それから死のうって」
絶句したまま二の句が継げないでいるエキドナに、てへへと笑って見せたあと、ジンは再び枯れ木の下の荷物のところに移動して、野営の後片付けを始める。
「でも、エキドナさんがここに来てくれてよかったです。正直ね、お城にはいきたくなかったし、かといってエキドナさんに会わないまま立ち去るのもどうかなあって思って困っていたんですよね」
武器や防具といった勇者としての荷物がほとんどをしめていたせいか、それがなくなったいま思った以上に自分の荷物って軽いんだなあなんてことを思いながら、ジンは野営の後片付けのあとリュック一つ分の荷物をよっこいせと担いだ。
「じゃ、そういうことで、僕は行きますね。エキドナさん、いつまでもお元気で」
と、なんだかいろいろな荷物を降ろしてすっきりさっぱりしたような笑顔をエキドナに向けたあと、ジンは遠く正面に見える魔王城に背を向けていつものような歩調でてくてくと歩きだした。
エキドナはしばらく呆気にみつめてその姿を見送っていたが、いい加減ジンの姿が遠くに見え隠れするほどになってからようやく自分を取り戻した。
「・・」
両手に渡された最終決戦用の装備一式を一瞬眺める。
結構使い込まれている・・というか、防具の傷がひどい。
絶対防御かなんかしらんが、刀傷やら焼け焦げたあとやらいろいろだ。
そうしてそれらをみつめていると、エキドナの心に再び怒りの炎がわき上がってきてそれが頂点に達した時、エキドナは両手のものを、ていっと放り棄てていた。
「・・言いたいことだけ言いやがって・・ちょぉぉぉぉぉぉぉっと待たんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
もう視界から消えかかっていたジンに向かって再び全力疾走開始。
魔王の実力ここにありといわんばかりの超加速で一気に詰め寄ると、その気配を察して振り向いたジンのぼけっとした顔面に、愛用のナニワハリセンカリバーを叩きつける。
スパーンという、年季の入ったお笑い職人でもなかなかだせない会心の打撃音を響かせて、地面を転がっていくジン。
「あだだだだだだだだだだだだ!!」
「あだだだぢゃないのよ!! 何、自分だけ言いたいこと言って自己完結してくれちゃってるのよ!!
わ、わたしの気持ちはどうなるのよ、完全に置き去りぢゃないのよ!! 馬鹿!バカ!ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
顔面を走る激痛に耐えられず地面を転がりまくるジンに容赦なく追撃の竜虎ハリセン乱舞をくらわせるエキドナ。
「ちょ、ストップ、エキドナさん!!いたたたた・・ダウン中の攻撃は反則!!あでででで・・」
「わ、わたしだってねえ、好きで魔王やってたわけじゃないし、戦いも殺しあいも好きでもなんでもないのよ! わたしだって・・わたしだって・・あんたと戦いたくなんかなかったわよ! だから、あんたと戦わないで済む方法ないか必死になって考えていたのに・・死んで楽になろうとか・・ふざけんぢゃないわよ!!」
いつのまにか、ハリセン攻撃が止まっていたので、ジンは恐る恐るエキドナのほうを見ると、仁王立ちしたままエキドナはぼろぼろと涙をこぼしていた。
「あわわわわ・・ちょ、ちょっとエキドナさん、な、泣かないでくださいよ。ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい、なんだかわからないけど、とりあえず、僕が原因だということはわかるので、謝ります。心から謝りますから!」
「うっさいうっさい! わけわからないで謝られてもうれしくもなんともないわ! もういい! もうわかった! あんたがそういう奴だってことはよ〜くわかった! 勇者やめたいっていうなら、そうしたらいい! どこか誰も知らないところに行くっていうなら行けばいいわ!あたしだってもう勝手にする!!」
そう言い放ってぐしぐしと涙をぬぐうと、エキドナは先ほどとは逆に呆気にとられているジンを横目に、魔王の象徴ともいうべき漆黒のマントやら、豪華な礼服やら、明らかに強大な魔力が込められていると思われる錫杖やらを次々と道端に捨てていく。
