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第4話 愛を乞う男と女③

それから何を思ったのだろう。


気づけば城の前まで来ていた。


強い雨に叩きつけられながら、門兵の守る高い城壁を見上げる。


その壁がまるで超えられない壁のように見えて怖かった。


情けない現実に思わず笑ってしまう。


「何をしているのかしら、私」


(こんな所まで来て……何がしたいの?)


あまりに惨めな行動に笑うしかない。


今までのウェリナの行動を考えると、この場所に泣いて訪れることは卑怯以外何者でもなかった。


この後、愛されるウェリナにならばどんな展開が訪れるかがわかっていた。


ずっと寄り添ってきた人が愛する人を前にとる行動は目に見えて想像できる。


(だって、やさしい人だもの)


ウェリナには絶対的にやさしい人が駆け寄ってくれると知っていた。



「ウェリナ!!」


空は雲がかかり、日も暮れてすっかりどんよりとした暗さに包まれていた。


土砂降りの中を走り、一心にウェリナを呼ぶ。


(私が恋したのは、この表情だ)


レクィエスに待つのは【英雄】として民に崇められる未来だ。


国で唯一となる英雄の強さを持つ。


その強者の地位に反して、いつまでも捨てられた子供のような目をする。


弱々しい姿を見て抱きしめたいと願った。


叶うことのなかった想いが悲鳴をあげる。


この身体はウェリナのもの。


レクィエスに結ばれるための行動をとらなくてはならない。


(嫌なのに……心はレクィエスを求めるばかり)


私は弱かった。


泣きながらレクィエスを見つめることが何を意味するかわかっていて、涙を止められない。


引き裂かれる想いを捨てきれなかった。


揺れる女の心、とでもいうべきか。


愛されたいと願う気持ちと、愛されたくないという気持ちが入り混じる。


何も思わずにはいられない。


ずっと隣で見てきたレクィエスが今、ウェリナの前に立っている。


その黄金の瞳にともるのは、ウェリナに向けられた愛情深さだった。


「兵から報告があって、ウェリナがずっと外で立っているって」


「レクィエス……。レクィエス!!」


気持ちなんてものはコントロール出来たら苦労しない。


結局、私もウェリナと何一つ変わりないのだ。


私は女となり、レクィエスに抱きついた。


「ウェリナ?」


「お願い。どうか私を抱きしめて……」


「何を言って……」


レクィエスの顔が急速に赤くなる。


口元をおさえながら、熱い瞳が私を見下ろしていた。


「これは、夢?」


「えっ?」


「そうだ、これは夢なんだ。……こんな都合のいいはずがない」


苦しそうに細められる目。


だが非常に情熱的だった。


そんな目を私は知らない。


「ウェリナが……オレを求めてくるなんて。そんなこと……いや、夢なら覚めないでくれ」


雨が身体を打ち付ける中、身体はまだ熱かった。


いつも火照っているが、レクィエスを前にすると喉が渇いてしまう。


鍛えられたレクィエスの胸に寄せられ、喉奥が焼ける。


雨から守るように強く抱きしめられた。


「ウェリナ、愛してるんだ。 どうかオレを求めてくれ」


「レクィエス……」


レクィエスの鼓動がハッキリと聞こえてくる。


いつも冷静で、感情を表に出さないレクィエスが震えていた。


肌に触れるその手は熱い。


(私、ずっとこうして見つめられたかった)


そんな乙女の恋心がはじまりだったはずなのに。


欲望はいつのまにかこんなにも大きくなって、未練と化していた。


心が抉られる。


私を抱きしめるこの腕は私を抱きしめていない。


それでもレクィエスに愛されたいという心が捨てられないのは、よっぽど欲深いからなのだろう。


だから私は自分に暗示をかける。


これ以上、傷つくことのないよう、自分の存在を押し殺す。


ウェリナとしてレクィエスに愛されて、愛を返していく。


そこにファルサは必要ない。


こんな必要のない痛みからは私が守ってみせる。


「レクィエス」


そこには情をはらんだ女がいた。


レクィエスという名の男をただ一心に見つめている。


ウェリナになった私は、ウェリナが口にすることのなかった禁断の言葉を口にする。


レクィエスを惑わす悪女の口で、愛を乞う。


聖女として潔癖だったファルサはどこにもいなくなっていた。


「愛してます。どうか私を抱きしめて……」


「ウェリナ……。ウェリナッ!」


剣を握りすぎて、分厚くなった手が私の両頬を包む。


金の瞳に私が映っているだけで身が震える。


私だけを愛する男が持つ強烈な輝きだった。


「愛してる。愛してるんだ。どうしたらいいかわからないくらい……」


「……うん」


どちらからともなく、私たちは唇を重ねる。


かちりと、私の中で何かが止まった気がした。


ファルサとして何度も重ねたはずの口づけ。


それは一方的でも幸せだった。


今、私は感じたことのない痛みを感じている。


包み込まれて重なり、落とされるキス。


降り続ける雨だけが、偽りの私を慰めるように冷やしてくれた。


ーーーーーーー


「その……すまない。女性用のドレスがなくて……」


「気にしないで」


それから私は城へと入り、レクィエスの私室に招かれた。


ソファーにもたれかかり、ボーっと部屋の中を眺める。


豪華な装飾にあふれる城内とは思えない質素な部屋だった。


冷えた身体をあたためるために湯あみをさせてもらう。


そのあと用意してもらったタオルで髪の毛を拭い、バスローブを身にまとった。



(ちょっと大きい……)


レクィエスも服を着替えていて、普段よりラフな格好をしていた。


少し離れたところで立ったまま、動こうとしない。


見慣れぬウェリナの姿に戸惑うレクィエスがかわいらしくて、つい笑ってしまう。


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