男親はツライよ。
もう年末・・だと!?
てっきり回避できたと思っていた最前線への派遣。
しっかりと名指しされた訳では無いが、ダレスの視線がミシェルに向けられているのは誰の目から見ても明らか。
「と言うわけで義兄さん、ミシェルとバレッタの2人を進軍中の帝国軍まで連れて行ってください」
「はぁ?」
予想外の指名に、アベルも思わず間抜けな声を出す。
バレッタは逆に驚きすぎて固まっている。
「待てダレス。飛竜騎士が国外に出るなど出来ないだろう。しかも無許可でだぞ。国際問題どころか、下手をすれば宣戦布告と捉えられても仕方ない行為だと分かっているのか?」
アベルの問いはごもっとも。
隠蔽魔法を常に使い、その姿を隠しているのは伊達や酔狂ではない。
王国軍の中でも主力として存在し、国内外に広く知られた飛竜騎士である。
王国内でも活動している姿を見る事は稀。ましてや国外でとなれば、その異常事態っぷりが分かるだろう。
現代に置き換えれば、戦闘機で他国へ領空侵犯してくれと頼んでいるようなものだ。
「時間が限られている中で、最速で目的地に向かうにはそれしか無いというだけです」
「それ自体が大問題だと言っているんだが?」
「その点は、そこのミシェルが何とかしてくれるでしょう。頼みます」
ダレスの意思は固いらしい。
真剣な顔つきにアベルも黙り込む。
元々、軍の序列で言えばダレスの方が上。所属に違いはあれど、命令となればアベルは従う以外にない。
ダレスとて、身内のアベルの立場を悪くするような事はさせたくはない。
だが、今は一刻を争う。
最悪の場合の責任は取るつもりだ。
ダレスの覚悟。それを、そうと分かっていてもミシェルは精一杯の抵抗をみせる。
「しかし閣下!僕とバレッタさん2人を帝国まで運ぶというのは、いくら飛竜とはいえ大変なのでは?」
これはかなりの手札と思われたのだが。
「お前達2人はフル装備のマチルダより重いのか?僕の飛竜を侮らないでもらおう!」
アベル、まさかの裏切り。
(貴方、さっきまで難色を示していたでしょうが!)
さっきまで威厳のあったアベルに姿も、ただのペット自慢の兄ちゃんにしか見えなくなった。
周囲を見渡せば、アレクセイもマチルダもバックスすら当然みたいな顔でミシェルを見ていた。
エレノアだけは母親としての葛藤が表情に滲んでいて、秒単位で顔色が変わっている。
商家の跡取りでありながら、冒険者を目指す異端児だという自覚はある。
できれば、家族と約束した16歳で冒険者資格を持つまでは表舞台に立つのは本意ではない。
ベルリナの麒麟児という大層な呼ばれ方をされているが、ベルリナ以外では無名に等しい。
知っていたダレスが異常だというだけだ。
こんな形で名を売るのは非常に困る。
ミシェル自身が考える人生計画には無いイベントなのだ。
しかし、行かなければ聖国の、いや。アルベルト・フライアラの企みが成就してしまう。
そうなれば、アルタミラ大陸全土が奴の思うがままになるだろう。
それは絶対に阻止しなければならない。
「閣下はどうやって三国国境まで?限界点まであと2日もありません。
王都からここまでほぼ1日で来たのは知っていますが、流石に三国国境までは馬を飛ばしても2日以上。マチルダさんと一緒であれば3日はかかりますよ?」
返事を誤魔化した訳ではなく、それを知らなければ動けない。ということだろう。
「ミシェル。クライフ家には超長距離伝言魔法の魔道具があるよな?それで王都に連絡して飛竜騎士部隊を呼ぶ」
「何故そう思いました?」
「冒険者ギルド経由では扱えない情報もあった上に、情報の精度と集まる早さ、広さが異常だ」
「成る程。納得です」
「否定しないんだな」
「事実ですからね」
クライフ家に超長距離伝言魔法の魔導具があるとバレるのは既定路線だ。
あれだけ分かりやすく情報を開示していてダレスが気付かない訳が無い。
ただし、ダレスが非凡ではない将である証明は次のセリフにあった。
「とは言え、それはあくまでも保険だ。ここに来る前に義兄さんがこちらに向かったら、義兄さんの部隊を追従させるように上層部に話を通している。
でなければ、いくら実妹の頼みとはいえ、飛竜に乗って王都を出られる訳がないだろう」
正直。ダレスの事で前後不覚となっていたマチルダなら、兄の立場など無視して無理を通したとしても不思議ではない。
実際に、アベルが飛竜に乗せてここまで連れてきているのだから、かなりの圧をアベルにかけたのは想像に難くない。