やがて一般人と変わらないような普通の旅人の姿になったエキドナはずんずんとジンの前にもどってきた。
「あ、あの・・エキドナさん?」
「ほら、なにぼけっとしてるのよ、誰も知らないところに行くんでしょ?行きましょうよ、早く」
まるで帰宅してきた旦那と道端でばったり出会った主婦が一緒に家に帰りましょうと言うような、さも当然と言わんばかりの口調で投げかけられた爆弾発言に口をあんぐりとあけて絶句するジン。
咄嗟にかける言葉がみつからず、口をぱくぱくさせているジンをおもしろそうにみつめていたエキドナだったが、いい加減元に戻らないジンにイライラしてきて、その手を取ると強引に引っ張って歩き始めた。
「はいはい、ずんずん行くわよ。勇者と魔王やめちゃったってことはお互いともに裏切り者とみなされて両方の陣営から狙われるってことなんだからね。今日明日すぐに刺客とか送り込まれることはないだろうけど、それでもここから一刻も早く離れたほうがいいのは確かなんだから。」
「え、ちょ、僕はともかく、魔王やめちゃうって、えええええええええ!!!」
「いいの!もういいの!決めたの、魔王やめるって。だいたいわたしも魔王って柄じゃないしね。それに・・」
ずんずんとジンの手を引っ張って歩いていたエキドナだったが、急に立ち止まって振り返ると、ジンの目をまっすぐ見つめた。
「わたしも・・あんたのこと好きだもん。」
「あ・・」
しばらく、お互いの目をまっすぐ見つめあっていたが、やがて、ジンの目から涙がこぼれ出した。
「あ〜・・エキドナさん・・」
「え、ちょ、な、なによ、泣くほどいやなの!?」
「ううん・・すごい嬉しいです。こんな嬉しいことってあるんですね・・嬉しいのになんか涙が止まりません。なんでしょう、これ。あの・・ひとつお願いしてもいいですか?」
「・・なに?」
「抱きしめてもいいですか?」
「・・」
ジンが動くよりも先に、エキドナは自分よりも若干小さいジンの体を抱きしめた。
そのあと遅れて一瞬ためらうようにおずおずとジンの腕がエキドナの背中にまわってきて、やがてしっかりと抱きしめ返してくるのがわかった。
「やっぱり・・温かいや。」
「そうだね・・」
いつのまにか、エキドナの目からも涙があふれていた。
まだまだお互いのことを知らないことだらけだけど、お互いを思う気持ちだけははっきりわかった気がしていた。
そして、その気持ちだけを見失わないようにすれば、ずっと二人で歩いていけると確信もしていた。
何があってもきっとなんとかなるに違いない。
「僕が生きるだけ生きてもう一歩も歩けなくなるそのときまで一緒についてきてもらってもいいですか?」
「そうねあんたが、本当に疲れて疲れてもう動けなくなるそのときまで一緒にいてあげるわ。」
いまを去ること500年以上も昔。
まだ『害獣』と呼ばれる、全『人』類の天敵が現れていなかったころ、あまたの力ある天魔や鬼獣、志持つ魔王や勇者達が活躍した『英雄達の時代』。
この時代に書かれたと思われるひとつの歴史書にのみ小さくその名を残す二つの存在があった。
西域一帯を支配していた強大な魔族達の頂点に君臨していたという白身紅眼の巨大な大蛇の魔物『白蛇魔王』。
上位魔法を操ることができる数百人の魔術師の魔力を結集し、歴代勇者の中でも最強の実力をもって生み出されたという『人造勇者』。
いつ生まれ、何をし、どこで死んだのか・・
記述が唯一残された歴史書にもそれらはいっさい記載されていない。
それと対照的に他の英雄達のことについては、必要以上に詳しく書かれているにも関わらずである。
語るべきほどの物語がこの二人には最初からなかったのか・・
それとも何者かがこの情報を故意に消し去ったのか・・
いまとなっては定かではない。
人々の忘却の彼方へと消え去り、残された歴史書にたった数行の文字だけで残るのみ。
しかし、ある歴史学者がいう。
ひょっとすると・・彼らはどこかでひっそりとまだ生きているのかもしれない・・と。
