第6話 ほのぼの日常生活の幕開けじゃないんですか?
アルヴェルとモーラが寝起きを共にするようになってからもう1週間経つ。
モーラの唯一の使用人であるオリーヴは悩んでいた。
「モーラ様……今すぐに買いましょう!!」
「い、や、です!!」
断固拒否するモーラだが、オリーヴには秘策があった。
「モーラ様……そう言うと思ってですね……なんと、もう下着屋さんを呼んであります!!!!どうぞ、お入りください!!!」
呼ばれた下着屋がモーラの部屋に入ってくる。
「モーラ殿下、ごきげんよう。本日はスタンダードなものから少し奇抜なものまで、多種多様な下着をご用意しておりますから、ぜひ国王陛下との」
「待って!待って待って!!オリーヴ!!?」
言っている間にも、下着屋が持ってきた商品の数々が部屋に運びこまれてくる。
「モーラ様!!恥ずかしがっている場合ではありません!!お二人の仲が熱い今こそ!!しっかり”決めて”おくべきです!!」
「そ、そんな…!そんな仲じゃないわよ!!!」
「同じベッドで寝ていてそれは通用しませんよ!!昨日だって陛下の体を…………したって言っていたじゃないですか!!」
「それはそれは……仲がよろしいことで……」
健気にも下着屋の相槌が入る。
「なっ……!?」
モーラは脱力した。
「うう……これ以上オリーヴが変な事を言うよりは……」
下着屋が持ってきたものの中から、できるだけ地味な色、布面積が広いものを数着選ぶと、下着屋は安心した様子でそそくさと帰っていった。
「それでいいのです。」
オリーヴは満足気な顔である。
コンコン。下着屋が閉めていったドアがノックされる。
「失礼します、陛下の側近のラドです。」
「? どうぞ、入って。」
規則正しい足音、歩幅で几帳面にこちらに寄ってくるラドは、いかにも軍隊育ち、といった印象を受ける。
「……王妃殿下、お忙しい所すみません。……オリーヴを少しお借りしても?」
「……? ええ。」
モーラがちら、と横のオリーヴを見やると、彼女は表情を固くしている。一方ラドはいつも通りの冷静沈着、かつほぼ無表情で、見た目からはあまり感情の起伏が分からない。
「い、いってきます……!!」
オリーヴの声は引きつっている。号令でもかけられたかのように小走りで部屋を出ていった。
◇◇◇
「モーラ様……」
仕事に身が入らない主人を戒める。
「陛下。モーラ王妃のためにもこの書類は今日のうちに仕上げて頂きたい。」
「うん…分かった……。……時に、ラド……お前は好いている人の胸に抱かれたことはあるか……?」
この国王。結局モーラ王妃の話ではないか。
「ありません。一切気持ちも分かりません。浮かれていないで押印!!」
だめだこれは。せっかくモーラ様が王妃になられたというのにこの体たらく。大臣たちはみんな国王の仕事が捗ることを期待している。長年恋をしていた人が側にいるとこんな風になってしまうのか?
一旦、大臣たちや秘書官を休みにさせてもいいかもしれない。この際だ、私も休みを取って……、いや、私にはやるべきことが山程ある。
ぼーっと書類を眺めている国王に、書類を進めて下さいね、と釘をさして、王妃殿下の部屋へ向かった。
王妃の部屋近くの廊下に出ると何やら慌ただしく、仕立て屋一行がたくさんの荷物を持って目的の部屋へ向かっている。
「モーラ様!!恥ずかしがっている場合ではありません!!お二人の仲が熱い今こそ!!しっかり”決めて”おくべきです!!」
「そ、そんな…!そんな仲じゃないわよ!!!」
「同じベッドで寝ていてそれは通用しませんよ!!昨日だって陛下の体を…………したって言っていたじゃないですか!!」
国王夫妻の夜の様子を大声で喋っている。夫婦の営み話に慣れている下着屋だけならまだしも、家臣や来客がいつ通るかも知れない廊下に届く声で。
王宮内の情報は機密中の機密。その中でも寝所の情報を垂れ流すなど……言語道断。
国王の仕事が終わらない上、問題は増えるばかりときた。
ラドは勢いのまま王妃の部屋に足を踏み入れかけた。
……いや、待て。このまま私が部屋に乗り込んでは王妃殿下のプライバシーに関わる……。
ふう、と大きく深呼吸して、そのまま部屋の外で自身の頭が冷えるのを待った。
その後、一行が部屋から撤退するのを確認し、王妃の部屋のドアをノックした。
すぐに返事があり、部屋に入って、オリーヴを横目に見る。
「……王妃殿下、お忙しい所すみません。……オリーヴを少しお借りしても?」