第1章 2.国の法律
「さあ、この部屋です。どうぞ、おくつろぎください」
すごい、なんてセレブの部屋だ。
もちろん、さっきのお城ほどではないが、パーティーでもできそうな広間に、おしゃれなテーブル、ひじ掛け椅子、ベッド、クローゼット、姿見がキチンと配置されていた。
「今、お飲み物を持ってまいります。ここで、おやすみになってくださいね」
ランが部屋から姿をけすと、あたしは、クツを脱いで、そっとベッドに座り、ふかふかの羽毛の感触の上で大の字になった。
そして、あたしは、はあっと大きく深呼吸をして天井を見ながら、頭の中にちらばった情報のパズルを整理した。
ーえっと、まずは、この世界にきて。
ようするに、あたしは、この国の王女に転生したってこと?
もう一度、あたしは頭をなでたが、まだぶつけた痛みがじんじんと残っていたので、ぬり薬でもあるかなとベッドから降りて部屋を歩くと、姿見に映った自分を見て目をうたがった。
ーあれ、あたし、相沢ありすと、そっくりの少女が鏡の中にいる・・!
そうか、カールさまたちの反応が理解できた。
つまり、王女アリスは、あたしと似た容姿だったのか。
ま、悪い気はしないけど、王女というのは、立ち居振る舞いがキビしいから、そこは気が滅入りそうな・・。
そうだ。あと、いっしょに絵本を読んでたナナも、この世界にいるのか・・。
不安の泉が、あたしの胸に湧き始めた。
そして、あたしはいま、壁の大きなものの存在にはじめて気づいて、そっちに視線をなげた。
壁には、大きな絵が架けてあった。
森のなかに、少女がいる絵だ。
少女は、大きな切りかぶの上に座って、楽しげに歌っているようだった。
そして、小鳥や、妖精たちが少女のまわりに集まっている絵。
はじめて見る絵だが、なんとなくいいなと、あたしは思ったが、1つ気になる箇所があった。
ーそういえば、この少女、どこかで見たような気が・・。
「お待たせしました」
ランがおしゃれなエプロンをして、アンティークなお盆に、白いティーカップとクッキーを載せてきた。
いい香り。
ティーカップからは、大好きなレモネードの香りがする。
ランは、テーブルの上に、そっとお盆を置いて
「レモンのハチミツ茶を、お持ちしました」
とあたしに、ティーカップをわたした。
ーうん、どう見ても、レモネードですよね。
あたしは、気持ちが軽くなった。
あたしがテーブルのそばの椅子に座ると、ランは、テーブルの反対側の椅子に座り、あたしを見ながら小さくコホンとせきばらいをした。
「アリスさま。単刀直入に申しますと、ベガ王さまは、自分が病床に付している間は、アリスさまに国の指揮を取っていただきたいと、仰っています」
ーベガ王って、さっきのオレンジ色の男たちが口にしてた名前。
つまり、あたしの父親ってこと?
「そ、そう。それで、お父様は、どんなことをわたしに頼んでいるのですか?」
「はい、それなのですが・・」
ランは、エプロンのポケットから、紙のたばとペンをとりだすと、一番上の紙に目を通してしゃべりはじめた。
「まずは、農作物の確保ですね。最近は干ばつが続いて、野菜、果物の収穫量が非常に悪いです。これは、わが国のメインの財源ですので、これを最初に解決したいと」
ランは、ちらりとあたしを見た。
あたしは、にこり。
「とくに、わがリゲル王国自慢のワインが作れません。例年ならば、この時期に摘んだぶどうで作ったワインをシリウス王国に分けるのですが、それも難しいと思われます」
ランは、紙をめくり2枚目を見た。
「アリスさまは、どう思われますか?」
「そ、そうね。その件は、すこし考えさせてもらっていいかしら?」
「わかりました。では、次に・・」
ランは、新しい項目を、しゃべり出した。
ーもうしわけないけど、いまは、そんなこと考えられない。
とにかく、ナナのことで頭がいっぱいなんだから・・。
「あの、アリスさま。聞いてらっしゃいますか?」
とランが視線をあたしに向けてきた。
あたしは、椅子から腰をあげた。
「あの、ラン。1つ聞きたいんだけど」
「はい?」
「さっき、わたしやカールさまがいた城に、動物に乗った怖そうな人たちが押しよせてきたんだけど。いったい、彼らは、なんなの?」
「ああ、あの人たちは、動物分離令に反対してるんです」
「動物分離・・? それは、つまり・・」
「はい。彼らは、森の動物と共に生活を営んできました。ですので、動物たちと離れるなんて許せないと、この1ヶ月、ああやってくるんです」
そういうことだったのか。
ベガ王さまは、動物嫌いなのか?
ーあれ、てことは・・。
「ねえ、ラン。その・・、動物の中には、たとえば、猫も入ってるの?」
「はい、もちろん」
ー!!
「じゃ、じゃあ、この法案が通ってしまうと、わたしたちは、猫たちといっしょには・・」
「生活できません。たぶん、島流しです」
「し、島・・」
「わが国から遠く離れた孤島に、すべての動物を移動させます」
あたしは、ベッドから体を起こした。
ランは、すこし驚きの顔。
「こほん・・。とくに、黒猫は不幸を呼ぶということで、その可能性が非常に高いです」
「・・・・」
「これを、ご覧ください」
ランは、わたしに紙を見せた。
そこには、黒猫の似顔絵が描かれていたが、うえから大きな✘が記されていた。
ーうそ、なにこれ・・。
あたしは、信じられない思いでランを見た。
ランは、うつむいて、指先でエプロンをもみもみしている。
どうしよう、と言った表情だ。
ーそんな、とんでもない法律のある世界だったの、ここは?
それは、絵本にも描いてなかった。
許せない。
猫好きに、そんなもの許せるはずがない。
あたしは、まだ温かいレモネードを、ぐっと飲んだ。
ーだめだ、そんなことは、ゼッタイにさせない!
「王族のみんなを、呼んで」
「はい?」
「わたしが、お父様の代わりをつとめます」
ランは、しばし、あ然としていたが、やがて姿勢をただし
「わ、わかりました。では、中央広場に、みなを呼んでまいります・・」
と言って、早足で部屋を出ていった。
ーとうぜんじゃない。
ナナは、あたしの猫なんだから!
あたしは、部屋のすみのクローゼットを開けると
ズラリとならんだ王族用のドレスに目を通した。
こういう場に、ふさわしい服は・・。
よし、これだ。
あたしは鏡の自分に、ニヤリと笑った。
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