第七話 これで行くぜ!
ラジオから流れる軽やかなクリスマスソングが、トミーの勝利宣言に聞こえた。同時に誰もが口を閉じ、トミーの声だけが高らかに響く。
予定と真逆のことが起こってしまい、メンバーの中で動揺が広まる。昨日までのライブの成功は、今日アンコールに予定されている大切な発表につながるはずだった。それを、偶然とはいえトミーが阻止しようとしている。
これではいけない。こんな気分を抱えたままではライブの成功は見込めない。
ワタルは考える。みんなの気持ちをトミーからライブに向けさせるにはどうすればいい? だがどう考えても、ワタルがアンコールを抜け出すことなど不可能だ。
「例えばだけど……沙樹さんのことを発表するときに、トミーさんからの挑戦状も話したら、ライブに来てくれる人たちはどう感じるかな」
武彦がポツリと考えを口にする。途端にメンバーの視線が集中した。
「今、なんて言った?」
哲哉が大声で問いかけると、その迫力に武彦はたじろぎ一歩下がる。
ルックスのよさと口数の少なさで、ファンは武彦をクールな人物だと思っている。だが実際は、口べたでコミュニケーションを取るのは得意でない。
音楽だけでなく芝居の世界まで足を踏み入れている人物が、人に注目されるのが苦手だ。
ときとしてそれは打ち解けた仲間の中でも出てくる。たとえば今のように意見を言うときに顕著に現れた。
「あ、あの……ごめん。おれ、変なこと言ったみたいで……」
長身の武彦が、ひとまわり小さくなるようにうつむいた。弘樹はあごに手を当てて考え、
「いや、変じゃない。こんなときだ。思い切った行動を取るのもいいな」
と武彦の思いつきに賛同する。
「弘樹に一票。ぼくも一か八かやってみるのに賛成」
直貴は勢いよく手を挙げた。
「ふたりとも無茶言うなよ。そんなことして何になるんだ? ファンが喜ぶか?」
「喜ぶかどうかは別として、話題性はばっちりだぜ。西田さんのことを発表するって決めた時点で、女性ファンが減るのは解っているだろ。
時間ギリギリまでステージをこなして、タイミングを見て事情を話そう。そしてワタルは途中で抜け出す。これでどうだ」
哲哉がひとりひとりの顔を見ると、それぞれが力強くうなずく。ワタルを除いて。
「ファンを置いてきぼりなんてできるか。ステージに立ったら親の死に目にもあえないような世界が芸能界だぞ。みんな、一体全体何を考えてるんだ?」
メンバーの気持ちはうれしいが、無謀なことはできない。
沙樹のことを発表するだけでもかなりの調整が必要だったことを思い出すと、リーダーが感情に流されてはいけない。それが自分のことならなおさら冷静な判断をしなくてはならない。
「ワタル、解っているのか? 西田さんがいなくなるかもしれないんだぜ」
「沙樹が選んだ道なら、おれが口出しできることじゃない……」
決めるのは沙樹で、自分ではない。哀しいのは事実だが、最も尊重されるべきなのは沙樹の気持ちだ。
「何屁理屈言ってんだよ、ワタルってば。スタートはただの嫉妬だよね。そんな自分を素直に表現できなくて、トミーさんについていけ、なんて言うからいけないんだよ。沙樹ちゃんかわいそうに」
直貴に指摘されなくても、自分の愚かさは身にしみている。
「この話はこれで終わりだ。それにこんな状況だ。沙樹のことを発表するのもやめておくよ」
「何言ってんだ? これ以上西田さんに無理を続けさせるつもりなのか?」
「とにかく事態が変わったんだ。発表は別の機会にする」
哲哉はもっと文句をつけたそうだが、ワタルは背を向けて無視した。
メンバーに不満が残っているのは解っている。だがこれ以上議論を重ねても得るものはない。一番悔しい思いをしているのはワタル自身なのだ。
「どうせ発表する予定だったんだ。ライブを続けるか、沙樹さんのところに行くか。それもファンに選んでもらうっていうのは……やっぱり無理か……」
武彦がまたぽつりと言った。
「なんだって?」
哲哉が叫び声を上げ、みんなの視線が武彦に集中する。
「あの……ただの思いつきだから……ごめん」
武彦はまた申し訳なさそうにうつむいた。哲哉が大きく首を左右にふる。
「謝らなくていいぜ、武彦。それだ。そうしよう、いや、そうするっ」
「哲哉、その話は終わったって言っ……」
「だ、め、だ。終わってなんかねえよ」
哲哉の目は完全に据わっている。
自分で「一歩まちがえたら極道の哲アニキになっていたかもしれない」というくらい迫力がある。ワタルは一瞬怯んでしまい、哲哉につけ入る隙を与えてしまった。
「決めた。ワタルがどんなに抵抗しても、武彦の案で行くぜ」
「哲哉がどう言おうと、沙樹のことは一切しゃべらないからな」
「甘いなワタル。おれを誰だと思ってる? ボーカルだぜ。ステージの中央でマイクの前に立っているから、いちばん注目されて自由に話せるんだぜ」
「自由に話せるって、まさか……」
「武彦と哲哉に一票。ぼくもファンに決めてもらったらいいと思う。てか、多分みんな温かく送り出してくれるって」
直貴がうれしそうに片手を挙げる。ワタルは、立場を明確にしていない弘樹をふり返った。
「ワタルの言いたいこともわかる。でも今回は、おれも哲哉の側に立つよ」
弘樹は軽く頭を下げ、哲哉の隣に立った。
こうと決めたら最後まで突っ走るメンバーだ。だからこそ、ここまで昇ることができた。だが今回は、一歩間違えると今後の活動に大きな傷を残す。
「西田さんのことを発表するのは、予定通りアンコールの途中でも間に合うか。その時は直貴、BGMつけてくれよ。曲は……そうだな、クリスマスらしいスタンダードナンバーで頼む」
「まかせといて。胸がきゅんきゅんするような演奏してみせるよ」
直貴は右手の拳を軽く胸に当てて、自信たっぷりに返事した。
「西田さんとの馴初めはおれが上手いこと話すよ。偶然とは言え、ずっと見てきたからな。
第一ワタルには任せられねえ。悪あがきして、話さずに終わってしまいそうな大莫迦野郎だからな。弘樹はタイミングを見計らって武彦に合図し、ワタルの両側に立ってくれ。逃亡防止だ」
哲哉が中心になって、告白タイムの計画を立て始めた。ここまで結託されてしまっては、止めることもできない。
「そうだ。ワタルが抜けたあとは、ギター頼むぜ」
哲哉は、黙ってようすを見守っていたハヤトの肩を叩いた。
「ぼくが、ですか?」
「ああ。あいつよりかっこよく弾いて、この機会に顔と名前を売っておけよ」
哲哉のエールに答えるように、ハヤトは元気よく、ハイッと返事をした。
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