ガンギマリ
「当艦は、まもなく惑星オーストラリア軌道上に到着します。先遣隊選抜メンバーは装備確認後、速やかにドロップシップに集合してください」
「……じゃあね、アタシ達、逝ってくるよ」
「赤ちゃんが見れて、よかった」
ニルヴとエレインは、脳の飛沫がかかったままの服でお祝いに来て、そのまま先遣隊として惑星オーストラリアへと降り立つ準備に飛び出していく。
「ニルヴ……エレイン……」
「ねえ、ニルヴ」
「なに? エレイン」
2人は他の先遣隊護衛要員とともに装備を確認しながら話す。
「いくらアタシ達が犯罪者だからってさ、わざわざ星の名前までこだわらなくてもいいのにぃ……」
「……それだけ重要なんだよ、きっと」
たとえ何人死のうがそんなこと関係ないぐらいにね、という言葉を続ける必要は、2人にはなかった。
ニルヴはグレネードランチャー付きアサルトライフル、エレインはサブマシンガンと大口径ハンドガンを担ぐ。
女性ホルモンの分泌信号は、ここで終了。
その代わり、男性ホルモンのテストステロンと興奮物質のアドレナリンがゆっくりと脳内を燃やす。
「ヘルダイバー、ドロップします」
先遣隊を積んだドロップシップが、地表に向けて投げ落とされる。
「「「「ヒャーッ! ハー!」」」」
12名の先遣隊全員が、恐怖とも興奮ともつかない、がさつで荒くれた叫び声をあげた。
ニルヴ:オーストラリア(惑星)の大気圏なう
エレイン:酸素濃度も気圧も高くて、大気圏が分厚いお。ヘルダイバー内大騒ぎ
オードリー:早めにパラシュートを開く。このままだと地表到着までに腸詰がモツ煮込みになるよねぇ
シンシア:マジデスカ。おれ妊娠してんだからそれ勘弁。そもそも妊婦を降下部隊に抜擢すんな
ニルヴ:まあまあ、妊婦には神様の祝福があるって言うじゃない
エレイン:赤ちゃんありがたやー、ありがたやー
大気圏突入用ドロップカプセル『ヘルダイバー』内のテキストメッセージの応酬が、船内全員に向けて公開されている。
もちろんキーボード等の入力装置は使わず、思考入力形式になっていて、眼球の視覚情報に直接インポーズされる形でテキストデータは表示されている。
「……シンシア大丈夫かな? メッセージログが完全に男になってるよ」
看護士のミネルヴァが、船内からリアルタイムに更新されるメッセージを確認する。
「うーん……妊娠期の胎内ホルモンバランスの変化は、ベイビーちゃんに良くないんだよね……」
「どうまずいの?」
アリシアは、赤ちゃんを抱きながら問う。
「いやぁ、ベイビーちゃんが将来腐れトランスになる可能性が激増すんだよねぇ」
サリーは全く意識せず、自然に同性愛者のことを『腐れトランス』と呼んでいた。
トランスの訳語は『カマ野郎』ではあるが、実際はその10倍ぐらいキツい言葉で、日本語では正確に表現不可能な語彙だった。
それに無意識に『腐れ』と付けていた。
サリーは男だったときは、はじめは性的な多様性を意味したがすぐに相当強烈な悪口と化した『LGBTQs』差別主義者だったようだ。
もうLGBTQsは単なる使用禁止用語になってからのほうが長い。
「んもう、汚い言葉は禁止だよっ、サリー!」
「おおっと、ゴメンあそばせ。なんせホラ、あたしのIQって80台前半だから」
だからバカでも出来る医者しか仕事なかったんだよね……ということだった。
船内では、医師や看護士は掃除人の次ぐらいにIQが低い者の通常勤務となっている。
そしてクルーの平均IQは、80台の後半だった。偏差で言えば、地球人類で知能が低いほうから、およそ20%以内にいる知的水準の犯罪者がメインの編成となっている。
「じゃあ、とりあえずシンシアにメッセージ送っときますか。あと、スペシャルカクテルも」
サリーは、シンシアの脳内ホルモンバランスを調整しながらメッセージを送る。
サリー:シンシアは、腸詰をパージする事態はできるだけ避けて。
オードリー:通訳します。『ジェンダーフリーの手先のおフェラ豚ども! 他の糞袋は死んでも構わんが、お宝入りだけは残しとけ!』 ……だってさ。
豚の内臓1匹分をまるまるシリコンゴム製の袋に詰め込んだ消耗品の内臓、シングルカートリッジ式オーガンパッケージ・通称「腸詰」が、最初に「糞袋」と呼ばれた瞬間だった。
シンシア:だったら、最初ッから斥候チームから外してくれよ……ねー、赤ちゃん。ママ死ぬの怖いよう!
シンシアの脳内にアリシアに与えられた『こんにちは、赤ちゃん』の千分の1程度の妊婦用脳内麻薬カクテル・『真珠貝』が投与される。
『真珠貝』のもたらすセロトニンの沈静作用が、怒りと恐怖に熱くなったシンシアの脳を即座に蕩けさせる。
ようは、完全にキマっていた。