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エンコサイヨウ

エンコサイヨウ幕前 次の春に至る備忘録/1→7

作者: 霧原菜穂

 仙台市。

 宮城県のやや南部に位置し、東北地方の中心的な都市である。

 東北新幹線や東北道など、関東地方(東京)や北海道と各所を結ぶ交通の要所であり(蛇足だが、仙台空港の所在地は仙台市ではない)、太平洋側特有の比較的穏やかな気候も相まって、冬でもそこまで――東北地方の他の地域と比べると――雪がふらず、1年を通じて比較的住みやすい都市でもある。


 そんな、仙台市宮城野区(みやぎのく)、JR仙石線(せんせきせん)小鶴新田駅(こづるしんでんえき)から徒歩圏内にある、賃貸マンションの一室にて。

 山本結果(やまもとゆか)は心なしか少し緊張した面持ちで、リビングダイニングにあるダイニングチェアに腰を下ろしていた。

 外見の年齢は12歳ほど。あどけない印象だがその目つきは鋭く、年齢以上の精悍さが見え隠れしている。室内であるにも関わらず、頭にはいつもかぶっているキャスケット。普段は耳の横で結っていることが多い髪をおろしているので、毛先が肩の下で遊んでいた。長袖のTシャツにジーンズというラフな格好の彼女の前には、A4サイズの紙が1枚。箇条書きで文字が並んでいる。

「……これで、大丈夫やかね……」

 一人きりの空間に、呟いた言葉が答えを待たず消えていく。彼女がいるのは、単身ではなく核家族向けに思えるほど余裕のある広さのリビングダイニングだ。壁側には段ボール箱が2箱、未開封のままで放置されている。

 ソワソワ落ち着かない彼女が、足をブラブラさせながら視線を泳がせていると……この部屋と隣室を繋ぐ引き戸が開いた。そして。


「――悪いなケッカ(・・・)、スマホの長い充電ケーブルが全然見つからなくてさー」


 そう言って隣室から出てきた彼――佐藤政宗(さとうまさむね)が、自身の失態を誤魔化すように大きな声で笑いながらユカへ近づいていく。

 外見の年齢は20代前半、水色のワイシャツに黒のスラックスを着こなし、整った顔立ちに営業スマイルを貼り付けている。彼はそのまま壁際にあるコンセントに近づくと、手に持っていた充電器を接続した。そして、そこからつながる2メートルほどのコードの先にスマートホンをつないだ後、彼女の隣の椅子を引いて腰を下ろす。見た目だけで判断すると、少し年齢の離れた兄妹である。

 ケッカ、と呼ばれたユカは、そんな彼へジト目を向けて。

「……ケーブルば探すとに、なして20分もかかると?」

 彼が自室に消えて、約20分。その間、何の音沙汰もなく放置された彼女が不服を申し立てるのはしょうがない。

「だから悪かったって。この長いケーブルと3脚付きのスタンドが中々見つからなかったんだよ。と、いうわけで……」

 政宗はユカをなだめつつ、テーブルの上に三脚付きのスマホスタンドを立てると、その上にスマートフォンを横向きでセットした。ビデオ録画が出来るように画面を捜査した後、本体を動かして、ユカの上半身がフレーム内に収まるように角度と倍率を調整する。そして、居住まいを正し、彼女を見つめた。

 彼女が頷いたことを確認した後、静かに録画開始の赤いボタンをタップする。画面のカウントが動き始めたことを確認した政宗は、落ち着いた声で語り始めた。


「じゃあ……始めるぞ。この動画は、今後、俺たちのどちらか(・・・・)、もしくは2人とも(・・・・)に何か不測事態が生じて、記憶が曖昧、もしくは忘却した場合に活用するための備忘録だ。まずは俺、佐藤政宗が、山本結果、及び彼女周辺の現状について、聞き取り調査を実施する。じゃあケッカ、名前と年齢、今日の日付を言ってみてくれ」

 この言葉に、ユカは手元の紙に視線を落とした。これは、今回の台本のようなもの。

 もしも、未来の自分が……例えば6月の自分のように(・・・・・・・・・)記憶障害に陥った場合、この動画を見て、思い出すキッカケにするためのものだ。

 これは過去、未来からの手紙というレアアイテムが何の役にも立たなかったことを猛省した2人が、何か大きな変化があった後に定期的に残しておこう、と、いうことで企画したものである。

 彼らは仕事上の過度なストレス等が原因で、記憶障害になってしまう可能性がある。ことさら、全てが不安定なユカに関しては、そのリスクが更に高まってしまうおそれがあるのだから。

