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世界を揺るがす薬

2話投稿その1

 バックスを中心に開発チームが始動して3年が過ぎた。


 チームの始動と同時にバックスは正式に冒険者を引退した。

 その際、今後の開発に必要となりそうな新たな薬草探索の必要性をバックスから提言されたミシェルは、半年の時間をかけてバックスと共に10名のプラントハンターを選別し、探索専門チームの第3班を新設。

 既存の2班も、それぞれ2名ずつ加わって計10名。チームバックスは総勢21名まで拡大していた。

 その後、大陸全土にその足を延ばした3班の活躍もあって、クライフ商会で栽培する薬草の種類は当初の3倍まで増えていた。

 順調そうに見えた開発計画であったが、新たに発見した薬草の栽培に苦戦して想定以上に費用が嵩み、クライフ商会の経営に影を落とすことになってしまった。

 栽培規模を縮小し、一部を他の商会に任せる案も出たのだが、かつてアレクセイが発した言葉。


『商会は内外多くの人で成り立っている。商会が大きくなればなるほど、長として並々ならぬ努力と才能と運が求められる』


 誰のかは分からないが、奇しくもクライフ商会は運に助けられる。


 とある日の昼。

 薬草栽培チームの1人とバックスの開発チームの1人が、偶々(たまたま)入った食堂で相席することになった。

 会話の中で、栽培チームの1人は『今の倍くらいの早さで薬草が育つようになる薬剤作れないか?』と開発チームの1人に溜息交じりにぼやいた。

 聞かされた開発チームの1人は『これまでウチで作った失敗作でも撒いてみるか?』と冗談交じりで答えた。

 他人が聞けば、ただの笑い話で終わるはずだった2人の会話。本人達も物は試しにと本当にやってしまったのは、互いに仕事が暗礁に乗り上げていて鬱憤を晴らしたかっただけなのかもしれない。

 彼等のその行動は、偶然にも新しい植物成長促進剤を生み出す結果になった。

 それは『ハンドポーション』ができるまで、クライフ商会の経営を大きく手助けする薬剤となる。

 後で経緯を聞いたミシェルも「ウソでしょ・・・」と言ってしまう程の『瓢箪から駒』であった。


 多少の紆余曲折を経て、ミシェルも13歳となり中等部に進んだ。

 身長は同学年の平均を少し上回る程度に伸びて、大人びた言動に容姿が少しだけ追いついた。

 本日はバックスが進捗状況を報告にする日。ミシェルは与えられた執務室で、いつも通りに彼が来るのを待っていた・・・のだが、何故かその日はチーム全員が執務室にやってきた。ミシェルを含め総勢22名。・・・狭い。

 バックスは抱えていた小箱をテーブルに置いて静かに開けた。中にはエメラルドグリーンの小さな塊がギッシリ詰まっていた。彼は塊を1つ取り出して、仕様書と共にミシェルに手渡した。


「いかがでしょう?」


 ミシェルは己が手のひらに乗せられた小さな塊を恍惚と眺めていた。

 さらに仕様書に目を通して一言。


「す・・・」

「・・・す?」

「素晴らしいです!実に素晴らしい!」


 ミシェルは小さな塊を天に掲げ、クルクルとその場で回った。


「効能。耐久性。保存性。機能性。利便性。運搬性。どれも僕が求めていた以上です!」


 ミシェルの浮かべた満面の笑みに、その場にいた誰もが報われた気がした。


 改良を重ね、最小の容量で従来のポーションと同等の効果を発揮する濃縮ジェル。それを獣の腸を加工した外郭で覆った。これは、朝食を食べていたミシェルが、ソーセージを床に落とした時に着想を得た。

 そのままでは生物(なまもの)につき長期保存に向かないので、干し肉の製造技術を応用して素材を加工したのだが、落とした位では破損せず、嚙み砕けることができる丁度よい硬さに調整するのが難題だった。

 その上から新しい薬草を原料に作られた新素材。『網状薬(メディックウェブ)』で覆った。

 保存期間は現時点で6ヶ月。未開封の瓶ポーションの保存期間が約1年なので、比較すれば半分と短いが、冒険者が1度の依頼でポーション類を持ち歩く期間は長いものでも3ヶ月程度。そこまでの問題にはならない。

 大きさは直径1cm程。即座に口に入れることができて、噛み砕けば即効性を、そのまま飲み込めば緩効性を発揮する。飴玉の様に口に含めたままでも1時間は維持できる。機能性も十分。

 当然軽い。瓶ポーション1本の重さで比べれば15個分。内容量で比べても10個分。

 これ以上ない出来である。


 ミシェルの喜びようは決して大袈裟でも何でもない。

 唯一無二であると言い切れるこの商品は、片手で即座に扱える(ワンハンド)ポーションから


片手薬(ハンドポーション)


