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第19話 手をつないで行こう


モーラは眠れない夜を過ごしていた。

両親がハバルナ王国を訪れるという話を聞いてから、この数か月忘れていた不安や恐怖といったものがモーラを支配するのを感じていた。


(私、幸せだったんだ……)


この城での穏やかな時間が思い起こされ、モーラの中の暗い記憶との大きな差に、うなだれる気持ちも深くなっていった。


「モーラ様、大丈夫ですか?」

「オリーヴ…うん……ちょっと…眠れてないかな……」


寝不足と不安から来る心身の不調は、モーラを昔のような無表情に追い込んでいた。


うっすらと隈のできた顔で力なく手元を見つめる主人を、オリーヴは元気づけようとした。

フォレガドル王国に居た頃、モーラが教えてくれた植物を用意した。

ちょうど今の時期、明るい色の葉を見る事ができる。

ポインセチアの鉢をモーラの部屋の、一番陽の光が当たる場所へ飾った。

鮮やかな濃いピンク色が、窓からのぞく雪景色に際立っている。


「モーラ様、大丈夫です。アルヴェル様もラド様もついていますし!そ、それに、私だって前よりちょっとは頼もしくなった…と、思いますよ!」


モーラは、オリーヴがちょこちょこと動いて部屋を飾ったり、自身を元気づけようとするのを見て、ああ、自分にはもう味方がいるんだ…、と心の中に明るい光が差すのを感じた。


(飲まれるだけではだめだ。周りの人たちからもらった幸せを、自分が力にしないと)


ふつふつと、数か月の思い出が確かに力を持って、モーラの気持ちを上にと押し上げた。



◇◇◇



城の外に出ると、横に立つ門番と兵がサッと控え、目の前に大きな馬車が見える。

モーラがフォレガドル王国から出立した時に乗ってきた、古い小さな馬車ではなく、国を代表する王族が乗る為に作られた、豪華で美しい馬車。

ぞろぞろと大勢の護衛と召使いたちを連れ、いかにも威厳があるといった感じだ。


ややあって、城門に並ぶモーラとアルヴェルの前に隣国の国王夫妻が姿を現した。

フォレガドル王国の国王、モーラの実の父親であるロバート・テーネルドは、悠々と馬車から降り、妻である王妃に手を差し伸べる。

大げさに見えるくらいにゆったりとした動きで馬車から降りるのは、継母、アンジェラ・テーネルド。

金色の長い髪をこれでもかと巻き、宝石が大量にあしらわれた髪飾りを着けている。

太陽の光が髪飾りに反射して、モーラはきゅっと目を閉じた。


「あらあらモーラ。久しぶりに会うのに眉間に皴なんか寄せちゃって。そんなに会いたくなかった?」


すらすらと継母の口から出てくる意地悪な言葉に、モーラは対抗しようと口を開けてみる。しかし、モーラが声を出す前に爽やかな聞きなれた声が発せられた。


「ああ、ようこそお越しくださいました。王妃殿下の美しい意匠の髪飾りが日に当たって輝いていて、まるで天女のようですよ。眩しく感じる程です。さあ、寒いので城の中に入りましょう」


モーラは、隣でお辞儀をしている夫に合わせて、慌てて顔を下げた。

ちらりとアルヴェルを見ると、彼もモーラを見ており、いつもの優しい笑みで軽く頷いた。

今日は変身薬で城内の者は皆姿を変えており、アルヴェルは銀色の髪を結って胸元に垂らしている。もう見慣れたフワフワの毛並みとは違うが、いつもの笑顔に心が落ち着く。


アルヴェルが先になって相手夫妻を先導し、モーラも隣に並んで付いて行く。


「ふうん。なかなか綺麗なお庭ね。ねえあなた、私たちのお城にもあそこと同じ庭木が欲しいわよね」

「ああ。帰ったら好きにしなさい。私もあの木が気に入った。」


うれしいわー、と言ったりして、新婚夫婦のようにはしゃぐ継母はほとんどの欲求が当たり前に叶う生活を続けているようだ。

父も、継母の前では笑ったりよく話したりして、今なお夫婦仲は良好と見える。

きっと、この2人の間に生まれた妹……リリーも交えて、こうして普段から団らんを楽しんでいるのだろう。容易に想像できた。


アルヴェルの手が、不意にこつんと当たる。

モーラはすっと手をよけようとすると、アルヴェルの手はそれを追いかけるように動いた。


(……?)

「モーラさんの好きなお花も、もっと増やしましょうね」


そう言ってあたたかな手を重ね、アルヴェルはそのまま、また案内を続けた。


「……っ!」


恥ずかしいやら嬉しいやら、モーラの頭の中の様々な思考は一瞬で吹き飛んだ。


きっと、父と継母も気付いている。


(…ああ、わざと、2人の前でつないだのか)


アルヴェルの優しさは底知れず、確かに自身を守ってくれているのだと、かすかに赤くなった指先がそう告げている。




フォレガドルの国王夫妻を通す応接室は、普段の客人たちよりも特別な一室、それこそ国王やその妃を迎えるための豪華な部屋となっている。


美しい模様が彫られた椅子に、負けじと美しいデザインのドレスが座る。

継母は初めて来た場所とは思えない程に堂々とした佇まいで既に紅茶を飲んでいる。隣で一息ついている国王にも劣らない君主然とした振る舞いに、心なしか城内の使用人たちもびくびくしているように感じる。


アルヴェルとモーラも座って、寒空では控えめに行った挨拶を慣例通り行う。

自己紹介と世間話を少しして、応接室向かいのゲストルームに夫妻を通した。




「ふう……」


やっと最初の関門を抜けた、とモーラは安堵の溜め息を吐いた。



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