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第3話 悪女の悪夢③


「珍しいこともあるものですね。あなた様がこのようなことをされるとは」


「……」


肩を掴むレクィエスの指先に力が入る。


冷静に見えて、レクィエスの底深い怒りを感じた。


口を開こうとはせず、スクーザを威圧する。


スクーザは危機を感じたのか、咳ばらいをし足を後ろにずらす。



「……今日はやめておきましょう、令嬢」


一礼し、背を向ける。


「またあなた様と楽しむ日を心待ちにしております」


こちらを見ることなく、スクーザは人混みのなかに紛れていく。


私は状況把握がうまくできず、茫然と立ち尽くしていた。



「ウェリナ、大丈夫?」


「……っありがとう、ございます」


衝撃に圧倒されていたが、なんとかレクィエスにお礼を伝える。


だがその反応にレクィエスはポカンと口を開き、黙りこくる。


それからすぐに目をそらし、口元を隠していた。


私はすでに姿の見えなくなったスクーザの歩いていった方向を見る。


ウェリナの記憶の断片が脳裏を刺激した。


「うっ……!?」


頭が割れるように痛み、ぐちゃぐちゃとしたノイズが走る。


頭の中で映像と音声が流れ出した。


真っ暗な世界で、吐息の混じった声ときしむ音が聞こえる。


『熱い。熱くて気が狂いそう』


(――いやっ!!)


脳裏を駆けた光景に、私は両手で口元を抑えた。


(なんなの、今のは。愛してもいない相手とあんな……)


キモチワルイ。


立っていることもできず私はその場にしゃがみこむ。


冷たい汗が全身を濡らした。


「ウェリナ、これを」


肩に優しく触れるぬくもりに顔を上げる。


心配そうにこちらを見つめ、水の入ったコップを差し出してくるレクィエス。


同じ目線の高さになるよう、膝をついていた。


「顔色が悪い。今日はもう帰ろう」


その言葉に対し、焼ける喉を抑えて首を横に振る。


「ダメよ。王后様に挨拶もせず、あなたと踊りもしなかったら……」


レクィエスの立場がない。


これ以上、レクィエスを落とすような行動はしたくないというのに。


「気にしなくていいよ。それよりウェリナの体調の方が大事」


レクィエスは寄り添い、やわらかく微笑みかけるばかりだった。


「水、飲んで大丈夫だから。すぐに馬車を呼ぶから少し待ってて」


「……」


私は何も答えられない。


(どうしてそんなにも優しいの?)


こんなに穢れた人に優しくするのは、愛しているから?


裏切り続けた女を愛している?


まったく理解できない。


これでは盲目な愛としか思えなかった。


レクィエスのやさしさをこれほど痛いと感じたことはなかった。


この身は愛に対して反故した残酷な悪女。


「ごめん、なさい……」


するりと手からコップが滑る。


割れる音とともに破片が散り、水が床を濡らしていた。


それに一番驚いたのは私で、ひどく動揺した。


レクィエスへと目を向けるも、困惑してこちらを見てくる姿に声が震えだす。


「ちが、違うの」


様子を見ていたまわりは声をひそめ、疑いの発言を広めていく。


レクィエスの行動に対し、ウェリナが横暴に振る舞ったようにしか見えない。


婚約者を鎮めることも出来ないレッテルがレクィエスに張り付いていく。


尊厳を傷つける行為をしたことに私は耐え切れず、勢いよく立ち上がる。


「本当に、ごめんなさい……!」


「ウェリナ!?」


あふれ出す涙がこぼれる前に、私は足早に会場を後にした。


会場から離れた城内の回廊にまで着くと速度を落としていく。


やがて足を止め、柱に隠れて涙を流した。


あふれ出す黒い感情が止められない。


声に出すことの出来ない叫びが私を支配していた。


「うっ、うぅ……あぁぁ……!」


裏切りでしかない行動をしても、この身はレクィエスに愛されている。


この女が憎いと思わずにはいられない。


どれだけレクィエスを想っても、その愛は返ってこない。


断頭台で処刑され、悪女の烙印が確定したのちも心を離さない。


だから私は、何も知らない私がレクィエスを愛するのを阻止したかった。


報われない想いをしなくていい。


レクィエスとウェリナが結ばれればそれが一番幸せな道のはずだった。


(どうして私がウェリナなの?)


自分を殺そうとした女として蘇る。


ファルサの恋を阻止しようとすればするほど、気持ちとの矛盾が生じた。


ウェリナは破滅から遠ざかり、レクィエスの愛を手に入れる。


純粋だったファルサの恋心は何一つ報われない。


辛くて、ただ苦しいばかりだ。


「いやぁぁぁっ……!」


頭の中がぐちゃぐちゃで、黒いものが覆ってきた。


身体は燃え上がるように熱い。


言葉にならぬ叫び声をあげる。


どれだけ醜い姿をしているのだろう。


地獄の業火に焼かれた女がそこにいた。



「あの、大丈夫ですか?」


だから鈴の音がやけにきれいに聞こえてくるのかもしれない。


音へと顔を向けると、そこには清楚な水色のドレスを身にまとったファルサがいた。


「どうして……」


「お辛いことがあったのですか?」


問いかけてくる姿はまさに聖女そのもの。


何の穢れも感じられず、恋が私を変えてしまったことを痛感する。


この対面を思い出せない。


花の刺繍が施された白いハンカチで涙をぬぐってくる。


心配そうに見つめてくる青い瞳に、胸がチクりと痛んだ。


「ごめんなさい。こんなことしか出来なくて」


その言葉に私は首を横に振る。


「私には心を癒す力はありません。ですからせめて、泣いて吐き出してください」


寄り添うように、ファルサはやさしく私を抱きしめる。


心臓の鼓動に私は心を落ち着かせていく。


慈愛の微笑みを浮かべ、ファルサは涙をぬぐったハンカチを差し出してきた。


「せっかくキレイに装っていらっしゃるのですから。涙で顔を濡らすことのないようお使いください」


「……ありがとう」


聖女らしい美しい微笑みを携えた姿。


この人が少し前までの私。


客観的に見ると、何にも染まらない美しさがある。


ウェリナとは真逆の爽やかさだ。


私はレクィエスに恋をしたことに後悔を抱いてなかった。


傍にいれたことが幸せだった。


愛されないことは寂しい。


その気持ちからは目をそらし続けた。


死に堕ちる時、愛という名の絶望を知る。


こんな醜い感情があるなんて知らなかった。


(知りたくもなかった)


純粋にレクィエスに捧げられた愛。


それ自体は清く、尊いものだったはず。


愛する心が歪んだのは、悪女への愛を知ってしまったから。


あの絶望はもう二度と、味わう必要はない。


闇に飲まれ、堕ちていく感覚が忘れられなかった。


(ただ愛しただけだった。もうあんな想いは嫌。自分を幸せにしたいと思って何が悪い?)


私はファルサの透き通る瞳を見つめ、誓う。


たとえ今の私の心が壊れようとも、“私”はレクィエスと愛し合ってみせると。


「……守るからね」


「え?」


(あなたの幸せを守るために私は……)


口角をあげ、ファルサのように微笑みを浮かべた。


背を向け、歩き出す。


「ありがとう」


その言葉だけを残して、私は夜の闇に溶け込んでいった。

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