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第3話 悪女の悪夢①

翌日、ウェリナの予定を把握していなかったことで、スケジュールに振り回される。


夜に王后主催の舞踏会が開かれる。


それにウェリナは出席予定となっていた。


朝からイリアに起こされ、眠い目をこする。


身体が熱っぽかったが、王后主催となると欠席するわけにもいかず、身体に鞭を打った。


朝の入浴から始まり、オイルマッサージで身体をほぐす。


ウェリナの象徴となる赤いドレス。


露出は控えめにしたが、血に濡れたような赤に背中がぞわぞわした。


「キャーッ! お嬢様、お美しいですー!」


「たしかに、キレイな方よね……」


鏡の前で椅子に座り、少しずつ見慣れてきたウェリナの顔を見る。


ぱっちりとした大きな目が際立つドーリーフェイス。


濡れたようにしっとりとした白い肌。


荒れた肌を知る私にとって、遠い貴族の肌と感じた。


これが男を魅了する魔の女。


中身の醜悪さにまったく見合わない。


げっそりする私に対し、イリアは目を輝かせ、両手を頬に添えている。


この数日過ごしてわかったのは、イリアだけがウェリナに好意的であるということ。


公爵家はウェリナの行動を黙認している状況だ。


仮にも公爵家だというのに、評判を下げる娘に何も関心をもっていない不気味さがあった。


家でもウェリナの地位は低いことがわかる。


その中でイリアだけがウェリナに親身に接していた。


少し軽口ではあるが、イリアと接していると肩の荷が降りる気分を味わえた。


華やかな容姿に、我儘し放題。


己の欲望に忠実だった人。


男性は寄ってきたけれども、女性はウェリナを嫌っていた。


この屋敷にウェリナを味方する女性はいないに等しかった。


いくら評判が悪かろうが、ウェリナは公爵令嬢だ。


大半の女性は口を噤む。


肩書があっても、ウェリナの実態は放置された令嬢であった。


最後は処刑という結末。


誰もがそうなって当然だと評価した。


浮いた存在が処刑されるエンターテインメントに人々は嗤ったが、すぐにそれも終わる。


魔物の出没は突発的で、対応に追われる日々。


国も民も疲弊し、一人の悪女のことなんぞ忘れていった。


毒殺されかけた私も同様に、魔物との戦いでウェリナの存在を過去のものにしていた。


レクィエスの告白を聞いて死ぬまで、思い出すこともなかった。


(その傷はより深くなって顔を出してきたわ)


今、私はウェリナへの憎しみに燃えている。


いくら過去のものにしたからとはいえ、受けた傷が消えたわけではない。


ふさがっていたはずの傷に爪をたてて、えぐり直し、より深い傷へと変えた。


まるでかさぶたをめくって、骨に届くまで肉をほじくるようなものだ。



(どうして、こんな酷い人が……)


まさに悪女そのものだった人が、何故レクィエスに愛されていたのか。


一途な想いを踏みにじって、なお愛される不思議な女性。


もやもやして、どす黒くどろどろしたものが私を覆いつぶそうとした。



(わからない。けど、“私”が彼に恋するのは阻止しないと)


立ち上がり、窓に手をついて外を見る。


早くも外は日が暮れており、オレンジ色で世界は染まっていた。


こんな風に荒れていない光景をゆっくりと眺めることに、目頭が熱くなる。


こんなにもやさしい世界をウェリナは知らなかったのかもしれない。


ウェリナがあの結末となったのは、それだけウェリナの評判は酷かったことも理由の一つだ。


断頭台に立ち、胴体と首を切り離された姿に人々は盛り上がった。


魔物が現れ、荒んでいた人々にとって、ある種のストレス発散であり娯楽となっていた。


私はその瞬間を見ていない。


その気味の悪さに関わりたいと思っていなかった。



(ほんの少し、同情してしまうくらい悲しい人……)


首を横に振り、考えを吹き飛ばす。


何はともあれ、ウェリナの行いを正すことが取るべき行動だ。


評判が悪いのならば取り戻すしかない。


レクィエスと愛し合い、ファルサの平和を守るために着実に進めよう。



(私の心はどこに向かえば……)


再び過る考えは余計なものだ。


答えは出ているのに、黒い靄は晴れない。


憎い心が身体を熱くした。


目を閉じ、心を落ち着かせようとそっと胸を撫でる。



(まずは現状把握よ)


黒い気持ちに目を向けると、どうしようもなく焼けそうになる。


強制的にでも前を見ないと、あっという間に粉々に砕けそうな心。


今の私はそれをさらに踏みつぶすだろうから……。


目を開き、私はピンクの髪を揺らして外へと出る。


外へと出ると、見慣れぬ馬車が一台止まっていた。


その前には王子として正装をしたレクィエスが立っている。



(どうして?)


動揺を隠せず、ドレスの布を握ってしまう。


レクィエスは優しい目をしてこちらを見つめてくる。


その瞳に映るのはウェリナだった。



「ウェリナ、迎えに来たよ」


この時のウェリナとレクィエスは婚約者。


王后主催のパーティにパートナーとしてエスコートしてもおかしくない。


あまりに優しい顔に、内側にドロドロしたものがあふれ出す。


こんな表情を私は見たことがない。


それほどまでにウェリナを愛しているというのか。


(こんなの、酷い……)


私が求めていたものを、どうしてこんな人が持っているの?


唾を飲み込んだ。


それでも内側の熱さは消えない。


それを無視するように私は愛らしく、うっとりとした目でレクィエスを見つめた。


スッと右手を差し出す。



「この手をとって、レクィエス」


レクィエスの目が一瞬だけ丸くなる。


だがすぐに嬉しそうに目を細め、その手をとった。


手の甲にキスが落ちる。


名残惜しそうに離れると、黄金に魅せられた。


見つめてくる姿はまるで子どものように純粋だ。


高鳴る想いと、複雑な想いが交差した。


(レクィエスが見てる。こんなにも愛おしそうな目をして見ている)


私じゃない誰かを、その瞳に映している。


ただ、報われない。


でももうあなたに恋をしたくない。


ウェリナとあなたが結ばれてくれれば、私はあなたを想わずに済むから。



「さ、行こう」


優しい誘いにのって、私は馬車に乗り込んだ。


何を話していいのかもわからず、わざと外の景色を眺めていた。


ずっと幸せそうにこちらを見つめてくるレクィエスの視線を感じる。


少しだけその視線が気恥ずかしいと思いながら、揺られていた。

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