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第2話 恋は盲目、愛は本物?


(私の身体は今、どうなっているのだろう?)


ウェリナとして活動するようになり、ふと湧いた疑問だった。


過去に戻り、ウェリナの身体に入ったことは嫌々ながらも理解した。


しかし二つの疑問が生まれる。


元々のウェリナはどこにいったのか。


もう一つは、ファルサが同時系列に二人存在することになることだ。


聖女として活動する身体に入っているのは誰なのか。


それを確認しなくては先に進めないだろう。


大きな赤い布のかけられた大テーブルで食事をとりながら、私は取るべき行動を整理していた。


数日過ごしてわかったのは、戻った過去の時系列としては魔物が国を襲う前ということ。


まだ魔物の出没が確認されていない。


大昔に魔物と争った歴史がある程度の認識でしかない。


豪華な食事は見るに、そこまで国は困窮していない。


魔物が現れてからは貴族も豪勢な生活が難しい情勢だった。


(とはいえ、食事はおいしいからつい食べてしまうわね)


少食だったはずなのに、ウェリナになってからはずいぶんと大食いになってしまった。


女性が食べるにしては余るほどの料理をペロリと食べてしまう。


それだけこの身体はすぐにお腹がすいてしまい、エネルギーの消費が早かった。


「んんっ……ともあれまずは現状把握よ」


食事を終えた私は聖女として駆け回るファルサ・ヒーリングのところへ向かう。


イリアに頼んで外出支度をするも、ウェリナが所有するのは派手なドレスばかり。


ぎこちなくそれを身に着け、馬車に乗り込むと真っ先に町の洋裁店へ駆け込んだ。


ウェリナが着ないであろう、黒地のトップに青のフレアスカートのワンピースを着用する。


これなら悪女・ウェリナのイメージからもかけ離れ、目立つのを避けられるだろう。


目的とは別に、私は久しぶりのおしゃれに気分を高揚させ、ファルサのもとへ向かう。


たどり着いたのは街中にある緑に囲まれた白い教会だった。


(魔物が現れる前はよくここにいたけど……)


あたりを見回すと目的の人物をすぐに発見する。


タイミングよく教会の中から出てきたので、私は慌てて木の陰に隠れた。


怪我や病気を抱えた人たちが聖女・ファルサを目当てに集まっている。


穏やかに微笑む姿は慈愛に満ちていた。


怪我をした箇所に手を添えると淡い光があふれ出し、傷口を包む。


光が消えると怪我は跡形もなく消えていた。


(私、ああやって力を使っていたのね。今、その身体の中にいるのは誰なの?)


客観的に見る光景はなぜかむずがゆい。


ファルサであった私がウェリナになっている。


そこから考えても、あの聖女がファルサのままとは限らない。


しっかりと現状を見極めなければから回るだけだろう。


確実に、ファルサを守ること。


そしてウェリナとレクィエスを結び付ける。


それが一番、平和な道。


また、心臓が痛んだ。


突き刺すような痛みと、焦がれる熱さに全身の血がざわついていた。


「誰ですか?」


集まった人々はすでに教会の中。


残ったのは長い青髪を風になびかせるファルサだけ。


その美しい姿を見つめていると、熱い視線を気づかれる。


目を丸くしたファルサがゆっくりとこちらに歩いてきた。


後退る私は足元に落ちていた枯れ枝を踏んでしまう。


それをきっかけに二人の視線は交差した。


焦る私を見て、ファルサは口を開いたまま言葉を発さない。


だがすぐに切り替え、鈴を鳴らしたような声でウェリナを呼んだ。


「どうかされましたか? 何かお困り事ですか?」


「いえ、私は……」


「顔色が悪いみたいですが、 大丈夫ですか?」


あきらかに様子のおかしい私に、ファルサは手を伸ばす。


綺麗な白い指先を見て、私は余計に動揺した。


なんの穢れもない“聖女”を直視してしまう。


「なにかお悩みでしたら私が話を……」


「大丈夫ですから!!」


透き通った瞳。


疑いを知らない真っ直ぐな目。


あまりにキレイすぎて見ていることに罪悪感が募る。


たまらずその場から逃げ出した。


息を切らしながら走ると、街の中心部へと戻っていた。


多くの人々が行き交う光景は平和そのものだ。


魔物が現れるまでは民は外に出て、平穏に暮らしていた。


「あれは……《私》だ」


息を切らして私は青い空を見上げる。


魔物によって衰退していく前の世界に見る空はあまりに晴れている。


眩しさに空を見ていられず、私はその場に膝をつく。


動揺する心が全身脈打ったかのように反応していた。


(あの身体の中にいるのは紛れもなく私だ)


聖女として穏やかにやさしく、清らかに生きた人。


手のひらを見下ろすと、ブルブルと激しく震えていた。



(じゃあこの身体の中にいるは《私》は何なの?)


未来に生きた私はレクィエスを愛し、愛に焦がれていた。


ここにいるファルサはまだレクィエスに恋をしていない。


何にも染まっていない純粋な聖女である。


「私、どうしたらいいの?」


ウェリナがいる限り、私は愛されない。


だがウェリナがいなくなっても私は愛されない。


この想いはどうしたって報われない。


レクィエスが想っているのはウェリナという事実は動かない。


(あの人を愛さなければ、こんな苦しい想いはしなかった)


どうしようもないこの想いは、絶望へと変わる。


レクィエスが想っていたのは悪女のウェリナ。


その真実が私の中に死をもって刻み込まれた。


(今のファルサは、まだレクィエスを好きになってはいない)


目を閉じ、長い息を吐く。


幸せな未来への選択肢があると、ほんの少し期待していたようだ。


だが結論は変わらない。


恋をしていないファルサの未来を守れるのは、今ウェリナとして生きる私だけ。


レクィエスを好きならなければ、ファルサは苦しい想いをしない。


ウェリナはファルサを毒殺しようとした。


私にとって限りない悪女。


そんなウェリナをレクィエスは愛している。


三角関係となり、ファルサはレクィエスを愛していた。


結婚して結ばれたはずなのに、私たちは誰一人想いを結んでいなかった。


今、私はウェリナとしてここにいる。


この関係図は誰も報われず、幸せがない。


悲劇の恋愛でしかないのだから、それを回避して幸せな未来を手にするのみ。


(答えは変わらない。なんて報われない。残酷でしかない)


ウェリナがレクィエスと結ばれるのが最善。


そうすることで未来のファルサはレクィエスに不毛な恋をしなくて済む。


今のファルサの清い心を守るため。


私がウェリナとしてレクィエスと結ばれるのが一番の幸福だ。


もう二度と、私に報われない恋なんてさせない。


そのためならどれだけ心を引き裂かれようともかまわない。


「私が、あの人と結婚してみせる。そうすれば誰も……」


(表面上は傷ついていないんだ)


両手で顔を覆い、涙を流す。


泣いているウェリナに、誰一人声をかけることはなかった。


悲しみに身体が燃え上がる。


抱きしめても震えは止まらず、身体は火照っていく。


涙を流しても一向に冷めることはなかった。


(私は愛されるようになるんだ。……ウェリナとして私はレクィエスに愛されるんだ!)


ここにいるのはもう手遅れの私だから、愛されないことには慣れている。


もうレクィエスは悲しい想いをしなくていい。


(レクィエスの幸せを願った心は、本物なのだから)


ウェリナと愛し合う関係になることでレクィエスが笑顔になれるなら、今の私の心なんて必要ない。


愛はたしかにあるのだから。


こうして私はウェリナとして生きることを決めたのだった。


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