男
「みなさん、おはようございます。計画が順調に進んでいれば、私はいま全裸の女性たちの注目を一身に浴びていることでしょう。
まことに残念です、ひとめ見たかった」
画面の中央に映ったスーツの男が、軽いジョークのように言った。
「そして、いくつか疑問がおありのはずです。
自分の記憶が何かおかしい、母国語のはずの言葉がうまく喋れない、知ってるはずのことを知らない……そして、なぜ何の脈絡も無くこの空間に閉じ込められているか?
とかそういう感じの疑問です。
これからこのビデオでは、その疑問に回答していきます。元紳士で淑女の皆さん、どうか今からしばらくお付き合いください」
どう言う意味だ?
「さて、人口過密状態となった地球では、外宇宙の殖民可能惑星に向けて開拓者を募っていました。
しかし、フロンティアスピリッツを失った一般大衆は外宇宙への開拓に興味を持っていません。
地球の中で閉塞した、犯罪や事故などの危険の多い日常生活を送っています。
そこで国連が着目したのは、犯罪者の皆さん。すなわち、あなたがたです」
全裸の女達全員に、動揺が広がる。
なにせ全員、自分が罪を犯した記憶が無いのだ。
「あなたがたが今持っている記憶ですが、名前と経歴を含めて全部が私の私物のコンピュータで1秒間に7人分づつランダムジェネレートした、あからさまな偽物です。
周囲の人に尋ねてください、固有名詞が違うだけで後はまったく同じ部分的記憶を持っている人がいるはずです」
皆口々に、自分の経歴を話し出す。自分と同じく、イスラム教徒がほとんどいないはずの地域出身のイスラム教徒が何人もいた。
しかも、地名はぜんぶ出鱈目だ。
「皆さん、困惑されていると思います。なぜなら、誰にも犯罪の記憶が無いからです。
しかし、皆さんが犯罪者であることは、否定しようのない事実であります。
ここでは、なぜあなたがたにこのような処置を施す必要があったのか? まずその疑問にお教えしましょう」
なぜ誰も記憶喪失同然のままロールアウトしたのか?
その説明があるようだ。
「人間には、生まれながらの犯罪者は滅多にいません。
犯罪者は、犯罪を誘発する悪い環境から確率論的に誕生するものだからです。
政治的な兼ね合いもあり、その仮説に立脚しています。
だから皆さんは、犯罪者としての生い立ちの記憶を消去し、偽物の記憶を植えることにより、犯罪者としての経験や記憶を封印しているのです。
そういうことです。
いずれにせよ、つまらない犯罪者の記憶を上書きするための偽物の記憶なので、過去にはあまりこだわらずに、過去の罪の意識や自己探求などにとらわれず。
これからの生を思う存分エンジョイしてください」
男は勿体ぶるかのように、テーブルの上の高価そうなグラスから水を飲む。
自分たちには衣類どころか、水すらない。
「……次に、皆さんは本当はごく数名を除いてほぼ全員が元男性です。
しかし、外宇宙探索においては繁殖力こそが最大の懸念事項であり、大脳が制御する肉体にはすべて妊娠出産機能が備わっている必要があるのです。
つまり男は贅沢品であり、すくなくとも殖民第1世代には必要ありません。
それゆえに、身に覚えはないと思いますが、ここにいる300余人中実に99%が元男性となっています。
だから元男性であるということは、なんら特別なことではありませんし、忘れていただいて結構です。
もしかしたら、あなたは本当にもともと女性だったのかもしれません。
しかし、そうであったとしても過去はいずれにせよ悲しむべき犯罪者であることには変わりありません。
次にあなた方の体は、すべてが標準装備品の石油樹脂由来製品の筋組織とステンレスの骨格で構築された、サイボーグ儀体となっています。
大脳への栄養補給と次世代人類の妊娠出産のために、文字通りメス豚由来のシングルカートリッジ式内臓パッケージ、通称腸詰を装備しています。
このソーセージは寿命が約7年、平均5回の出産に耐えるように設計されていますが、癌化などの不具合がない場合でも5年を目処に交換してください。
なお現在3分の1のクルーは現時点で既に妊娠、全体の約1割のクルーは臨月に近づいているはずです。
他のスタッフが妊娠中のスタッフのフォローを心がけてください。
なお妊娠は、子宮に品質検査に合格した人工受精卵を外挿する形式で行われますので、たとえ男性が一人もいなくても理論上はほぼ無尽蔵に優秀な人類の子孫を残せます。
なお、ここまで言われても抗議の声を上げる方は、設計上いないはずです。
周囲をご覧ください、誰もいませんね?
これは、皆さんのソーセージ制御用の小脳には常時暴力衝動を抑制するホルモン分泌器官が追加されていて、緊急時以外は常にホルモンが分泌している状況となっています。
皆さんは、そうして慎ましくハッピーに新天地で子育てにいそしむことが出来るのです!
過去の罪を忘れ、新しい命を育むことで罪を償ってください!
……もしかしたら、あなたたちが人類最後の生きこのりかもしれませんよ!?」
最後に、記録日時は2045年3月27日という、328年前の日付を指してビデオは終了した。
ビデオの男が冗談のように言った最後の台詞はとてつもなく重く、誰一人として笑える者がいなかった。
シリコンとステンレスと豚の臓物、それが彼『女』らの肉体を構成するすべてだった。