襲来!
お客様の中に正統派ヒロインの方はいらっしゃいませんか!?
ダレスがクライフ商会に訪れてから2時間以上が経っていた。
夕暮れの西日がほのかに貴賓室を紅く染めていく中で、ダレスは腕を組んだままミシェルの持って来ていた大陸地図から目を離さない。
トントントン。貴賓室のドアがノックされた。
「ルクレツィアです」
ドア越しに聞こえてきた声は、さっきまでダレスの世話をしていたメイドのものだ。
「入れ」
雇い主のミシェルではなく、ダレスが入室の許可を出す。貴賓室の主はダレスであるからだ。
「失礼します」
中に入った彼女の姿は、さっきまでのメイド姿から一変。装備を整えて、冒険者らしき服装に着替えていた。腰には手入れの行き届いた剣をぶら下げている。
「ルクレツィアさん。どうでした?」
「確認できたのは3名です。帝国、共和国、もう1人は聖国かと・・・」
ミシェルもダレスも表情は変わらない。
「思っていた以上に優秀だな。完全に撒いたつもりだったが」
「閣下・・・。ご自分がどれほど目立つ容姿なのか自覚が無いのですか?」
「冗談だ」
ミシェルは苦笑しながらルクレツィアにハンドサインを送る。
ルクレツィアは貴賓室の入り口脇にある青い石に手をかざした。
さっきまで降り注いでいた夕日の紅が遮られ、天井のシャンデリアがゆっくりと光を強めていく。
「空間遮断結界を展開いたしました。これで会話は漏れません」
「ルクレツィアと言ったか。さっきまでここを覗いていたヤツは?」
「こちらの餌に向っている所です。帝国と聖国は互いにけん制しているのか、少し距離をおいています。」
ルクレツィアは背中のリュックからベルリナ市の地図を取り出して、テーブルに広げた。
「帝国はここ。聖国はここ。共和国はここへ向かっています」
「ハインツ商会とエリアル商会。クライフ商会の保管庫か。聖国とエリアル商会に繋がりがあったのは驚きです・・・」
「ミシェル。どういう商会だ?」
「本店は西大陸の『スファイ公国』にある呉服屋です。あそこは絹織物が名産ですから」
「聖国と公国は犬猿の仲だったよな?」
「はい。エリアル商会は創業100年以上の老舗です。随分と念の入りに潜り込ませたものです」
「そこまでやられたら公国の情報は筒抜けだな」
クライフ商会本店とエリアル商会の支店は、通りを2つ挟んだ距離にある。
「二重スパイの可能性もありますね。でなければ公国はとっくに滅んでいてもおかしくありません」
「そっちの方がしっくりくるな。という事は、場合によっては公国も動かせるか・・・」
2人の会話は続く。
「坊ちゃま。1つ気になることが」
「坊ちゃまはやめろ。で、気になることって?」
ルクレツィアは胸元から1つの巻紙を取り出した。
「聖国方面がキナ臭いとのことでしたので、現地の者に確認を取ってみました。軍が動いている様です」
「やはり聖国も動いていましたね」
「帝国も既に動いている。そう考えてもおかしくはないな」
ルクレツィアから巻紙を受け取ったミシェルは、中身を一瞥してダレスに渡す。
「聖国軍1万5千か。ほぼ全軍じゃないか。三国国境といい、何が起こっている?」
ダレスはもう一度大陸地図を見つめる。
「閣下。さっきは覗き屋の手前聞けませんでしたが、三国国境には何か重要なモノがあるんですか?国家レベルの機密事項とは思いますので、言えないなら無理にとは言いませんが」
「んー。いや、まさかな・・・」
「思い当たることが?」
「いや、流石にありえん。俺の思い違いだろう。忘れてくれ」
ミシェルは呆れた様子で首を振る。ダレスに対する表情からは、さっきまでの敬意が薄れている。
おもむろに立ち上がると両拳を握って天を仰ぎ叫んだ。
「そうやって思い当たる節がありながら、勘違いだと自分の中で勝手に結論付けて、後で大問題がおきて、やっぱりあの時に思ったことに間違いはなかったと後悔する。物語にありがちな展開、僕は大っ嫌いなんです!気が付いたことがあるならとりあえず話せよ!勝手に自己完結するな!可能性が0でなければ何が起きても不思議じゃないんだ!」
己の主張を声高に叫ぶミシェルにダレスは目を丸くする。
「坊ちゃま・・・ステイ」
ルクレツィアは立ち上がった鼻息荒いミシェルの両肩を押さえてソファーに座らせる。
ダレスもその様子に自我を取り戻した。
「確かに・・・あり得ないって言うのは俺の思い込みだな・・うん。済まなかったなミシェル・・・」
王国屈指の実力者である将軍の貴重な謝罪シーンである。
「三国国境だがな、ここには精霊が住む精霊国への道があると言われている。過去に勇者がここを通って精霊国に赴き、聖剣を精霊王より賜った。勇者を題材にした物語には必ず出てくる有名なエピソードの1つだ」
「あー。ありましたね。僕も読んだことがありますよ。あのシーンは毎回胸が熱くなります」
そりゃ、子供向けだからだろう。そう出かけた言葉をダレスは飲み込んだ。
「そんな逸話があるから、過去に多くの冒険者が真偽を確かめに向ったんだが、小さな池がある以外は何も無い。王国でも軍を派遣して池の中まで徹底的に調べた記録もあるし、帝国と共和国にも同様に調べた形跡が残っている」
「物語では精霊は池から現れたとありますからね。精霊国に繋がる道が池の中にあると思っても仕方ありませんね」
