最低の目覚め
ニルヴ・オブライエン、それが彼『女』の名前だった。
東京都山口市ノースポイント自治区域の、イスラム教徒ゲットーに生まれる。
イスラム教徒の子女として厳格な教育を受け、ノースポイント区立第8中学校を卒業後、ただちに婚約者ケンザブロウ・ハキムと結婚し、今に至る。
ニルヴ・オブライエンは、睡眠回復槽から胎児のごとく捻り出された。
そして、思い出せたのが上記の記憶だけであった。
ケンザブロウって誰だ? 顔を知らない。
日本の東京に山口市なんてあるわけがいだろうが?
……そもそも、両親の名前を思い出せないとはどういうことだ?
そして、なぜ結婚から今に至って、機械からひり出される羽目になっているのか?
混乱するニルヴの周囲には同じように、睡眠回復槽から胎児のごとく女達がひり出され続けている。
女達は目の前にも何人となく立ちすくんでいる。
皆一様に浮かべた表情は、困惑。
まったく何もない部屋に、ごろごろと産み出されてきたばかりだ。
たしか自分は、どんな男なのかまったく覚えが無いケンザブロウの妻で、具体的なことは一切思い出せないが、まあまあの生活を送っていたという記憶がある。
女たちは互いに自分を知らないかと問い合い、なぜ自分がここにいるのかと情報交換を始める。
証券会社勤務、大学職員、そして学生や教師、パン屋の職人など、様々な経歴を持っていた。
しかし、全員揃って具体的な記憶がまったく無い。パン職人は、肝心のパンの作り方自体を知らなかった。
出身がアメリカのフィレンツェ州の教師は、そもそも母国語であるはずの英語がロクに喋れない。なにより、フィレンツェ州などという出鱈目な地名はない。
室内に軽快なジングルが鳴り響き、正面の……女達がひり出された睡眠回復槽の反対側の壁に、巨大な徽章が映し出される。
国連外宇宙開発局。
かつての投稿作を、若干言い回しを修正しました。