 ユカはカメラのレンズを見据えると、質問の答えを口にした。


挿絵(By みてみん)

「山本結果、20歳。ちなみに名前は偽名です。今日は10月23日、あたしがここに引っ越してくる直前やね。あ、これって……本名も言ったほうがよか?」

 ユカの問いかけに、政宗は首を横に振る。

「いや、やめておこう。ぶっちゃけ今の俺は知ってるけど、この録画を見る俺が知ってるかどうか分からないからな。じゃあ次、今の所属と階級は?」

「今は、東日本良縁協会ひがしにほんりょうえんきょうかい仙台支局に所属。階級は特級縁故(とっきゅうえんこ)。役職は特になし」

 2人がこの動画を撮影する時に決めたのは、「固有名詞を具体的に出すこと」と、「今の自分達の知識を口に出して記録しておくこと」だった。この動画が活躍するとなれば、見ている側は大切なことを忘れてしまっている可能性が高い。それを思い出すためには、曖昧ではなく具体的な情報の方が記憶のフックに引っかかる可能性が高くなる。

「ありがとう。じゃあ、仙台の前の所属は?」

「西日本良縁協会福岡支局。そこでは一誠さんの部下として、レナと一緒に機動部っていうところに所属しとった」

「レナは、橋下(はしもと)セレナちゃんのことだな。じゃあ、上司にあたる一誠さんって誰だ?」

「川上一誠さん。福岡でお世話になった縁故の先輩やね。同じ職場の総務部におる徳永瑠璃子さんと結婚したけんが、きっと幸せに暮らしとると思う」

挿絵(By みてみん)

「急に雑な認識なんだが……まあいいか。じゃあ、そもそも『縁故(えんこ)』って何だ?」

 まるで初心者講習のような問答だが、自分の知識を確認するためにも大切なこと。

 ユカはスマートフォンのレンズを見つめ、淀みなく返答する。

「『縁故』は……人間を取り巻く『縁』が視える、特殊な能力を持った人のこと。その力を使って生計を立てとる、って言っても過言じゃなかね。良縁協会はそのための組織やし」

「ん。じゃあ、『縁』の種類を言ってみてくれ」

「あたしたちが認識、干渉出来る『縁』は、4種類。人間の命でもある緑の『生命縁』、人間の先祖からつながる『因縁』、その土地との縁を結んでいる黄色い『地縁』、そして……人間同士を繋いでいる、赤い『関係縁』。あたし達『縁故』は、『遺痕(いこん)』を含めて、主に『関係縁』を切ったり結んだりしとる。たまーに、違う『縁』に干渉することもあるかな」

「『遺痕』って何だ?」

「んー……死んだのに『関係縁』が1本とか、不完全に『縁』が残っちゃって、死にきれずにとどまっている存在の中でも特に有害なもの。この世に留まることで、悪影響が広がることが確認されとる。あたしたち『縁故』はその『遺痕』の『縁』を切ることもあるけんが、割と大変なお仕事なんよね」

「オッケー。じゃあ、ケッカが仙台に来たのはどうしてだ?」

 彼の問いかけに、ユカはまじまじとカメラの向こう――にいる政宗をみやる。

「そこにおる政宗に呼ばれたから」

 刹那、政宗が「オイオイ」と顔をしかめた。

「それはそうなんだが……もうちょっと詳しく頼む」

「それは……3月頃に、統治が失踪したから。最初は助っ人として呼ばれたっちゃんね」


 まだ、東北が冬の名残を残していた頃。

 2人とは旧知の仲である名杙統治(なくいとうじ)が、仕事の途中にこつぜんと姿を消した。

挿絵(By みてみん)

 通常の失踪――そもそも失踪が異常事態なのだが――であれば、彼とつながる『関係縁』を辿っていけば、自ずと彼の元へたどり着くことが出来る。しかし、今回はその手段がなぜか(・・・)使えなかったので、捜査は難航し……福岡にいたユカが、助っ人として駆り出されたのだ。


「その事件はどんな経緯で、どうやって解決したんだ?」

「統治のいとこにあたる名杙桂樹(なくいけいじゅ)さんと、分家筋の名波蓮ななみれん君が共謀して起こした事件だったことが分かった。統治の妹の心愛(ここあ)ちゃんまで巻き込まれたけんが、現場に乗り込んでいって解決をゴリ押ししたって感じやね」

挿絵(By みてみん)