「過去に散々調べたはずの帝国が、三国国境に軍を集めるように仕向けた。何かあるとは思うんだが・・・どうにも意図が読めん。聖剣が欲しい訳でもあるまい」
「覗き屋に聞かせるために冗談で言った『聖国の女王に皇帝陛下がゾッコン』ってのが、よっぽど信憑性が高く聞こえますよ。聖剣をあげるから俺の女になれ・・・的な」
冗談が過ぎたのか、ルクレツィアが軽く引いている。
その時、部屋の明かりが軽く点滅した。結界で外の音が聞こえない客に来訪を知らせる合図である。
「ん?予定の時間にはまだ早いような・・・」
ミシェルが室内の時計を確認してからルクレツィアを見る。
「確認します」
再び青い石に手をかざして結界を解除し、ドア越しに声をかける。
「用件は?」
「はい。帝国に行っている者から緊急連絡です」
男性の声に室内の空気が張り詰める。
「入れ」
ダレスは即座に入室を許可する。
「失礼します。ミシェル様、まずはこれを」
ダレスと変わらぬ歳に見える男性が丸めた羊皮紙を差し出す。
「っ!」
中身を見たミシェルは頷いて男性に顔を向ける。
それで察した男性は部屋を後にした。
ドアが閉められてルクレツィアが再び結界を発動させる。
「閣下。帝国軍が動きました」
ミシェルは羊皮紙をダレスに差し出す。
「3万・・・これは本気だな。本気で聖国を潰すつもりなのか・・・」
ダレスの表情が曇る。
「聖国1万5千と帝国3万。戦力は倍。まともにぶつかれば帝国の勝ちでしょうが・・・。問題はその理由ですよね」
「大局観って二つ名も形無しだぜ。ここまで読めないとは」
「何でもかんでも先が分かるより、分からないことがある方が楽しいじゃないですか。帝国は、ハーヴィー皇帝は僕等の考えが及ばぬ事を成そうとしている。ならば受けて立とうではありませんか」
本来ならば、戦争は誰もが忌み嫌い感情が沈む。だが、目の前の少年からはそれを微塵も感じない。
むしろ、戦争を知らぬ少年の反応としてはこれが普通なのかもしれない。
今のダレスにとっては羨ましくもある反応でもある。
ただ、ダレスにとって気になる点が1つ。
「なぁミシェル。ここは商会だよな?」
「・・・はい。それはそうですが・・・」
不思議な質問にミシェルは首を傾げる。
「聖国に帝国。1商会が各国に諜報員を送っている理由は何だ?情報の精度がウチの諜報部と遜色ないんだが・・・」
「各国にいるのはプラントハンターとしてウチが雇っている冒険者です。元々は片手薬の開発に必要なりそうな未知の薬草の収集が主な役割でしたが、おばあ様がついでに情報収集を頼んだのが切っ掛けで情報を積極的に集めるようになりまして・・・」
「はい。私を含めた薬草収集班は開発チーム第3班として集められました。今では12名に増えまして今でも大陸全土を飛び回っております。ローテーションで収集班と待機班に分かれて、待機班はこうして商会でメイドや執事、給仕として動いています」
ルクレツィアが恭しく頭を下げた。
ダレスは眉間を指で押さえる。
「つまり、情報収集はついでだと?」
「おばあ様は何が商売に繋がるか分からないから。という考えで、軽い気持ちで第3班に頼んだだけなのでしょう」
「それを聞いた坊ちゃまが、より情報収集に重きを置いた専門班を作って各国に送った訳です」
「思いっきり意図的じゃねぇか」
ミシェルは笑顔で誤魔化す。
(バラすなよ)
(どうせバレます。坊ちゃま)
互いに口に出してはいないが通じている。
「こうなってくると皇帝の思惑が何であるのか・・・」
ミシェルが話題を変えるように大陸地図に目を落とした瞬間。シャンデリアが激しく明滅した。
これは、中の人間に緊急事態を伝える合図だ。
「ルクレツィア!」
ミシェルの一喝にルクレツィアは腰の剣を抜く。
ダレスも己の剣を手に取り抜剣する。
3人の視点が交わって同時に頷く。
ルクレツィアが結界を解除する直前、ドアが吹き飛んだ。
貴賓室は要人が一時的に滞在する場所である。中には命を狙われても不思議ではない者も少なくない。だからこそ、貴賓室は万全を期した防衛力を有している。
例え、商会が襲撃されて建物が崩壊したとしても、貴賓室だけは無事に残るような造りになっているのが商会の常識だ。
万が一の緊急避難場所の一面もある貴賓室。
結界という装甲まで上乗せされていて、より堅牢となっていたはずだった部屋のドアが吹き飛んだのだ。
「はぁ!?」
ミシェルが間抜けな声を上げたとて無理もない。
「ダレス!」
吹き飛んだドアを踏みつけて現れたのは甲冑姿の人物。兜で顔は分からないが、ダレスの名を叫んだ声は女性のものだった。
その姿を見たダレスの顔色は青く、表情は引きつっている。
「マ、マチルダ!?」
「はい。マチルダです」
マチルダと呼ばれた甲冑の女性は、ずかずかとダレスの元まで進み、胸ぐらを掴んで持ち上げた。
あまりの様子に呆けていたミシェルとルクレツィアだったが、助けを求める様なダレスの瞳にハッとする。
とはいえ、相手はフル武装で、ダレスを片手で持ち上げる程の怪力の持ち主。つい言葉を選んでしまう。
「閣下・・・こちらの方は・・・?」
遠慮がちに聞いたミシェルの問いに、ダレスは持ち上げられたまま吐き出すように、
「妻・・・だ」
そう答えたのだった。
頑張るゾイ。