自分達の大事な家族とともに・・どこかでひっそりと・・普通の一般人と同じように当り前の日常を送っているのかもしれない・・と。
※ここより掲載しているのは本編のメインヒロインである霊狐族の女性 玉藻を主人公とした番外編で、本編の第1話から2年後のお話となります。
特に読み飛ばしてもらっても作品を読んで頂く上で支障は全くございません。
あくまでも『おまけ』ということで一つよろしくお願いいたします。
おまけ劇場
【恋する狐の華麗なる日常】
その1
「へ~~、お義父様とお義母様の慣れ染めって、そうだったんですねえ・・」
エルフの名匠が作ったという品のいい木製のテーブルの前で紅茶をすすりながら、愛する旦那様のお話を聞いていた私だったけど、その話の締めくくりでまさかそんなオチが待っているとは思わなくて少しばかり驚いて声をあげた。
まさか旦那様のお父様とお母様・・まあ、つまり妻の私からすれば、お義父様とお義母様ってことね・・のお話だとは全然思ってなくて、歴史のお話かよくある地方の伝説かと思って聞いていたんだけど、思いっきり身近にいる『人』の話だったとは・・
いや、まあ、お二人とも只者ではないって思ってはいたし、ある程度その正体にも察しがついていたんだけどねえ、はっきり聞いたわけじゃなかったから。
「内緒ですよ。実は僕以外の兄姉妹はお父さんやお母さんのことを詳しく教えられていないので・・理由はわかりますよね」
台所で洗い物をしながら私に話をしていた旦那様は、振り返って私のほうにいたずらっこそのものといった表情を向けながら自分の口に人差し指を当てて見せる。
その仕草があまりにもかわいらしいので、思わず椅子から立ち上がった私は、再び洗い物の続きをしようと流しのほうに顔を向けた旦那様の背後から近寄っていってぎゅ~~っと抱きしめる。
ついでにそのやわらかいほっぺに自分のほっぺをぐりぐりと押し付けたりもする。
旦那様かわい~~~~~~。
「もう~~、洗い物ができませんってば」
一応抗議の声をあげはするものの、基本的に私のすることのほとんど全てを許してされるがままになってくれてしまう旦那様。
この世で一番大事で、一番大切な私の自慢の旦那様。
宿難 連夜
黒髪黒眼の中学を卒業したばかり、高校の入学式が終わったばかりのちょっと小柄でかわいらしい人間族の少年・・にしか見えないけど、実際は19歳。
この春高校をめでたく卒業し、お義父様が生業にしている珍しい薬草、霊草栽培の仕事を手伝って本格的に従事するようになった社会人。
まあ、高校に行っている間も結構本腰を入れて仕事をしていらっしゃったので、今更という気がしないでもないんだけど、ともかく今のところは我が家の大黒柱。
しかも、家事全般がS級のハウスキーパーさん並にできてしまう『人』で、掃除、洗濯、裁縫はもちろんのこと、料理の腕前もプロ級という超人。
まあ、これだけなんでもできてしまうというのもわけがあってのことなんだけどね。
うちの旦那様は小さい時から物凄く苦労して生きてきて、生きていくためにいろいろな技術技能知識を詰め込まなくてはならなかったからなんだけど・・
いずれは私がバリバリ働いて楽にさせてあげたいなあって思っているわ、いま家のことはほとんどすべて旦那様がやってくださっているし、私の大学の学費とか生活費とかも全部旦那様の稼ぎから出ているしね。
つまり、今の私はただのお荷物ってわけなんだけど・・
「今はね。でも、玉藻さんが大学を出て、小児科専門の『療術師』になって開業したらあっとういうまに僕の稼ぎなんか追い抜かれちゃいますよ。それまでの雑事一切は僕に任せて、玉藻さんは勉強に集中してください」
外見はかわいらしいけど、中身はほんとに男らしいうちの旦那様。
ちょっと落ち込み掛けている私の気配に気がついて、顔だけ動かして慰めるように私の唇にそっと甘く口づけてくれる。
ここまで期待されているのに、がんばらないなんて『女』じゃないわよね。
ってことで、私は現在『回復術』を専門に教えている都市立大学に通って『療術師』・・まあお医者さんね・・になるべく猛勉強中なのよ!!