「ゴリ押しだったのかよ……」

 苦笑いで肩をすくめる政宗に、ユカもまた苦笑いで頷いた。

 あの事件を最終的に終わらせたのは……あの場にいてくれた、『彼女』だと思うから。

「まあ、偉大なお姉さんの力も借りたけんね。この事件であった出会い……特に伊達先生の存在があって、あたしは仙台に残って仕事を続けることにした」

「伊達先生って誰だ?」

「伊達、伊達……」

 次の瞬間、ユカが真顔で問いかける。

「えっと、下の名前なんだっけ……?」

聖人(まさと)さんだよ。伊達先生が聞いたらシクシク泣いたふりするぞ?」

「だって、いっつも伊達先生とかしか呼ばんけんが……えっと、伊達先生って確か、本業は小児科の先生やんね。あたし達みたいな『縁故』じゃないけど、『縁』の存在を認識して、なんか……胡散臭いグッズを開発してくれる人」

挿絵(By みてみん)

 刹那、政宗がジト目と共に、ユカが被っている帽子を指さした。

「随分な言い方だな。いつも被ってるその帽子も、伊達先生がケッカのために開発してくれたものだろうが」

「あ、そうやった」

 ユカはそう言って、被っている帽子に手を添えた。

 これが、彼女の生命線でもある。


 彼女の外見が実年齢と乖離しているのは、10年前、死にかけたから。

 その際に『生命縁』が傷ついた影響で、体の成長が著しく遅くなっている。

 そして……これ以上『生命縁』が傷つくことがないように、この帽子が盾のような役割を果たしているのだ。


 政宗は「ふむ」と息をついた後、録画時間を確認した後、スマートフォン越しにユカを見つめて問いかける。

 あまり長くなっても情報の洪水となり、見る方が混乱してしまうかもしれない。今回はそろそろ終わらせようと、最後に現状を語ってもらうことにした。

「とりあえず、ケッカは今、仙台で働いているんだよな。それで、引っ越し直前……最初に住んでいた拠点から、どうしてここへ引っ越しをすることになったんだ?」

「それは……」

 質問の答えをチラ見したユカだが、その先を言い淀んで口ごもった。彼女は数秒間視線を泳がせながらモゴモゴと言葉を探した後……スマートフォンの向こう側にいる彼を見やり、観念したように口を開く。

「ま、政宗の人となりをもっとよく知るため」

 最初は答えを書いていたのだが、直前で消してしまったので、そこだけ不自然な空欄がある。勿論、何を書いたのかは覚えているけれど、それを本人の前で改めて告げるのは……急に、抵抗が生じた。

 そんな彼女の迷いに気づいている彼が、少し意地悪な声音で言葉を続ける。

「人となりを知るため、ねぇ……そこに書いてあったことをそのまま喋ってくれていいんだぞ。俺のことを好きになるためだって」

「そ、そげなこと書いとらんよバカ政宗!! 捏造せんでよね!?」

 反射的に大声で否定すると、政宗は「ハイハイ」と慣れた様子で受け流しつつ。

「失礼しました。さて……おおまかな流れと人間関係は喋ったから、仮に記憶喪失でも何らかの取っ掛かりになると思う。じゃあ最後、この動画を見ているであろう未来の自分へ、伝えたいことは?」

「伝えたいこと……」

 彼の言葉を反すうしたユカは、改めて、自身で用意した台本へと視線を落とした。そして、再び前を見つめた後……真顔で口を開く。

「とりあえず……政宗とは付き合ってません。恋愛感情も自覚はありません。仮に彼が何か上手いこと言っていたとしても、『関係縁』の色が何色であっても、まずは周囲の証言を信じてください」

「何だよそのまとめ!! あーもー終わりだ終わり!!」

 政宗はスマートフォンの画面にある録画ボタンを再度タップして、ユカの動画撮影を終了した。そして、動画ファイルのバックアップをクラウドにもアップしつつ……彼女と席を交代して、今度は彼がカメラに向かい合う。

 ユカは先程まで政宗が座っていた椅子に腰を下ろすと、カメラの角度を調整して、今度は彼の上半身がきれいに収まる位置を探した。

「よし、ここかな……政宗、始めてよか?」

「ああ。慣れないから変に緊張するな」

「そうやね。でも、万が一のために、あたしたちに出来ることはやっておこうってことで。じゃあ、始めまーす」

 その言葉と同時に、ユカが録画ボタンをタップする。そして。


「この動画は、今後、あたしたちに何か不測事態が生じて、記憶が曖昧、もしくは忘却した場合に活用するための備忘録です。次はあたし、山本結果が、佐藤政宗、及び彼の周辺の現状について、聞き取り調査を実施します。じゃあ、名前と年齢、今日の日付をどうぞ」

