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第4話 愛を乞う男と女①

異常な冷えをみせる公爵家。


家族の交流はなく、何日経っても私は一人で過ごしていた。


日に日に燃えていく身に息を切らす。


変化はウェリナの義理の弟が長期の外出から戻ってきたことで訪れた。


義弟を迎え入れるため、珍しく家族揃って昼食を取ることとなる。


冷え切った家庭で話題があるわけでもなく、ただ黙って食事をすすめていく。


気軽に食事を楽しむことが出来ないのは、大食いの身体にとって痛手である。


「今日は珍しく大人しいな」


そんな私に無表情に声をかけてきたのは父のハーデスであった。


くすんだ金色の髪に、鼻の下にひげをはやした厳格な姿である。


威圧感のある低い声でウェリナを呼び、こちらを眺めていた。


私は義務感でにっこりと微笑む。


「家族との久しぶりの食事で緊張しているだけです」


実にかわいげのない娘だろう。


だがウェリナはこうだったはず、となんとなく直感が働いた。


棘のある娘の態度に動じることもなく、ハーデスは言葉を続ける。


「最近は大人しいそうだが、そろそろ公爵家の者だと自覚を持て。お前は公爵家の名を汚している」


「……ご心配なく」


手を止めて、ナイフとフォークを手放す。


お得意の面被りでにっこりと微笑んだ。



「自分の管理は自分で致しますので」


ハーデスの態度から感じ取れるウェリナへの無関心。


これが家族なのかと思うと、ウェリナが捻くれたのもわかってしまう。


だがウェリナの乱れた悪女としての振る舞いが正当化されるわけではない。


無関係のファルサを毒殺しようとしたことは、限りなく悪行であった。


食事を口にして、味気無さに息をついた。


すると私の向かい側に座る女性が訝しげにこちらを見ていることに気付く。


赤髪に同色の瞳をしたやや幼い顔立ちの女だ。


公爵夫人のフローラはウェリナの義母である。


フローラは後妻として公爵家にやってきた。


ウェリナの母が亡くなってしばらくし、子連れでやってきた身であった。


フローラはウェリナを良く思っていない。


こちらを見てくる目は冷めたものだった。



「あんまり公爵家に迷惑をかけてはダメよ? あなたの行動は見られていますから」


静かな威圧だ。


こんなことに気をとられても無駄だとわかる。


ほんの少しの同情で目が伏せられた。


(悪女にしかなれなかった。でも許されるわけじゃない)


聖女として、平等に人と向き合ってきたつもりだったが、もうその指針も手放した。



「あなたのために公爵様は王族の婚約者にしてくださったのですよ。感謝し、淑女として恥じることのないように」


「はい、母上」


この悪意に聞く耳を持ってはいけない。


悪に飲まれた結果がウェリナなのだから。


笑顔は身を守る手段と、口角を引き上げた。



「……可愛げのないこと」


あからさまな溜息をつき、興味をなくしたかのように食事を再開する。


私も黙って目の前の肉に食らいつく。


魔物との戦いが激しくなるほど、食料は流通しなくなる。


特に肉は家畜が死に、土地も育てる人も減っていったことからものすごい速さで消えていった。


その未来を知る私はなおさら食への執着を強めるのであった。


ーーーーーーー


「姉さん。食事のあと、少し話があるんだけどいい?」


「……? えぇ、いいわよ」


食後のデザートを食しているときに、向かい側の席に座る男が声をかけてくる。



<ラミタス・リガートゥル>。


ウェリナの義弟であり、武術に優れた公爵家の跡取りだ。


ラミタスはフローラの実子だった。


冷静さを感じる切れ長の目は父親似だろうか。


燃えるような赤髪を後ろに流し、整えていた。


そんなラミタスと会話をするのは、“私”にとってはじめてのこと。


どういった人物なのか、いまだに不透明である。


噂の限りでは、ウェリナと仲の良い印象はない。


未来の話になるが、ラミタスはウェリナが処刑される時、何の反応も示さなかったそうだ。


賛成も反対もない。


ウェリナの処刑後、公爵家は没落していく。


そのため、ラミタスは落ちた跡取りと呼ばれていた。


実態はわからないが、こうして接している分には特別仲良くも悪くもないといった印象であった。


ーーーーーーー


食事を終えた後、しばらくして私はラミタスの部屋に顔を出す。


仕事場も兼ねているのか、壁には本がぎっしりと並んでいた。



「ラミタス、いる?」


「姉さん!?」


公爵家の仕事をしていたようで、椅子に座り書類に目を通していた。


私が訪れたことに驚き、勢いよくその場で立ち上がる。


駆け寄ってくる姿はひどく高揚した様子だった。



「話したい事あるって言っていたから……来ちゃった」


「あー、そっか」


頬を指先で気まずそうにひっかく。


少し困ったような顔は大人っぽい顔立ちの割にかわいらしかった。


「手間かけさせちゃったね。僕が行くべきだったのに」


「タイミング悪かったかしら? また後で来ることもできるけど」


「いや、嬉しいよ。久々に姉さんに会えたんだから」


「そっか」


軽い冗談を言ってくるラミタスに思わず笑ってしまう。


こうして話していると仲が悪いとは思わない。


むしろ姉思いの気遣い屋さんといった印象だ。


あれだけ好き勝手振舞ったウェリナを庇うことは難しかったのだろう。


そう思うと彼もウェリナの被害者なのかもしれない。


仕事も真面目にしているようで、公爵家の後継ぎとしては不足無しといったところだ。


ウェリナとレクィエスが結ばれれば、ラミタスの未来も回避できるはず。


誰も傷つかない平和な未来だ。


どれだけ今の“私”が傷つこうとも、未来の“私“は傷つかないのだから。

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