奇跡のお茶会
タイトル詐欺っぽいですが、ミシェルが育つまでお待ちを。
クライフ商会が扱う商品は主に2つ。
1つは薬品。もう1つは植物である。
単純に薬品の材料として栽培している植物の中で、鑑賞や贈答に向いたものを同じ店舗で販売しているだけなので営利のほとんどは薬品販売によるものである。
祖父が元々冒険者。それも植物狙いのプラントハンターであったのが大きな理由である。
一般家庭向けのスタンダードと冒険者向けのエキスパートの2部門があり、各地の店舗で製造と販売を行っている。
上位にも薬品を扱う商会はいつくか存在しているが、クライフ商会の強みは独自商品と効能の信頼度であり、多少値段が割高でもクライフ商会の商品を手にする客が多い。
特に、クライフ商会でのみ販売している独自商品は商会を支える屋台骨である。
クライフ商会で製造している薬品は、材料である薬草の栽培から行っているのだが、中にはアレクセイが冒険者時代に発見した新種も多数存在している。
栽培方法や製造方法は商業ギルドによってその権利が保護されており、他の商会が真似をして作るにはハードルが高すぎた。
とはいえ、馴染みの商品であってもそのまま売れ続けるものではなく、大手の販売する『効果が多少落ちるものの値段の安い商品』の影響を徐々に受け、なだらかではあるもののクライフ商会の業績は年々減少しており、ミシェルが人事に携わってからの2年は盛り返したものの、新たな主力商品を生み出す必要があるというのが現状だ。
そのため、10歳になったミシェルはこれまでの人事だけでなく、開発部門にも携わっていく。
だだ、商会長の息子とはいえ10歳の子供が現場に入るのは外聞が悪いので、人事と同じく両親であるレオナルドとエレノアが表に立ち、ミシェルは裏方に徹する。
まずミシェルが取り掛かったのは冒険者向けのエキスパート商品の改良である。
冒険者向けの商品の多くは、基本薬であるポーションに代表される飲み薬である。
だが、飲み薬は1本2本ならそれほど問題ないが、必要な種類を揃えると重量がかさむ。
近隣での依頼であれば別段問題は無いのだが、遠征や護衛などで長い距離を持ち運ぶことであれば少しでも軽くしたいというのは誰しもが思う事だろう。
さらに、飲み薬の容器自体にも問題がある。
一部の日光に弱い薬品に陶器、それ以外のほとんどの容器にガラス瓶が使われているのだが、冒険者が所持しているポーション類は、使用する前に割れてしまうことが少なくない。
それは戦闘による衝撃だったり、荷物の圧力だったり、単純に落としてしまったりと理由は様々だ。
近年は荷物運搬を専門とする運搬人を雇う冒険者も増えてきているが、その費用分報酬が減るので利用者は一定数で留まっている。
過去にもポーションの粉末化、錠剤化を試みた商会はあったが、粉末剤は緊急時に使うには向いておらず、生死に直結する薬品として冒険者には不向きであった。
錠剤化は成功はしたものの、飲み薬と同様の効果を得るには2錠以上を同時に飲用する必要があり、尚且つ服用から効能が発揮するまで時間がかかるという致命的な問題があり、粉末剤同様に冒険者には浸透しなかった。
だが、ミシェルが目をつけたのは錠剤の方である。
「軽量化と扱いやすさの両方を解決する方法として目の付け所は悪くなかったと思うんです」
冒険者には普及しなかったものの、常備薬の一つとして一般家庭には広く普及を見せた錠剤型ポーション。その現物を前にミシェルはあごに拳を添えて眉をひそめる。
「ふむ。凝縮して容量を減らすのはできなくもないが、それでは即効性に問題があるのは変わらんのではないか?」
隣には、勇退した先代会長であり元冒険者である祖父アレクセイの姿があった。
「おじい様の栽培所に薬剤の効能を上げるベフィモス草があったと思いますが、それを混ぜてみるのは?」
「効能はポーションで売値はハイポーションと変わらぬ商品となるぞ」
「却下ですね」