「名前は佐藤政宗。これは、仕事上の偽名だ。年齢は24歳、今日は10月23日。信用できない場合は、ファイル情報を確認してくれ」

挿絵(By みてみん)

「じゃあ次、今の所属と階級」

「今は、東日本良縁協会仙台支局に所属。階級は統括縁故。役職は支局長」

「所属はずっと変わらんと?」

「ああ。創設メンバーだからな」

 背筋を正し、自信を持って首肯する政宗に、ユカは「了解」と相槌を打つ。

「じゃあ、創設メンバーと、現在の職員、及び関係者の名前をどうぞ」

「仙台支局を創設したのは、俺と、名杙統治の2名だ。その後、福岡支局から特級縁故の山本結果が4月に移籍。9月から事務職として、支倉瑞希(はせくらたまき)さんに勤務してもらっている。書類整理のアルバイトは高校1年の片倉華蓮(かたくらかれん)さんだ」

挿絵(By みてみん)

「他には?」

「今。研修を請け負っているのは、共に中学2年の名杙心愛さんと森環(もりたまき)君。業務を手伝ってもらっているのは、高校1年の名倉里穂(なぐらりほ)ちゃんと、高校2年の柳井仁義(やないひとよし)君。あと、『親痕(しんこん)』の分町ママかな。他にもいるけど、とりあえずこんな感じで」

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

「ここ半年で大分増えたんやね。ちなみに、『親痕』って何?」

「ざっくり説明すると、『仙台支局』を別の視点から監視してくれる味方ってところだな。生きた人間じゃないから、俺たちだけじゃ気付けないこともフォローしてもらってる」

「了解。じゃあ、ここ半年くらいで……一番印象に残っとることは?」

「それは……」


 ユカの問いかけに、政宗は咄嗟に言いかけた言葉を自分の意思で飲み込んだ。

 彼が一番印象に残っていること、それは……間違いなく、今年の6月に、目の前にいるユカが偶然の積み重ねで一時的に成長してしまったこと。

 その時に、彼女との未来を誓ったこと。

挿絵(By みてみん)


 ただ、この出来事を、今を生きる(目の前の)ユカは覚えていない。

 また、彼女に隠匿していたことがバレてしまい、自身の行いを後悔したことも……割と最近のこと。

 政宗の中でこの出来事を『思い出』として語るには、まだ、もう少し時間が必要だ。


「そう、だな……やっぱり、今月頭に福岡へ行ったことかな。濃厚すぎてマジで俺たち頑張ったと思う」

 政宗の言葉に、ユカもまた「うんうん」と同意する。

「それは……確かに。その節は大変お世話になりました。じゃあ、その事件の解決までの経緯を教えてください」

「9月に福岡へ帰省したケッカが、仙台に帰れなくなったんだ。主な理由は、ケッカの母親が厄介な『遺痕』になってしまったから。俺は統治と一緒に福岡へ行って、いろんな人の力を借りて、最終的には『縁切り』を成功させることが出来た」


 10月上旬、福岡へ一時的に帰省していたユカが、自身の母親である女性からの逆恨みが原因で、身動きが取れないことになってしまい。

 それを解決するために、政宗は、統治と共に福岡へ飛んだ。

 そして……そこで、彼女が生みの親との『縁』を切る瞬間を見届けることが出来たのだ。

挿絵(By みてみん)


「あと、ケッカの事務能力が落第点だったから、瑠璃子さんに底上げしてもらったんだ。テスト勉強、頑張ったよなー」

「そ、その話はよかやんね!!」

 自身の過失(?)を記録されたユカは、視線をそらして録画時間を確認した。そして、そろそろ終盤に向かうよう誘導するべきだろうという判断を下す。

「とりあえずこげな感じでよかとやか……顧客の個人情報に関わることは記録できんけんね。じゃあ最後、なしてあたしのことは『ケッカ』ってあだ名で呼ぶと? 人の名前、覚えられんと?」

