第1章 4.隣国の王子さま
「ラン、お願いがあるんだけど」
「・・・・はい、なにかご用でしょうか?」
ランは、どこか、よそよそしい感じがした。
あたしとランは演説のあと部屋に戻ったのだが、どうも変な空気だ。
新たな法案が通って、みんなが喜び、あたしたちも手を取り合ってよろこぶはずが、ランはテーブルで書類を見たまま、ずっと無言状態。
あたしが話しかけても、書類を見たまま返事をする。
「うん。あのね、これから、わたしが言うことを書いてくれないかしら?」
「私が、ですか?」
ランが、書類をめくる手をピタリととめた。
「ええ、わたし、いま、指が痛くて文字が書けないの。だから、あなたが代わりに。いいかしら?」
「はい、私で、よければ」
ようやく、ランがこっちを向いた。
そして、テーブルのすみに置いてある万年筆と白紙を手にすると、
「どうぞ、おっしゃってください」
と、なんか無機質な声を出す。
あたしは、小さくせきばらいをしたあと、ゆっくりと言葉を発した。
「わたくし、リゲル王国の王女アリスは、このたび神獣保護法という新たな法案を提出し、王族の全員一致を得ました。なので・・」
ランはスラスラと、あたしの言葉を、この世界の言葉にして白紙の上に書いていく。
見たことのない文字だけど、これが異世界の言葉か・・。
ーでも、これが、ナナのための法案だと知ったら、どんな顔をするだろう・・。
「では、こちらにサインをお願いします」
書き終わったランは、あたしに万年筆をわたしてきた。
ーそうか、あたしのサインが必要か。
どんなのが。
じゃあ、こんなのは?
あたしは、ナナの似顔絵イラストを、文の最後に、ささっと書いた。
現実世界で、いつもノートのすみに書いてるイラストだ。
「これで、どうかしら?」
すると、ランは、しばらく石のように固まっていたが、ようやく口を開いて
「は、はい。す、すてきなサインですね、アリスさま・・」
とひきつった笑みを浮かべると、白紙を丁寧にまるめあたしに視線をむけた。
「あ、あの、アリスさま」
ーおお、ランから、語りかけてきた。
なに?
「シリウス王国の、ティーガー王子さまなのですが」
「どうかしましたの?」
あたしは、王女っぽく言ってみた。
「明日、この城を訪問したいと」
「それは、つまり・・」
「はい、この神獣保護法の中身を拝見したいとのことです」
「いいですわ。盛大にお迎えしましょう」
そう、いまは、あたしが王女アリスなんだから、それくらいは、いつでもウェルカム。
「それで、アリスさま」
ーまだ、なにか?
あたしは、極力、笑みをくずさぬよう、ランの顔を見た。
「地下の蔵なんですが」
ああ、あのワインが貯蔵してあるって、あれね。
「ど、どうかなさったの?」
「申し上げたように、あれは、我が国の大事な資金源ですので・・」
うん、そうか、それは大事か。
「ティーガーさまたちが、満足する出来になっているか、試飲・・、つまり、チェックする必要があるかと」
ランが、すこしトーンを落としながら言った。
そして、やや自信なさげにあたしの顔を見ている。
「わかったわ」
「は?」
「そこへ、案内してくださる?」
ランは、しばし、おどろいた様子だったが、やがて、扉の方をむくと
「あなたたち、アリスさまを地下へ」
と大きな声をだした。
すると、ばたんと扉が開いて、あの三色メイドがでてきた。
そして、三人とも興奮気味の顔で、あたしの前に並んだ。
あたしは、安堵した。
ーよかった、無事だったのか。
あのスレイプ族っていうのが、城に攻め込んできたらどうしようと気になっていたのだが。
「私たちが、案内させていただきます!」
真ん中の赤メイドが言うと、左右の青メイドと緑メイドが腕を横にひろげた。
翼ポーズ。
どうやら、キメのポーズらしい。
「あたしは、カールさまに報告することがあるから、あとで行くわ」
ランは、赤メイドにそう言うと、あたしに会釈して部屋を出ていった。
三色メイドは、全員スマイルをあたしにむけている。
「あなたたち、大丈夫だったの?」
「はい、カール様が、たくさんの兵士さんたちをよこしてくれたので、城は無事守られました」
「あのオレンジの怖そうな人たちは、さーっと消えちゃいました」
三人が、顔を見合わせてはしゃぐ姿は、まだ子どもの面影があり、あたしは、なぜか母親のような感情がわいてきた。
ーでも、みんな無事でよかった。
「ですが、アリスさま」
「?」
「あの時の、アリスさまは、とても素敵でした」
「あの時って・・」
「私たちをかばって、出口まで誘導してくれたじゃないですか」
「ああ、あれは、まあ・・」
あたしは、ちょっと照れくさくなり、指で頬をかいた。
「とても、勇敢な、お姿でした」
「私、しびれました」
「ま、まあ、わたしは、王女ですもの。そのくらい当然ですわ」
三人は、わあっと赤い顔。
「では、地下へ案内してくださる?」
「はい、こちらへ」
三人は、前と同じようにトライアングルのフォーメーションを作り、あたしが、その中に入って前進。
みんなで部屋を出て、地下へつづく階段を下りて行く。
階段は、らせん状のつくりで、不思議な空間のうねりを感じられて気持ちがよかった。
青メイドがランプを右手にかざし、幻想的なあわい光が地下をやさしく照らしている。
やがて、最下部の蔵に、ついた。
「つきました。ここです」
緑メイドが、んしょ、と鉄製の扉を開けると、ぶわっと独特の匂いが中からあふれてきた。
あたしは蔵に中に入ると、大きな樽がズラリと対称にならんでいた。
ーすごい、なんか、いい香り。
あたしは、思わす、ごくりとノドを鳴らした。
「じゃ、さっそく、ただ飲み・・、いえ、チェックさせてもらっていいかしら?」
「はい、もちろん」
赤メイドが、樽の横に設置された棚から、グラスとワインの瓶を運んできた。
そして、瓶のコルクを外そうとしたが・・。
「え・・と、あれ?」
そうか、まだ、開け方を知らないのか。
あたしは、内心、苦笑いをした。
「いいわ。わたしが自分で開けるわ」
とあたしは、ワインの瓶を手に取りコルクをつかむと、三人がじっと様子を見ている。
あたしが指に力を入れると、ポンっと大きな音を立て、コルクが外れた。
わあっと三人とも、おどろきと楽しさがまじった声をあげた。
ーへへ、上手でしょ。
とくとくとく・・。
あたしがワインをグラスにそそぐと、芳醇な香りがあたりに広がる。
あたしは、ごくりとのどを鳴らした。
見ていた三人も、つられて、ごくり。
では・・、いたただまーす!
あたしは、ぐっとワイングラスをかたむけた。
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