後継争い時に兄妹間のヒエラルキーが決まってしまい、アベルがマチルダ相手に強く出られないという悲しい事実もあるが、無理を通すだけの権力をブライブラン家が有しているのもまた一つの理由である。ブライブラン家次期当主の立場は伊達ではないのだ。
なので、アベルの行動がバレたとしても、状況を鑑みて訓戒程度で済むだろう。
ただ、ブライブラン家次期当主としてのマチルダの振る舞いに関しては、国王陛下を中心とした重鎮達が、現当主であるパトリックを囲んでキツくお説教をすることになるだろう。
実は、マチルダの行動でパトリックが呼び出しを食らうのは1度や2度ではない。
部下の女官につきまとっていた別部隊の将校を殴り飛ばしたとか、マチルダがブライブランだと知らずに、舐めた態度をとっていた新兵を模擬戦でボコボコにして心に傷を負わせたとか、王妃が大事にしていたカップをウッカリ割ってしまった国王陛下を正座させて説教したとか・・・。マチルダが悪い訳では無いが、ちょっとやり過ぎな面が多いのだ。
ダレスと共に魔物暴走を食い止め、王妃近衛となってからも剣術指南や新兵育成など、ダレスほどではないにしても、数多くの功績をあげたマチルダは、出産を機に軍を辞するつもりであった。
だが、それに対して強く慰留を求めたため、マチルダは今も軍に属しているが、内心はいつ辞めてもいいと思っている節がある。
それが理由で、上層部はマチルダに対して強く出られない。
これでは軍だけでなく王国の規律が保てなくなる。ハッキリ言って、王国側の行動は悪手でしかない。
そこで、文官達が必死に考え抜いた結果。その矛先を近親者に向けてしまえば良いと槍玉に挙げられたのが、夫であるダレスと、元とはいえ王国軍最高司令官を務めた事もある父パトリックである。
夫ということもあり、何度かダレスも苦言を呈される事があったが、義父パトリックが同席した際は平身低頭を強いられる状況を、いたたまれない気持ちで見守る事しかできなかった。
「いくら次期当主とはいえ、成人して母親になった実の娘の尻拭いで、陛下をはじめとした重鎮から、叱責を受ける義父上の姿は胸にくる」
その状況を思い浮かべたマチルダは、両手で顔を覆う。
「とはいえ、それはあくまでも周囲に向けた形式的なモンでな。最終的には、娘を持つ男親の愚痴を吐き出す場になって終わりだ。どれだけ偉いお方だろうが、言っている内容はどこも変わらん」
思い当たる節がある者は『あぁ』と納得した様子で頷いていた。
その中にはバックスもいて、あまり見ない表情をしていた。
そんな男親どもの悲哀などどうでもいいミシェルとその家族は、ダレスに言われた超長距離伝言魔法の送受信機のある部屋へ彼を案内する。
「ここです」
案内した一室はダレスの想像と違っていた。
「何だ、これは」
部屋の中には送受信機と思われる装置が4台並んでいた。
ただし、その大きさは通常の送受信機よりはるかに小さい。
少なくとも標準の大きさの半分程度。
王城にある最大のものと比べると10分の1程しかない。
「この大きさで国外までカバーできているのか?」
「正直にお伝えするなら、軍部の方にはお見せしたくはなかったのですが、非常事態ですので」
「だろうな。上がコレを知ったら絶対に欲しがる」
「閣下もですか?」
「当たり前だ。だが、お前は俺がどうしたいか分かっているだろう?」
「僕が閣下の立場なら丸ごと頂きますね」
「正解だ」
要は、クライフ商会の情報網ごと取り込むと言うことだ。
秘密を知る者は少ない方がいい。
「さて、王都支店に繋いでもらうとして、どうやってお偉いさんに伝えるかだが」
クライフ商会は中位とはいえ、その中でも下の方だ。
直接王城に出向いても取り合ってくれるかどうか。
将軍であるダレスからの言伝と言っても疑われるだけだろう。
そこへアレクセイが声をかけた。
「それならば、パトリック様にお願いするのはいかがでしょう?」
その提案に、ダレスもミシェルもなるほどという顔をした。
「過去の件とワシの名を出せばパトリック様も納得いただけるじゃろう」
「過去に刺さったままの棘を抜きたいのは義父上も同じか」
「その思いはワシ以上でしょうな」
方針が決まり、ミシェルの指示で王都支店へと超長距離伝言魔法で伝言飛ばす。
そこで返ってきた声の主は意外な人物だった。
「やぁみんな。何やら大変なことに巻き込まれているようだね」
「父様!?」
クライフ商会会長レオナルド・クライフその人であった。
見た目が熊なので撃たれないか心配。
仲間と思って近づかれないか心配。
マジで安全な場所などない。
街中でもそうなんだから、山間部付近にお住まいの方はもっと緊迫しているのだろう。
雪が降ってもまだ出没しているという恐怖。




