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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

化せよ石 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へー、化石って英語的に考えると「掘り出されたもの」って意味合いなのか。

 日本語の字面だと、どうにも石へ変わったものみたいな印象を受けるけど、それだと石化で何が悪いねん、といったところだしね。

 定義としては、地層の中に残り続けていた生き物の遺骸や痕跡のことを指すのだとか。実際、石のように変質していることもあれば、さほどでもないこともあるらしい。後者ならば名前負けしているところだったね。


 けれども、小学校時代の僕たちだと化石も石化も、ほぼ同じようにとらえていた。

 たとえ、いまこの場で石と化したとしても、そのものの姿形をとどめているのなら、そいつは化石と呼んで差し支えないのだろうと。

 そう考えた矢先に、少し奇妙なものを目にする機会があったんだ。

 そのときのこと、聞いてみないかい?



 ――あれ、あのお店も壁の塗りなおしをしているのか?


 登校途中で、そばを通るスーパーマーケット。

 昨日まではなんともなかったその店が、今日は入口の一角をのぞいて、ブルーシートに覆われている。「営業中」の札こそ出てはいるも、ほとんど外から内部を見やることはできない。

 ここ一週間あまり、このようなシートを張る建物が急増した。

 改装作業そのものは珍しくなかったけれど、これまでとは密度が段違い。年度末に集中する道路工事みたいに、そこかしこで家屋がかくれんぼをしている。

 そのぶん、僕たちの通う学校はシートはもちろん、横断幕のような遮りがいっさいない状態で、なんとも見栄えがいい。

 普段は感じないことも、周囲が普段通りじゃなければ印象も変わってくるものだ。

 校舎近くの芝生で掃除をしていた用務員のおじさんにあいさつしつつ、昇降口を抜ける。

 すでに教室に来ている生徒の中にも、このごろのシートの覆いっぷりに違和感を覚える子がいくらかいた。

 話を聞くに、年季の入ったところ以外にも、塗りなおし間もない建物でも同じようにシートを張ってしまったところがあるらしく。

 どうやら、ただの工事という線とも考えづらいなと思っていたよ。


 授業そのものは平常通りに進み、4コマ目もおしまいに。

 ここから給食で、僕たちのクラスは教室移動している。当番だけ一足先に教室へ戻り、僕たちはのんべんだらりと廊下を歩いていた。

 途中で、連れがトイレに行くといい、ひとりだけになったおり。

 ふと窓の外を見ると、一部の生徒の自転車を停めるための駐輪場が目に入る。その奥の校内外を分けるフェンスの上へ一匹、猫が器用にうずくまっていたんだけど、様子が妙なんだ。


 やたらと茶色い。

 地毛が茶色とかのレベルじゃなく、泥をじかに身にまとった汚れようなんだ。

 一度だけ、開いたまぶたのふちから、ぽろぽろと同じ色の小さい破片がこぼれたから、僕の想像は当たっていたらしい。


 ――猫は水気を好かないとは聞くけれど、あのような湿り気のある泥とかは平気なんだろうか? 


 そうぼんやり見やっていると、フェンス近くの木の一本から新たに一匹。

 猫がフェンスの上へ降り立った。

 対照的な、真っ白い体躯。こちらはどうやら100パーセントの地毛らしく、ほこりのひとつもついていない。

 うずくまる猫に因縁があるのか。後ろ足に体重をかけながら、尻尾をピンと立てて声を漏らす姿など、僕ははじめて目の当たりにした。

 対する泥の猫は不動の構え。声を返すどころか、身じろぎひとつしない泰然としたものだ。

 まるで石だ。


 今にも白猫は飛びかかりそうな勢い。ケガを避けたい野生の世界に置いて、逃げずにいる待ちの姿勢とは、果たして良いものなのだろうか?