 と、名づけられた。


 販売可能試作品(プロトタイプ)完成の報告は終業時間間際であったので、開発チームはバックスだけを残して帰宅させた。

 ミシェルはすぐさまバックスを従えて会長室へ向かう。

 アレクセイとミランダの2人は家に使いを出して呼び出した。

 4人と2人はソファーに座り、ミシェルはテーブルに試作品の片手薬を置いた。


「これは・・・」


 完成度の高さにレオナルドも声を失った。隣に座るエレノアも同様である。

 アレクセイも1つを手にしてまじまじと見る。ミランダの表情はあまり変わらない。


片手薬(ハンドポーション)と名付けました。価格は瓶ポーションより若干割高になりますが、利便性やその他で圧倒している分、十分勝算はあると僕は思います」

「受け取った資料通りなら、むしろ安価に感じるだろう。冒険者達はこぞって買いに来るぞ」

「そうね。費用対効果(コストパフォーマンス)は十分。生産が軌道に乗れば瓶ポーションと同等かそれ以下まで値段を抑えられそうだわ」

「見た限り問題はないね。どれ・・・」


 レオナルドは1つを口に入れた。


「表面は硬いけど少し弾力があるね」


 カリッという音とゴクリという音が鳴った。


「後味も悪くない」


 誰もが片手薬の性能や値段などを吟味している中でただ1人。


(生産ラインは最大にするとして・・・販売は本店と支店だけでは回せなくなる可能性があるわね。いえ、確実に回せなくなる・・・。下手をすれば生産ラインも・・・?)


 ミランダだけは具体的な商品展開について思案していた。


(冒険者ギルドに商業ギルド。あと同業者は確定。・・・最悪、大陸各国まで巻き込まれるわね)


 視界の端で嬉しそうにしている可愛い我が孫が作らせた片手薬。出来上がったソレは全く可愛げの無い代物だった。

 中位でしかない商会(ウチ)如きではとても扱いきれるモノじゃない。


(アレクもレオもエリィだって分かってるはず。ミシェルには悪いけど、これはウチで独占せず特許権使用料(ロイヤリティ)を取る方向にした方が・・・)


 眉を寄せてうつむいていたミランダは、ミシェルに己の考えを口にしようと顔を上げた。

 その様子を見たミシェルは困った様な笑みをミランダに向けて頷いたように見える。


(大丈夫ですよ。おばあ様)


 何故だかミシェルがそう言った気がして、ミランダは開きかけた口を閉じた。


「いかがです?」


 ミシェルはミランダ以外の3人に感想を聞いた。


「うん。合格だ。商会長として商品化を認めよう」


 レオナルドの言葉はそっけない。だが、ミシェルの頭を優しく撫でる表情は父親ものになっていた。

 アレクセイもエレノアも異論はなかったが、ミランダはどうしても聞いておきたい。


「待って。皆、気が付いているのでしょう?この商品・・・クライフ商会だけでは扱い切れなくなることに・・・」


 それは分かっていた。予想以上に早く、想定以上に素晴らしい商品の開発を成功に導いたミシェルの手前、3人とも言い辛かったのもある。

 たとえ、他に委託したとしても特許権使用料で十分クライフ商会は潤う。

 潤いはするだろうが、それでは開発陣の努力を蔑ろにする結果とならないか?幼いながら責任者として頑張ってきたミシェルの苦労が報われないのではないか?

 アレクセイに至ってはバックスを巻き込んだ手前、彼の成功を『やりすぎだ』とは言いたくない。

『クライフ商会ではこの先の展開が難しい』言うのは簡単である。言えばミシェルは納得してくれるだろう・・・親として、家族として、上司として、商会の力量不足を認めるにはミシェルの笑顔は眩しすぎた。


 ならば商会を大きくすればいい。しかし、アレクセイは言っていたではないか。大きくした商会を維持するのは難しいと。無理をした商会の末路は悲惨なものだと。

 それでも、ミシェルならあるいは・・・・。そう期待してしまう才が彼にはある。

 だが、それはもう少し先の話。少なくともミシェルが高等学校を卒業した後の話であって今では無い。というのが共通の認識である。

 それまでの歓喜がウソの様に、室内は静寂に包まれた。


「ミシェル。貴方はどう考えているの?先程の表情・・・何か見通しがあるのではなくて?」


 ミランダの問いに、ミシェルは微笑みを浮かべてこう言った。


「扱いきれなくていいのです」と。


「え?」ミシェルの背後で控えるバックス以外の全員が声を上げた。

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