第4話 愛を乞う男と女②
※閲覧注意
目の前に立つラミタスがいたずらっ子のように口角を上げる。
高身長で、顔立ちも整っている。
ウェリナの処刑が起こる前は、ラミタスは女性に人気があった。
しかし浮ついた様子もなく、硬派な姿が余計にモテる要因となっていた。
(まぁ、私はレクィエスが一番素敵だと思うけど)
振り向いてもらえなかった。
嫌な相手に愛が向けられていた。
単純に考えればそれだけのこと……。
「聞いたよ、ドルミーレ伯爵の誘いを断ったんだって?」
「え!? あー……。そうね」
衝撃的な質問を受け、視線をさ迷わせる。
よく考えれば、公爵が直接苦言するほどなのだから、ラミタスがウェリナの私情を知らないはずがない。
その気まずさに私は苦笑いをするしかなかった。
ドルミーレ伯爵との行為は、不貞としか言いようがない。
伯爵は伯爵で家庭を持っているのだから、遊びでしかないこともよくわかる。
品位に欠けた行動は、同性として嫌悪する。
腹立たしくてたまらず鼻息を荒くした。
(レクィエスという素敵な婚約者がいるのに。意味が分からない)
頭の中で再生された光景を思い出すと、恥ずかしくなって顔を隠す。
あれが乱れた悪女の正体だったのだろう。
不貞行為はレクィエスと結婚するにおいて障害にしかならない。
これからのためにも、余計な関係は切らないと……。
唇を固く結んで考え込む私を見て、ラミタスが口元に手をあて笑い出す。
「いいの? 寂しくならない?」
「えっ?」
「優しく抱いてくれる相手がいないと、すぐ寂しくなって暴れるでしょ?」
無邪気な顔で笑う姿に私は動揺する。
カッと顔を赤くして手を振り、熱くなる頬を冷まそうとした。
「何を言っているのよ。私、婚約者がいるのよ? そんなこと、もうしないわ」
「……今さら、遅いと思うなぁ」
「どういう……」
突如、身体に強い衝撃が走る。
身体が床に倒れ、背中をぶつけていた。
「いたっ……何?」
襲ってきた痛みに表情を歪め、顔をあげる。すると思いがけぬことが起きた。
赤い瞳が私を射抜き、整った顔がゆっくりと落ちてくる。
あまりに近い距離に、何が起きたかわからず硬直。
顔が離れるとき、唇からリップ音が鳴っていた。
「……え?」
(今、唇が重なった……?)
目の前にいるのはウェリナの弟・ラミタスだ。
無表情に見下ろしてくる姿に私は動けず、目を大きく見開いていた。
「それって僕も捨てるってこと?」
「なにを言っているの? 意味が……んんっ!?」
また、唇が重なる。
先ほどよりもラミタスの顔を近い。
(これは、キスをしているの?)
思考がぐしゃぐしゃに歪んでいく。
ラミタスは弟なのにウェリナと唇を重ねるのは変だ。
現実を直視できず、抵抗が出来ない。
唇が離れると顔を赤らめ、ピンクの髪を手に取り口づけるラミタスがいる。
赤い瞳は情をはらんでウェリナを見つめていた。
「あんなに愛し合ったのに、僕のことを捨てるの?」
「あ、愛し合っていた?」
「そうだよ。僕たちは愛し合って、何度も肌を重ねたじゃないか」
何が起きているのか。
何を言われているのか理解が追い付かない。
「冗談はやめて。あなた弟じゃない? それに私には婚約者が……」
だが脳裏に嫌な考えが過る。
ラミタスの言葉を否定しきれなかった。
(……ありえるわ。だって、ウェリナはレクィエスがいても気にも留めなかった)
いくら私が否定しても、この身体が行ってきたことは消えない。
喉が焼けるように熱い。
身体も火照っている。
この身体はラミタスに触れられて喜んでいる。
(どうして?)
本当に弟と愛し合っていたとでもいうのか。
続くラミタスの言葉に思考回路は切断された。
「好きだよ、姉さん。しばらく我慢していたけれどもう限界だ」
「ひっ――!?」
「姉さんはそうやって僕を振り回す。他の男に抱かれてさぁ、僕に嫉妬でもしてほしいの?」
「ちが、違うっ――!!」
どれだけ首を横に振ってもまったく否定にならない。
腕を掴まれ、太ももをスッと撫でられる。
汗ばんだ身体にはりつく温もりにゾッと鳥肌を立たせた。
「ムカついてるんだよ? 僕以外に姉さんの肌に触れるやつは殺したくてたまらない。でも姉さんはそういうの、嫌いだもんね。僕だけじゃ足りないから、寂しいからそんなことするんでしょ? ねぇ、優しくされたかったの?」
「やめて、やめて怖いっ……!」
「姉さんが望むなら優しくするよ? 寂しい思いをさせたならごめんね。望んでさえくれれば僕はなんだってする」
「いやっ!!」
「あーもう我慢出来ない。姉さん、触れたいよ。いいよね? わかっててここに来てくれたんだよね?」
「いやっ! そんなの知らないからっ!!」
全力でラミタスを突き飛ばし、隙が出来た瞬間に無我夢中で走り出す。
周りが見えなくなるくらい走っていると、外に飛び出していた。
外は雨が降っていて、私の熱い身体に冷たさを打ち付けていく。
頭が痛くて、身体が熱くて、ごちゃごちゃして吐き気がした。
キモチワルイ。
義弟と愛し合っていた?
この身体は弟とまで肌を重ねたというの?
崩壊した思考は鈍器で殴られていると感じるほどに痛みを訴える。
「うっ……!」
ひときわ強い頭痛に頭を両手で押さえつける。
知りたくもなかったウェリナの記憶が駆け巡っていく。
それは否定しようのない、ラミタスとの欲にまみれた行為だった。
「……嘘じゃないのね」
否定したくてたまらない記憶が目の前を真っ暗にしていく。
どうしてそんなことが出来るの?
そんなに自分の欲が大事で、快楽に溺れたいの?
なんでこんな女が愛されるのよ!!
「うっ、うぅ……」
書き殴られた頭の中はもう、ウェリナを真っ直ぐに見ることも出来ない。
涙を流して、雨の中を走ることで思考を吹き飛ばそうとする。
冷たい雨は熱い身体を冷ますにちょうどよかった。
呪わしい感情に身を任せ、ウェリナを憎悪した。
ねぇ、どうしてそんなことをしたの?
あなたはなぜ、そこまで堕ちているの?
レクィエスを傷つけてどう思っていたの?
愛されてなんとも思わなかった?
走り続けた足がゆっくりと歩数をかけて止まる。
雨をはじく地面を見て、闇に飲まれていく。
「……ずるい」
清く、美しかった聖女はどこにもいない。
泥に塗れた言葉を吐き出す。
義弟を巻き込み、最低な行為を続けたウェリナが許せない。
愛を乞うレクィエスを傷つけた残酷な人。
こんな人が愛されていた現実を認めたくなかった。
(それでもレクィエスに愛されていたあなたが羨ましい……)
雨が火照った身体を強く叩く。
涙はすべて、雨に飲まれて全身が重たくなっていた。