「凄まじい言いがかりなんだが……最初は漢字の読み間違いから。それ以降は、まぁ、なんというか……慣れ?」

 その言葉に、ユカが不服そうなジト目を向ける。

 「適当な嘘ついてんじゃねぇよ」と訴える彼女の目線を受けて、政宗は心理的に後ずさった。

「な、何だよケッカ。言いたいことがありそうな顔で……」

「……あのさ、政宗があたしをしつこくあだ名呼びするのって、あたしが本来の姿に成長したら、ちゃんと名前で呼ぶつもりらしいって噂を聞いたっちゃけど、本当?」

「なっ!?」

 次の瞬間、彼の顔が一気に紅潮した。それを見たユカは、この(情報)が正しかったことを秒で悟る。

「だ、誰から聞いたんだそんなこと!!」

「統治。あぁもう何も言わんでよかよ。その顔がすべてを物語っとるけんね」

「……」

 こう言われると、何を語っても言い訳になってしまうので口をつぐむしかない。一方のユカは「本当、なしてあたしは気づかんかったとやか?」と、自分自身の無関心さに疑問符を浮かべつつ……気を取り直して、動画をまとめるよう促した。

「じゃあ最後、この動画を見ているであろう、困っている未来の自分へ、伝えたいことは?」

「こ、この状況で!? えぇっと……」

 この質問に、政宗は慌てて頭を振ると……改めて前を見据えて、口を開いた。

 少し動揺してしまったけれど、最後はしっかりと、未来で困っている自分へ向けて。

「この動画を見ているってことは、きっと、俺自身も混乱してる状況だと思う。けど……俺自身が積み重ねてきたこと、繋いできた『縁』は、そう簡単に消えるもんじゃないって思ってるんだ。だから、今は落ち着いて、周囲の状況を確認してほしい。それで、俺たちの居場所を守りきって欲しい。どうか、よろしくお願いします」

 そう言って、彼が頭を下げる。政宗が顔を上げたことを確認して、ユカは録画を停止した。

 そして……先程の彼の言葉を思い返し、敵わないなと心の中で白旗を揚げる。

 彼がどこまでも真っ直ぐな性格であることを……改めて、思い知ったから。

「本当、政宗はこういうとこ……こすか(ズルい)っちゃんね……」

 ユカがこう呟いて頷いていると、政宗が彼女の方へ近づいてくる。そして、スマートフォンを取り上げると、バックアップ等の操作をしながら、ユカの方を見下ろした。

「とりあえず……これだけ喋ってれば、後は未来の俺たちが何とかするだろ」

「そうやね。この動画を使うような事態にならんように気をつけるけど……そういえば、こういう動画があること、未来の自分たちにどげんやって伝えると?」

「統治にメールで動画のことを伝えておく。流石に3人同時に記憶障害になることは……ない、と、思いたいし、統治は名杙直系だから、俺たちの中で一番可能性が低いと思う」

「じゃあ、その連絡とかは任せるけんね」

 ユカの言葉に政宗は頷くと、スマートフォンの操作を再開した。

 そんな彼を見上げながら……改めて、これからの『未来』に思いを馳せる。


 この先、何が起こるのか、一切予想出来ないけれど。

 ユカの心に残っているこの言葉が、きっと、最後まで道標になってくれる。

 直前で気恥ずかしさから消してしまい、言い出せなくなってしまった、ここに引っ越しを決めた理由の一つ。


 ――俺達はきっと、これからもずっと一緒なんだろうな。

挿絵(By みてみん)


 10年前のあの時、笑顔でこう言ってくれた彼の言葉を、現実にするために。

 ユカは今、ここにいるのだから。

既存シリーズ一覧です。どうぞ、よろしくお願いいたします!!


■エンコサイヨウ第1幕 結果、仙台に降り立つ。(https://ncode.syosetu.com/n7211cv/)

■エンコサイヨウ第2幕 名杙兄妹ラプソディ(http://ncode.syosetu.com/n2377dz/)

■エンコサイヨウ第3幕 過去の彼女を知らない彼女(https://ncode.syosetu.com/n2252eb/)

■エンコサイヨウ第4幕 君とこの町で生きていく(https://ncode.syosetu.com/n2102ew/)

■エンコサイヨウ第5幕 星に願いを(https://ncode.syosetu.com/n2544fd/)

■エンコサイヨウ第6幕 絆(https://ncode.syosetu.com/n5862fm/)

■エンコサイヨウ第7幕 あの時の君へ(https://ncode.syosetu.com/n4578fx/)


■エンコサイヨウ幕間/7.8 マグネットラブル奮闘記(https://ncode.syosetu.com/n3357hr/)

■エンコサイヨウ・外伝集(http://ncode.syosetu.com/n9925dq/)


本文中イラスト使用(順不同/敬称略):狛原ひの、おが茶

掲載したいイラストが多すぎて、断腸の思いで厳選しましたっ……!! 本当にありがとうございます!!

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