 つい見守ってしまう僕だったが、その決着はあっけなかった。

 ただしそれは、白猫の猛攻によるものでも、泥猫の跳ね返しによるものでもない。

 風だ。フェンスのちょうど上、彼らを直撃する格好で黄色い砂交じりの風が吹いたように見えたんだ。

 結果は、目を見張るようなものだった。

 ほんの一瞬の目くらましののち、その場にいたのは泥猫のみ。しかしその泥は、あのわずかな間にすっかり落とされ、本来のものと思しき黒い毛に全身が覆われている。

 対する白猫はというと、姿を消していたよ。ただ風が過ぎ去るのと同時に、ぽとんとフェンス向こうへ落ちる、白っぽい塊。

 ぴんと、自分の背よりも高く掲げていた、尻尾の先端のみを残してね。


 目をぱちくりさせる僕の前で、ほどなく黒猫がフェンス向こうへ飛び降りると、友達がトイレから戻ってくる。

 先に見た景色の話をするも、突拍子がなかったためか、見間違いだろうと切り捨てられちゃってね。昼休みに、ちょっと現場を見てみたんだよ。

 落ちていったしっぽの先端らしきものは、あれから別の風に吹かれてしまったか、フェンス前には残っていなかった。


 ただ彼らの居座っていたあたりのフェンスのてっぺんは、明らかに色が違う。

 緑色を基調にしていたフェンスは、彼らの立っていた部分とその前後にかけて、強くこすったかのように真っ白になっていたんだ。

 指で触ってみると、かすかに温かい。印刷したての紙をつまんだかのようだけど、あれからもう一時間以上は経っている。

 今日は格別、暑い日というわけじゃない。熱が新たにこもるような余力はないはず。


 ――やっぱ、あの風が妙だ。けれど、自分が実験台になろうというのはちょっと……。


 もう昼休みも終わり近い。

 そそくさと引き返す僕は、また朝に見た用務員さんの姿を認める。

 今度は清掃着を着て、そばにバケツを置き、校舎の一角にかがみこんでいた。手には大き目のブラシを持ち、壁面をこする格好は掃除そのものだろう。


 そのバケツに入っているのがこってりとした泥水で、ブラシの先と壁面にくっついていくのが、まさにそいつでさえなければね。



 午後の最初のコマは、どのクラスも自教室での授業らしかった。移動の気配がない。

 授業初めからやたらと風が吹き、先生の指示もあって窓は閉めきってしまっていた。カーテンもしっかり閉める徹底ぶりだ。

 めったに見られない厳重な姿勢に、窓際に座る僕もノートを開いて話を聞きながら、不審に思っていた。

 かたかたと揺れる窓からして、それなりの強さの風が吹いているのは違いない。昼前のこともあり、注意されない程度にちらちら外を見やる僕。

 そのまま授業も半分ほどが過ぎ、いったん風も小康状態になったところで。

 どん、と窓たちが一斉に揺れる音がした。クラスのみんなも先生も、一瞬窓に視線が集中したよ。間近の僕など、思わず肩をびくつかせるくらいだ。


 この感触は、外からボールを投げあてられたものとそっくり。実際にその瞬間は見損なったが、カーテンのすき間からのぞく窓たちにはいま、バレーボールほどはある泥団子がぶつけられているんだ。

 表面で潰れたそれは、遠慮なく身体をのっぺり広げて窓へ張り付いている。

 そこからさらに、時間をおいて二回目。三回目。

 一回目とは場所を離し、窓のガラス全体へ取り付いていく泥玉たちは、明らかに作為の色を感じさせる。

 音がするたび、つい注意がそれてしまう面々に、先生は「気にしなくていい」の一点張り。

 窓が開いていたら更なる惨事だったとはいえ、この音と振動は、授業を受ける側としてはなかなかの迷惑だ。


 けれど、カーテンから窓の実態をのぞいている僕は、すでに窓たちのほとんどが泥で埋まってしまっているのを確かめている。

 光も遮っているんだ。カーテン越しにも想像がついている人もいるはずだ。

 そしてこの状態から僕が思い浮かべるのは、あの給食前に見た猫の姿。あの全身に泥をこびりつけた、黒猫の格好だ。



 ややあって。

 塗りつけられた泥たちのかすかなすき間からのぞく外の景色を、さっとあの黄色い風が通り過ぎたのを見た。

 わずかに遅れ、窓の泥たちはどんどんと引きはがされていく。誰の手を借りるでもなく、右から左へ。

 ぼろぼろと我先に窓を離れて飛び立つ彼らは、本来ここへ注がれるべき、外の光へ居場所を明け渡していく。

 カーテンもまたその光を受けて色を取り戻し、みんなもまたいぶかしげに外の様子をうかがおうとしていたよ。

 

 帰りにそれとなく確認した、校舎の壁面たち。

 決して多くはなかったけれど、細かい箇所では元来のブラウンの壁色が失われて、白いものがむき出しになっていた。

 いずれも、フェンスの上のように奇妙な暖かみを帯びたまま。三度みる用務員のおじさんも、今度は水を汲んでそれらの箇所と、残った泥の部分を洗いにかかっていたよ。

 その日を境に、建物たちのブルーシートも順次取り払われて行ったんだ。



 どのような経緯で、あのような被害が出ると察せられたかは分からない。

 ただ大事を避けるために、あたかも石と化すかのような、あの泥まみれの状態がそこかしこで求められたのかもなあ、と僕は思うんだ。


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