第16話 寝室への来訪者(3)
「んむうぅ~……わしはこのまま寝たいんじゃがあ~……」
へちゃむくれの顔をさらに不機嫌に歪めて、灰色の猫はモーラに抱かれている。モーラとアルヴェルは、ラドに事件の顛末を報告すべく城内の廊下を歩いていた。
「ふふ……長い毛の猫ちゃんを触るのは初めてです」
「モ、モーラ様…私の尻尾ではだめなのですか。そんなぽっと出の猫……」
「別物ですよ。嫉妬しない嫉妬しない~」
アルヴェルの「嫉妬していません!」の声を後ろに聞きながら、ラドの部屋に入る。
ラドは2人と1匹を見るや否や、ツカツカと部屋の入口まで歩いてきて、猫にずいっと顔を寄せた。
「この……!!人騒がせな猫っ!!!!」
夜中であることを考えての声量だったのが唯一の救いか。さすがのふてぶてしい灰色の毛玉も、驚いた様子で体をビクリと震わせる。モーラの胸に顔をうずめた。
「っこのっ……!!!?」
アルヴェルもその様子を見て、ギッと奥歯を噛む。
モーラが、まあまあ…とたしなめるように2人を落ち着かせる。
ラドの部屋にあるテーブルの上に、灰色の毛の塊を置き、3人で囲む。
「さて、この不届き者をどうしましょうか」
「そうだな。他の者たちに示しがつかないから…」
「わしに何をしようというのかあ~!!」
おお怖い怖い、と言いながらモーラに寄って丸まっている猫を、ラドがぽかんと見つめる。
「こんなかわいい猫を捕まえて不届き者なんてにゃ~~」
「……この猫、喋るんですか!!!???」
そういえば、と言うようにモーラとアルヴェルも目を見合わせる。
「そこが重要じゃないですか!?猫は喋りませんよ!!」
「む…そうだな…(モーラ様への行いに嫉妬していて忘れていた)」
灰色猫はモーラが味方なのを分かっていて、彼女に向けてだけかわい子ぶっている。これ見よがしにフワフワの被毛でモーラを誘惑し、3本ある尻尾を全て彼女の腕に巻き付けている。誰が見てもメロメロのモーラは陥落していた。
「ま、まあ、被害は出ていないから、罰を与えるのはやめておきましょ?」
ね?、とアルヴェルに必死の懇願をすると、モーラ第一主義の国王の心は簡単に傾き始めた。
「…………う、ううん…」
ただし、国内最難関であるラドの牙城は崩せないだろう。
「ら、ラドさんも……ね?」
「………………………………、……いいでしょう」
たっぷりの沈黙の後、ラドは首を縦に振る。頼んだ本人であるモーラも、あっさりと堕ちた本丸に驚きを隠せない。
ただし、と言ってラドは続けた。他3つの顔は大君主ラドの言葉に耳を傾ける。
「姿を消す魔法は使わない事。そして無暗に喋らない事。」
「う゛う゛う゛~~ん……まあ、あったかい所にいれるならわしはいいにゃ」
モーラは「やった!」と猫をモフモフモフ!と撫でまわし、自身の顔の前に上げ、男性2人に向けて、手を取りまるで猫が話しているように動かして見せた。
「いい子にするにゃ~!」
「…勝手に喋るにゃよ…」
アルヴェルの心にはこのモーラの愛らしい行動がしっかり刺さり、「まあいいか」と思わせるに値した。
◇◇◇
ラドは猫に質問し、いくつかの事実をまとめた。
1、猫は名前を持っていない
2、気付いたら喋れるようになっていた
3、気付いたら姿を消せるようになっていた
これだけ聞いたラドは「ほとんど何もわかってない…」とまた顔をしかめたが、おそらく…と、考えを巡らせた。
喋る猫は珍しい。それに、尾が3本あるというのも普通の猫ではありえない。ましてや魔法を使える猫である。
……厄介な事が起こるよりは、この城で身柄を預かっているのが一番安心できる。
早朝の暗い城内で、高い本棚に押し潰されそうに窮屈な一室に入る。
図書保管庫の奥、古い他国の文献を流し見て行く。
東方の文献に、長生きした猫の尾が分かれる『猫又』という妖怪を見つけた。
妖怪…それこそ架空の生き物だろうが、実際に尾が3本の猫がいるのだから近い生き物に思える。
考えるに、長生きした猫が何らかの理由で妖怪となり、魔法の力さえも得たのだろう。本人がほとんど何も覚えていないのも、長く生きていて昔の事は忘れてしまった……、という事だろうか。
にわかには信じられないが、目の前で自分に食べ物を要求してくるそれが『存在』を裏付けている。受け入れる他ないだろう。
「……何を食べさせればいい……」
自身の何分の一にも満たない小さな生物を無碍にはできず、ラドは厨房へ向かった。




