第4話 本当の姿を見たい
アルヴェルは緊張していた。
モーラを国境まで迎えに行った後、伯父の居城に1泊し、ついに王宮に到着したのである。城内での紹介も一段落ついた。
今日から、同じ寝室で夜を共にするのだ。
「ラド!!ラドはいるか!!」
「はい、なんですか。」
「部屋に花弁を散らした方がいいだろうか?花束は?なにか女性に人気のある香油は!?そもそも調度品はモーラ様の好みに合っているのか!?」
アルヴェルはモーラとの同衾を必要以上に意識していた。
「大丈夫ですよ。陛下の妹君の侍女たちに、若い女性の好みを聞いて内装を整えましたから。」
「そ…!そうか……!」
アルヴェルは安心し、力が抜けたようにふぅ、と溜め息を吐いた。
「シェリーナの侍女たちなら信頼できるな。」
◇◇◇
モーラは緊張した面持ちで、そわそわと部屋を見渡した。
アルヴェルはそんな彼女を落ち着かせようと、ベッド横の簡素なテーブルと椅子にモーラを誘導し、自身も向かいへ腰かけた。
「モーラ様、何か…寝室に気に入らない所がありましたか?」
「いえ…いいえ、こんなに豪華でキラキラしたお部屋は見た事がなかったので…ちょっと落ち着かなくて……。」
恥ずかしそうに頬を赤らめてはにかむモーラが、アルヴェルには輝いて見える。
「モーラ様…改めて、私と夫婦になってくれてありがとうございます。」
「どうしたんですか、いきなり?…でも、こちらこそありがとうございます。」
ふわりと笑うモーラに、アルヴェルも思わず赤面した。
「も、もし、王宮内で困った事や気になる事があれば言ってくださいね」
「お気遣いありがとうございます陛下。……でも、私ほんとうに何も不満はないんですよ。」
少し迷ったのち、しかし意を決した様子で、モーラは自身の事を話し始めた。
生まれ育ったフォレガドル王国では実の父や継母にいじめられていた事。やがて異母妹が生まれるとそれは一層加速し、離宮で隔離されるように暮らしていた事。
優しいアルヴェルは時折顔をしかめ、たまにモーラが涙目になると彼も悲しそうにした。
実家での経験から、親族であっても気を許すことができず、アルヴェルの伯父やアルヴェル本人に対しても警戒していた事、政略結婚の利益目当てで優しくしていると勘違いしていた事をつらつらと正直に話した。
「……モーラ様……私が何も知らぬばかりに一人で悩まれて、いらぬ心配までさせてしまっていたのですね……」
「そんなに重く考えないでください。……伯父様に言われたんです。そんなに固くならなくていい、と。……それから、アルヴェル陛下と伯父様の仲睦まじい様子を見て……本当に、ここは私が育った場所とは違うんだ、と。そう思ったんです。」
アルヴェルは突然ぎゅっとモーラの手を握った。
「え?」
「私は、モーラ様を!!絶対に幸せにしますから!!!!」
◇◇◇
―――約10年前、フォレガドル王国。
何年かに一度の定例会議がフォレガドル王国で行われた。会議といっても国交の断絶を避けるための会食のようなものである。
大人たちが会食をしている間、顔を見せるためだけに来ていた子どもたちは、退屈凌ぎに王宮の庭園で遊んでいた。
アルヴェルとモーラが初めて顔を合わせたのはこの時だった。
モーラは少し離れた場所にある離宮に住んでいたが、庭を通して王宮本邸と繋がっていたため、その日来ていたアルヴェルと知り合ったのだ。
◇◇◇
「モーラ様。あなたに初めて会った日、その時に、あなたに恋をしたんです。……モーラ様は私に、花の名前を一生懸命教えてくれましたね。」
「ええ…なんとなく覚えていますけど……ただ花の名前を教えただけですよ」
「……私たち獣人は、国交を維持するための会議に、本当の姿を隠し、今のこのように……見た目を魔法で人間にしていたんです」
「あ……!魔法薬で変えていたんですね!?どうして今も、わざわざ…?」
「フォレガドル王国の人たちを怖がらせないように…です。今、フォレガドル王国にはほとんど獣人がいないでしょう?王族の方たちも、実際に獣人の姿を見た事がある者はごく一握りだと思います。……ハバルナは、フォレガドルに歩み寄ろうと必死だったんですよ。幼い頃の私はそれが納得いかなくて……。本当に理解し合いたいなら、本当の姿でいればいい、と。そう思っていたんです。」
「……心は、外見を変えても、変わらない」
モーラが訴えるような表情でアルヴェルの手を握り返した。
アルヴェルはふふ、と笑った。
「モーラ様はあの日も同じ事をおっしゃっていました。私はそれで……心を見てもらうために見た目の違和感など消し去ってしまえばいい、そうして今回あなたを迎える時、人間に近い見た目にしたんですよ。……心を真っ先に見てもらえるように。……もちろん、モーラ様が姿かたちを気にしない事は承知しておりました。ただ、私の誠意を見せたくて。」
「そうだったんですね。ありがとうございます。……でも、」
モーラは少し考え、言った。
「私は、アルヴェル様の外見がどうであろうと、その優しい心をもう知っています。アルヴェル様のありのままを、見せてもらえませんか。……誠意に、応えたいんです。」