え、私はだれかって?
そういえば私って自分の自己紹介していなかったわね。
私の名前は宿難 玉藻
かなり『人』型種族の姿に近い『獣人』である霊狐族の女で、ここ城砦都市『嶺斬泊』の都市立大学に通う大学4年生の22歳。
霊狐族は『獣人』系の種族の中でも高位種族にあたるため、常に『半獣人』型や『獣』型の種族の『人』達と違って、『人』型、『半獣人』型、『獣』型のいずれの姿を取ることもできる『狐』の『獣人』種族。
まあ、そうは言っても『人』型の姿が何をするにしても便利なので、ほとんど『人』型の姿でいるんだけどね。
『人』型の場合、頭から飛び出た『獣』の大きな耳と、腰から生えている尻尾だけが『狐』で、あとは完全に『人』の姿。
ちなみに尻尾は歳をとるごとに増えていくんだけど、今の私には3本のまっ白い尻尾が生えている。
旦那様とは1年前に大恋愛の末にめでたく結婚して籍を入れて、今は幸せな日々を満喫中・・というか、周囲の知人に言わせると、満喫しすぎということになるらしい。
え、私の外見がもっと知りたい?
う~ん、黒髪に黒眼(って、昔は金髪だったし目の色も違ったんだけど、ある事情から今は黒髪に黒眼になっちゃったの)で長い髪は後ろで1つにまとめてアップにしてて、ダークブラウンのフレームの特殊眼鏡をつけてるわ。
あ、目が悪いわけじゃなくて、患者さんの生体エネルギーを見るための眼鏡ね。
誕生日に旦那様にプレゼントしてもらったのよ。
スタイルはまあ、いいほうなんじゃないかな、一応胸は結構あるし、今のところくびれができるくらいにはウェストは細いわ。
『人』の姿の時には髪は黒いんだけど、『狐』の姿になると体毛は真っ白に変わり、大きな白狐に変わるわ。
あと、怒りに燃えたり戦闘状態に入ると『人』の姿でも髪の毛は白くなる・・まあ、こんな風になってしまうのはいろいろとわけがあるんだけど、その理由についてはいずれまたの機会に。
美人かどうかは自分で判断できないから、なんともいえないわね、ただ、旦那様は間違いなくこんな私を愛してくださっている。
そして、私も心から旦那様を愛している。
「ほんと好き好き、大好き! 旦那様、愛しています!!」
なんだか愛おしさが溢れて止まらなくなってきたので、後ろから抱き締める腕に力を込めて、そのかわいらしい横顔や首筋に遠慮なくキスの雨を降らせる私。
旦那様はしばらく黙ってされるがままになっていたけれど、あまりにもしつこく私がキスし続けるのでとうとう困った表情になり。
「た、玉藻さん、僕も玉藻さんのことは心から愛していますし、美しい玉藻さんにキスしてもらえるのは大変光栄なんですけど・・できれば洗い物終わるまでちょっと待って頂けると大変ありがたいんですが」
「あ、あう・・ごめんなちゃい」
私がつけたキスマークだらけの顔に苦笑を浮かべてこちらを見つめる旦那様に、私がバツの悪そうな顔を向けてちょっと身体を離すと、少しだけ身体を寄せて私の唇にそっと軽く・・そしてとても優しくキスしてくれる旦那様。
その後再び流しでじゃぶじゃぶと食器を洗い始める。
さて、じゃあ、私は旦那様が洗い終わった食器を拭いて片付けるかな。
まあ、こんな感じで続く私の毎日、よかったらまた遊びにきてね。