第8話 兄嫁がケモノなんですが!?
その日の夜、寝室でアルヴェルの綺麗な毛並みをブラッシングしながら、モーラはさっそくオリーヴの昇進について相談した。
「もちろん!モーラ様がオリーヴ殿を信頼しているのは見ていて分かりますし、オリーヴ殿に役職を掲げてもらえば、モーラ様オリーヴ殿、2人が安心してお互いを守っていける環境がいっそう強くなると思います。」
「よかった!アルヴェル様ならそう言ってくれると思っていましたよ! 嬉しいです! いいこいいこ!!」
フワフワしたアルヴェルの頭を、思わず子どもか飼い犬にするように撫でてしまった。
撫でられたアルヴェルは突然体勢を変え、モーラをベッドにばふっと倒した。
アルヴェルが真剣な顔でモーラの上に被さっている。
「へ……」
モーラはいつだったか読んだ恋愛小説のワンシーンを思い出した。
ヒロインは恋人にベッドに押し倒され、2人はそのまま……
「待っ……!」
アルヴェルはすいっと頭をモーラに押し付けて、もっと頭を撫でるよう催促している。
モーラは自分の勘違いを頭の中から消そうと、アルヴェルをいつもより丹念に丹念に撫で、高級オイルを惜しみなく美しい毛並みになじませて猛烈にブラッシングした。
◇◇◇
「えー、では、オリーヴは正式に王妃付きの侍女となりました。」
城内の働き手たちを集めた場で、ラドはオリーヴの侍女就任を報告した。
「ありがとうございます…!がんばります!!」
周りの使用人たちに拍手で祝福されたオリーヴは嬉しそうだ。
「それに伴って、オリーヴには王妃の世話をする使用人や侍女をまとめる役目も担ってもらいます。」
「え?」
「王妃付きの侍女は3人に増やします。使用人は……最初は私の方で今まで通り指示しますから、オリーヴは主に侍女たちの方を。」
「待ってくださいラド様!!私が…侍女のリーダーを務める、という事ですか!?」
「その通り。経験のある者を一人、教育が必要な者を一人雇用してあります。」
「私は人に教育できる程の教養は…!」
「だから私が今日から直接君を指導します。」
「うえ…?えええええええ!!!!!」
◇◇◇
―――アルヴェルの執務室。
ドアのノックと共に今日の分の配達物が運ばれてくる。
大臣たちからの国政に関する書類、国内外の貿易に関する資料、貴族からの議会の報告書……いつも通りの顔ぶれの中、ひときわ目立つ赤い封筒がひとつ。
無味乾燥な紙束たちとは一線を画す鮮やかさのそれは、アルヴェルの妹からの手紙だった。
折りたたまれた紙には細かく模様が入っており、その色もとりどりで美しい。
『親愛なるアルヴェルお兄様
ついに奥様を迎えられたと聞きました。
遅くなりましたが、そろそろお城に帰ります。
この手紙が着く頃にはわたくしも着いているかも?
兄様の可愛い妹、シェリーナより』
この手紙が着く頃には……って今日!?
「お兄様ーーー!!帰ったわよーーー!!!」
「シェリーナ!!!」
シェリーナは執務室に入ってきた勢いのままアルヴェルの胸に飛び込んだ。
「ん…お兄様、いい匂いがするわ。それに毛並みもいつにも増してきれいね。もー!お嫁さんが来て浮かれてるんだー!!かーわいい!!」
「実は昨晩モーラ様にじっくりとブラッシングしていただいて……」
「そうなの?ラブラブねえ。……ラド―!ラドはいる?」
「はい、おります。」
「ねえラド、お兄様とモーラ様は仲がよろしいの?」
「それはもう…(あきれるほどに)。」
シェリーナは「うーんなるほどー」と言って、ぱっとアルヴェルと仕事机を交互に見た。ラドの表情と机の上の書類の山を見るに、愛しの妻に気をとられすぎて仕事が停滞しているようだ。
アルヴェルは久しぶりに会った妹から手を離すことを忘れて呑気に抱きしめ続けている。
「お兄様、今日は溜まった分のお仕事を終わらせるまでモーラ様はわたくしが預かります。」
「……シェリーナ…!?」
「シェリーナ様……!!」
「ラドの顔を見なさいな。いつもの無表情に加えて虎柄のシマも増えている気がするわ。苦労してるのね。」
「シェリーナ、それだけは…それだけは…!!」
「ダメよ。わたくしのお兄様はきちんとお仕事をするお兄様なはずです。」
アルヴェルの執務室を颯爽と後にし、モーラの部屋に向かいながら、ラドとシェリーナはしばし会話を交わした。
「シェリーナ様、本当にありがとうございます、私はなんとお礼を述べればいいか……。」
「いいのよ。シマシマが増えたのは冗談だけど、本当に疲れた顔してるわ。……人間の顔だとなおさらそう見える気がする。」
「それは…気をつけないといけませんね……。シェリーナ様はこれからモーラ様とお茶でもするのですか?」
「ええ。お兄様も今日は書類の片付けで一日を終えるでしょう。あなたも今日くらい暇にしていなさいな。」
休み下手なラドが、それならばとかすかに笑みを浮かべて、一礼し自室へ帰っていった。
……さて。いよいよお兄様のお嫁さんと相対する時ね。
……お兄様もラドも、人間の姿で執務をしていたわ。フォレガドル王国には獣人がいないと聞くから、慣れないモーラ様のために人間の姿でいるのかしら?でも魔法薬の毎日の使用はあまりおすすめできないわ……。
コンコン。
小気味よくモーラの自室のドアをノックした。
「アルヴェル国王の妹のシェリーナですわ。入ってもよろしくて?」
「あ、ど、どうぞー!!」
慌てた声?まあ、お着換え中だったかしら。でもどうぞというなら、いいのよね。
「初めてお目にかかります、シェ………ええ!?」
「あ、初めまして!モーラといいます。よろしくお願いします!」
初対面の、兄の妻は、兄によく似た耳と、ふわふわの尻尾を、それぞれあるべき場所から生やしていたのだった。