今の錠剤タイプをより小さく、より早く効くものに。方向性だけが決まって具体的どうすればいいのか。その糸口すら掴めない状態がかれこれ半月は続いている。
あーでもない。こーでもないと、孫と論議をするのはアレクセイにとって至福の時間であった。
普段は言動が大人びているミシェルが、年相応に表情がコロコロ変わるのを見ているのが楽しくてたまらない。自然と笑みがこぼれるというものだ。
「ほらほらアレク。ミシェル。そんな難しい顔をしていないで少しお茶でも飲んで休みなさいな」
柔らかな声でティーセットを運んできたのは祖母のミランダ・クライフであった。
冒険者だったアレクセイが薬品を買いに入った店の看板娘であったのがミランダである。
一目惚れしたアレクセイがそれから店の常連になるのはまた別の話。
ましてや、ミランダと結婚する為にプラントハンターの道を選ぶのもまた別の話である。
「おばあ様。給仕に任せないのですか?」
「あら。私の淹れたお茶では不満かしら?」
「そんなことありません!おばあ様の淹れてくださるお茶は世界で一番です!」
笑顔で元気よく答えるミシェルに祖父母は互いに視線を合わせて笑った。
幼い孫でも飲みやすいようにとミランダが用意したのは桃の皮で作ったピーチティー。お茶請けは甘みを抑えたクッキー。もちろんミランダの手作りである。
「そういえば、おばあ様も毎日お薬を飲まれますが、大変ではないですか?」
若い頃から喉周りが弱いミランダは、喉のケアに粉薬を飲むことが日常化している。
「そうね。以前は苦味が強くて大変だったけれど、アレクが飲みやすいように改良してくれたの。のど飴として売り出しているのも元々は粉薬にむせていた私のために、アレクが水飴に混ぜて飲ませてくれたのが始まりなのよ。大変だと言ったら今度はミシェルが飲みやすくしてくれるのかしら?」
柔らかな髪をすくようにミランダはミシェルの頭をなでる。
「もちろんです。飲むのが大変だという薬はどんどん改良しましょう!」
それは商人としての打算の欠片もない、大好きな祖母への素直な気持ちである。
隣のアレクセイは思いがけぬ過去の暴露に両手で顔を覆っていたが。
「ん?おばあ様。今は薬を水飴に混ぜていないみたいですが何故ですか?」
「水飴に混ぜていたのは最初のうちだけよ。薬を飲む習慣がなかったものだから上手く飲み込めなかったの。水を飲むタイミングが悪かったり、薬を含んだまま息を吸ってしまったりね」
「僕も粉薬は苦手です」
つい先日、風邪をひいた時に初めて粉薬を飲んだミシェルだったが、ミランダの話と同様にむせたのを思い出した。
「だからといって、水飴に混ぜて飲むのは何だか負けた気がします」
何と勝負をしているのか知らないが、むぅっと頬を膨らます。こういう所はまだまだ子供である。
機嫌をなおしてもらおうと、ミランダはミシェルは目の前にクッキーの皿を差し出した。
焼き目の薄いオーソドックスなクッキーである。
ミシェルは祖母の気遣いに感謝し、1つ口にするとサクッという音と共にリンゴのジャムが口の中に広がった。
ミシェルは驚いて自分がかじったクッキーに目をやると、クッキーの中心が空洞になっており、そこにリンゴのジャムが詰め込まれていた。
「ウフフ。驚いてくれたようね」
ミランダはイタズラが成功した子供の様に笑っていた。
だが、肝心の孫は手にしたクッキーを見つめたまま、空いた手をあごに添えて黙ったままだ。
「ミシェル?」
「これです!」
突然の孫の大声に、今度は祖父母が驚いた。
ジェル状の濃縮ポーションを薬草入りのクッキーで包んだ一口サイズの携帯型ポーション。
ジェル部分に即効性を求め、クッキー部分で緩やかに効果を補填する。
ようやく掴めた糸口に、ミシェルはクッキーを天に掲げクルクルと回る。
後に、クライフ商会を世界一へと押し上げる商品のひとつ。
『ハンドポーション』
誕生のきっかけは孫と祖父母のお茶会だった。