出来る事と出来ない事
本当に『ノー』と言いたい時がある。
作者の切実の句
お茶会での天啓。興奮冷めやらぬままミシェルは執務室の両親の元へ走った。
「うーん。クッキーに濃縮したジャム状のポーションを詰める。とても斬新な発想だね。ミシェルは凄いね。でも、クッキーは瓶より壊れやすいし、保存が効かなくないかい?」
父の指摘に絶句した。
冒険者用に改良をするのなら携帯性だけでなく保存性も重要となる。
ポーションは製造過程で魔法による保存状態の向上が図られる。未開封であれば1年は保存が効くのだが、クッキーとジャムでは魔法を使ったとしても1週間保てばいい方だろう。
だがそれでは薬品としても欠陥品である。
「ジャム状の濃縮ポーション。これは単品でもいけそうな感じがするね。粉薬が苦手な子供とか好きそうだ。水飴に混ぜるより飲みやすそうだし」
レオナルドはミシェルに微笑みかける。
「クッキー部分を別の食品、できれば長期保存ができて衝撃に強いモノ。そんな都合の良いものがあれば・・・」
ミシェルはあごに拳をそえる。
孫。そして息子が考えるときのクセを見守りながら、祖父母、両親は執務室のソファーに腰掛ける。
「ああなるとミシェルはしばらく動かないわね。お義母様、お茶会の道具をこちらに持ってきますわ」
「大丈夫よエリィ。こうなると思って廊下まで持って来ているわ」
「・・・流石です。お義母様・・・」
生まれた時から商家の娘だったミランダは常に先を見据える事を両親から教わって育った。
1つの物事に関して、その先のルートを推測する力。想像力とでも言うべきか。エレノアもレオナルドに嫁ぐ前は冒険者として活動していたので、勘は悪くはないし努力もしているのだが、商家の嫁として目の前の義母を超える自分の姿が想像できない。
簡単に超えさせてはやらないと微笑むミランダに、エレノアは浮かべた苦笑いを見せぬように義母の淹れてくれたお茶を飲んだ。
(乗り越える壁が高いと大変よね)
その視線の先には考えに没頭する我が子の姿。
(クッキーは焼き菓子なので水分が少ない分、生菓子より保存は効く。けど、中にジャムを入れるとそこから水分が移って時間が経つほどクッキー自体も柔らかくなるし保存も効かなくなる。すぐに食べるならいいけど持ち運ぶには不向き。僕は望んでいた形状に浮かれてしまい、良く考えもせずに飛びついてしまった)
実際に、ミシェルの手の中にある祖母の作ったジャム入りクッキーは、中心の薄い部分がヘタってきている。
(ジャム状の濃縮ポーションの方は父様も認めてくれた。だとすれば問題は濃縮ポーションを覆う外装部分。クッキーはダメだった。衝撃に強く水分に浸透されない保存の効く食材。それも一口で食べられるモノ)
考えても考えても思考が堂々巡りしてしまい、やがてミシェルは考えるのをやめた。
「無理ですね」
突然のミシェルの弱音に家族4人は驚きの表情を見せた。
「ミシェル・・・」
周りから天才と言われた息子の初めての挫折。その姿に思わずレオナルドも沈んだ声を出したのだが、
「僕一人だけで考えてもこれ以上は無理です。糸口は掴めたんです。ここから先は皆で考えましょう!」
息子の表情は挫折とは程遠い笑顔で煌めいていた。
ミシェルが周囲の者からの評価が高い理由。
それは幼くして高等教育を修めた知能ではなく、天才的な閃きによる商品開発でもなく、先陣を切って進む勇者のようなカリスマ性でもない。
祖父母や両親の教育もあるが、ミシェルには幼い子にありがちな自分が中心でなければ不満などという独善的な思考を持ち合わせていない。
自分が出来ないと思ったら即座に周りに助けを求め、とにかく結果さえ出れば自分の功績など二の次。とさえ思っている節がある。
ある意味、商人に最も向いているともいえる現実的で効率的な思考回路の持ち主であることが一番の理由だ。
部下としてみれば、出来る事と出来ない事を正しく判断してくれる上司はありがたい。
中には、出来ない事を押し付けて、『なぜ出来ない?』と言う残念で問題のある上司もいる。
他の商会では未だに多く見受けられる問題で、クライフ商会ではミシェルが人事に携わってから激減した問題でもある。
元々、御曹司とはいえ幼いミシェルが商会の根幹である人事に口を出すことに不満を口にする少なくなかった。特に、
『天才と言ったって子供になにが出来る』
下の立場になっていくほどに多くの声が聞こえてきた。
ところが、蓋を開けてみれば、
妙にしっくりとくる異動先。改善された人間関係。やりやすくなった仕事。給与の面でも向上がみられるとなると、そんな声は自然と消えていった。
クライフ商会の多くの者が、
『ミシェルが天才だと言うのは会長家族や上層部の贔屓目』
だと思っていたが、今ではそんな気持ちなど微塵も無くなっていた。
だからこそ、周囲の者は幼いミシェルが更なる業務に係わることを容認した。どちらかと言えば進んでミシェルを引き込んだのは従業員達であり、むしろ難色を示していたのは経営者である両親祖父母、つまりは家族の方だった。
人事に携わった時点でミシェルの大器としての片鱗はすでに現れていた。
日常的に行われていた観察眼と情報収集による人材の能力把握。
それが、この2年で更に磨かれた。当初はクライフ商店の本店のあるベルリナ市内の従業員だけだったものが、今では支店従業員も含めてすべての関係各所の人員を把握している。
幼いながらミシェルがクライフ商会の業務に携わるようになったのは、周囲から勧められたのも一因であるが、将来のために必要な経験だとミシェル自身が判断からである。
また、変に固辞してしまうと推してくれた従業員達と、難色を示した家族達の間に軋轢が生じてしまう懸念があって仕方なく。という側面もあった。
求められた以上は結果が必要だとミシェルは思った。だからそれまで以上に努力をした。
まだ幼いミシェルが周囲の期待に押しつぶされてしまわないか・・・当時、家族は気が気でなかった。
勝手に期待しておいて嬉しい誤算と言えばおかしいのだが、ミシェルは周囲の期待以上の成果を上げた。
ミシェル自身の努力があっての成果だったのは間違いない。
ただ、それ以上に自分に出来なければ人に任せればいい。というミシェルの根幹的な考えによる人事が功を奏した。
だが、そんなのは序の口。
人事で見せた能力などミシェルにとってまだまだ片鱗に過ぎないのだと彼等が知るのは、もう間もなくの事であった。
これはフィクションです。うん。